「殲滅だ!魔族共を殲滅しろ!」
掛け声と共に、僕らは研究所へと押し入る。しかし、遠目からでしかなかったが魔神とゾラがゲートへと飛び込んだ所が見えてしまった。「逃げたのか!?いや、まさか!」
「アカリ!!ゲートに集まる魔族を蹴散らせ!」「了解」ゲートを破壊しようとする魔族に向かって駆け出すアカリ。魔神の考えていた事が理解できてしまった。奴らは先に異世界へと戻りゲートを破壊し、黄金の旅団を戻させない手段をとったのだろう。既にゲートの周囲には魔族が数体おり、破壊しようとしていた。魔族がゲートに手を翳した時には、神速と呼ばれた少女が側にいた。
「残念でした」
小さな幼い声と共に魔族の首は跳ね飛ばされる。動揺した他の魔族も、気付いたときには視界が暗転していた。アカリは間に合ったようだ。流石は神速の二つ名を持つだけはある。既にゲートの周囲には首のない魔族の遺体が転がっているだけ。僕らもアカリに続くように、周りを牽制しつつゲートへと足を進める。やっとの事でゲートへ辿り着いたのはいいが、魔族は意地でも破壊しようと寄って来る。
「くそ!数が!多いな!!」
紅蓮さんもガトリング砲で牽制してはいるが、魔族の数はなかなか減らない。入口付近でも銃声が聞こえだした。
軍隊も到着したのだろう。ゲート付近と入口付近からの挟撃で、魔族は混乱している。「このまま押し返せ!奴らをゲートに近づかせるな!」
レイさんも団員に発破をかけている。どれだけ時間が経っただろうか。魔族は全て殲滅出来た。疲労が溜まり、全員が肩で息をしている。そんな僕らに日本軍から一人の男が近寄ってきた。
「君達は……何者だ」
「まず自分から名乗ったらどうだい?」アレンさんの飄々とした態度が気に食わなかったのか、男は顔を顰める。「生意気なやつだな。まあいい。私は連
「我々の中には家族を失った者が多い。そんな彼らになんと説明すればいい。このゲートを作ったのであれば責任を負う者は彼しかない。五木といったか?彼も重要参考人だ、何処にいる」鈴木さんはどうしても僕を連れていきたいようだ。ただ、アレンさんは絶対にその場から動こうとせず僕を守るように立ち塞がる。「彼は死んだよ。魔族の手によって」アレンさんが悲しそうな目で、五木さんの最後を伝えた。「何?ならば尚更城ヶ崎彼方には来てもらわなければならなくなったな」「だから言っているだろう?彼はボクらと共に行くと」鈴木さんは溜め息を付き、次の言葉を投げかけた。「我々は一般人に手を出すつもりはない。が、彼は世間から大罪人として思われている存在だ。それを庇うというのであれば武力行使も」言い終わるや否か、フェリスさんは剣を抜き鈴木さんの首元に剣先を突き付けた。「なら、アタシたちが相手になってやるわ。たった数人しかいないけど、貴方達とは互角以上に戦えるわ。さっきの戦闘見ていたんでしょう?私達の力がどれ程のものか、味わってみたいのかしら?」「貴様……」空気は非常に悪い。ピリついており、後ろに控えている兵士達も銃を手に、いつでも構えようとする気配がある。もちろん黄金の旅団も、みな武器に手をかけている。このままでは本当に殺し合いになってしまう。自分の世界の兵士と、仲間達が殺し合うなんて見たくもない。しかし今は誰かが構えた瞬間、戦闘になりそうな雰囲気だ。「あの!!」僕は意を決して、立ち上がった。いきなり立ち上がったからか、その場にいた全員の視線が突き刺さる。誰もが見つめる中口を開くのはなかなか勇気がいるが、今はそんなことも言っていられない。「鈴木さん、異世界ゲートの制作に携わった彼方です」「そんなものは知っている。そもそも携わったというより、リーダーの立場だろう君は」睨みつけられるが、ここで下がるわけにいかない。「本来の目的は、
「あーめんどくせぇなぁおい。いいじゃねえか、こっちは戦力に問題はねぇ。殺しちまえばいいだろ」 静寂を切り裂くように、とんでもない事を言い出す紅蓮さんに皆が顔を向ける。「紅蓮さん、貴方は黙っていてください」 レイさんが諫めるがそれでも止まらない。「面倒くせぇ事は嫌いなんだよ。こいつらぶっ殺して彼方はさっさとゲートに飛び込め。おれがその後ゲートを破壊してやる」 言うのは簡単だが、残される者が罪に問われてしまう。 それに殺し合いなんて絶対に避けねばならないことだ。 すると、鈴木さんは気付いていなかったのか、目を見開く。 「お前は……黒川紅蓮か?」 「だったらなんだ」 「特殊部隊に所属していた精鋭だと聞いたことがある……いつのまにか行方をくらまし武器商人となったと聞いていたが。まさかこんなとこで会うことになるとは……」 紅蓮さんの謎に満ちた過去を知ってしまい、妙に納得してしまった。 あれほど武器の扱いに長けており、尚且つ見た目も体格も一般人とは思えなかった為、なんとなく軍に関連した職業に就いていた事は容易に想像できた。「まあいいだろ、そんな昔の事はよ。それより殺んのか俺らと」 「正気か?貴様。こちらには数万の兵がいる。確かに未知の力を扱うかもしれんがたった数人で我々に勝てると?」 「馬鹿はてめぇだぜ?アレンの魔法なら一発で数万の兵なんて消し飛ぶぞ?」虎の威を借る紅蓮さん。 アレンさんの力なら簡単に制圧できるだろうが、多分アレンさんも戦いたくはないだろう。「……私は家族を失った」 唐突に鈴木さんは悲しそうな顔をして、話しだした。「全世界の一割以上の人が亡くなった……世界の声を聞かせてやろうか?ゲートを壊せ、彼方を殺せ、だ。歪み合う世界が今や……人類共通の敵を前にして協力し合っている。私とて貴様らと刃を交わすなど……無駄に部下を死なせるだけなのは理解している。ただせめて、全世界に向けて発言をして頂きたい」 僕の目を見る鈴木さんの目は涙が浮かんでいる。「まてまて、そんなことして何になる?どうせこの世界から去るんだぜ、
数秒黙ったままの僕を見てか、姉さんが肩を抱き寄せてきた。「私は何があっても貴方の味方……だから彼方、貴方がどうしたいか、決めなさい」意を決した僕は鈴木さんに近寄る。「分かりました、場を整えて下さい。何があったか、これからの事、全て伝えます。信じてもらえないでしょうが、世界は知る権利があると思います」「分かった。数時間でライブ中継の準備を整える。それまでに気持ちの整理くらいはしておくといい」これは僕の仕事だ。世界に真実を伝えるのは僕でなければならないんだ。「おい、良かったのか?全世界はお前を大罪人として見てるんだぞ。世界を元に戻せば今ここで起きたことも忘れる。意味なんてないと思うがな」「いえ、違います。僕が前を向いて歩けるように。ただ自分の為に世界に事の経緯を伝えたいと思っています」「……まあお前がいいってんなら、いいけどな。覚悟はしておけ。暴言という名の石を投げられるだろうからな」紅蓮さんはこう見えて、世話を焼いてくれる。僕の為を思って言ってくれたんだろう。数時間ゲート前で待っていると、鈴木さんが研究所へと戻ってきた。「場を用意した。研究所のすぐ外だ。破壊の痕跡が残った生々しい現状を背景にしたほうが伝えやすいかと思ったのでな。それと中継の為に各国の記者を呼び寄せた。人で溢れているが警備は我々連合軍が担っているから安心するといい」「ありがとうございます。すぐ行きます」耳を澄ますと、外から人の声が聞こえてくる。かなりの数が集まっているようだ。色んな言語が聞こえてくる、本当に各国から集まってきたみたいだ。鈴木さんに着いていき、研究所の外へと出ると喧騒が更に大きくなった。「この犯罪者がー!」「私の家族を返して!!」「責任を取れ!」「処刑しろ!」聞こえてくるのは僕に対しての罵詈雑言。足が震え、立ち止まってしまう。鈴木さんに聞いてはいたが、実際に聞
カメラのフラッシュが眩しいくらいに焚かれる。雑誌の表紙でも飾るのだろう。「今回の悲劇について、皆様には伝えておかなければいけない事がたくさんありました。信じて貰えない事も沢山あります。しかし全て事実です。それを今ここで説明させて頂きます」異世界について、異形の生物について、魔法について、これからについて、一時間程かけて全てを話した。「……なので私は未来のために異世界へと渡ります。逃げるな、と言われるかもしれませんが、元の世界へと必ず戻してみせます」「そんなもの信じられるか!!ふざけるのも大概にしろ!!」「この世界を捨てるつもりか!」溜まった鬱憤を晴らすかのように飛んでくる罵詈雑言。するとアレンさんが僕の横に立った。「この世界の人達はうるさいなぁ、いっその事滅んでみるかい?」手にはドス黒い魔力の塊を生み出す。それを見た者達は一斉に静かになる。「なら聞くけど、異世界ゲートが作られるって時になぜ君達は反対しなかったんだい?文明の発展に繋がるって所だけ見てたんだろう?危険があることも説明にあっただろうに。結果、今の状態になってしまってから悪者はカナタくんだけ?ボクらにとって彼は仲間なんだ。それ以上侮辱するならボクら黄金の旅団が相手になろう」その言葉と共に旅団員は全員武器を構えだした。本気な訳ないが、彼らの威圧感は本物だ。長年潜り抜けてきた修羅場が違う。「彼は自らの過ちを悔いている。だからこそ命のやり取りが身近となる異世界へと向かいこの世界を元の平和な世界へと戻す旅に出るんだ。信じられないなら共に来るかい?何人着いてきても構わないよ、ただ自分の身は自分で守ってもらうけど」誰も口を開かない。ただ静寂が広がるのみ。僕はそんな彼らを背に研究所へと戻っていく。誰も声を掛ける者はいない。見送る人は姉と紅蓮さんと茜さんのみ。もしも世界樹が見つからなければ、もう二度と会うことはない。僕は涙を堪え、ゲートへと向かう。「さあ、もういいだろ
「行ったな……」静かになった異世界ゲートの前に佇む三人。黒川紅蓮、城ヶ崎紫音、斎藤茜はずっとゲートを見つめている。「さあ俺の最後の仕事だ」紅蓮は、爆薬をゲートに仕掛け距離を取る。「お前らも全員離れろ。巻き込まれるぞ」ゲート前で呆然と立ち尽くす茜と紫音に問いかけるが反応がない。「おい!さっさと下がれ!死にてぇのか?」怒鳴られてやっと反応した二人は顔に生気がない。無理もないだろう、茜は彼方の事を弟のように可愛がり、紫音に限っては生まれたときからずっと一緒に生きてきた。もう会えないと思うと、立ち尽くす気持ちも理解できる。「あいつの事信じてるなら、さっさと下がって来い」「……すみません」二人共ゲートから距離を取り紅蓮の元に来る。「あの……紅蓮さん……」紫音が話しかけてくる。「なんだ?」「その爆弾の起爆スイッチ……私に押させてもらえませんか?」彼方との最後の繋がりはゲートのみ。だからこそ自分で押したいのだろう。そう思った紅蓮は彼女にスイッチを手渡す。「この爆弾は時限式だ。スイッチを押して5秒後に爆破する」「分かりました」紫音の手に起爆スイッチを置くと、紅蓮は少し離れた。最後のお別れくらいは、自分のタイミングがいいだろう。そう思い、紅蓮は押すタイミングは紫音に任せた。「茜さんも紅蓮さんのとこまで離れてていいですよ」「……うん、紫音ちゃん、大丈夫?押せる?」「はい……どうしても私が押したいんです……」「わかったわ、貴方のタイミングで押したらいいからね」そう言って茜も離れていく。紫音の頭の中には、彼方と過ごした日々が走馬灯のように流れている。
目を瞑り黒い深淵に飛び込んだ僕が、次に目を開けた時には見たこともない光景が広がっていた。ビル一つない風景、空に浮かぶ月は二つ。空は紫がかっており、お世辞にも綺麗な風景とは言えない。辺りを見渡しても、異様な形の木にゴツゴツした岩肌が目立つ崖。右手にはしっかりと紅蓮さんからもらったレーザーライフルが握られている。魔物がいきなり現れそうな風景に腰を抜かし、座り込んで呆然としていると、前からアレンさんが近付いて来た。アレンさんが僕の前に手を差し出し、話しかけてくる。「ようこそ!ボクらの世界、アルカディアへ!!」「ちなみにここは魔族領だからこんな風景だけど、この世界は美しい世界なのよ、誤解しないでね」レイさんから補足されたが、忘れていた。この異世界ゲートは魔族領に繋がっていたのだった。ここから新たな未来を掴む為の旅が始まる。そう意気込んで僕は呟いた。「初めまして異世界アルカディア、そして待っていろ世界樹。必ず見つけてだしてやる」――――――草原が広がる大地の上で、魔物を狩る者達がいた。「アカリ!一体そっちにいった!」「任せて!カナタも無理しないで!」息のあった動き。男は片手に銃のような物を持ち魔物を牽制する。もう片方の手には30cmほどの小剣。女は刀を片手に忙しく動き回っている。周囲には、狼を2倍ほどの大きさにしたような魔物が複数体。既に彼らの足元には、息一つしない魔物の死体が複数体転がっている。「喰らえ!!」男は銃口を魔物に向け引き金を引く。赤色の光線が射出され魔物の胴体に風穴を開ける。しかし、その隙を狙ったかのように違う魔物が駆け寄り大きな口を開け襲いかかってくる。が、アカリと呼ばれた女性が腕を振るったと同時に魔物の胴体は真っ二つに切り裂かれた。「ごめん!油断した!」「カナタ、雑魚でも群れたら危ないんだから気をつけて」黒髪で小
ここは異世界アルカディア僕、城ヶ崎彼方はこの世界の人間ではない。一年前、異世界ゲートを創りこの世界へとやってきた。元の世界は、ゲートの事故により大量の死者を出し僕は大罪人となってしまった。友人だった春斗も世話になった五木さんも、黄金の旅団の人達も、たくさん亡くなった。僕のせいで。だから、願いが叶うと言われている世界樹を求めてこの世界へと来たんだ。ただ、闇雲に探しても見つからない。僕はアレンさんの勧めで冒険者ギルドに登録し、最低等級の冒険者としてこの世界で第一歩を踏み出した。今は、ただ強くなるために依頼をこなす毎日。この世界に来たばかりの僕では、世界樹を見つけても辿り着くことすら難しいとのことだった。自分の身は自分で守る、それがこの世界アルカディアでの常識。紅蓮さんから貰ったこのレーザーライフルと、小剣を手に生きていく。アカリは常に僕に寄り添ってくれる。今ではかけがえのない存在だ。今日もまた一日を無事に生き永らえた。この世界では死がすぐ近くに潜んでいる。依頼に失敗して死亡、魔族の侵攻、暗殺。僕は絶対に死ねない。生きて生きて生き抜いてやる。いつか必ず、元の世界に戻すために。――――――「ここが……異世界……」辺りを見渡すと、見たこともない木に紫色の花がそこら中に咲いている。空は曇天というに相応しい灰色。想像していた異世界は、もっと優雅で美しいイメージだったが、ここはもはや魔界といってもいいほどだ。ゲートから飛び出てきた勢いと風景の衝撃に尻餅をつく。アレンさんがそんな呆然とする僕に近づきにこやかな顔で手を差し出す。「ようこそ!異世界アルカディアへ!!」「あの……これが異世界……ですか?」「ああ、忘れてないかい?ゲートが繋
「団長、カナタくんにもっと分かりやすく説明してあげたらどうですか?」 僕が首を傾げているとレイさんが団長に補足説明するように言ってくれた。「それもそうだね。この世界には冒険者の階級というものがあるんだ」 そこで知ったのは、冒険者にはC級、B級、A級、S級、SS級、英雄級、神話級と7つの階級がある。 A級でベテランの冒険者と言われるレベルで、英雄級までくると国に数人という程度の少なさになるらしい。 神話級は世界にただ1人。 アレンさんはもちろん世界3位の強さと呼ばれるだけあって、英雄級だ。 「英雄級までいくとね、任意のタイミングで陛下と謁見する事が許されるんだよ」だから皇帝陛下に世界樹の事を聞く、という事が簡単に言えたらしい。「ちなみに言うとね、二つ名はS級以上じゃないと付かないんだよ」 「てことは、この旅団ってかなりの上級冒険者ばっかりってことですよね」 「まあそうなるね。レイとアカリはSS級だし、他の団員も全員S級だよ」アカリの強さに驚き、そちらに顔を向けると心なしかドヤ顔を見せつけてきた。「あ、でも漣さんはどのレベルに位置するんですか?」 「カナタ、こっちの世界では元の名前を使うつもりだ。だから今後はレオンハルトと呼んでくれ」 「分かりました、レオンハルトさん」一ノ瀬漣はあくまで向こうの世界でしか使うつもりがなかったらしく、この世界では剣聖として名を馳せている以上、レオンハルトと呼ばなければならないらしい。「それで私の事だが、剣聖と呼ばれる者は階級が存在しない。別枠として扱われる」 「じゃあ強さの指標はないってことですか?」 「そうなるな。ただ前も言った通り私ではアレンに勝てない。しかし魔神には唯一勝てる存在だ。だからこそ階級がないという扱いになる」剣聖は唯一魔神を消滅させる聖剣を使うことができる。 しかし必ずしも戦闘能力が他を圧倒するかと言われればそうでもないらしい。 本人曰く、SS級よりは強いが英雄級には勝てるかどうか、といった曖昧な感じだそうだ。
五人となり割と大所帯となった僕らが街を歩くと相変わらずみんな平伏していく。 もうこの光景も慣れた。 今の僕は神族から見て謎の人物に映ってるだろうけど、仕方のない事だ。街を出歩かず一瞬で次の使徒の塔まで飛べればいいが、僕は翼を持たない故に地道に歩いて転移門までいくしかない。 それはペトロさん達も理解しているようで、何も言わず僕に合わせてくれていた。二度目となる転移門の前までくると、またペトロさんが水晶玉に手を翳す。 しばらくして転移門がぼんやりと光り始めると各々一歩を踏み出し門をくぐっていく。 今度の街は白を基調とはしているが所々に赤色が目立っていた。 血が滾るような戦いを好むって話だから、多分赤色を使っているんだろう。 巨塔はもう見慣れた。 白い巨大な塔。 使徒の家は全部これだ。塔の中に足を踏み入れると今までと違い、一番上に行くまでの廊下も赤色をふんだんに使っていた。 「はぁ〜目がチカチカするわねぇ〜」 アンデレさんはそう言うが、僕からしてみれば貴方の塔も大概でしたよと言わざるを得ない。 だって水晶が至る所にあったんだからギラギラ感でいえばアンデレさんが圧勝だったのだから。「入るよー」 ペトロさんを先頭に部屋へと入室すると、そこはヤコブさんとはまた違った雰囲気だった。 全体的に赤っぽくていろんな武器や防具が地面に突き刺さっている風景が広がっていた。でも使徒毎に個性があって面白いな。 見慣れない剣も突き刺さってて見ているだけでも飽きが来ない。 しばらく眺めていると剣を携えた白い服の男が奥からこちらへと歩いてきた。「吾輩の部屋に無断で入るとは……」 「あ、きたきた。シモン」 「む、貴様はペトロか。何用だ」 「かくかくしかじか」 ペトロさんは掻い摘んで説明した。 うんうんと頷いて聞いていたシモンさんはゆっくりと口を開いた。「内容は理解した。だが、ただで許可は出せん」 「そういう
「おーい、そろそろいいかな?」ペトロさんの声で僕は瞼を開く。数時間ほど寝てしまっていたようで、視界に飛び込んできたのは見覚えのない天井だった。さっきまでいたはずの図書館ではない。「眠ることすら許されなかったようだね。まあでも許可は貰えたし良かった良かった」ペトロさんは手を叩いて喜んでいたが、僕としては二度とやりたくない交渉だった。ぐっすりとまではいかなかったが仮眠を取れたお陰で多少頭は冴えていた。「じゃあ次ね〜。どの使徒がいいかなぁ?」「あん?そりゃあアイツだろ。万が一力尽くでってなっても使徒の中では一番燃費のワリィやつだ」燃費の悪い使徒なんているのか。あれかな、魔力量があまりない的な感じかな。「確かにそう言われればそうか。よし、決めたよ。カナタ君、次の使徒は恐らく戦闘にはなると思うけど私達がいるから安心するといい」「せ、戦闘になるんですか?」「なるだろうね。彼の望む世界は力こそ全てだからさ。たださっき話してた通り燃費が悪いんだ。初撃さえ防げばなんとでもなる」その初撃がヤバい威力を秘めてるんじゃ……。燃費が悪いって事はどっちかだ。魔法の威力がありすぎて一瞬で枯渇するパターンとそもそもの魔力量が少なすぎて大した魔法も使えないパターンか。後者ならまだいいが、前者だとかなりヤバいのではないだろうか。余波で死ぬなんて事は避けてほしいが。「初撃は俺が防いでやる。ペトロはその人間を守ってな」「ヤコブ、君では防ぎきれないよ。アンデレも一緒に頼んだよ」「はーい、私がいれば百人力ってやつよ!ね!ヤコブ!」「お、おお」一人で抑えられるって意気揚々としてたけどやっぱり女性相手には強くでられないようでヤコブさんは意気消沈していた。
トマスさんの出した条件は案外緩く僕は快諾した。話すだけだなんてそんな緩い条件を出してくるとは思わなかったのか、ペトロさんも苦笑いしていた。「話をするだけで許可をくれるというのかい?」「それはそうでしょう。別世界の話など望んでも聞けるものではないですから」想像していたより別世界の情報は価値が高いようだ。これなら案外他の使徒の許可を貰うのも楽かもしれないな。ペトロさん達はまた明日迎えに来ると言い残し塔から出て行った。僕はというとトマスさんの部屋で椅子に腰かけ話をすることに。「ふむ、なかなか興味深いものです。動く鉄の馬車に空飛ぶ乗り物ですか。確かにこちらの世界にはない技術です」トマスさんが特に興味を持ったのは自動車や飛行機といった科学の分野だった。こっちの世界は魔法という概念が存在している為科学というものは発展していない。恐らくこっちの世界で飛行機を作ろうと思うと膨大な時間が必要になるだろう。「それに魔法というものが存在しない世界ですか……不便で仕方ないでしょう」「いえ、それが意外とそうでもないんです。さっきも言った通り科学があるので遠く離れた人と顔を見て話す事ができたり新幹線っていう凄く速い地上の乗り物もあるので」「それは是非とも見てみたいものです。カナタと言いましたね、君がこの世界でそれを再現する事はできますか?」原理は理解しているが再現するにはまず部品を作るところから始めなければならない。当然そうなれば精錬技術も遥かに高度な技術が必要となり、まずはそこから始めるとなれば膨大な時間がかかってしまう。やはり知識だけあっても実現には程遠い。「すみません、僕も作り方とか原理は分かるのですがそもそもの前提知識や技
トマスさんの巨塔に入ると内装はこれまでと少し変わり、至る所に本棚が置かれてあった。真面目だと聞いてはいるがやはり勤勉タイプのようだ。上階に来ると、いよいよトマスさんの部屋だ。僕は緊張しながら扉の前に立った。「入るよトマス」ペトロさんが両手で扉を開くと、そこは図書館だった。いや、正確には図書館に来たかと錯覚するほどに本棚で囲まれた部屋だ。「うえぇ、いつ来ても相変わらずの本の数だな」「ほんと、これだけの本をよく集めたものよね~」アンデレさんもヤコブさんも大量の本を見て嫌そうに顔を背ける。まあこの二人は本とは無縁そうな雰囲気があるし、当然の反応か。僕としてはどんな本があるのか興味が尽きない。洋風の図書館というのか螺旋階段まであって上階にも本棚が所狭しと並べられていた。しばらく本棚を眺めていると、眼鏡をかけた白い服の男性が螺旋階段から降りてきた。「騒がしいと思ったら……貴方達でしたか」とても理知的な見た目をしているトマスさんは僕らを一瞥しフンと鼻で笑った。それが癇に障ったのかヤコブさんが一歩前に出た。「ああ?来てやったのになんだぁその態度は!」来てやったという表現はちょっとおかしくないかな?どちらかといえば僕らが頼みに来たって感じなんだけど。「来てやった?私は貴方達を呼んだ覚えはありませんがね」まあそうだろうね。だって勝手に来たんだから。しかもアポなんて取ってないし。「まあまあヤコブ、落ち着きたまえよ。トマス、君に用事があってね」「ペトロさん、貴方が用事というとあまりいい思い出がないのですが」過去に何があったんだろう。トマスさんの表情が本当に嫌そうな顔になっているし、凄く気になってきた。「まあまあまあ、それは置いといて。トマス、別世界の人間に興味はないかい?」「置いておくというそのセリフは私の方です。&helli
僕を含めた四人で次に向かったのは第二使徒トマスと呼ばれる人の所だ。使徒は全部で十二人。今の所許可をもらえたのは第三使徒ペトロさん、第五使徒アンデレさん、第七使徒ヤコブさんだけだ。後三人もの使徒に許可をもらわなければならないのはなかなか骨が折れる。それに次に会うトマスという方はそれほど懇意にしている使徒ではないらしく、扉でひとっ飛びという訳にもいかないらしい。その為街に繰り出し塔へと向かう転移門へと足を運んだのだが、なかなか辛かった。使徒は他の神族にとって敬うべき存在。つまり、街を歩けば目につく神族がみな膝を突いて頭を垂れるのだ。なかなか経験できない光景だった。それに使徒が三人も一緒にいればあの人間は何者なんだと、声には出してなかったが神族達の表情が物語っていた。「ここだよここ」ペトロさんの案内されたのは転移門と言わんばかりの巨大な門だった。想像していたのは魔法陣の上に立って転移する的なものだったのだが、まさしく門であった。「これが転移門ですか」「そう、ここをくぐる前に行先だけ登録するんだよ。少し待っててくれるかな」そう言ってペトロさんは門のすぐそばまで行き水晶玉みたいな物に手を翳す。「よし、これで大丈夫だ。さあ行こうか」僕は恐る恐る門をくぐる。当然くぐる瞬間は目を瞑ってしまった。目を開けるとこれまた雰囲気がガラッと変わって白を基調としながらも三階建て以上の建物ばかりが目立つ。治めてる使徒ごとに街の雰囲気は変わるようだ。「あの塔に彼はいるよ」ペトロさんが指差す方向には代わり映えのしない巨塔があった。雰囲気が変わるのは街だけで塔の外観は全て同じ造りになっているようだった。「簡単に許可をもらえますかね?」「うーんどうだろうね。トマスは良くも悪くも真面目だから」真面目な使徒なのか。それなら僕と相性はいいかもしれない。一応こう見えて僕は研究者タイプなんだ。真面目
部屋全体がとても暑く、何もしていないのに服には汗が滲んでくるほどだった。ペトロさんとアンデレさんを見ればとても涼しい顔をしており、二人は暑さが平気のようだった。数歩進むと更に熱気は凄く、僕の額には大粒の汗が浮かぶ。使徒の特殊な力か知らないが僕だってペトロさん達みたいに涼しい顔でいたいものだが、あまりの暑さにそうは言ってられない。「ん?あ、もしかしてこの部屋暑いかい?」ペトロさんが僕の様子に気づいてくれたようで声を掛けてくれた。それに僕は頷き返すと、ペトロさんはおもむろに指を弾いた。その瞬間、暑く感じていたはずなのに一気に涼しくなった。何か結界のようなものを張ってくれたのだろうか。「悪いね。人間はこの暑さだと辛いというのを忘れていたよ」「結界ですか?」「そう。私達は呼吸をするかのように身体を覆っているけど君達人間はわざわざ発動手順を踏まなければならないのを忘れていたよ。それに君は魔法があまり得意ではないだろう?」その通りだ。得意か否かではなく赤眼のせいであまり魔法が扱えない。ペトロさんはこの短い時間でその事にも気づいていたらしい。「それにしても趣味悪いよね~ヤコブの部屋って」アンデレさんは首を横に振り嫌そうな顔をする。まあ僕も趣味がいいかと問われれば首を振らざるを得ないしな。「あ、来たみたいだよ」ペトロさんが指差す方向を見ると溶岩が盛り上がりその中から白い服を着た男が出てきた。髪は短髪で赤く目も吊り上がっていて不良みたいな見た目だ。少なくとも僕がプライベートだったら話し掛けはしないタイプの見た目だった。「おいおいおい!なんだって二人が俺の所にきたんだ?それにそこの人間はなんだ?」「まあいいじゃん。とりあえずさ、この子が世界樹に行きたいらしいから許可ちょーだい」何の説明もしてないけどいいのだろうか?アンデレさんの問いかけにヤコブさんは数秒無言になると頷いた。「お?まあいいけどよ。って説明の一
扉をくぐった先はまた別の光景が広がっていた。周りは宝石のように光り輝く巨大な水晶が散乱している。ペトロさんの部屋とは大違いだ。「ここは私達使徒の求めるものが表現されているんだ。私の場合は果てしなく広がる平穏を望む。だから草原が広がっていただろう?ここの使徒は違うのさ」「水晶……輝かしい生を歩みたい、とかそんなところでしょうか?」「おお、察しがいいね。君、頭いいって言われないかい?」どうやら当てずっぽうが正解だったようだ。輝かしい生を歩みたい、か。言ってはみたけど実際よく分かっていない言葉だ。何をもって輝かしい生といえるのか。「その使徒様はどこにいるんですか?」「私が来たことは気づいているはずだからもうすぐ来るよ」ペトロさんがそう言ったタイミングで目の前の水晶が激しく砕け散った。「ふぅ~お待たせ!」現れたのはペトロさんと同じく白い服を着た女性だった。煌びやかな恰好をしてるのかと思いきや、まさか同じ白い服だとは思わなかった。「来たねアンデレ。ちょっと今日は紹介したい人がいてね」「何かしらペトロ。貴方が紹介したいだなんて珍しい事もあったものね~」ペトロさんは僕の方を見た。挨拶しろって事かな。「初めまして城ケ崎彼方です」「城ケ崎?えらく変わった名前ね~。で?ペトロが紹介したって事は普通の人間ではないのでしょう?」「はい。僕は別世界から来た人間でして――」もう何度目かも分からな自己紹介をするとアンデレさんの目が輝きだした。ペトロさんと同じく僕は興味深い対象であったらしい。話し終えるとアンデレさんは期待に満ちた表情に変わっていた。まるで初めて見た生物を観察するかのように。「へぇ~面白いね~!ペトロ、なかなか面白い子を連れてきたね!」「そうだろう?別世界となれば我々の手が届かない場所だ。だからこそ面白い」「うんうん!それでこの子がどうしたの?」ペトロさん
アレンさんが有無を言わせず吹き飛ばされたのを見ていた僕は固まってしまった。他のみんなは視線が下を向いているお陰で今の状況をあまり理解できていないようだが、それで正解だ。意味の分からない力で吹き飛ばされたのを見ていれば、口を開くのが恐ろしくて堪らない。「さあ気を取り直して。カナタ君、世界樹を目指す理由は何かな?」「元の世界を、取り戻す為です」「取り戻す?それは比喩というわけでもなさそうだね。元の世界の話を聞かせてもらえるかな?」まさかとは思うけど僕以外はみんな片膝を突いたままなのだが、その態勢で放置するのだろうか?この状態で話を進めれば少なくとも数十分は身動きできないぞ。「あの、ここで話すんでしょうか?」僕がそう恐る恐る聞くとペトロさんはハッとしたような表情になり、申し訳なさそうな顔で謝罪してきた。「おっと、すまないね。気が利かなくて。ガブリエル、彼らを部屋の外へ」「ハッ」神族のリーダーであるガブリエルさんは吹き飛ばされてどこに行ったか分からないアレンさん以外を部屋の外へと連れて行った。アレンさんはもうどこまで吹っ飛んでいったのか見当もつかないな。「よし、これでいいかな。さあ、これでも飲んで話を聞かせてくれるかな?」僕はペトロさんと同席する事を許されテーブルに着くといつの間にか用意されていた紅茶を一口頂く。少しだけ気持ち落ち着いたな。「僕のいた世界は――」そこから一時間ほどかけて今までのあった事を丁寧に話した。ペトロはニコニコしたり悲しそうな顔をしたりと表情が豊かだった。「なるほどなるほど……それで世界樹に願いを叶えて貰って元の平和な時を取り戻したいという事だね」「はい。……時間を戻すなんて願いは難しいのでしょうか?」「いや、そうではないさ。この世界に干渉する願いでなければ恐らく誰も文句は言わないと思うよ。ただ……世界樹へのアクセスは過半数の使徒の許可がいる。まあ私は許可し
巨大な扉が数秒かけて開かれる。使徒様とはどんな見た目をしているんだろうか。部屋の中はどんな風になっているんだろうか。出会った瞬間バトルにならないだろうか。色んな不安が押し寄せてくる。緊張しながら一歩部屋の中に入ると、そこは部屋ではなかった。いや、正確には部屋の中だ。ただのどかな草原が広がっていて、その真ん中にポツンと椅子とテーブルが置かれてある。そこで優雅にティーカップで何かを飲んでいる白い服の男性がいた。「ペトロ様、少々変わった人間を連れて参りました」神族のリーダーが膝をつき、頭を垂れる。それと同じくして他の神族も膝をつくのかと思って周りに視線を向けてみるとそこには誰もいなかった。神族のリーダー以外部屋の中に入っていなかったようだ。これは僕らも膝をつくのが正解かと思い、しゃがむとアレンさん達も同じように膝をついた。流石にここは空気を読んでくれたらしい。ペトロと呼ばれた使徒が立ち上がるとゆっくりとこちらを向くのが気配で分かった。下を向いていても使徒から放たれ圧は凄まじいものだった。何もしていないのに流れ落ちる汗が物語っている。「君の事かな?」誰に話しかけているのか分からないが、多分僕に話しかけている。というのも声が僕の頭上から降りかかってきているからだ。ここは頭を上げていいタイミングなのか?どういう動きをすればいいのか、何が無礼に当たるのか分からず僕が黙っていると、再び頭上から声がかかる。「えーっと、君は……カナタというのかな?」何も言っていないのに名前を当てられた。使徒ってのは心でも読むのだろうか。いや、とにかく返事をした方がいいのかもしれない。「は、はい」顔を上げて言葉を返すと、頭上で見下ろしている使徒と目が合った。ニコッと微笑むと、手を差し出してきた。これは手を取れという合図だろうか。