しばらくして、蒼真さんが七海先生のお別れ会をしようと提案してくれた。やはり、七海先生のことは本当だったんだ。同じ大学の先輩である七海先生のために、みんなでバーベキューをと考え、病院からそれほど遠くない都会の中でグランピングができる場所を予約してくれた。そんなところがあるのことも知らなかったけれど、すごく興味があった。自然の中のキャンプにも行ったことがなく、実際に実現するのは無理そうだから。キャンプの雰囲気が味わえるならそれで十分素敵だと思った。私達の仕事では全員が1度に集まることはできない。七海先生と白川先生がお休みの日に、他のメンバーが入れ代わり立ち代わり入ってこれるよう考えてくれていた。***数日して、その日がやってきた。偶然にも私も休みになり、今日は1日中ずっとお手伝いをしようと思った。それにしても都会の真ん中にこんなオシャレなキャンプ場があるなんて……何も準備せずにキャンプができるよう全てが揃っていてとても便利だ。かなり広くて明るいグランピングの中は本当に豪華で、テーブルや椅子、寝ころべるようなソファもあった。殺風景ではなく、可愛らしい小物をたくさん使った飾りも素敵で、そこにいるだけで楽しい気分になれた。特に女性の看護師達はみんなテンションが上がっていた。バーベキューもすぐ横でできるようになっていて、材料もお任せで、至れり尽くせりの環境だった。お肉や海鮮、新鮮な野菜もたくさんあり、すごく美味しそうだ。プロの料理人がいてバーベキューの焼き方を教えてくれたり、それ以外の料理もその場で作ってくれるのには驚いた。今日はこんなに素敵な集まりなのに会費は1000円だけで、場所代や料理、七海先生に送るプレゼントまで、残りは全て蒼真さんが負担していた。かなりの出費だと思う。だけど、蒼真さんは、それ以上お金を受け取ろうとはしなかった。
蒼真さんの先輩や周りへの気配りに感謝しながら、私達は乾杯し、七海先生のためのバーベキューパーティーが始まった。アルコールは一切無いけれど、料理のクオリティがかなり高く、先生達や看護師もひとときの癒しの時間を過ごした。みんなで写真をとったり、おしゃべりしたり、途中で看護師仕切りのビンゴ大会があったりと、普段できないことができて、みんなとても楽しそうだ。いつもとは違う看護師達の一面が見れたりしてちょっと面白い。アルコールが入っていないのに酔っ払ってるみたいに陽気だったり、いつも大人しめな人がずっとゲラゲラ笑ってたり。そんな風に羽目を外して騒いでるみんなを、七海先生もずっとニコニコしながら見ていた。とても優しい眼差しに心が温かくなる。七海先生は、新たに来た人や帰っていく人にその都度丁寧にお礼を言った。個人的にプレゼントを渡してる看護師は、七海先生の優しい笑顔に我慢できず、本気で泣いていた。1人1人を包み込むように、大きな心で対応する七海先生。その姿にますます好感が持てた。とても素敵で、性格も良くて、こんなにもみんなに好かれている先生は珍しいかもしれない。それに、よく知らなかった私にまで気さくに話しかけてくれて、この間一緒に中華料理を食べたことも、先生との最後の楽しい思い出になった。産婦人科の担当看護師じゃないけれど、それでも七海先生がいなくなって、この穏やかな笑顔が見れなくなると思うとすごく寂しくなった。
夜になり、空に星がいくつも浮かび上がった頃、私達は最高潮に盛り上がっていた。グランピングの中は優しいオレンジに照らされ、その横のバーベキューエリアはほんのり薄暗く……ランプの灯りが何ともロマンチックなムードを演出している。「藍花ちゃん、疲れたよね?大丈夫?」声をかけてくれたのは七海先生だった。「私は大丈夫です。先生こそ疲れたでしょう。1日中みんなの相手をして……」「僕は全然平気だよ。みんなのおかげでとても楽しいし」心からの笑顔がすごく眩しい。眼鏡の奥の瞳がとても優しくて……「だったら良かったです。七海先生が楽しんでくれたなら、それが1番です」私もとびきりの笑顔で答えた。「藍花ちゃん、足はもう大丈夫なの?病院で怪我したって聞いてびっくりしたけど、ちゃんとしっかり歩いてるから安心したよ」七海先生も知ってくれていたんだ。「ありがとうございます。白川先生がすぐに治療して下さったんで、もうすっかり良くなりました。七海先生にまで心配かけてしまってすみません」まだ少し痛むけれど、そんなことは言えなかった。「いや。でも、とにかく怪我が治って良かったよ。感染症は怖いからね。今日は、白川先生にこんな風にお別れ会をしてもらって感謝してる。本当に彼は素晴らしいね」七海先生がウインクをした。倒れそうになるくらいイケメンで可愛くてキュンとする。「は、はい。白川先生は七海先生の後輩なんですね。知らなかったです」私は、そのドキドキを隠したくて慌てて質問をした。「ああ、そうだよ。同じ大学だったんだ」「すごいですね。同じ大学で学んだお2人が同じ病院で働くことになるなんて」「白川先生とは何か深い縁を感じるよ」「きっと、お2人とも学生時代も今みたいに女の子に人気があったんでしょうね。想像できちゃいます」
蒼真さんと七海先生なら、病院や大学だけじゃなく、どこにいてもイケメンのツートップになるだろう。全然タイプの違う2人だけれど、いつだってカッコよくて、キラキラしてて、オシャレで頭が良くて。そんな2人が私の周りにいること自体、奇跡だと思える。ふと、タイムスリップして学生時代の2人に会ってみたい気がした。今とどう違っているのだろう?それとも、あまり変わっていないのか……「確かに白川先生はモテモテだったよ。僕の2年後輩だけど、その頃はモデルもしてたからね。全学年の女子の憧れだったし、男子からも羨望の眼差しで見られてたよ。実際、僕も白川先生の噂はよく聞いていたし、何度か話をしたこともあった。きっとあの大学内で彼を知らない学生はいなかっただろうね。超が付くほどの有名人だよ」七海先生は懐かしそうに語った。「そんなにですか……。それはすごいですね」自分もとんでもなくカッコいいのに、蒼真さんのことだけを褒めていて、全然自慢しない感じがまた素敵だ。「でも、どちらかといえば白川先生はクールな人だから、女性とたくさん話してるとかチャラチャラしたイメージはないかな。一生懸命地道に頑張ってたし、ずっと好青年だと思ってた。もちろん今も同じ。患者さんへの優しさは僕も見習いたいと思ってるしね」あんなにイケメンなのに蒼真さんはチャラチャラしていなかった?不思議だけど、それを聞いて少しホッとした自分がいた。「七海先生だって患者さんにめちゃくちゃ優しいじゃないですか。病院ではみんな先生に感謝してますよ」「そうかな……。でも、白川先生みたいにはいかないよ。まだまだ修行だね」優しく微笑むその中に、寂しさみたいなものを感じるのはどうしてなんだろう?
「そんな、修行だなんて。本当にお2人ともすごいです」「藍花ちゃんは優しいね。ありがとう」「いえいえ。だって、お医者さんになるには6年も医大に通わないとダメだし、研修期間もあって大変ですもんね。そういうの、しっかり乗り越えて素晴らしいお医者さんになったんですから、心から尊敬です」「看護師だって大変だよ。とても尊い仕事だと思う。産婦人科もそうだけど、どこの科の看護師も本当に良く動いてくれて感謝してるんだ。医師としては有難いよ」七海先生は、どこまでも周りのことを褒めてくれる。この優しさに毎日包まれる女性は、いつも心が温かくて幸せなのかも知れない。そんな人、今はいないと言っていたけれど……「藍花ちゃんとはもう少し一緒に仕事がしたかった。仕方ないけれど、でもとても残念だ」「七海先生……」そんな切ない目をしないでほしい……悲しくなる。「ありがとうございます。私ももっといろいろ教えてもらって勉強したかったです。先生とはあまり話す機会もなかったですから残念です。もう松下総合病院には戻られないんですか?」いつか一緒に働ける時がきたらいいのに――そんなことを願ってはいけないのかな……「そうだね。松下院長には恩があるけど、実家の病院に入ればもうずっとそこで頑張ることになるかな。産婦人科がメインだけど、あと美容系もやっていてね。父にどうしても戻ってほしいって懇願されて。松下院長にも背中を押してもらって……本当に有難い限りだよ。でも……」少しの沈黙。「……先生?」「やっぱりもう少しだけ……」七海先生は、思い詰めたように下を向いて唇を噛み締めた。「先生っ、だ、大丈夫ですか?」「ごめんごめん。本当はね……。今日、君に伝えようか悩んでたことがあってね。でも、今言わないともう二度と言えない気がするから……僕の話、聞いてもらってもいいかな?」そのとても優しい声に心拍数が上がり始める。
さっきまでとは違う穏やかな表情に少しホッとしたれど、この後に続く言葉を聞くのがすごく怖かった。とんでもなく嫌なことだったり、悲しいことだったらどうしよう。「は、はい」返事をしたものの、何だか緊張が止まらない。まだ心の準備が中途半端なうちに、七海先生は静かにゆっくりと話し始めた。「僕は……今回、ただ病院に戻るだけじゃないんだ。ある人とのお見合いの話があってね」「えっ、お見合い……ですか?」「ああ。相手は父の大事な友人のお嬢さんで、僕も少しは知ってる人なんだけど、その人が僕を気に入ってくれてるらしくて。両親はそのことをとても喜んでてね」「そうだったんですか……。それはとても素敵なことじゃないですか。ご両親が喜んで下さってるなら良かったですね」やはり七海先生には決まった人がいた。こんなに素敵な人なんだから、相手がいて当然だろう。「僕は父を尊敬してる。父の支えがあって、産婦人科の医師としてずっと頑張ってこれたからね。母も、いつも僕を応援してくれてて。でも、母はあまり体が丈夫じゃないんだ。だから早く結婚して安心させてやりたいっていう気持ちが最近強くなって……」お母様を安心させてあげたい気持ち、すごくよくわかる。先生は、その人と結婚するという報告を私にしたいのか……どうしてそんなプライベートな話を私なんかにするのだろうか?「そういう理由もあって、確かに結婚は意識してる。ただ、彼女には1度断ったんだけど、どうしてもと言われて。両親にもずいぶん押されててね。正直、戸惑ったまま今に至ってるんだ。ちゃんと返事ができてなくて、それでも、もうこれ以上、彼女を待たせるわけにもいかなくて」七海先生……「先生はその人が好きじゃないんですか?どうして断ったり……」「僕には心に決めた人がいるから」私の質問を遮るように言ったその言葉と、先生の真剣な表情に、思わず心臓がキュッとなった。
「心に決めた人?」「ああ。僕はその人をずっと想ってた。だけど、なかなか気持ちを伝えることができなくてね。本当に情けない男だよ。でもね、やっぱり言おうと思う。だって……その人が今、僕の目の前にいるんだから」「えっ……」先生の目の前って……?「藍花ちゃん。僕は……君が好きだよ。ずっとずっと好きだった」七海先生……?そんなの……絶対、嘘だ……「これからもずっと君を見ていられると思ったし、少しずつ距離を縮められたらって思ってた。なのに、それが叶わなくなった。でも、もし君が、僕を少しでも受け入れてくれるなら、そしたら僕は、何もかも失ったって構わないと思ってるんだ」先生のその真っ直ぐな想いに胸が熱くなった。「そ、そんな馬鹿なこと言わないで下さい。全てを失くすなんて、それがどれだけ大変なことかわかってますか?私にだって想像できます。私には……そんな価値はありません。私は、先生みたいな立派な人とは釣り合わないですから」七海先生には、産婦人科医としてこれからもたくさんの命をこの世に送り出す使命がある。何もかも失うなんて、絶対にあってはならない。「僕はね、藍花ちゃんを守りたいんだ。守る価値のある人だと思ってる。本当だよ。君の笑顔は可愛くて太陽みたいに眩しい。そばにいるだけで元気になれる。僕は立派なんかじゃないし、まだまだ男としても何かが足りたいと思ってる。だから、釣り合わないなんて言わないでほしい」七海先生の言葉に、どうしようもなく涙が溢れる。向こうにはみんながいて、こんな状況で泣いてはいけないのに……この切ない気持ちを抑えることができないのはなぜなんだろう?
空には星と月。澄み切った秋の空気は清々しくて……私は、この美しい夜の告白に心が揺れた。七海先生の言葉をまだ全部は飲み込めていない上に、これが現実なのかもわからない。もし、この告白が嘘じゃなかったとしても、私には先生の思いにどう答えればいいのかわからない。でも不思議だ――私は、すごく、すごく……感動していた。ねえ、七海先生、ずっと私を想ってくれてたなんて本当ですか?お見合い相手がいるのに私なんかを?そんな思いが溢れて止まらない。「僕はもうすぐこの病院を去る。それまでに返事をもらえないかな?」「えっ……でも先生にはお見合い相手の人が……」「彼女にはもう一度きちんと話すつもりだよ。初めから『好きな人がいる』って言えば良かったんだ。両親の手前、ハッキリ言えなかった自分がいけなかった。でも、僕には大切に想ってる人がいるって、今度はちゃんと話すよ。だから、藍花ちゃんは、僕への気持ちだけを考えて返事してほしい。どんな答えがきても、次は必ず覚悟を決めるから」今の私にそんな重大なことを決められる自信はない。先生がいなくなるまであと1週間。そんな短い間に結論を出せるのか?七海先生は私に微笑んでから、背を向けてみんなのところに歩いていった。それを見届ける自分に問いかける。私はこの人が好きなの?――この人と結婚して死ぬまで一緒にいたいと思えるの?と。自分の将来のことだけれど、七海先生の一生の問題でもある。本当にどうすればいい?とにかく冷静になって考えなければ、今のままでは正しい答えなんて出せるわけがない。七海先生からの申し出はとても嬉しいし、有難いことだと思うけれど、頭の中は嬉しさと不安が入り交じり大混乱していた。一旦、わざと笑顔を作り、私は一歩前に足を踏み出した。どうしようもなく複雑な気持ちを引きづったまま――
「どうだか。私は来栖さんには告白しません。フラレるの嫌ですから。あやうくあなたの罠にはまるところでした」「罠にはめるなんて、私、絶対にそんなことしないから」「あなたみたいな男たらしを好きになるなんて、来栖さんが可哀想です。その正体をバラしてやりたいです。早く誰かと結婚してさっさと看護師辞めて下さい。その方が来栖さんは幸せになれます」「春香さん……」「私、あなたの顔を見たくないので仕事に戻ります」言いたいことだけを言って、春香さんはその場を去った。靴音が消え、誰もいなくなり、全ての音が無くなった。ポツンと1人。静寂の中で、どうしようもない深い悲しみに襲われる。どうしてそんなひどいことが言えるのか……?看護師を辞めろなどと、なぜ春香さんに言われなければならないのか?私は、悔しくてつらくて、両手のこぶしを握りしめながら泣いた。冷たい雫がどんどん頬をつたって落ちていく。ほんのしばらく、私は人を責める気持ちに支配された。「……ダメ。こんなことで泣いてちゃ……ダメだよ」私は、自分の心に言い聞かせ、冷静になれるよう数回深呼吸した。無理をして口角を上げ笑顔を作る。脳に、「私は大丈夫、元気だから」と錯覚させるために。今、春香さんに腹を立てても仕方がない。私にはまだ大切な仕事が待っているんだから。患者さんのために、私ができることは「笑顔」で励ますこと。私にはそれしかできないから――その時、頭の中に蒼真さんが浮かんだ。私を優しく抱きしめて微笑む姿。一気に気持ちが晴れていく……そうか……春香さんは、歩夢君を好き過ぎてあんなことを言ってるだけなんだ。きっとそうだ。もし白川先生が私以外の誰かを好きだと聞いてしまったら……私も、春香さんと同じように苦しくなるに違いない。誰かにヤキモチを妬いて、憎んでしまうかも知れない。いや、それだけでは済まない、私はきっと……闇の中に閉じ込められてしまう。気持ちが自分で上手くコントロールできなくて、時々おかしくなることだって……好きな人を想うとは、そのくらい大変なことだ。今、私が蒼真さんを好きな気持ちを考えれば、春香さんの心情もわかるはずなのに、ついカーッとなってしまった自分が恥ずかしい。
「じゃあ、僕、帰ります。今日、藍花さんと話せて良かったです。ちゃんと自分の気持ちを伝えられたから。ずっとどうしようか悩んでたんで、本当に良かったと思ってます。明日からまた……仕事頑張りますね」歩夢君は、満面の笑みを浮かべて帰っていった。そうやって無理に笑ってくれていること、さすがの私にもわかる。上から目線かも知れないけれど、私は心の中で「好きになってあげられなくて……ごめんなさい」とつぶやいた。「ひどいですよね、そういうの」「えっ!」私の前に、突然出てきて冷たく言い放ったのは春香さんだった。心臓が止まるかと思った。「もしかして……聞いてたの?」「私も今、休憩中ですから。ここは別にあなたのためだけにあるわけじゃないですよね?」確かにそうだ。言い返す言葉がない。「全部聞いた?春香さん、私はね……」「藍花さんの好きな人は白川先生ですか?」「えっ!」「それとも七海先生?」春香さんの冷たい視線が私の胸に突き刺さる。「ごめんね。そういうの、プライベートなことだからあんまり答えたくないの」私は嫌な女だ。もし誰かに言いふらされたらどうしよう……と、春香さんを信じ切れない自分がいる。万が一、私のことで蒼真さんや七海先生に迷惑はかけられない。もちろん、歩夢君にも。「ズルいですよね。ちょっと可愛いからって手当り次第に男を惑わせて。本当に……いやらしい人」「春香さん、その言い方はさすがにひどいよ」「ひどいって……だって本当のことですよね?あなたは実際来栖さんを惑わせてる。色目を使って誘惑しておいて、平気でフッてしまうなんて」「色目なんて……使ってないよ」容赦ないトゲのある言葉に心が痛くて苦しくなる。「蓮見さん、私に来栖さんに告白しろって言いましたよね。来栖さんの気持ち知ってて、私に告白させてフラレるのを見たかったんですよね?本当に最低。信じられない性悪女」「ちょっと待って。知ってて言ったわけじゃないよ。フラレるのを見たいなんて、そんなことして楽しいわけないじゃない」私は、春香さんに、そんなことを平気でする人間だと思われているんだ。だとしたら、すごく悲しい。
「手の届かない人なんて、そんなことはないよ」私は大きく首を横に振った。「藍花さんは高嶺の花ですよ。みんなの憧れだし。あなたは男女問わず、誰からも好かれてます」「や、やめて。そんなんじゃないよ」あまりにも大げさな言葉に、ものすごく恥ずかしくて顔から火が出そうだった。「藍花さんは本当に素敵な人です。側にいるだけで幸せになれる。その笑顔を見ると元気にもなれます。藍花さんは自分がどれだけ美人なのか、わかってないんです。ほんと、もったいないですよ」「そんなこと……」「人気者の藍花さんを独り占めしちゃいけないし、できるなんて思ってません。だから……このままで充分です。ただこのまま……あなたを好きでいさせてください。お願いします」直立不動で顔も強ばって、それでも、瞳を潤ませながら一生懸命想いを言葉にしてくれた。こんな私に「ただこのまま好きでいさせて」なんて……何だか胸がキュッとなった。だけど……私の気持ちは変わることはない。私は、どんなことがあっても蒼真さんが好き。その想いは揺らぐことはないんだ。歩夢君の気持ちはすごく嬉しい。でも、今、ちゃんと言わなきゃいけない。「歩夢君……。そんなこと言わないで。歩夢君のこれからの人生だよ。1度しかない大切な人生なんだから、もっとちゃんと考えてほしい。私のことを想い続けるなんて……ダメだよ、そんなこと」私は想いを必死に伝えた。「すみません、迷惑ですよね。やっぱりそうですよね……僕なんか相手にできませんよね」うつむく歩夢君。「め、迷惑とかじゃないよ。歩夢君がもし本当に私を好きになってくれたなら……やっぱり嬉しいし、有難いって思う。だけどね……」「藍花さんには、誰か他に好きな人がいるんですよね。わかってます。藍花さんみたいな素敵な人に彼氏がいないわけ、ないですから。それくらい、わかってます」悲しい顔をする歩夢君を見てはいられない。誰かの気持ちを拒否することが、こんなにも苦しいことだなんて思いもしなかった。「ごめんね。でも、ちゃんと言わなきゃダメって思うから言うね。私……私ね、好きな人がいるよ。だから……」「だ、大丈夫です!わかってます、わかってますから。もう、本当に大丈夫です」歩夢君は私の言葉を遮って、それ以上続けさせてはくれなかった。心の中が罪悪感で満たされる。歩夢君……ごめんなさい、本
「歩夢君、急にどうしたの?」「すみません、藍花さん。休憩中なのに呼び出してしまって……」この前、ここで蒼真さんと見た景色。今日はかなり曇っていて、星も見えず、空が少し悲しそうに見えた。「ううん。歩夢君、さっき仕事終わったばっかりなのに大丈夫?今日は結構ハードだったから疲れたでしょ?」「確かにちょっと疲れましたよね。新しい入院患者さんも多かったですし」「そうだね。歩夢君、患者さんにずっと笑顔で接してあげてて、みんな絶対安心してるよ。ほんとにいつもすごいよ」「いえいえ。藍花さんもずっと笑顔でしたよ。僕、勝手に藍花さんの笑顔に元気もらってましたから」「そ、そんな……私、色々テンパってしまって、結構失敗しちゃったから。ほんと、ダメだよね。いつも焦ってしまって、なかなか冷静に行動できなくて。あっ、ごめん。変なこと言って。歩夢君、何か話があったんでしょ?」「あっ、は、はい……あの……」口ごもっている様子を見ると、いつもの明るい歩夢君らしくなくて心配になる。「歩夢君?どうかした?」「……藍花さん。僕……」黒縁メガネの奥の瞳がうるうるとして、思い詰めたような表情がすごく切ない。悲壮感もあって、まるで今日の空みたいだった。「僕、藍花さんに迷惑かけたくないのに、だけど苦しくて……もう、我慢できないんです。ダメだとわかってても、吐き出してしまいたくて」「歩夢君……?」「……」「ねえ、何か悩んでるなら話して。一応、私は先輩だし、歩夢君が悩んでるなら一緒に考えるよ」ただならぬ雰囲気に、本気で力になりたいと思った。「違うんです!そういうことじゃ……ないんです」「えっ?」「仕事の悩みとか、人間関係とか……そういうんじゃなくて」「う、うん」「僕の勝手な想いです」「か、勝手な……思い?」よくわからないけれど、歩夢君は私の言葉にうなづいた。「僕……」やはり上手く言葉を続けられずに、落ち着かない様子で眼鏡を触る。「う、うん。大丈夫、ゆっくりでいいから」「……はい。あの……ぼ、僕が……」「……」思わず息を飲む。何を言われるのか、ドキドキしてしまう。「僕が藍花さんのことを好きだっていう自分勝手な想いです」「えっ……?あ、歩夢くん?」突然の言葉に動揺が隠せない。確かに中川師長の話を聞いてはいたけれど、本当なのかわからなかった。病院で
「もう一度……」私は、ゆっくりうなづいて、蒼真さんと同じ思いだと意思表示した。「藍花……」「蒼真……さん。ああんっ!」名前を呼んだ後、私はたまらず節度の無い声を出してしまった。こんなどうしようもない私を、蒼真さんは強く強く抱きしめた。壊れそうなくらいに――お互いの腕が相手の背中を包む。愛おしくて、狂おしくて……私は、蒼真さんの前で泣いた。「藍花、お前を一生離さないから。ずっと側にいろ」「あなたの側にいたい。ずっと……」「藍花、お前は俺の大切な人。俺の彼女。絶対誰にも渡さない」そう言って、蒼真さんは再び腰を激しく動かし、2人は体で愛を誓った。「最高だった。藍花」私を優しく立たせ、シャワーで私の全身を洗ってくれた。柔らかなバスタオルで優しく拭きあげ、ほんのり良い香りがする新しいバスローブを着せてくれた。「今日は初めから藍花を抱くつもりだった。でも、もちろん、体だけが目的なんじゃない。お前の心も体も、俺は全てが欲しかった。だから絶対に誤解するな。体だけなら、俺はお前に告白なんかしない。いいな」その真剣な眼差しを決して疑いたくはなかった。「はい。蒼真さんのこと信じたいって……思います。まだ自分に自信はないですけど、でも、私は蒼真さんのことが好きだって……心からわかりましたから」蒼真さんは、私のほっぺにキスをすると、背中に手を添えて、「明日はお互い休みだから、2人で一緒に眠ろう」と、ニコッと微笑んでくれた。私達は蒼真さんのベッドに横たわった。このまま2人で夜明けを迎えるなんて――夢のような現実を完全に受け止めるのには、まだもう少しだけ……時間がかかりそうだ。
「この胸の形……大きさも好きだ。こうして触ると感じるんだな。男を虜にするようないやらしい体をしてる」蒼真さんは、そう言いながら私の体に触れた。また1から丁寧に……そして、シャワーを止めて、広い浴槽に浸かる。とても温かくて気持ち良かった。そこでまた、蒼真さんは私の感じる場所に手を伸ばした。「俺、おかしくなったのか?こんなにも藍花が欲しくてたまらない。こんなことは初めてなんだ」「蒼真さん……」「お前は最高の女だ。手放すなんて考えられない。俺から離れてどこにも行かないと約束してくれ」「最高の女」、これ以上の褒め言葉はないと思った。蒼真さんは本当にそこまで私を想ってくれているのだろうか?だけど……今はこの人のことを心の底から信じたいと思った。できることならこの先も、ずっとずっと信じていたいと。「蒼真さん。本当に、私なんかでいいんですか?私と蒼真さんは……残念ながらお似合いじゃないですよ」「世界一似合ってると俺は思ってるけど?それでいいだろ?藍花のこと、必ず俺が守るから。絶対に守る。何も心配せず俺を信じろ」「蒼真さん……」「藍花、俺と付き合ってくれ。断るなんて……許さない」激しい言葉だった。でも、たまらなく幸せで、私は蒼真さんの申し出を受け入れたいと思った。あんなに迷っていた数時間前までの自分はもういない。その代わり、今ここに、白川先生に調教された「淫らな私」がいる。きっと、元々潜在的に眠っていたものを、蒼真さんが引き出してくれたんだろう。これから先も私は、病院では「白川先生」に、2人の時は「蒼真さん」に……しつけられていくんだ。湯船から出て、タイルの上にペタリと座り込んだ2人。向かい合って抱き合い、お互い引き合うようにキスを繰り返した。愛おしくてたまらない。蒼真さんに愛されていると、素直に感じられる幸せな瞬間だった。
「藍花……この前、みんなでバーベキューした時、七海先生と話してたよな。あの時の七海先生の顔を見てたらわかった……。この人は藍花が好きなんだって」「えっ……」「もしかして七海先生に……告白されたのか?」突然の質問に驚いた。私は、戸惑いながらも、嘘をつきたくなくてうなづいた。「やはりな……。あの人は素晴らしい先生だと思う。もちろん尊敬もしてる。でも……お前のことだけは譲れない。絶対に……藍花は俺だけのものだから。誰にも渡さない」「うっ……はぁあんっ……蒼真……さん」言葉と共に更に力がこもって、私の中にどんどん何かが溢れていく。今私が味わってるものは、間違いなくこの世の中で1番気持ちの良いものだ。他に比べようもない、これが、快楽の極地だと――私は、確信できる。蒼真さんもきっと同じ気持ちに違いない。情欲に支配されたその顔を見れば、私にだってわかる。「藍花、一緒に……」「は、はい。私……もうダメ……です。気持ち……いいっ」そして、数秒後、私達は一気に最高潮を迎え、激しくうねる波に2人して飲まれた。ゆっくりと2人の動きが止まる。蒼真さんの荒い息遣い。私も、息を整えた。「藍花、このままバスルームに行こう」「えっ……あっ、はい」シャワーで体を簡単に流し、優しく泡立てたボディーソープで体を洗う。ただそれだけなのに、ひとしきり愛し合った体は、まだお互いを求めていた。出しっぱなしのシャワーに打たれながら、私達は引き寄せられるように激しくキスをした。全裸の蒼真さんは本当に美しい。上半身も下半身も、その均整のとれた最高の体つきに、どうしようもなく心を奪われる。私は、恥ずかしげもなく、立ったままの状態で絡みついた。自分の中にこんなにもいやらしい部分があったなんて……きっとこの人に抱かれなければ、一生本当の自分を知ることはなかっただろう。「綺麗だ。藍花の体、本当に……」綺麗なのは蒼真さんの方だ――「恥ずかしいです。私の体なんて……」
私は、蒼真さんに抱かれ、喘ぎながら思った。何もかも月那の言う通りになってる――と。「そんなことにはならない」と否定したくせに、何だか急に自分が恥ずかしくなった。だけど、もう引き返せない、ううん、引き返したくない。激しく繰り返される刺激を、私の体は全て受け入れ、心まで酔いしれた。口に出さなくても勝手に心が叫んでる。「もっと激しくして、もっと感じさせて」と。充分過ぎる程満たされているのに、どうしてなのか?私は、まだまだあなたを求めてしまう。目の前にある蒼真さんの男らしい体。その引き締まった肉体にとても魅力を感じ、私はそっと胸板に手をやった。筋肉が程よくついて……ずっと触れていたいと思った。蒼真さんとひとつになって、一緒にイキたい。自分のいやらしい部分に蒼真さんを感じたい。私の中にそんな欲求がどんどん膨らんでいく。飽き足らない欲望に、もう、私の理性は完全にどこかに吹き飛んでしまった。「藍花、俺のこと好きか?」「はい」こんなにも心が熱く求める人を、好きじゃないなんて言えるはずがない。次の瞬間、蒼真さんは私に覆いかぶさった。上から見つめ、そして、恐ろしい程魅惑的に……笑った。その艶美な顔が愛おしくて手を伸ばす。その時、ズシンと体の奥に何かを感じ、どうしようもない高揚感に支配された。「あっ……ダメっ!」「ここも全部、俺で満たしたい」蒼真さん……恥ずかしいけれど、私はさっきからずっとそうしてほしいと願っていた。私……あなたが好き。こんなにも早く答えが見つかるなんて思ってもなかった。でも、きっと七海先生や歩夢君とはこんな風にはなれない、蒼真さんだからこうして1つになれたんだ。今ならちゃんとそう思える。こんなにも求めて、乱れて……私、本当に心から、どうしようもなく蒼真さんが好き。本気で人を愛する想いが、こんなにも温かく優しいものだったなんて、生まれて初めて知った。
その瞬間、とんでもない感覚――「気持ち良さ」に襲われた。「あうっ……ああっ、蒼真……さん」何だろう、今まで味わったことのないこの感覚。これが本物の「快感」なんだ。蒼真さんの容赦ない指と舌のいやらしい攻めの全てに、私の体は敏感に反応し、深い快楽の波に飲み込まれた。自分のことを「淫らな女」だと恥ずかしく思いながらも、だんだんと羞恥心は薄くなっていき、その引くことのない快感を、心から充分に味わってしまっていた。でも……その時に思った。きっとこれで正解なんだって――嘘偽りない気持ちで「もっとしてほしい」と体が叫んでいるから。「藍花、ここ、気持ちいい?」ゾクゾクするようなセクシーな声が、更に胸を高揚させる。蒼真さんは、私の秘密の場所に手を触れた。「もうこんなに濡らしてる。いやらしい子だ」「いやっ、ダメです。そんなことされたら私……」「ダメじゃないだろ?こんなに濡らしておいて。素直に言えないのか?もっとしてほしいって」「蒼真さん、やっぱりすごく……意地悪です。ああっ、あうんっ……はぁん」目と目が合う。それだけでドキドキして蒼真さんの魅力の虜になる。「この顔も、白い肌も、柔らかな胸も……俺はお前の全部が好きだ。嫌いなところなんてひとつも無い。だから、もっともっと俺に溺れてくれ。二度と抜け出せないくらいに」その言葉……私はもう、あなたという底の無い沼にはまってしまった。「あっ……そこっ……いいっ。ああんっ」「ここ、気持ちいいんだな。藍花の感じる場所は絶対に忘れない」「蒼真……さん。私……もうどうにかなりそうです」「藍花の乱れる姿も声も、俺を興奮させる。お前を見ていると俺もどうにかなってしまいそうだ……」「はああんっ、ダメっ……ああっ」「もっともっと感じて……俺が藍花をイかせてやる。何度でも、何度でも……。お前のいやらしい顔、もっと見せて。ダメだなんて言って、ほんとは藍花もイキたいんだろ?」卑猥なセリフだと思ったけれど、正直、蒼真さんの言う通りだった。全然、嫌じゃない。むしろあなたを求めてる。私は……とんでもない嘘つきだ。「もっと激しくするから覚悟して。藍花の体の全てを俺が感じさせてやる。嫌だって言っても許さない」次から次へと押し出される濃艷な言葉に襲われ、私は「このままどうなってもいい」と本気で思った。