【海斗side】「あっ。海斗くんだ」「海斗くん、おはようー!」朝。俺・相楽海斗の1日は、矢継ぎ早に飛んでくる黄色い声を交わすところから始まる。双子の兄である陸斗と二人で登校し、校門をくぐり抜けた途端、横に後ろにと女子たちがワッと集まってきた。またか……と、ため息をつきそうになるのを俺は必死に堪える。高校に入学してからというもの、毎日こんな調子だ。「キャーッ。今日は、陸斗くんと海斗くんが一緒だ」「ふたり一緒なんて、ラッキーだね」特に陸斗と一緒にいると、集まる女子の数は半端ない。人から嫌われるよりは、好かれるほうが格段に良いのかもしれないが。アイドルでもないのに、こうも毎日のようにキャーキャー言われると、さすがに参ってしまう。「あの、海斗くん。これ、クッキーなんだけど……良かったら、食べてください」頬を赤く染めながら、俺に可愛くラッピングされた手作りのお菓子を差し出す女子。「悪いけど、いらない」冷たく言い放つと、俺は真っ直ぐ前だけを見て歩いていく。さっきみたいなとき、もし陸斗だったら『ありがとう』って言って、優しくお菓子を受け取るのだろうけど。俺は、そんなことはしない。だって俺には、好きなヤツがいるから。陸斗と別れて自分の教室にいくと、真っ先に探すのはアイツの姿。……いた。あいつは……希空は、自分の席で友達の栗山さんと楽しそうに話していた。今日も、朝から可愛いな。希空を見て、思わず俺の頬が持ち上がる。俺は、希空のことが好きだ。いつからかと聞かれたら、それはけっこう前からだ。あれは、俺が高校に入学して1ヶ月ほどが過ぎた頃。部活を終えた俺は学校帰り、母親におつかいを頼まれてスーパーへと立ち寄った。必要なものを買い物カゴに入れて、セルフレジで商品のバーコードを全てスキャンし、あとは代金を支払うだけとなったのだが……。は?嘘だろ。まさかの160円足りない。この日の俺の財布には、ちょうど3000円しか入っていなかったため、支払う金額が3160円に対して、160円が不足していた。世間でスマホ決済が普及するなか、俺は昔から変わらず現金派のため、スマホ決済のアプリは持っていないし……困ったな。こういうことは初めてだからか、心臓がバクバクと音を立て出す。仕方ない。ここは店員の人に訳を話して、商品を全部戻すか……そう思ったときだった
あの日、スーパーで親切にしてもらって以来、彼女のことが忘れられなかった俺は、学校であの子のことを探してみることに。すると、意外とすぐに見つかった。俺の隣のクラスの子で、名前は小嶋希空というらしい。希空が陸斗と同じクラスだと知った俺は、わざと教科書を忘れたフリをして、希空を見たさに陸斗に借りに行くようになった。希空が図書委員だと知ると、学校の図書室へ定期的に通うようになった。図書室で本を読みながら、委員の仕事をする希空のことをこっそり見てみたり。希空がカウンターの貸し出し当番のときは、彼女に本を渡すだけでドキドキした。希空はあの日俺にしてくれたように、誰に対しても分け隔てなく優しくて。希空のことを知るうちに、彼女へ抱く感情が、“ 気になる ” から “ 好き ” へと変わっていった。隣のクラスで特に接点もないから、1年の頃の俺は、希空のことを遠くからただ見ているだけしかできなかった。だけど高校2年生になり、俺にもチャンスが巡ってきた。高校2年のクラス替えで、念願叶って俺は希空と同じクラスになれたのだ。しかも、俺の席が希空の後ろ。これからしばらく授業中は希空のことを見られるなと思ったら、頬が勝手に緩んでしまう。だけど、喜んでいたのも束の間。「あーあ。今年は陸斗くんと、クラスが離れちゃったよぉ」前の席の希空が、友達にそんなことを話しているのが聞こえてきた。陸斗……。それからも、希空の口からは何度も陸斗の名前が出てきて。友達の栗山さんと休み時間にそんな話ばかりしていたら、後ろの席の俺には丸聞こえで。そのうち、嫌でも分かった。希空は、陸斗のことが好きなのだと。自分の好きな人が、他の男を好きだと知ってショックだった。しかも、その相手が自分の兄貴。いつも陸斗ばかり見ている希空のことが、嫌で嫌で仕方なかった。陸斗だけでなく、俺のほうも見て欲しい。どうにかして希空を、こっちに向かせたい。少しでも、俺のことを意識させたい。そう思った俺は、いつしか希空にちょっかいをかけるようになっていた。希空のテストの答案用紙を、わざと手の届かないところへやったり。希空のポニーテールのヘアゴムを外して、勝手に持っていったり。「ちょっと、相楽くん……!やめてよ」ガキだなと自分で思いながらも、希空が俺を見てくれるのが嬉しくて。俺はつい、希空の嫌がる
翌日の放課後。 私はスクールバッグを手に、教室からグラウンドへと行きかけた足を止めた。 帰宅部の私は、今まで放課後はグラウンドで陸斗くんが所属するサッカー部の練習を見てから帰るのが習慣となっていたのだけど。 そっか。今日からはもう、グラウンドへ行く必要はないんだ。だって昨日、私は陸斗くんに振られちゃったから。 昨日のことを思い出しただけで、胸がちくっと痛む。 「おい、希空!」 突然名前を呼ばれてそちらを向くと、海斗くんが立っていた。 「お前、今日ヒマ?」 「うん。このあとは、家に帰るだけだけど」 「それなら、今日はバスケ部の練習を見に来てよ」 「え、バスケ部の?」 「ああ。たまには良いだろ?俺、希空に応援に来て欲しい。今日絶対にシュート決めるからさ」 真っ直ぐこちらを見てくる海斗くんに、不覚にも胸がドキドキしてしまう。 「俺、体育館で待ってるから」 それだけ言うと、海斗くんは教室を出て行った。 海斗くんに『待ってる』なんて言われたら、やっぱり行かないわけにはいかなくて。 私は少ししてから、体育館へとやって来た。 放課後の体育館には、初めて来たけれど。ドリブルの音とバッシュが床を擦る音がし、コート付近にはギャラリーができていて賑やかだ。 ほんと、すごい人の数。しかも女の子ばっかり。 「キャーッ」 「相楽くん、頑張ってー!」 ギャラリーの女の子たちのほぼ全員が、海斗くんへと声援を送っている。 いま海斗くんたちは、試合形式で練習をしているみたい。 体育館には本当の試合さながらの、緊迫した空気が漂っている。 海斗くんはどこだろう……あっ、いた。 オレンジのビブスを身につけた海斗くんは今、ドリブルをしていた。 彼の横顔はとても真剣で、思わず見入ってしまう。 海斗くんがバスケをするところは、初めて見たけれど。走る姿も、パスをする姿も、汗を拭う姿も……すごくかっこいい。 何分か経過し、試合形式の練習もいよいよ終盤。 「相楽っ!」 ボールが今、チームメイトから海斗くんに渡った。 「海斗くーん」 「頑張ってえ」 その瞬間、女子たちの声援はより一層大きくなる。 現在、試合の点差は2点。海斗くんのチームが負けている状況で、残り時間は30秒を切っていた。 ファンの女子たちの中に混じって、私も試
私の通う高校には、アイドル並みに人気の双子の兄弟がいる。二人だけで、全校女子生徒のハートを鷲掴みにしてるんじゃないかってくらいの人気ぶり。私、小嶋希空(こじまのあ)も彼らのファンのうちの一人だ。お兄ちゃんである相楽陸斗(さがらりくと)くんは、少し癖のあるミルクティーブラウンの髪に、タレ目の二重の瞳と目元のほくろがチャームポイント。弟である相楽海斗(かいと)くんは、染めていないサラサラの黒髪に、涼やかな切れ長の二重の瞳が印象的。相楽兄弟は、双子でも顔は全然似ていないけど。兄弟そろって目だけでなく鼻も口も整っていて、少女漫画のヒーローにも負けないくらいのイケメンだ。おまけに成績も優秀で、陸斗くんはサッカー部、海斗くんはバスケ部で運動神経も抜群。そして、兄の陸斗くんは私の好きな人でもある。陸斗くんと初めて話した日のことは、今でも鮮明に覚えている。あれは、今からちょうど1年前のこと。高校に入学して間もない、4月のある日の放課後。私は、担任の先生から授業で回収したクラスメイト全員分のノートを、教室から職員室まで運ぶようにと頼まれた。「日直でもないのに、なんで私が……」『小嶋お前、暇そうだから』って、先生ひどくない?!そりゃあ今後部活に入る予定もないし、今日は学校が終わったら真っ直ぐ家に帰るだけだけど。入学して早々に雑用を頼まれるなんて、ついてない。「はぁ……」クラスメイト40人分のノートを胸の前で抱えると、無意識にため息がこぼれた。ていうかこれ、けっこう重い。その上、何冊ものノートを胸の前で抱えていると、目元が隠れてしまって足元がおぼつかない。私は、足元に気をつけながらゆっくりと階段をおりていたのだが。──ズルッ!「きゃっ」ふとした瞬間に足が滑り、体が大きく後ろにのけぞった。うそ。おっ、落ちる……!そう思ったときだった。「危ない!」私は、後ろから誰かに抱きしめられた。え!?「キミ、大丈夫?!」相手の人の両腕が、後ろからしっかりと私の腰にまわされている。誰かが、助けてくれたんだ。「はい、ありがとうございま……」私は、助けてくれた人にお礼を言おうと後ろを振り返った。だけど、最後まで言葉を発することができなかった。だって相手の男の子が、思わず息を飲むほどきれいな顔立ちをしていたから。︎︎︎︎︎︎「怪我はない?」
それから彼は、職員室まで一緒にノートを運んでくれた。「ど、どうもありがとう。相楽……くん」「ううん。僕は、ただ当然のことをしただけだよ。またね、小嶋さん」爽やかにヒラヒラと手を振ると、相楽くんは歩いていった。か、かっこいい……ていうか相楽くん、私の名前を覚えててくれたんだ。そんな小さなことすらも嬉しく思いながら、私は遠ざかっていく彼の背中をしばらく見つめていた。◇あの日を境に、相楽くんに恋をしてしまった私。多分、一目惚れだったんだと思う。それからしばらくして、相楽くんは双子だということが判明。あの日、私を助けてくれたのがお兄さんの陸斗くん。そして、海斗くんという弟が隣のクラスにいることを知った。学校中の女の子から大人気の、王子様的存在の陸斗くんに恋をしてしまった。地味な私なんて、到底手の届かない相手だと思っていたのだけど。あのあと、たまたま陸斗くんと同じ図書委員になった私は、委員会の仕事を一緒にするうちに陸斗くんと少しずつ仲良くなっていった。「希空ちゃん、おはよう」「おっ、おはよう。陸斗くん」そして現在、高校2年目の春。陸斗くんのことを想い始めてから、ちょうど1年。今ではお互いのことを、下の名前で呼ぶまでになれた。高校2年生になってクラスが離れてからも、朝学校で会うと、陸斗くんはいつも私に声をかけてくれる。人気者の陸斗くんから声をかけてもらえるなんて、夢みたい。陸斗くんに朝、笑顔で声をかけてもらえるだけで、とても幸せな気持ちになれるんだ。「ねぇ。そういえば、希空ちゃんはいつも髪おろしてるけど。結んだりはしないの?」「え?」ある日突然、私は陸斗くんにそんなことを聞かれた。「一度、髪結んでるところ見てみたいな」それだけ言うと、陸斗くんは友達と一緒に歩いていく。やばい、どうしよう。陸斗くんに『髪結んでるところ見てみたい』って、言われちゃった……!◇ああ、今日もかっこよかったなぁ、陸斗くん。『髪結んでるところ見てみたい』って、言われちゃったし。「おい、小嶋。何さっきからニヤニヤしてるんだよ」「あっ!」現在、数学の授業中。たった今、先生から返してもらったばかりの小テストの答案用紙を、後ろから誰かに取られてしまった。︎︎︎︎︎︎
「ふーん、50点」「ちょっ、見ないで!」私は、取られた答案を取り返そうとするが……。「ああっ」手を伸ばすと、ひょいと答案用紙を私の手の届かない高いところまで上げられてしまった。「相楽くん!」「小嶋がにやけてたから、どれだけ良い点をとったのかと思ったら……ふはっ」私の答案用紙を見て肩を震わせるのは、陸斗くんの双子の弟である、相楽海斗くん。高校2年のクラス替えで彼と同じクラスになり、なんと席も私の後ろになった。それ以来なぜか相楽くんは、私にちょっかいをかけたり、たまに嫌なことをしてくる。彼に目をつけられるようなことをした覚えは、ないんだけどな。◇翌朝。「よし、きれいに結べた」昨日、陸斗くんに『髪結んでるところ見てみたい』って言われたから。今日は、いつもよりも頑張って早起きして、髪を後頭部でひとつに結んでみた。ツインテールやお団子ヘアにしようか迷ったけど、ここは無難にポニーテール。何度か結びなおして、鏡で最終チェック。ふふ。陸斗くん、この髪型を見たらなんて言ってくれるかな?「希空ーっ。早く行かないと、遅れちゃうわよ」「いけない!」お母さんに声をかけられて洗面所の壁時計を見ると、いつも家を出る時間を少し過ぎていた。「いってきまーす」私は、慌てて家を飛び出した。「ふぅー」全力で家から駅まで走ったおかげで、ギリギリいつもの電車に間に合った。そして今、私は学校に到着し下駄箱で上履きに履き替えたところ。陸斗くん……いるかな?廊下に出て、コンパクトミラーで髪が整っているか確認していると。「キャー!陸斗く〜ん」「相楽くーん」複数の女の子の、黄色い声が聞こえてきた。そちらに目をやると、廊下で陸斗くんが何人かの女の子に囲まれていた。いっ、いたーっ!陸斗くんを目にした途端、ドキドキと胸が高鳴る。陸斗くん、私に気づいてくれるかな?でも、沢山の女の子に囲まれているから、多分こっちには気づいてくれないよね。そう思いながら、しばらく陸斗くんを見つめていると。ふとこちらを向いた陸斗くんと、パチッと目が合った。そして、私のことをじっと見てくる陸斗くん。きゃーっ。みっ、見られてる!?私が思わず、陸斗くんから目を逸らしそうになったとき。「希空ちゃん!」「え?」陸斗くんが、私の名前を呼ぶと。「今日の髪型……すっごく可愛い!」う
整った顔に見つめられ、否応なしにドキドキしていると、相楽くんの手が再びこちらへと伸びてきた。──するっ。「え!?」なぜか相楽くんは、私のポニーテールのヘアゴムを外した。「さっ、相楽くん!?」ちょっと!どうして外すの!?朝から、せっかく頑張って結んだのに。「返して!」私がヘアゴムを取り返そうと手を伸ばすと、ゴムを遠ざけられてしまう。「これは、俺が預かっとく。小嶋、今日からポニーテールにするの禁止な」「はい!?」一方的にそれだけ言うと、相楽くんは席を立ち教室を出ていってしまった。ヘアゴムを取られた上に、ポニーテールにするの禁止って……。どうしてそんなことを言うの?どうして意地悪するの?相楽くん、意味分かんないよ。ほんとに双子?って思ってしまうくらい、陸斗くんとは正反対だ──。◇あれから1週間が経ち、校庭の桜の木は花びらが散り、鮮やかな緑色の葉をつけた。「最近、陸斗くんとはどうなの?」お昼休み。友達の栗山香澄(くりやまかすみ)ちゃんが、玉子焼きを口にしながら聞いてきた。私は今、香澄ちゃんと教室で机を向かい合わせにして、お弁当を食べている。「んー、最近はあまり話せてない……かな」陸斗くんとは、朝会ったら挨拶を交わすくらいで、それ以上の進展はない。それだけでも私は、十分なんだけど。「まぁ、今は陸斗くん隣のクラスだもんね」「うん。でもね、今日の放課後に図書委員会の当番があるから。陸斗くんに会えるんだ」今年も奇跡的に、陸斗くんと同じ図書委員になれた私。隣のクラスの陸斗くんと一緒の当番になったから、会える!「希空、嬉しそうな顔してるね。で?海斗くんのほうはどうなの?」「ぶっ!」香澄ちゃんに聞かれて、私は口の中にあったウインナーを吹き出しそうになってしまった。「なっ、な、なんで相楽くんの名前が出てくるの?!」「あれ?ふたりは、仲良いんじゃなかったの?」「なっ、仲良くなんかないよ」チラッと相楽くんのほうに目をやると、彼は教室の窓際でパンを食べている。「キャー、海斗くーん」「パンを食べてる姿もかっこいい〜」食事中でもファンの子にキャーキャー言われていて、ちょっと迷惑そう。ていうか相楽くんは、出席番号順でたまたま席が私の後ろっていうだけなのに。香澄ちゃん、私たちの一体どこを見て、仲良いなんて思ったの?そもそも相楽くんが
背後から耳馴染みのある声がし、後ろを振り返ると。……!私の真後ろに、陸斗くんが立っていた。「りっ、陸斗くん!」うそ。いつの間に来ていたの!?「希空ちゃん、ごめんね?来るのが遅くなっちゃって」間近でふわりと清潔感に満ちた香りがして、胸がドキッと跳ねる。「それで、どの本を取りたいの?これ?」スッと背後から書棚へと伸びてきた腕が、私の右の肩をわずかに掠める。「そ、その右隣の本を……」私が言うと、陸斗くんは後ろから私に覆いかぶさるかのような体勢で、書棚から目的の本を抜きとった。り、陸斗くん、距離が近すぎるよ……!お陰で心臓が、ばっくんばっくん鳴ってやばい。「はい、どうぞ」「あっ、ありがとう」「あれ?希空ちゃん、何だか顔が赤いよ?」「えっ!?」「……顔が真っ赤な希空ちゃんも可愛い」陸斗くんに耳元で吐息混じりに囁かれ、背筋がゾクリとする。「ちなみに、僕もその本読んだけど面白かったよ。オススメ」「わあ。陸斗くんのオススメなら、絶対読みたい。さっそく借りて読んでみるね」「うん。それじゃあ、委員会の仕事頑張ろうか」そう言って陸斗くんは、返却された本を手にする。「書棚の高いところは、僕がやるから」「ありがとう」それから私たちは、しばらく黙々と作業をしていたのだけど。「……くしゅん」その沈黙を破ったのは、私のくしゃみだった。今日の日中は夏のように暑かったから、ブレザーを脱いでブラウスのみで作業をしていた私。夕方になって、冷えてきたのかな。「……くしゅんっ」またもや、くしゃみが出てしまった。好きな人のそばでこう何度もくしゃみをするのは、ちょっと恥ずかしいかも。ちなみにブレザーは、教室に置いたままで手元にない。「希空ちゃん。良かったらこれ、着てて」陸斗くんは自分のブレザーを脱ぎ、私の肩にふわりとかけてくれた。「えっ、でも悪いよ。陸斗くんも寒いでしょう?」「僕は平気。希空ちゃんが風邪でもひいたら、大変だから。僕のことは気にしないで?ねっ」陸斗くんの優しさに、胸がキュンと鳴る。「ありがとう、陸斗くん」ここは陸斗くんのお言葉に甘えて、私はブレザーをこのまま借りておくことにした。陸斗くんのブレザーは私にはブカブカだけど、すごく温かい。まるで、陸斗くんに包みこまれているみたい。そして私たちは、図書委員の仕事を再開させた。
翌日の放課後。 私はスクールバッグを手に、教室からグラウンドへと行きかけた足を止めた。 帰宅部の私は、今まで放課後はグラウンドで陸斗くんが所属するサッカー部の練習を見てから帰るのが習慣となっていたのだけど。 そっか。今日からはもう、グラウンドへ行く必要はないんだ。だって昨日、私は陸斗くんに振られちゃったから。 昨日のことを思い出しただけで、胸がちくっと痛む。 「おい、希空!」 突然名前を呼ばれてそちらを向くと、海斗くんが立っていた。 「お前、今日ヒマ?」 「うん。このあとは、家に帰るだけだけど」 「それなら、今日はバスケ部の練習を見に来てよ」 「え、バスケ部の?」 「ああ。たまには良いだろ?俺、希空に応援に来て欲しい。今日絶対にシュート決めるからさ」 真っ直ぐこちらを見てくる海斗くんに、不覚にも胸がドキドキしてしまう。 「俺、体育館で待ってるから」 それだけ言うと、海斗くんは教室を出て行った。 海斗くんに『待ってる』なんて言われたら、やっぱり行かないわけにはいかなくて。 私は少ししてから、体育館へとやって来た。 放課後の体育館には、初めて来たけれど。ドリブルの音とバッシュが床を擦る音がし、コート付近にはギャラリーができていて賑やかだ。 ほんと、すごい人の数。しかも女の子ばっかり。 「キャーッ」 「相楽くん、頑張ってー!」 ギャラリーの女の子たちのほぼ全員が、海斗くんへと声援を送っている。 いま海斗くんたちは、試合形式で練習をしているみたい。 体育館には本当の試合さながらの、緊迫した空気が漂っている。 海斗くんはどこだろう……あっ、いた。 オレンジのビブスを身につけた海斗くんは今、ドリブルをしていた。 彼の横顔はとても真剣で、思わず見入ってしまう。 海斗くんがバスケをするところは、初めて見たけれど。走る姿も、パスをする姿も、汗を拭う姿も……すごくかっこいい。 何分か経過し、試合形式の練習もいよいよ終盤。 「相楽っ!」 ボールが今、チームメイトから海斗くんに渡った。 「海斗くーん」 「頑張ってえ」 その瞬間、女子たちの声援はより一層大きくなる。 現在、試合の点差は2点。海斗くんのチームが負けている状況で、残り時間は30秒を切っていた。 ファンの女子たちの中に混じって、私も試
あの日、スーパーで親切にしてもらって以来、彼女のことが忘れられなかった俺は、学校であの子のことを探してみることに。すると、意外とすぐに見つかった。俺の隣のクラスの子で、名前は小嶋希空というらしい。希空が陸斗と同じクラスだと知った俺は、わざと教科書を忘れたフリをして、希空を見たさに陸斗に借りに行くようになった。希空が図書委員だと知ると、学校の図書室へ定期的に通うようになった。図書室で本を読みながら、委員の仕事をする希空のことをこっそり見てみたり。希空がカウンターの貸し出し当番のときは、彼女に本を渡すだけでドキドキした。希空はあの日俺にしてくれたように、誰に対しても分け隔てなく優しくて。希空のことを知るうちに、彼女へ抱く感情が、“ 気になる ” から “ 好き ” へと変わっていった。隣のクラスで特に接点もないから、1年の頃の俺は、希空のことを遠くからただ見ているだけしかできなかった。だけど高校2年生になり、俺にもチャンスが巡ってきた。高校2年のクラス替えで、念願叶って俺は希空と同じクラスになれたのだ。しかも、俺の席が希空の後ろ。これからしばらく授業中は希空のことを見られるなと思ったら、頬が勝手に緩んでしまう。だけど、喜んでいたのも束の間。「あーあ。今年は陸斗くんと、クラスが離れちゃったよぉ」前の席の希空が、友達にそんなことを話しているのが聞こえてきた。陸斗……。それからも、希空の口からは何度も陸斗の名前が出てきて。友達の栗山さんと休み時間にそんな話ばかりしていたら、後ろの席の俺には丸聞こえで。そのうち、嫌でも分かった。希空は、陸斗のことが好きなのだと。自分の好きな人が、他の男を好きだと知ってショックだった。しかも、その相手が自分の兄貴。いつも陸斗ばかり見ている希空のことが、嫌で嫌で仕方なかった。陸斗だけでなく、俺のほうも見て欲しい。どうにかして希空を、こっちに向かせたい。少しでも、俺のことを意識させたい。そう思った俺は、いつしか希空にちょっかいをかけるようになっていた。希空のテストの答案用紙を、わざと手の届かないところへやったり。希空のポニーテールのヘアゴムを外して、勝手に持っていったり。「ちょっと、相楽くん……!やめてよ」ガキだなと自分で思いながらも、希空が俺を見てくれるのが嬉しくて。俺はつい、希空の嫌がる
【海斗side】「あっ。海斗くんだ」「海斗くん、おはようー!」朝。俺・相楽海斗の1日は、矢継ぎ早に飛んでくる黄色い声を交わすところから始まる。双子の兄である陸斗と二人で登校し、校門をくぐり抜けた途端、横に後ろにと女子たちがワッと集まってきた。またか……と、ため息をつきそうになるのを俺は必死に堪える。高校に入学してからというもの、毎日こんな調子だ。「キャーッ。今日は、陸斗くんと海斗くんが一緒だ」「ふたり一緒なんて、ラッキーだね」特に陸斗と一緒にいると、集まる女子の数は半端ない。人から嫌われるよりは、好かれるほうが格段に良いのかもしれないが。アイドルでもないのに、こうも毎日のようにキャーキャー言われると、さすがに参ってしまう。「あの、海斗くん。これ、クッキーなんだけど……良かったら、食べてください」頬を赤く染めながら、俺に可愛くラッピングされた手作りのお菓子を差し出す女子。「悪いけど、いらない」冷たく言い放つと、俺は真っ直ぐ前だけを見て歩いていく。さっきみたいなとき、もし陸斗だったら『ありがとう』って言って、優しくお菓子を受け取るのだろうけど。俺は、そんなことはしない。だって俺には、好きなヤツがいるから。陸斗と別れて自分の教室にいくと、真っ先に探すのはアイツの姿。……いた。あいつは……希空は、自分の席で友達の栗山さんと楽しそうに話していた。今日も、朝から可愛いな。希空を見て、思わず俺の頬が持ち上がる。俺は、希空のことが好きだ。いつからかと聞かれたら、それはけっこう前からだ。あれは、俺が高校に入学して1ヶ月ほどが過ぎた頃。部活を終えた俺は学校帰り、母親におつかいを頼まれてスーパーへと立ち寄った。必要なものを買い物カゴに入れて、セルフレジで商品のバーコードを全てスキャンし、あとは代金を支払うだけとなったのだが……。は?嘘だろ。まさかの160円足りない。この日の俺の財布には、ちょうど3000円しか入っていなかったため、支払う金額が3160円に対して、160円が不足していた。世間でスマホ決済が普及するなか、俺は昔から変わらず現金派のため、スマホ決済のアプリは持っていないし……困ったな。こういうことは初めてだからか、心臓がバクバクと音を立て出す。仕方ない。ここは店員の人に訳を話して、商品を全部戻すか……そう思ったときだった
「ごめん。さすがにそれはできないよ。私はさっき失恋したばかりで、すぐに新しい恋なんて無理。それに……私、相楽くんのことは今までクラスメイト以上に見たことがなかったから」「そっか。そうだよな」相楽くんが、しゅんと肩を落とす。「でも、相楽くんの気持ちは嬉しいよ。ありがとう」私は、抱きしめてくれていた相楽くんから、そっと離れる。「……だったら俺、小嶋のクラスメイト以上になれるように頑張るよ。これからは、小嶋の嫌がることもしないから。だから小嶋、まずは俺と友達から始めてみない?」「えっ。わ、私と相楽くんが友達!?」「友達なら、問題ないだろ?ほら、小嶋と栗山さんみたいな感じでさ」私と相楽くんが、香澄ちゃんと私みたいな関係に……。えっ。ということは、相楽くんと私が一緒にランチしたり、恋バナをするってこと?なんか、全く想像できないんだけど。「でも、まあ……友達なら良いかな」「ほんとか!?小嶋に断られたら、どうしようかと思ったよ。ありがとう!」こんなにもニコニコしている相楽くんは、初めて見たかもしれない。「それじゃあ今日は、小嶋が失恋した日じゃなくて。俺と友達になった日だな」「友達に、なった日?」「ああ。だって、今日という日を思い出すたびに、いちいち失恋のことが頭を過ぎるのも嫌だろ?」言われてみれば、確かに。「だから、陸斗じゃなくてこれからは俺のことを思い出してくれよな?今日5月✕✕日は、俺と小嶋の友達になった記念すべき日。つまり、俺の日だ」「……ぷっ。俺の日って、何?」腰に手を添えて、ドヤ顔で言う相楽くんがおかしくて。私は思わず、吹き出してしまった。「まさか相楽くんが、こんなことを言う人だなんて思わなかったよ。ハハッ」「希空、やっと笑ったな。やっぱりお前は泣き顔よりも、笑った顔が一番可愛いよ」か、可愛いって。相楽くんに突然そんな甘いことを言われると、反応に困るんだけど。それに相楽くん、今さらっと私のことを『小嶋』じゃなく『希空』って……。家族以外の男の人に、名前を呼び捨てで呼ばれたことがないから照れる。「友達になったなら、俺はこれからお前のことは希空って呼ぶから。希空も海斗って呼んでよ」「えっ?」「陸斗のことだけ名前で呼んで、俺は苗字でズルいって思ってたんだよ。同じ双子なのにって」相楽くんが、少し不機嫌そうに言う。「さっ
私は思わず、相楽くんをじっと見てしまう。「す、好きな女って……?」もしかして私の他にも泣いている女の子がいるのかと、思わずキョロキョロと辺りを見回す私。「ばーか。どう考えても小嶋しかいねぇだろうが」頭の上にコツンと、優しいゲンコツが降ってきた。「う、うそ。相楽くんが、私のことを好きだなんて……冗談だよね?」「冗談じゃない」「『嫌い』の間違いじゃなくて!?」「違う。俺は、小嶋のことが好きだ」何これ。まさかの相楽くんから、こんな突然の告白なんて。私はびっくりし過ぎて、涙も引っ込んでしまった。「いつもお前に意地悪していたくせに。こんな突然、好きだとか言っても信じてもらえねえよな」少し悲しげに笑う相楽くんが、私の頬を伝う涙を指で優しく拭ってくれる。「俺がよく小嶋に意地悪していたのは、陸斗のことが好きなお前に、俺のことを見て欲しかったからだよ」そうだったの?!「ていうか、相楽くんに私が陸斗くんを好きだってことは、一度も話していないのに……」どうして分かったんだろう。「そんなの、いつも小嶋を見てれば分かるよ」「相楽く……っ」すると、相楽くんが戸惑う私のことを正面からぎゅっと力強く抱きしめてくる。「それで?小嶋がこんなにも泣いてたってことは……もしかして、陸斗に告白して振られたとか?」「!」ず、図星だ。相楽くん、すごい。分かるってことは、まさか本当に今まで私のことを見ていてくれたの?「……そうだよ。相楽くんの言うとおり。私、陸斗くんに告白して振られたの……っ」思い出したら、何だかまた泣けてきた。「そうだったんだ。小嶋、頑張って自分の気持ちを陸斗に伝えたんだな」てっきり、いつもみたいにバカにされるのかと思ったら……。「よくやったな、小嶋」相楽くんは微笑むと、私の背中をトントンと手で優しく叩いてくれた。「……っ、ごめん。いつまでもこうして泣いてたらダメだよね。相楽くんの制服が、涙で濡れちゃう」そう言い、私は彼から離れようとするが。「……いいよ」頭の後ろに手を添えられ、相楽くんに再び抱き寄せられる。「俺の胸で良ければ貸すから。今日は、泣きたいだけ泣けば良い」「っうう」私を抱きしめてくれる相楽くんは、すごく温かくて。声も言葉も、いつもよりも優しくて。こんなんじゃ、調子狂っちゃうよ。「なぁ、小嶋。こんなときに言う
返事を聞くのが怖くて、私は俯きそうになる顔を必死に上げると、陸斗くんの瞳が揺れていた。「……ごめん」まるでハンマーで頭を殴られたような、強いショックを受ける。「僕、今まで希空ちゃんのことは……仲の良い友達だと思っていたから」“ 仲の良い友達 ” それはそれで、嬉しいけれど……そっか。陸斗くんは私のこと、好きではなかったんだ。あまりのショックに、頭がクラクラして。息も、いつもみたいに上手くできなくなる。陸斗くんにポニーテールを可愛いって褒めてもらったり、ブレザーを貸してもらったり。香澄ちゃんにも、脈アリだと思うと言ってもらえて……私は、きっと心のどこかで舞い上がってしまっていたんだ。陸斗くんが私を好きだなんて保証は、どこにもなかったのに。なんで、こんな勢いで先走ってしまったのだろう。「……っ」こうなったのも、自業自得なのに。視界が涙で、だんだんとぼやけていく。「希空ちゃん、本当にごめんね」「ううん。自分の気持ちを、伝えたかっただけだから。聞いてくれてありがとう」私はこぼれそうになる涙を必死に堪えて、何とか言い切る。「あの、陸斗くん。私ひとりで図書室の鍵、職員室まで返しにいくから。先に帰ってて」これ以上、陸斗くんと二人きりでいるのは辛くて。私は陸斗くんの手から鍵を取ると、職員室へと向かって駆け出した。◇職員室に鍵を返却したあと、廊下をとぼとぼと歩く私の目からは、ついに堪えていた涙が溢れ出す。「っうう」私、失恋したんだ。陸斗くんに、振られたんだ。私は人気のない廊下の片隅に、力なくしゃがみ込む。「っく、う……っ」さっきから、涙がポロポロと溢れて止まらない。私は、両手で泣き顔を覆う。好きだった。去年、陸斗くんに学校の階段で助けてもらったあの日からずっと……私は、あなたのことが好きだったのに。「振られちゃったよ……っ」『希空ちゃん!おはよう』こんなときでも思い出すのは、陸斗くんの優しい笑顔。好き。たとえ振られても、陸斗くんのことが私はまだ好き。この1年間ずっと、陸斗くんのことだけを想ってきたんだもん。好きって気持ちは、振られたからってそんなに簡単にはなくならないよ。「……小嶋?」突然低い声で名前を呼ばれ、私が顔を上げると。「……っ、相楽くん……」目の前には、部活終わりなのかスポーツバッグを肩にかけた、陸斗
放課後。この日も私は、陸斗くんと一緒に図書委員の当番だった。委員の仕事が終わる頃には、辺りは夕焼け色に染まっていた。図書室の司書の先生に閉館時間になったら、戸締りをするように頼まれていたので、いま私は陸斗くんと図書室で二人きり。今は陸斗くんと分かれて窓の鍵が閉まってるか、ひとつずつ確認しているところ。「希空ちゃん。こっちの窓は、全部OKだよ」「私のほうも大丈夫だった」「それじゃあ鍵閉めて、僕たちも帰ろうか」「うん」図書室の戸締りを終えて、最後に扉の鍵を閉めると、私は陸斗くんと並んで廊下を歩く。そういえば、今日の昼休みにリマちゃんが陸斗くんに告白するって言ってたけど……どうだったんだろう?陸斗くん、OKしたのかな?「そういや希空ちゃん。最近、弟とはどう?」「……」「おーい、希空ちゃん!」「えっ。あっ、はい!」しまった。つい考え込んで、ボーッとしてしまってた。「希空ちゃん、大丈夫?」「うん。大丈夫だよ、ごめんね。それで陸斗くん、話って……」「ああ、うん。希空ちゃん、この前みたいに海斗に、キツく言われたりしてないかなと思って」気にかけてくれるなんて、陸斗くんは優しいな。「もし、海斗にまた何か嫌なこととか言われたら、僕に言ってね?」「ありがとう。最近は大丈夫だよ」相楽くんには、今も変わらずちょっかいを出されることはあるけれど。この前みたいに、キツく睨まれるとかはないから。「そっか。それなら良かった」陸斗くんが、私にニッコリと微笑んでくれる。もし、陸斗くんに彼女ができたら……こんなふうに、笑いかけてもらうことはなくなるのかな。「ああ見えて、海斗も悪気はないだろうからさ。希空ちゃんにはあいつのこと、嫌いにならないでやって欲しいな」「……相楽くんのこと、嫌いにはならないよ」だって相楽くんは、陸斗くんの……私の好きな人の大切な弟だから。「希空ちゃんは優しいね」「いや、そんな。私は、陸斗くんほどでも……」「ありがとう、希空ちゃん」陸斗くんが、私の肩にぽんと手を置く。「そうだ。僕、一昨日発売された東谷先生の新刊を買ったんだけど。面白くて、1日で読んでしまったよ」もし、陸斗くんに彼女ができたら……こんなふうに、二人で並んで歩くこともなくなるのかな?「……希空ちゃん?」急に廊下で立ち止まった私を見て、陸斗くんが首を傾げ
ゴールデンウィークが明けた、ある日の学校の休み時間。「うわ、それマジで!?」誰かの声が廊下に響いて、私の耳はピクッと反応する。教室の開いた窓のほうに目をやると、友達と笑いながら廊下を歩いている陸斗くんが見えた。笑うとくしゃっとなる笑顔、可愛いな。私は自分の席に座りながら、陸斗くんの姿を眺める。「それでさぁ……ってちょっと、希空!あたしの話聞いてる?」「え!?あっ、うん。もちろん聞いてるよ」私は香澄ちゃんに、ニッコリと微笑んでみせる。「うそ、絶対聞いてなかったでしょう!だって希空、今陸斗くんのほうを一直線で見てたじゃない」う、香澄ちゃんにはバレてたか。「まったく希空ったら。話を聞いてないなら聞いてないって、はっきり言ってよね」香澄ちゃんが、ほっぺをぷくっと膨らませる。「ていうかさ、希空もあたしの話そっちのけでじっと見ちゃうくらい陸斗くんのことが好きなら、いい加減告白しちゃえばいいのに」「えぇ!こっ、告白!?」いきなり何を言いだすの、香澄ちゃん!「告白なんてそんなの、むっ、無理に決まってるじゃない!」私は、ブンブンと手をふる。「それに、もし仮に告白したとしても振られるのが目に見えてるよ」だって陸斗くんは、全校女子憧れの王子様だし。「そんなの、告白してみなきゃ分からないよ。だって陸斗くん、希空に会うといつも挨拶してくれるし。この前だって、希空にブレザー貸してくれたんでしょう?これは、脈アリだと思うけどなぁ」そう……なのかな?「えっ!リマちゃん、今日の昼休みに陸斗くんに告白するの!?」すると突然、女の子たちの大きな声が聞こえてきた。「ちょっと、みんな!声が大きいよ」そちらに目をやると唇に人差し指を当てて、「しーっ」と言うクラスメイトのリマちゃんが見えた。「リマなら、きっといけるよ!」「そうそう。可愛いリマなら大丈夫!」「そうかなぁ?」友達に激励され頬を赤く染めるリマちゃんは、女の私から見ても可愛い。リマちゃんは学年一可愛いと言われている女の子で、男子からも人気がある。そんな子が、陸斗くんのことを好きだなんて。私に勝ち目なんてないんじゃ……?「相楽兄弟、大人気だね。希空もうかうかしてたら、そのうち誰かに取られちゃうかもよ?」「だよね……」実際、陸斗くんは毎日たくさんの女の子から告白されている。「告白するも
背後から耳馴染みのある声がし、後ろを振り返ると。……!私の真後ろに、陸斗くんが立っていた。「りっ、陸斗くん!」うそ。いつの間に来ていたの!?「希空ちゃん、ごめんね?来るのが遅くなっちゃって」間近でふわりと清潔感に満ちた香りがして、胸がドキッと跳ねる。「それで、どの本を取りたいの?これ?」スッと背後から書棚へと伸びてきた腕が、私の右の肩をわずかに掠める。「そ、その右隣の本を……」私が言うと、陸斗くんは後ろから私に覆いかぶさるかのような体勢で、書棚から目的の本を抜きとった。り、陸斗くん、距離が近すぎるよ……!お陰で心臓が、ばっくんばっくん鳴ってやばい。「はい、どうぞ」「あっ、ありがとう」「あれ?希空ちゃん、何だか顔が赤いよ?」「えっ!?」「……顔が真っ赤な希空ちゃんも可愛い」陸斗くんに耳元で吐息混じりに囁かれ、背筋がゾクリとする。「ちなみに、僕もその本読んだけど面白かったよ。オススメ」「わあ。陸斗くんのオススメなら、絶対読みたい。さっそく借りて読んでみるね」「うん。それじゃあ、委員会の仕事頑張ろうか」そう言って陸斗くんは、返却された本を手にする。「書棚の高いところは、僕がやるから」「ありがとう」それから私たちは、しばらく黙々と作業をしていたのだけど。「……くしゅん」その沈黙を破ったのは、私のくしゃみだった。今日の日中は夏のように暑かったから、ブレザーを脱いでブラウスのみで作業をしていた私。夕方になって、冷えてきたのかな。「……くしゅんっ」またもや、くしゃみが出てしまった。好きな人のそばでこう何度もくしゃみをするのは、ちょっと恥ずかしいかも。ちなみにブレザーは、教室に置いたままで手元にない。「希空ちゃん。良かったらこれ、着てて」陸斗くんは自分のブレザーを脱ぎ、私の肩にふわりとかけてくれた。「えっ、でも悪いよ。陸斗くんも寒いでしょう?」「僕は平気。希空ちゃんが風邪でもひいたら、大変だから。僕のことは気にしないで?ねっ」陸斗くんの優しさに、胸がキュンと鳴る。「ありがとう、陸斗くん」ここは陸斗くんのお言葉に甘えて、私はブレザーをこのまま借りておくことにした。陸斗くんのブレザーは私にはブカブカだけど、すごく温かい。まるで、陸斗くんに包みこまれているみたい。そして私たちは、図書委員の仕事を再開させた。