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第746話

桜乃は葵の顔を見つめた。もう火傷の跡はほとんどわからなくなっていたが、聞くところによると、何十回もの皮膚移植手術を経て今の顔があると聞き、心が痛んだ。

あの頃、自分が精神的に不安定でなければ、実の娘を傷つけることは決してなかっただろう。

「帰りなさい。今の彼女は幸せだよ。彼女が好きなのは薬の開発であって、あなたたちの存在こそが傷になるだけよ」

桜乃はじっと葵を見つめ、「ただ見ているだけでいいの」と言った。

葵は何かを感じ取ったかのように、こちらに目を向けたが、目の前には真っ白なガラスしか見えなかった。

自嘲気味に微笑んだ。母は自分を愛していないから、会いに来るはずがない。

佐藤家にて。

進は解毒剤を峻介に手渡し、「佐藤総裁、これが解毒剤です。奥様はこれで全ての記憶を取り戻すでしょう」と告げた。

「……そうか」

峻介は大きな窓の前に立ちながら、低くつぶやいた。「もうすぐ夜が明ける」

「はい」

峻介は薬を持ってゆっくりと外へ出た。すべてを終わらせる時が来たのだ。

解毒剤を優子に与えるその瞬間、彼女が生き延びようが、もう二人は一緒にはなれないとわかっていた。

過去に自分がしたことを思うと、優子はきっと自分を骨の髄まで憎んでいるだろう。

朝の最初の陽射しが優しく差し込んだ。優子はゆっくりと目を開けた。

夏希の優しい声が聞こえてきた。「若奥様、今日はお天気がいいですよ。お外で日光浴されては?」

「ええ」優子は眩しそうに外の陽光を見つめた。

この光を浴びられるのも、もう長くはないのだろう。

弱った彼女は車椅子に座り、夏希に連れられてキッチンへと向かった。

キッチンでは、白いシャツを着てフライパンを振るった峻介の姿があった。

最近、口にする馴染みの味が彼の手によるものだと気づいた。

あっという間に美味しそうな朝食とスイーツがテーブルいっぱいに並べられたが、彼女には食欲がなかった。

「無理しないで。どうせ食べられないわ」

峻介は彼女に優しい眼差しを向け、「少しでも口にしてほしいんだ」

「わかったわ、最後の朝食だと思っていただくわ」

彼女はスプーンを持ち、うまいお粥を口に運んだ。米の香りと素材の風味が溶け合っていた。

彼の料理の腕前は確かだった。

「前もこういうことをしていたの?」死を前にした者のように、優子の声は静かだった。

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