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第2話

目が覚めると、私はソファーに横たわっていた。まだ動揺が収まらない。隼人がキッチンからケーキを持って出てきた時、私は思わず体が震えた。

驚いたことに、体中の刀傷が奇跡的に消えていた。痛みさえも、まるで初めからなかったかのように。

隼人は変わらぬ優しい眼差しで私を見つめている。「びっくりした?ほら、ケーキだよ。この前からずっと食べたいって言ってたでしょう?朝の五時から並んできたんだ」

「千遥、お誕生日おめでとう。毎年この日が来ますように。いつまでも今日のような幸せな日々が続きますように」

毎年この日が......いつまでも今日のような......

隼人の完全に健康な右腕を見つめ、私は冷や汗が出た。

私は蘇ったのだ。隼人が事故に遭う日に。前世の血なまぐさい記憶が鮮明に蘇る。高熱を押して、私は必死に逃げ出そうとした。この悪魔から逃げ出そうとした。

隼人は困惑した様子で、また何か私の機嫌を損ねてしまったのかと思ったのだろう。両手でケーキを持ちながら、私の後を追って団地の外まで来た。

私は走れば走るほど、頭が冴えていく。そして、ふと立ち止まった。

そうだ。今日は私の誕生日。そして、彼の事故がまだ起きていない日。午後に一緒に手作り体験に行く約束をしていた日。あのタピオカミルクティーを飲まなければ、彼から目を離さなければ、あの悲劇は起きない。そうすれば、私たちは私たちのままでいられる!

思い出の中の幸せな日々が次々と浮かんでくる。私は気付いた。まだ彼を愛していることに。

決心がついた。私は全てを変えてみせる!

私は振り返ると、汗を流しながら追いかけてきた彼の姿があった。「どう?私からのサプライズ。驚いた?」少し無理な笑みを浮かべて言った。

彼は優しく私の鼻を指でつついた。「まったく、大きくなってもいたずらっ子だね。僕の可愛いいたずらっ子。今度こんな風に驚かせたら、僕の作ったケーキ、食べさせてあげないからね」

彼が手でケーキを一口すくって私の口に運んでくれた。とても甘い。その甘さに胸が切なくなる。

良かった。今の彼はまだ私の完璧な恋人。輝かしい未来を持つ青年のままだ。

昼食後、誕生日の願い事は「一日中そばにいてほしい」と言って、外出させないようにした。ソファーで映画を見ながら、時間が過ぎていくのを見守った。まるで戦場にいるような緊張感。やっと六時を過ぎた時、大きく息を吐き出した。

隼人は不思議そうな顔で私を見た。「まるで戦争にでも行くみたいに緊張してたね。どうしたの?卒業発表が近いから不安なの?大丈夫、僕がついてる。僕のお姫様が発表に落ちるなんて絶対させないよ」

私は安心して彼に微笑みかけた。

「そうだ、タピオカミルクティー飲む?この前、秋水堂の新作の芋味が飲みたいって言ってたよね。買ってくるよ」

さっき降りてきた緊張が一気に戻ってきた。慌てて彼を引き止める。「ううん、いらない。今日はタピオカ気分じゃないの」

病気を疑うような目で私を見つめる彼に、甘えるように手を引いた。「せっかくの休みなんだから、もうちょっとそばにいてよ。なに、私と一緒にいるの嫌なの?」

隼人は溺愛するように私の頭を撫でた。「お馬鹿さん。君の言う通りにするよ」

夜の八時まで粘り続けた頃、時間も大丈夫だろうと思い、私は顔を洗って歯を磨くために浴室に入った。その時、断続的に隼人の電話の声が聞こえてきた。「はい、先生。すぐに持っていきます......」

ガラス戸越しに尋ねた。「出かけるの?」

彼は急いでコートとマフラーを身につけながら説明した。「学部の教授から連絡があって。今日、海外の先生方が来校されるんだって。卒業作品を見せてほしいって。もしかしたら、留学枠が早めに取れるかもしれないんだ。君の作品も一緒に持っていこうか?」

どういうわけか、胸が締め付けられるような不安を感じた。

自分に言い聞かせた。大丈夫、あの時間は過ぎている。それに、大学への道は前世で事故に遭った場所とは反対方向だ。それでも彼が出かけた後、落ち着かない気持ちを抑えられず、10分おきに電話をかけ続けた。早く帰ってくるように念を押し続けた。一時間後、電話が通じなくなった。私には分かった。事故が起きたのだと。

髪も乾かさないまま服を着て飛び出した。大学まで走ったが、隼人は一時間前に既に帰ったと告げられた。街中を必死に走り回った。この悲劇を止められることを祈りながら。でも、間に合わなかった。

無数の悲鳴が響く中、夜の街灯の下で、私は再び目にしてしまった。彼の腕を車が何度も轢いていく光景を。

血なまぐさく、痛ましく、冷たい光景に、私はその場で凍りついた。

「運転手は初心者で、免許を取ったばかりでした。まさか初日にこんなことになるとは。彼氏さんのことですが、相手は示談金として1億円を支払うと言っています。示談で解決しませんか」

集中治療室の前で、警察官がそう勧めてきた。

私は発狂したように駆け寄り、警察官の頬を叩いた。「示談?どうやって示談すれば良いというの?彼は画家なのよ。右手を失って、これからどうやって絵を描けばいいの?あなたたちが奪ったのは腕だけじゃない。彼の命なのよ!私の命でもあるの!」

親友の柏木雪緒が私を引き止めた。「千遥、やめて。今は隼人くんの治療費が必要なの。そのお金が必要よ。腕のことは何か方法を考えられる。でも命を落としたら、隼人くんのご両親に何て説明すればいいの?」

私は精神的に限界だった。「なら私の命を彼に捧げるわ。こんな状態は嫌。元気になってほしい。彼の右手が元通りになってほしいの!」

雪緒は我慢の限界に達し、私の頬を強く叩いた。「千遥!しっかりして!もう起きてしまったことよ。他に何ができるっていうの!今、隼人くんは生死の境にいて、あなたの決断を待ってるのに、ここで自分を責めて何になるの!」

私は床に崩れ落ちた。冷たい床が体の熱を吸い取っていく。まるで死体のように、閻魔様の召集を待つかのように。

恐怖が全身を満たしていく。雪緒は「命が助かっただけでも希望があるわ」と慰めてくれた。私は彼女の肩で泣き崩れた。でも彼女には分からない。この瞬間から、希望はもう消え去ってしまったのだということを。

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