話が終わると、晴は突然立ち上がり、別の席に移動した。晋太郎の隣の席がひとつ空き、またもうひとつが空いた。晴は空いた椅子を叩いて、佳世子にこちらに座るよう合図した。朔也は晴を睨みつけた。「お前、わざとだろう!?」晴は笑って答えた。「あそこはエアコンがあたらなくて暑いんだ。ちょっと変えたんだよ」朔也は口元を引きつらせながら、呟いた。「てめぇ、わざと紀美子をあっちに座らせようとしてるんだろう!」晴は挑発的に朔也を見返して言った。「それとも、お前が代わりに座るか?」朔也は低く呟いた。「チクショウ!麗莎がここにいなかったら、紀美子にこんな我慢させるわけがない」その言葉を聞いて、晋太郎の冷たい視線が朔也に向けられ、その眼差しには凍えるような寒気が漂っていた。寒気を感じた朔也は震え上がり、見栄っ張りな態度で「ふん」と鼻を鳴らし、それ以上口を開くことはなかった。紀美子は頭を抱えて佳世子に言った。「行って、私はここに座る」佳世子は晴を睨みつけるのをやめ、言った。「分かった、ボスとケンカしないでね」同時に。会場内に音楽が鳴り響き、騒がしい音楽が紀美子と晋太郎の間の緊張感を少し打ち破った。しばらくして、晋太郎のかすれた声が響いた——「おめでとう。この勝利は見事だったな。さすがに三年間も俺の傍にいただけのことはある」紀美子は感心して答えた。「その最後の一言にはちょっと自慢が入ってるわね」「そうではないか?」晋太郎は口元に笑みを浮かべて言った。「俺が無能な奴を育てたことがあるか?」紀美子は鼻で笑った。「無能な奴はいないけど、頭の悪い奴はどんなに育てても無駄よ。 「私を育てたと言うよりは、私があなたを選んだ目利きが良かったのよ、三年間も上司にしてね。「晋太郎、あなたのような上司は世話するのが大変なのよ!」晋太郎は少し顔色を曇らせ、尋ねた。「もし他の人だったら、君は自分の体を犠牲にして世話をしただろうか?」紀美子は冷静に答えた。「あなたは私の性格をよく知っているでしょ?私はお金にしか興味がないんじゃないの?」晋太郎は冷笑して言った。「他人は信じるかもしれないが、俺は信じない。君が当時俺を見たとき、その目にははっきりと“私の心にはあなたがいる”と書いてあった」恥知らず!紀美子は心の中で怒鳴った。「
続いて、さらに二発の銃声が鳴り響いた。紀美子は恐怖のあまり叫び声を上げ、晋太郎は冷ややかな表情で彼女の腕を掴み、地面に引きずり込んだ。周囲の客たちは四方に逃げ散り、椅子が押されて人にぶつかっていた。晋太郎は紀美子をしっかりと抱きしめ、彼女を守るようにして、非常に冷静な声で言った。「心配しないで、君を連れ出すから!」晴の驚いた声が聞こえてきた。「晋太郎!後ろ!!」その声を聞いて、晋太郎は素早く振り向いた。そこには、痩せた男が鋭いナイフを持って二人に向かって突き刺してくる姿が見えた。晋太郎は紀美子を引き寄せて素早く後ろに守り、暴徒が彼の腕に深い一撃を与えた。紀美子の目は大きく見開かれ、驚愕の声を上げた。「晋太郎!!」ナイフを振り回す男は狂気じみた叫び声を上げた。「お前らは全員死ぬべきだ!お前らみたいな資本家を全員殺す!」晋太郎は冷ややかな表情で腕を押さえ、再びナイフを振り下ろす前に男の胸を強く蹴り飛ばした。その一撃で暴徒は派手にひっくり返った。すぐにボディガードたちが晋太郎の元に駆け寄り、迅速に暴徒を制圧した。小原は申し訳なさそうに晋太郎に頭を下げた。「森川様、遅れて申し訳ございません!」「警察に連れて行け」晋太郎は冷たく言った。小原は困惑して聞いた。「我々の元に連れて帰って処理しなくてもいいのですか?」晋太郎は冷ややかに答えた。「俺を狙ったものではない。警察に任せろ」「承知しました!」紀美子は急いで晋太郎の流血が止まらない傷を確認しに駆け寄った。彼女は冷静を保とうとしたが、手は震え続けていた。晋太郎は彼女を深く見つめ、「心配するな」紀美子の目が一瞬で赤くなり、抑えきれずに怒鳴った。「バカじゃないの?「逃げられるチャンスがあったのに、なんで自分を危険な目に遭わせるの?」怒鳴り終えると、紀美子は悔しげに視線を外し、唇を強く噛みながら晋太郎の袖を引き裂いた。そして、素早くスカートの布を裂き、晋太郎の傷口を簡単に包んで止血した。紀美子の心配そうな様子を見て、晋太郎は唇を歪めて微笑んだ。「傷つけたくなかったんだ」紀美子の手が一瞬止まり、胸に酸っぱく苦しい感情が込み上げてきた。彼女の目から涙が一気に溢れ、頭を垂れて低く言った。「黙って」晋太郎は笑いを堪え、紀美子を優しく見つめ
帝都、サキュバスクラブ。その日は入江紀美子が名門大学を卒業する日だった。しかし家に帰って祝ってもらう余裕もなかった。実の父親に、200万円の値段で薬を飲まされクラブの汚いオヤジたちに売られた。うす暗い部屋からなんとか逃げ出したが、薬の効果が彼女の理性を悉く飲み込まれていった。廊下で、彼女の小さな頬が薄紅色になり、怯えながら迫ってきた男達を見つめた。「来ないで、私…警察を呼ぶから…」先頭に立つ男が口を開き黄ばんだ歯を見せながら、手に持っている鞭を揺らしながら彼女に近づいてきた。「いいだろう、好きなだけ呼ぶがいい。サツが来るのが先か、それともお前が俺達に弄られて死ぬのが先か」「べっぴんさんよ、心配するな、お兄さんたちがお前を気持ちよくさせてやるから…」紀美子は耳鳴りがしてきた。彼女は父が救いようのないろくでなしだと知っていた。大学に通っていたこの数年、彼女はずっとアルバイトで稼いだお金で生活していて、父からは一銭も貰わなかった。それなのに、まさか父が今、賭けの借金を返す為に娘を人に売ろうとしているとは!紀美子は逃げ出そうとするが、足が覚束なくなり、力が抜けていた。彼女はつまづいて床に倒れ、自分の身体を獲物同然に分けようとする人たちを目の前にして、どうしようもなかった。ちょうどその時、彼女の左前の部屋のドアが開かれた。黒色の手製の皮靴が彼女の目に映った。見上げると、すらっと伸びる男性のズボン、そして凛とした五官を持つハンサムな顔が見えた。男は眉を垂らし、真っ黒な瞳は冴え切った湖の如く、まるで魂を吸い取った冷たさをしていた。男を見て、彼女は少し安心した。彼女は男のズボンの裾を引っ張り、「お願い、助けて!この人たちに薬を飲まされたの!」と泣きながら助けを乞った。男は眉を寄せ、視線は冷たく彼女を掠め、一瞬の不快を見せた。彼は身体を屈め、手を伸ばした。「助けてくださりありがとうございます…」紀美子は安心して手を伸ばそうとした。てっきり彼が自分を支えてくれると思ったその時。男は彼女の手を振り払い、自分のズボンを握っているもう一本の手を冷たく払った。この世界のトップ100の企業を牛耳るMKの社長として、森川晋太郎は決して同情心に満ちる人ではなかった。「若様!」彼の後ろに
入江紀美子は当然信じなかった。学生時代、多くの友達に耳たぶのホクロは素敵だと褒められたけど。しかしたかがホクロ一個のために、天下のMKの社長が月200万円で雇ってくれたのか?彼女がおかしくなったのか、それとも彼がイカれたのか?呆然としていたうち、森川晋太郎はもう立ち上がった。彼はゆっくりとシャツのボタンを締め、全身から凛とした雰囲気を発していた。「俺は人に無理なことを強要しない。自分でよく考えてくれ」言い終わると、彼はその場を離れた。扉の前では、アシスタントの杉本肇が待っていた。自分の若様の目の下の腫れを見て、彼は明らかに驚いた。まさか、これまで自分の童貞をなによりも大事にしていた若様が戒を破り、しかもかなり激しく行為をなされていたようだ。我に返った肇は、慌てて晋太郎に「若様、手に入れた情報をあなたの携帯に送信しました。この入江さんは若様がお探ししている人ではないようですが、追い払いましょうか?」「いいや、資料は読んだ。彼女の学校での履歴は完璧だ」「何よりも俺は彼女に反感を持っていない、そして秘書室は今能力のある人間を必要としている。もし彼女が三日以内にMKに現れたら、すぐに入社手続きをしてやれ」「もし現れなかったら?」肇は恐る恐ると追って聞いた。「ならば彼女の好きにさせろ」晋太郎はあまり考えずに答えた。……三年後、MK社長室紀美子はタブレットパソコンを持ち、真面目に晋太郎に当日のスケジュールを報告していた。「社長、午前十時にトップの会議がありまして、十二時にエンパイアズプライドの社長と会食、午後四時に政治界の方々との宴会があります…」彼女は目線を下げ、誘惑的な唇を動かしていた。小さな顔は化粧していなくても、十分に艶めかしかった。晋太郎は細長い目を資料から離れ、紀美子への視線には欲望を帯びていた。セクシーなの喉ぼとけが上下に動いた。しばらくして、資料を机の上に置き、何かに興奮しているように長い指でネクタイを少し引っ張った。「こっちにこい」晋太郎は紀美子に命令した。紀美子は呆然と頭を上げ、晋太郎の幽邃な目線に触れた瞬間、自分が次に何をすべきかすぐに分かった。彼女はタブレットパソコンを机に置き、従順に晋太郎の前に来た。立ち止まった途端に、男に
「中はどうしたの?」と入江紀美子は入り口で眺めている女性同僚に尋ねた。声をかけられた女性同僚がこちらを振り返った。「入江さん。応募に来た女の人ね、チーフに人の作品をパクッて面接しに来たのがバレたのよ。そしてチーフはそのまま彼女の面接資格を剥奪したんだけど、あの女が逆切れして、事務所で暴れてるのよ」「分かったわ」騒ぎの経緯を聞いた紀美子は人事部の事務所に入った。チーフが一人の女性と激しく言い争っている。女性の顔立ちはなかなかきれいなものだが、露出度の高いかっこうをしていた。「入江さん、ちょっと助けて、この狛村静恵さんが、人のデザイン作品を盗用して面接に来たのに、バレたら逆切れしたのよ」チーフが紀美子を見て、助けを求めてきた。「話は聞きました。もう帰ってください。MKは不誠実な人は永遠に採用しない主義です。」紀美子は狛村に言った。「関係ないでしょ誰よ、あんた。私にそんな口調で喋るなんて!あなたが不採用と判断する資格あるとでも?この会社はあなたのもの?」「私が誰なのかはあなたに関係ありません。あなたに覚えてもらいたいのは、私がこの会社にいる限り、あなたのような小賢しいまねをして入社しようとする人は、永遠に採用しないということです」紀美子は言った。「大口を叩くじゃない」女はあざ笑いをした。「覚えておきなさい!将来私がMKに入社したら、絶対にあなたに跪いて謝ってもらうから!」「そんな日がくるといいわね!」紀美子はそう言って、チーフに向って「警備を呼んで。この狛村さんに出て行って貰うわ!」……夜。MKで返り討ちを喰らった静恵は電話をしながらバーに入った。「安心して、私は絶対になんとかしてこの会社に入るから」静恵は低い声で電話の向こうに言った。そして、彼女は電話を切り、カウンターに座りバーテンダーに酒を一杯注文した。この時、一つの大きな体が彼女の隣に座り込んできた。「静恵ちゃん!」静恵は振り返って隣りの男を見た。彼は彼女がこの前酒場で知り合った飲み仲間、名前は八瀬大樹だ。男の見た目はブサイクの部類に入るものだった。しかし彼は裏表社会においてそれなりの背景を持っているから、静恵は彼と何回か夜を過ごしていた。彼女は少し驚いて、「大樹さん?帰ってきたの??」大樹は力を入れて静恵のお尻を
翌日、ジャルダン・デ・ヴァグ。ここは森川晋太郎の個人宅だった。時間は朝六時半頃だったが、入江紀美子は既に起床して晋太郎に朝食を用意していた。彼女が晋太郎の愛人になった日から、ここに引っ越してきた。それからは彼女一人で晋太郎の生活の世話をするようになった。彼女は晋太郎の秘書、愛人、そして使用人でもあった。男が起床した頃、朝食は既にテーブルの上に並んであった。晋太郎がネクタイを締めながら階段を降りてくるのをみて、紀美子はすぐ出迎えにいった。「私が締めて差し上げます、社長」晋太郎は手の動きを止め、紀美子がネクタイを手に取り細心に整理し始めた。紀美子は背が低くない。170センチはある。しかし晋太郎の前ではせいぜい彼の胸の高さだ。晋太郎は目を垂らし、紀美子の体が発する香りを嗅いだ。理由もなく、彼の体内には欲の火が灯された。「社長、できました…」紀美子が頭を上げた途端、後頭部が男の大きな手に押えられた。彼の舌はミントの香りを帯びて蛇のように彼女の唇の間に侵入してきた。別荘の中には急に曖昧な雰囲気が漂った。二時間後。黒色のメルセデス・マイバッハがMKビルの前に停まった。運転手は恭順に車を降り、ドアを開けた。数秒後、晋太郎は長い脚を動かし車から降りた。オーダーメイドの黒いコートは彼の落ち着いた気質を限界まで引き出していた。その強烈なオーラはまるで神の如く、周りの人はそのプレッシャーで逃げ出したくなるほどだ。晋太郎は細長い指でネクタイを緩めながら、手に持っている資料を隣りの紀美子に渡した。一瞬、奥行きの深い眼差しが少しだけ留まった。晋太郎は紀美子の少し腫れた唇を長く見つめた。そして彼はいきなり手を上げ、厚みのある指腹で彼女の口元を軽く擦った。「口紅が少しはみ出ている」と言いながら彼は親指ではみ出た口紅を拭きとった。温もりのある微かな触感は紀美子の瞳を強く震わせた。一瞬、彼女は朝彼にソファに押えられ必死に性行為を求められたシーンを思い出した。晋太郎の眼底に映っている自分のとり乱れた姿をみて、紀美子は慌てて気持ちを整理した。彼女は頭を下げ、「ご注意、ありがとうございます」心臓がどんなに強く鼓動をしていても、彼女の声は落ち着いていた。晋太郎は手を
ウィーン、ウィーン入江紀美子はテーブルの上に置いている携帯電話の振動で思考が引き戻された。母の主治医の塚本悟からの電話を見て、慌てて出た。「塚本先生!母に何かあったのですか?」紀美子は心配して確認した。塚本「入江さん、今病院に来れますか?」電話の向こうの声が明らかに何かがあるように聞こえて、紀美子はパッと立ち上がり「はい!今すぐ行きます!」ニ十分後。シャツ一枚姿の紀美子は病院の入り口の前で車を降りた。冷たい風に吹かれ、紀美子は思わず嚏をして急いで入院病棟に向った。エレベーターを出てすぐ母の病室の入り口にレザーのジャケットを着ている男が見えた。男の口元にはタバコがくわえられていて、挑発的な口調で塚本に話しかけていた。その男を見て、紀美子は両手を拳に握り、急いで病室に向って歩き出した。彼女の足音を聞いて、医者の塚本と男の人はこちらに振り向いた。紀美子を見て、男の人はクスっと笑った。「これはこれは、入江秘書様のお出ましか!」紀美子は塚本に申し訳なそうな眼差しを送り、そして男の人に冷たい声で、「石原さん、この間も言ったでしょ、借金の取り立てであっても病室まではこないように、と」石原はくわえているタバコのフィルターを噛みしめ、「お前のオヤジさんがまた消えちゃったんで、ここまでくるしかなかったじゃんか」紀美子は怒りを我慢して、「今回はいくら?」と石原に聞き返した。「そんなに多くないさ、利息込みで80万!」「先月までは40万だったのに!」「その話はお前のオヤジに聞け、借用書はこっちだ、お前のオヤジの筆跡は分かるよな?俺はただ借金の取り立てに来てるだけだ」石原はあざ笑って紀美子を見つめた。石原はそう言って紀美子に借用書を見せた。紀美子は怒ってはいるが、反論する理由が見つからない。父はギャンブルにハマったろくでなしで、しょっちゅう借金を作って博打に使い、ここ数年は借金の金額が増える一方だ。借金の返済日になると、この借金取りたちが母の病院に来ていた。母は今刺激を受けてはならないと考え、紀美子は怒りを抑えて「分かったわ!」「金は渡すから!けど今度また病院まで取り立てにきたら、今後は一銭も渡さないからね!」言い終わると、紀美子は携帯電話から石原のLINEのアカウントを見つけ、80万
入江紀美子「うん、聞くわ。」入江幸子は目を開け、天井を見つめて深呼吸をした。「紀美子、実はあなたは…」「幸子!」声と共に、一人の男が入り口からちどりあしで入ってきた。二人が振り返ってみると、男は既に病室に入ってきていた。その男の体はタバコと酒の臭い匂いを発していて、髭がもじゃもじゃしている。男は紀美子の反対側に座った。「どうだった?石原に酷いことをされたか?」「何しに来たのよ!」幸子は嫌悪感を露わにして言った。「また迷惑をかけにきたの?」入江茂は舌打ちをしながら紀美子を見て、「紀美子、ちょっと席を外してもらえるか?俺はお母さんにちょっと話してすぐ帰るから。」紀美子は心配そうに幸子の方を見たが、幸子は彼女に頷いた。紀美子はしぶしぶと立ち上がり、厳しい眼差しで茂をみて、「お母さんを怒らせないで」茂は何度も頷いて答え、紀美子は何度も振り返りながら病室を出た。病室のドアが閉まった途端、茂の心配そうな表情は消えた。彼は冷たく幸子を見つめ、低い声で「あのな、あんまり余計なことを喋りすぎられると困るんだけど」幸子は目から火が出そうなほど怒りが沸いてきて、歯を食いしばりながら、「もう紀美子を利用させない!」「俺が金をかけて育ててやったんだから、借金の返済を手伝ってもらうのは当たり前じゃないかお前が大人しく口を閉じてくれればそれでいいが、もし何か余計なことを漏らしたら、紀美子に今の仕事を続けられなくしてやるからな!」幸子は体を震わせながらシートを握り締め、「茂!あんた、それでも人間なの?!」茂は涼しい顔で、「そうだ、俺は悪魔だから、お前はその口をしっかりと閉じておけ。そうしないと、何が起きても知らんからな!」その言葉を残し、茂は振り返らずに病室を出た。ドアを開け、そこに立っている紀美子を見たら、茂はすぐに顔色を変えた。「紀美子、お父さんは先に帰るからな!今日のこの金はお父さんがお前から借りたことにしよう」それを聞いた紀美子は疲弊して顔を上げると、茂は返事を待たずに行ってしまった。紀美子はため息をして、病室に戻ろうとした。ポケットに入れていた携帯がまた鳴り始めた。森川晋太郎からの電話だ。紀美子は少し緊張して無意識に電話を出た。「今どこだ?」電話から冷たい声が低く鳴り響いていた。