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第482話
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第483話
沙耶香はボディガードたちの手が腰に向かうのを見て、心臓が緊張で震えたが、無理やり心を落ち着けて、でたらめを言い始めた。「彼女はイギリスにいますわよ。池内蓮司さんと一緒にね。彼女を探したいなら、イギリスに行って探してください……」行け、池内蓮司とやり合ってみろ。あたしは見てみたいわ、どっちが勝つか……この言葉を聞いた途端、大野さんの抑えきれない暴力的な怒りが黒い瞳から迸り出た。「調べたんだ。彼女はイギリスから帰国して、最初に会ったのはお前だ。ここでな！」彼が初めてここに来たのも、彼女に春奈の行方を尋ねるためだったが、ウェイターに怒られて言葉が出なかった。今回は気持ちを整えて再びここに来たが、彼女が彼の前でとぼけるとは、まったくもって生きているのが嫌になったのか！彼は言い終わると、突然立ち上がり、高くて堂々とした体格で、ハイヒールを履いても彼の胸元にしか届かない沙耶香を完全に覆い隠した。彼は腰をかがめ、その暴力的な目で沙耶香をじっと見下ろした。「白石さん、もう一度聞く。彼女はどこにいる？」沙耶香は彼にこの姿勢で問い詰められ、恐怖で一歩後退したが、彼に腕を掴まれ、その力はほとんど折れそうなほどだった！「ワシントンにいるわ！」沙耶香は反骨のある性格で、追い詰められるほど彼に教えたくなくなる。彼を海の中で針を探すようにさせてやる！大野さんは沙耶香の目をじっと見つめ、彼女の目から真偽を見極めようとしたが、彼女は大きな目をぱちぱちさせて、彼に媚びを売るようにウインクした。？？？彼は心の中で吐き気を感じ、彼女を一気に放り出し、体を起こして冷たく言った。「もし彼女がワシントンにいなかったら、お前の目を摘み取ってやる！」沙耶香はその言葉を聞いて、唾を飲み込んだ。「フライトの記録を調べればいいわ。彼女は一ヶ月以上前にワシントンに行ったの。絶対に嘘じゃないわ！」大野さんはあまりにも短気で、フライトの記録を調べる気もないだろう。たとえ調べる気があっても問題ない。どうせ沙耶香は彼を騙して、まず彼を追い払ってから、霜村冷司に知らせて、誰かが夕子の行方を探していることを伝えるつもりだ。三大財閥の一つを掌握する霜村冷司が出てくれば、大野さんがどれだけ大きな力を持っていても、夕子に何かすることはできないだろう！彼女の目につ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第484話
沙耶香は、普段は自由奔放な霜村涼平がこんなに慌てた表情を見せるのは初めてだった。まさか彼が……「涼平さん、そんなに気にして緊張してるってことは、もしかして本気で私に惚れたの？」霜村涼平の指が一瞬止まり、彼は沙耶香の美しい顔を見つめ、ぼんやりとした。彼が彼女に惚れるなんて、ありえない。ただ三年間一緒に過ごしただけで、少し未練が残っているだけだ。霜村涼平はこれまで多くの女性を手に入れてきた。離婚歴のある女性に本気になるなんて、ありえない！「大野皐月は僕の兄貴の敵だ。お前は僕の元カノだから、彼と関わらない方がいい……」彼の理由はあまりにも無理があり、沙耶香は納得できなかったが、それ以上は問い詰めなかった。霜村涼平はあまりにも浮気性で、彼女には合わない。彼女も離婚歴があり、彼には合わない。彼らの三年間はただの遊びの関係で、誰も本気になるべきではなかった……沙耶香は彼に軽く頷いた。「それならいいけど……」そう言って、彼女は廊下の端で霜村涼平を待っている安藤美弥に目を向けた。「安藤さんは少し気短で、気性も良くないけど、それはあなたを大切に思っているからよ。彼女とやり直すと決めたなら、ちゃんと大事にしてあげて。もう遊ばないで、女性はそんなに待てないわ」彼女はそう言い残し、霜村涼平を押しのけてエレベーターの方へ向かった。エレベーターのドアが閉まるのを見つめながら、霜村涼平は壁に手をついていた手をゆっくりと引っ込めた。和泉夕子は沙耶香の好きなものをいくつか買って、夜のエレベーターに乗り込んだ。彼女がエレベーターから降りると、陰険な目つきの男と目が合った。その目に驚かされ、彼女はすぐに目を伏せ、横に身を寄せた。「待て！」テレビの声優のような心地よい声が、まるで魔法のように和泉夕子を止めた。彼女はゆっくりと振り返り、すでに彼女の前に歩み寄ってきた男を見上げた。「何かご用ですか？」男の身長は霜村冷司とほぼ同じで、和泉夕子は彼と話すときに見上げる必要があった。大野皐月は彼女を見下ろしながら言った。「君、どこかで見たことがある気がするんだけど、会ったことある？」和泉夕子は一瞬戸惑った。この言葉はナンパのように聞こえるが、彼の表情は不機嫌そうだった。彼女は礼儀正しく首を横に振った。「会ったことはありません
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第485話
霜村冷司は和泉夕子をしっかりと抱きしめ、その深く冷たい目で大野皐月をじっと見つめていた。彼の手は大野皐月の手首を強く握りしめ、さらに力を入れれば脱臼するのは間違いなかった。大野皐月は抵抗しようとしたが、冷酷な顔が急に苛立ち、目つきも一瞬で凶暴になった。「霜村冷司、お前は死にたいのか！」彼は冷たく言い放ち、もう一方の手を上げて前に振ると、一群のボディーガードが素早く駆け寄ってきた。霜村冷司の胸に抱かれている和泉夕子は、彼が一人で来たことに気づき、心臓がドキドキと高鳴った。「霜村冷司、早く逃げて」二人の会話から、彼らが知り合いであり、長い間の確執があることが明らかだった。霜村冷司がボディーガードを連れてこなかったことを心配していた。和泉夕子が心配していると、彼は突然、濃密なまつげを伏せ、澄んだ瞳で彼女に安心させるような目を向けた。「夕子、怖がらないで」その言葉とともに、彼は長い脚を上げ、一気に駆け寄ってきたボディーガードを蹴り飛ばした。厚い革靴で蹴られたボディーガードは、胸に激痛を感じ、次の瞬間、口から血が噴き出した。後ろに続く他のボディーガードたちは、地面に広がる血を見て、素早く腰に手を伸ばし、銃を取り出そうとした。しかし、その冷たい雰囲気を纏った霜村家の当主は、突然大野皐月の首を掴み、彼をエレベーターのドアに押し付けた！背中が「ガンッ」とエレベーターのドアにぶつかる音が廊下に響き渡り、反響音が耳に残り、極めて凶暴だった。首を掴んだ手の甲には青筋が浮かび、完璧な顔にも力が入りすぎて、異常なほどの嗜血が染み出していた。濃密なまつげをゆっくりと上げ、冷たい目で大野皐月の顔をじっと見つめた。「まだ……私の女に手を出すつもりか？！」前半の言葉は冷たく、骨まで凍るような寒さを帯びていたが、後半は急に重みを増し、雷のような圧迫感があった。エレベーターのドアに押さえつけられた大野皐月は、顔が赤紫色になり、目には負けん気の暴力が宿っていた。「撃て……撃て！」ボディーガードたちは主の命令を聞き、次々と銃を取り出し、霜村冷司の背中に向けた。霜村冷司に守られていた和泉夕子は、振り返って多くの銃を見て、顔が真っ青になった。その時、腰が引き締まり、小さな体が男の胸に引き寄せられ、温かい胸に頬を寄せた。
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第486話
彼女の心は乱れ、霜村冷司を力強く抱きしめた。その時、霜村涼平に率いられたスーツ姿のボディガードたちが、エレベーターや非常口から一斉に駆けつけ、黒い人波が大野皐月を取り囲んだ。「兄さん！」大野皐月が体力的に兄に敵わないことは知っていたが、これほど多くの人を連れてきたことに霜村涼平は心配していた。人波をかき分けてみると、兄は一人で大野皐月をエレベーターのドアに押し付け、動けなくしていた。霜村涼平は安堵の息をつくと同時に、窒息しそうな大野皐月を軽蔑の目で見下ろした。「降参しろ、兄さんには勝てないんだ！」大野皐月は体が弱いが、意地は強く、決して頭を下げなかった。「……殺せるものなら……殺してみろ！」その強がりが逆に力を強め、和泉夕子が再び霜村冷司の袖を引っ張らなければ、大野皐月は本当に絞め殺されていたかもしれない。霜村冷司は大野皐月を一気に放り出し、ボディガードから渡されたウェットティッシュで指を拭きながら、彼を見下ろした。「フランスに帰れ、二度と私の前に現れるな！」新鮮な空気を吸い込んだ大野皐月は、徐々に顔色を取り戻し、正常な血色に戻った。しかし、その目は怒りと憎しみに満ち、真っ赤に染まっていた。まるで彼らを殺して憂さを晴らしたいかのように。ボディガードは彼が息を荒げ、発作の兆候を見せるのを見て、急いで彼を支え、小声で言った。「若様、忍耐してください、暴露しないでください」大野皐月が躁鬱症であることを霜村家に知られたら、必ずその弱点を利用されるだろう。大野皐月は苛立ち、ボディガードの手を強く握りしめ、爪が肉に食い込む感覚でようやく落ち着いた。「行くぞ！」冷たく一言を吐き、ボディガードに支えられながらエレベーターに乗り込んだ。ドアが閉まる瞬間、和泉夕子の顔が写真の女性と重なった。「春奈！」いや、彼女はもっと叔母に似ている！霜村冷司の女性がどうして叔母に似ているのか？！彼女も叔母の娘なのか？でも母は叔母には春奈という娘しかいないと言っていた。しかし、霜村冷司の女性は写真の春奈とは少し違う顔立ちをしている。つまり彼女は春奈ではない。大野皐月は疑問を抱きながら、ボディガードの腕を掴み、冷たく命じた。「あの女の素性を調べろ」ボディガードは恭しく答えた。「はい、若様」その一団が去った後も、
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第487話
「夕子、大丈夫！？」沙耶香は霜村涼平と上の階で話を終えたばかりで、すぐにオフィスに向かった。浴室で身支度を整え、服を着替えて出てくると、何マネージャーが言った。大野皐月が和泉夕子をからかっているところを霜村冷司が見つけ、二人が下で銃を持って争っているというのだ。驚いた沙耶香は、ハイヒールを履く暇もなく、スリッパを履いたまま、濡れた髪を振り乱して急いで駆け下りた。和泉夕子は沙耶香の声を聞くと、霜村冷司にキスされそうになっていたところを急いで押しのけ、慌てて沙耶香の方に向き直った。「沙耶香、私は大丈夫だから、そんなに急がないで。転んだら危ないよ」沙耶香は和泉夕子の前に立ち止まり、彼女をぐるりと回して確認した。彼女が無傷であることを確認すると、胸を撫で下ろした。「夕子、びっくりしたよ。何かあったかと思って、心臓が飛び出しそうだったんだから！」和泉夕子は手を上げて沙耶香の胸をなだめ、「心配しないで、彼がいるから大丈夫よ」沙耶香はようやく和泉夕子の後ろに立つ、まるで氷の彫刻のような霜村冷司に目を向けた。沙耶香は霜村冷司の視線に、何か言い表せない感情を感じた。それは、彼女を刺したいけれど、和泉夕子の親友だから我慢しているような感じだった。沙耶香は頭をひねりながらも、霜村冷司の視線の意味がわからず、和泉夕子の腕を取り、「夕子、スーパーVIPの豪華な個室を用意したから、見に行こうよ。絶対に気に入るから！」霜村冷司は夜のクラブを通りかかったとき、和泉夕子がエレベーターに乗るのを見て、車を止め、ボディガードたちに待機させて彼女を探しに行った。彼は彼女が沙耶香を訪ねに来たと思っていたが、実際には個室を借りに来たことに気づき、顔色が一気に暗くなった。彼は和泉夕子のもう一方の腕を掴み、沙耶香から強引に引き離した。「夕子、ここで遊ぶの？」和泉夕子が会社の人たちを連れてきたと言おうとしたが、沙耶香が先に口を開いた。「夕子、ホストが何人いるの？」冗談じゃない、幼い頃から一緒に育った姉妹を、霜村冷司が簡単に奪えると思っているのか？霜村冷司はその言葉を聞いて、濃い眉を軽く上げ、高くて堂々とした体を前に傾け、彫刻のような顔を和泉夕子に近づけた。「君……ホストを探しているのか？」熱い息が顔にかかり、和泉夕子は居
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第488話
「夕子、シャツを解いてくれ」彼が言うシャツを解くとは、襟元のボタンを外すことを指していた。和泉夕子は彼に触れることを恐れ、自然と拒んだ。「自分でやって」霜村冷司の下半身が動いた。その一動作だけで、和泉夕子の耳が赤くなるほどの震える感触が伝わってきた。「解いてくれたら、降ろしてやる」男の低く抑えた声が響いた。「うん……」和泉夕子は彼の言葉に従い、手を伸ばして銀色のサテンシャツに触れた。上の三つのボタンを外すと、少し開いた襟元から見えるのは……硬く引き締まった胸、白く無垢な肌、はっきりとした鎖骨、魅惑的な喉仏。視線をさらに上げると、薄暗い照明に照らされた絶世の美貌が浮かび上がる……和泉夕子は霜村冷司の魅惑的な姿に見とれ、彼が自分を誘惑しているように感じた。「夕子、君が恋しい」ソファに頭を預けた男は、彼女を見上げながら言った。長い間触れていなかった彼女を、強く求めていた。霜村冷司に何度も翻弄されてきた和泉夕子は、その言葉の意味を理解しながらも、聞こえなかったふりをして話題を変えた。「ボタンを外したら、降ろしてくれるって言ったでしょ！」霜村冷司は彼女を降ろすどころか、腰に置いた手を前に押し出し、和泉夕子は不意に彼の上に倒れ込んだ。男は彼女の腰を掴み、背中に手を回し、仰向けに彼女を強くキスしようとしたその瞬間、こめかみに激痛が走った。続いて、頭痛が一気に襲いかかり、彼の顔色は瞬く間に青ざめ、唇の血色も失われた。彼は和泉夕子を放し、痛みに耐えながら彼女をソファに移し、自分は立ち上がろうとしたが……制御不能な痛みと乱れた足取りで、彼は紙人形のようにソファに倒れ込んだ。「霜村冷司！」和泉夕子は彼が突然倒れたのを見て、急いで手を伸ばして支えたが、彼はちょうど彼女の足に倒れ込んだ。彼女は彼を抱きしめ、困惑しながら彼に尋ねた。「どうしたの？」前回も夜の中で突然倒れた。今度は一体どうしたのか？！霜村冷司は愛する女性が心配するのを恐れ、青ざめた唇に無理やり笑みを浮かべた。「夕子、大丈夫だ。ただ少し頭が痛いだけだ。少し休めば治る」彼は無理に体を横にして、和泉夕子の腰を抱き、青ざめた顔を彼女の腹に埋めた。和泉夕子は冷たい彼の顔に触れ、突然恐怖を感じた。「病院に行こう！」彼女は力を入れて
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第489話
柴田南は金の店のオーナーから送られてきたものを受け取り、和泉夕子に感謝しつつ、ついでに自慢しようと思っていた。まさか霜村冷司がここにいるとは、なんて運が悪いんだ！柴田南の顔に浮かんでいた笑顔が崩れた。「弟子、お前は不埒だ！」こんな氷の彫刻を祝うために呼んで、どうやって楽しく過ごせるんだ？柴田南の後ろにいたデザイナーたちも、その冷たい男を見て、笑顔が凍りついた。彼らはドアの前で立ち止まり、互いに押し合った。「先輩、あなたが先に……」先輩は大きな場面を見たことがあるので、非常に謙虚に手を振った。「いやいや、後輩たちが先に……」和泉夕子は入ってこないデザイナーたちを見て、そして無形の圧力を放つ霜村冷司を見た。彼女は唾を飲み込み、小さな声で言った。「先に出て行ってもらえますか？彼らを片付けたら、病院に行きますから」霜村冷司は痛みで握りしめた拳を緩め、彼女の髪を撫でた。「明日病院に行こう。今夜は君と一緒にいる」彼は拒絶を許さない口調で言い終え、冷たい目でドアの方を見た。「入れ」その二文字にデザイナーたちは震え、心の中では拒否していたが、足は勝手に動いて中に入った。彼らは霜村冷司から百メートル離れた場所に座り、近づくことはできなかった。柴田南は勇気を出して霜村冷司の前に歩み寄った。「霜村社長、私たちの祝賀会に来ていただき、会社が光栄に思います。私も非常に光栄です……」彼は硬い笑顔を浮かべ、霜村冷司を見た：全然光栄じゃない、早く帰ってくれ！霜村冷司の星のような目は、人の心を見透かす魔力があるようで、ただ一瞥するだけで柴田南の心を見抜いた。彼は長い指を上げ、隣のソファを叩いた。「柴田デザイナー、座って話そうか？」柴田南はその冷たい目に見つめられ、背中が冷たくなった。「霜村社長、私の上司があなたと話しますから、私はマネージャーを呼んできます。さようなら！」彼は振り返って歩き出したが、ちょうどやってきた相川涼介にぶつかった。二人はしばらく見つめ合った後、柴田南は押し戻された。「うちの社長とちゃんと話してくれ……」柴田南は相川涼介の力に逆らえず、強制的に霜村冷司の隣に座らされた。金の左右手、金の大きなスリッパを持つ手が震えた。彼はゆっくりと頭を横に向け、その氷の彫刻を見た。「えっと……霜村社長
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第490話
かげまって何？柴田南はわからず、和泉夕子に視線を向けた。和泉夕子もわからず、首を横に振った。二人が困惑していると、相川涼介が化粧をしたイケメンを連れて入ってきた。柴田南はかげまがホストのことかと考えていたが、相川涼介が手を挙げて彼を指さした。「行け、彼と遊んでこい！」柴田南は腰を振りながら近づいてくるかげまを見て、心の中で叫んだ。なんてこった！彼は驚いて立ち上がり逃げようとしたが、力が強くて見た目が美しいかげまにソファに押し倒された。男とも女ともつかない香水の匂いが鼻をつき、柴田南は吐きそうになった。「お前、早く離れろ！」かげまは離れるどころか、彼の顔に手を伸ばした。「お兄さん、今夜は私があなたのものよ。火を通してあげるわ！」「通すって……」柴田南は言葉を続ける前に、頬に冷たい感触を感じた。瞳孔が大きく開き、銅鈴のように見開かれた柴田南は完全に崩壊した。「くそ！俺はもう汚れた！」遠くで集まっていたデザイナーたちはこの光景を見て肩を震わせて笑った。「柴田、いい思いしてるじゃないか！」必死に抵抗し、誓って従わず、もがく柴田は「俺が欲しいのは女だ、トップの女だ、ホストじゃない！」和泉夕子はこんな大騒ぎを初めて見て、澄んだ大きな目で柴田南とかげまの戦いを見つめていた。心が高鳴る中、突然骨ばった手が彼女の目を覆い、耳元に温かい感触が伝わった。「夕子、行こう」和泉夕子は心が震え、彼の手を避けて首を振った。「まだお祝いを始めたばかりなのに、こんなに早く行くのは良くないわ。待って……」彼女が言い終わる前に、体が突然浮き上がり、男にソファから抱き上げられた。彼は彼女を抱きながら、皆に向かって言った。「今夜の費用は私が持つ。好きに遊んでくれ」そう言い残し、彼は和泉夕子を抱えて部屋を出て行った。ソファに押し倒された柴田南は、絶望的な表情で和泉夕子の背中を見つめた。「覚えておけよ、俺に金の顔を返せ！」和泉夕子は柴田南の悲鳴を聞いて、少し同情しながら霜村冷司の袖を引っ張った。「彼は私の先生だから、そんなにいじめないで……」霜村冷司は彼女を見下ろし、優しく言った。「心配しないで、ただの冗談だ」和泉夕子はその言葉に安心し、彼の腕を軽く叩いた。「じゃあ、下ろしてく
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契約終了、霜村様に手放して欲しい 第650話
その時、彼はまさに椅子に縛られ、窓の向こうから遠くに見つめ、何もできないままだった！池内蓮司は自分が狂ってしまいそうだと感じた。彼は必死で縛られていた鎖から逃れようとしたが、どんなに頑張ってもその施錠された鎖を解くことができなかった！彼は諦めて椅子の背にもたれかけ、真っ赤な目をして、スクリーンの中で泣き叫ぶ春奈をじっと見つめていた。「蓮司、私と君の間では、いつも私が追いかけてた」「14歳の時、君を好きになってから、私はずっと君の後を追いかけてた。私の行動は、きっと君を悩ませてたよね」「今、私は筋萎縮性側索硬化症になって、もう長くは生きられない。私がいなくなったら、もう誰も君にしつこくしないよ……」「もし、君が私のことをまだ覚えていたら、私のお墓の前にも来てくれるかな」春奈はうつむき、自分の萎びた手を見つめて、口元を上げ、すべてを受け入れたような笑顔を浮かべた。「私は覚えてるの。初めて君と手を繋いだときも、私が先に手を差し出したの」「そのとき、私は君が私の手を払いのけるんじゃないかと思ったけど、君はそうしなかったから、私は勇気を出して君を追いかけ続けたの……」「私は多分、外国の文化に影響されすぎて、いつも自分の気持ちを押し付けてばかりで、一方的に思いつめることが相手にどれだけのダメージを与えるかを理解してなかった……」彼女はそう言いながら、再びカメラを見つめ、優しく微笑んだ。「少女時代の私は、本当に未熟だった。君が私をそんなに嫌ってるのに、それでもしつこく追いかけて」「でも、君を愛したことを後悔してない。人生は短くて、いつ何が起こるかわからない。だったら、過去を悔やむことなんてないよね？」「ね、そう思わない？」彼女はそこで言葉を切り、遠くを見つめ、涙が止めどなく頬を伝って落ちた。「私のただひとつの未練は、君が私を愛してると言ってくれたことが一度もなかったこと」「私はずっと思ってた。君は本当に私を愛してたのかどうか？」「もし君が私を愛していたなら、どうして一度も「愛してる」と言ってくれなかったのか？」「もし私を愛していなかったなら、どうして私と付き合うと言ってくれたの？」「それに、一緒になってから、なぜ君は六年もの間、私に対して冷たかったり熱くなったりしたのか」「蓮司、私はその理由を知り
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第649話
春奈は赤いドレスを着て、バルコニーのロッキングチェアに座っていた。微風が吹き、彼女の肩までの短い髪を揺らしていた。青空と白い雲の下、木々の枝を透かした陽の光が彼女の顔に降り注ぎ、彼女は静かで美しく見えた。ビデオが始まった時、彼女は何も言わず、ただカメラを見つめていた。まるでレンズを通して、彼女の愛する人を見ているかのようで、彼女は少し興奮し、また少し不安そうだった。彼女はしばらくカメラを見つめた後、優しい口元をゆっくりと上げ、優雅で落ち着いた笑顔を浮かべた。「蓮司……」彼女が彼の名前を呼ぶ声には、震えがあった。それはたくさんの未練を含んでいるようだった。ビデオの中の春奈が彼の名前を呼ぶのを見て、池内蓮司は抑えていた涙が突然溢れ出した。春奈、彼の春奈、この世から消え去り、もう二度と戻ってこない春奈だ。スクリーンの中の春奈は、彼の名前を呼んだ後、目を真っ赤にしていたが、それでも笑顔を保ちながらカメラを見つめていた。「このビデオを君が見られるかどうかわからないけれど、それでも私は去る前に、もう一度説明しておきたかった」「蓮司、私がケイシーと結婚すると約束したのは、彼を愛しているからじゃないの。私が拒んだら、彼は私を助けてくれないから……」「君が車で轢き殺した人は、ケイシーの兄だったの」「彼は王室の正式な後継者で、もし君が刑務所に入ったら、二度と出てこられないと思ったから」「私は君がケイシーを嫌っていることを知っている。でもどうやって君を助けていいかわからなくて、彼に頼るしかなかったの」「ごめんね……」彼女はここで力なくロッキングチェアに倒れ、しばらく苦しそうにもがいた後、やっと息をついた。彼女は青白い顔をして、遠くのカメラを見つめ、真っ赤な目をして、彼に対して無限の申し訳なさを表していた。「蓮司、私はずっと君に会いたくて刑務所に行こうとしたけど、王室の人が私を入れさせてくれなかったの。私って、ほんと役に立たないよね……」池内蓮司はビデオの中の春奈が弱々しくロッキングチェアにうずくまり、筋肉が萎縮して力が全くないかのような姿を見て、心臓が締め付けられるような痛みを感じた。涙が止められないほど流れ落ちた。「春奈、俺が悪かった……」ビデオの中の春奈は、まるで池内蓮司の反応を感じ取れたかのように、再び
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第648話
「穂果ちゃんは変なオジサンのことがとても好きなの？」「うん！」穂果ちゃんは迷うことなく、大きく力強く頷いた。ケイシーは穂果ちゃんの鼻を軽くつまみながら、優しく微笑んだ。「気に入ってくれたらいいよ」穂果ちゃんを下ろし、彼女に言った。「穂果ちゃん、お医者さんを呼んでくるから、ボディガードのおじさんと一緒に行っておいで」穂果ちゃんはパパにそう言われ、嬉しそうに小走りで部屋を出ていった。池内蓮司は穂果ちゃんの後ろ姿を見つめ、心の中の重石が少し軽くなった。ケイシーは彼の前に立ち、優位に立って、彼の希望を打ち砕いた。「穂果ちゃんをあえて外に出したのは、血生臭い場面を見せたくないからだとでも思っているのか？」ケイシーはブーツを上げ、池内蓮司の傷口を踏みつけ、体をかがめた。「蓮司、ビデオを見た後、私と穂果ちゃんと一緒に死にゲームを楽しもうぜ」ケイシーの手口を池内蓮司は知っていた。しかし、穂果ちゃんにはそんな経験をさせたくはなかった。穂果ちゃんは6年近くケイシーをパパと呼び、本当の父親として信じていた。ケイシーへの恨みで彼女の父親への信頼が打ち砕かれたら、幼い穂果ちゃんの心は耐えられないだろう。彼は穂果ちゃんが自分を実の父親と認めないことを望んでも、彼女の心を傷つけたくはなかった。そう考えた瞬間、池内蓮司はケイシーの足首をつかみ、強くひねって、彼を地面に転倒させた。池内蓮司は何とか体を支え、起き上がった。彼の拳を握りしめる姿は、地獄の悪鬼のようだった。ジョージは池内蓮司が再び生きる希望を取り戻したのを見て、青い瞳に安堵の色を浮かべた。池内蓮司の技量なら、ケイシーに近づかれることはない。唯一の不利は、ケイシーが拳銃を持っていることだ。もし池内蓮司がケイシーから拳銃を奪うことができれば、彼を倒すのは容易いだろう！しかし、池内蓮司は怪我をしていた。ただ数回やりあっただけで、もう片方の足にケイシーが再度銃撃を加えた。「池内！」ジョージは悲鳴をあげ、彼を助けようともがき出したが、背中にケイシーが強く足をのせていた。「ジョージ先生、もがいても無駄だ。今日は池内蓮司の命日だ。誰にも救えない……」ジョージはその言葉を聞いて、信じられないという表情でケイシーを見上げた。「あいつが池内家の御曹司だってこと
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第647話
ヘリコプターが一軒の別荘の前に降り立つと、ケイシーは部下に命じ、池内蓮司を地下室へ放り込ませた。 暗く湿った地下室には、一筋の光も差し込まず、電波すら届かない。 何度も脱出の機会がありながら、今回はそれを試みることもなく―― 池内蓮司は、ただ静かに生への執着を手放していた。 反対に、手足を厳重に縛られたまま、荒々しく蹴り入れられたジョージは、 床に横たわる池内蓮司の姿を見た瞬間、目を赤く滲ませた。 「……イケ……」 彼の名を呼ぶと、今まで微動だにしなかった池内蓮司が、ゆっくりと深い瞳を持ち上げ、蒼白な顔のジョージをじっと見つめる。 「――どうしてだ？」 それは、長年信じ続けていた友への、酷く冷え切った問いだった。 「どうして、お前は偽の鑑定書を私に渡した？」 ジョージだけは、信じられると思っていたのに。 だからこそ――そんな仕打ちは想像もしていなかった。 彼の心情を悟ったジョージは、慌てて首を横に振る。 「違う！池内、私はそんなことしてない！」 「違う……だと？」 池内蓮司の表情が、一段と冷え込む。 「俺が直接採取した血液で、私が直々に依頼したDNA検査…… なのに、どうして『俺の子ではない』と出た？」 春奈は、あの時何度も言っていた。「穂果ちゃんは、あなたの子よ」と―― それでも彼は信じられず、確かめるために鑑定を依頼した。 だが、その結果は「親子関係なし」だった。 だから、彼女を……信じなかったのに。 「私は……一度も、報告書を疑わなかった」 なぜなら、それを作ったのはジョージ―― 唯一、春奈との間で共通の「信頼できる」友人だったからだ。 彼がそんなことで嘘をつくはずがない、と疑いすら抱かなかった。 「誰が……いつ……そんな小細工を……？」 まるで、酷く深い奈落に突き落とされたかのような思いで、池内蓮司は呟く。 ジョージは必死に言葉を探し、ようやく震える声を搾り出した。 「池内……私が検査をしたとき、一人の医者が突然研究室に訪れた。 あの時、目を離したのが数分だった……ひょっとすると、その時に……！」 池内蓮司の中で、積み上げていた何かが崩れる音がした。 信じたものが、
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第646話
ケイシーは墓の前に跪き、後悔の色を浮かべた池内蓮司を見て、優雅な唇の端をゆっくりと上げた。「蓮司、さっき私が言った通り、お前の人生はこの口の悪さで台無しだ。もう服従する気はないのか？」もし池内蓮司が口先だけの態度を取らず、思い上がりもしなければ、今頃穂果ちゃんが彼の娘であることに気づいていただろう。池内蓮司は池内家の御曹司として、幼い頃から人々を上から見下ろすような態度を取り、まるで世界を手中にしているかのように振る舞っていた。その頃、小さな檻の中に閉じ込められていたケイシーは、いつもこう思っていた。彼こそが池内家の長男なのに、なぜ彼は光も見えない檻の中に閉じ込められ、池内蓮司は栄光に包まれ、星々に導かれているのか？ただ母親が娼婦だったからなのか？ケイシーは幼い頃からそれが理解できず、今でもわからない。彼は全ての間違いが、池内蓮司の誕生によって、彼が本来持つべきものを奪われたのだと思っている。もし池内蓮司がいなければ、彼は池内家から追い出され、ホームレスになることもなかったはずだ。彼は覚えている。ホームレスとして、春奈の食べ物を奪おうとして、死ぬほど殴られた時のことを。だが、池内蓮司は車の中に座り、慈善のような言葉をかけただけで、春奈の目は彼に向けられてしまった。なぜなんだ？ただ池内蓮司が春奈の学費を出せたからなのか？ただ彼が車の中で衆人を見下ろす貴公子だったからなのか？だが——彼こそが最初に春奈を知った人間だ......。彼は春奈とともに、恐ろしい夜を何度も過ごした。なのに、なぜ池内蓮司が現れただけで、彼の唯一の光を奪うのか？池内蓮司はすでに彼の家を奪った。なぜ彼の光までも奪うのか？ゴミ箱のそばにうずくまり、雨に打たれて体を震わせているケイシーは、また考えた......いつか、彼は春奈を取り戻し、家を取り戻し、池内蓮司が持つ全てを奪い。返す日を夢見ていたケイシーは、拳銃を手に取り、池内蓮司のそばにしゃがみ込み、深い瞳に妖しい光を浮かべた。「春奈から聞いたんだ。お前は彼女に愛してると言ったことは一度もない。一緒にいても言わなかったんだって。なぜだ？」春奈は池内蓮司に追いつこうと、必死に勉強した。ほんの少しでも、彼に近づきたくて。10年も追いかけて、池内蓮司は一向に彼女に振り向かなかっ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第645話
ケイシーは腰から拳銃を取り出し、手の中で遊び始めた。「蓮司、穂果ちゃんがとても可愛いから、君もきっと彼女に未練があるんだろう？」池内蓮司は底知れぬ瞳を上げ、ケイシーをしっかりと見つめた。「穂果ちゃんと8ヶ月一緒に過ごさせたのは、俺の未練に賭けたかったからか？」彼はケイシーの目的を察知したが、なぜそんなことをする意味があるのかはわからなかった。自分の娘の命を使って脅迫するなんて、頭がおかしいのか、それとも狂っているのか！しかし、ケイシーはそうは考えていなかった。むしろ、確信を持って池内蓮司を見つめながら笑った。「蓮司、私がお前の命を欲しがってきたことを知っているだろう？」池内蓮司は彼を一瞥した。「お前に俺を殺せるはずがない」もし彼を殺せば、池家全体がケイシーの命を奪うだろう。ケイシーは軽く笑いながら、拳銃に弾を込めた。「もちろん、私にはお前を殺す力はない。だが、お前の娘と、春奈の残したビデオがあれば、お前を殺せる」池内蓮司の暗く光を通さない瞳は、ゆっくりとケイシーの方に移った。「どういう意味だ？」ケイシーは拳銃に弾を込めると、引き金の位置に指を移動し、池内蓮司を見つめた。「昔、私はお前が春奈を愛していると思っていた。彼女が死んだら、お前も彼女の後を追うだろうと。だが、お前はそうしなかった。私の大作戦は無駄になったが、まあいい......」ケイシーは一度言葉を切り、唇の端に浮かべた笑みが、次第に陰湿で不気味なものに変わっていった。「8ヶ月前、穂果ちゃんがよくつけていたネックレスに、偶然チップを見つけた。なぜか神様が私を助けてくれているのか、そのチップには春奈がお前に宛てた遺言が入っていた。お前が知りたい真実が全て詰まっている」「ちょうどその時、お前が穂果ちゃんを奪いに来た。だから、私は穂果ちゃんをお前に奪わせた。お前が狂って、穂果ちゃんを虐待して殺してしまうかもしれない。それで、8ヶ月後、私が真実を教えてやれば、お前は完全に狂い、私にとっては面白いだろうと思ったんだ」「だが、お前は穂果ちゃんを虐待せず、むしろ彼女に感情を抱いてしまった。相手が自分の娘かどうかわからないのに、血の繋がりから感情が生まれることなど、私には退屈でしかない」「だが、お前の娘の命を使ってお前を脅すのも、なかなか面白いじゃないか？」ケイ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第644話
「蓮司、久しぶりだな」ケイシーは菊の花を手に持ち、大勢のボディガードを引き連れて、階段を登りながらゆっくりと池内蓮司に近づいてきた。墓の前に立つ男は振り返ることさえなく、ただ手にしていた写真を、心臓に近いポケットにしまった。ケイシーと池内蓮司は長年渡り合ってきたので、彼が自分を馬鹿にしていることは知っていた。だから彼が自分に構うかどうかは気にしなかった。ケイシーはためらうことなく池内蓮司の横に立ち、手にした菊の花を墓碑の前に置き、遺影を見上げた。「和泉さん？」なるほど、なぜ彼はこれまで春奈の墓を見つけられなかったのか。『死んだ』のは和泉さんで、春奈ではなかったのだ。池内蓮司は春奈を独り占めするために、本当に全てを用意していた。しかし、それはどうだというのだ、春奈は結局彼を裏切ったのだから......ケイシーは口元を歪ませ、淡々と言った。「蓮司、8ヶ月の期間が過ぎた。穂果ちゃんを私に返すべきだ」最後まで口を開かなかった池内蓮司は、うつむきながらケイシーを冷たく一瞥した。「彼女の遺言は何だ？」ケイシーは背筋を伸ばし、池内蓮司と並んで墓碑の前に立ち、地面の四角い石をじっと見ながら、のんびりと話し始めた。「人が死んだら、遺言なんて重要か？」池内蓮司は両手をスラックスのポケットに突っ込み、孤高の背筋を伸ばしながら、何気なく答えた。「重要じゃない......」ケイシーは彼がまた口先だけの態度を取るのを見て、思わず皮の手袋をはめた手を上げて、池内蓮司の肩を叩いた。「蓮司よ蓮司、お前の人生はこの口の悪さで台無しだ」ケイシーのこの世の全てを見透かすような高慢な態度は、池内蓮司が最も嫌うところだった。彼はケイシーの手を払いのけ、冷たく言い放った。「俺の名前をお前の口から出すな！」池内蓮司の露骨な嫌悪とは違い、偽装の上手いケイシーは、とても落ち着き払っていた。彼は池内蓮司の態度を全く気にせず、むしろ上品で優雅な笑顔を見せた。「春奈の遺言は、比較的長いビデオだ。お前に宛てたものだ」ケイシーはここまで言うと、唇の端の笑みが、無邪気さから次第に狡猾な笑みへと変わっていった。「彼女が何を言ったか、知りたいか？」池内蓮司の表情は、墨が滴り落ちそうなほどに険しいものになった。「言う気があるなら言え、言う気
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第643話
和泉夕子は男性のその美しい顔をしばらく眺めた後、それでもおべっかを使うように、彼の首に手を回した。「冷司、池内蓮司に電話してもいい？」「だめだ」男性に冷たく無情に断られ、和泉夕子は小さな顔を曇らせた。「どうして？」男性は片手で彼女の顎をそっと持ち上げ、強気に言った。「今から、池内蓮司に会ってはいけない、彼と話してはいけない、連絡してはいけない」じゃあ、どうやって池内蓮司に、お姉さんが彼を裏切っていなかったこと、それに穂果ちゃんが彼の実の娘だってことを伝えればいいの？彼女が困った顔をしていると、男性は細長い指を伸ばし、スマホを手に取って電話をかけた。和泉夕子は画面上に表示された番号をちらりと見て、資料に載っていた番号と照らし合わせると、ゆっくりと口角を上げた。彼女に電話をかけさせず、自分で池内蓮司に電話するなんて、この男性は本当にヤキモチ焼きだ。霜村冷司は二度かけたが、どちらも出なかったので、もうかけようとはせず、二つの資料をメールで池内蓮司に送った。そしてスマホを置き、和泉夕子を見上げた。「資料を送った。これからは池内蓮司のことに口を出してはいけない！」和泉夕子は彼が池内蓮司のことをとても気にしているのを見て、大人しく頷いた。ただ、彼女はどうも落ち着かず、事態はそんなに簡単じゃないような気がしていた。霜村冷司は彼女が眉をひそめ、落ち着かない様子を見て、心が柔らかくなり、つい口を開いた。「どうしたんだ？」和泉夕子はうつむき、多くを語ろうとはしなかったが、男性は再び彼女の顎をそっと持ち上げ、自分の方を見させた。「池内蓮司のことが心配なのか？」和泉夕子は慌てて否定した。「心配なんかしてないよ、ただ......どう言えばいいのかな......」彼女は手を上げ、胸の辺りを撫でた。「ここに入っているのは、お姉さんの心臓で、それが池内蓮司のために不安を感じているみたいなの」霜村冷司の目は、彼女の心臓を見つめると、複雑な感情を帯びた。彼は池内蓮司のことをもう関わりたくなかったが、しかし——まあいい、もし池内蓮司が心臓を夕子の中に入れていなかったら、今狂っているのは自分かもしれない。霜村冷司はスマホを手に取り、沢田に電話をかけた。「墓園に行ってくれ」外で兄貴の死の真相を調べていた沢田は指示を受けると、すぐ
契約終了、霜村様に手放して欲しい 第642話
和泉夕子は、その報告書を見ても、それほど驚きはしなかった。 なぜなら、最初から穂果ちゃんは池内蓮司の娘だと確信していたからだ。 そして今、その確信がはっきりと裏付けられたにすぎない。 つまり、穂果ちゃんが池内蓮司の実の娘である以上、姉は彼を裏切っていなかった。 これまでの長い年月、池内蓮司は恨む相手を間違えていたのだ。 しかし、ケイシーは明らかにこの事実を知っていながら、池内蓮司には知らせず、 むしろ穂果ちゃんを「自分の娘だ」と偽っていた。 ケイシーの目的は一体なんだったのか？ 姉を深く愛していたがゆえに、彼女の残した娘を独占したかったのか、 それとも、池内蓮司に対する復讐のためだったのか―― 和泉夕子が考え込んでいると、霜村冷司が長い指を伸ばし、ボディガードに合図を送った。 「資料を」 ボディガードは即座に理解し、素早く別荘を出て、車の中から一冊のファイルを取り出すと、霜村冷司の前へ恭しく差し出した。 だが、霜村冷司はそれを受け取らず、ただ静かに視線を和泉夕子へと向ける。 それだけでボディガードは察し、恭しくその資料を和泉夕子へと差し出した。 「奥様、こちらが池内蓮司と春奈様に関する資料です」 「ありがとう」 和泉夕子は丁寧に礼を言い、資料袋を開封し、中身を取り出して丁寧に読み始めた。 すると、その最中、霜村冷司の低く心地よい声がそっと耳元に落ちた。 「この資料は数日前には入手していたが、記載されていたDNA鑑定結果が不完全だったため、お前にはすぐに伝えなかった」 それを聞いて、和泉夕子はゆっくり顔を上げ、感謝の気持ちが溢れるままに言葉を紡いだ。 「冷司……ありがとう」 過去に池内蓮司から多くの傷を受けてきたはずの彼が、それでも和泉夕子のために、自ら手を尽くし、彼のことを調べてくれた。 しかも、既に得た資料だけでなく、より確かな証拠を得るために、わざわざ池内蓮司のDNAを採取し、再検査までさせたのは、彼が和泉夕子の信念を理解し、それを何よりも大切にしてくれていたからだ。 ――彼は知っていたのだ。 和泉夕子が「姉は裏切っていない」と強く信じていることを。 だからこそ、その信念を守るために動いた。 それも、た
