「どれだけお酒を飲んだのよ、酒臭いわね。さっさとシャワーしてきたら」佐々木唯月は嫌悪して彼の足をひと蹴りした。彼が不倫していることを知っているが、妹の話通りにとりあえず彼を刺激せず、何も知らないふりをしていた。まずは裏で彼が不倫しているという証拠を集めて、彼の逃げ道をなくさなければならない。佐々木俊介が彼女に何かひどい仕打ちをしてくるかどうかについては、唯月は彼はまだそこまでむごいことはないだろうと思っていた。しかも、今の科学技術は発達しているから、警察が事件を調べる方法も高度になっていて、彼が彼女に何かしようものなら、悪事はすぐにばれてしまうことだろう。彼は自分の将来と命を引き換えにまでして彼女の命を狙ってはこないはずだ。佐々木俊介は悪態をついていたが、結局はお風呂に入りに行った。浴室から出てくると、彼は再び息子の傍に横になった。しかし、二分も経たず彼はベッドから身を起こし、息子の足の下をくぐり抜けて唯月の太ももを触った。何をしたいのかは明らかだ。彼は佐々木唯月の体には全く興味はなかったが、成瀬莉奈に刺激されて彼はこの時、体が火照っていた。だから、仕方なく唯月と夫婦の営みをしてそれを抑えるしかなかった。どうせ彼らも法律上夫婦だから問題はない。以前なら、彼がこうやって彼女に触れば、唯月もそれを拒否することはなかった。今夜、彼はまだ唯月の太ももを触っただけなのに、唯月から蹴りを入れられ、油断していた彼はその衝撃でベッドから追い出され床に倒れてしまった。この時の佐々木俊介の怒りようといったら、まあ。床から立ち上がり、佐々木唯月を指差して怒鳴りつけようとした。しかし、佐々木唯月がベッドから降りて、彼女のスリッパを掴み、すごい剣幕で殴りかかって来ようとするのを見て、彼は唯月に包丁を持って街中を追いかけ回されたあの恐ろしい情景を思い出した。本来怒鳴ろうとしていたが、一言も出てこなかった。「出ていけ!」佐々木唯月はスリッパを放り投げ、低く冷たい声で怒鳴りつけた。「私の子を起こしでもしてみなさい!」佐々木俊介は彼女のほうに指差して、顔を真っ赤にさせていたが、一言も口から出すことができず、最後には怒って去っていった。佐々木唯月は部屋のドアを閉め、中から鍵もかけた。もし一時間前に妹から電話がなかったら、もしかしたら彼
佐々木唯月は市場に買い物に行ったのではなかった。彼女は今昼間はいつも仕事を探しに行って、夜帰って来た後、買い物に行っていた。夜になると値引きセールをしていることも多いので、節約できるからだ。仕事はまだ見つかっておらず、夫は頼りにならないが、彼女の貯金はまだ尽きてはいなかった。以前妹からできるだけ貯金をするように言われて、そのようにしていて助かった。実は結婚当初、彼女が仕事を辞めて家で子供を産む準備をすることに妹は反対していた。妹が女性は結婚前にしろ、結婚後にしろ自分で稼いで、男に頼るばかりではいけないと言っていた。夫が自分に対して良くしてくれていれば、そんなのは関係ないのだが。夫が自分に嫌気をさすようになったり、浮気するようになってしまうと、仕事がなければ稼ぎもなくていつも不利になってしまう。そうすると簡単に奈落の底に突き落とされてしまう。彼女は大馬鹿者だ。彼女と佐々木俊介の心は深く繋がっていて、彼が彼女を裏切ることなど決してないと信じていたのだから。彼が彼女に一緒に住む家のリフォーム代を出させた時も、彼女は夫婦二人の愛の巣だから、きれいに立派にリフォームしたいと思った。彼女もそんな家に住むのが心地良いし。だから、佐々木俊介の提案に乗って、何年もかけて貯めていた何百万円も全てリフォームに使ってしまったのだった。彼は彼女が仕事を辞めても安心して家で子供を産む準備をしてほしいと言ったのだ。彼女を養ってくれると。彼女はその彼の甘いささやきを信じた。上司から仕事を辞めないほうがいいと言われたのをやんわりと断り、仕事を辞めて専業主婦になった。その結果、彼女は何を得た?傷だらけになっただけだ。佐々木唯月は息子が乗ったベビーカーを押して、歩いて妹の本屋へと行った。彼女は直接トキワ・フラワーガーデンには行かなかった。朝早くに行って妹の旦那の迷惑になりたくなかったからだ。歩きながら昔のことを思い出し、堪えきれず涙がこぼれた。彼女は自分が離婚する心の準備ができていて傷つくことはないと思っていたが、それは甘かった。彼女はこの時傷ついていた。それも深い深い傷だった。なんといっても、彼と知り合ってから十二年。全く彼に対して気持ちがないかというと、それは嘘になる。佐々木唯月がベビーカーに乗せていた佐々木陽はまだ起きていなかった
彼女が一階に降りたところで、夫が自分を呼ぶ声が聞こえてきた。付近で散歩をしているふりをしていたボディーガードたちは、女主人が降りて来たのを見て、すぐに反応し彼女に背を向けた。内海唯花を見ていないふりをして、引き続きゆったりと散歩を始めた。それからすぐに主人が妻を呼ぶ声が聞こえてきた。内海唯花は立ち止まり、後ろを振り返って結城理仁を見た。結城理仁は車の鍵を持っていて、内海唯花に言った。「やっぱり俺も君と一緒に行くよ」彼の義姉は佐々木俊介から家庭内暴力を受けた時、勇敢にもそれに歯向かうくらい荒い気性の持ち主だった。我慢して大人しく黙っているような人間ではない。夫の不倫を知って、佐々木唯月が黙っていられるか?もしかしたら夫婦二人はまた喧嘩するかもしれない。結城理仁は妻が武術に長けていて、佐々木俊介では彼女に敵わないとわかっている。しかし、その場に誰か男がいれば、佐々木俊介や佐々木家の人たちも事を荒立てないはずだ。彼は彼女の夫なのだから、そもそも頼りになるべき人物だ。彼女が何かトラブルに巻き込まれたら真っ先に彼を思い出してほしかった。結城理仁は内海唯花の手から弁当箱を受け取り、もう片方の手は唯花の手を握って彼の車のほうに一緒に歩いていった。「後で君を店まで送るから」彼が彼女と一緒に行くと言うのだから、唯花はもう断らなかった。姉の家に着いたら、彼にまた何か朝ごはんを作ろうと決めた。どちらにせよ、お腹を空かせたまま彼を会社に送り出すわけにはいかない。「昨日の夜、君がお義姉さんと電話で話しているのが聞こえたよ」もちろん、結城理仁は自分が九条悟に頼んで佐々木俊介の不倫の証拠をすでに集めているとは言えなかった。さらに彼がホテルで佐々木俊介とその不倫相手に会ったことがあるとも言えない。あの時は夫婦二人はまだ冷戦状態だったし、佐々木俊介本人を直接見たわけではない。ただボディーガードがそう言っていただけだ。内海唯花は少し黙ってから言った。「琉生君が昨日の夜、スカイロイヤルホテルでビジネスパーティーに参加したんだけど、そこでお姉ちゃんの旦那が若くて綺麗な女性と親しそうにしてるのを見たらしいの。たぶん、浮気相手よ。佐々木俊介のあのクソ野郎、不倫してるの!お姉ちゃんには隠さないでこのことを言ったのよ。こういうこと、隠して
内海唯花は姉は絶対に許さないだろうと言おうと思ったが、少し考えてから「うん」と一言返事をした。姉の家に向かう途中、夫婦二人はそれ以降会話はなかった。結城理仁はそもそも人としゃべるのが得意ではない。内海唯花は姉のことが心配で、何か話題を見つけて話そうとする余裕もなかったので、車内はとても静かだった。車の中で何か音楽をかけて雰囲気を和らげるようなことも理仁はしなかった。内海唯花は顔を窓の外に向けて、町の景色を眺めていた。もうすぐ久光崎に入るという時に内海唯花は姉に電話をかけ、その電話が繋がり彼女はほっと安心できた。「お姉ちゃん、陽ちゃんも起きてる?サンドイッチ作ったんだけど、たくさん作っちゃったから、お姉ちゃんと陽ちゃんの分も持って来たのよ」佐々木唯月は立ち止まり、ベビーカーに乗っている息子を見て言った。「陽はまだ起きてないわ。唯花、お姉ちゃん今家にいないの。陽を連れて散歩に出ているのよ。歩いてたらもうすぐあなたのお店に着くわ。このまま直接お店のほうへ行くから、家には帰らないの」「そうなの?今どのあたり?場所を送って、私たちが車で迎えに行くから、一緒にお店まで行きましょう」「わかったわ」遠くまで歩いたので、佐々木唯月も疲れてしまっていた。彼女は太ってもいるので、遠くまで歩くと、普通の人よりもさらに疲れるのだ。彼女は今自分がいる場所を妹に送った。内海唯花は姉の場所がわかった後、結城理仁に言った。「結城さん、お姉ちゃん今家にいなくて、私の店に向かってるんだって。店に行く途中の道らしいから、ここまで行ってくれない?お姉ちゃんと陽ちゃんを迎えに行って、一緒に店に行きましょう」「わかった」結城理仁は内海唯花が教えた場所を確認し、Uターンができる場所まで車を走らせてそこを曲がり、反対車線に方向転換した。佐々木唯月はかなり歩いて来たと思っていたが、結城理仁が車を走らせたらそんなに時間がかからなかった。十分ほどで佐々木唯月が送ってきた場所に到着した。佐々木唯月はベビーカーを道の端に止めて待っていた。「お姉ちゃん」車が止まってから、内海唯花は車から降りて姉のもとへと歩いていった。「おばたん」陽は目を覚ましたばかりで、まだ眠たそうにしていたが、叔母を見ると元気が出て、両手を伸ばして内海唯花に抱っこをおねだりした
もし姉が離婚した後、陽の親権が取れなかったらどうする?佐々木家は彼女たちの親戚たちと並ぶクズ揃いで、陽が佐々木家に引き取られることになれば、それからの日々がどうなるか、想像もしたくない。陽が生まれてから今に至るまで、ずっと姉妹二人が面倒を見ていた。内海唯花は甥っ子をまるで自分の子供のように、とても可愛がっていた。彼女は佐々木家に甥の親権を取られると考えただけでもとても焦ってしまう。「お姉ちゃん、本当に離婚することになったら、陽ちゃんの親権は何が何でも奪い取るのよ」と内海唯花は小声で言った。「あいつらに取られたら、陽ちゃんは安心して生きていけない。絶対にいじめられちゃうもの」佐々木唯月は下唇を噛みしめ、小声で返した。「私の全てをかけて、絶対に陽の親権は取ってみせるわ」結城理仁は車を運転しながら言った。「お義姉さんが仕事が見つかってから、離婚協定に入ったほうがいい。じゃないと、親権は向こうに渡ってしまいやすいだろうから」子供はずっと佐々木唯月が世話をしてきて、子供も母親のほうに懐いているが、佐々木唯月には稼ぎがないから、これでは彼女が親権を奪い取るには不利だった。佐々木俊介が自ら陽の親権を放棄すれば話は別なのだが。「頑張って仕事を探すわ。たとえ普通の仕事だとしても陽のためなら、なんだってするつもりよ」彼女は今、財務関係の仕事を見つけるのは難しい。それ以外の仕事でさえも見つけるのは難しかった。おそらく彼女が太り過ぎで、見た目が悪いせいもあるのだろう。本来はもっとゆっくり仕事を探すつもりだったが、佐々木俊介が浮気しているとわかった今、自分がやりたい仕事を探している暇などない。まずは何でもいいから仕事を見つけなければ。結城理仁は一言うんと返事をした。そしてすぐに店に到着した。結城理仁は店には入らなかった。「結城さん、これを」二つあったお弁当のうち、一つを結城理仁に渡して内海唯花は言った。「朝ごはんまだ食べてないでしょう。これを会社に持って行って食べて。お腹が空いていたら胃が荒れちゃうわよ。私はお店でまた何か作って食べるから」結城理仁はじいっと彼女のことを一分間見つめて、ようやくその弁当を受け取った。「内海さん、俺の友達に身辺調査を得意とする人がいるんだけど、そいつに頼んで君のお姉さんの代わりに佐々木俊介が不倫
「陽の食べ残しを食べるわ」佐々木唯月はあまり食欲がなかった。弁当箱に詰められていたサンドイッチを陽は全部食べ切れなかったので、彼女が食べた。お腹が空いてもいっぱいでもなかった。彼女はそれ以上は食べたいと思わなかった。牧野明凛は朝食を済ませて来ていた。内海唯花は二人には遠慮せずに一人で食べていた。彼女が麺を食べるのはとても速く、数分であっという間に大きなどんぶり一杯のうどんを平らげてしまった。食器を片付けてキッチンに入って行った時、牧野明凛も一緒に入って来て小声で彼女に尋ねた。「唯花、お姉さんの目、あなた気づいた?ちょっと腫れてるみたいだけど、もしかして泣いたのかな?」内海唯花は黙ったまま食器を洗っていた。少ししてから、彼女は小声で話した。「琉生君が昨日の夜ビジネスパーティーに参加した時、義兄さんが女の人と一緒に出席しているのを目撃したのよ。その二人はすごく親しげで、二人の間には何もないって言われても信じられないくらいだったらしいわ。琉生君が昨日の夜帰ってから思い出して私に話してくれたの。それでお姉ちゃんにそのことを伝えたのよ」「え?」牧野明凛は小さな声で驚いた声を出した。「お姉さんの旦那、浮気してるの!彼が割り勘にするって言い出して唯月さんに暴力を振るったのも、浮気していたからなのね」なるほど、男が女性を愛さなくなったら、その兆候があるわけだ。「あのクソ男、ふざけんじゃないわよ!」内海唯花はなにも言わなかった。彼女は食器を洗った後、キッチンから出て姉が陽を抱いて呆然としているのを見た。内海唯花は涙をこらえていた。姉がとても可愛そうで、泣きたくなったのだ。「唯花」牧野明凛は彼女の肩をぽんと叩き、小さい声で言った。「今は悲しんでいる場合じゃないわよ」内海唯花は下唇を強く噛みしめ、涙を堪え、甥のほうに向かって歩いていった。「お姉ちゃん」佐々木唯月はうわの空だった。「お姉ちゃん」内海唯花はもう一度姉を呼んだ。そして佐々木唯月はようやく我に返り、急いで顔を背けて目に溜まった涙を拭い、なんともなかったかのように妹に返事をした。「お姉ちゃん、陽ちゃんは明凛に遊んでもらって」牧野明凛はわかったようにやって来て、佐々木陽を抱き上げあやした。「陽ちゃん、おもちゃ買いに行こうか?」「うん」
「唯花、明日からあなたは陽を迎えに来てくれるだけでいいわ。私はジョギングしながらお店に来るから。ダイエットするわ!」佐々木俊介を引き留めるためにきれいになるのではなく、きれいになれば今後良い仕事を探すのに有利だからだ。「わかった」内海唯花は前から姉に努力して運動を続けて、これ以上太らないようにと言っていた。「唯花」佐々木唯月は突然妹を抱きしめて大声をあげて泣き叫んだ。彼女はとても辛かった。こんなに長い時間培ってきた感情が、今やこんなふうになってしまった。それで彼女が傷つかないと言ったらそれは嘘になる。彼女はただずっと強がっていて、息子に自分が泣いている姿を見せたくなかったのだった。内海唯花は強く姉を抱きしめ、目を真っ赤にさせていた。まるで十五年前、両親が亡くなったと聞き、姉が学校まで彼女を迎えに来て一緒に家に帰った時と同じようだった。その時、姉は彼女が校門から出てくるのを見ると、抱きしめて泣いた。彼女はその時一体何が起きたのかわかっていなかった。姉は言った。「唯花、私たちお父さんとお母さんがいなくなっちゃった」それを聞いた瞬間、彼女の頭の中は真っ白になった。そしてまるで天と地が逆さまになってしまったかのようにグラグラして、再び我に返った時には姉が涙でボロボロになっていた。彼女が自分の顔を触ってみると、すでに姉同様にその顔は涙で濡れていた。「お姉ちゃん」内海唯花はしっかりと姉を抱きしめ、涙にむせびながら「お姉ちゃん、泣いていいのよ。出してしまったほうがいいわ」と言った。彼女たち姉妹二人は苦労してここまでやって来たのだ。姉妹がようやく安心して生活できるようになったと思っていたのに、神様というのはひどいもので、また二人に試練を与えた。「彼はどうして私にこんなことするの?知り合ってから十二年、十年間も愛し合っていたのに。昔はとてもよくしてくれてたじゃない。私が大変な時には彼がいつも隣にいて励まし、支えてくれたわ。この世の終わりが来たって、絶対に守るって言ってくれていたのよ。結婚してたった三年ちょっと、彼は昔の約束を忘れてしまった。唯花、お姉ちゃんが間違っていたのかな?私が美容に気をつけてなくて、子供が産まれてからこんな体形になっちゃったから?仕事を辞めちゃって、共通の話題がなくなっちゃったから?」「お姉
佐々木唯月はそれを聞いて感激して言った。「唯花、結城さんって良い人ね。あなたの目は確かだわ。毎回私たちが困った時、彼はいつもあなたの傍にいて、離れず諦めないよね。お金や労力も惜しまないし。彼と仲良く過ごしていくのよ」内海唯花は「お姉ちゃん、わかったわ」と言った。彼女がもし結城理仁とは半年という期限付きの結婚で、ただ法律上の夫婦であるだけなのだと姉に教えたら、きっと悲しむだろう。このことは、今は姉には教えないでおこう。「唯花、お姉ちゃんの結婚生活を見て結城さんも俊介と同じようになるだなんて思わないでね。彼は口数は少ないけど、誠実な人だと思うわ」「お姉ちゃん、そんなふうに考えないから安心して」佐々木唯月は自分のこの結婚生活が妹の心理や結婚に影響しないか心配していた。佐々木唯月の目には、結城理仁はとても良い男性として映っていた。妹にも本当に良くしてくれている。でも、これからどうなるのかもしっかり見ておかなければならない。以前、佐々木俊介も彼女に同じように良くしてくれていただろう?結城理仁は自分のオフィスに着くと、アシスタントを通して九条悟に来るように連絡しようと思っていたが、ちょうどその九条悟がドアをノックして入ってきた。「社長、これが君が欲しがってた証拠だ」九条悟は彼のもとへやって来ると、大きな封筒を結城理仁の目の前に置いて、そこに座り言った。「証拠は全てこの中に入っているよ。佐々木俊介の浮気相手は彼の秘書である成瀬莉奈という女だ」結城理仁はその大きな封筒を持ち上げ、中に入っている証拠を取り出した。成瀬莉奈はまだ佐々木俊介をじらし続けていて、二人はまだホテルで一夜を過ごしたことはない。全て一緒にショッピングしたり、食事をしたりしている写真ばかりだ。あとは抱き合っている写真だ。それから、成瀬莉奈の情報と佐々木俊介が彼女に今までいくら使ったかという証拠だった。九条家の情報網は流石だと言わざるを得ない。佐々木俊介が成瀬莉奈に贈った物、毎回プレゼントしているものは何なのか、いくら使ったのか、いつ彼女に買ってあげたのかなど、全ての証拠が揃っていた。結城理仁はそれを見た後、その整った顔が暗く沈み言った。「佐々木俊介が奥さんに渡している生活費は月六万だ。これは奴が割り勘にすると言い始める前の金額だぞ。割り勘にした後、たっ
内海唯花がご飯を食べる速度はとても速く、以前はいつも唯花が先に食べ終わって、すぐに唯月に代わって陽にご飯を食べさせ、彼女が食べられるようにしてくれていた。義母のほうの家族はそれぞれ自分が食べることばかりで、お腹いっぱいになったら、全く彼女のことを気にしたりしなかった。まるで彼女はお腹が空かないと思っているような態度だ。「母さん、エビ食べて」佐々木俊介は母親にエビを数匹皿に入れると、次は姉を呼んだ。「姉さん、たくさん食べて、姉さんが好きなものだろ」佐々木英子はカニを食べながら言った。「今日のカニは身がないのよ。小さすぎて食べるところがないわ。ただカニの味を味わうだけね」唯月に対する嫌味は明らかだった。佐々木俊介は少し黙ってから言った。「次はホテルに食事に連れて行くよ」「ホテルのご飯は高すぎるでしょ。あなただってお金を稼ぐのは楽じゃないんだし。次はお金を私に送金してちょうだい。お姉ちゃんが買って来て唯月に作らせるから」佐々木英子は弟のためを思って言っている様子を見せた。「それでもいいよ」佐々木俊介は唯月に少しだけ労働費を渡せばいいと思った。今後は海鮮を買うなら、姉に送金して買ってきてもらおう。もちろん、姉が買いに行くなら、彼が送金する金額はもっと多い。姉は海鮮料理が好きだ。毎度家に来るたび、毎食は海鮮料理が食べたいと言う。魚介類は高いから、姉が買いに行くというなら、六千円では足りるわけがない。佐々木家の母と子供たち三人は美味しそうにご飯を食べていた。エビとカニが小さいとはいえ、唯月の料理の腕はかなりのものだ。実際、姉妹二人は料理上手で、作る料理はどれも逸品だった。すぐに母子三人は食べ終わってしまった。海鮮料理二皿もきれいに平らげてしまい、エビ半分ですら唯月には残していなかった。佐々木母は箸を置いた後、満足そうにティッシュで口元を拭き、突然声を出した。「私たちおかず全部食べちゃって、唯月は何を食べるのよ?」すぐに唯月のほうを向いて言った。「唯月、私たちったらうっかりおかずを全部食べちゃったのよ。あなた後で目玉焼きでも作って食べてちょうだい」佐々木唯月は顔も上げずに慣れたように「わかりました」と答えた。佐々木陽も腹八分目でお腹がいっぱいになった。これ以上食べさせても、彼は口を開けてはくれない。佐々木
佐々木俊介は彼女を睨んで、詰問を始めた。「俺はお前に一万送金しなかったか?」それを聞いて、佐々木英子はすぐに立ち上がり、急ぎ足でやって来て弟の話に続けて言った。「唯月、あんた俊介のお金を騙し取ったのね。私には俊介が六千円しかくれなかったから、大きなエビとカニが買えなかったって言ったじゃないの」佐々木唯月は顔も上げずに、引き続き息子にご飯を食べさせていた。そして感情を込めずに佐々木俊介に注意した。「あなたに言ったでしょ、来たのはあなたの母親と姉でそもそもあんたがお金を出して食材を買うべきだって。私が彼女たちにご飯を作ってあげるなら、給料として四千円もらうとも言ったはずよ。あんた達に貸しなんか作ってないのに、タダであんた達にご飯作って食べさせなきゃならないなんて。私にとっては全くメリットはないのに、あんた達に責められて罵られるなんてありえないわ」以前なら、彼女はこのように苦労しても何も文句は言わなかっただろう?佐々木俊介はまた言葉に詰まった。佐々木英子は弟の顔色を見て、佐々木唯月が言った話は本当のことだとわかった。そして彼女は腹を立ててソファに戻り腰掛けた。そして腹立たしい様子で佐々木唯月を責め始めた。「唯月、あんたと俊介は夫婦よ。夫婦なのにそんなに細かく分けて何がしたいのよ?それに私とお母さんはあんたの義母家族よ。あんたは私たち佐々木家に嫁に来た家族なんだよ。あんたに料理を作らせたからって、俊介に給料まで要求するのか?こんなことするってんなら、俊介に外食に連れてってもらったほうがマシじゃないか。もっと良いものが食べられるしさ」佐々木唯月は顔を上げて夫と義姉をちらりと見ると、また息子にご飯を食べさせるのに専念した。「割り勘でしょ。それぞれでやればいいのよ。そうすればお互いに貸し借りなしなんだから」佐々木家の面々「……」彼らが佐々木俊介に割り勘制にするように言ったのはお金の話であって、家事は含まれていなかったのだ。しかし、佐々木唯月は徹底的に割り勘を行うので、彼らも何も言えなくなった。なんといっても割り勘の話を持ち出してきたのは佐々木俊介のほうなのだから。「もちろん、あなた達が私に給料を渡したくないっていうのなら、ここに来た時には俊介に頼んでホテルで食事すればいいわ。私もそのほうが気楽で自由だし」彼女も今はこの気分を
しかも一箱分のおもちゃではなかった。するとすぐに、リビングの床の上は彼のおもちゃでいっぱいになってしまった。佐々木英子は散らかった部屋が嫌いで、叫んだ。「唯月、今すぐ出てきてリビングを片付けなさい。陽君がおもちゃを散らかして、部屋中がおもちゃだらけよ」佐々木唯月はキッチンの入り口まで来て、リビングの状況を確認して言った。「陽におもちゃで遊ばせておいてください。後で片づけるから」そしてまたキッチンに戻って料理を作り始めた。陽はまさによく動き回る年頃で、おもちゃで遊んだら、また他の物に興味を持って遊び始める。どうせリビングはめちゃくちゃになってしまうのだ。佐々木英子は眉間にしわを寄せて、キッチンの入り口までやって来ると、ドアに寄りかかって唯月に尋ねた「唯月、あんたさっき妹に何を持たせたの?あんなに大きな袋、うちの俊介が買ったものを持ち出すんじゃないよ。俊介は外で働いてあんなに疲れているの。それも全部この家庭のためなのよ。あんたの妹は今結婚して自分の家庭を持っているでしょ。バカな真似はしないのよ、自分の家庭を顧みずに妹ばかりによくしないで」佐々木唯月は後ろを振り返り彼女を睨みつけて冷たい表情で言った。「うちの唯花は私の助けなんか必要ないわ。どっかの誰かさんみたいに、自分たち夫婦のお金は惜しんで、弟の金を使うようなことはしません。美味しい物が食べたい時に自分のお金は使わずにわざわざ弟の家に行って食べるような真似もしませんよ」「あんたね!」逆に憎まれ口を叩かれて、佐々木英子は卒倒するほど激怒した。暫くの間佐々木唯月を物凄い剣幕で睨みつけて、佐々木英子は唯月に背を向けてキッチンから出て行った。弟が帰って来たら、弟に部屋をしっかり調べさせて何かなくなっていないか確認させよう。もし、何かがなくなっていたら、唯月が妹にあげたということだ。母親と姉が来たのを知って、佐々木俊介は仕事が終わると直接帰宅した。彼が家に入ると、散らかったリビングが目に飛び込んできた。そしてすぐに口を大きく開けて、喉が裂けるほど大きな声で叫んだ。「唯月、リビングがどうなってるか見てみろよ。片付けも知らないのか。陽のおもちゃが部屋中に転がってんぞ。お前、毎日一日中家の中にいて何やってんだ?何もやってねえじゃねえか」佐々木唯月はお椀を持って出て来た。先
それを聞いて、佐々木英子は唯月に長い説教をしようとしたが、母親がこっそりと彼女の服を引っ張ってそれを止めたので、彼女は仕方なくその怒りの火を消した。内海唯花は姉を手伝ってベビーカーを押して家の中に入ってきた。さっき佐々木英子が姉にも六千円出して海鮮を買うべきだという話を聞いて、内海唯花は怒りで思わず笑ってしまった。今までこんな頭がおかしな人間を見たことはない。「お母さん」佐々木英子は姉妹が家に入ってから、小さい声で母親に言った。「なんで私に文句言わせてくれないのよ!弟の金で食べて、弟の家に住んで、弟の金を浪費してんのよ。うちらがご飯を食べに来るのに俊介の家族だからってはっきり線を引きやがったのよ」「あんたの弟は今唯月と割り勘にしてるでしょ。私たちは俊介の家族よ。ここにご飯を食べに来て、唯月があんなふうに分けるのも、その割り勘制の理にかなってるわ。あんたが彼女に怒って文句なんか言ったら、誰があんたの子供たちの送り迎えやらご飯を作ってくれるってんだい?」佐々木英子は今日ここへ来た重要な目的を思い出して、怒りを鎮めた。しかし、それでもぶつぶつと言っていた。弟には妻がいるのにいないのと同じだと思っていた。佐々木唯月は義母と義姉のことを全く気にかけていないと思ったのだった。「唯月、高校生たちはもうすぐ下校時間だから、急いで店に戻って店番したほうがいいんじゃないの?お姉ちゃんの手伝いはしなくていいわよ」佐々木唯月は妹に早く戻るように催促した。「お姉ちゃん、私ちょっと心配だわ」「心配しないで。お姉ちゃんは二度とあいつらに我慢したりしないから。店に戻って仕事して。もし何かあったら、あなたに電話するから」内海唯花はやはりここから離れたくなかった。「あなたよく用事があって、いつも明凛ちゃんに店番させてたら、あなた達がいくら仲良しの親友だからって、いつもいつもはだめでしょ。早く店に戻って、仕事してちょうだい」「明凛は理解してくれるよ。彼女こそ私にお姉ちゃんの手伝いさせるように言ったんだから。店のことは心配しないでって」「あの子が気にしないからって、いつもこんなことしちゃだめよ。本当によくないわ。ほら、早く帰って。お姉ちゃん一人でどうにかできるから。大丈夫よ。あいつらが私をいじめようってんなら、私は遠慮せずに包丁を持って街中を
両親が佐々木英子の子供の世話をし、送り迎えしてくれている。唯月は誰も手伝ってくれる人がおらず自分一人で子供の世話をしているから、ずっと家で専業主婦をするしかなかったのだ。それで稼ぎはなく彼ら一家にこっぴどくいじめられてきた。母と娘はまたかなり待って、佐々木唯月はようやく息子を連れて帰ってきた。母子の後ろには内海唯花も一緒について来ていた。内海唯花の手にはスーパーで買ってきた魚介類の袋が下がっていた。佐々木家の母と娘は唯月が帰って来たのを見ると、すぐに怒鳴ろうとしたが、後ろに内海唯花がついて来ているのを見て、それを呑み込んでしまった。先日の家庭内暴力事件の後、佐々木家の母と娘は内海唯花に話しに行ったことがある。しかし、結果は唯花に言いくるめられて慌てて逃げるように帰ってきた。内海唯花とはあまり関わりたくなかった。「陽ちゃん」佐々木母はすぐにニコニコ笑って彼らのもとに行くと、ベビーカーの中から佐々木陽を抱き上げた。「陽ちゃん、おばあちゃんとっても会いたかったわ」佐々木母は孫を抱きながら両頬にキスの嵐を浴びせた。「おばあたん」陽は何度もキスをされた後、小さな手で祖母にキスされたところを拭きながら、祖母を呼んだ。佐々木英子は陽の顔を軽くつねながら笑って言った。「暫くの間会ってなかったら、陽君のお顔はぷくぷくしてきたわね。触った感じとても気持ちいいわ。うちの子みたいじゃないわね。あの子は痩せてるからなぁ」佐々木陽は手をあげて伯母が彼をつねる手を叩き払った。伯母の彼をつねるその手が痛かったからだ。佐々木唯月が何か言う前に佐々木母は娘に言った。「子供の目の前で太ってるなんて言ったらだめでしょう。陽ちゃんは太ってないわ。これくらいがちょうどいいの」佐々木母は外孫のほうが太っていると思っていた。「陽ちゃんの叔母さんも来たのね」佐々木母は今やっと内海唯花に気づいたふりをして、礼儀正しく唯花に挨拶をした。内海唯花は淡々とうんと一言返事をした。「お姉さんと陽ちゃんを送って来たんです」彼女はあの海鮮の入った袋を佐々木英子に手渡した。「これ、あなたが食べたいっていう魚介類です」佐々木英子は毎日なかなか良い生活を送っていた。両親が世話をしてくれているし、美味しい物が食べたいなら、いつでも食べられるのに、わざわざ弟の家に来
二回も早く帰るように佐々木唯月に催促しても、失敗した英子は腹を立てて電話を切った後、母親に言った。「お母さん、唯月は妹の店にいて、陽君が寝てるから起きてから帰るって。それでうちらに鍵を取りに来いってさ」佐々木家の母親は眉間にしわを寄せ、不機嫌そうに言った。「陽ちゃんが寝てるなら、唯月が抱っこして連れて帰って来ればいいじゃないの。唯花には車もあるし、車で二人を連れて来てくれればそんなに時間はかからないじゃないか」息子の嫁はわざと自分と娘を家の前で待たせるつもりだと思った。「わざとでしょ。わざと私たち二人をここで待たせる気なんだよ」佐々木英子も弟の嫁はそのつもりなのだと思っていた。「前、お母さんがわざと鍵を忘れて行ったことがあったじゃない。彼女が不在だったら、電話すれば唯月はすぐに帰ってきてドアを開けていたわ。今回みたいに私らを長時間待たせることなんかなかった。お母さん、俊介たち夫婦が大喧嘩してから唯月の態度がガラッと変わったと思うわ」佐々木母もそれに同意した。「確かにね」佐々木英子は怒って言った。「唯月はこの間うちの俊介をあんな姿にさせて、ずっと俊介を迎えに来るのを拒んでいたわ。だから、私たちで俊介を説得して帰らせることになった。私たちは全部陽君のためだったのよ。もし陽君のためじゃなければ、俊介に言ってあんな女追い出してやったのに。家は俊介のものよ。本気でうちらを怒らせたら、俊介にあいつを追い出させましょ!」昔の佐々木唯月は夫の顔を立てるために、義姉である佐々木英子には寛容だった。いつも英子から責められ、けちをつけられても許していたのだ。今佐々木英子は更に唯月のことが気に食わなくなり、弟にすぐにでも唯月を追い出してもらいたかった。離婚しても、彼女の弟みたいに条件が良ければ成瀬莉奈のように若くてきれいなお嬢さんを嫁として迎えることができるのだ。佐々木唯月が俊介と離婚したら、一体誰があんな女と結婚しようと思う?再婚したかったら、70や80過ぎのじいさんしか見つからないだろう。「この話は私の前でだけ話しなさい。俊介には言わないのよ」佐々木母は心の中では唯月に不満を持っていたが、孫のためにもやはり息子と嫁の家庭を壊したくなかったので、娘に忠告しておいた。娘が息子の前でまた嫁の悪口を言うのを止めたかったのだ。「お母さん、わ
「妹はあんたに何か貸しでも作ってたかしら?あんたの母親と姉が食べたいんでしょ、なんで妹がお金を出す必要があるのよ?俊介、結婚してから三年余り、私は仕事をしてないからお金を稼いでない。だけど、家庭のためにたくさん犠牲にしてきたのよ。私が裏であなたを支えてなかったら、あんたは安心して仕事ができた?今のあんたがいるのは一体誰のおかげだと思ってるの?お金をくれないってんなら、私だって買いに行かないわ。それから、送金するなら私の労働費もプラスしてもらわないとね。あんたが割り勘にしたいって言ってきたのよ。あれはあんたの母親と姉で私があの人たちに食事を作ってやる義務なんかないわ。私に料理をしてあの人たちに食べさせろっていうなら、お給料をもらわないとね。三年以上夫婦としてやってきたんだから、それを考慮して四千円で手をうってあげるわ」佐々木俊介は電話の中で怒鳴りつけた。「金の浪費と食べることしかできないやつがよく言うぜ。今の自分のデブさを見てみろよ。てめえが家庭のために何を犠牲にしたってんだ?俺には全く見えないんだがな。俺が今仕事で成功しているのは俺自身が努力した結果だ。てめえのおかげなんてこれっぽっちも思っていないからな。なにが給料だよ?俺の母さんはお前の義母だろ?どこの嫁が義母に飯を作るのに給料を要求するってんだ?そんなこと他所で言ってみ?世間様から批判されるぞ」「お金をくれないなら、私は何もしません」佐々木唯月はそう言うと電話を切ってしまった。佐々木俊介は妻に電話を切られてしまって、怒りで携帯を床に叩きつけたい衝動に駆られた。しかし、その携帯を買ってからまだそんなに経っていないのを思い出してその衝動を抑えた。その携帯は成瀬莉奈とお揃いで買ったものだ。一括で同じ携帯を二台買い、一つは自分に、もう片方は成瀬莉奈にあげたのだ。だからその携帯を壊すのは惜しい。「このクソデブ女、陽が幼稚園に上がったら見てろよ!俺と離婚したら、お前みたいなブスを誰がもらってくれるんだ?くたばっちまえ!」佐々木俊介はオフィスで佐々木唯月をしばらく罵り続け、結局は唯月に一万円送金し彼女に海鮮を買いに行かせることにした。しかし、唯月が買い物をした後、レシートを残しておくように言った。夜彼が家に帰ってからそれを確認するためだ。「あいつ、お姉ちゃんに帰ってご飯を作れって?
佐々木唯月は強く下唇を噛みしめ、泣かないように堪えていた。彼女はもう佐々木俊介に泣かされた。だから、もう二度と彼のために涙を流すことはしたくなかった。彼女がどれだけ泣いても、彼がもう気にしないなら、流した涙で自分の目を腫らすような辛い思いをする必要があるのか?「大丈夫よ」佐々木唯月は証拠をまた封筒の中に戻し、気丈に平気なふりをして言った。「お姉ちゃんの気持ちはだいぶ落ち着いているわ。今彼の裏切りを知ったわけではないのだし」「唯花」佐々木唯月は封筒を妹に渡した。「お姉ちゃんの代わりにこの証拠をしっかり保管しておいてちょうだい。私が家に持って帰って、彼に見つかったら財産を私から奪われないように他所に移してしまうかもしれない。そうなると私が不利になるわ」「わかった」内海唯花は封筒を受け取った。佐々木唯月は冷静に言った。「あなたに言われた通り、まずは何もしらないふりをしておく。仕事が安定したら、離婚を切り出すわ。私がもらう権利のあるものは絶対に奪い取ってみせる。あんな奴の好きにはさせないんだから!」結婚した後、彼女は仕事を辞めてしまったが、彼女だって家庭のために多くのことをやってきたのだ。結婚してから佐々木俊介の稼ぎは夫婦二人の共通の財産である。彼の貯金の半分を奪い取って、発狂させてやる!それから、現在彼らが住んでいるあの家のリフォーム代は彼女が全部出したのだ。佐々木俊介にはそのお金も返してもらわなければならない。「お姉ちゃん、応援してるからね!」内海唯花は姉の手を握りしめた。「お姉ちゃん、私がいるんだから、思いっきりやってちょうだい!」「唯花」佐々木唯月は妹を抱きしめた。彼女が15歳の時に両親が亡くなり、それから姉妹二人で支え合って、一緒に手を取り合い今日までやってきた。だから、彼女は佐々木俊介というあのゲス男には負けたりしない。「プルプルプル……」佐々木唯月の携帯が突然鳴り響いた。妹から離れて、携帯の着信表示を見てみると佐々木俊介からだった。少し躊躇って、彼女は電話に出た。「唯月、今どこにいるんだ?」佐々木俊介は開口一番、彼女に詰問してきた。「一日中家にいないでさ、母さんと姉さんが来たらしいんだ、家に入れないって言ってるぞ」佐々木唯月は冷ややかな声で言った。「お義母さ
結城理仁は椅子に少し座ってから、会社に戻ろうとした。内海唯花が食器を洗い終わりキッチンから出てくると、彼が立ち上がり出ていこうとしていたので、彼に続いて外に出て行った。彼は一言もしゃべらず、車から大きな封筒を取り、振り返って内海唯花に手渡し声を低くして言った。「この中に入ってる」内海唯花は佐々木俊介の不倫の証拠を受け取り、もう一度お礼を言おうとした。その時彼のあの黒く深い瞳と目が合い、内海唯花は周りを見渡した。しかし、通りには人がいたので、やろうとしていたことを諦めた。「車の運転気をつけてね。会社にちゃんと着いたら私に連絡して教えてね」結城理仁は唇をきつく結び、低い声で返事をした。彼は車に乗ると、再び彼女をじいっと深く見つめて、それからエンジンをかけ運転して店を離れた。内海唯花はその場に立ったまま、遠ざかる彼の車を見つめ、彼らの間に少し変化があるのを感じた。彼が自分を見つめる瞳に愛が芽生えているような気がした。もしかしたら、彼女は気持ちをセーブせず、もう一度思い切って一歩踏み出し、愛を求めてもいいのかもしれない。半年の契約はまだ終わっていないのだから、まだまだチャンスはある。そう考えながら、内海唯花は携帯を取り出し結城理仁にLINEを送って彼に伝えた。「さっきキスしたかったけど、人がいたから遠慮しちゃったわ」メッセージを送った後、彼女は結城理仁の返事は待たなかった。少ししてから、内海唯花は大きな封筒を持って店に入っていった。佐々木陽は母親の懐でぐっすり寝ていた。牧野明凛は二匹の猫を抱っこして遊んでいて、内海唯花が入って来るのを見て尋ねた。「旦那さんは仕事に行った?」「うん、仕事の時間になるからね。彼は仕事がすごく忙しいから夜はよく深夜にやっと帰ってくるの」内海唯花も二匹の子猫を触った。結城理仁が彼女にラグドールを二匹プレゼントしてくれた。彼女に対して実際とてもよくしてくれている。犬もとても可愛い。ペットを飼うことになったので、彼女は後でネットショップで餌を買うことにした。「お姉ちゃん、あそこにソファベッドがあるから陽ちゃんをそこで寝かせたらいいよ。ずっと抱っこしてると疲れるでしょ」内海唯花は姉のもとへ行き、甥を抱き上げて大きな封筒を姉に渡して言った。「これ、理仁さんが友達に頼んで集め