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第184話 探しているのはGだ

Author: 花崎紬
 入江紀美子は思わず問い詰めようとしたが、田中晴に横から割り込まれた。

「入江さん、晋太郎は人を探しにきたんだ」晴も座って説明した。

紀美子は戸惑って眉を寄せ、そこにいるのは殆ど一般社員ばかりだった。

森川晋太郎が直々に訪ねてくるような人はいるだろうか?

紀美子はあざ笑い、「田中社長はご冗談を。うちのような小さい会社には、森川社長が自ら訪ねてくるような人はいないわ」

「入江さんがその人だと言ったら?」晴は笑いながら聞き返した。

紀美子は反論した。「私はレベルが足りないわ」

晋太郎の顔は少し曇り、素直に言った。「探しているのは君じゃない、Gだ。自惚れるな。」

彼にあまりに直球的な回答を出されると、紀美子は却って戸惑った。

露間朔也は紀美子を見て、素早く尻をずらして寄せてきた。「しまった、彼らは君を探しにきた!」

紀美子は不満そうに朔也を睨みつけ、「内緒話は後にして」

もし晋太郎に知られたら、彼女はまたちょっかいを出される。

紀美子は間もなく塚原悟と付き合い始めるので、晋太郎とはこれ以上揉め事になりたくなかった。

佳世子は賢く口を開いた。「森川社長、Gは業界トップクラスのデザイナーですよ、紀美子さんの会社にいるわけがないじゃないですか?」

晋太郎は彼女を睨んで、口を開く前に晴に横入りされた。

「何事も可能性があるのさ、杉浦さん」

佳世子はあざ笑って聞き返した。「ではその可能性はどれくらいのものでしょうか?」

「90パーセントだ」晴は答えた。

佳世子「証拠は?」

「ファッションサイトのレビューや発注量がその証拠じゃない?」晴は聞き返した。

佳世子「それでGが紀美子さんと知り合いだと決めつけたの?」

「私はそう判断している」

「なら、私は紀美子さんは才能があるから、Gに匹敵するほどの作品をデザインしたとも言えるけど?」

「その確率はゼロに近い、なぜなら設計理念が違うから」

「へえ、それではさっきの言葉をそのまま返すわ、何事も可能性があるのさ!」

二人の言い争いを聞いた皆「……」

晋太郎は視線を紀美子の繊細な顔に落とし、鷹のような目を少し細めた。

佳世子と晴の話は一理があり、紀美子はGと知り合いか、彼女がGであるのどちらかだった。

デザイナーはそれぞれデザインに対して自分の考え方があった。

しかもGのその独特なデザイン
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  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1209話 知られてしまった

    紀美子は手を引こうとしたが、晋太郎がしっかりと握っていたので、どうしても抜け出せなかった。彼女は怒りに満ちた目で彼を睨みつけながら言った。「晋太郎!あんたの目には、異性の友達を持つことすら許されないってわけ!?それに、今の私たちにはもう何の関係もないでしょう?誰の家から出ようが、あなたに口出しする権利なんてないわ!」「そんなに男が欲しいってのか?!」晋太郎は紀美子の言葉に怒りを募らせ、冷たく吐き捨てるように言った。「悟、龍介……そいつら以外にもまだいるのか?!」「いくらでもいるわよ!」紀美子は頭に血が上り、声を荒げた。「ありとあらゆる男がね!私はお金があるの、どんな男だって手に入れられるわ!それが何だっていうの?!あなたには何の関係もないでしょ……っ!」紀美子が言い終わる前に、晋太郎は彼女の顎をつかみ、頭を下げて直接彼女の唇にキスをし、彼女の言葉を封じた。胸の奥にくすぶっていた嫉妬が、酒の勢いと共に一気に爆発したようだった。彼自身、気づいた時にはすでに行動に移していた。紀美子の全身に電流が走ったように、完全に硬直した。その隙を突いて、晋太郎は彼女の唇を深く貪るように攻め込んだ。まるで略奪するかのように、そして支配するかのように、本来ならば自分のものであるはずのものを主張するようなキスだった。舌先に鋭い痛みが走って、紀美子はハッと我に返った。彼女はすぐに手を伸ばし、晋太郎の胸を強く押しのけようとした。しかし、晋太郎はその隙を与えず、彼女の両手をがっちりと掴んだ。懐かしさのせいかもしれない。紀美子は彼の強引なキスの下で、次第に力が抜けていった。彼女の体の反応を感じて、晋太郎は腰をかがめて紀美子を抱き上げた。そしてベッドのそばまで大きな歩幅で歩き、紀美子を下ろした瞬間、再びキスをした。肌に馴染んだ感触が、彼女を手放したくないという欲に駆らせた。胸の奥では、抑えきれないほどの欲望が燃え上がった。意識がぼやける中、晋太郎は荒々しく身を起こし、紀美子の胸元のボタンを乱暴に外した。そして、手が彼女の柔らかな肌に触れようとした瞬間、視界に飛び込んできたのは、目を背けたくなるほど生々しい二本の傷痕だった。彼はピタリと動きを止め、眉をひそめた。この傷……まさか、銃創か?心臓のすぐ

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1208話 態度

    その一言を残し、龍介はダイニングを後にし、別荘を出て行った。晋太郎の心の中で、彼の言葉に対する怒りが次第に膨らんでいった。彼はいったい何者なんだ?自分の行く末に口を出すとは。ただ紀美子が今、彼に対して自分たちよりも良い態度を取っているからか?晋太郎は勢いよく椅子から立ち上がった。本当はこのまま出て行こうと思っていたはずなのに、気づけば足が勝手に階段を上がっていた。二階に着いた途端、ちょうど書斎から出てきた紀美子と鉢合わせた。二人の視線が絡み、紀美子は驚いたように彼を見つめた。「どうして上がってきたの?」晋太郎は周囲のドアに視線を走らせ、静かに尋ねた。「君の部屋はどれだ?」紀美子は深く考えることなく、隣のドアを指さした。「ここだけど、どうしたの?」「入ってこい」晋太郎は冷たい声で言い、まっすぐにドアを押して中に入った。紀美子はわけがわからずに彼について部屋に入った。彼女が晋太郎と距離を取っていても、彼の体から漂うアルコールの匂いがはっきりと感じられた。酔っているの?紀美子は彼の背中をじっと見つめながら、そう思った。晋太郎はソファに腰を下ろし、紀美子はミネラルウォーターのボトルを手に取ると、彼に差し出した。だが彼は受け取らず、代わりに口を開いた。「君と悟の間に、何があったんだ?」紀美子は目を伏せ、ゆっくりとソファに腰を下ろした。「どうしてそんなこと聞くの?」「もし原因が俺だけなら、君が彼にそこまで敵意を持つ理由としては弱い気がする」晋太郎は率直に言った。紀美子は眉をひそめた。「私のあなたへの感情が、誰かを憎むほどじゃないとでも思ってるの?」「少なくとも、俺はそうは思わない」「もしあなたが記憶を失っていなかったら、私と同じ態度を取っていたはずよ」紀美子は深く息を吸った。「確かに、あなたがすべての原因じゃない。あなたは、私が彼を憎む原因の一部にすぎないの」「……なら、他の原因は?」「そんなことを話して、何になるっていうの?」紀美子は思わず言い返した。「あなたの記憶が戻るとでも?」晋太郎の表情が少し険しくなった。「ただ、何があったのか知りたいだけだ」「知ったところで、あなたの記憶が戻るわけじゃないでしょう?」紀美子は抑えきれない感

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1207話 ちょっと話したい

    紀美子はとっさに珠代を見つめ、助けを求める視線を送った。今この場で自分が余計なことを言うのは得策ではない。珠代さんが話を引き取ってくれれば、この話題は自然に流れるはずだ。珠代はすぐに察し、前に出て言った。「吉田社長、お気遣いなく。入江さんの分は私がやりますから」龍介はうなずき、箸を取ってナマコを取った。「紀美子、これを食べて」それを見た晋太郎は鼻で笑い、彼もまた箸を取り、今度は鮑を紀美子の皿に入れた。「これも!」「……」紀美子は言葉を失った。こんなんで、まともに食事ができるわけがないだろう!こんな夜になるなら、残業してでも会社に残ったほうがマシだった!しかも、晋太郎まで……紀美子は彼を横目で見た。今日の彼はどうかしている。今さら自分に対する未練なんてないはずなのに、なぜ他人と張り合って嫉妬をむき出しにしているのか。紀美子は彼らを気にも留めず、立ち上がって酒棚からボトルを2本取り出した。三人の男たちの視線が彼女に向けられる中、彼女は瓶の封を開け、テーブルに置いた。「せっかく全員そろってることだし、今夜は飲みましょう!」彼らの口を封じるには、もうこれしかない。酒を飲ませて酔わせれば、その隙に逃げ出せるかもしれない。そう言いながら、紀美子は再び席に戻り、自分のグラスにも酒を注いだ。冷たい酒が喉を通ると、少しだけ落ち着いた気がした。彼女が飲み始めたのを見て、三人も特に異議を唱えず、酒を口にした。紀美子は彼らの様子を見ながら、徐々に自分のペースを落としていった。それから一時間が経ったが、三人はまだ帰る気配を見せなかった。紀美子はトイレに行くふりをして席を立ち、彼らに気づかれないように珠代を呼び、そっと耳打ちした。「珠代さん、あの三人は任せたわ。もし揉めそうになったら、すぐに私を呼んで」珠代は紀美子の意図を理解し、すぐに頷いた。「ご安心ください、入江さん。彼らのボディガードもいますし、何とかなるでしょう」紀美子は感謝の眼差しを送り、軽く頷くと、そのまま階段を上がっていった。紀美子が席を外して十数分後、晋太郎は何かおかしいと感じた。彼はダイニングの入り口をちらりと見て、紀美子がもう逃げたことを悟った。だが、ここを離れるわけにはいかない。何しろ、まだ二

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1206話 男同士

    考えるよりも先に、晋太郎は思わず口に出してしまった。「彼らが来ていいなら、俺は駄目ってのか?」「そうじゃないの。私はただ……」「ちょうど紀美子と夕食を食おうってとこだった。森川さんと塚原さんも良かったら一緒にどう?」まるでこの家の主のような口ぶりで、龍介はそう提案した。その言葉に、晋太郎と悟の顔色が少し険しくなった。晋太郎は冷笑を浮かべながら言った。「俺が子供の母親の家で食事をするのは、当たり前のことだろ?」そう言うと、彼は先に足を進めて紀美子の家に向かった。「……」紀美子は言葉に詰まった。なんだろう、彼の言葉に妙な嫉妬の気配を感じるのは気のせい?すると、悟が淡々と言った。「吉田社長と紀美子がこんなに早く打ち解けるなんて、意外だなあ」龍介は穏やかに微笑んで言った。「紀美子が構わなきゃ、俺はもっと近づいてもいいんだが」悟は軽く唇を引き結び、紀美子を見つめながら言った。「紀美子、果物はキッチンに置いとくよ」紀美子が断る間もなく、悟はそのまま別荘の中へ入っていった。二人の背中を見送りながら、紀美子は思わずため息をつき、龍介に言った。「龍介さん、その言い方、誤解されちゃうよ」龍介は尋ねた。「森川さんに誤解されるのが怖いのか?」紀美子は少しため息をつき、率直に言った。「そうね。彼がまた何か嫌なことを言うのは望まないわ。だって私は何もしてないんだからね」龍介は気にしない様子で言った。「やましいことがないなら、いちいち気にすんことねえだろ?俺の言ったことと、君の行動は別問題だろ?文句あるんなら、君じゃなく俺に言ってくるはずだ」紀美子は首を振った。「龍介さん、あなたは晋太郎のことを分かっていないから」龍介は笑って言った。「まあ、確かにね。でも、男同士だから、なんとなくわかるよ」その一言に、紀美子は一瞬、彼の真意を測りかねた。夕食。紀美子が席に着くと、晋太郎も彼女と同じ方向に椅子を引いて座った。龍介と悟は、それぞれ別の位置に座った。珠代は料理を運んでくるたびに、三人をちらりと見た。紀美子が困ったように座っているのを見て、珠代はふと思い出したように言った。「入江さん、坊ちゃんたちが家を出てからというもの、こんなに人が集まることは久しぶりですね」

  • 会社を辞めてから始まる社長との恋   第1205話 残念

    「珠代さんも晩ご飯を作ってくれてるから、もしよければ、買って来たら家に持ってきてもらえるかしら?」紀美子は断りきれず、龍介に言った。「それでもいい」龍介は立ち上がりながら言った。「珠代さんの手料理は美味しいから、無駄にするのはもったいない」紀美子はうなずき、龍介と一緒に立ち上がり、別荘を出た。その時、紀美子の家の前に一台の車が停まった。車から降りてきた悟は、紀美子たちが一緒に出てくるのを目にした。二人が楽しそうに話している様子を見て、彼の目が一瞬鋭くなり、手に持った袋を握りしめた。そして、彼らが出てきた別荘を見て、悟は唇をきつく結んだ。龍介はここに家を買ったのか?まだ状況を整理しきれていないうちに、背後から白いヘッドライトの光が差し込んできた。悟は振り返り、その見覚えのあるナンバープレートを見て目を細めた。晋太郎の車だ。車が停まり、降りてきた晋太郎も別荘の前に立つ悟が見えた。「森川社長、偶然ですね」悟は偽りの笑みを浮かべた。晋太郎が返事をしようとした時、悟の後ろからもう一つの別荘を出てくる紀美子と龍介が見えた。彼の眉が一瞬ひそまり、楽しそうに話している二人と別荘に視線を固定した。同時に現れた悟と晋太郎を見て、龍介の目に驚きが浮かんだ。この二人……どうして同時にここに現れたのだろう?龍介が足を止めたのを見て、紀美子も彼の視線を辿って前を眺めた。その二人が見えた時、彼女の顔色が少し変わった。紀美子の表情に気づいた龍介は、雰囲気を和らげようと口を開いた。「二人ともいるなんて、ちょっと意外だね」紀美子は龍介の言葉にどう応じるべきかわからず、ただ龍介と一緒に自分の家を目掛けて歩いた。紀美子が近づいてくると、悟は先に口を開いた。「君と龍介さんは……」紀美子は思考を切り替え、冷たい声で遮った。「あんたには関係ないわ」悟の目に一瞬の悔しさが浮かんだ。「紀美子、私は君との約束を果たしたんだ。それでも私に対する態度を少しは変えてくれないのか?」紀美子は冷たく笑った。「あんたはどんな態度を期待してるの?それとも、私はあんたがしてきたことを忘れるほど記憶力が悪いとでも思ってるの?」晋太郎の視線は二人の間を行き来した。紀美子の言葉はどういう意味だ?悟

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