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第355話 虎穴に入らずんば虎子を得ず

「紀美子は人を気遣うのよ。あなたはいつも紀美子のそばにいて、一度も気を遣われたことがないの?もしかして、誰かに気を遣われるのが好きじゃないの?でも、自分を気にしてもらえる人は少ないのよ」

白芷が一連の言葉を並べたが、楠子は短く返した。

「必要ない!」

楠子にとって、紀美子が自分を気遣うのは上司としての務めであり、重要な仕事をきちんと整理するからなのだ。もし能力がなければ、紀美子が自分を気にかけるわけがない。そして、そんな偽善的なものなど必要ない。

白芷は考えてから言った。

「必要よ。だってあなたも人間だし、良い人なんだもの。良い人はもっと幸せでいるべきよ」

楠子は少し戸惑った。

「どうして私が良い人だと思うの?」

白芷はタブレットを持ち上げた。

「だってこれを貸してくれたから」

楠子はちらりと見て、内心で苦笑いを浮かべた。たかがタブレット一つで良い人間だと?なんて甘い。

楠子は返事をせず、パソコンの前に戻った。

だがその後、楠子は白芷の言葉が頭から離れず、仕事に集中できなくなった。

午前の終わりに。

紀美子は楠子を呼び、事務室に入った。

「楠子、昨日の会議録をまだ私に提出していないわね?」

と紀美子が尋ねた。

楠子は目を伏せ、

「申し訳ありません。私が仕事を怠けていました」

紀美子はしばらく楠子を見つめた後、微笑んだ。

「大丈夫よ。疲れが溜まっているのかもしれないわね。最近、ずっと働いてくれているものね」

楠子は黙ったままだった。

白芷の言葉が再び頭の中で響いた。

紀美子は腕時計を見て、

「ちょうどお休みの時間ね。一緒に昼食に行かない?ついでに話したいことがあって」

楠子は頷いた。

「はい」

十一時半。

紀美子は白芷と楠子を連れて会社の向かいにある料理店へ向かった。

個室に座ると、紀美子は契約書を取り出して楠子に手渡した。

「これを読んでみて」

楠子が契約書を受け取り、読み進めるうちに驚きの表情を浮かべた。「株?」と尋ねた。

紀美子は笑顔で、

「そう、ただの株だけど、あなたの能力があれば当然だと思うわ」

「入江社長、私はただの秘書です」

と楠子が言った。

「違うわ」と紀美子。

「契約書にも書いてある通り、明日からあなたは人事部長として働くことになるの。断らないで、会社が必要としているからよ。あ
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