「もしも、森川次郎が自分がそんな病気にかかったと分かっていて、人に復讐しようとしたなら、その可能性は高い……」「問題は、彼は分かっていないということ」田中晴が余計なことを口走った。「もういいわ、あなた達男は、皆自分のことしか考えていない!」露間朔也はいきなり立ち上がった。「晋太郎に会って来る!クソが!マジで見ていられない!」晴は慌てて朔也を止めた。「彼と喧嘩する気か?」「いけないのか?」朔也は頭にきた。「あいつは何をもって紀美子が外でふしだらなことをしたと判断しているのだ?!」晴は困った。「言ったろ?晋太郎はそんなことを考えていないって!彼はただ、紀美子がうっかり感染されるのを心配していただけだ!」「今更もうそんな屁理屈は通用しない!」「屁理屈何かじゃない!」晴は堪忍袋の尾がそろそろ切れそうにだった。「彼は俺の親友だ、俺は彼のことを一番知っている!彼がどれほど紀美子を愛しているのか、君たちは分からないかもしれないが、俺はよく分かっている!立場を換えて考えてみろ。君たちは、自分が愛する人の心配はしないのか?」佳世子と朔也が黙り込んだ。森川家旧宅にて。狛村静恵は体の痒みで目が覚めた。彼女は慌てて体を起こし、電気をつけて胸の状況を確かめた。皮膚の一部が赤く発疹していた。静恵は一瞬で頭皮まで痺れたかのように焦った。何これ?!彼女は爪で掻いたが、掻けば掻くほど痒みが増してきた。「静恵?」次郎の声が彼女の後ろから聞こえてきた。「どうしたんだ?」静恵は驚いて、慌てて服を閉めた。「な、何でもないわ。ちょっとトイレに行ってくるね!」「分かった」静恵はベッドを降り、トイレに入った。ドアを閉めてから、彼女は全身の服を全部脱いだ。しかし、胸元と太ももの根元以外、赤く発疹するところは見当たらなかった。そうと言っても、発疹しているところの痒みは我慢できるものではなかった!きっと、何かを間違って食べた物によるアレルギー反応だ!静恵は絶えず自分を慰めるが、体の痒みは一向に収まらなかった。明日朝一病院に行かないと、このままでは怖すぎる!静恵は一晩我慢した。彼女は早起きをして病院に向おうとした。また起こされた次郎は、不満げに文句をこぼした。
そう言って、森川次郎は服を着て部屋を出た。狛村静恵は唖然としたまま、その場に立ち尽くした。次郎はどうやって、彼女が発疹したことが分かったのか?ひょっとして昨晩ベッドで会話していた時に見られたのか?それ以上考えるのをやめ、彼女はバッグを持って病院に向った。病院に着いて、静恵は一連の検査を受けた。検査結果が出て、医者は重々しい顔で彼女に知らせた。「あなたは、HIVに感染しています」「HIV?」静恵は戸惑った。「それはどんな病気ですか?」医者は意味深く彼女を見て、口を開いた。「つまり、エイズです」その知らせは、静恵にとって青天の霹靂だった。あまりのショックで、彼女は暫く言葉を失った。「早めに抗ウィルス治療を受けた方がいいです」医者が勧めた。静恵は顔が真っ白になった。「な、治せるのですか?」「今は完全に治すことはできません。長期に渡る抗ウィルス治療を受けるしかありません」医者の声が、彼女の耳元に繰り返して響いた。何故自分はエイズなんかにかかったのだろう?!「先生、エイズって、潜伏期間はありますか?」「あります」医者は説明した。「数年や十数年後に発症する人もいれば、かかってすぐ症状が現れる人もいます」静恵はまるで体の気力が抜けたかのように弱まった。まさかエイズのウィルスが、自分の体の中でかなり長く潜伏していたのか?!自分を抱いていた男達に移されたのか?!次郎にはどう説明すればいいのか?そこまで考えると、静恵はまた医者に尋ねた。「性行為をした相手なら、全員が感染するのですか?」「高い確率で感染します」「……」病院から出て、静恵は落ち着かないまま車に戻った。彼女はどう説明したらいいのか。一旦エイズにかかったら、自分がどんなに頑張って隠そうとしても、最終的には次郎にバレてしまう。どうしよう?どうしたらいいのよ?!!静恵は精神崩壊したかのように、車の中で笑ったり泣いたりしていた。何故こんなことが自分に起きたのだろう。なぜ運命はこんなにも不公平なんだろう。同じ孤児院の出身なのに、なぜ自分だけ苦難が相次ぎ、入江紀美子はあんないい人生を送っているのだろう!このままでは悔しすぎる!静恵は車のハンドルを強く握りしめながら
狛村静恵は彼女の背中を見つめながら、口元に陰湿な笑みを浮かべた。当時彼女を助けてよかった。でないと今は本当に使う手先がいなくなる!松沢楠子と出会ったのは、彼女が海外で交通事故に遭った妹を助ける時だった。当時の病院では、同型の血液のストックが切れかけていた。途方に暮れた楠子は、偶然静恵に出会った。あの時の静恵はちょうど、とある金持ちの治療に付き合っていた。静恵は自分の優しさを見せつけるために、楠子と血液の照合をした。まさかあろうことか、静恵の血液は楠子の妹と完璧にマッチしていた!輸血をした後、静恵は楠子に、妹を助ける為の大金を渡した。しかし、その妹は結局助からなかった。まったく、金と血の無駄だった!だが、良いこともあった。静恵のその挙動に金持ちが感動したようで、巨額の金を渡してきた。それらを思い出すと、静恵は更につらくなった。影山先生などいなかったら、彼女は帰国などしなかった!今の窮地に陥ることもなかった!影山先生がすべての元凶と言っても過言ではない!静恵は自分の指をきつく噛んだ。死ぬなら、お前達全員を道連れにしてやる!!森川家旧宅にて。静恵が別荘に戻ると、次郎はリビング父と話していた。彼女は素早く眼底に浮かんでいた嫌悪を隠し、代わりに優しそうな笑みで挨拶した。「次郎さん、ただいま」次郎と森川世典が同時に静恵の方を見た。「お父様、ちょっと静恵に話があるので、これで失礼する」「分かった、行ってよい」2人は部屋に戻った。静恵はいきなり次郎の懐に飛び込み、問答無用にキスで彼の口を塞いだ。次郎の眉間嫌悪が浮かび、彼女を押しのけた。「何をする?」静恵は可哀想に次郎を見つめた。「次郎さん、何で私を押しのけたのよ?」「医者は何か言っていたか?」次郎は警戒して静恵に聞いた。「ただの蕁麻疹よ、特に問題はなかった」静恵は涼しい顔で答えた。「信じていいんだろうな」「本当だって。これからの人生を一緒に歩むのだから、嘘をついてもいずれバレるわ。医者さんは、春の空気が湿りすぎていて、蕁麻疹が発疹したと言っていたわ」次郎の深く寄せていた眉が解かれた。「俺を騙したらどうなるか、分かってるよな」「もちろん、分かってるわ」静恵は再び次郎に
入江紀美子は頑張って体を起こした。「あなたがここにいたら、会社はどうするの?」「ちゃんと引継ぎをしてきた。あなたが起きたら戻るつもりだったんだ。今日はゆっくり休んどいて」露間朔也は紀美子に説明した。「ダメよ」紀美子は首を振り、「午後には会議がある」と言った。「大丈夫だ、俺が出る」朔也は紀美子の枕を直しながら言った。「今会社の状態は安定してるし、売上も日に日に伸びている」紀美子は朔也を見つめ、そしてクスっと笑った。「随分と余裕があるじゃない」「まあまあだな」「でもやっぱり工場の方を見ておいてもらいたいの。もしまた前回のような火事が起きたら終わりよ」「ちゃんと火の用心を注意しておいた、それに、ボディーガードに見張り役を頼んでおいたよ!」「楠子は今日会社にいる」紀美子はやはり心配していた。「とにかく、会社の仕事は全部指示してあるので、心配無用だって!」もう出社する理由がなくなった紀美子は、大人しく静養することにした。昼頃。田中晴は森川晋太郎に会いにMK社に来た。彼は紀美子が熱が出たことを晋太郎に教えた。「あなた達、昨夜は一体どんな酷い喧嘩をしたんだ?紀美子はそのせいで熱も出てたし」晋太郎は書類の山から頭を上げ、眉を寄せた。「熱?今病院にいるのか?」晴は頷いた。「そうだよ。昨夜の話によると、体温が一度40℃を超えていて、意識があやふやになっていた」晋太郎はすぐ手に持っていたペンをおき、コートを持って出ようとした。「紀美子に会いに行くのか?」晋太郎は足を止めようとしなかったが、晴はまた口を開いた。「今の紀美子はあなたに会いたいと思うか?」晋太郎は足を止め、暫く考えてから口を開いた。「たとえ彼女が俺に会いたくなくても、彼女を1人で病院に残すことはできない!」「やめろ、彼女は熱が引いたばかりだ。あなたが行ってまた喧嘩になって具合が悪くなったらどうする?一体何を考えているんだ?こっそり検査してたらよいものを!」「俺が間違ってたとでも?」晋太郎は振り向いて、低い声で晴に聞いた。「そうじゃないけどさ、ただ、やり方が荒すぎてちゃんと紀美子の気持ちを考えていなかったことが良くなかった」晴は説明した。晋太郎の顔が更に曇ってきた。「ずっと心配し
「そんなこと、私が起こらせるとでも?」森川晋太郎はあざ笑いをした。「ちゃんと準備してから行くに決まっている」「女一人の為に実の父親を監獄に入れるなんて、そんなことができる人間はあなたしかいないよ」田中晴は感嘆した。「父親、だと?」晋太郎の眼底に凍てつくほどの冷たさが漂った。「あんな奴は、父親と呼ばれる資格はない!」晴は絶句した。その話はあながち間違っていなかった。森川貞則は晋太郎に対して、本来父親にはあるべき愛情が全くなかった。彼は晋太郎を利用するばかりだ!今、森川次郎もMKに入ってきて、彼は将来晋太郎に取って代わる存在になるだろう。晴は心の中で自分の親友を心配した。病院の外にて。渡辺瑠美は塚原悟が車に乗り込んだのをみて、慌てて彼を尾行した。暫く走ると、悟はとある路地裏で車を止めた。瑠美も車から降りようとする時、路地裏から帽子の被った男が現れてきた。悟はその男に何かを言うと、男はすぐに頷いた。そして、二人が路地裏の奥に入って行った。瑠美は素早く車を降り、続けて悟を尾行した。2人の男は古ぼけた雑居ビルに入ったのを見て、瑠美は現在地を渡辺翔太に送信し、彼らの後について階段を登っていった。ビルの中はゴミだらけで、酷い匂いがしていた。何故塚原悟のようなきれい好きな男がこんな所に来たのか、瑠美は理解出来なかった。暫く階段を上り詰めると、瑠美は手すりの隙間から上を見上げた。2人の男の足音が止まり、ドアが開かれる音がした。瑠美は音の大きさを弁別していると、ドアが閉められたので、彼女は姿勢を低くしてドアの前に来た。そして彼女はカバンから盗聴ツールを取り出し、ドアにくっつけて中の様子を探った。しかし中からは人が話声が一切出てこなかった。聞こえたのは微かにキーボードを叩く音だけだった。約数分後、悟の声が聞こえてきた。「これだけではまだ物足りない、もっと面積を広げて、もっと分布範囲を大きくする必要がある」面積?分布?何のことなんだろう。「分かりました、後何かご指示ありますか?」「とりあえずこれくらいだ」そして、また足音がしたので、瑠美は素早く盗聴器を仕舞い、廊下へと走った。すると悟が部屋から出てきたので、瑠美は彼がビルを出てから降りて行った。
「3人じゃなくて?」松沢楠子は戸惑った。「バカなの、あなたは?!晋太郎の子に手を出したら殺されるじゃない!私はまだ死にたくない!」狛村静恵は楠子を罵った。「晋太郎と紀美子との関係は普通じゃない。あなたが彼女の子供に手を出して、もし彼にバレたら、きっと彼に怒られる」楠子は静恵に注意した。「もうそこまで構ってられないわ!」静恵は歯を食いしばった。「佑樹のガキが私に恥をかかせた。死んでもらうしかない!」楠子は黙って静恵を見つめた。彼女から見ると、静恵は恐らく心理的な問題があった。しかしその話は、彼女は口に出来なかった。静恵と分かれてから、楠子は会社に戻った。入江紀美子の体調は大分回復したようで、既に会社に戻ってきていた。楠子は書類を持って紀美子を訪ねた。ノックして事務室に入り、楠子は書類を紀美子に渡しながら、「社長、この書類をご覧ください」と言った。紀美子は書類を受け取り、中身を確認した。「社員教育?」楠子は頷き説明した。「今の秘書室のメンバーの能力はまだ足りていなくて、社員教育が必要です」紀美子は笑って、「君、随分と仕事熱心だね」と褒めた。「ありがとうございます。」紀美子は書類にサインした。「経費なら財務の方に伝えておくけど、教育は何回かに分けて行うこと。でないと、皆がいっぺんに出かけて会社は人手不足になりかねないから」「私ひとりでも暫くはもてるはずです」楠子は言った。紀美子は微笑んで、「そんなに頑張ってたら、体が疲れるじゃない?」と聞いた。「大丈夫です、HRにいる頃よりは随分と楽です」「なら、しばらくはよろしくね」楠子が出た後、紀美子の笑顔が消えた。彼女は楠子が他の秘書を遠ざけて何をしようとしているのか分からなかった。相手が既に動きを見せているのなら、彼女も警戒する必要があった。紀美子は、楠子の真の目的を掴むには、自分があまりに目立って行動してはいけないと分かっていた。彼女は暫く考えてから、露間朔也にメッセージを送った。「楠子が秘書達を社員教育に出したいと言ってるけど、私は何回かに分けてやるように伝えたわ」すぐ、昨夜からの返事があった。「何で急に社員教育とかやるんだ?その秘書達はどれもトップクラスの人材だったはず」「彼女
「ゆみちゃん、お兄ちゃんはもうすぐ終わるから、あとで遊んであげるね」入江ゆみは、パソコンの画面に映っているわけのわからないコードを見て、ため息をついた。「もうすぐゆみがあなた達と遊ぶ時間がなくなるのに、遊んでくれないなんて酷いわ」ゆみは不満をこぼした。「何で遊ぶ時間がなくなる?」森川念江は聞いた。「周りにいたずらっ子がいなくなったら、いいことじゃない?」入江佑樹も振り向いて、妹をからかった。「お兄ちゃんのバカ!自分がどんな酷いことを言っているか分からないの?」「酷いことなんか言ってないよ、時間がなくなるなんて、どこにいくつもり?家には毎日戻ってくるだろ?」ゆみは怒ってそのまま床に座り込んだ。「お母さんは、ゆみを修行に送り出すと言ってたよ!」「修行って?」念江は呟いた。「確かに芸術類の習い事なら、ゆみに合いそうだ」「彼女が?」佑樹はあざ笑いをした。「ゆみの音楽の感覚最悪だぞ」「じゃあ、絵を描くのも悪くない」「勘弁して、彼女が描いたネコが、ネズミにしか見えない」「じゃあ、楽器とか?」「ゆみはリズム感が全くないし」「ダンスは?」「リズム感が全くないと言っただろ?」「……」念江はもうそれ以上の習い事が思いつかなかった。「酷い!」ゆみは小さな拳を握り緊めて言った。「お兄ちゃんのバカ!今日はこの拳で痛い目に合わせてあげる!」ゆみは手を上げて佑樹を殴ろうとしたが、佑樹は防御の姿勢をとり、殴り返そうとせず、怒ってもいなかった。「分かった、分かった!」佑樹は妹を慰めた。「今は本当に忙しいから、後でアイスクリームを買ってあげる」ゆみは先ほどの騒ぎで疲れていて、荒い息をしながら兄に確かめた。「本当に忙しいの?ゆみに黙って二人で遊んだりしていない?」念江は慌ててゆみに説明した。「本当だよ、ゆみ、とても大事なことをしているんだ」ゆみは諦めた。「そう。分かったわ……」そう言って、ゆみは部屋を出ようとした。出る前に、ゆみはもう一度2人を見ると、彼達はまたパソコンに注目していたので、彼女はそのまま出ていった。ゆみは庭に出て、森川晋太郎が買ってくれた携帯を出して、ボイスメッセージを送った。「お兄ちゃんたちが遊んでくれない……」晋太
森川晋太郎は藤河別荘に着いた。車を降りようとすると、電話が鳴った。森川次郎の電話番号を見て、晋太郎の顔色は一瞬で曇った。あまり考えずに、彼は電話を切った。しかし車のドアを開けたばかり、次郎の電話がかかってきた。晋太郎は苛立ってきて、電話に出た。「貴様、死にたいなら俺が殺してやる!」「晋よ、俺達はもう同僚になって大分経ってるのに、まだそんなに怒ってるか?」「俺の怒りは、貴様がくたばるまで収まらない!」晋太郎は怒鳴った。「そうか」次郎は笑って聞かせた。「俺が言いたいのは、会社の管理層がお前の態度に相当な不満を抱えているということだ」「だったら何なんだ?」晋太郎は聞き返した。「本当に自分の気持ちを制御できないな、晋。このままだといずれ全てを失ってしまうよ」「黙れ!」晋太郎は怒り狂いそうになった。「失せろ、二度と言わせるな!」「失せてどうする?俺は、お前が少しずつ握っていた権利を失うのを、見届けたくて仕方がない。忘れるなよ。あの日お前が父の前で跪いた無様な姿、俺はもう一度見たいんだ」「貴様!」晋太郎は歯を食いしばった。「死にたいのか?」「そうさ!」次郎は陰湿な笑みを浮かべた。「お前が殺しに来るのを待っている。がっかりさせるなよ!」晋太郎は電話を切ったが、瞳の中は怒りの炎に満ちていた。隣の杉本肇は見ていられなかった。「晋様、あんなクズに怒る必要はありません、そいつは今もう薬漬けになっていますから」晋太郎は拳を握り緊めた。「奴が今担当しているプロジェクトはあと何がある?」「数日前、とある遊園地の再建のプロジェクトを引き受けたそうです……」晋太郎は一瞬で目つきが鋭くなり、脳裏に母が墜落事故に遭った時の惨状が浮かんできた。彼はまるで胸がナイフに刺されたかのように、痛くて窒息しそうなった。次郎がそのプロジェクトを引き受けたのは、自分への復讐に違いない!絶対に彼の思うつぼにさせてはならん!「全力で奴を阻止しろ」晋太郎は冷たい声で指示した。「晋様、会社のハンコですが、ずっと引きずっていると、資金の損耗になりかねません!」肇は晋太郎に注意した。「何故MKキャッシュフローを使う必要があるんだ?」晋太郎は目を細くして言った。
しかし、紀美子の子どもたちがなぜ晋太郎と一緒にいるのだろうか?もしかして、晋太郎の息子が紀美子の子どもたちと仲がいいから?紀美子は玄関に向かって歩き、紗子が龍介を見て言った。「お父さん、気分が悪いの?」龍介は笑いながら紗子の頭を撫でた。「そんなことないよ、父さんはちょっと考え事をしていただけだ。心配しなくていいよ」「分かった」玄関外。紀美子は子どもたちを連れて家に入ってくる晋太郎を見つめた。「ママ!」ゆみは速足で紀美子の元へ駆け寄り、その足にしっかりと抱きついた。「ママにべったりしないでよ」佑樹は前に出て言った。「佑樹、ゆみは女の子だから、そうやって怒っちゃだめ」念江が言った。ゆみは佑樹に向かってふん、と一声をあげた。「あなたはママに甘えられないから、嫉妬してるんでしょ!」「……」佑樹は言葉を失った。紀美子は子どもたちに微笑みかけてから、晋太郎を見て言った。「どうして急に彼らを連れてきたの?私は自分で迎えに行こうと思っていたのに」晋太郎は顔色が悪く、語気も鋭かった。「どうしてって、俺が来ちゃいけないのか?」「そんなつもりじゃないわよ、言い方がきつすぎるでしょ……」紀美子は呆れながら言った。「外は寒いから、先に中に入って!」晋太郎は三人の子どもたちに向かって言った。そして三人の子どもたちは紀美子を心配そうに見つめながら、家の中に入った。紀美子は疑問に思った。なぜ子どもたちは自分をそんなに不思議そうな目で見ているのだろう?「吉田龍介は中にいるのか?」晋太郎は紀美子を見て言った。「いるわ。どうしたの?」紀美子はうなずいた。「そんなに簡単にまだ知り合ったばかりの男を家に呼ぶのか?」晋太郎は眉をひそめた。「彼がどんな人物か知っているのか?」紀美子は晋太郎が顔色を悪くした理由がようやく分かった。「何を心配しているの?龍介が私に対して悪いことを考えているんじゃないかって心配してるの?」彼女は言った。「三日しか経ってないのに、家に招待するなんて」晋太郎の言葉には、やきもちが含まれていた。「龍介とすごく仲良いのか?」「違うわ、あなたは、私と彼に何かあるって疑っているの?晋太郎、私と彼はただのビジネスパートナーよ!」
「入江社長って本当に幸せ者だよね!羨ましい~!私はただの一般人だけど、この二人推したい!!」「吉田社長って絶対入江社長のために来たんでしょ。あんなに忙しいのに時間を作ってまで来るなんて、これって本物の愛じゃない!?」そんな無駄話で盛り上がるコメントの数々を見た晋太郎の顔色は、みるみるうちに暗くなった。「何バカなこと言ってるんだ!」晋太郎は怒りを露わにしてタブレットを放り出した。「この話題をすぐに消せ!誰かがまた報道しようとしたら、徹底的に潰す!」「晋様、入江さんの方は……」肇は焦りながら言った。晋太郎は目を細めて言った。「二人を見張らせろ!龍介が突然帝都に来たのは絶対に怪しい。会社のためじゃないなら、紀美子を狙って来たに決まってる!しかも、彼は離婚してるだろう。きっと子どものために後妻を探してるんだ!」「後妻を!?」肇は驚きの声を上げた。「入江さんの魅力ってそんなにすごいんですか……だって吉田社長ってあの地位の……」それ以上言う勇気がなくなり、肇は言葉を飲み込んだ。というのも、晋太郎の顔にはすでに冷たく怒りがはっきりと現れていたからだ。肇だけではない。晋太郎自身も、これ以上考えるのが怖くなっていた。龍介は有名な良い男で、礼儀正しくて、しかも温かみがある。こんな男が最も心を掴むのだ!彼は龍介の猛烈なアプローチを恐れているわけではない。ただ、紀美子がその優しさに押し負けてしまうのではないかと心配していた。しばらく考えた後、晋太郎は携帯を取り出し、朔也に電話をかけた。彼は龍介がなぜ帝都に来たのかを確かめたかったのだ。しばらくして、朔也が電話に出た。「また何か大事でもあるのか、森川社長?俺、今すごく忙しいんだけど」「龍介は帝都に何しに来たんだ?」晋太郎はストレートに言った。「何しに来たって、彼が帝都に来ちゃいけないっていうのか?」朔也は不満そうに言った。「もし何か理由があるとしたら、当然、Gに会いに来たんだよ!昼に俺たちと食事したんだ、いやあ、さすがに地位が高いだけあって、お前と同じくらい立派な人だったよ。性格に関してはお前よりずっといいけどな!そうそう、今夜はうちに来てくれることになったんだ!」朔也はこれを言うことで晋太郎を苛立たせ、紀美
「そんなに聞かなくていい!」紀美子は彼を遮って言った。「後でレストランのアドレスを送るから、直接きて」「分かった、分かった!」電話を切った後、紀美子は楠子のオフィスに行って、少し用事を頼んだ。その後、龍介と紗子をレストランへ誘った。帝都ホテル。最初に到着した朔也は、レストランで一番良い料理を全て注文した。紀美子と龍介はレストランに到着すると、すぐに個室に向かった。個室の中では、朔也がサービス員に酒を頼もうとしていたところ、紀美子と娘を連れた龍介が入ってきた。龍介を見た朔也は急いで立ち上がり、熱心に迎えた。「吉田社長、はじめまして!帝都へようこそ!」龍介は穏やかな笑顔を浮かべて言った。「こんにちは、朔也さん」「えっ、俺のこと知ってるんですか?」朔也は驚いて言った。「もちろん、Tycの副社長ですよね」「あんまり興奮しないでよ」紀美子は笑いながら朔也を見て言った。「興奮しないでいられるかよ!」朔也は顔に出てしまった表情を抑えきれず、「吉田社長はアジア石油界の大物だぞ!」と言った。「そんな大したことはないよ」龍介は言った。「そんな謙遜しないでくださいよ、吉田社長!お酒は飲まれますか?何を飲みます?」朔也は尋ねた。「申し訳ないけど、あまり強くないので普段からほとんど飲みません。今日は軽く食事だけでお願いします」「それならそれで!」朔也は納得し、そばでおとなしく立っている紗子に目を向けた。「こちらは吉田社長のお嬢さんですよね?本当に可愛いですね!」紗子は礼儀正しく頷き、「おじさん、こんにちは。私は吉田紗子です。紗子って呼んでください」と自己紹介した。「紗子ちゃん!」朔也は嬉しそうに笑顔で答えた。「俺は朔也だよ!よろしくね!」「立ち話はここまでにして、座って話しましょう」紀美子は言った。四人が席についた後、料理が運ばれてきた。食事中、誰も仕事の話は一切口にせず、和やかな雰囲気で過ごしていた。「吉田社長、午後はGに帝都の景色を案内してもらってください。退屈だなんて思わないでくださいね」朔也が言った。龍介は紀美子に目を向け、丁寧に「お手数をおかけします」と答えた。「そうだ、G。さっき舞桜から電話があって、今夜には帰るって。吉田
車の中で、晴は晋太郎に尋ねた。「一体、親父に何を言ったんだ?どうしてあんなにすぐに同意したんだ?」目を閉じて椅子の背に寄りかかり休んでいた晋太郎は一言だけ言い放った。「静かにしてろ」晴はそれ以上は深く追及せず、事がうまくいったことに感謝していた。家に帰ると、晴はこの朗報を佳世子に伝えた。佳世子はあまり感情を動かすことなく、だるそうに返事をした。「まあ、心配事が一つ解決したってことだね」晴は疑問を抱きながら眉をひそめた。「なんだか、あんまり嬉しそうじゃないね?」「歓声を上げろっていうの?」佳世子はため息をついた。「忘れないで、私の両親にはまだ説明してないよ」佳世子はしばらく沈んだ表情をしていた。両親がこのことを知ったらどう反応するのか、全く予測がつかないのだ。彼女の両親は性格は悪くないが、考え方は保守的だ。もし彼らが今、自分が未婚で妊娠していることを知ったら……佳世子はそのことを考えると、少し寒気がし、喜べなかった。「それは簡単だよ。時間を決めて、ちょっとギフトを買って、両親のところに行こう。俺が一緒にいるから、心配しなくていい」佳世子は適当に笑うと、ソファに縮こまり、何も言わなかった。午後。紀美子はオフィスで書類を見ていると、楠子がドアをノックして入ってきた。「社長、受付から電話があって、面会の申し出がありました」楠子が言った。「誰?」紀美子は顔を上げた。「吉田龍介様です」紀美子は一瞬驚いた。龍介?どうして、連絡もなしに来たの?紀美子は急いで立ち上がり、「すぐに上にお連れして!」と楠子に頼んだ。楠子はうなずき、振り向こうとしたが、紀美子に呼び止められた。「ちょっと待って!私が下に行く!」言うが早いか、紀美子はオフィスを出て、階下へ龍介を迎えに行った。階下では。龍介は紗子と一緒にロビーで待っていた。紀美子が出てくるのを見て、龍介と紗子は立ち上がり、紀美子に挨拶をした。「紀美子」龍介は笑顔で呼びかけた。紀美子は手を差し出しながら言った。「龍介君、紗子。事前に知らせてくれれば、迎えに行ったのに」「おばさん、お忙しいところお邪魔して申し訳ありません」紗子は微笑みながら言った。「気にしないで、忙しくないから
晋太郎は晴の父親の近くに歩み寄り、真剣な眼差しで花瓶を見つめた。「以前あなたが収集した骨董品より質は少し劣りますが、全体的には悪くないですね」「そうだね……」晴の父親はため息をついた。「どれだけ質が良くても、目に入らなければ人を喜ばせることはないものだ」晋太郎は晴の父親を見つめ、「田中さん、それは何か含みのある言い方ですが?」と尋ねた。晴の父親は手に持っていたブラシを置き、晋太郎にソファに座るように促した。そして壺を手に取って、晋太郎にお茶を注ぎながら言った。「晋太郎、今日わざわざ訪ねてきたのは、あの女の子のことだろう?」「そうです」晋太郎は率直に答えた。「晴は彼女のことが本当に好きなんです」「好きだという感情だけで、一生を共にできると思うのか?今はただの一時的な熱に過ぎない」晴の父親は冷静に言った。「田中さんは相手の家柄が気に入らないのか、それとも佳世子という人間自体が気に入らないのか、どちらでしょうか?」晋太郎は直球で聞いた。「晋太郎、君も知っている通り、俺は息子が一人しかいない。いずれ会社を継ぐのは彼だ。今、帝都のどの家族も俺たち三大家族を狙っている。この立場を少しでも失えば、元の地位に戻るのは容易ではない。だからこそ、晴には釣り合いの取れた相手を望んでいるんだ。すべては家族のためだ」「田中さんは晴の力を信じていないのですか?それに、二人が一緒にいられるかどうか信じていないのなら、むしろ自由にさせて、どれだけ続くのか見守ってみたらどうでしょう?もしかすると、あなたの言う通り、新鮮味が薄れれば自然と別れるかもしれません。おそらく、今反対すればするほど、彼らは反抗するでしょう。この世に反発心のない人なんていませんからね……」階下。晴と母親が少し離れたところに座っていた。彼女はずっと晴をにらんでいた。「何か私に言いたいことはないの?」晴は無視して、答える気はなかった。だが晴の母親はしつこく言い続けた。「どうしたの?昨日、あの女狐を叩いたことで、私を責めるつもり?」その言葉に晴は反応し、突然振り向いて母親を見て言った。「佳世子は女狐じゃない。最後にもう一度言っておく!」「じゃあどんな女だって言うの?!」彼女は声を高くした。「見てご
電源を入れた瞬間、多くのメッセージが届いた。すべて、翔太からのメッセージだった。静恵は一つ一つ確認した。「お前を救うのは問題ない。しかし、三つのことを約束しろ」「一、貞則が俺を陥れようとしている証拠(録音など)を必ず手に入れろ」「二、君は必ず執事を自分の味方につけろ。執事を抑えたら、貞則を倒す最大のチャンスが得られる」「三、貞則の計画と俺を狙うタイミングや方法を、先に必ず俺に教えてくれ。対応策を準備するためだ」メッセージを読み終わった静恵は急いで返信をした。「助けが必要だ!この携帯は絶対にバレてはいけないの。もし可能なら、貞則の書斎に録音機を隠すように手配して」一方、瑠美に無理やりジュースを飲まされていた翔太は、メッセージを見るや否やすぐに返信した。「任せてくれ。成功したら、メッセージを送る」翔太の返信を見て、静恵はほっと息をついた。これから、彼女は一人ずつ、地獄に突き落としてやるつもりだった!!……朝早く。晴はMKに呼ばれて、ぼんやりとした顔で社長室に入った。晋太郎がスーツを着ているのを見て、彼は困惑しながら尋ねた。「晋太郎、こんなに早く呼び出して一体何をするつもりなんだ?」「俺を連れてお前の親を説得したくないなら、帰れ」晋太郎は彼をちらりと見て言った。その言葉を聞いた晴は、目を大きく見開いた。「本当?本気で俺の両親を説得しに行くつもりか?」「同じことは二度言いたくない」「行こう!!」晴は興奮して言った。「今すぐ行こう!」車で、晴と晋太郎は後部座席に座っていた。「晋太郎、どうやって言うつもりだ?うちの母さんは話しにくいんだ」晴は落ち着かない様子で尋ねた。「なぜ君の母に言う必要がある?」晋太郎は冷たく言った。「君の父に頼むほうが容易いだろう」「君の言う通りだな……でも、父の方は希望がもっと少ない気がする」晴は少し考えてから答えた。「もしもう一言でも口答えするなら、今すぐ肇にUターンさせるぞ」晋太郎は袖口を直しながら言った。「わかった、わかった」晴はすぐに言った。「今は君がボスだ、君の言う通りにするよ!」「佳世子は今、何ヶ月目の妊娠だ?」晋太郎は尋ねた。「もうすぐ四ヶ月だ!」晴はこの話になると、顔に幸せ
「何で?バーとかで遊んでたから素行が悪いと決めつけるの?」「妊婦を殴るなんて、人間がやることか?」「自分の息子に聞かず、嫁に聞くのはどういうことだ?」「帝都の三大名門?笑わせんな!恥知らずにもほどがあるよ!」「Tycの女性社長っていい人だよね。きっと彼女の友達もあんな人間じゃないはず。私は彼女達を応援する!」「……」ネットユーザー達のコメントを読んで、入江紀美子はほっとした。そしてすぐ、田中晴が到着した。彼の他に、森川晋太郎と鈴木隆一も一緒に来た。紀美子達は現れた3人の男達を不思議な目で見た。5人はお互いを見つめるだけで、どこから話したらいいか分からなかった。晴は杉浦佳世子の前に来て、心配した様子で佳世子の顔を持ち上げ、泣きそうな声で尋ねた。「佳世子……まだ痛いのか?」佳世子は首を振って返事した。「ううん、もう大丈夫よ」「すまない」晴は悔しかった。「俺がちゃんと君を守れなかったから、母がちょっかいを出してきたんだ」佳世子は晴の手を握り、優しく微笑んだ。「分かってるよ、心配しないで、あんただって頑張ってるの分かってるから」2人の会話を聞き、不安を抱えていた紀美子はやっと安心できた。晋太郎は紀美子の傍に座り、口を開いた。「君は大丈夫だったか?」紀美子は首を振って答えた。「いいえ、ただ佳世子があんなことをされるのを見て、辛かった。しかし今の状況で、私はどうしようもないの」そう言って、紀美子は晋太郎達にお茶を注いだ。「君から見て、佳世子が田中家に嫁入りしたら、将来はどうなると思う?」晋太郎は紀美子を見て、いきなり聞いてきた。「将来がどうなろうと、佳世子がその子を産むと決めたなら私は親友として、無条件に彼女を支えるわ」紀美子の回答を聞いて、晋太郎は暫く躊躇った。そして、彼は頷いた。「分かった」その昼食の間、隆一はずっと複雑な気持ちだった。大親友の2人には自分の女がいるのに、自分だけ未だに一人だった。このままではいかん!自分の恋を探さなきゃ!金曜日。狛村静恵は退院して森川家旧宅に戻った。玄関に入ると、すぐボディーガード達に森川貞則の所に連れていかれた。書斎にて。貞則はお茶を飲んでいた。静恵が戻ってきたのを見て
「晴のせいじゃないわ!」杉浦佳世子は否定した。「もともと彼の母がそう言う人間なの。彼もきっと頑張ってくれてたはず!」そう言って、佳世子は入江紀美子の懐に飛び込み、力いっぱいに彼女を抱きしめた。彼女は紀美子の腹を擦って、悔しそうに言った。「紀美子、顔がめっちゃいたいんだけど、ちょっと腫れてないか見てくれる?」紀美子は笑いながら佳世子の顔を触った。「もうこんな時なのに、まだ顔のことを気にしてるの?本当に能天気だね」「だってきれいでいたいんだもん……それと、さっき私の肩を持ってくれてありがとう……」「何言ってるの?当たり前でしょ?親友だもの」家から出てきた田中晴は、憂鬱な気分で森川晋太郎の所を訪ねてきた。MK社・事務所にて。放心状態の晴がソファに横たわって、無力に天井を見つめていた。「またどうしたんだ?MKはお前のリハビリ施設か?」「母と喧嘩したんだ」晴は疲れた声で答えた。「佳世子のことでか、無理もない」晋太郎は淡々と言った。「無理もないだと?」晴は体を起こした。「そんな涼しい顔をしてないで、どうにかしてくれよ」「お前のプライドの問題を、何故俺が口を出さなきゃならないんだ?」晋太郎は手元の資料を読みながら、落ち着いた顔で言った。この時、事務所のドアが急に押し開かれ、鈴木隆一が焦った顔で入ってきた。「晋太郎!大変だ!佳世子が晴の母にぶん殴られたんだって!」「何だと?!」晴はすぐに立ち上がり、緊張して大きな声で聞いた。隆一は隣から聞こえてきた声に驚いた。「ちょっ、何でお前がここにいるんだ?」「俺がここにいちゃまずいのかよ?」晴は飛びついた。「一体どっからそんなことを聞いたんだ?」隆一は自分の携帯を晴に見せた。「ほら、ネットで話題になってるぞ!」晴は隆一から携帯を受け取り、動画を開き、自分の母が思い切り佳世子の顔にビンタを入れ、そして彼女を罵るのを見て、顔色が段々と悪くなってきた。彼は隆一の携帯を捨て、突風のように晋太郎の事務所を飛び出していった。晋太郎は絶句した。「お前ら、ここをどんな場所だとおもってやがる?井戸端か?!」しかし隆一は話を逸らした。「ところで、晴のやつはいつからいたんだ?あいつ、自分の母と喧嘩でもしにい
入江紀美子と杉浦佳世子はエレベーターに乗って1階に降りた。病院のビルから出る途端、急に現れた人影が彼女達の道を塞がった。2人が反応できていないうちに、その人が思い切り佳世子の顔を打った。驚いた紀美子は慌てて佳世子を自分の後ろに引き寄せた。そして、いきなり現れて佳世子を殴った晴の母を見て問い詰めた。「何をすんのよ?」「何してるのか、だと?」晴の母はあざ笑った。「君の友達がうちの息子に黙ってどんな破廉恥なことをやらかしたかを聞きたい?」晴の母は大きく尖り切った声で言った。彼女の声に惹きつけられ、周りの人達が皆面白そうに見学している。佳世子は妊娠しているため、ただでさえ情緒の制御が容易でなかった。そんな彼女が顔を打たれた挙句に酷い言葉で罵られたことにより、怒りが一瞬で爆発した。佳世子は紀美子を押しのけ、晴の母に向かって叫んだ。「あんたに私を殴る資格などあるの?」「あなたのような破廉恥な女、殴られて当然よ!他の人との子供を作って、その責任をうちの息子に擦り付けた!晴は、決してそんなことを甘んじて受けるようなことはしない!」「私が他の人と子供を作ったですって?」佳世子は彼女が何を言っているかさっぱり分からなかった。「何の証拠もなしに人を侮辱するんじゃないよ!」「よくバーとか行ってたじゃない?」晴の母が佳世子に問い詰めた。「そこで他の人としたんじゃないの?」佳世子が反論しようとすると、紀美子に再度横から打ち切られた。「佳世子、こんな判断力のない人と喧嘩しても無駄だよ、行こう!」紀美子は佳世子を引っ張って離れようとしたが、晴の母もついてきて、絶えず佳世子を罵り続けた。佳世子は晴の母を殴り返したくて仕方なかったが、紀美子にきつく腕を掴まれていた。駐車場に着くと、紀美子は佳世子を車に押し込み、振り向いて晴の母に向かって言った。「その話は誰から聞いたのか知らないけど、佳世子はそんな人間ではないとはっきり言っておくわ!」「フン、あなたはあのビッチの友達だから、彼女の肩を持つに決まってるじゃない!」「あんた『ビッチ』何て口にしてるけど、それでも名門のつもりなの?教養のかけらもないわ!」紀美子はそう言いながら、晴の母に一歩近づいた。「さっきの喧嘩は恐らく沢山