第55話

「どうして？」

彼が小さく呟くと、先ほどまで清潔で穏やかな表情をしていた顔が、瞬く間に陰険で憎悪に満ちたものに変わった。

「まだ『どうして』だって聞くのか。俺が昏睡状態で病院に横たわっている間、お前は他の男と寝てたんだろ！」

「そんなに汚れてるくせに、俺と一緒にいられると思うなんて、馬鹿げてるにもほどがあるだろ！」

見ろ、彼は全く記憶を失ってなんかいなかったのだ。

残念なことに、彼女はこの瞬間にようやく、彼が記憶喪失を装って自分を捨てようとしていたことに気づいたのだ。

彼女は、目の前の上品な装いをした男が、かつて一生を誓ってくれたあの少年だと、まだ信じようとしていた自分が愚かだったと、後悔した。

彼女は、望月景真の足元に跪いて、自尊心を捨て、彼との過去を取り戻そうとしたことを後悔した。

しかし、すでに「望月景真」と名前を変えたその男は、彼女に後悔する隙を与えてはくれなかった……

和泉夕子ははっきり覚えている。彼がその場で数歩下がったかと思うと、勢いをつけて全力で彼女の元へ駆け寄ってきたことを。

彼はその勢いを利用して、重たいブーツで再び彼女の心臓を蹴りつけた。

彼は、彼女が先天性の心臓病を抱えており、外部からの衝撃に耐えられないことを知っていた。だからこそ、正確な場所を狙い、一撃を与えたのだ。

彼女が何度も血を吐いたその時、ようやく理解した。彼女の少年は、彼女の死を望んでいたのだ、と。

彼女は血の海に倒れ、体が寒さで震えた。その時、その少年は彼女を見下ろし、低く冷たい笑みを浮かべていた。

「和泉夕子、もう俺はお前を愛していないし、お前と一緒にいるつもりもない。だから二度と俺に近づくな！」

「それに忘れるなよ。俺はもう孤児院の桐生志越じゃない、今や望月グループの後継者なんだ！」

「お前と白石沙耶香が、もし俺の過去の身分を世間にバラすようなこと、それとも望月家を脅すようなことがあれば、俺はお前たちを地獄に突き落としてやる！」

和泉夕子は、霜村冷司が冷酷であることを理解していたが、それでも彼の冷淡さは桐生志越には及ばなかった。

だからこそ、霜村冷司が彼女を代役として扱っていても、彼を恨むことはなかった。霜村冷司は愛していないならそれを隠さない、嘘をつかない男だからだ。

しかし、桐生志越は違った。彼は口では「愛している」と何度も言い、全