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第606話

峻介は昨夜のことを思い出し、優子にはしばらく刺激を避けたほうが良いと考えた。しかし、彼女に嘘をついていると思われたくなかったため、事実を少しぼかして話すことにした。「少し問題があってね、昇の件なんだ。ネット上で少し騒がれていて、君に余計な心配をかけたくないんだ」

「大変なの?」

「そこまで大変じゃないよ。今、広報を動かさないのは証拠を集めているからさ。混乱に乗じて騒ぎ立てる連中もいるんだ」峻介は彼女の顔にそっと手を伸ばし、愛おしそうに頬をつまんだ。「何も気にしなくていい。この件が片付いたら、僕たちは日本を出る予定だ。ここ数日はゆっくり家で過ごして、ネガティブな報道は見ないようにね。気持ちが沈んでしまうから」

優子は彼の思いやりを感じて、無理に聞き出すことはせずに答えた。「分かったわ。でも、早く昇を助けてあげてね」

「うん。今日は少し出かけてくるから、おとなしく家で待っていて」

「分かった」

峻介は彼女の額に軽くキスをして、階段を下りていった。

外で車のエンジン音が聞こえ、優子は彼が出発したのを見送った。

もともと優子はスマホを頻繁に使うタイプではなく、スマホは彼女の記憶の欠落を補うためのツールだった。

キッチンでは幸子が豊富な朝食を用意していて、鼻歌を歌いながら楽しそうに優子のために椅子を引いた。

「奥様、そんなに痩せてるんだから、もっと食べないと。日本を出たら私の料理もなかなか食べられなくなるわよ」

「幸子さん、あなたと別れるのが寂しいわ」

幸子は元来、率直な性格だった。先ほどまで楽しそうにしていたが、別れが近いことを思い出すと、寂しそうな表情が一瞬浮かんだ。

「私も寂しいですよ。旦那様からも一緒に日本を離れて、奥様のお世話を続けないかと誘われたんですが、私にも子どもや家族がいますし、半生をここで過ごしてきたんです。外の世界は慣れないことばかりで、帰りたくなったときにすぐ戻れないのは辛いですから、申し訳ないけれどお断りしたんです」

幸子は話しながらも、手を止めずに優子に次々と料理を取り分けていった。

「旦那様は本当に良い人ですし、何よりあなたを心から愛しているんです。これまで色々なことがあったけど、何があっても奥様が旦那様を信じていれば大丈夫です。彼はこの世界で一番あなたを愛している人ですから」

幸子は涙を拭い、言葉を詰まらせながら
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