唯は見つけた情報を彼女に見せた。 中にはこんな文字があった。葵が海外でどうやって男を利用して、一歩一方歌姫になったのか。 「こんなに汚いのは初めて分かった」 「私は知ってる」紗枝は言った。 「どうして啓司に教えなかったの」唯は唖然とした。 彼女はもともと紗枝にこのことを話して、そして啓司に見せてもらうつもりだった。もしかして、二人は復縁できるかもしれない。紗枝は彼女の言いたいことを分かったが、でもどうすればいいか分からなかった。「啓司が誰かを知ろうとするなら、簡単に見つけられるのだ」 唯はやっとわかった。「それで、彼女のどこに惚れてたのか?腹黒いところ?男心を全く分からない。」紗枝は昔も理解できなかった。 その後、彼女は自分自身のことを考えて、啓司と同じだと分かった。啓司が自分を愛していないことを知ってても、彼と結婚することを選択した。そして啓司は葵が悪いと分っても依然として彼女を愛していた。愛とは、人がいいかどうか関係ない。いくら悪辣な美人でも、好きな人が沢山いる。紗枝が彼女を慰めながら言った。「大丈夫だ。もう彼を愛しないから」 「うん」唯がうなずいた。 翌日、朝9時。 ヒットニュースが挙げられた。「人気のスター柳沢葵が黒木家の祝宴で、子供を苛め、盗作が暴れ、姑に嫌われて、10分も立たない内、追い出された」ネットでは野次馬ばっかりだった。中代美メディア。葵がヒット対策で忙しかった。でも、和彦ほどの権力はないから、ヒットニュースは残されたままだった。しようがなく、彼女は啓司の助手の牧野に頼んだ。これは啓司の名誉にも関係したから。黒木グループ、総裁室。牧野はニュースの件を啓司に伝えた。「まだ処理しないのか?」以前、葵が外で自分と一緒になったとかのすべてのエンタメスクープに、啓司は一切処理しなかった。このユースが出た後、彼は軽く見ただけだった。 「引き起こした張本人に責任を持って処理しなさい」牧野は理解した。 彼は一部の資料を啓司に渡した。「これは手先がエストニアで調べた紗枝さんのここ4、5年間のすべての情報です」 資料を手に取り、一ページずつ捲って見た。 突然一枚の写真が落ちてきた。拾って見ると、小さい男の子が病床に倒
遠くから見て、紗枝がパソコンの前に座って仕事に集中していた。啓司はノックせずドアを押し開けて、長い足で素早く入った。ドアの音を聞いて紗枝は驚いて、顔を上げると彼の冷たい顔を見かけた。今朝、葵のスキャンダルを思い、そして、彼が彼女のことを庇ったことを思った。紗枝は本能的に葵がまた自分を嵌めたと思った。啓司は葵のため喧嘩を売りに方じゃないかと思った。彼女は立ち上がり、後ろへ一歩引いた。「黒木社長、何か御用?」警戒される紗枝を目にしながら、啓司の頭に浮かんだのはあの子ばかりだった。「今すぐ、僕について家へ帰ろう!」今、彼は紗枝と記憶喪失の芝居をしたくなかった。紗枝の目は驚きに満ちていた。 家へ帰る?どの家?紗枝は啓司の相変わらずハンサムな顔を見上げた。 「黒木社長、どういうなの?」啓司は喉を詰まらせ、何も言わず、紗枝の手首を握りしめ、連れ出した。 彼のペースは非常に早かった。彼の焦った表情を紗枝は読めなかった。彼女は無理に追いついた。紗枝が車まで引きずられ、啓司は直接運転席に座り、右手が紗枝の手首をしっかりと握っていた。紗枝は、今まで一度もこのような啓司を見たことがなかった。 「私をどこに連れて行くの?」 啓司は車を起動して、薄い唇を軽く開いた。「牡丹別荘!」 紗枝は彼が言った家をやっと分かった。彼女はまだ記憶喪失のふりをしていた。「牡丹別荘ってどこ?「黒木社長、忘れないで、私たちはすでに離婚したよ」 啓司は突然車を止め、紗枝に体を寄りかかり、赤くなった目で睨んだ。「どこかで僕らが離婚したのを見たの?」紗枝は唖然とした。 二人は以前、離婚を経験した。いろんな原因で、手続き完成できなかった。しかし、彼女が仮死亡で4、5年も経ち、二人の婚姻関係はとっくに終わっただろう。紗枝の思いを見通したようで、啓司は嘲笑した。 「僕の妻は行方不明のままで、死んでない」 彼の真っ黒な瞳を見て、紗枝は突然何を言うべきかわからなくなった。妻…自分のことを妻として認めたことがなかったのに。啓司は車を運転をし続け、心の中いろんな感情が重なった。 あの子供は4歳ぐらい見たいで、ちょうど紗枝が自分の子供を授かった時だった。今までなかった興奮を感じた。この感覚、彼は可
噂されると?桃洲市で、女ならだれでも彼と関係を持ちたいじゃなかったか。彼女が失踪した4、5年の間に、辰夫とずっと一緒に居て、長くなると愛が生まれると言われ、それに、二人は幼馴染だった。「辰夫に聞こえるのが怖いのか?」 彼の深い瞳は冷たさに満ちていた。 夏石の気分はすぐに沈んだ。 彼女は啓司に我儘にさせたくなかった。「黒木社長、結婚してもしなくても、住む場所ぐらいは自分で決める。余計なお世話だ」 そう言って、彼女はもうこの場所に滞在したくなかったので、啓司の横を素早く通り過ぎた。啓司はその瞬間、彼女にパンチ食わせたように感じた。明らかにそれはほんの数語だったが、彼の心は非常に不快だった。 余計なお世話って?彼女が消えていくのを見て、本当に彼からどんどん遠ざかっているように見えた。 啓司はこの感覚があまり好きじゃなかった。 携帯を取り出し、牧野に電話した。 「どんな手を使ってもあの子を取り戻してくれ」 「はい」「そして、辰夫業界を潰し続け、すべてのプロジェクトを台無しにさせ!」 電話を切って、啓司の顔は暗くなり、紗枝が離れた時のさわやかな姿が頭でいっぱいだった。 昔、彼女は一生愛すると言った! どうして変わったのか? 辰夫のことが好きになったのか? どっちにしても彼女を取り戻してやると思った。 彼の物なら、いらなくても、絶対他人に渡さない。 車に座り、次々とタバコに火をつけ、あの子の写真を取り出して見た。 自分の子供なら、紗枝はどうして海外に隠したのか?あの子を連れ戻したら、きっとしっかり調べておく。 そして、何があっても、今回は紗枝を傍に残してやると思った。二度と彼女を目から離れないようにする! 夜。 九番館。 紗枝はベランダで唯に電話した。 今日啓司に連れられたこと聞いて唯は驚いた。 「彼は心を入れ替わったのか?」紗枝は首を横に振った。「彼はどうしたかよくわからなかった」「これはめったにない機会だ。なぜ断ったの?」 「牡丹別荘に近づくと、すぐに過去のことを思い出して彼を誘惑する気分がなくなったの」紗枝は暫く黙ってから言い続けた。「それに、もし彼と一緒に住んだら、景之はどうするの?」唯はは理解した。 「君の言う通りだ。一人
景之は学校が終わったが、迎えの運転手がいつもより少し遅かった。 隣の明一がおしゃべりをしてきた。「いつも車が迎えてくるの?」 「そうよ」景之は答えようもなかった。 明一が偉そうに言った「毎日、年上の人が僕を迎えに来るの」 「おお爺さんが言った。僕に家族全員の愛を感じてほしいと」 話を終えて、彼は不思議そうに声を低くした。「今日、誰が迎えに来ると思う?」 「誰?」 景之は興味がなかったが、それでも彼に合わせて聞いた。そうしないと、彼は話が止まらなくなるのだったから。 「綾子お婆さんだ」明一は誇らしげに言った。 景之は気にしなかった。 綾子は彼の実の祖母でもなかったのに、どうして嬉しいと思ったのか?そう考えているうちに、綾子の車が来た。派手な高級車の中、綾子は綺麗なドレスを着て、ハイヒールと共に車から降りた。50歳超えたが、まだ魅力的で、身振り手振りは気質に満ちていた。 「綾子お婆さん」明一が小足で走り、綾子に向かった。甘い声で呼ばれたが、綾子は適当に胡麻化しただけだった。両親が海外だったので、おお爺さんに頼まれて迎えに来た。そうでないと、他人の孫を迎えに来ない筈だった! 綾子はそう思いながら浅い笑顔を見せた。「帰ろう」 彼女が話したとき、不意に隣の景之を見かけた。一瞬彼女の表情は和らげた。 「景之」彼女は迎えに来るもう一つの目的は自分の息子の子供のころとよく似た子に会うためだった。綾子は調べさせた。景之は最近海外から帰国したばかりで、清水家のお嬢さんと一緒に暮らしていた。お父さんは不明だった。清水家のお嬢さんと2回ぐらいあったが、親しくなかった。呼ばれたので、景之は大人し気に「綾子お婆さん」と挨拶した。礼儀正しい姿を見て、綾子はますます好きになった。明一を置き去りにして、景之の前に来て、しゃがんで聞いてみた。「お父さんとお母さんはまだ来てないのか?」景之は首を横に振った。 「じゃあ、お婆さんが代わりに送ろうか?」綾子はこの機会を利用して、唯と知り合おうと思った。「ありがとうお婆さん。いいの、僕は見知らぬ人の車に乗りたくないです」景之が答えた。見知らぬ人…綾子の表情が凍りつき、心に不快が走った。彼女は本当にこの子が好きで、また何か言い出そう
唯は景之を脅したいつもりだった結局、啓司に化かされたみたい敗北した。 「うん、わかってるよ。すでにあの子たちと遊ぶようにしてみたの」景之が答えてからタブレットを取り出して勉強を続けた。 幼稚園で子供たちと積み木をして、長い間本を読んでなかった。 ちらっと見たが、怪しい文字で全然読めなかった。人と比べたら腹が立つと思った。此奴が一生懸命勉強したから、唯も頑張らなくちゃと思った。 部屋に戻ったら彼女は法律関係の本を読み続け、葵を訴えると思った。突然、書斎のドアをノックする音がした。 景之が外に立っていた。 唯は少し不思議だった。「どうしたの?」 「唯おばさん、いい物を上げる」 唯はさらに困惑した。景之が前に来て、彼女のコンピューターを借りて、小指ですばやくキーボードを叩いた。1分も経たないうちに、彼は止まった。画面にホームページが現れ、クリックすると葵についての資料が現れた。全部葵についてのプライベート情報だった。どっちも大気を出しても変えないぐらいの秘密情報だった。「うそ!!やっとわかった。お母さんはどうして眼立たないようにしてもらたいのか」景之が大きな目で彼女を無邪気に見つめた。「唯おばさん、小さな子供がこれらのものを見つけると思ったのか?」 「これはすべて辰夫おじさんが送ってくれたのだ。「唯おばさんにしっかりとお母さんを助け、悔しくさせてはいけないと言った」唯と辰夫が交流してないと分って、自分が言ったのは本当かどうか彼女は分からない筈だった。お母さんは自分が普通の子供より少し頭がいいことだけ知ったが、これらのことは知らなかった。 もし知られたらきっと驚くだろう。 だから、これらの証拠資料を自分が調べたこと、絶対唯おばさんに知られてはいけなかった。景之が出てから、さっき、巧みにキーボードを叩く姿を思うと、天才だと思うしかなかった。書斎で。 唯は景之が持ってきた情報に夢中になった。「辰夫は紗枝に優しすぎて、彼女のことを詳しく思ってくれたね」唯は盗作に関するあらゆる証拠をリストアップした。 纏めてから紗枝と打ち合わせして葵を訴えると思った。…翌日。紗枝は依然として時間通りに会社に行き、時には投資した慈善事業にも顔を出していた。今の彼女について、啓司
啓司は突然息苦しくなった。 書類を置き、牧野に指示した。「常務取締役を雇ってくれ」牧野は唖然とした。 「黒木社長、これは?」 「ちょっと休みたいだけ」啓司は言い続けた。「重大なことがなければ、いちいち報告する必要はない」大きなグループ企業では、常務取締役を起用するのが常識だった。牧野はなんと驚いた。 啓司がこのポジションに上ってから、すべての事に心を使い、事業のため、休む時間も惜しまなかった。しかし今、彼は権力を放棄するつもりだった。 牧野が正気に戻るのに長い時間がかかった。 「はい、今から募集してみます」 牧野が出てから。啓司は目の前の書類を何度も何度も見たが、頭の中では紗枝のことでいっぱいだった。彼は非常に悔しかった。ここ数年、仕事に勤勉で、休まずお金を稼いで、一体何のためだったのか?夏目家に騙し取られた赤字を埋めるためなのか?そしてお金だけでなく、プライドが傷ついたことを償いたかったのか。数百億円、啓司にとってはただの数字だった!しかし、これはトップ社会で彼に恥をかかせた。女のお陰で出世したつもりだが、馬鹿みたいに騙された。数百億円を失っただけでなく、聴覚障害のある障害者の女と結婚しなければならなかった。 しかし、今、彼は何を手に入れたのか。 紗枝の意図的な忘却?それとも彼女に捨てられた…そう考えて、経緯は蝶ネクタイを引っ張り、あの子を自分で連れ戻すと決めた。そして、直接彼女の偽忘却を暴いてやる!また、彼女をしっかりと懲らしめてやる!彼女をしっかり教えてやる。頭でいろいろ考えた時、ドアをノックする音が彼を目覚めさせた。「どうぞ」 ドアが誰かに開けられた。紗枝は今日、浅い色のドレスを着て、外に立ち、美しく澄んだ目で啓司を見つめた。啓司は無意識に手で蝶ネクタイを正して、姿勢を見直した。「紗枝さん、何か御用か?」細い足で中に入ってきて、啓司の机に一部の書類を置いた。 彼女が身をかがむ時、啓司にドレスの隙間から白い肌を丸見えされた。 啓司が息を飲んで目をそらした。 でも、再び覗き込んだ。紗枝は彼の妻だ。どうして見てはいけなかったのか?数年ぶりに会って、彼女は以前よりぽってりとなった。紗枝は啓司の視線に気づかず、彼のよう
啓司が最も嫌っているのは、これらの偽のペルソナ・プロパガンダ活動だった。 本能的には拒否しようとしたが、出た言葉は「いいよ」となった。 「それで、準備していきます」 紗枝は見向きを替えて出て行った。ドアにたどり着く前に、啓司の低くかすれた声が伝わってきた。「子供見に行くなら、もっと服を着た方がいい」 紗枝は唖然とした。 振り向いてみると、上着のボタンが二つ外れたことに気づいた。 熱すぎたので、オフィスで外して、つけるのを忘れた。 彼女は急いでオフィスを出て、トイレに行き、服のボタンを付けた。 トイレから出てきたとき、彼女の顔は真っ赤だった。 頭を下げたまま前に行くと、不意に誰かとぶつかった。「ごめん」 紗枝は見上げると、和彦の高貴でハンサムな顔だった。 彼女は本能的に身震いし、無意識のうち一歩後ずさりして彼を少し離れた。 最近、ここで働いていると、和彦を避けることはできなかった。たいていの場合、彼女は遠回ししたが、今日は直接彼にばったり会うとは思っわなかった。 紗枝は非常に心配し、彼に侮辱される覚悟をした。 和彦は彼女の一連の動きを目に見て、喉が詰まり、脅かさないように何も言わず、啓司のオフィスに直行した。 紗枝はほっとした。和彦は心の小さい人とは言えないが、やられたら必ずやり返すタイプだった。この前、彼女は唯の代わりに見舞に行ってすでに彼を怒らせた。 前にバーで、彼は自分に歯向かわなかったのは、今後そうしないとは言えなかった。この男は時には啓司よりもさらに恐ろしかった。 啓司は女性に手を出さなかった。せいぜいモラルハラスメントするだけだった。でも、和彦は、女に全く手を柔らかくしなかった。 一度、彼女は偶然和彦にぶつかり、1か月後に郊外に引きずり出されたことがあった。そう考えると、紗枝は怖くなってきた。総裁室。 和彦がノックなして直接入った。「啓司君、牧野から聞いた。常務取締役を募集するなんて?」和彦は単刀直入に聞いた。啓司は眉をひそめ、少しかすれた声で言った。「これからノックして」 和彦は唖然とした。 今迄、彼がここに来たとき、野菜市場に行き来したようで、ノックするなど一度もなかった。しかし、今日の啓司は機嫌がよくなかったようだ。
啓司は彼を深く見つめた。 「いや、もう約束した」和彦が少しがっかりした。でも続けて聞き出した。「一番嫌いじゃなかった?」 啓司は和彦が何かおかしいと気づき、軽く答えた。「例外がある!」 和彦はここに長く滞在しなかった。 廊下に来たとき、紗枝が会社の人々と話して笑っているのを見た。 あの笑顔、今まで見たことがなかった。 助手がきた。「若旦那さま、旦那様がお呼びです」 「わかった」…午後。スペシャル学院。 紗枝は新しくオープンした音楽教室に来て、ピアノの前に座り、障碍者の事も立ちにピアノを教えた。 啓司は用心棒たちに囲まれ、ドアの外に立っていた。 紗枝がピアノを弾くのを見たのは初めてで、澄み切った優雅なピアノの音はゴロゴロと水を鳴らすようで、人々の心をリフレッシュした。 めったに見えない紗枝の浅い笑顔を見た。 「紗枝先生、すごいね」 「どうやってできたの」子どもたちが紗枝をうっとりと見つめていた。 他のスポンサーより、補聴器を付けた紗枝にもっと親しみがあり、共感があったからだろう。一生懸命努力すれば、きっと優秀な自分になれると紗枝は伝えた。啓司はずっと外で彼女を待っていた。 以前、紗枝は役立たず甘やかされたお嬢様、取り柄がない人だと思ったが、今日、初めて分かった。自分が間違った。見学は終わりに近づくと、紗枝は子供たちと別れを告げた。 彼女が出てきたとき、用心棒を帰らせ、ガジュマルの木の下に一人で立って、彼女を待っていた啓司を見かけた。 木の下で、男は背筋を伸ばして立っていた。横顔は冷たくてハンサムだった。紗枝は一歩一歩彼に向かった。 「黒木社長…」彼女の言葉を聞くと、啓司がすぐたばこの火を消した。彼女はぼんやりした。啓司がいつからタバコが好きになったのか分からなかった。前、彼は煙の匂いが一番嫌いだった。 「おわった?」啓司は彼女の繊細で静かな顔を見て、喉が詰まり、声が掠れた。 「うん」紗枝は手に持った小さな袋を啓司に渡した。 啓司は困惑した。「なんだ?」 「子供たちからの贈り物、絵でした。貴方への。学校を立ててくれてありがとうって」紗枝は言った。啓司はそれを受け取らなかった。「貰ってくれ」彼にとって、これはゴミのようなものだった
綾子は夢美の母の前に立ちはだかった。「先日、私が外出している間に、逸ちゃんに明一への土下座を要求したそうですね?」夢美の母は綾子の威圧的な雰囲気に、思わず一歩後ずさりした。「ふん」綾子は冷ややかに笑った。「親戚だからと多少の面子は立ててきたつもり。それを良いことに、私の頭上で踊るおつもり?私の孫に土下座?あなたたち程度の身分で?」「仮に逸ちゃんが明一に何かしたとしても、それがどうだというの?」木村家の面々は、夢美も昂司も、一言も返せなかった。逸之は元々綾子が好きではなかったが、今の様子を見て驚きを隠せない。この祖母は、本当に自分のために声を上げてくれているのだ。綾子は更に続けた。「最近の経営不振で、拓司に融資や仕入れの支援を求めに来たのでしょう?」木村夫婦の目が泳いだ。「はっきり申し上げましょう。それは無理です」「この会社は私の二人の息子が一から築き上げたもの。なぜあなたたちの尻拭いをしなければならないの?息子か婿に頼りなさい」結局、木村夫婦は夕食も取らずに、綾子の痛烈な言葉に追い返される形となった。黒木おお爺さんは綾子に、あまり激しい物言いは控えるようにと軽く諭しただけで、それ以上は何も言わなかった。昂司と夢美も息子を連れて、しょんぼりと屋敷を後にした。夕食の席で、綾子は逸之の好物を次々と運ばせた。「逸之、これからお腹が空いたら、いつでも来なさい。おばあちゃんが手作りで作ってあげるわ」逸之の態度は少し和らいだものの、ほんの僅かだった。「いいです。ママが作ってくれますから」その言葉に、綾子の目に落胆の色が浮かんだ。紗枝も息子が綾子に対して、どことなく反感を持っているのを感じ取っていた。夕食後、綾子は紗枝を呼び止めて二人きりになった。「あなた、子供たちに私と親しくするなと言ってるんじゃないの?」「私は子供たちの祖母よ。それでいいと思ってるの?」紗枝は心当たりがなかった。これまで子供たちに祖母の話題を出したことすらない。「そんなことしていません。信じられないなら、啓司さんに聞いてください」「啓司は今やあなたなしでは生きていけないのよ。きっとあなたの味方をするわ」紗枝は言葉を失ったが、冷静に答えた。「綾子さんが逸ちゃんと景ちゃんを本当に可愛がってくれているのは分かります。ご
黒木おお爺さんは彼らの突然の来訪に少し驚いたものの、軽く頷いて啓司に尋ねた。「啓司、どうして景ちゃんを連れてこなかったんだ?」もう一人の曾孫にも会いたかったのだ。側近たちの報告によると、景之は並外れて賢く、前回の危機的状況でも冷静さを保ち続けた。まるで啓司そのものだという。「景ちゃんは今、澤村家にいる。数日中には戻る」啓司は淡々と答えた。「まだあそこにいるのか。あの澤村の爺め、自分に曾孫がいないからって、私の曾孫にべったりとは」黒木おお爺さんはそう言いながらも、目に明らかな誇らしさを滲ませていた。その時、遠く離れた別の区に住む澤村お爺さんがくしゃみをした。黒木おお爺さんは啓司たちに向かって言った。「座りなさい。これから一緒に食事だ」「はい」一家は応接間に腰を下ろした。この状況では、木村夫婦も金の無心も支援の要請もできなくなった。夢美は焦りを隠せず、昂司の袖を引っ張った。昂司は渋々話を続けた。「お爺様、夢美の両親のことですが……」黒木おお爺さんはようやく思い出したという顔をした。「拓司が来たら、彼に相談しなさい。私はもう年だから、経営には口出ししない」確かに明一を溺愛してはいた。幼い頃から側で育った曾孫だからだ。だが黒木おお爺さんは愚かではない。木村家は所詮よそ者だ。軽々しく援助を約束して、万が一黒木グループに悪影響が出たら取り返しがつかない。木村夫婦の顔が更に強ばる中、逸之が突然口を開いた。「ひいおじいちゃん、お金借りに来たの?」黒木おお爺さんが答える前に、逸之は大きな瞳を木村夫婦に向け、過去の確執など忘れたかのような無邪気な表情で言った。「おじいさん、おばあさん、僕の貯金箱にまだ数千円あるよ。必要だったら、貸してあげるけど」木村夫婦の顔が一瞬にして真っ赤に染まった。たかが数千円など、彼らの求めているものではなかった。夢美の母は意地の悪い口調で言い放った。「うちの明一の玩具一つの方が、その貯金箱より高価よ」啓司が静かに口を開いた。「ということは、お金を借りに来たわけではないと」夢美の母は言葉を詰まらせた。紗枝は、なぜ啓司が自分たちをここへ連れてきたのか、やっと理解した。啓司から連絡を受けていた綾子は、孫が来ると知って早めに屋敷を訪れていた。夢美の母が孫を皮
本家での夕食と聞いて、紗枝は首を傾げた。「急なのね」「食事ついでに、面白い芝居でも見られそうだ」啓司はそれ以上の説明はしなかった。紗枝もそれ以上は詮索せず、逸之の服を着替えさせると、三人で車に乗り込み黒木本家へと向かった。本家の黒木おお爺さんの居間では、おお爺さんが上座に座り、ただならぬ不機嫌な表情を浮かべていた。曾孫の明一が傍にいなければ、とっくに昂司を殴っていただろう。広間には、昂司の義父母が両脇に座り、昂司夫婦が立ったまま叱責を受けている。「お爺様、あのIMという会社が私の足を引っ張ってきたんです。あれさえなければ、とっくに桃洲市の市場の大半を掌握できていたはずです」昂司は相変わらず大言壮語を並べ立てる。黒木おお爺さんは抜け目のない人物だ。数百億円の損失と負債を知るや否や、すぐに調査を命じた。新しい共同購入事業だと?革新的なビジネスモデルと謳っているが、保証も何もない。ただ金を注ぎ込むだけの愚策だった。「啓司が黒木グループを率いていた時も、桃洲市の企業は総出で足を引っ張ろうとした。それでも破産申請なんてしなかっただろう。結局、お前に器量がないということだ」黒木おお爺さんは昂司に容赦ない言葉を浴びせた。昂司は顔を歪めた。啓司がどれほど優秀だったところで、今は目が見えない身だ。盲目の人間に何ができる?誰が目の見えない者に企業グループの運営を任せるというのか?「お爺様、損失を出したのは私だけじゃありません。拓司だって、グループを継いでからは表向き順調に見えても、IMに押され気味なはずです」昂司は道連れを作るつもりで言い放った。十年以上も経営から退いている黒木おお爺さんは、この言葉に眉を寄せた。「拓司は就任してまだ半年も経っていない。これまでの社員たちを纏められているだけでも十分だ。お前とは立場が違う。何年も現場で揉まれてきたんだろう?」昂司は再び言い返す言葉を失った。「今後はグループ内の一部長として働け。分社化などという無駄な真似は二度とするな。恥さらしだ」黒木おお爺さんの言葉は厳しかった。部長とは名ばかりの平社員同然。昂司夫婦がこれで納得するはずもない。夢美は明一に目配せした。明一は黒木おお爺さんの手を握りながら、「ひいおじいちゃん、怒らないで。明一が大きくなったら、き
牧野は、エイリーの人気がさらに上昇している状況を説明した。「最近の女は目が腐ってるのか」啓司は舌打ちした。彼にとって、芸能人なんて所詮は色気を売る連中と何ら変わりがなかった。牧野は思わず苦笑した。実は自分の婚約者もエイリーの大ファンだった。「ハーフだし、イケメンだし、歌も上手いし、性格も良くて、優しくて、可愛らしいの!」と目を輝かせて話す婚約者の言葉を思い出す。先日、思い切って婚約者に「もし僕とエイリーが溺れていたら、どっちを助ける?」なんて質問を投げかけてみたのだった。「社長、こういう人気者も、すぐに廃れますよ」牧野は慎重に言葉を選んだ。「もしお気に召さないなら、スキャンダルでも仕掛けましょうか」今となっては牧野自身も、このイケメン歌手が目障りになっていた。だが啓司は首を振った。紗枝にばれでもしたら、また謝罪させられる羽目になる。得策ではない。「焦るな。じっくりやれ」「はい」「それと、昂司さんが破産申請を出したそうです。今頃は、きっとお爺様に頭を下げているのではないでしょうか」啓司は牧野の報告を聞いても、表情一つ変えなかった。今回ばかりは、黒木おお爺さんどころか父親が戻って来ても、昂司を救うことはできまい。土下座して謝罪するのが嫌だったんじゃないのか?「木村氏の方は?」啓司の声が車内に響いた。「同じく財政難のようです」牧野は慎重に答えた。「内通者によると、今夜、木村家の者たちが本家に行き、援助を求めるそうです」啓司の唇が僅かに曲がった。「面白い芝居だ。見逃すわけにはいかないな」啓司は決意を固めた。夜には逸之が帰ってくる。逸之と紗枝を連れて実家に戻り、あの二人が受けた仕打ちを、きっちり返してやるつもりだった。......幼稚園に通い始めてから、逸之は心身ともに生き生きとしていた。今日も帰宅時は元気いっぱいだった。「ママ、見て見て!お友達の女の子たちがくれたの!」小さなリュックを開けると、普段は空っぽだったはずの中が、プレゼントでいっぱいになっていた。可愛いヘアピンやヘアゴム、チョコレートに棒付きキャンディーなど、次々と出てくる。紗枝は逸之と一緒にプレゼントの整理をしながら、息子がこんなにもクラスメートに人気者だったことに驚きを隠せなかった。逸之の生き生きとした
エイリーに電話をかけようとした紗枝のスマートフォンが、相手からの着信を告げた。「紗枝ちゃん!新曲聴いてくれた?」興奮した声が響く。紗枝は彼の高揚した気分を壊すまいと、CMの話は避けた。「まだよ。新曲が出たの?」「うん!今すぐ聴いてみて!どう?」エイリーは友達にお気に入りのお菓子を分けたがる子供のように、期待に満ちた声を弾ませていた。「うん、分かった」紗枝は電話を切り、音楽を聴いてみることにした。音楽アプリを開くと、検索するまでもなく、エイリーの新曲が目に飛び込んできた。ランキング第二位、しかもトップとの差を急速に縮めている。再生ボタンを押すと、透明感のある歌声が響き始めた。チャリティーソングとは思えないほど、感情が込められている。心に染み入るような優しさに満ちていた。MVも公開されているようだ。アフリカで撮影された映像が次々と流れる。家族の絆を描いた一つ一つのシーンが、心を揺さぶった。曲とMVを最後まで見終えた紗枝は、あのCMのことを気にする必要などないと悟った。そしてネット上では、貧困地域支援のためにイメージを気にせずCMに出演したエイリーの話題が、トレンド一位に躍り出ていた。ファンたちのコメントが次々と流れる。「やっぱり推しは間違ってなかった!小さな犠牲を払って大きな善行を成す、素敵すぎ♥」「歌も素晴らしいけど、人としても最高」「顔も歌も天使」「いやいや、イケメンでしょ!(笑)」ファンは減るどころか、むしろ増えていた。あの一風変わったCMを見て、貧困児童支援のために自分を投げ出す彼の姿に、共感が集まったのかもしれない。この慈善ソングも、親子の情を切々と歌い上げ、その旋律は涙を誘う。わが子を救うために命を捧げる母の愛を描いた歌詞が、心に響く。紗枝は再びエイリーに電話をかけた。「おめでとう。スーパースターまでもう一歩ね」「紗枝ちゃんの曲のおかげだよ。これほど話題になれるなんて」エイリーの声は弾んでいた。「アフリカから帰ったら、ディナーでも行かない?」「ええ、いいわよ」紗枝は快諾した。ネット上では楽曲の素晴らしさを称える声が溢れ、自然と「時先生」の名前も再び注目を集めていた。「あのバレエダンサーの鈴木昭子に楽曲を提供したのも時先生だよね?」「今更?時先生の曲
朝、スマホの画面に映る夢美のメッセージを見て、紗枝は舌打ちをせずにはいられなかった。よくもまあ、あんなに堂々と責任転嫁できるものだ。でも、間違ったことは言っていない。大人なのだから、誰かの後ろについて安易に儲けようなんて、そう甘くはないはずだ。グループは一瞬の静寂に包まれた後、誰も夢美に反論する者はいなかった。子どもたちは明一と同じクラス。桃洲市に住む以上、夢美を敵に回すわけにはいかない。でも、この損失を諦めきれるはずもない。この不甘の思いを、どこにぶつければいい?そして彼女たちは、ようやく紗枝のことを思い出した。謝罪と懇願のメッセージが、次々と紗枝のスマホに届き始めた。来年の会長選では必ず紗枝に投票すると。紗枝は次々と届く謝罪の言葉を無言で眺めていた。「景之くんのお母さん」幸平ママからもメッセージが届いた。「グループの様子、ご覧になりました?裏切った人たち、さぞかし後悔していることでしょう」紗枝は幸平ママの誠実さを信頼していた。どれだけの人が自分に助けを求めているのか、スクリーンショットを送ってみせた。「すごーい!」幸平ママは驚きの顔文字スタンプを返してきた。紗枝はスマートフォンを横に置いた。ママたちへの返信は、今はするつもりはなかった。階下に降りると、啓司がソファに座り、普段は決してつけない テレビを見ていた。画面にはCMが流れている。紗枝は目を凝らした。そこに映るのは、紛れもなくエイリーだった。アフリカの大地に立つエイリーの周りには、現地の美しい女性たちが並ぶ。なのに彼は妙に疲れた様子で、ナレーションが流れる。「元気がない……そんな時は……」紗枝は愕然とした。まさか、男性用の精力剤のCMだったとは……スター俳優にとってイメージがどれほど大切か、芸能界と無縁な紗枝でさえ分かっていた。若手のトップアイドルが、こんなCMに出演すれば、女性ファンは離れ、世間の笑い者になるに違いない。「どうしてこんなCMを……」紗枝は思わず呟いた。「所詮、役者だ」啓司は薄い唇を開いた。「金のためなら何でもする」そう言って、リモコンでチャンネルを変えた。このCMを何度も見返していたことを、紗枝に気付かれないように。「エイリーさんは違うわよ」紗枝は反論した。「稼いだお金のほとんどを慈善事業に使ってて、自
明一は相手の皮肉な態度に気付き、カッとなって手を上げかけた。だが景之の鋭い視線に遭うと、たちまち手を下ろし、悔しそうに立ち去った。殴っても勝てない、言い負かすこともできない。明一は深い挫折感を味わっていた。以前はそれなりに仲が良かったのに、こんなぎくしくしした関係になってしまって、少し後悔の念が湧いてきた。放課後、帰宅した明一はソファにぐったりと身を投げ出した。「どうしたの?」夢美は心配そうに息子を見つめた。「ママ……景之くんに謝りたいな」明一は逸之のことは嫌いだったが、その兄の景之は別だった。「何ですって!?」夢美の声が鋭く響いた。「なぜあんな私生児に謝る必要があるの!?あなたは私の息子でしょう!」明一は母の怒りに気圧され、謝罪の話題を即座に引っ込めた。「明一」夢美は諭すように続けた。「あの私生児たちと、友達になんてなれないのよ」「同じ黒木家の世代なのに、お父さんは啓司さんや拓司さんに頭が上がらないでしょう?大きくなった時、あなたまで同じように下に見られるの?」「いやだよ!」明一は強く首を振った。「僕が黒木グループのトップになるんだ!」「そうよ」夢美は満足げに微笑んだ。「私の息子なんだから、お父さんみたいに人の下で働くような真似はしちゃダメ」「うん!」明一は何度も頷いた。「頑張る!」「じゃあ、夕食が済んだら勉強よ」夢美は明一の成績を景之以上にしようと、家庭教師まで雇っていた。夜の十時まで勉強させるのが日課だった。どんな面でも、我が子を人より劣らせたくなかった。明一が食事に向かう頃、昂司が青ざめた顔で帰宅してきた。「あなた、今日は早いのね?」夢美は不審そうに尋ねた。昂司はソファに崩れ落ちるように座り、頭を抱えて呟いた。「夢美……終わった……」「何が終わったの?」「全部……投資した金が……全部パーになった」昂司は一語一語、重たく言葉を紡いだ。「えっ!」夢美の頭の中で轟音が鳴り響いた。「追加資金を入れれば大丈夫だって言ったじゃない!」「商売なんて、損なしなんてありえないだろう!」昂司は苛立たしげに言った。「IMが先回りして俺の取引先を買収するなんて……もう在庫の供給も止められ、借金の返済を迫られている」深いため息をつきながら、昂司は続けた。「新会社を破産させるしかない。そ
夢美の言葉に、ママたちは安堵の表情を浮かべ、紗枝の警告など耳を貸す様子もなかった。投票結果は予想通り、夢美の圧勝に終わった。だが意外なことに、紗枝にも全体の四分の一ほどの票が集まっていた。紗枝が不思議に思っていると、ママたちの中に、上品な装いの女性が目に留まった。その女性は紗枝に優しく微笑みかけていた。会議が終わると、その女性は紗枝の元へ歩み寄ってきた。「景之くんのお母さん、ありがとうございました」「お礼を?」紗枝は首を傾げた。「成彦くんの母親のことは覚えていらっしゃいますか?」成彦の名前を聞いた途端、紗枝の記憶が先日の出来事へと遡った。景之が暴力事件を起こし、呼び出しを受けた時のことだ。成彦はその時の被害者の一人で、その母親は抜群のスタイルで注目を集めていたものの、既婚者の家庭を破壊した女性だった。そんな事情を知ったのは、多田さんが提供してくれた情報のおかげだった。新聞でも報じられていたが、この女性モデルは横暴極まりなく、SNSで正妻を執拗に中傷し続け、ついには正妻を精神的に追い詰めて入院させたという。「ええ、覚えています」紗枝が答えると、「私が、その元妻です」女性は落ち着いた様子で告げた。紗枝は思わず息を呑んだ。目の前の女性は、成彦の母より体型は控えめだったが、その表情と品格は比べものにならなかった。「私は本村錦子と申します」紗枝が彼女を知らなかったのは、夢美の主催するパーティーに一度も姿を見せなかったからだ。多田さんからも特に情報は得ていなかった。「ご恩に感謝します」錦子は静かに告げた。「あなたのおかげで、やっと平穏な日々を取り戻し、こうして皆の前に姿を見せることもできました」「今は成彦の母として、投票に参加させていただいています」「そうだったんですね」紗枝は微笑んで返した。「こちらこそ感謝です。あまり惨めな負け方にならずに済みました」紗枝は数票程度を覚悟していたので、四分の一もの得票は予想以上の結果だった。「感謝なんて」錦子は首を振った。「私も夢美さんは好きになれません。あの方の自己中心的な振る舞いは、多くの子どもたちにとって不公平ですから」「皆、心の中では紗枝さんに会長になってほしいと願っているはずです」二人は校門まで様々な話に花を咲かせ、そこで別れを告げた
紗枝は壇上に立ち、ママたちの無礼な態度にも一切動じる様子を見せなかった。「皆様、景之の母の紗枝です。先ほど園長先生からご紹介いただきましたので、改めての自己紹介は省かせていただきます」客席のママたちは相変わらず、紗枝の言葉など耳に入れないかのように、好き勝手な態度を続けていた。幸平ママは不安げな眼差しで紗枝を見つめていた。あんなに止めようとしたのに——今となっては後悔の念しかなかった。このまま壇上で嘲笑の的になってしまうに違いない。しかし紗枝は相変わらず冷静そのもの。もはや遠回りな言い方はやめ、USBメモリを取り出した。「園長先生、スクリーンに映していただけますか?」園長は即座に協力し、プロジェクターの準備を始めた。ママたちの視線が半ば興味本位でスクリーンに集まる。「まあ、プレゼンまで用意してるのね。気合い入ってるじゃない」「どんなに立派な資料作っても、会長になれるわけないのに」「あんなにお金持ちなら、さっさと転校させれば?」周囲からの嘲笑に、夢美の唇が勝ち誇ったように持ち上がった。なんて馬鹿なことを——普通の学校なら、確かに会長には様々なスキルが求められる。でも、ここは違う。夢美が会長になれたのは、仕事の能力なんて関係なく、ただその権力を享受するためだけだった。皆が紗枝の失態を期待して見守る中、スクリーンに映し出されたのは、予想外の財務諸表だった。「これは……?」法人印の隣に記された署名に、誰かが気付いた。「これって……黒木昂司さんの会社の決算報告書では?」低い声が会場に響いた。夢美の顔から血の気が引いていった。紗枝は落ち着き払って画面を拡大し、赤字で強調された損失の数字を、誰の目にも分かるように示していった。昂司の会社の経営状態の悪さが、一目瞭然だった。「紗枝さん!それは何!」夢美が我に返ったように叫び、震える指を紗枝に向けた。紗枝は夢美の声など耳に入れないかのように、淡々と説明を続けた。「この財務諸表をお見せしたのは、投資には細心の注意が必要だということをお伝えするためです。もし資金面でお困りの方がいらっしゃいましたら、私にご相談ください」夢美の投資話に乗ったママたちの顔から、血の気が引いていくのが見て取れた。甘い言葉で誘われた「確実に儲かる」という話は、結