整った顔に見つめられ、否応なしにドキドキしていると、相楽くんの手が再びこちらへと伸びてきた。
──するっ。
「え!?」
なぜか相楽くんは、私のポニーテールのヘアゴムを外した。
「さっ、相楽くん!?」
ちょっと!どうして外すの!?朝から、せっかく頑張って結んだのに。
「返して!」
私がヘアゴムを取り返そうと手を伸ばすと、ゴムを遠ざけられてしまう。
「これは、俺が預かっとく。小嶋、今日からポニーテールにするの禁止な」
「はい!?」
一方的にそれだけ言うと、相楽くんは席を立ち教室を出ていってしまった。
ヘアゴムを取られた上に、ポニーテールにするの禁止って……。
どうしてそんなことを言うの?どうして意地悪するの?相楽くん、意味分かんないよ。
ほんとに双子?って思ってしまうくらい、陸斗くんとは正反対だ──。
◇
あれから1週間が経ち、校庭の桜の木は花びらが散り、鮮やかな緑色の葉をつけた。
「最近、陸斗くんとはどうなの?」
お昼休み。友達の栗山香澄(くりやまかすみ)ちゃんが、玉子焼きを口にしながら聞いてきた。
私は今、香澄ちゃんと教室で机を向かい合わせにして、お弁当を食べている。
「んー、最近はあまり話せてない……かな」
陸斗くんとは、朝会ったら挨拶を交わすくらいで、それ以上の進展はない。それだけでも私は、十分なんだけど。
「まぁ、今は陸斗くん隣のクラスだもんね」
「うん。でもね、今日の放課後に図書委員会の当番があるから。陸斗くんに会えるんだ」
今年も奇跡的に、陸斗くんと同じ図書委員になれた私。隣のクラスの陸斗くんと一緒の当番になったから、会える!
「希空、嬉しそうな顔してるね。で?海斗くんのほうはどうなの?」
「ぶっ!」
香澄ちゃんに聞かれて、私は口の中にあったウインナーを吹き出しそうになってしまった。
「なっ、な、なんで相楽くんの名前が出てくるの?!」
「あれ?ふたりは、仲良いんじゃなかったの?」
「なっ、仲良くなんかないよ」
チラッと相楽くんのほうに目をやると、彼は教室の窓際でパンを食べている。
「キャー、海斗くーん」
「パンを食べてる姿もかっこいい〜」
食事中でもファンの子にキャーキャー言われていて、ちょっと迷惑そう。
ていうか相楽くんは、出席番号順でたまたま席が私の後ろっていうだけなのに。香澄ちゃん、私たちの一体どこを見て、仲良いなんて思ったの?
そもそも相楽くんが一方的に、私にちょっかいをかけに来てるんだよ。
「希空も、あの人気者の相楽兄弟の弟に気に入られて、良いじゃん」
「良くないよ!ていうか、そもそも私のどこが気に入られてるの?嫌われてるの間違いじゃない?」
この前だって『ポニーテールにするの禁止な』って、訳の分からないことを言われたし。
私は、おろしたままのストレートの髪にそっと手を当てる。
「……なあ。それ、食わねえの?」
「え?」
突然耳元で声がして、肩がピクッと跳ねた。恐る恐る、声がしたほうに目をやると。
「えっ、相楽くん!?」
「それ、食わないならちょうだい」
「あっ、ちょっと……!」
いつの間にかそばに立っていた相楽くんに、私のお弁当の玉子焼きを取られてしまった。
「うん、美味い」
手で掴んで口に入れた玉子焼きを、頬張る相楽くん。
玉子焼きは好物だから、最後に食べようと思って残しておいたのに……!
「なあ。この玉子焼きって、もしかして小嶋が作ったの?」
「いや、お弁当はお母さんが……」
「ぷっ。だよなー」
私を見て、クスクスと笑う相楽くん。
『だよな』って、どういう意味!?しかも、そんなに笑って……どうせ私は、料理ができませんよーだ。
「ああ、美味かった。小嶋のお母さんにも、“玉子焼き美味かった”って伝えておいて?」
それだけ言うと、相楽くんは教室を出て行った。
勝手に玉子焼きを食べられたうえに、笑われて。
ムカつく!って、思ったけど……私も昔から大好きなお母さんの玉子焼きを、相楽くんにも『美味しかった』って思ってもらえたのだと思うと、なぜか悪い気はしなかった。
◇
放課後。私は今、図書室で返却本を書棚に戻す作業をしている。陸斗くんは、まだ来ていない。
図書室には誰かが時折、本のページを捲る音だけが響く。普段は利用客の少ない図書室の、静かな雰囲気が好きだ。
あ。あの本のタイトル……興味あるなあ。
私は、図書室の一番上の棚にある本が目についた。
こうして書棚の整理をしていると、たまに興味深い本と出会えることがある。
作業の途中だけど、ちょっとだけなら良いよね。
そう思った私は、書棚に手をのばす……が。と、届かない。
お目当ての単行本は、私の目線よりもかなり上のところにある。
こういうとき、身長が150cm弱の私はいつも苦労するんだ。
一生懸命背伸びして、手を伸ばすけれど。全然、本にかすりもしない。
面倒くさがってないで、いい加減離れたところにあるステップ台を、取ってこようと思ったとき。
「……どの本が欲しいの?」
えっ、この声は……。
背後から耳馴染みのある声がし、後ろを振り返ると。……!私の真後ろに、陸斗くんが立っていた。「りっ、陸斗くん!」うそ。いつの間に来ていたの!?「希空ちゃん、ごめんね?来るのが遅くなっちゃって」間近でふわりと清潔感に満ちた香りがして、胸がドキッと跳ねる。「それで、どの本を取りたいの?これ?」スッと背後から書棚へと伸びてきた腕が、私の右の肩をわずかに掠める。「そ、その右隣の本を……」私が言うと、陸斗くんは後ろから私に覆いかぶさるかのような体勢で、書棚から目的の本を抜きとった。り、陸斗くん、距離が近すぎるよ……!お陰で心臓が、ばっくんばっくん鳴ってやばい。「はい、どうぞ」「あっ、ありがとう」「あれ?希空ちゃん、何だか顔が赤いよ?」「えっ!?」「……顔が真っ赤な希空ちゃんも可愛い」陸斗くんに耳元で吐息混じりに囁かれ、背筋がゾクリとする。「ちなみに、僕もその本読んだけど面白かったよ。オススメ」「わあ。陸斗くんのオススメなら、絶対読みたい。さっそく借りて読んでみるね」「うん。それじゃあ、委員会の仕事頑張ろうか」そう言って陸斗くんは、返却された本を手にする。「書棚の高いところは、僕がやるから」「ありがとう」それから私たちは、しばらく黙々と作業をしていたのだけど。「……くしゅん」その沈黙を破ったのは、私のくしゃみだった。今日の日中は夏のように暑かったから、ブレザーを脱いでブラウスのみで作業をしていた私。夕方になって、冷えてきたのかな。「……くしゅんっ」またもや、くしゃみが出てしまった。好きな人のそばでこう何度もくしゃみをするのは、ちょっと恥ずかしいかも。ちなみにブレザーは、教室に置いたままで手元にない。「希空ちゃん。良かったらこれ、着てて」陸斗くんは自分のブレザーを脱ぎ、私の肩にふわりとかけてくれた。「えっ、でも悪いよ。陸斗くんも寒いでしょう?」「僕は平気。希空ちゃんが風邪でもひいたら、大変だから。僕のことは気にしないで?ねっ」陸斗くんの優しさに、胸がキュンと鳴る。「ありがとう、陸斗くん」ここは陸斗くんのお言葉に甘えて、私はブレザーをこのまま借りておくことにした。陸斗くんのブレザーは私にはブカブカだけど、すごく温かい。まるで、陸斗くんに包みこまれているみたい。そして私たちは、図書委員の仕事を再開させた。
ゴールデンウィークが明けた、ある日の学校の休み時間。「うわ、それマジで!?」誰かの声が廊下に響いて、私の耳はピクッと反応する。教室の開いた窓のほうに目をやると、友達と笑いながら廊下を歩いている陸斗くんが見えた。笑うとくしゃっとなる笑顔、可愛いな。私は自分の席に座りながら、陸斗くんの姿を眺める。「それでさぁ……ってちょっと、希空!あたしの話聞いてる?」「え!?あっ、うん。もちろん聞いてるよ」私は香澄ちゃんに、ニッコリと微笑んでみせる。「うそ、絶対聞いてなかったでしょう!だって希空、今陸斗くんのほうを一直線で見てたじゃない」う、香澄ちゃんにはバレてたか。「まったく希空ったら。話を聞いてないなら聞いてないって、はっきり言ってよね」香澄ちゃんが、ほっぺをぷくっと膨らませる。「ていうかさ、希空もあたしの話そっちのけでじっと見ちゃうくらい陸斗くんのことが好きなら、いい加減告白しちゃえばいいのに」「えぇ!こっ、告白!?」いきなり何を言いだすの、香澄ちゃん!「告白なんてそんなの、むっ、無理に決まってるじゃない!」私は、ブンブンと手をふる。「それに、もし仮に告白したとしても振られるのが目に見えてるよ」だって陸斗くんは、全校女子憧れの王子様だし。「そんなの、告白してみなきゃ分からないよ。だって陸斗くん、希空に会うといつも挨拶してくれるし。この前だって、希空にブレザー貸してくれたんでしょう?これは、脈アリだと思うけどなぁ」そう……なのかな?「えっ!リマちゃん、今日の昼休みに陸斗くんに告白するの!?」すると突然、女の子たちの大きな声が聞こえてきた。「ちょっと、みんな!声が大きいよ」そちらに目をやると唇に人差し指を当てて、「しーっ」と言うクラスメイトのリマちゃんが見えた。「リマなら、きっといけるよ!」「そうそう。可愛いリマなら大丈夫!」「そうかなぁ?」友達に激励され頬を赤く染めるリマちゃんは、女の私から見ても可愛い。リマちゃんは学年一可愛いと言われている女の子で、男子からも人気がある。そんな子が、陸斗くんのことを好きだなんて。私に勝ち目なんてないんじゃ……?「相楽兄弟、大人気だね。希空もうかうかしてたら、そのうち誰かに取られちゃうかもよ?」「だよね……」実際、陸斗くんは毎日たくさんの女の子から告白されている。「告白するも
放課後。この日も私は、陸斗くんと一緒に図書委員の当番だった。委員の仕事が終わる頃には、辺りは夕焼け色に染まっていた。図書室の司書の先生に閉館時間になったら、戸締りをするように頼まれていたので、いま私は陸斗くんと図書室で二人きり。今は陸斗くんと分かれて窓の鍵が閉まってるか、ひとつずつ確認しているところ。「希空ちゃん。こっちの窓は、全部OKだよ」「私のほうも大丈夫だった」「それじゃあ鍵閉めて、僕たちも帰ろうか」「うん」図書室の戸締りを終えて、最後に扉の鍵を閉めると、私は陸斗くんと並んで廊下を歩く。そういえば、今日の昼休みにリマちゃんが陸斗くんに告白するって言ってたけど……どうだったんだろう?陸斗くん、OKしたのかな?「そういや希空ちゃん。最近、弟とはどう?」「……」「おーい、希空ちゃん!」「えっ。あっ、はい!」しまった。つい考え込んで、ボーッとしてしまってた。「希空ちゃん、大丈夫?」「うん。大丈夫だよ、ごめんね。それで陸斗くん、話って……」「ああ、うん。希空ちゃん、この前みたいに海斗に、キツく言われたりしてないかなと思って」気にかけてくれるなんて、陸斗くんは優しいな。「もし、海斗にまた何か嫌なこととか言われたら、僕に言ってね?」「ありがとう。最近は大丈夫だよ」相楽くんには、今も変わらずちょっかいを出されることはあるけれど。この前みたいに、キツく睨まれるとかはないから。「そっか。それなら良かった」陸斗くんが、私にニッコリと微笑んでくれる。もし、陸斗くんに彼女ができたら……こんなふうに、笑いかけてもらうことはなくなるのかな。「ああ見えて、海斗も悪気はないだろうからさ。希空ちゃんにはあいつのこと、嫌いにならないでやって欲しいな」「……相楽くんのこと、嫌いにはならないよ」だって相楽くんは、陸斗くんの……私の好きな人の大切な弟だから。「希空ちゃんは優しいね」「いや、そんな。私は、陸斗くんほどでも……」「ありがとう、希空ちゃん」陸斗くんが、私の肩にぽんと手を置く。「そうだ。僕、一昨日発売された東谷先生の新刊を買ったんだけど。面白くて、1日で読んでしまったよ」もし、陸斗くんに彼女ができたら……こんなふうに、二人で並んで歩くこともなくなるのかな?「……希空ちゃん?」急に廊下で立ち止まった私を見て、陸斗くんが首を傾げ
返事を聞くのが怖くて、私は俯きそうになる顔を必死に上げると、陸斗くんの瞳が揺れていた。「……ごめん」まるでハンマーで頭を殴られたような、強いショックを受ける。「僕、今まで希空ちゃんのことは……仲の良い友達だと思っていたから」“ 仲の良い友達 ” それはそれで、嬉しいけれど……そっか。陸斗くんは私のこと、好きではなかったんだ。あまりのショックに、頭がクラクラして。息も、いつもみたいに上手くできなくなる。陸斗くんにポニーテールを可愛いって褒めてもらったり、ブレザーを貸してもらったり。香澄ちゃんにも、脈アリだと思うと言ってもらえて……私は、きっと心のどこかで舞い上がってしまっていたんだ。陸斗くんが私を好きだなんて保証は、どこにもなかったのに。なんで、こんな勢いで先走ってしまったのだろう。「……っ」こうなったのも、自業自得なのに。視界が涙で、だんだんとぼやけていく。「希空ちゃん、本当にごめんね」「ううん。自分の気持ちを、伝えたかっただけだから。聞いてくれてありがとう」私はこぼれそうになる涙を必死に堪えて、何とか言い切る。「あの、陸斗くん。私ひとりで図書室の鍵、職員室まで返しにいくから。先に帰ってて」これ以上、陸斗くんと二人きりでいるのは辛くて。私は陸斗くんの手から鍵を取ると、職員室へと向かって駆け出した。◇職員室に鍵を返却したあと、廊下をとぼとぼと歩く私の目からは、ついに堪えていた涙が溢れ出す。「っうう」私、失恋したんだ。陸斗くんに、振られたんだ。私は人気のない廊下の片隅に、力なくしゃがみ込む。「っく、う……っ」さっきから、涙がポロポロと溢れて止まらない。私は、両手で泣き顔を覆う。好きだった。去年、陸斗くんに学校の階段で助けてもらったあの日からずっと……私は、あなたのことが好きだったのに。「振られちゃったよ……っ」『希空ちゃん!おはよう』こんなときでも思い出すのは、陸斗くんの優しい笑顔。好き。たとえ振られても、陸斗くんのことが私はまだ好き。この1年間ずっと、陸斗くんのことだけを想ってきたんだもん。好きって気持ちは、振られたからってそんなに簡単にはなくならないよ。「……小嶋?」突然低い声で名前を呼ばれ、私が顔を上げると。「……っ、相楽くん……」目の前には、部活終わりなのかスポーツバッグを肩にかけた、陸斗
私は思わず、相楽くんをじっと見てしまう。「す、好きな女って……?」もしかして私の他にも泣いている女の子がいるのかと、思わずキョロキョロと辺りを見回す私。「ばーか。どう考えても小嶋しかいねぇだろうが」頭の上にコツンと、優しいゲンコツが降ってきた。「う、うそ。相楽くんが、私のことを好きだなんて……冗談だよね?」「冗談じゃない」「『嫌い』の間違いじゃなくて!?」「違う。俺は、小嶋のことが好きだ」何これ。まさかの相楽くんから、こんな突然の告白なんて。私はびっくりし過ぎて、涙も引っ込んでしまった。「いつもお前に意地悪していたくせに。こんな突然、好きだとか言っても信じてもらえねえよな」少し悲しげに笑う相楽くんが、私の頬を伝う涙を指で優しく拭ってくれる。「俺がよく小嶋に意地悪していたのは、陸斗のことが好きなお前に、俺のことを見て欲しかったからだよ」そうだったの?!「ていうか、相楽くんに私が陸斗くんを好きだってことは、一度も話していないのに……」どうして分かったんだろう。「そんなの、いつも小嶋を見てれば分かるよ」「相楽く……っ」すると、相楽くんが戸惑う私のことを正面からぎゅっと力強く抱きしめてくる。「それで?小嶋がこんなにも泣いてたってことは……もしかして、陸斗に告白して振られたとか?」「!」ず、図星だ。相楽くん、すごい。分かるってことは、まさか本当に今まで私のことを見ていてくれたの?「……そうだよ。相楽くんの言うとおり。私、陸斗くんに告白して振られたの……っ」思い出したら、何だかまた泣けてきた。「そうだったんだ。小嶋、頑張って自分の気持ちを陸斗に伝えたんだな」てっきり、いつもみたいにバカにされるのかと思ったら……。「よくやったな、小嶋」相楽くんは微笑むと、私の背中をトントンと手で優しく叩いてくれた。「……っ、ごめん。いつまでもこうして泣いてたらダメだよね。相楽くんの制服が、涙で濡れちゃう」そう言い、私は彼から離れようとするが。「……いいよ」頭の後ろに手を添えられ、相楽くんに再び抱き寄せられる。「俺の胸で良ければ貸すから。今日は、泣きたいだけ泣けば良い」「っうう」私を抱きしめてくれる相楽くんは、すごく温かくて。声も言葉も、いつもよりも優しくて。こんなんじゃ、調子狂っちゃうよ。「なぁ、小嶋。こんなときに言う
「ごめん。さすがにそれはできないよ。私はさっき失恋したばかりで、すぐに新しい恋なんて無理。それに……私、相楽くんのことは今までクラスメイト以上に見たことがなかったから」「そっか。そうだよな」相楽くんが、しゅんと肩を落とす。「でも、相楽くんの気持ちは嬉しいよ。ありがとう」私は、抱きしめてくれていた相楽くんから、そっと離れる。「……だったら俺、小嶋のクラスメイト以上になれるように頑張るよ。これからは、小嶋の嫌がることもしないから。だから小嶋、まずは俺と友達から始めてみない?」「えっ。わ、私と相楽くんが友達!?」「友達なら、問題ないだろ?ほら、小嶋と栗山さんみたいな感じでさ」私と相楽くんが、香澄ちゃんと私みたいな関係に……。えっ。ということは、相楽くんと私が一緒にランチしたり、恋バナをするってこと?なんか、全く想像できないんだけど。「でも、まあ……友達なら良いかな」「ほんとか!?小嶋に断られたら、どうしようかと思ったよ。ありがとう!」こんなにもニコニコしている相楽くんは、初めて見たかもしれない。「それじゃあ今日は、小嶋が失恋した日じゃなくて。俺と友達になった日だな」「友達に、なった日?」「ああ。だって、今日という日を思い出すたびに、いちいち失恋のことが頭を過ぎるのも嫌だろ?」言われてみれば、確かに。「だから、陸斗じゃなくてこれからは俺のことを思い出してくれよな?今日5月✕✕日は、俺と小嶋の友達になった記念すべき日。つまり、俺の日だ」「……ぷっ。俺の日って、何?」腰に手を添えて、ドヤ顔で言う相楽くんがおかしくて。私は思わず、吹き出してしまった。「まさか相楽くんが、こんなことを言う人だなんて思わなかったよ。ハハッ」「希空、やっと笑ったな。やっぱりお前は泣き顔よりも、笑った顔が一番可愛いよ」か、可愛いって。相楽くんに突然そんな甘いことを言われると、反応に困るんだけど。それに相楽くん、今さらっと私のことを『小嶋』じゃなく『希空』って……。家族以外の男の人に、名前を呼び捨てで呼ばれたことがないから照れる。「友達になったなら、俺はこれからお前のことは希空って呼ぶから。希空も海斗って呼んでよ」「えっ?」「陸斗のことだけ名前で呼んで、俺は苗字でズルいって思ってたんだよ。同じ双子なのにって」相楽くんが、少し不機嫌そうに言う。「さっ
【海斗side】「あっ。海斗くんだ」「海斗くん、おはようー!」朝。俺・相楽海斗の1日は、矢継ぎ早に飛んでくる黄色い声を交わすところから始まる。双子の兄である陸斗と二人で登校し、校門をくぐり抜けた途端、横に後ろにと女子たちがワッと集まってきた。またか……と、ため息をつきそうになるのを俺は必死に堪える。高校に入学してからというもの、毎日こんな調子だ。「キャーッ。今日は、陸斗くんと海斗くんが一緒だ」「ふたり一緒なんて、ラッキーだね」特に陸斗と一緒にいると、集まる女子の数は半端ない。人から嫌われるよりは、好かれるほうが格段に良いのかもしれないが。アイドルでもないのに、こうも毎日のようにキャーキャー言われると、さすがに参ってしまう。「あの、海斗くん。これ、クッキーなんだけど……良かったら、食べてください」頬を赤く染めながら、俺に可愛くラッピングされた手作りのお菓子を差し出す女子。「悪いけど、いらない」冷たく言い放つと、俺は真っ直ぐ前だけを見て歩いていく。さっきみたいなとき、もし陸斗だったら『ありがとう』って言って、優しくお菓子を受け取るのだろうけど。俺は、そんなことはしない。だって俺には、好きなヤツがいるから。陸斗と別れて自分の教室にいくと、真っ先に探すのはアイツの姿。……いた。あいつは……希空は、自分の席で友達の栗山さんと楽しそうに話していた。今日も、朝から可愛いな。希空を見て、思わず俺の頬が持ち上がる。俺は、希空のことが好きだ。いつからかと聞かれたら、それはけっこう前からだ。あれは、俺が高校に入学して1ヶ月ほどが過ぎた頃。部活を終えた俺は学校帰り、母親におつかいを頼まれてスーパーへと立ち寄った。必要なものを買い物カゴに入れて、セルフレジで商品のバーコードを全てスキャンし、あとは代金を支払うだけとなったのだが……。は?嘘だろ。まさかの160円足りない。この日の俺の財布には、ちょうど3000円しか入っていなかったため、支払う金額が3160円に対して、160円が不足していた。世間でスマホ決済が普及するなか、俺は昔から変わらず現金派のため、スマホ決済のアプリは持っていないし……困ったな。こういうことは初めてだからか、心臓がバクバクと音を立て出す。仕方ない。ここは店員の人に訳を話して、商品を全部戻すか……そう思ったときだった
あの日、スーパーで親切にしてもらって以来、彼女のことが忘れられなかった俺は、学校であの子のことを探してみることに。すると、意外とすぐに見つかった。俺の隣のクラスの子で、名前は小嶋希空というらしい。希空が陸斗と同じクラスだと知った俺は、わざと教科書を忘れたフリをして、希空を見たさに陸斗に借りに行くようになった。希空が図書委員だと知ると、学校の図書室へ定期的に通うようになった。図書室で本を読みながら、委員の仕事をする希空のことをこっそり見てみたり。希空がカウンターの貸し出し当番のときは、彼女に本を渡すだけでドキドキした。希空はあの日俺にしてくれたように、誰に対しても分け隔てなく優しくて。希空のことを知るうちに、彼女へ抱く感情が、“ 気になる ” から “ 好き ” へと変わっていった。隣のクラスで特に接点もないから、1年の頃の俺は、希空のことを遠くからただ見ているだけしかできなかった。だけど高校2年生になり、俺にもチャンスが巡ってきた。高校2年のクラス替えで、念願叶って俺は希空と同じクラスになれたのだ。しかも、俺の席が希空の後ろ。これからしばらく授業中は希空のことを見られるなと思ったら、頬が勝手に緩んでしまう。だけど、喜んでいたのも束の間。「あーあ。今年は陸斗くんと、クラスが離れちゃったよぉ」前の席の希空が、友達にそんなことを話しているのが聞こえてきた。陸斗……。それからも、希空の口からは何度も陸斗の名前が出てきて。友達の栗山さんと休み時間にそんな話ばかりしていたら、後ろの席の俺には丸聞こえで。そのうち、嫌でも分かった。希空は、陸斗のことが好きなのだと。自分の好きな人が、他の男を好きだと知ってショックだった。しかも、その相手が自分の兄貴。いつも陸斗ばかり見ている希空のことが、嫌で嫌で仕方なかった。陸斗だけでなく、俺のほうも見て欲しい。どうにかして希空を、こっちに向かせたい。少しでも、俺のことを意識させたい。そう思った俺は、いつしか希空にちょっかいをかけるようになっていた。希空のテストの答案用紙を、わざと手の届かないところへやったり。希空のポニーテールのヘアゴムを外して、勝手に持っていったり。「ちょっと、相楽くん……!やめてよ」ガキだなと自分で思いながらも、希空が俺を見てくれるのが嬉しくて。俺はつい、希空の嫌がる
海斗くんとカフェに行って以来、彼の部活が休みの水曜日の放課後は、海斗くんとどこかへ行くようになった。映画を観に行ったり、夕焼けの綺麗な公園に行ったり。海斗くんはたまに意地悪なときもあるけど、優しくて。友達として彼と一緒に過ごす時間は楽しくて、とても居心地が良くて。いつしか私は、毎週水曜日の放課後が楽しみになりつつあった。◇1学期の中間テストが近づいてきた、5月下旬の水曜日の放課後。「おい、希空。帰ろうぜ」「うん!ちなみに今日はどこかに寄り道する?」「そうだなあ。駅前のコーヒーショップ行かね?今日から新作フラッペが始まったみたいだから」「いいね」昇降口へと向かって、私が海斗くんのあとについて廊下を歩いていると。「あっ!ねぇ、キミ。ハンカチ落としたよ」背後から声をかけられたので、私が振り返ると。そこには、陸斗くんが立っていた。「あっ、希空ちゃん……」私を見た陸斗くんは、少し気まずそうに微笑む。そんな彼を前に、私の胸の鼓動もわずかに速まる。図書委員の当番は1ヶ月で交代のため、失恋したあの日以降は他のクラスの人に変わっていたから。陸斗くんとこうして話すのは、あれ以来数週間ぶりだった。「久しぶりだね。はい、ハンカチ」陸斗くんが私の落としたハンカチを、手で軽くはらってから渡してくれた。「ありがとう」陸斗くん、相変わらず優しいな。「あのさ、希空ちゃん。あの日言えなかったんだけど……僕のこと、好きになってくれてありがとう」「ううん。私も突然、告白しちゃってごめんね」私、今ちゃんと笑えてるかな?「そういや希空ちゃん、最近海斗とよく一緒にいるよね。前と違って仲良くしてるみたいで、僕も嬉しいよ」「……っ」陸斗くんの言葉に、胸がまた疼いてしまう。最近は、陸斗くんとのことも少しずつ思い出になりつつあると思っていたけれど。やっぱり本人を前にすると、まだダメみたい。「……そうだよ、陸斗」そんなとき、海斗くんの手が腰に回ってきて私は彼に抱き寄せられた。「俺、希空に告白したから。今、希空に好きになってもらえるように努力してるところ。だから、陸斗……俺の邪魔だけはしないでくれよ」海斗くんが、陸斗くんのことを軽く睨む。「邪魔だなんて海斗、人聞きの悪いこと言わないでくれる?僕は兄として、海斗の恋を応援してるから」「サンキュ、兄貴。やっぱ
海斗くんに連れられてやって来たのは、カフェだった。モダンでおしゃれな雰囲気の店内は、女性のお客さんで賑わっている。私と海斗くんは、店員さんに案内された窓際の席に腰をおろす。「俺、ここに前から一度来てみたかったんだよな。季節限定の、桜のモンブランが気になってて」「ああ!カフェの入口でディスプレイされてたアレかあ。確かに美味しそうだった」「だけど、男一人じゃこういう店入りづらくてさ。それで、希空に付き合ってもらいたかったんだ」なるほど。確かにここって、圧倒的に女性のお客さんが多いもんね。「希空はどれにする?」海斗くんが、お店のメニュー表を私のほうへと向けてくれる。「うーん、どれも美味しそうだけど……このイチゴのショートケーキにしようかな。あと、紅茶を」「了解。すいません」海斗くんが手をあげると、すぐに店員さんがテーブルにやってくる。スマートに二人分の注文を伝える姿さえもかっこよくて、私はつい海斗くんに見とれてしまった。それからしばらくして、注文していたケーキが運ばれてくる。「うわぁ、美味しそう」イチゴのケーキを前に、私は目をキラキラと輝かせる。「いただきます」さっそく私は、ケーキをひと口食べる。「んーっ、美味しい」イチゴの甘酸っぱさが、口の中いっぱいに広がっていく。「……ぷっ。ケーキが来てすぐに食べるなんて、希空って食いしん坊なんだな」「えっ!」ケーキを食べていたら、海斗くんにいきなりそんなことを言われ、クククと笑われてしまった。「く、食いしん坊って!海斗くん、ひどい。これでも私、女子なのに」「はいはい」陸斗くんだったら、絶対にこんなこと言わないよ……って。私ったら、なんでまた陸斗くんのことを考えてるんだろう。「でも俺はどっちかと言うと、美味そうによく食べる子のほうが好きだけどな」そう言うと、海斗くんの手がこちらへと伸びてくる。「希空、口の端に生クリームがついてるぞ」海斗くんに指先で口元を拭われ、またドキッとしてしまう。まさか生クリームがついていたなんて、恥ずかしい。私は、頬が一気に熱くなるのを感じる。「ふは。希空、耳まで赤くなっちゃって。かーわいい」海斗くんが私の頬を、親指の腹で撫でてくる。「希空、まじで可愛すぎる。その顔、陸斗には絶対に見せんなよ?」「心配しなくても見せないよ」「本当に?真っ赤な顔
「希空、来てくれたんだ。ありがとう」「ううん。私はただ、ファンの子たちに混ざって見てただけだから」どうしよう。わざわざこっちに来てくれたなんて……嬉しい。「でも、希空の声援バッチリ聞こえたぞ。俺、希空が見てくれてるって思うと、今日めっちゃ頑張れた」「そんな……海斗くん、大袈裟だよ」「ううん、大袈裟じゃない」海斗くんの唇が、私の耳元へと近づく。「俺、希空の応援が誰よりも嬉しかった。来てくれて、ほんとありがとうな」他の皆には内緒とばかりに、海斗くんは私にだけ聞こえる声で言う。「希空、また応援に来てくれる?」「……っ」耳元に海斗くんの顔があるから。さっきから海斗くんが話すたびに、息が耳にかかってくすぐったい。「いい、よ」「うっしゃ。やった!」私の言葉ひとつで喜んでくれる海斗くんに、私は思わず笑みがこぼれた。◇数日後の放課後。あっ。私が帰ろうと席を立ったとき、教室の開いた扉から陸斗くんがリマちゃんと一緒に廊下を歩いているのが見えた。イケメンの陸斗くんと学年一可愛いリマちゃんは、とてもよくお似合いで。仲良く並んで歩く二人を見ただけで胸の辺りがモヤモヤして、視界がわずかにぼやける。陸斗くん……。失恋してから何日か経ったけど、私はまだ陸斗くんのこと、全然吹っ切れてないや。「はぁー……っ!?」私がひとりため息をついたとき、突然後ろから誰かに両目を手で塞がれた。「え、ちょっと誰!?」こんなふうに両目を手で覆われたら、目の前が真っ暗で何も見えない……!︎︎︎︎︎︎「ちょっ、目隠しとか嫌だ。はっ、離して!」「ふはっ。希空、俺だよ俺」えっ、この声は……。「海斗くん!」ようやく私の目から手が離れたので振り返ると、後ろに立っていたのは海斗くんだった。「もう!海斗くんったら、いきなりこんなことしないでよ」「悪い。希空が泣きそうな顔で、陸斗のことを見てたからつい……」「えっ。私、また泣きそうだった?」「ああ。この前、あれだけ沢山泣いたんだから。できればもう、希空には泣いて欲しくなくて。目隠ししてごめんな?」「ううん」さっきまでわずかにぼやけていた視界は、いつの間にかクリアになっていた。「なぁ希空、このあと時間ある?」「え?うん」「それじゃあ、今から俺と付き合って」私は、海斗くんに手を取られる。「でも海斗くん、部活
翌日の放課後。 私はスクールバッグを手に、教室からグラウンドへと行きかけた足を止めた。 帰宅部の私は、今まで放課後はグラウンドで陸斗くんが所属するサッカー部の練習を見てから帰るのが習慣となっていたのだけど。 そっか。今日からはもう、グラウンドへ行く必要はないんだ。だって昨日、私は陸斗くんに振られちゃったから。 昨日のことを思い出しただけで、胸がちくっと痛む。 「おい、希空!」 突然名前を呼ばれてそちらを向くと、海斗くんが立っていた。 「お前、今日ヒマ?」 「うん。このあとは、家に帰るだけだけど」 「それなら、今日はバスケ部の練習を見に来てよ」 「え、バスケ部の?」 「ああ。たまには良いだろ?俺、希空に応援に来て欲しい。今日絶対にシュート決めるからさ」 真っ直ぐこちらを見てくる海斗くんに、不覚にも胸がドキドキしてしまう。 「俺、体育館で待ってるから」 それだけ言うと、海斗くんは教室を出て行った。 海斗くんに『待ってる』なんて言われたら、やっぱり行かないわけにはいかなくて。 私は少ししてから、体育館へとやって来た。 放課後の体育館には、初めて来たけれど。ドリブルの音とバッシュが床を擦る音がし、コート付近にはギャラリーができていて賑やかだ。 ほんと、すごい人の数。しかも女の子ばっかり。 「キャーッ」 「相楽くん、頑張ってー!」 ギャラリーの女の子たちのほぼ全員が、海斗くんへと声援を送っている。 いま海斗くんたちは、試合形式で練習をしているみたい。 体育館には本当の試合さながらの、緊迫した空気が漂っている。 海斗くんはどこだろう……あっ、いた。 オレンジのビブスを身につけた海斗くんは今、ドリブルをしていた。 彼の横顔はとても真剣で、思わず見入ってしまう。 海斗くんがバスケをするところは、初めて見たけれど。走る姿も、パスをする姿も、汗を拭う姿も……すごくかっこいい。 何分か経過し、試合形式の練習もいよいよ終盤。 「相楽っ!」 ボールが今、チームメイトから海斗くんに渡った。 「海斗くーん」 「頑張ってえ」 その瞬間、女子たちの声援はより一層大きくなる。 現在、試合の点差は2点。海斗くんのチームが負けている状況で、残り時間は30秒を切っていた。 ファンの女子たちの中に混じって、私も試
あの日、スーパーで親切にしてもらって以来、彼女のことが忘れられなかった俺は、学校であの子のことを探してみることに。すると、意外とすぐに見つかった。俺の隣のクラスの子で、名前は小嶋希空というらしい。希空が陸斗と同じクラスだと知った俺は、わざと教科書を忘れたフリをして、希空を見たさに陸斗に借りに行くようになった。希空が図書委員だと知ると、学校の図書室へ定期的に通うようになった。図書室で本を読みながら、委員の仕事をする希空のことをこっそり見てみたり。希空がカウンターの貸し出し当番のときは、彼女に本を渡すだけでドキドキした。希空はあの日俺にしてくれたように、誰に対しても分け隔てなく優しくて。希空のことを知るうちに、彼女へ抱く感情が、“ 気になる ” から “ 好き ” へと変わっていった。隣のクラスで特に接点もないから、1年の頃の俺は、希空のことを遠くからただ見ているだけしかできなかった。だけど高校2年生になり、俺にもチャンスが巡ってきた。高校2年のクラス替えで、念願叶って俺は希空と同じクラスになれたのだ。しかも、俺の席が希空の後ろ。これからしばらく授業中は希空のことを見られるなと思ったら、頬が勝手に緩んでしまう。だけど、喜んでいたのも束の間。「あーあ。今年は陸斗くんと、クラスが離れちゃったよぉ」前の席の希空が、友達にそんなことを話しているのが聞こえてきた。陸斗……。それからも、希空の口からは何度も陸斗の名前が出てきて。友達の栗山さんと休み時間にそんな話ばかりしていたら、後ろの席の俺には丸聞こえで。そのうち、嫌でも分かった。希空は、陸斗のことが好きなのだと。自分の好きな人が、他の男を好きだと知ってショックだった。しかも、その相手が自分の兄貴。いつも陸斗ばかり見ている希空のことが、嫌で嫌で仕方なかった。陸斗だけでなく、俺のほうも見て欲しい。どうにかして希空を、こっちに向かせたい。少しでも、俺のことを意識させたい。そう思った俺は、いつしか希空にちょっかいをかけるようになっていた。希空のテストの答案用紙を、わざと手の届かないところへやったり。希空のポニーテールのヘアゴムを外して、勝手に持っていったり。「ちょっと、相楽くん……!やめてよ」ガキだなと自分で思いながらも、希空が俺を見てくれるのが嬉しくて。俺はつい、希空の嫌がる
【海斗side】「あっ。海斗くんだ」「海斗くん、おはようー!」朝。俺・相楽海斗の1日は、矢継ぎ早に飛んでくる黄色い声を交わすところから始まる。双子の兄である陸斗と二人で登校し、校門をくぐり抜けた途端、横に後ろにと女子たちがワッと集まってきた。またか……と、ため息をつきそうになるのを俺は必死に堪える。高校に入学してからというもの、毎日こんな調子だ。「キャーッ。今日は、陸斗くんと海斗くんが一緒だ」「ふたり一緒なんて、ラッキーだね」特に陸斗と一緒にいると、集まる女子の数は半端ない。人から嫌われるよりは、好かれるほうが格段に良いのかもしれないが。アイドルでもないのに、こうも毎日のようにキャーキャー言われると、さすがに参ってしまう。「あの、海斗くん。これ、クッキーなんだけど……良かったら、食べてください」頬を赤く染めながら、俺に可愛くラッピングされた手作りのお菓子を差し出す女子。「悪いけど、いらない」冷たく言い放つと、俺は真っ直ぐ前だけを見て歩いていく。さっきみたいなとき、もし陸斗だったら『ありがとう』って言って、優しくお菓子を受け取るのだろうけど。俺は、そんなことはしない。だって俺には、好きなヤツがいるから。陸斗と別れて自分の教室にいくと、真っ先に探すのはアイツの姿。……いた。あいつは……希空は、自分の席で友達の栗山さんと楽しそうに話していた。今日も、朝から可愛いな。希空を見て、思わず俺の頬が持ち上がる。俺は、希空のことが好きだ。いつからかと聞かれたら、それはけっこう前からだ。あれは、俺が高校に入学して1ヶ月ほどが過ぎた頃。部活を終えた俺は学校帰り、母親におつかいを頼まれてスーパーへと立ち寄った。必要なものを買い物カゴに入れて、セルフレジで商品のバーコードを全てスキャンし、あとは代金を支払うだけとなったのだが……。は?嘘だろ。まさかの160円足りない。この日の俺の財布には、ちょうど3000円しか入っていなかったため、支払う金額が3160円に対して、160円が不足していた。世間でスマホ決済が普及するなか、俺は昔から変わらず現金派のため、スマホ決済のアプリは持っていないし……困ったな。こういうことは初めてだからか、心臓がバクバクと音を立て出す。仕方ない。ここは店員の人に訳を話して、商品を全部戻すか……そう思ったときだった
「ごめん。さすがにそれはできないよ。私はさっき失恋したばかりで、すぐに新しい恋なんて無理。それに……私、相楽くんのことは今までクラスメイト以上に見たことがなかったから」「そっか。そうだよな」相楽くんが、しゅんと肩を落とす。「でも、相楽くんの気持ちは嬉しいよ。ありがとう」私は、抱きしめてくれていた相楽くんから、そっと離れる。「……だったら俺、小嶋のクラスメイト以上になれるように頑張るよ。これからは、小嶋の嫌がることもしないから。だから小嶋、まずは俺と友達から始めてみない?」「えっ。わ、私と相楽くんが友達!?」「友達なら、問題ないだろ?ほら、小嶋と栗山さんみたいな感じでさ」私と相楽くんが、香澄ちゃんと私みたいな関係に……。えっ。ということは、相楽くんと私が一緒にランチしたり、恋バナをするってこと?なんか、全く想像できないんだけど。「でも、まあ……友達なら良いかな」「ほんとか!?小嶋に断られたら、どうしようかと思ったよ。ありがとう!」こんなにもニコニコしている相楽くんは、初めて見たかもしれない。「それじゃあ今日は、小嶋が失恋した日じゃなくて。俺と友達になった日だな」「友達に、なった日?」「ああ。だって、今日という日を思い出すたびに、いちいち失恋のことが頭を過ぎるのも嫌だろ?」言われてみれば、確かに。「だから、陸斗じゃなくてこれからは俺のことを思い出してくれよな?今日5月✕✕日は、俺と小嶋の友達になった記念すべき日。つまり、俺の日だ」「……ぷっ。俺の日って、何?」腰に手を添えて、ドヤ顔で言う相楽くんがおかしくて。私は思わず、吹き出してしまった。「まさか相楽くんが、こんなことを言う人だなんて思わなかったよ。ハハッ」「希空、やっと笑ったな。やっぱりお前は泣き顔よりも、笑った顔が一番可愛いよ」か、可愛いって。相楽くんに突然そんな甘いことを言われると、反応に困るんだけど。それに相楽くん、今さらっと私のことを『小嶋』じゃなく『希空』って……。家族以外の男の人に、名前を呼び捨てで呼ばれたことがないから照れる。「友達になったなら、俺はこれからお前のことは希空って呼ぶから。希空も海斗って呼んでよ」「えっ?」「陸斗のことだけ名前で呼んで、俺は苗字でズルいって思ってたんだよ。同じ双子なのにって」相楽くんが、少し不機嫌そうに言う。「さっ
私は思わず、相楽くんをじっと見てしまう。「す、好きな女って……?」もしかして私の他にも泣いている女の子がいるのかと、思わずキョロキョロと辺りを見回す私。「ばーか。どう考えても小嶋しかいねぇだろうが」頭の上にコツンと、優しいゲンコツが降ってきた。「う、うそ。相楽くんが、私のことを好きだなんて……冗談だよね?」「冗談じゃない」「『嫌い』の間違いじゃなくて!?」「違う。俺は、小嶋のことが好きだ」何これ。まさかの相楽くんから、こんな突然の告白なんて。私はびっくりし過ぎて、涙も引っ込んでしまった。「いつもお前に意地悪していたくせに。こんな突然、好きだとか言っても信じてもらえねえよな」少し悲しげに笑う相楽くんが、私の頬を伝う涙を指で優しく拭ってくれる。「俺がよく小嶋に意地悪していたのは、陸斗のことが好きなお前に、俺のことを見て欲しかったからだよ」そうだったの?!「ていうか、相楽くんに私が陸斗くんを好きだってことは、一度も話していないのに……」どうして分かったんだろう。「そんなの、いつも小嶋を見てれば分かるよ」「相楽く……っ」すると、相楽くんが戸惑う私のことを正面からぎゅっと力強く抱きしめてくる。「それで?小嶋がこんなにも泣いてたってことは……もしかして、陸斗に告白して振られたとか?」「!」ず、図星だ。相楽くん、すごい。分かるってことは、まさか本当に今まで私のことを見ていてくれたの?「……そうだよ。相楽くんの言うとおり。私、陸斗くんに告白して振られたの……っ」思い出したら、何だかまた泣けてきた。「そうだったんだ。小嶋、頑張って自分の気持ちを陸斗に伝えたんだな」てっきり、いつもみたいにバカにされるのかと思ったら……。「よくやったな、小嶋」相楽くんは微笑むと、私の背中をトントンと手で優しく叩いてくれた。「……っ、ごめん。いつまでもこうして泣いてたらダメだよね。相楽くんの制服が、涙で濡れちゃう」そう言い、私は彼から離れようとするが。「……いいよ」頭の後ろに手を添えられ、相楽くんに再び抱き寄せられる。「俺の胸で良ければ貸すから。今日は、泣きたいだけ泣けば良い」「っうう」私を抱きしめてくれる相楽くんは、すごく温かくて。声も言葉も、いつもよりも優しくて。こんなんじゃ、調子狂っちゃうよ。「なぁ、小嶋。こんなときに言う
返事を聞くのが怖くて、私は俯きそうになる顔を必死に上げると、陸斗くんの瞳が揺れていた。「……ごめん」まるでハンマーで頭を殴られたような、強いショックを受ける。「僕、今まで希空ちゃんのことは……仲の良い友達だと思っていたから」“ 仲の良い友達 ” それはそれで、嬉しいけれど……そっか。陸斗くんは私のこと、好きではなかったんだ。あまりのショックに、頭がクラクラして。息も、いつもみたいに上手くできなくなる。陸斗くんにポニーテールを可愛いって褒めてもらったり、ブレザーを貸してもらったり。香澄ちゃんにも、脈アリだと思うと言ってもらえて……私は、きっと心のどこかで舞い上がってしまっていたんだ。陸斗くんが私を好きだなんて保証は、どこにもなかったのに。なんで、こんな勢いで先走ってしまったのだろう。「……っ」こうなったのも、自業自得なのに。視界が涙で、だんだんとぼやけていく。「希空ちゃん、本当にごめんね」「ううん。自分の気持ちを、伝えたかっただけだから。聞いてくれてありがとう」私はこぼれそうになる涙を必死に堪えて、何とか言い切る。「あの、陸斗くん。私ひとりで図書室の鍵、職員室まで返しにいくから。先に帰ってて」これ以上、陸斗くんと二人きりでいるのは辛くて。私は陸斗くんの手から鍵を取ると、職員室へと向かって駆け出した。◇職員室に鍵を返却したあと、廊下をとぼとぼと歩く私の目からは、ついに堪えていた涙が溢れ出す。「っうう」私、失恋したんだ。陸斗くんに、振られたんだ。私は人気のない廊下の片隅に、力なくしゃがみ込む。「っく、う……っ」さっきから、涙がポロポロと溢れて止まらない。私は、両手で泣き顔を覆う。好きだった。去年、陸斗くんに学校の階段で助けてもらったあの日からずっと……私は、あなたのことが好きだったのに。「振られちゃったよ……っ」『希空ちゃん!おはよう』こんなときでも思い出すのは、陸斗くんの優しい笑顔。好き。たとえ振られても、陸斗くんのことが私はまだ好き。この1年間ずっと、陸斗くんのことだけを想ってきたんだもん。好きって気持ちは、振られたからってそんなに簡単にはなくならないよ。「……小嶋?」突然低い声で名前を呼ばれ、私が顔を上げると。「……っ、相楽くん……」目の前には、部活終わりなのかスポーツバッグを肩にかけた、陸斗