狛村静恵は彼女の背中を見つめながら、口元に陰湿な笑みを浮かべた。当時彼女を助けてよかった。でないと今は本当に使う手先がいなくなる!松沢楠子と出会ったのは、彼女が海外で交通事故に遭った妹を助ける時だった。当時の病院では、同型の血液のストックが切れかけていた。途方に暮れた楠子は、偶然静恵に出会った。あの時の静恵はちょうど、とある金持ちの治療に付き合っていた。静恵は自分の優しさを見せつけるために、楠子と血液の照合をした。まさかあろうことか、静恵の血液は楠子の妹と完璧にマッチしていた!輸血をした後、静恵は楠子に、妹を助ける為の大金を渡した。しかし、その妹は結局助からなかった。まったく、金と血の無駄だった!だが、良いこともあった。静恵のその挙動に金持ちが感動したようで、巨額の金を渡してきた。それらを思い出すと、静恵は更につらくなった。影山先生などいなかったら、彼女は帰国などしなかった!今の窮地に陥ることもなかった!影山先生がすべての元凶と言っても過言ではない!静恵は自分の指をきつく噛んだ。死ぬなら、お前達全員を道連れにしてやる!!森川家旧宅にて。静恵が別荘に戻ると、次郎はリビング父と話していた。彼女は素早く眼底に浮かんでいた嫌悪を隠し、代わりに優しそうな笑みで挨拶した。「次郎さん、ただいま」次郎と森川世典が同時に静恵の方を見た。「お父様、ちょっと静恵に話があるので、これで失礼する」「分かった、行ってよい」2人は部屋に戻った。静恵はいきなり次郎の懐に飛び込み、問答無用にキスで彼の口を塞いだ。次郎の眉間嫌悪が浮かび、彼女を押しのけた。「何をする?」静恵は可哀想に次郎を見つめた。「次郎さん、何で私を押しのけたのよ?」「医者は何か言っていたか?」次郎は警戒して静恵に聞いた。「ただの蕁麻疹よ、特に問題はなかった」静恵は涼しい顔で答えた。「信じていいんだろうな」「本当だって。これからの人生を一緒に歩むのだから、嘘をついてもいずれバレるわ。医者さんは、春の空気が湿りすぎていて、蕁麻疹が発疹したと言っていたわ」次郎の深く寄せていた眉が解かれた。「俺を騙したらどうなるか、分かってるよな」「もちろん、分かってるわ」静恵は再び次郎に
入江紀美子は頑張って体を起こした。「あなたがここにいたら、会社はどうするの?」「ちゃんと引継ぎをしてきた。あなたが起きたら戻るつもりだったんだ。今日はゆっくり休んどいて」露間朔也は紀美子に説明した。「ダメよ」紀美子は首を振り、「午後には会議がある」と言った。「大丈夫だ、俺が出る」朔也は紀美子の枕を直しながら言った。「今会社の状態は安定してるし、売上も日に日に伸びている」紀美子は朔也を見つめ、そしてクスっと笑った。「随分と余裕があるじゃない」「まあまあだな」「でもやっぱり工場の方を見ておいてもらいたいの。もしまた前回のような火事が起きたら終わりよ」「ちゃんと火の用心を注意しておいた、それに、ボディーガードに見張り役を頼んでおいたよ!」「楠子は今日会社にいる」紀美子はやはり心配していた。「とにかく、会社の仕事は全部指示してあるので、心配無用だって!」もう出社する理由がなくなった紀美子は、大人しく静養することにした。昼頃。田中晴は森川晋太郎に会いにMK社に来た。彼は紀美子が熱が出たことを晋太郎に教えた。「あなた達、昨夜は一体どんな酷い喧嘩をしたんだ?紀美子はそのせいで熱も出てたし」晋太郎は書類の山から頭を上げ、眉を寄せた。「熱?今病院にいるのか?」晴は頷いた。「そうだよ。昨夜の話によると、体温が一度40℃を超えていて、意識があやふやになっていた」晋太郎はすぐ手に持っていたペンをおき、コートを持って出ようとした。「紀美子に会いに行くのか?」晋太郎は足を止めようとしなかったが、晴はまた口を開いた。「今の紀美子はあなたに会いたいと思うか?」晋太郎は足を止め、暫く考えてから口を開いた。「たとえ彼女が俺に会いたくなくても、彼女を1人で病院に残すことはできない!」「やめろ、彼女は熱が引いたばかりだ。あなたが行ってまた喧嘩になって具合が悪くなったらどうする?一体何を考えているんだ?こっそり検査してたらよいものを!」「俺が間違ってたとでも?」晋太郎は振り向いて、低い声で晴に聞いた。「そうじゃないけどさ、ただ、やり方が荒すぎてちゃんと紀美子の気持ちを考えていなかったことが良くなかった」晴は説明した。晋太郎の顔が更に曇ってきた。「ずっと心配し
「そんなこと、私が起こらせるとでも?」森川晋太郎はあざ笑いをした。「ちゃんと準備してから行くに決まっている」「女一人の為に実の父親を監獄に入れるなんて、そんなことができる人間はあなたしかいないよ」田中晴は感嘆した。「父親、だと?」晋太郎の眼底に凍てつくほどの冷たさが漂った。「あんな奴は、父親と呼ばれる資格はない!」晴は絶句した。その話はあながち間違っていなかった。森川貞則は晋太郎に対して、本来父親にはあるべき愛情が全くなかった。彼は晋太郎を利用するばかりだ!今、森川次郎もMKに入ってきて、彼は将来晋太郎に取って代わる存在になるだろう。晴は心の中で自分の親友を心配した。病院の外にて。渡辺瑠美は塚原悟が車に乗り込んだのをみて、慌てて彼を尾行した。暫く走ると、悟はとある路地裏で車を止めた。瑠美も車から降りようとする時、路地裏から帽子の被った男が現れてきた。悟はその男に何かを言うと、男はすぐに頷いた。そして、二人が路地裏の奥に入って行った。瑠美は素早く車を降り、続けて悟を尾行した。2人の男は古ぼけた雑居ビルに入ったのを見て、瑠美は現在地を渡辺翔太に送信し、彼らの後について階段を登っていった。ビルの中はゴミだらけで、酷い匂いがしていた。何故塚原悟のようなきれい好きな男がこんな所に来たのか、瑠美は理解出来なかった。暫く階段を上り詰めると、瑠美は手すりの隙間から上を見上げた。2人の男の足音が止まり、ドアが開かれる音がした。瑠美は音の大きさを弁別していると、ドアが閉められたので、彼女は姿勢を低くしてドアの前に来た。そして彼女はカバンから盗聴ツールを取り出し、ドアにくっつけて中の様子を探った。しかし中からは人が話声が一切出てこなかった。聞こえたのは微かにキーボードを叩く音だけだった。約数分後、悟の声が聞こえてきた。「これだけではまだ物足りない、もっと面積を広げて、もっと分布範囲を大きくする必要がある」面積?分布?何のことなんだろう。「分かりました、後何かご指示ありますか?」「とりあえずこれくらいだ」そして、また足音がしたので、瑠美は素早く盗聴器を仕舞い、廊下へと走った。すると悟が部屋から出てきたので、瑠美は彼がビルを出てから降りて行った。
「3人じゃなくて?」松沢楠子は戸惑った。「バカなの、あなたは?!晋太郎の子に手を出したら殺されるじゃない!私はまだ死にたくない!」狛村静恵は楠子を罵った。「晋太郎と紀美子との関係は普通じゃない。あなたが彼女の子供に手を出して、もし彼にバレたら、きっと彼に怒られる」楠子は静恵に注意した。「もうそこまで構ってられないわ!」静恵は歯を食いしばった。「佑樹のガキが私に恥をかかせた。死んでもらうしかない!」楠子は黙って静恵を見つめた。彼女から見ると、静恵は恐らく心理的な問題があった。しかしその話は、彼女は口に出来なかった。静恵と分かれてから、楠子は会社に戻った。入江紀美子の体調は大分回復したようで、既に会社に戻ってきていた。楠子は書類を持って紀美子を訪ねた。ノックして事務室に入り、楠子は書類を紀美子に渡しながら、「社長、この書類をご覧ください」と言った。紀美子は書類を受け取り、中身を確認した。「社員教育?」楠子は頷き説明した。「今の秘書室のメンバーの能力はまだ足りていなくて、社員教育が必要です」紀美子は笑って、「君、随分と仕事熱心だね」と褒めた。「ありがとうございます。」紀美子は書類にサインした。「経費なら財務の方に伝えておくけど、教育は何回かに分けて行うこと。でないと、皆がいっぺんに出かけて会社は人手不足になりかねないから」「私ひとりでも暫くはもてるはずです」楠子は言った。紀美子は微笑んで、「そんなに頑張ってたら、体が疲れるじゃない?」と聞いた。「大丈夫です、HRにいる頃よりは随分と楽です」「なら、しばらくはよろしくね」楠子が出た後、紀美子の笑顔が消えた。彼女は楠子が他の秘書を遠ざけて何をしようとしているのか分からなかった。相手が既に動きを見せているのなら、彼女も警戒する必要があった。紀美子は、楠子の真の目的を掴むには、自分があまりに目立って行動してはいけないと分かっていた。彼女は暫く考えてから、露間朔也にメッセージを送った。「楠子が秘書達を社員教育に出したいと言ってるけど、私は何回かに分けてやるように伝えたわ」すぐ、昨夜からの返事があった。「何で急に社員教育とかやるんだ?その秘書達はどれもトップクラスの人材だったはず」「彼女
「ゆみちゃん、お兄ちゃんはもうすぐ終わるから、あとで遊んであげるね」入江ゆみは、パソコンの画面に映っているわけのわからないコードを見て、ため息をついた。「もうすぐゆみがあなた達と遊ぶ時間がなくなるのに、遊んでくれないなんて酷いわ」ゆみは不満をこぼした。「何で遊ぶ時間がなくなる?」森川念江は聞いた。「周りにいたずらっ子がいなくなったら、いいことじゃない?」入江佑樹も振り向いて、妹をからかった。「お兄ちゃんのバカ!自分がどんな酷いことを言っているか分からないの?」「酷いことなんか言ってないよ、時間がなくなるなんて、どこにいくつもり?家には毎日戻ってくるだろ?」ゆみは怒ってそのまま床に座り込んだ。「お母さんは、ゆみを修行に送り出すと言ってたよ!」「修行って?」念江は呟いた。「確かに芸術類の習い事なら、ゆみに合いそうだ」「彼女が?」佑樹はあざ笑いをした。「ゆみの音楽の感覚最悪だぞ」「じゃあ、絵を描くのも悪くない」「勘弁して、彼女が描いたネコが、ネズミにしか見えない」「じゃあ、楽器とか?」「ゆみはリズム感が全くないし」「ダンスは?」「リズム感が全くないと言っただろ?」「……」念江はもうそれ以上の習い事が思いつかなかった。「酷い!」ゆみは小さな拳を握り緊めて言った。「お兄ちゃんのバカ!今日はこの拳で痛い目に合わせてあげる!」ゆみは手を上げて佑樹を殴ろうとしたが、佑樹は防御の姿勢をとり、殴り返そうとせず、怒ってもいなかった。「分かった、分かった!」佑樹は妹を慰めた。「今は本当に忙しいから、後でアイスクリームを買ってあげる」ゆみは先ほどの騒ぎで疲れていて、荒い息をしながら兄に確かめた。「本当に忙しいの?ゆみに黙って二人で遊んだりしていない?」念江は慌ててゆみに説明した。「本当だよ、ゆみ、とても大事なことをしているんだ」ゆみは諦めた。「そう。分かったわ……」そう言って、ゆみは部屋を出ようとした。出る前に、ゆみはもう一度2人を見ると、彼達はまたパソコンに注目していたので、彼女はそのまま出ていった。ゆみは庭に出て、森川晋太郎が買ってくれた携帯を出して、ボイスメッセージを送った。「お兄ちゃんたちが遊んでくれない……」晋太
森川晋太郎は藤河別荘に着いた。車を降りようとすると、電話が鳴った。森川次郎の電話番号を見て、晋太郎の顔色は一瞬で曇った。あまり考えずに、彼は電話を切った。しかし車のドアを開けたばかり、次郎の電話がかかってきた。晋太郎は苛立ってきて、電話に出た。「貴様、死にたいなら俺が殺してやる!」「晋よ、俺達はもう同僚になって大分経ってるのに、まだそんなに怒ってるか?」「俺の怒りは、貴様がくたばるまで収まらない!」晋太郎は怒鳴った。「そうか」次郎は笑って聞かせた。「俺が言いたいのは、会社の管理層がお前の態度に相当な不満を抱えているということだ」「だったら何なんだ?」晋太郎は聞き返した。「本当に自分の気持ちを制御できないな、晋。このままだといずれ全てを失ってしまうよ」「黙れ!」晋太郎は怒り狂いそうになった。「失せろ、二度と言わせるな!」「失せてどうする?俺は、お前が少しずつ握っていた権利を失うのを、見届けたくて仕方がない。忘れるなよ。あの日お前が父の前で跪いた無様な姿、俺はもう一度見たいんだ」「貴様!」晋太郎は歯を食いしばった。「死にたいのか?」「そうさ!」次郎は陰湿な笑みを浮かべた。「お前が殺しに来るのを待っている。がっかりさせるなよ!」晋太郎は電話を切ったが、瞳の中は怒りの炎に満ちていた。隣の杉本肇は見ていられなかった。「晋様、あんなクズに怒る必要はありません、そいつは今もう薬漬けになっていますから」晋太郎は拳を握り緊めた。「奴が今担当しているプロジェクトはあと何がある?」「数日前、とある遊園地の再建のプロジェクトを引き受けたそうです……」晋太郎は一瞬で目つきが鋭くなり、脳裏に母が墜落事故に遭った時の惨状が浮かんできた。彼はまるで胸がナイフに刺されたかのように、痛くて窒息しそうなった。次郎がそのプロジェクトを引き受けたのは、自分への復讐に違いない!絶対に彼の思うつぼにさせてはならん!「全力で奴を阻止しろ」晋太郎は冷たい声で指示した。「晋様、会社のハンコですが、ずっと引きずっていると、資金の損耗になりかねません!」肇は晋太郎に注意した。「何故MKキャッシュフローを使う必要があるんだ?」晋太郎は目を細くして言った。
この間、森川晋太郎はその御守で入江紀美子とちょっとした喧嘩になっていた。「ゆみちゃん、それ外した方がいいと思う。変な細菌がついているかもしれないし、ネックレスが好きなら、俺はもっといいのを買ってあげるから」晋太郎は眉を寄せながら、ゆみに言った。「嫌だ!」ゆみは彼を断った。「ゆみはこれが好きなの、これをかけたら夢を見てたの!」「夢?どんな夢?」「仙人のお姉さんと、とてもきれいなおばさんがゆみと遊ぶ夢だよ!隣にワンちゃんもいたの!真っ白な毛並みで、とても大人しくて可愛いワンちゃん!御守をつけたら夢を見るなど、晋太郎は不思議に思った。「よくその夢を見てたのか?」晋太郎は続けて聞いた。ゆみは頷いた。「この御守をつけてからね、ゆみは毎日その夢を見るようになったんだ!今でもはっきり覚えてるの!ただ……その仙人のお姉さんがおばさんが言っていた話、ゆみはよく分からなかったの……」晋太郎から見れば、ゆみが言っていることはあまりにも突拍子だった。だが、ゆみが楽しんでいるのを見て、彼はそれ以上何も言わなかった。ただ、ゆみがあの人の弟子になること、何故入江紀美子が自分と相談しなかった?たとえ自分がまだ子供の父親の身分で彼女とゆみのことを相談していないとしても、彼女の独断でこんなにも簡単に決め手はいけない!いかんせんそれはゆみの将来に関わる事情だから!藤河別荘にて。昼ご飯の時間になったので、竹内佳奈が子供達を呼びに2回に上がった。部屋に入って、佳奈は入江佑樹と森川念江に「お昼だよ」と呼んだ。そして、佳奈はゆみがいないことに気づいた。勇気と念江も驚いて佳奈を見た。「ゆみ、下にいなかった?」佑樹は緊張してきた。「庭は?」念江も心配してきた。ことの重大さに気づいた佳奈は、慌てて降りてボディーガード達に確かめに行った。佑樹と念江も彼女の後ろについておりてきた。佳奈はボディーガードに、「ゆみちゃんを見なかった?」と尋ねた。「見ました、先ほど森川社長が連れていきました」ボディーガードは頷いて答えた。「森川社長って?晋太郎さんのこと?」「はい」その返事を聞いて、佳奈はほっとした。「なんだ、連れていくのなら教えてよ」そう言って、彼女は別荘に入った。佳奈が
「あ……あぁ、わ、わかりました」舞桜はどもりながら答えた。紀美子は違和感を覚え、「どうしたの?」と尋ねた。「な、なんでもないです!」舞桜は焦りながら、「ちょうど今、子供たちのおもちゃを片付けてるんです!切りますね!」と電話を切った。「わかった」紀美子は言った。電話を切った後、舞桜は慌てて階段を駆け上がった。ドアを開け、子供たちに向かって言った。「大変!お母さんが帰ってきちゃう!ゆみがまだ帰ってないけど、どうしよう?」子供たちの顔色が変わり、念江は急いで晋太郎にメッセージを送った。その頃、晋太郎はゆみを連れて自宅への帰路に着いていた。ゆみとおしゃべりしていたため、座席の上で点滅している携帯に気づくことはなかった。晋太郎が返事をくれなかったため、念江は電話をかけたが、電話にも出なかった。念江は眉をひそめて携帯を置き、「たぶんお父さん、気づかなかったんだろう」と言った。「多分、今帰ってきている途中だと思う。ゆみがうるさくしてて、着信の音が聞こえなかったんじゃない?」佑樹は言った。「帰ってくる途中で紀美子さんと鉢合わせしちゃわないかな……」舞桜は言った。佑樹は気にしていないようで、背もたれに体を預けてのんびりとした様子で言った。「どうせ叱られるのはゆみじゃなくて、晋太郎の方だろ?」念江は、佑樹を見て困ったように言った。「僕たちも叱られるんじゃない?」佑樹は後ろで頭を支えていた手を止め、「たぶん、大丈夫だろう……」と答えた。車内。ゆみは遊び疲れたようで、晋太郎の膝に頭をのせ、可愛い目をうつろにしていた。晋太郎はゆみの柔らかい髪に手を当て、「ゆみ、眠いのか?」と尋ねた。ゆみはぼんやりとうなずき、あくびをして、「少し寝たい……」とつぶやいた。晋太郎は腕時計をちらりと見て、「もうすぐ着くから、少し我慢して、帰ってから寝ようか?」と言った。ゆみは身をひるがえして、目を閉じたまま、「ちょっとだけ……」と小さい声で呟いた。晋太郎は微笑みを浮かべながら、「いいよ」と答えた。その言葉を聞くやいなや、ゆみはすぐに眠りについた。10分後。藤河別荘に到着し、晋太郎がゆみを抱きかかえて別荘に連れて行こうとした時、紀美子の車も敷地に入ってきた。晋太郎の車が庭に停まって
紀美子は傍で遊んでいる四人の子供たちを見ながら尋ねた。「ゆみも行くのですか?」「もちろん行った方がいい。この子は賢く、才能もある。たくさん自分で見聞きするのが一番だ」「じゃあ、明日車を手配して送ります。だいたいどの辺りですか?」霊司が話そうとしたところで、紀美子はまた言った。「小林さん、私の好意を受け取ってください。こんなことで遠慮しないでください」「いや、そうじゃない。相手が迎えに来ると言っているんだ。迷惑はかけないよ」「そうなんですか……」紀美子は言った。「じゃあ、今夜はうちに泊まってください。明日相手に迎えに来てもらいましょう」「それじゃあご迷惑……」「全然迷惑じゃありませんよ」一方、その頃。ゆみは紗子の隣に座って尋ねた。「紗子、お兄ちゃんたちはあなたをいじめてない?」紗子は笑って尋ねた。「どんなのがいじめなの?」ゆみは唇を尖らせて考えてから言った。「あなたに怒鳴ったり、偉そうな顔をしたり、口答えしたりすることよ!」紗子は思わず佑樹を見て、どう説明しようかと考えた。ゆみは彼女がすぐに返事をしないのを見て、声を大にして言った。「いじめてるのね!!」紗子は慌てて説明した。「違うよ、ゆみちゃん、私……」「佑樹!!」紗子が話し終わらないうちに、ゆみは佑樹に向かって叫んだ。佑樹は彼女を見つめた。「何?」ゆみは偉そうに腰に手を当てて問い詰めた。「どうして紗子に怒鳴るの?」それを聞いて、佑樹は紗子を見た。紗子はすぐに首を振り、何も言っていないと示した。佑樹は冷たく笑って、ゆみに尋ねた。「帰ってきたばかりで、正義の味方になったの?」ゆみは言った。「紗子はこんなに良い子なのに、どうしていじめるの?女の子には優しくしないと、将来彼女ができなくなるよ!」佑樹は口元を引きつらせた。「ママにそっくりそのまま聞かせてみる?外で、悪いことばかり覚えてきたのか?」「私はあなたのために言っているのよ。将来お嫁さんが来てくれなかったらどうするの?」「心配ない。念江がお嫁さんを連れてきてくれる」二人の会話を聞いて、佳世子は驚いて彼らを見た。「あなたたち、こんなに小さいのにもうそんな結婚のことを考えているの?!念江、好きな子がいるの?おば
紀美子は以前、静恵を監視していた記者の連絡先を肇に渡した。その後、記者に電話をかけ、今後の計画について詳しく打ち合わせをした。紀美子は肇を長く引き留めず、彼が去った後、彼女たちはカフェの裏口からそっと抜け出した。ちょうどその時、運転手がキャンピングカーを運転して三人の子供たちを連れて到着し、一行は空港へ向かった。空港に着いた瞬間、ゆみから電話がかかってきた。紀美子は電話に出ながら、車のドアを開けて降りた。「ゆみ、ママは着いたよ。あなたは出てきた?」「出たよ!」ゆみは電話の向こうで興奮して叫んだ。「ママが見えた!」紀美子の耳にゆみの声が響いた。彼女が声のする方を見ると、ゆみが小林霊司(こばやし れいじ)の手を離れ、走ってくるのが見えた。ゆみが紀美子の懐に飛び込むと、紀美子はすぐに彼女を抱き上げた。ゆみは紀美子の首に抱きつき、頬をすり寄せた。「会いたかったよ」紀美子は優しく彼女の背中を撫でた。「ママもゆみに会いたかったよ」「あら……」傍で見ていた佳世子は羨ましそうに口を開いた。「ゆみ、どうしてママだけ?おばさんは?」佑樹は佳世子を一瞥した。「あなたには会いたくならないだろ。連絡取れないんだから」佳世子は佑樹を睨みつけた。「このガキ、また生意気なこと言ってるね!」「そうよ!」ゆみは紀美子の腕の中から身を起こした。「おばさん、兄ちゃんをぶっ飛ばして!こてんぱんにしてやって!」佑樹はゆみを見て、意味深に笑った。「外でどうやっていじめられてたか、もう忘れたの?」ゆみは言葉に詰まり、やがてふんっと鼻を鳴らして傲然と言った。「それは私が彼ら俗人と争う気がないからよ!」そう言っていると、霊司が紀美子たちの前にやってきた。紀美子は恭しく声をかけた。「小林さん、ゆみを連れての長旅、本当にご苦労様でした」霊司は手を振って笑った。「彼女はとてもお利口さんだし、苦労なんてないよ」佳世子はさっそく霊司に話しかけた。「小林さん、ゆみをこんなにしっかり面倒見てくれてありがとうございます。感謝の気持ちを込めて、今日は私と紀美子がごちそうします。ぜひ一緒にいきましょう。断らないでくださいよ」佳世子の言葉に、霊司は断れなくなった。一行は笑いながらレスト
佳世子は頷いた。「わかってるよ。彼は私のために大きな犠牲を払ってくれたんだから、私も当然彼を大切にするわ」紀美子はそれ以上何も言わず、笑って携帯を取り出し、家族のグループにメッセージを送った。佑樹と念江に、ゆみが帝都に帰ってくることを知らせるためだ。午後3時半。佳世子と紀美子は会社を出て、まず子供たちを迎えに行き、それから空港に向かうことにした。車が走り出してすぐ、紀美子は道路脇に肇の姿を見つけた。彼は悟の車から降り、MKの方に向かおうとしていた。紀美子は急いで運転手に声をかけた。「止まって!」運転手は急ブレーキを踏んだ。佳世子は不思議そうに紀美子を見て尋ねた。「紀美子、どうしたの?」紀美子は周りを見回し、ドアを開けた。「肇を見かけたの。平介、あなたは先に藤河別荘に行って子供たちを迎えてきて」紀美子が運転手にそう言うのを聞いて、佳世子も急いでドアを開けて降りた。そして紀美子の後を追い、二人は肇に追いついた。紀美子は肇の前に立ちはだかった。「肇!」肇は足を止め、突然現れた紀美子と佳世子を見つめた。「紀美子さん、佳世子さん。お二人とも、何かご用ですか?」肇はよそよそしく尋ねた。「肇、通りで長々と話したくないの。ちょうどあなたの後ろにレストランがあるから、中に入って話しましょう」「紀美子さん」肇は冷たく言った。「私には話すことはありません」「悟にあなたがルアーと密接に連絡を取っていることを知られたくなければ、私についてきなさい!」紀美子は厳しく言った。肇は数秒黙り、それからレストランに向かって歩き出した。紀美子と佳世子はすぐに後を追った。個室で。三人はソファに座り、紀美子は直接言った。「肇、私と佳世子は調べたわ。あなたのおばあちゃんは悟の人に監視されているんでしょ?あなたが彼に従っているのは仕方ないことだわ」肇は目を伏せて黙り、しばらくしてから言った。「社長は私のおばあちゃんの世話をする人を派遣してくれたんです。入江さん。実情を知らないのに、むやみに話さないでください」佳世子は焦って言った。「肇、もう私たちに嘘をつく必要はないわ!ルアーの出現が何よりの証拠じゃない。紀美子が何度もあなたを誘ってきて、あなたが避けられなくなったから、
その言葉が終わらないうちに、佳世子は晴のネクタイをつかんで彼を引き寄せ、キスをした。翌日の午後。晴は隆一からの電話を受けた。電話がつながると、晴は急いで尋ねた。「隆一、君の親父は承諾してくれた?」「親父は、この件は重大だから、まず悟の素性を調べてからでないと動けないと言ってた。でもこの感じだと、この件を手伝ってくれるみたいだ」「やっぱりお前の親父は話が通じるな」晴は言った。「俺の父さんなんて、利益以外のことは全く気にしないから」隆一はしばらく黙ってから言った。「実は、俺も、親父がこんなに早く承諾するとは思わなかったんだ。親父と晋太郎の関係は特に特別なものではなかった。お前の親父と晋太郎の方が仲が良かったのに、どうしてこんなに早く承諾したんだろう?」それを聞いて、晴も不思議に思った。「そう言うと、確かに変だな。お前の父さんはトラブルに関わるのを一番嫌がる人だ。今回はどうしてこんなに積極的なんだ?晋太郎のためならわかるけど、晋太郎はもういないのに」「そうなんだよ!」隆一は言った。「だから俺もわからないんだ。まあ、親父が調べ終わったらまた連絡するよ」「わかった」隆一と話し終わると、晴はこのことを佳世子に伝えた。ちょうどその時、佳世子は紀美子と一緒に会議を終えたところだった。メッセージを見て、彼女はすぐに紀美子に隆一の父が手伝ってくれることを伝えた。紀美子はそれを聞いて安堵の息をついた。「隆一の父さんはなかなかの実力者だわ。彼の助けがあれば、悟の件もうまく解決できるはず。今は時間の問題ね」ちょうどその時、紀美子の携帯が鳴った。彼女は携帯を見て、ゆみからの着信だとわかると、電話に出た。「ゆみ」紀美子はそう言いながら、ドアを開けてオフィスに入った。「ママ」ゆみの楽しそうな声が携帯から聞こえてきた。「私、帰るよ!」紀美子は驚いた。「帰るの?いつ?帰ってきたらもうそっちには行かないの?」「また戻るよ。おじいちゃんがこっちで用事があるから、数日帰るだけ」ゆみは笑いながら説明した。紀美子は嬉しそうに尋ねた。「いつ出発するの?チケットは買った?まだ買ってないならママが買うわ」「買ったよ」ゆみは言った。「今飛行機の中だよ!4時間後には着くよ!」
そう言うと、晴は携帯を取り出して隆一に電話をかけた。事情をはっきり説明すると、隆一は言った。「わかった。明日親父に聞いてみるよ。今は遅いから、もう寝てるだろう。でも、晴、お前のお父さん、本当に面白いな」隆一の言葉からは、「お前の父親、ほんとに最低だな」という気持ちが溢れんばかりだった。「彼がそんな態度なら、これから誰も助けてくれないだろうな」晴は言った。「まあ、君も考えすぎないで。早く寝なよ」電話を切ると、晴は携帯を置いた。彼はそっと、ソファで携帯をいじっている佳世子をちらりと見た。しばらく黙ってから言った。「佳世子、俺を泊めてくれる?」「ここにいたいならいればいいじゃない。私がいない時だって、よく来てたでしょ?」佳世子はゲームに夢中で、晴をちらりとも見なかった。それに対して晴は興奮した。急いで布団を取りに行こうとしたが、二歩歩いて何かに気づき、戻ってきた。「佳世子、俺を泊めてくれるってことは、俺とやり直してくれるってこと?」佳世子は晴が何を言ったのか全く聞いておらず、適当に答えた。「うんうん、そうそう、あなたの言う通りよ」晴は一瞬驚いたが、すぐに佳世子の顔に手を伸ばし、彼女の唇に強くキスをした。佳世子は目を見開き、体を硬直させた。晴は悪戯っぽく笑った。「今日から、俺たちの未来のために計画を立てるよ!」佳世子は我に返り、クッションを晴に投げつけた。「晴!あなた頭おかしいの?!」佳世子は叫んだ。「私には病気があるのよ!触らないで!」晴はクッションを抱きしめて言った。「俺は構わないよ。唾液で感染することはないし。たとえ感染したとしても、俺も喜んで受け入れる。俺たちはもう、苦楽を共にしなきゃいけない仲だろ?」佳世子は彼を睨みつけた。「いつ私がそんなこと言ったの?!」「さっきだよ!」「さっき?!」晴は力強く頷き、無邪気な目で彼女を見た。「俺がここに住むのはそういうことなのか聞いたら、君が『そうそう』って言ったじゃないか」佳世子は頭を抱えた。「あれはゲームをしてて、あなたが何を言ったか聞いてなかったの!」晴は眉を上げた。「それは俺の知ったことじゃない。君が承諾したんだから、もう取り消せないよ」「もういい加減にして!」佳世子
「あの女って??」晴の顔がこわばった。「藍子が俺たちを脅した時、誰が俺たちを助けてくれたのか、もう忘れたのか?!」「彼女がそんなことをしたからって、俺が会社全体をかけて手伝うと思うか?」「そんなこと?!」晴は父を見つめながら、次第に父が遠く感じられた。「あなたはどれだけ恩知らずなんだ?」「誰であろうと、俺が会社をかけることはない!」「最後にもう一度聞く。本当に見て見ぬふりをするつもりなのか?」晴は失望したように尋ねた。「ああ!俺は一切関わらない!」晴は唇に冷笑を浮かべた。「あなたを見誤っていたようだな……」そう言うと、晴は別荘を出て行った。30分後。晴は佳世子の家の前に現れた。彼はドアの外に黙って立ったまま、長い間ドアをノックする勇気が出なかった。彼は今、どんな顔をして佳世子に会えばいいのかわからなかった。自分の家が窮地に立たされた時、佳世子は迷わず海外から戻ってきてくれた。それどころか、自分の評判をかけてまで助けてくれたのだ。しかし、自分の父はどうだ?人を利用し終わったら、あっさりと冷たくあしらうような人間だ。晴は苦笑した。しかし、彼が去ろうとした時、突然ドアが開いた。佳世子はゴミ袋を持っており、ドアの前に立っている晴を見て驚いた。「あ、あなた……夜中に黙ってここに立ってどうしたの?!」晴はうつむいたまま、しゃがれた声で言った。「いや、別に。ゴミを捨てに行くなら、俺が行くよ。捨てたら帰るから」佳世子は何かおかしいと気づき、彼をじっと見た。晴の目が赤くなっているのを見て、彼女は少し驚いた。「晴、どうしたの?」「別に」晴は前に出て佳世子のゴミ袋を受け取った。「早く休んで。俺は行くから」「動かないで!」佳世子は彼を呼び止めた。「中に入って話をして!二度と言わせないで。私の性格はわかってるでしょ!」晴はしばらく躊躇したが、佳世子を怒らせたくないので、仕方なく中に入った。佳世子は晴にミネラルウォーターを渡し、そばに座って尋ねた。「要点を絞って話して」晴は申し訳なさそうに、今夜の出来事を佳世子に話した。佳世子は淡々と答えた。「普通だわ」晴は佳世子の冷静な態度に戸惑いを覚えた。以前なら、佳世子はきっと怒っ
「うん、ルアーがここに来たということは、肇は本当に裏切ってはいないってことね」佳世子は言った。紀美子は苦笑いを浮かべた。「彼がそんなことをしないことを願うわ」「今かなりの証拠が集まったはずだけど、次はどうするつもり?」佳世子は尋ねた。紀美子はソファに座り込んだ。「正直言って、次に何をすべきかわからないの。帝都で会社は順調に発展しているけど、実際には人脈があまりないの」佳世子は考えてから言った。「私が晴に会ってみる。彼ならきっと何か方法があるわ」夜。佳世子は晴をレストランで食事に誘った。彼女はルアーが持ってきた情報を晴に伝え、その後、悟の地下室の件も話した。晴は驚いた。「ルアーが寝返った?!彼は内通者だったのか?!」「うん、紀美子はすでにいくつか重要な証拠を握っているけど、問題は、彼女が警察に通報しても無駄だと思ってることなの」「確かに」晴は言った。「警察は彼と関係があるだろうし、彼より強い権力を持っていなければ、どうにもならない」佳世子は晴に水を注いだ。「だから今夜あなたを呼び出したの」晴は口に含んだ水を吹き出しそうになった。佳世子は呆れて彼にティッシュを渡し、嫌そうに見つめた。「手伝いたくないなら、はっきり言ってよ」「いやいや……ゴホゴホ……俺に会いたくて食事に誘ったのかと思ったんだよ」佳世子は彼の言葉に顔を赤らめた。「やめてよ!そんなに暇じゃないわ!」晴は興味深そうに彼女を見つめた。「そう?じゃあなんで顔が赤いの?」佳世子はカッとなって彼を睨みつけた。「手伝えるの?はっきり言ってよ!」「親父に聞いてみる。明日返事するよ」「わかった」佳世子は言った。「待ってるわ」佳世子を家まで送った後、晴は別荘に戻った。ドアを開けると、リビングでテレビを見ている父の姿が見えた。晴は鼻を触り、父のそばのソファに座った。「父さん」晴は尋ねた。「一つ聞いてもいい?」「回りくどいことするな。用事があるならはっきり言え」晴の父はテレビから目を離さずに答えた。「警察で権力のある人を知ってる?」それを聞くと、晴の父は眉をひそめて彼を見た。「また外で何かやらかしたのか??」「俺じゃない」晴は説明した。「晋太
家に戻ると、紀美子はすぐに佑樹の部屋に行った。彼女は佑樹に肇にメッセージを送らせ、会う時間を約束させた。しかし、何日待っても肇は現れなかった。一週間後。紀美子がオフィスに着くと、佳世子がドアの前に立ったまま中に入ろうとしていないのを見た。彼女は佳世子の前に歩み寄り、不思議そうに尋ねた。「何をしてるの?」紀美子が目の前に現れたのを見て、佳世子はすぐに姿勢を正した。「紀美子、中にあなたを待っている人がいるわ」紀美子は不思議そうにオフィスを見た。「誰?」佳世子は急いでドアを開けた。「入ってみればわかるわ」紀美子がオフィスに入ると、マスクをした男がソファに座っていた。音を聞くと男は振り返り、青い瞳が紀美子の目に映った。男は急いで立ち上がり、マスクを外して言った。「入江さん、私です」男の顔を見て、紀美子は驚いて言った。「ルアー副社長?」「入江さん、やっと会えました!佳世子さんを見かけなければ、あなたと会うことはできなかったでしょう」紀美子はルアーをソファに座らせ、水を注いだ。「あなた、A国にいるんじゃないの?どうしてここに?」「入江さん、私は肇さんから連絡を受けて帝都に来ました。会社のことについてお話しします。それと、証拠も持ってきました」そう言うと、ルアーはバッグから書類を取り出し、紀美子に手渡した。「この書類は、しっかり保管してください。これは私と肇さんが数ヶ月かけて、技術部の人に統計してもらった会社のファイアウォールが突破された回数です。それと、悟が私に会社の重要な書類を漏らすように頼んできた時の録音もあります」紀美子は驚いて彼を見た。「書類を漏らすってどういうこと?!」ルアーは申し訳なさそうに、A国で起こったすべてのことを話した。それを聞いて、紀美子と佳世子は青ざめた顔で彼を見つめた。ルアーは深く息を吸い込んでから続けた。「入江さん、私が自分の罪をあなたに打ち明けたのは、お願いがあるからです!」紀美子は椅子の肘掛けをきつく握りしめ、目を赤くして尋ねた。「ルアー、あなた、厚かましく私にににをお願いするつもりなの?あなたがいなければ、晋太郎はA国に行かなかった!死ぬこともなかった!」ルアーの目には憤りと悲しみが浮かんでいた。「森川社長に申
「私一人の努力の結果じゃないわ。朔也も……」朔也の名前を出した途端、紀美子の胸は重く苦しくなった。紀美子の表情を見て、龍介は話題を変えた。「前に悟の家に行くと言ってたけど、何か見つかった?」紀美子は地下室で見た状況を龍介に話した。龍介はしばらく考え込んでから言った。「君が警察に通報しないのは、悟が警察に知り合いがいて、事件がうやむやになるのを恐れているからだろう?」紀美子は頷いた。「そうよ。龍介君、この件には関わらないで。あなたはもう十分助けてくれたわ」龍介は笑った。「わかった。君の考えを尊重するよ」……一週間後。佳世子が朝早くに電話をかけてきた。紀美子は携帯を探し、眠そうな表情で電話に出た。「もしもし?」佳世子は電話の向こうで興奮して言った。「紀美子!調べたんだけど、肇のおばあちゃんは確かに監視されてるみたい」紀美子は一気に目が覚めた。「その人はまだ肇のおばあちゃんの家にいるの?」「いるわ」佳世子は言った。「でも、おばあちゃんの世話をしてるみたい」紀美子は眉をひそめた。「じゃあ、私たちは違法監視の証拠を手に入れられないわね」「肇が鍵なのよ!肇が認めてくれれば、この罪を悟に着せることもできるわ」「肇は私に打ち明けたくないみたい」紀美子は頭を抱えた。「どうやって彼に切り出せばいいのかわからないわ」佳世子は考えてから言った。「人を回してしばらく盗み撮りするのはどう?そのうち警察が調べてくれるんじゃない?あの人たちは肇のおばあちゃんと何の関係もないんだから」「悟が他の言い訳を考えていないと思う?単に支えるためにおばあちゃんの世話をする人を探したと言い張れるわ」「じゃあどうすればいいの?私たちがこっそり肇のおばあちゃんを連れ出すはどう?」紀美子はすぐに拒否した。「ダメよ。そうしたら悟は肇に目をつけるわ。佳世子、私はもう誰にも賭けられないの。それに肇は私たちを裏切ってないわ。彼はただ追い詰められてるだけなの」佳世子はイライラして舌打ちした。「紀美子、もう、どうしようもないなら直接警察に行こうよ!警察に悟の家を捜索させよう!骨が見つかれば、世論を煽れば、彼は完全に終わりよ」「佳世子、そんなに簡単じゃないわ」紀美子は言った。「