森川貞則は口元から血が出るまで殴られた。入江紀美子は拳を握ったまま、貞則の言葉が悪魔の囁きのように彼女の頭の中で響いていた。森川晋太郎は次郎と同じく彼の息子なのに。まさか貞則がこれほどまで腐っていたとは!白芷さんは彼の中でそんなに下賤な存在なのか?笑いながら彼女のことを次郎のおもちゃと言うほど?この時、外から数名の警察が入ってきた。彼達は激怒している晋太郎を抑え、貞則を連れていった。紀美子は晋太郎を見た。彼の俊美な顔にはこれまで見たことのない苦しみが浮かんでいた。その真っ赤な両目は、恨みと殺意で満ちていた。彼女は彼を抱きしめ、彼に永遠に彼の傍にいると言おうとした。しかし彼女の両足にはまるで鎖で縛られたかのように、一歩も動けなかった。彼女には身をもって彼の苦しみを感じることができないのに、どうやって彼を慰めるべきだろうか?警察署から出ても、晋太郎はずっと黙っていた。藤河別荘に戻ってから、彼は自分を紀美子の書斎に閉じ込もり、紀美子すらも入れさせなかった。子供達は紀美子の所に、晋太郎の状況を聞きに来た。入江ゆみは紀美子の膝に上り、柔らかい声で尋ねた。「お母さん、お父さんはどうしたの?」紀美子は複雑な気持ちでゆみの顔を撫でながら答えた。「お父さんはちょっと悩み事があるの。だから、そっとしてあげよう、ね?」入江佑樹も眉を寄せながら尋ねた。「何か良くないことがあったのか?」「警察署に行ってきたんじゃないの?」森川念江も尋ねた。「お爺ちゃんが何かお父さんを怒らせることを言ったの?」紀美子は汚らわしい話を子供にしたくなかった。「警察署に行ってて、ちょっとした揉め事もあったけど、お母さんはあまり詳しく説明してあげられないの」紀美子はそうやって丁寧に答えるしかなかった。「私達今できるのは、お父さんが落ち着いて書斎から出てきたら、優しくしてあげること、いい?」「彼にも思い詰ることがあるんだ」佑樹は言った。「お父さんだって、アイアンマンではなく人間だもん!」ゆみは兄を睨んで言った。「その……アイアンマンだって中身は人間だ」念江が妹に注意した。「ゆみ、念江も君の無知さに呆れてるぞ」佑樹も笑って妹にツッコミを入れた。「もう、お兄ちゃんうるさい!
入江紀美子は一瞬戸惑った。もう田中晴にバレたのか?彼女は思わず書斎の方を眺めた。森川晋太郎は知っているし、いずれ晴にバレるだろうね。「うん」紀美子は返事した。「会って話さない?」晴は尋ねた。「いいわ、今どこ?」「別荘の外にいる」紀美子は窓越しに外を眺めた。こんな大雨が降っているというのに、晴が来たのか?「分かった、今降りてくる!」紀美子は果物を横に置き、階段を降りていった。別荘から出ると、晴が大雨の中で突っ立っていた。彼は既に全身がびしょびしょに濡れていた。前回会ってからたった2、3日しか経っていないのに、彼はもういつもの羽振りがなくなり、随分と廃れていた。早春の雨は格別に冷たかった。彼が一体どれほどそこに立っていたのか、紀美子は想像もつかなかった。彼女は傘を開き、大股で晴の傍に来て、彼に傘をさした。「雨がひどいし、まず別荘に入ってから話そう!」「紀美子、佳世子はエイズにかかった、そうだろ?」晴は酷く充血した目を上げて尋ねた。「うん」紀美子は思わず傘を握りしめた。「彼女は外で不倫をして病気にかかったのか?」晴は冷たい声で尋ねた。紀美子の表情は心配から険しいものに変わった。「自分の妻をそんなふうに疑うの?」「ならば教えてくれ、何故彼女はあんな病気にかかったんだよ!」晴は震えた声で叫んだ。彼の顔には液体の粒が満ちており、雨なのか、それとも涙なのかは弁別できなかった。「私も彼女がなぜあんな病気にかかったかは分からない。でもね、晴、佳世子がどんな人なのか、分からない?」「不倫していないのなら、何故教えてくれないんだ?」晴は悲しみと怒りを抑えながら尋ねた。「あんたは佳世子のことをどう見てるの?あんたが始めて彼女とセックスした人じゃない。彼女が処女だと分かっているはず!」「それがどうした?」晴の目がますます充血してきた。「彼女が酒が飲みたくてよくバーに行ってたのも事実!」「バーによく行ってたからって軽い女だと決めつけるの?」紀美子も頭にきた。「なぜあんたは自分の考え方で彼女のことを定義しようとしてんの?」「もし違うなら、なぜ教えてくれないんだ?なぜだ?」晴は激怒して叫んだ。今回、紀美子ははっきりと彼の目か
入江紀美子からすれば、田中晴は頭を冷やす為に大雨を浴びる必要があった。晴は随分とあっけにとられてから、我に返った。「紀美子、電話するから携帯を貸してくれないか?」紀美子は断った。「あんたが決心がつくまで、彼女に連絡しない方がいい。それに、今の佳世子の状況では、あんたが彼女を受け入れられるかどうかもわからない。しっかりと考えて。あんたは全てをおいて彼女と共に病気と戦う気はある?これも佳世子があんたを置いて行った原因、彼女はあんたに病気が移るじゃないかと心配している。あんた時々本当に人をがっかりさせるから」晴は泣きながら紀美子に乞った。「頼む、彼女が今どこにいて、どうなってるのかを先に教えてくれないか?」「教えられない」紀美子は再度断った。「ここで私に乞うより、一度帰ってよく考えた方がいいわ。佳世子の病気は決して自らかかったものじゃない。あれは陰謀よ。あんた達が一緒にいた頃、彼女が誰と接触していたかを思い出して!」そう言って、紀美子は振り返らずに別荘に入った。晴は一人庭で雨に打たれながら号泣していた。こんな時は、誰も彼を助けることはできない。理性だけが、彼に全てをはっきりとさせてくれる!紀美子が家に戻った頃、森川晋太郎は既に書斎から出てきていた。2階には濃厚なタバコの匂いが漂っていた。紀美子は軽く息を抑えながら、寝室に入った。シャワールームから水が流れる音がして、彼女はソファに腰を掛け晋太郎が出てくるのを待った。30分後、彼はバスタオルを巻いてドアを開いた。しかし中は水気が全く無かった。「冷水でシャワーを浴びてたの?」紀美子は驚いて尋ねた。「ああ」晋太郎は唇を微かに動かして答えた。紀美子は眉を寄せながら慌ててバスローブを手にした。バスローブを彼に羽織りながら、紀美子は彼に注意した。「まだ早春だから寒いし、こんなことをしていたら体がもたなくなるわ!」「構わん。廊下はタバコの匂いで臭いだろう。我慢できず吸ったんだ」晋太郎はバスローブを着ながら言った。「ストレスの発散になれば、別にいいわ。ところで、さっき晴が来てた」「何をしに?」晋太郎は眉を寄せながら尋ねた。「てっきり君は子供達の所にいたと思った」「彼は佳世子のこ
「お前、俺の携帯を取り上げたな?」森川次郎は怒りを帯びた声で聞いた。「そうだ!」小原は認めた。「返してくれ!」次郎は小原に叫んだ。「あれは俺のモノだ!」しかし小原は全く動じなかった。「晋様に、あんたと外界との連絡を断つように命令された!」「あいつは何故こんなことをする?」次郎は激怒した。「父に連絡したい。晋の野郎を呼んでこい!」「悪いが、貞則様は既に警察に連れていかれた!」「何だと?」「貞則様は殺人の疑いで、警察に連行された!」小原はもう一度言った。殺人?警察?次郎の頭の中は真っ白になった。そんなのありえない!「それは晋太郎の陰謀だ!あいつが俺の父を陥れたに違いない!」「畜生が、こんなことまでやらかしてくれたとは!やはりあのビッチが産んだ雑種だ!」小原は次郎の言葉に苛立ちを示した。「貞則様が捕まったのは20年前の殺人事件のことでだ!そして最近、執事を殺した。全て自業自得だ。晋様とは関係ない」そう言ったそばから、小原はいきなり次郎に顔を殴られた。彼の顔にはもはや昔の優雅の欠片も残らず、あるのは獰猛な表情だけだった。「黙れ!お前は晋太郎の犬だ、当然彼の味方をしやがる!晋太郎を呼んで来い!」「晋様の指示がない限り、どんな要求でも答えられん!」小原はあごに手を当てながら言った。夜10時。紀美子がお風呂上りに休もうとした頃、晋太郎の携帯が鳴り出した。ボディーガードからの電話だった。「晋様、次郎様がどうしてもお会いしたいと。小原があなたがあなたの指示を貫き、次郎様に花びんで殴られてしまいました」「小原は今どうなっている?」「傷口を処理してもらっています。他のボディーガードが代わりに入ってきました」「彼達に伝えろ、もし次郎のヤツがまた手を出したら、殴り返してもいい!殺さない程度で仕付けろ」晋太郎は冷たい声で指示した。「はい、晋様!」晋太郎が電話を切ると、紀美子は口を開いた。「どうしたの?」「ちょっとしたトラブルだ、もう寝よう」晋太郎は紀美子の体を引き寄せて言った。彼の様子をみて、紀美子もそれ以上詮索しなかった。早朝、帝都病院にて。塚原悟は執務室から出てきた。素朴な服を着た渡辺瑠美が、一定の距離を保ちなが
帝都、サキュバスクラブ。その日は入江紀美子が名門大学を卒業する日だった。しかし家に帰って祝ってもらう余裕もなかった。実の父親に、200万円の値段で薬を飲まされクラブの汚いオヤジたちに売られた。うす暗い部屋からなんとか逃げ出したが、薬の効果が彼女の理性を悉く飲み込んでいった。廊下で、彼女の小さな頬が薄紅色になり、怯えながら迫ってきた男達を見つめた。「来ないで、私…警察を呼ぶから…」先頭に立つ男が口を開き黄ばんだ歯を見せながら、手に持っている鞭を揺らしながら彼女に近づいてきた。「いいだろう、好きなだけ呼ぶがいい。サツが来るのが先か、それともお前が俺達に弄られて昇天するのが先か」「べっぴんさんよ、心配するな、お兄さんたちがお前を気持ちよくさせてやるから…」紀美子は耳鳴りがしてきた。彼女は父が救いようのないろくでなしだと知っていた。大学に通っていたこの数年、彼女はずっとアルバイトで稼いだお金で生活していて、父からは一銭も貰わなかった。それなのに、まさか父が今、賭けの借金を返す為に娘を人に売ろうとしているとは!紀美子は逃げ出そうとするが、足が覚束なくなり、力が抜けていた。彼女は躓き床に倒れ、自分の身体を獲物同然に分けようとする人たちを目の前にして、どうしようもなかった。ちょうどその時、彼女の左前の部屋のドアが開かれた。黒色の手製の皮靴が彼女の目に映った。見上げると、男の真っ黒な瞳は冴え切った湖の如く、まるで魂を吸い取る冷たさをしていた。男を見て、彼女は少し安心した。彼女は男のズボンの裾を引っ張り、「お願い、助けて!この人たちに薬を飲まされたの!」と泣きながら助けを乞うた。男は眉を寄せ、視線は冷たく彼女を掠め、一瞬の不快を見せた。彼は身体を屈め、手を伸ばした。「助けてくださりありがとうございます…」紀美子は安心して手を伸ばそうとした。てっきり彼が自分を支えてくれると思ったその時。男は彼女の手を振り払い、自分のズボンを握っているもう一本の手を冷たく払った。この世界のトップ100の企業を牛耳るMKの社長として、森川晋太郎は決して上で動くような人ではなかった。「晋様!」彼の後ろに立つアシスタントの杉本肇は一枚のハンカチを渡してきた。晋太郎は冷たくそれを受け取り、強く紀美子に触ら
入江紀美子は当然信じなかった。学生時代、多くの友達に耳たぶのホクロは霊性があると褒められたけど。たかがホクロ一個のために、天下のMKの社長が月200万円で雇ってくれるのか?自分がおかしいのか、それとも彼がおかしいのか。呆然としているうちに、森川晋太郎はもう立ち上がっていた。彼はゆっくりとシャツのボタンを締める様子は、全身から凛とした雰囲気を発していた。「俺は人に無理なことを強要しない。自分でよく考えてくれ」言い終わると、彼はその場を離れた。扉の前では、アシスタントの杉本肇が待っていた。自分の晋様の目の下の腫れを見て、彼は明らかに驚いた。まさか、これまで自分の童貞をなによりも大事にしていた晋様が、初体験を奪われ、しかもかなり激しい戦況だったようだ。我に返った肇は、慌てて晋太郎に「晋様、手に入れた情報をあなたの携帯に送信しました。この入江さんは晋様がお探ししている人ではないようですが、追い払いましょうか?」「いいや、資料は読んだ。彼女の学校での履歴は完璧だ」「何よりも俺は彼女に反感を持っていない、そして秘書室は今能力のある人間を必要としている。もし彼女が三日以内にMKに現れたら、すぐに入社手続きをしてやれ」「もし現れなかったら?」肇は恐る恐ると追って聞いた。「ならば彼女の好きにさせろ」晋太郎はあまり考えずに答えた。……三年後、MK社長室紀美子はタブレットパソコンを持ち、真面目に晋太郎に当日のスケジュールを報告していた。「社長、午前十時にトップの会議がありまして、十二時にエンパイアズプライドの社長と会食、午後四時に政治界の方々との宴会があります…」彼女は目線を下げ、誘惑的な唇を動かしていた。小さな顔は化粧していなくても、十分に艶めかしかった。晋太郎は細長い目を資料から離れ、紀美子への視線には火が混じっていた。セクシーな喉ぼとけが上下に動いた。しばらくして、資料を机の上に置き、何かに興奮しているように長い指でネクタイを少し引っ張った。「こっちにこい」晋太郎は紀美子に命令した。紀美子は呆然と頭を上げ、晋太郎の幽邃な目線に触れた瞬間、自分が次に何をすべきかすぐに分かった。彼女はタブレットパソコンを机に置き、従順に晋太郎の前に来た。立ち止まった途端に、男
「中はどうしたの?」と入江紀美子は入り口で眺めている女性同僚に尋ねた。声をかけられた女性同僚は振り返った。「入江さん。あの応募に来た女の人ね、人の作品をパクッて面接しに来たのがバレて、チーフがそのまま彼女の面接資格を取り消そうとしたんだけどね、あの女が逆切れして、今事務所で暴れてるのよ」「分かったわ」ことの前後を聞いた紀美子は人事部の事務所に入った。チーフが一人の女性と激しく言い争っている。女性の顔立ちはなかなかきれいなものだが、露出度の高いかっこうをしていた。「入江さん、ちょっと助けて、この狛村静恵さんが、人のデザイン作品を盗用して面接に来たのに、バレたら逆切れしたのよ」チーフが紀美子を見て、助けを求めてきた。「話は聞きました。もう帰ってください。MKは不誠実な人は永遠に採用しない主義です」紀美子は狛村をはっきりと断った。「関係ないでしょ誰よ、あんた。私にそんな口調で喋るなんて!あなたが不採用と判断する資格あるとでも?この会社はあなたのもの?」「私が誰なのかはあなたに関係ありません。あなたに覚えてもらいたいのは、私がこの会社にいる限り、あなたのような小賢しいまねをして入社しようとする人は、永遠に採用しないということです」紀美子は言った。「大口を叩くじゃない」女はあざ笑いをした。「覚えておきなさい!将来私がMKに入社したら、絶対にあなたに跪いて謝ってもらうから!」「そんな日がくるといいわね!」紀美子はそういうと、チーフに向かって「警備を呼んで。この狛村さんに出て行って貰うわ!」と言い放った。……夜。MKで返り討ちを喰らった静恵は電話をしながらバーに入った。「安心して、私は絶対になんとかしてあの会社に入るから」静恵は低い声で電話の向こうに言った。そして、彼女は電話を切り、カウンターに座りバーテンダーに酒を一杯注文した。この時、一つの大きな体が彼女の隣に座り込んできた。「静恵ちゃん!」静恵は振り返って隣に来た男の顔を見た。彼は彼女がこの前酒場で知り合った飲み仲間、八瀬大樹だ。男の見た目はブサイクの部類に入るものだった。しかし彼は裏表社会においてそれなりの背景を持っているらしく、静恵は彼と何回か夜を過ごしていた。彼女は少し驚いて、「大樹さん?帰ってきたの??」大樹は力を入
翌日、ジャルダン・デ・ヴァグ。ここは森川晋太郎の個人宅だ。時間は朝六時半頃だが、入江紀美子は既に起床して晋太郎に朝食を用意していた。彼女が晋太郎の愛人になった日から、ここに引っ越してきた。それからは晋太郎の生活は彼女一人で世話をするようになった。彼女は晋太郎の秘書、愛人、そして使用人でもあった。男が起床した頃、朝食は既にテーブルの上に並んでいた。晋太郎がネクタイを締めながら階段を降りてくるのをみて、紀美子はすぐ出迎えにいった。「私が締めて差し上げます、社長」晋太郎は手の動きを止め、紀美子がネクタイを手に取り丁寧に結び始めた。紀美子は背が低くない。170センチはある。しかし晋太郎の前ではせいぜい彼の胸の高さだ。晋太郎は目を逸らし、紀美子の体が発する香りを嗅いだ。理由もなく、彼の体内には欲の火が灯された。「社長、できました…」紀美子が頭を上げた途端、後頭部が男の大きな手に押えられた。彼の舌はミントの香りを帯びて蛇のように彼女の唇の間に侵入してきた。別荘の中には急に曖昧な雰囲気が漂った。二時間後。黒色のメルセデス・マイバッハがMKビルの前に停まった。運転手は恭順に車を降り、ドアを開けた。数秒後、晋太郎は長い脚を動かし車から降りた。オーダーメイドの黒いコートは彼の落ち着いた気質を限界まで引き出していた。その強烈なオーラはまるで神の如く、周りの人はそのプレッシャーで逃げ出したくなるほどだ。晋太郎は細長い指でネクタイを緩めながら、手に持っている資料を隣の紀美子に渡した。一瞬、奥行きの深い眼差しが少しだけ留まった。晋太郎は紀美子の少し腫れた唇を長く見つめた。そしていきなり手を上げ、厚みのある指腹で彼女の口元を軽く擦った。「口紅が少しはみ出ている」言いながら彼は親指ではみ出た口紅を拭きとった。温もりのある微かな触感は紀美子の瞳を強く震わせた。一瞬、彼女は朝彼にソファに押えられ必死に行為を求められたシーンを思い出した。晋太郎の眼底に映っている自分のとり乱れた姿をみて、紀美子は慌てて気持ちを整理した。彼女は頭を下げ、「ご注意、ありがとうございます」心臓がどんなに強く鼓動をしていても、彼女の声は落ち着いていた。晋太郎は手を引き、口元を軽く上げ、
「お前、俺の携帯を取り上げたな?」森川次郎は怒りを帯びた声で聞いた。「そうだ!」小原は認めた。「返してくれ!」次郎は小原に叫んだ。「あれは俺のモノだ!」しかし小原は全く動じなかった。「晋様に、あんたと外界との連絡を断つように命令された!」「あいつは何故こんなことをする?」次郎は激怒した。「父に連絡したい。晋の野郎を呼んでこい!」「悪いが、貞則様は既に警察に連れていかれた!」「何だと?」「貞則様は殺人の疑いで、警察に連行された!」小原はもう一度言った。殺人?警察?次郎の頭の中は真っ白になった。そんなのありえない!「それは晋太郎の陰謀だ!あいつが俺の父を陥れたに違いない!」「畜生が、こんなことまでやらかしてくれたとは!やはりあのビッチが産んだ雑種だ!」小原は次郎の言葉に苛立ちを示した。「貞則様が捕まったのは20年前の殺人事件のことでだ!そして最近、執事を殺した。全て自業自得だ。晋様とは関係ない」そう言ったそばから、小原はいきなり次郎に顔を殴られた。彼の顔にはもはや昔の優雅の欠片も残らず、あるのは獰猛な表情だけだった。「黙れ!お前は晋太郎の犬だ、当然彼の味方をしやがる!晋太郎を呼んで来い!」「晋様の指示がない限り、どんな要求でも答えられん!」小原はあごに手を当てながら言った。夜10時。紀美子がお風呂上りに休もうとした頃、晋太郎の携帯が鳴り出した。ボディーガードからの電話だった。「晋様、次郎様がどうしてもお会いしたいと。小原があなたがあなたの指示を貫き、次郎様に花びんで殴られてしまいました」「小原は今どうなっている?」「傷口を処理してもらっています。他のボディーガードが代わりに入ってきました」「彼達に伝えろ、もし次郎のヤツがまた手を出したら、殴り返してもいい!殺さない程度で仕付けろ」晋太郎は冷たい声で指示した。「はい、晋様!」晋太郎が電話を切ると、紀美子は口を開いた。「どうしたの?」「ちょっとしたトラブルだ、もう寝よう」晋太郎は紀美子の体を引き寄せて言った。彼の様子をみて、紀美子もそれ以上詮索しなかった。早朝、帝都病院にて。塚原悟は執務室から出てきた。素朴な服を着た渡辺瑠美が、一定の距離を保ちなが
入江紀美子からすれば、田中晴は頭を冷やす為に大雨を浴びる必要があった。晴は随分とあっけにとられてから、我に返った。「紀美子、電話するから携帯を貸してくれないか?」紀美子は断った。「あんたが決心がつくまで、彼女に連絡しない方がいい。それに、今の佳世子の状況では、あんたが彼女を受け入れられるかどうかもわからない。しっかりと考えて。あんたは全てをおいて彼女と共に病気と戦う気はある?これも佳世子があんたを置いて行った原因、彼女はあんたに病気が移るじゃないかと心配している。あんた時々本当に人をがっかりさせるから」晴は泣きながら紀美子に乞った。「頼む、彼女が今どこにいて、どうなってるのかを先に教えてくれないか?」「教えられない」紀美子は再度断った。「ここで私に乞うより、一度帰ってよく考えた方がいいわ。佳世子の病気は決して自らかかったものじゃない。あれは陰謀よ。あんた達が一緒にいた頃、彼女が誰と接触していたかを思い出して!」そう言って、紀美子は振り返らずに別荘に入った。晴は一人庭で雨に打たれながら号泣していた。こんな時は、誰も彼を助けることはできない。理性だけが、彼に全てをはっきりとさせてくれる!紀美子が家に戻った頃、森川晋太郎は既に書斎から出てきていた。2階には濃厚なタバコの匂いが漂っていた。紀美子は軽く息を抑えながら、寝室に入った。シャワールームから水が流れる音がして、彼女はソファに腰を掛け晋太郎が出てくるのを待った。30分後、彼はバスタオルを巻いてドアを開いた。しかし中は水気が全く無かった。「冷水でシャワーを浴びてたの?」紀美子は驚いて尋ねた。「ああ」晋太郎は唇を微かに動かして答えた。紀美子は眉を寄せながら慌ててバスローブを手にした。バスローブを彼に羽織りながら、紀美子は彼に注意した。「まだ早春だから寒いし、こんなことをしていたら体がもたなくなるわ!」「構わん。廊下はタバコの匂いで臭いだろう。我慢できず吸ったんだ」晋太郎はバスローブを着ながら言った。「ストレスの発散になれば、別にいいわ。ところで、さっき晴が来てた」「何をしに?」晋太郎は眉を寄せながら尋ねた。「てっきり君は子供達の所にいたと思った」「彼は佳世子のこ
入江紀美子は一瞬戸惑った。もう田中晴にバレたのか?彼女は思わず書斎の方を眺めた。森川晋太郎は知っているし、いずれ晴にバレるだろうね。「うん」紀美子は返事した。「会って話さない?」晴は尋ねた。「いいわ、今どこ?」「別荘の外にいる」紀美子は窓越しに外を眺めた。こんな大雨が降っているというのに、晴が来たのか?「分かった、今降りてくる!」紀美子は果物を横に置き、階段を降りていった。別荘から出ると、晴が大雨の中で突っ立っていた。彼は既に全身がびしょびしょに濡れていた。前回会ってからたった2、3日しか経っていないのに、彼はもういつもの羽振りがなくなり、随分と廃れていた。早春の雨は格別に冷たかった。彼が一体どれほどそこに立っていたのか、紀美子は想像もつかなかった。彼女は傘を開き、大股で晴の傍に来て、彼に傘をさした。「雨がひどいし、まず別荘に入ってから話そう!」「紀美子、佳世子はエイズにかかった、そうだろ?」晴は酷く充血した目を上げて尋ねた。「うん」紀美子は思わず傘を握りしめた。「彼女は外で不倫をして病気にかかったのか?」晴は冷たい声で尋ねた。紀美子の表情は心配から険しいものに変わった。「自分の妻をそんなふうに疑うの?」「ならば教えてくれ、何故彼女はあんな病気にかかったんだよ!」晴は震えた声で叫んだ。彼の顔には液体の粒が満ちており、雨なのか、それとも涙なのかは弁別できなかった。「私も彼女がなぜあんな病気にかかったかは分からない。でもね、晴、佳世子がどんな人なのか、分からない?」「不倫していないのなら、何故教えてくれないんだ?」晴は悲しみと怒りを抑えながら尋ねた。「あんたは佳世子のことをどう見てるの?あんたが始めて彼女とセックスした人じゃない。彼女が処女だと分かっているはず!」「それがどうした?」晴の目がますます充血してきた。「彼女が酒が飲みたくてよくバーに行ってたのも事実!」「バーによく行ってたからって軽い女だと決めつけるの?」紀美子も頭にきた。「なぜあんたは自分の考え方で彼女のことを定義しようとしてんの?」「もし違うなら、なぜ教えてくれないんだ?なぜだ?」晴は激怒して叫んだ。今回、紀美子ははっきりと彼の目か
森川貞則は口元から血が出るまで殴られた。入江紀美子は拳を握ったまま、貞則の言葉が悪魔の囁きのように彼女の頭の中で響いていた。森川晋太郎は次郎と同じく彼の息子なのに。まさか貞則がこれほどまで腐っていたとは!白芷さんは彼の中でそんなに下賤な存在なのか?笑いながら彼女のことを次郎のおもちゃと言うほど?この時、外から数名の警察が入ってきた。彼達は激怒している晋太郎を抑え、貞則を連れていった。紀美子は晋太郎を見た。彼の俊美な顔にはこれまで見たことのない苦しみが浮かんでいた。その真っ赤な両目は、恨みと殺意で満ちていた。彼女は彼を抱きしめ、彼に永遠に彼の傍にいると言おうとした。しかし彼女の両足にはまるで鎖で縛られたかのように、一歩も動けなかった。彼女には身をもって彼の苦しみを感じることができないのに、どうやって彼を慰めるべきだろうか?警察署から出ても、晋太郎はずっと黙っていた。藤河別荘に戻ってから、彼は自分を紀美子の書斎に閉じ込もり、紀美子すらも入れさせなかった。子供達は紀美子の所に、晋太郎の状況を聞きに来た。入江ゆみは紀美子の膝に上り、柔らかい声で尋ねた。「お母さん、お父さんはどうしたの?」紀美子は複雑な気持ちでゆみの顔を撫でながら答えた。「お父さんはちょっと悩み事があるの。だから、そっとしてあげよう、ね?」入江佑樹も眉を寄せながら尋ねた。「何か良くないことがあったのか?」「警察署に行ってきたんじゃないの?」森川念江も尋ねた。「お爺ちゃんが何かお父さんを怒らせることを言ったの?」紀美子は汚らわしい話を子供にしたくなかった。「警察署に行ってて、ちょっとした揉め事もあったけど、お母さんはあまり詳しく説明してあげられないの」紀美子はそうやって丁寧に答えるしかなかった。「私達今できるのは、お父さんが落ち着いて書斎から出てきたら、優しくしてあげること、いい?」「彼にも思い詰ることがあるんだ」佑樹は言った。「お父さんだって、アイアンマンではなく人間だもん!」ゆみは兄を睨んで言った。「その……アイアンマンだって中身は人間だ」念江が妹に注意した。「ゆみ、念江も君の無知さに呆れてるぞ」佑樹も笑って妹にツッコミを入れた。「もう、お兄ちゃんうるさい!
「お前は次郎に何をしようとしている?」森川貞則は目を大きく開いた。「雑種が!何をしようとしているんだ!」「俺は気が短いから、1分間だけ待ってやる。あまり俺を待たせすぎると、あいつがどうなるか知らんぞ?」そう言うと、森川晋太郎の携帯画面には、小原が設置したカウントダウンが映された。時間が一刻一刻と過ぎていき、貞則の額には汗が滲んできた。彼は歯を食いしばった。晋太郎が次郎に手を出せない方に賭けているようだ。残りの時間が10秒を切ると、小原は拳銃を出して森川次郎の頭を狙い定めた。それを見た貞則は身体を激しく震わせた。「やめろ!何でも教えてやる!銃を降ろさせろ!早く!」「小原」「はい、晋様!」小原は銃を下ろした。貞則の表情が急に緩み、落ち着いた。彼は視線を再び入江紀美子に向けた。「当時、俺は君の父親ととあるランドマークの開発権を競争していた。他に2社の社長も参加していた。俺は他の2人に沢山の賄賂を渡して、彼らに手を引いてもらった。しかし君の父親だけはどうしようもなかった。俺がいくら働きかけても、全然動じなかった!それどころか、色んな場面で俺の妨げとなった!全く融通が利かなかった!俺が殺したと言えるか?俺を敵に回すなど、彼が無謀だったんだ。」貞則の説明を聞き、紀美子は震えが止まらなかった。「それだけの原因で、うちの父を殺した、と?」紀美子は感情をむき出しにした。「それでも人間のやることか?」「たとえ俺がやらなくても、彼はいずれ誰かに殺されていただろう」貞則は蔑んで言った。「帝都をどんな町だと思ってやがる?ここはジャングル、弱肉強食の世界だ!まだその屍を拾えただけでラッキーだと思え!」紀美子はここまで恥知らずの人に会うのは初めてだった。自分が人を殺したのに、まるで正義の味方かのような言い方をしている。彼女は貞則の屁理屈に呆れ、平手打ちをしようとした時、晋太郎に止められた。「あんたは、紀美子の父がその土地を手に入れ、自分が彼に負けるのを恐れていただけだ!」晋太郎はあざ笑いをしながら言い続けた。「あんたはそんな卑劣な手段を使うこと以外、何も出来なかったんだ!違うか?」「俺は、自分が間違ったと思わん!人は金や権力の為に生きるものだ。感
森川貞則は晋太郎の話を聞かず、怒鳴り続けた。「またその下賤な女を連れてくるなんて、俺に恥をかかせるつもりか?早く弁護士を雇ってこんか!俺の冤罪を証明してくれ!そこに突っ立ってて死にたいのか?」「下賤な女」という言葉を聞き、晋太郎は一瞬で険しい顔になった。彼は貞則の前に来て、いきなり彼の襟を掴んだ。「これ以上紀美子のことをそんな風に呼んで、ムショの中でどうなっても知らんぞ!」自分の息子に襟を掴まれた貞則は、顔が真っ赤になった。「俺は何もやっておらん、何故ムショに入れられるんだ?愚か者め。簡単にあんな噂を信じてどうする?」「噂、だと?」晋太郎はさらに一歩貞則に近づいた。「俺がこの耳で聞いたのだ。ただの噂じゃない!」晋太郎の話を聞き、貞則急に悟った。「お前だったのか?俺の書斎に盗聴器をつけたのは!ありえん!ありえないぞ!あんな厳重なセキュリティを突破して侵入してくるなんてありえない!」その話を聞いた紀美子が驚いて晋太郎を見た。彼女は晋太郎が口を滑って子供達のことを言い出すのではないかと心配した。貞則はこの先、刑務所に入れられるのは決まっているが、事前に手を打たなければならない!彼女はどう晋太郎に注意するかを考えているうちに、晋太郎は口を開いた。「あんなザルみたいなセキュリティ、俺が突破できないとでも思ってんのか?大した自信だな。MKにはトップレベルのハッカーが何人いると思う?奴らに突破できないセキュリティなど、存在しない!」紀美子は杞憂だと分かって、ほっとした。晋太郎の頭脳は極めて賢く、子供達のことを漏らす可能性はなかった。貞則の顔は真っ青になり、目線を少し離れた所にいる紀美子に落とした。「ははっ!」貞則はいきなり大声で笑い出した。「お前、とんだ恋愛脳だな。たった一人の女の為に自分の父を刑務所に送るなんて!よその人達にどう見られるか、考えたことあるのか?そんなことをしたら天罰に当たる!冷血なやつめ。お前が殺されるのを待ちきれん!」この世の中で一番最悪な言葉は、親から子供への呪いであろう。紀美子は晋太郎を連れて帰ろうとしたが、彼にはまだまだ聞きたい話が沢山あると分かっていた。晋太郎は貞則の襟を離し、背を伸ばして彼を見下ろした。「そんなこと言って、次郎のヤツのこ
杉浦佳世子のメッセージを読むと、入江紀美子は悲しくて仕方なかった。森川晋太郎は、一目でそのメッセージが見えた。彼がそれについて聞こうとすると、自分の携帯も鳴った。同じく佳世子からのメッセージだった。退職届だ。下までワイプすると、編集された文書もあった。「森川社長、今までお世話になりました。私の今の状態では、恐らくどんな仕事もこなせませんので、辞めさせていただきます。紀美子は私の大親友ですから、彼女が悲しまないよう、あなたのすべての優しさと安全感を与えてあげてください。」晋太郎はそのメッセージを紀美子に見せた。紀美子は涙を堪えて彼を見た。「佳世子からのメッセージだ」紀美子は携帯を受け取り、メッセージを読むと、涙をこぼした。何度も涙をふき取りながら、胸が塞がれたかのように声が出なかった。「彼女は何処にいくか言ってない?」晋太郎はティッシュを渡した。何を言っても無駄だと分かっていながら、紀美子に尋ねた。「分からないわ。教えてくれなかった」紀美子は首を振って答えた。晋太郎は黙り込んだ。このことは佳世子だけではなく、田中晴にとっても致命的な打撃であった。一番愛している人が、静かに姿を消すなんて、彼はその痛みを誰よりも分かっている。午後6時。晋太郎と紀美子は子供達を藤河別荘に送り返した。別荘から出てきて、晋太郎は杉本肇に警察署に行くように指示した。紀美子は晋太郎が自分を彼の父である貞則に合わせようとしているのが分かっていたが、若干抵抗があった。あんな人、会うたびに吐き気がする。紀美子がどう断ろうかと考えているうちに、肇は晋太郎に向って口を開いた。「晋様、ちょっとお話がありますが、よろしいですか?」晋太郎は暫く考えてから、紀美子に言った。「車の中で待っててくれ」紀美子は頷き、車のドアを閉めた。晋太郎と肇は少し離れた所に行った。「晋様、塚原先生のプロフィールを入手しました」「それで?」「彼は孤児で、幼い頃に母を亡くされ、色んな人の援助を受け育ったようです。彼の故郷は納多海ですが、その当時の隣人に話を伺うと、彼は幼い頃から物分かりが良く向上心があったとのことです」「彼の父親の手掛かりは?」晋太郎は暫く考えてから尋ねた。「おかしいの
「えっ?どんなニュース?」入江紀美子は冗談を飛ばした。「紀美子、兄さんが君のことが分からない嘘を見抜かないとでも思ってるのか?MKのニュースがこんなに轟いて拡散されているのに、君がは知らないワケがないだろ?」渡辺翔太は笑って言った。「はいはい、見たわよ。森川貞則が連れていかれたんだねわね」紀美子は笑いを禁じ得なかった我慢できなかった。「その反応、あんまり嬉しくないみたいけど?」翔太は尋ねた。「どんな気分でそれを受け止めればいいるか分からないの」紀美子はため息をついた。「お兄ちゃん。、私は実の両親のことを覚えていないから、実はあまり彼達に特別な感情を抱いていない。貞則にを法律の裁きを受けさせるのも、両親の実の娘としてそうしなければならないからだったけど……だ」翔太は暫く黙った。「分かってる。そう聞くべきじゃなかったかも聞き方が悪かったな」「お兄ちゃん。嬉しくなるのはいのは、あなたやおじ様とおば様のほうじゃない?」「そう言えば、彼達とはしばらく随分の間連絡を取っていないよな?」翔太は尋ねた。「今回の事件を解決したのは晋太郎のお陰お蔭だ。、君たちも仲直りしたし、皆で一緒に飯でも食べようるべきだ」「いいわ、あなたが時間を決めて」「じゃあ、土曜日にしよう。子供達もつれてきて」「分かった」夕方。紀美子がは子供達を迎えに出かけようとして、会社を出るとたら、見なられたメルセデスマイバッハが入り口に停まって止めていた。彼女が車に向って歩くと、運転席の手をしていた杉本肇も降りてきた。「入江さん、晋様もが一緒に子供達を迎えにいくそうですきます」一緒に行く?そんな簡単なことではないと、紀美子は思った。森川晋太郎がいきなり現れたのは、きっと何か緊急なことがあったからだ。紀美子は車に乗り込むとみ、晋太郎は目を瞑って休んでいた。「他にやりたいことが何か言いたいことがああるんじゃない?」紀美子は尋ねた。晋太郎はゆっくりと目を開き、彼女を見た。「女の勘ってやつか?」「他の人女の勘かは知らないけど、私の勘はなかなか当たるわ」紀美子は微笑んで答えた。晋太郎は紀美子の手を繋ぎ、彼女を懐に引き寄せた。「どうやら君は、俺今日の計画にあまり関心してい
森川貞則が出て暫く経ってから、一人のボディーガードが慌てて走ってきた。もともと機嫌が悪い貞則は、ボディーガードのその挙動を見て、怒りを更に燃え上がらせた。「やかましい!」「貞則様、大変です!外に沢山の警察が集まっています!」「何だと?」「警察が、沢山来ています!」警察が来た?貞則は一瞬で険しい顔になった。ボディーガードに時間を稼げと指示しようとすると、警察は既に玄関から彼の所に向ってきていた。貞則はすぐ心の中の戸惑いを抑え、落ち着いた様子で警察を見た。警察は彼の前に来て、警察手帳を見せながら言った。「どうも、刑事事件捜査課の伊野木将一です。通報を受けたため、殺人の疑いで、署まで同行を願う」貞則の態度は冷え切っていた。「証拠がないなら、同行を断る!」「森川元理事長、我々がここにいるのは、十分な証拠を掴んでいるということです。20年前の殺人事件、及び前日貴宅で起きた執事殺害事件について、調査のご協力を願いたい」貞則の顔は曇った。その2件、極めて隠密に実行したのに、何故警察にバレたのだろうか?相手が答えないのを見て、将一は携帯を出して録音を再生した。録音を聞いた貞則は、思わず身が震え、目を大きく開いた。それは間違いなく自分の声だ!書斎での会話だった。書斎……誰かに侵入されていたのかと、貞則は横目で書斎の方を眺めた。「申し訳ないが、同行を願う!」警察はさらに強い態度で同行を求めた。貞則の表情は幾度と入れ替わり、暫く沈黙すると、無力感をあらわにした。やはり、世の中には漏れない秘密など存在しない。執事が連れていかれた時から、今の状況への準備を取るべきだった。貞則は警察について行った。狛村静恵は、外の騒ぎを聞いて動揺したが、やはり部屋から出られなかった。なぜなら、岡田翔馬がまだ捕まっていないからだ。彼女は今、じっとしていなければならなかった。でないと、自分の命も危うくなる!MKの記者会見は、入江紀美子も生中継で見ていた。その頃、貞則が会社を追い出されたニュースは、既にネット中に拡散されていた。紀美子は暫く、晋太郎がそうした理由が分からなかった。しかし、すぐにもう一通のトレンドが上がってきた。「驚き!MKグループ元理事長・森川貞則氏が、