晋太郎はその淡麗な顔立ちに冷ややかな表情を浮かべ、低い声で命じた。「連れて行け」「はい!」小原は即座に答えた。次郎は叫んだ。「晋太郎、この野郎、俺をどこへ連れて行くんだ?!お前、俺を放せ!父さんが出てきたら、お前は膝をついて俺に謝ることになるぞ!!」晋太郎は足を止め、次郎を冷徹な目で見つめながら言った。「お前、まだその時が来ると思っているのか?」次郎は一瞬、言葉を失った。「どういう意味だ?!まさか、本当に父さんを刑務所に入れるつもりか?!晋太郎、お前は良心をどこにやったんだ?!お前、心があるのか?」「お前が俺に良心を語る資格があるのか?」晋太郎は冷ややかに笑いながら言った。「焦るな。すぐに俺が言っている意味がわかるだろう」30分後。晋太郎は次郎を連れて警察署に到着した。ある警官に案内され、晋太郎と次郎は手錠をかけられた貞則と対面した。貞則を見た瞬間、次郎は小原を押しのけ、ふらつきながら前に進んだ。「父さん!」貞則はぼんやりと次郎を見つめた。次郎の体に巻かれた包帯を見た瞬間、貞則の瞳孔が縮んだ。彼は思わず前に駆け出そうとしたが、警官に押さえつけられた。「1025、騒ぐな!」貞則は顔を真っ青にし、怒りを必死にこらえながら次郎を見つめた。しばらく見つめた後、貞則の目には深い悲しみが浮かんだ。テーブルに着かされ、次郎と向き合って座ると、ようやく言った。「次郎、その怪我、どうしたんだ?」次郎は急に頭を回転させ、晋太郎を睨みつけながら叫んだ。「あいつだ!あのクズ野郎だ!あいつがボディガードに命じて俺を殴らせたんだ!」貞則は晋太郎に視線を向けた。晋太郎は背筋を伸ばして、二人のやり取りを静かに見守っていた。彼は眼底に嘲笑を浮かべ、貞則と視線を交わした。その眼差しに含まれる軽蔑が、貞則を怒りに震わせた。貞則は拳を固く握りしめた。「お前、どうして約束を破ったんだ!忘れたのか?」晋太郎は冷たく言い放った。「俺が約束したこと?お前、聞き間違えたんじゃないか。俺は『彼に生きるチャンスを考える』と言っただけだ」「父さん!」次郎は貞則に呼びかけた。「お父さん、こいつの言うことを信じないで!こいつは絶対に俺を許さない!こいつ
貞則は次郎を驚いた目で見つめた。最愛の息子がこんな言葉を口にするとは思ってもみなかった。彼は口を開け、何かを言おうとしたが、次郎はさらに続けた。「最初から、あのクソ女を家に連れて来るべきじゃなかった!あの日から、父さんがやったことはすべて間違いだった!あの女を家に連れてきたせいで、晋太郎のようなクズがこの世に生まれたんだ!」貞則は目の前が真っ暗になった。次郎は何を言っているのか?まさか、自分にこんな無礼なことを言うなんて!貞則は体が震え、息が荒くなり始めた。「次郎、お前……お前!」次郎は急に立ち上がり、冷たい目で貞則を見つめた。「最初は、父さんを使って晋太郎を苦しめようと思ったけど、今じゃもう父さんは役に立たない!こんな父親、本当に気持ち悪い!」次郎の言葉は一言一句、貞則の胸に鋭く突き刺さった。貞則は目を見開いて次郎を見つめたまま、顔色は次第に青ざめていった。一瞬のうちに、貞則は呼吸が不自然になり、倒れ込んだ。警官は驚き、すぐに外に叫んだ。「犯人が倒れた!早く医者を呼べ!!」次郎は倒れた貞則を見下ろしたが、目の底には一切の感情がなかった。晋太郎は目を細めた。次郎がこんなことをするとは思ってもみなかった。しばらくして、晋太郎は運ばれていく貞則を見つめた。滑稽という文字が、彼の表情に浮かんでいた。貞則が最も大切にしていた息子が、自分が危機に面している時に彼と縁を切りたがった。この打撃は、かなりのものだろう。晋太郎は肇に目を向けた。「次郎を郊外に連れて行け。俺の命令がない限り、彼を外に出させるな」彼は次郎に、自分の母親が受けたすべての苦しみを体験させてやりたかった。肇は晋太郎の言う場所がどこか分かっていた。郊外の田舎に近い場所には、別荘があり、その下には暗室がある。言うなれば、その暗室は次郎のために用意された場所だった。今、ようやくその出番が来た。肇は頷いた。「わかりました、晋様」次郎は連れて行かれ、晋太郎は一人で墓地へ向かった。その途中、彼は紀美子から電話を受け取った。晋太郎は電話を取ると、かすれた声で言った。「紀美子」「忙しい?もし忙しいなら、後でかけなおして」「忙しくない」晋太郎は腕をハンドルに乗せて言っ
夕方。晋太郎は家に到着した。紀美子と子供たちを迎えに行った後、彼らは一緒に帝都ホテルに向かった。30分後、ホテルの入り口に到着した。晋太郎はゆみを抱え、紀美子は佑樹と念江の手を引きエレベーターで上の個室に向かった。裕也夫婦と瑠美はすでに部屋で待っていた。紀美子と晋太郎が子供たちを連れて入ってくるのを見た裕也夫婦は、嬉しそうに立ち上がり、迎えに行った。「やっと来たね、紀美子、晋太郎、子供たち。早くおばさんに抱っこさせて」真由は子供たちを見て、嬉しそうに顔をほころばせた。「おばさん、おじさん」そして紀美子は子供たちに言った。「みんな、おじいちゃんとおばあちゃん呼ばないと」三人の子供たちは素直にそれに従った。真由は喜んで彼らの手を引いて、一緒におもちゃを開けに行った。裕也は晋太郎を見て、手を差し出して言った。「森川社長、お久しぶりです」晋太郎は礼儀正しく握手を返した。「そんなに堅苦しくしなくていい。名前で呼んで」裕也はにっこり笑い、後ろに座っている瑠美を見て言った。「瑠美、晋太郎に挨拶に来なさい」突然名前を呼ばれると、瑠美は元々少し赤かった顔がさらに真っ赤になった。彼女は恥ずかしそうに立ち上がり、晋太郎をこっそり見た。それから硬直した体で、晋太郎と紀美子の前に歩み寄った。瑠美はうつむきながら、か細い声で呼んだ。「晋太郎兄さん」その後、彼女は頭を上げ、少し不安そうに紀美子を見て言った。「ね、姉さん」紀美子は少し驚いた。あの瑠美が、今日は自分から挨拶してきた。瑠美の口調は、晋太郎に対してのそれとは明らかに違ったが、紀美子は嬉しかった。少なくとも、以前のように「クソ女」なんて言うことはなかった。「瑠美、兄さんはまだ来てないの?」紀美子は微笑みながらうなずいて聞いた。「たぶんまだ道中だと思う。最近、会社が忙しいから」瑠美は答えた。「分かった」紀美子は頷き、裕也と晋太郎の静かな様子を見て言った。「座りましょうか?」晋太郎は軽く頷き、裕也とともにお互いに座るように勧めた。瑠美は紀美子がまだ移動していない間に、低い声で言った。「あなたのどこがいいのか分からないわ。どうして晋太郎兄さんみたいな優秀な人が、あなたみたいな人を選ん
瑠美は、真由に何も言い返せなかった。彼女は名門大学を卒業しているわけでもなく、紀美子のようにお金を稼げるわけでもなかった。海外に行く前は、いつも汚い言葉を口にしていた。こうして比較してみると、瑠美は突然、自分が紀美子について何か言う資格がないように感じた。でも、心の中の不服な気持ちは消えず、紀美子を見るたびに嫌な気持ちが湧き上がった。真由は瑠美の手を取って言った。「瑠美、誰にでも欠点と長所があるのよ。あなたの姉さんも例外ではない。でも、私たちは他人の欠点ではなく、その人から学べる長所を見るべきだよ。あなたはずっと私たちの庇護の下で育ったけど、紀美子は小さい頃から外で苦労してきた。それでも彼女は、自分が何をすべきか、何をやらなければならないかをしっかりわかっている。それは非常に貴重なことだよ」「彼女がわかっているって?」瑠美は鼻で笑った。「わかっているなら、なぜお金のために晋太郎兄さんのベッドに上がるの?」真由は眉をひそめて言った。「瑠美、あなたならどうする?紀美子の立場になって考えたことがある?」瑠美は驚いた。この件について、彼女は確かに、同じように紀美子の立場に立って考えることはしてこなかった。もし渡辺家が困難に直面していたら、自分は家を支えることができるのだろうか?しばらくの沈黙の後、瑠美の心には少し罪悪感が湧き上がった。もしかしたら、紀美子が晋太郎兄さんと一緒にいるから、彼女に対して過剰な敵意を持っていたのかもしれない。瑠美は唇を噛んで言った。「わかったわ、母さん。これからはできるだけ彼女にひどいことをしないようにするわ」真由は、すぐに瑠美が考えを変えることができるとは思っていなかった。だから、無理に強制することはしなかった。「いいわ。わかったなら、それで十分よ。家族なんだから、仲良くしなきゃ」その言葉が終わると、部屋の扉が開き、翔太が登場した。子どもたちは翔太を見ると、すぐさま声をそろえて叫んだ。「おじさん!」ゆみはすぐに走り出して、翔太のところへ向かった。彼女は翔太の脚を抱きしめて、顔をすり寄せた。「おじさんにすごく会いたかったよ」「ゆみはこういう言葉でおじさんを喜ばせるのが上手だね」翔太は優しくゆみを抱き上げて言った。ゆ
瑠美は緊張して喉を鳴らし硬直したまま、どうすべきか分からなかった。翔太は優雅に微笑みながら言った。「瑠美、手を早くつないであげないと、ゆみの手が疲れちゃうぞ」「つなぐ!」瑠美は急いでゆみの手を取った。その瞬間、瑠美の目が輝いた。「つないだ!!」ゆみは勢いよく瑠美に飛びつき、甘えた声で言った。「おばさん、抱っこして!」瑠美は慌てて手を伸ばして、飛び込んできたゆみを抱きしめた。抱きしめた瞬間、瑠美の心臓はバクバクと高鳴った。びっくりした!反応が遅れて受け止められず、ゆみが転んで怪我したらどうしようと焦った。「わあ!」ゆみは瑠美の体に顔を寄せて深く息を吸い込んだ。「おばさん、いい匂いがする!」瑠美は胸がときめき、ゆみをしっかり抱きしめて言った。「ありがとう、ゆみ。嬉しいよ」「はいはい、みんな座って!」真由は笑顔でみんなに座るように促した。食事を終えた後、裕也と翔太は目を合わせ、そして晋太郎を見て尋ねた。「晋太郎、君と紀美子が仲直りしたのはいいけど、これからどうするつもりだ?」晋太郎はこの食事会がただの食事会ではないことを最初から予想していた。だから、裕也の言葉にはどのように答えるべきか分かっていた。「できるだけ早く紀美子と結婚したいと思っている。ただし、紀美子の意向次第だが」晋太郎は興味深そうに紀美子を見つめた。紀美子は少し驚いたが、顔に恥ずかしさを浮かべながら言った。「私は大丈夫……」「じゃあ、二人に問題がなければ、俺と叔母さんが良い日を選ぶから、まずは婚約をしようか」裕也は笑いながら言った。「日取りを選ぶ必要はないわ!もう暦を見ておいたの。今月の中旬が良い日よ。晋太郎、空いてる?」晋太郎は少し眉を寄せて日を計算した。「あと五日?」「そう、旧暦の三月二十八日」真由は言った。「いいよ」晋太郎は頷いて言った。「紀美子は?」真由は優しく紀美子に尋ねた。「私もいい……おじさんとおばさん、お願いね」「よし!」真由は嬉しそうに笑って言った。「婚約の日に、結婚の日も発表しましょう!」言いながら、真由は立ち上がり、横の棚から贈り物を取ってきた。「紀美子、晋太郎、これ、ちょっとしたものだけど受け取ってね」真由は
もしかしたら、晋太郎兄さんは本当に紀美子と一緒になりたいと思っているのかもしれない。それなら、自分はなぜ阻んでいるのだろうか?瑠美は自分の気持ちを押し殺し、ゆみにエビをむき続けた。食事会が終わった後。紀美子と晋太郎は子どもたちと一緒に別れを告げた。出発する前に、翔太は晋太郎の前に歩み寄り、少し真剣な口調で言った。「晋太郎、少しだけ話がある」晋太郎は頷き、紀美子に向かって言った。「子どもたちと車で待っていて」紀美子は二人を心配そうに見たが、何も聞かずに子どもたちと一緒に車に乗り込んだ。二人は少し離れた場所に歩いて行きながら、翔太は尋ねた。「悟のバックグラウンド、どれくらい調べた?」「どうして急に彼のことを?」晋太郎は彼をじっと見つめ、聞き返した。翔太は言った。「実は去年の年末から、悟の様子がちょっとおかしいと思っていたんだ。何がおかしいのかははっきり言えないけど、この間、瑠美に彼を少し尾行させた」そう言って、翔太は携帯を取り出し、瑠美が送ってきた音声ファイルを次々に晋太郎に聞かせた。晋太郎は少しドイツ語が分かるため、翻訳なしでも内容を理解できた。聞き終わると、晋太郎は眉をしかめた。「最近、彼は何をしている?」「分からない」翔太は言った。「でも、瑠美によると、彼はいつも真夜中に誰かと会っているらしい」「会った場所に関する情報は?」晋太郎は尋ねた。「それは、瑠美に聞くべきだ」翔太は言った。晋太郎はすでに発車した渡辺家の車を見つめた。「明日、瑠美を連れて一度会おう。詳細は明日話そう」「分かった」翔太は頷いた。「じゃ、先に行くよ」晋太郎はその言葉を残して、振り返らずに歩き出そうとした。しかし、ほんの一歩踏み出すと、また足を止めて翔太を見て言った。「この件、紀美子には知らせていないのか?」「まだ言っていない」翔太は正直に答えた。「まだ知らせない方がいい。調査が終わってから伝えても遅くないだろう」晋太郎は低い声で言った。「俺もそのつもりだ」翔太は頷いた。「分かった」晋太郎は大股で去っていった。車の中で、紀美子は佳世子からもらったあの茶碗を思い出していた。それに加えて、頭の中には、楠子が静恵に自分の血で子
晋太郎はしばらく考え込んだ後、言った。「自分で悩むよりも、晴にこの問題を解決させた方がいい」紀美子は拳を強く握りしめた。「これは晴一人の問題じゃない!佳世子は私の友達よ!誰かが彼女を傷つけたなら、私は絶対にその人を許さない!」晋太郎は、震えている紀美子の指先をつかんで言った。「君がやりたいことがあるなら、俺も一緒にやる。ただし、どこから手をつけるのかよく考えないと」紀美子は目を伏せどうするべきか思案していると、佑樹が気だるげに口を開いた。「それって、そんなに難しいことじゃないだろ?」紀美子と晋太郎はぱっと彼の方を振り返った。念江も頷いて同意した。「佑樹の言う通りだよ。僕たちがプログラムを作って、晴おじさんに言って藍子の携帯にそれをインストールさせるだけでいい。晴おじさんにやってもらえば、チャットの内容も通話履歴も全部引っ張り出せる」紀美子と晋太郎は顔を見合わせた。晋太郎は子どもたちを称賛するように見つめた。「で、いつそのプログラムを完成させられるんだ?」「夜更かししていいなら、今夜中にでも作れるよ」佑樹は挑発的に晋太郎を見た。「だめだ!」晋太郎と紀美子は同時に拒否した。佑樹は肩をすくめた。「じゃあ、明日で」家に帰った後、紀美子と晋太郎は自分たちの部屋に入り、晋太郎は携帯を取り出して晴に電話をかけた。数秒後、晴が電話に出た。彼の声には疲れが滲んでいた。「晋太郎」「今、どこにいる?」晋太郎は眉をひそめて言った。晴は苦笑し、彼が以前佳世子と一緒に住んでいたアパートを一瞥した。「どこだと思う?佳世子の家さ」「俺が迎えに行く、出てきて少し話そう」晋太郎は言った。「話すことなんてない」晴は拒否した。「一人でいたいんだ」「分かった。じゃあ、佳世子のことも知る必要はないってことだね」晋太郎の言葉を聞くと、晴の声は少し元気を取り戻した。「佳世子?何のことだ?」「会って話す」晋太郎は腕時計を見て言った。「15分で着く」「分かった!」電話を切った後、晋太郎は紀美子に言った。「晴に会いに行ってくる」「分かった。藍子にどう近づくか、彼に考えさせてみて」晋太郎は頷き、部屋を出て行った。15分後、晋太郎は晴と待ち合わせ
晴は眉をひそめた。「積極的に出撃する?どうやって?」晋太郎は言った。「明日、念江と佑樹があるソフトウェアをUSBメモリにインストールする。お前はそれを藍子のスマホに差し込むだけで良い。全てが明らかになる」晴は言った。「……君の言いたいことは分かった。藍子に近づいて、彼女のスマホのデータを盗み取れってことだね」「その通りだ」晋太郎は言った。「そうしないと、彼女と静恵が接触しているかどうか、正確には分からない」晴はしばらく黙った後言った。「どうやってやるか考えてみるよ」「君は女性を口説くのが得意なんじゃないか?」晋太郎は笑みを浮かべた。「君の得意技を彼女に試してみればいい」晴は苦笑いしながら言った。「今はそんな気になれないよ」晋太郎は言った。「もし藍子が本当に何かしたなら、佳世子の復讐を手伝いたくないのか?」「藍子がそうなら、俺は絶対に許さない!」晴の目には怒りが宿っていた。「誰であれ、許さない!!」そう言い終わると、晴は手で自分の髪をぎゅっと掴んだ。「俺が一番辛いのは、今佳世子がどこにいるのか全く分からないことだ!」晋太郎は言った。「俺も調査を手伝うけど、一つずつ解決していこう」晴は深く息を吸って言った。「分かった、やってみるよ」翌日。佑樹と念江は朝早くからコンピュータの前でソフトウェアのインストール作業をしていた。昼頃、二人は無事にソフトウェアをUSBメモリに入れ、晋太郎に渡した。晋太郎はボディーガードにUSBメモリを晴に届けるよう指示した。昼食の時、ゆみは紀美子の隣に座り、「お母さん、おばさんは誰かに嵌められたの?」と尋ねた。紀美子は一瞬驚き、彼女を不思議そうに見つめた。「ゆみがどうしてそんなことを?!」ゆみは牛肉を口に入れながら言った。「だって昨日の夜、車の中で話してたから。最初は理解できなかったけど、後で分かったよ」「そうね」紀美子が口を開く前に、晋太郎が言った。「世の中には危険なことがたくさんあるから、ゆみは自分を守らないと」紀美子は仕方なく晋太郎に言った。「なんでそんなことを言うの?子供の世界はもっと華やかであってほしいわ」「帝都は平穏な場所じゃないんだ」晋太郎は厳しい声で言った。「まし
「大河さんからいろいろ聞いた」紀美子は優しい口調で、悟のそばに座った。「全ての恨みを捨てて、どこかでまたやり直そう」悟は大河を一瞥し、明らかに不満げな視線を向けた。「君もついて来てくれるか?」紀美子は悟の浅褐色の、澄み切った瞳を見つめた。これほどの苦難を乗り越えたとは信じ難いほどの、純粋な眼差しであった。彼には彼の事情があるが、彼女にも許せないことがあった。悟を去るように説得することは、彼女の最大の譲歩だった。「それができないのは分かっているでしょう?晋太郎は私を探すのを諦めないわ。一生ビクビクしながら生きていきたいの?」紀美子は言った。「君がそばにいてくれれば、私はどうなっても構わない」悟はそう言いながら、紀美子の手に触れようとした。しかし、紀美子はとっさに手を引っ込めた。悟の手は空中で止まり、数秒間硬直した後、静かに下ろされた。「紀美子、もうこれ以上言わなくていい。君がここに少しでも長くいてくれるだけで十分だ」悟は紀美子に言った。「そして大河、お前の気持ちは分かるが、彼女を脅す必要はない」大河は一瞬呆然とした。「しかし、社長……」「もうこれ以上言うな」悟は言った。「もう十分に話したはずだ。これ以上説明しても無駄だ。お前は大海と行け」大河は納得いかず、まだどう説得しようか考えていたその時、民宿の入り口から二人の男が入ってきた。大河はその二人の体格から、彼らは訓練を受けた者たちだとすぐに分かった。彼らは普段着を着ていたが、明らかに危険なオーラを帯びていた。大河は視線を紀美子に移し、いきなり彼女を掴んだ。その急な挙動に、紀美子も悟も反応できなかった。次の瞬間、大河は悟の目の前で、再び銃を紀美子のこめかみに突きつけた。「大河、紀美子を放せ!」悟の表情は一気に冷たくなった。「嫌です!」二人の男は足を止め、険しい表情で大河を見つめた。「社長、奴らが来ました。この女を人質にして逃げましょうよ!社長もこの女を連れていきたいでしょう?俺が無理やり連れていきます!」「大河!」悟は怒声を上げた。「お前、そんなことをして何の得がある?そう簡単に彼女を連れ去れるとでも思うのか?私は強要ではなく、彼女自身の意思でついて来てほしいんだ!」「社長!
大河は一歩ずつ紀美子に迫ってきた。「社長があいつらに手を出したのは仕方がなかったんだ!本当は社長だってそうしたくなかった!あの忌まわしい父親さえいなかったら、社長だって子供の頃からお前たちと同じように過ごせた!あいつに脅迫されなかったら、彼は一生消えない傷を負わされずに済んだんだ!」「社長が最も惨めだった頃のこと、お前は知らないだろうけど、俺はよく知っている!俺は社長の資料を調べ、昔の監視カメラの録画映像も観たからな。社長は毎日のように殴られ、ドブ川の汚水をぶっかけられるどころか豚や犬の餌を食わされそうになっていた。いかがわしい女を呼び寄せ、社長の体をボロボロになるまで弄んだこともあった!社長は一人でその時期を耐え抜いたんだ!あんなことをされたら、誰でもあいつらを恨むのは当然だ。」「確かに社長の手によって多くの人の命が失われた。だが彼は、正当な理由がなければ絶対に命を奪ったりしない!社長が、自分の医療技術でどれだけの人を救い、どれだけの家庭を助けてきたかわかってるのか?俺と外にいる運転手の大海も、社長の助けがあってここまで来られたんだ!社長は資金援助だけでなく、生きる希望を与え、病気を治し、薬を提供してくれた!あんな素晴らしい人間に、なぜ世界はこんなにも不公平なんだ?」大河が怒りに震えながら吐き出した言葉を聞いて、紀美子は完全に呆然とした。彼の話からすると、悟に関してまだまだ知らないことがたくさんあるらしい。いや、知らなかったわけではない!聞いていたとしても、自分の同情を引くための嘘だと思い込んでいたのだろう。本人が話すのと、他人から聞かされるのとでは全く印象が違う。「悟に話がしたいと伝えてくれる?できるだけ早く、彼を説得してみるから」「お前のような女、何を考えてるかわかったもんじゃない!」大河は紀美子の話を遮り、いきなり彼女の襟首をつかんだ。彼は紀美子を拘束しながら、拳銃を彼女のこめかみに突きつけた。紀美子は全身が硬直したが、それでも冷静さを保ち、交渉を続けようとした。「私を殺したら、悟があんたを許すと思う?」落ち着いて話すのは通じない。紀美子は強気に出るしかなかった。「怒られるのはわかってる。俺は殺されても構わない。社長の命さえ救えればそれでいい!」「私が死んで、彼は一人で生きようとすると思
悟の部屋を出て、大河はしばらく躊躇ってからエレベーターに乗り込んだ。三階に着くと、彼は紀美子の部屋の前へと歩み寄った。「お前一人で来たのか?社長は?」佳世子を見張っていた大海は不審そうに尋ねた。「社長に内緒で来た」そう言って、大河は殺意に満ちた視線を紀美子の部屋のドアに向けた。「お前、何をする気だ?」大河の視線に気づいた大海は尋ねた。「この女さえいなければ、社長はきっと俺たちと一緒に逃げてくれる!」大河は歯を食いしばって言った。「大海、お前は社長が命を落とすのをただ見てるつもりか?こんな女のせいでよ!」「どういう意味だ?」大河は今の状況を説明した。「どんな事情があろうと、社長の命令なしでは彼女に手を出してはならん!彼女はお前に何の恨みもないだろ!」「恨みがないだと?」大河は問い詰めた。「もし社長が本当に行かなかったら、社長の言う通りに俺達だけで逃げるのか?」大海は黙り込んだ。「いや……社長は俺の家族を六年も面倒見てくれた。この恩は命をかけても返しきれない」「だから社長を連れて逃げないと、俺たち全員がこの女のせいで殺されるんだ!」大河は警告した。「たとえそうだとしても、彼女を殺しちゃいけない。彼女は社長が最も愛した女だ。もし殺したら、社長はどうなる?」大海は依然として反対した。「時間が全てを癒やしてくれるはずだ!」大河は言い放った。「俺は、たとえ社長に恨まれ、殺されても構わない!」そう言い残すと、大河はドアを押し開け紀美子の部屋に入った。その時、背後からドアが開く音がした。二人の会話を聞いていた佳世子が、我慢できずに部屋から出てきたのだ。「部屋に戻れ!」大海は慌てて振り返り、彼女を遮った。「紀美子に手を出すなんて、許さないわよ!」佳世子は焦って横を見ながら叫んだ。「紀美子!早く逃げて!この二人があんたを殺そうとしてるわ!!紀美子!!」佳世子は身を乗り出しながら叫び続けた。部屋の中では、紀美子が驚いた様子で入ってきた男を見つめた。そして外から聞こえる佳世子の叫び声に耳を澄ませた。大河が速足で近づいてくるのを見て、紀美子はすぐに布団を蹴り飛ばし、ベッドの反対側に立った。「何をする気?」彼女は警戒しながら大河に問いかけた
「お父さん、悟の車の位置がわかった!前僕たちが泊まってたホテルだ!」晋太郎は早急に電話を切り上げ、立ち上がって佑樹の元へ駆け寄り、パソコンの画面を見た。確かに、以前宿泊していたホテルだ。「悟ってやつは本当に計算高い。父さんが監視役を引き上げた途端、そこを選んぶだなんて。父さんをバカにしてるの?それとも、父さんがそこを狙わないと踏んだのか?」「今はそんなことを言っている場合じゃない。すぐに人を送って状況を確認させる」晋太郎は美月の携帯に電話をかけた。「森川社長、何かご指示ですか?」美月はすぐに応答した。「前の民宿だ。佑樹が悟の車の場所を突き止めた」美月は佑樹がこんなに早く手がかりを見つけ出したことに驚いた。彼女は携帯を持ちながら、隣でまだコードを打ち続ける技術者たちに目をやった。こいつら、子供二人にも及ばないのね!口元を少し歪ませながら、美月は心の中でそう思った。「わかりました、すぐ偵察班を向かわせます」電話を切ると、晋太郎もテーブルの上の車の鍵を手に取った。「父さんも行くの?」佑樹が声をかけた。「母さんが悟の手中にいるんだ。ここに座っていられない」晋太郎は頷いた。「俺も行く!」晴は慌てて立ち上がり、晋太郎の側へ歩み寄った。「佳世子は抑えられてるし、俺もじっとしていられない」「分かった」晋太郎は佑樹を見た。「お前と念江はここで大人しく待っていろ。何かあったらすぐに電話しろ。ボディガードも外で待機させておく」「わかった。父さん、必ず母さんと佳世子おばさんを助けてきて!」今回の民宿への移動では、晋太郎は多数のボディガードを分散させて配置した。しかし、どれだけ慎重に行動しても、大河の監視網から逃れることはできなかった。ホテル。大河は再び悟のもとへ駆けつけた。「社長、もうここはバレています!晋太郎の手下がすでに向かってきています!」しかし、座って茶を飲んでいた悟は、大河の言葉にも大して動揺を見せなかった。「彼女が行きたがらない」声は淡々としていたが、悟の心は万本の針で刺されるように痛み苦しくなっていた。「社長!命あっての復讐です!女なんかより、自分の命の方が大事じゃないんですか!」「大河、行くならお前と大海だけで行け。もう私のことを構うな
紀美子は体を無理やりに起こそうとした。悟は手を差し伸べたが、触れる前に紀美子に冷たく払いのけられた。「触らないで!」紀美子は憎悪に満ちた目で悟を睨んだ。悟は手を引っ込め、紀美子が自力で体を起こしてベッドにもたれかかるのをただ見守った。「何度も言ったはずでしょう?馬鹿でもわかるくらいに!」「ああ、わかっている」悟は目を伏せた。「わかってるなら、なぜ何度も私を連れ去ろうとするの?」紀美子の声は次第に激しくなっていった。「あんたほど意地の悪い人間は見たことないわ!」悟は唇を噛み、深く息を吸ってから顔を上げた。「紀美子、私と一緒に来てくれないか?」「行く?」紀美子は冷笑した。「どこへ?あんたの頑固さと身勝手さで、どれだけの無実な命が奪われたか知ってる?自首して、あの世で彼らに悔い改めるべきよ!あんたが生きていると思うと、呼吸すら苦しくなってくるの!」「彼らが無実だというが、私はどうなんだ?」悟の目には苦痛が溢れていた。「私には少しの情さえないのか?他人ならともかく、私の全てを知っている君まで……少しも分かってくれないのか?」悟の言葉に、紀美子は心の底から嫌悪を感じた。「情?」紀美子は冷ややかに嘲った。「野良犬の方が同情できるわ。ましてやついてこいなんて!もし無理やり連れ去ろうとするなら、警察に通報される覚悟でいてね!」悟は体が鉛のように重くなり、突然ひどく疲弊感を感じた。「じゃあ、私にどうしてほしいんだ?」悟は力なく尋ねた。「死んでほしい!」紀美子の声は冷たく、なんの感情も見えなかった。「天国に行けないような死に方を!」「そうすれば、君は私を許してくれるのか?」悟は苦笑した。「それで許せると思う?」「君が許してくれるなら、私は何でもする!」「そう?」紀美子は嘲るように笑った。「じゃあ、私の母と初江さん、それに朔也の命を返してよ。できたら許してあげる。どうなの?」「……つまり、君の許しは得られないのか」悟の表情は完全に暗くなった。「わかってるでしょう?悟、みっともない死に方をしたくなければ、今すぐ私を帰らせなさい!」「できない」悟の声は次第に弱くなっていった。「君だけは、死ぬまで手放す気になれない」「往生際が悪
悟は唇を強く結んだ。「ほら、私が提案したって無駄でしょ?あんたの結末はもう決まってるわ」「それでも、紀美子を諦めない」悟は立ち上がった。「三日あれば、全てを整えて彼女を連れていける。たとえ手下はいなくとも、金さえあれば何とかなる!」その最後の言葉に、佳世子の背筋が凍った。悟は、三日もあれば莫大な資金で逃亡経路を確保できる!「目を覚ましてよ!あんたに紀美子を連れ出せるはずがない!」佳世子は叫んだ。「道は二つだけだろ?」悟は、そう言い残すとドアを開けて出て行った。佳世子は急いでベッドから飛び降り悟を追いかけようとしたが、屈強な男に阻まれた。力づくでは無理だと悟ると、彼女は不貞腐れてベッドに戻った。一方、別の部屋では——悟はまだ眠っている紀美子の寝室に入った。ベッドの縁に座り、悟は彼女の整った顔に見入った。彼は手を伸ばし、そっと頬に触れて髪をかきあげた。「紀美子」悟は嗄れた声で呼びかけ、目に優しい眼差しを浮かべた。「五年前と何も変わっていないな。もしもっと早くこの気持ちに気づいていたら、全てが違っていただろうか?一歩踏み出していれば、今頃君は私のものになっていただろうか?」悟は声が震え出した。「負けを認めたくないが、これが現実だ。私は全てを失ってもいい。ただ……側にいてくれないか?」涙が紀美子の手の甲に落ちたのを見て、悟は慌てて拭いた。彼女には、まだ目覚めてほしくなかった。ただ静かに傍にいてくれればいい。冷たい言葉を浴びせなければいい。そう考えると胸がさらに締め付けられ、悟は涙を堪えれなかった。彼は手を引くと、シーツを強く握りしめた。その時突然、ドアがノックされた。悟は急いで涙を拭い、深く息を吸って顔を上げた。「入れ」「社長、我々のIDが特定されました!ここは時期に探知されます!」大河が慌てた様子でタブレットを持って入ってきた。「静かに」悟は唇に指を立て、紀美子の方を見た。「起こすな」大河は眠っている紀美子、そして悟の赤い目に気づいた。「社長、なぜこんな女のために危険を冒すのですか?馬鹿げています!」「お前も愛する女ができたら、きっとこの気持ちがわかるだろう」悟は静かに言った。大河には、今逃げなければ終わりだという
「馬鹿な真似はよしてよ!」佳世子は再び激怒した。「晋太郎が逃がしてくれると思う?寝言は寝てから言って」「不可能だと分かっているからこそ、君に頼んでいるんだ」悟は静かに答えた。「何で私が親友を裏切り、あんたのような悪者を助けなきゃいけないの?私の両親の命でもかけて脅すつもりなの?バカバカしい。あんたに手を貸す人なんて、もう誰もいないわ!」佳世子の言葉に、悟は無力感を感じた。「ああ、今の私には、もう紀美子しか残っていない」声を落として彼は言った。「そんな情に訴えても無駄よ。あんたは紀美子を撃ったのよ。忘れたの?彼女は、あんたの卑劣な手口のせいで飛び降り自殺しそうにもなったよね?」「嫌だ、死んでも絶対に協力しないわ!」「こうなることは分かっていた」悟は前かがみになり、肘を膝につけてうつむいた。「私は完全に敗北した。しかしまだ生きたいんだ」「生き延びてどうすんの?あんたのような悪魔は早く地獄に落ちてくれればいいのに」佳世子は罵った。「今の私が生きる唯一の希望は、紀美子の人生を見届けることだ」悟は言った。「何それ?」佳世子は問い詰めた。「好きな人を利用して、自分の人生の心残りを埋めようとしてるの?」悟は黙り込んだ。複雑な感情が佳世子の胸をよぎった。悟は確かに悪だが、その境遇は憐れでもあった。だが、そんな感情で人を傷つける権利などない!「もしあんたにまだ良心が残ってるなら、私と紀美子を帰しなさい。あんたはもう昔の力を完全に失ったのよ。それに、紀美子の子供たちがどれほど優秀かも知ってるでしょ?ここもいつか必ず晋太郎に見つかるし、その時のあんたの末路は言うまでもないわ」「一度始めたことはもう引き返せない」悟は目を上げて断言した。「死ぬか、紀美子を連れて行くかだ」「どうしてそんな極端な考え方しかできないの?」佳世子は眉をひそめた。「私に他に道があると思うか?」悟は自嘲的に笑った。「捕まれば獄死、見つかれば殺される。そうだろう?」それを聞いて、佳世子の胸は苦しくなった。昔仲が良かった頃のことを思えば思うほど、言葉は重くのしかかった。「悟、本当のことを教えて」佳世子は真剣な眼差しで悟を見つめた。「後悔しているかどうか聞きたいんだろう」
「念江がファイアウォールを突破したIDを特定してからでないと追跡できない」佑樹は小さな眉をひそめて説明した。「30分くれ。長くても30分で特定できる!」念江は言った。30分は長くないが、今は一分一秒が耐えがたいほど長く感じた。十数分経った頃、念江は極度の緊張で鼻血を出してしまった。周りの者は皆、念江の様子に胸を締め付けられた。だが念江は気に留めずに手で鼻血を拭うと、再びハッキングに集中した。「心配しないで。お医者さんに、回復期に時々鼻血が出るのは正常だと言われてるんだ。お母さんが見つかったら少し休めばいい」念江の説明を聞いて、皆はやや安心した。ちょうど29分経った時、念江はエンターキーを叩いた。「よし、IDを特定した。佑樹、後は任せた」「君は休んでおいて。残りは僕がやる」念江は青白い顔でうなずき、椅子にもたれかかった。晋太郎は彼の小さな体を抱き上げた。「父さん、大丈夫…」念江は疲れた目を開いた。「暫く休め。何かあればすぐ知らせる」晋太郎は息子をベッドに運びながら言った。「うん…」わずか数時間で、晴の顔には疲労の色が濃く出ていた。「何だか最近、自分が子供たちにすら及ばないのではないかと不安になるんだ」晋太郎が寝室から出てくると、晴は自嘲気味に笑った。「お前が役に立ったことなどあったか?」晋太郎は冷たく見下ろした。「まあ……そうだな」晴は言葉に詰まった。「唯一の長所は一途なことだな」晋太郎は軽く一言を付け加えた。「確かにその通りだ。俺の心には佳世子しかいない」晴は頭をかいた。一方、別の場所では——悟は、意識を失っている紀美子を以前滞在していた民宿に連れ込んだ。そこのボディガードは既に全員が撤収しており、最も安全な場所だった。佳世子は紀美子とは別の部屋に閉じ込められていた。悟は紀美子の布団を整えてから、佳世子の部屋に向かった。佳世子のベッドの横に座ると、悟は彼女の手を掴み、特定のツボを強く押した。すると、佳世子はパッと目を開いて、そして反射的に手を引っ込めた。見慣れない景色を見て彼女は慌てて起き上がり、ようやく隣に人が座っていることに気付いた。悟と目が合うと、佳世子は眉をひそめた。「悟!やはりあんただったのね!」
その時、晋太郎もボディガードからの連絡を受け取った。隅々まで探したが、結局紀美子と佳世子の姿は見つからなかった。警察もすぐに到着し、ホテル全体を捜索し始めた。それでも、二人が見つかることはなかった。その報告を聞いた晋太郎は、怒りで窓ガラスに拳を叩きつけた!ガラスの割れる大きな音に、佑樹と念江は体を震わせた。二人はそのまま、手から血を流しながら震える父を驚いた表情で見つめた。父に何を言っても無駄だということも分かっていたため、ただ歯を食いしばった。「悟の仕業だ」晋太郎は険しい表情で窓際に立った。ここまで完璧に痕跡を消せるのは、奴しかいない!今、彼を悩ませているのは、悟が紀美子たちをどこに隠したかということだ。奴の勢力はもう完全に潰したはずだが、今最も恐れているのは、奴が紀美子を連れて完全に姿を消すことだった。そうなると、大海原で針を探すようなもので、手がかりすらつかめないだろう。晴が事情聴取を終え警察署から戻ってきても、子供たちはまだパソコンを操作していた。晴はソファに崩れ落ち、頭を抱えてうなだれた。「くそっ!!!絶対に悟だ!!あいつに違いない!!晋太郎、何とかして二人を助けてくれ!悟は紀美子を傷つけないかもしれないが、佳世子は殺されるかもしれない!」晴は晋太郎に助けを求めた。「分かってる!既にあの辺りに配置していたボディガードを引き上げさせた。これからは山と町内を徹底的に調べさせる!美月も動き出している!」晋太郎は歯を食いしばりながら言った。「お父さん、相手の車のナンバーは分かる?正確な情報があれば、もっと早く調べられる!」突然、佑樹が振り返って言った。晋太郎は直ちに美月に電話をかけた。通話が繋がると、美月が話す前に佑樹が切り出した。「美月さん、悟たちの車のナンバーって分かる?」「分かるわ」美月は答えた。「9000だけど、あっちの技術者が、通った場所の監視カメラの録画データを全て消してるわ」佑樹は念江を見た。「念江、ダメなら先生に頼ろう!できるだけ早く母さんと佳世子さんを見つけないと」「わかった、今電話する!」念江は言った。隆久はすぐ電話に出た。念江が状況を説明しようとした時、電話の向こう側からマウスボタンのクリック音が聞こえてきた。