アカリは黄金の旅団の中で一番若い。
アレンに出会うまでは、暗殺者を生業としていた。生まれてすぐに両親に捨てられ、拾ってくれたのが暗殺者の教育機関だった。毎日暗殺術や隠密、普通の生活には相応しくないであろう事ばかりやらされていた。物心つく前からそんな日々を過ごしていた為それが日常となり、数年経った頃には誰よりも強くなってしまっていた。「アカリ、お前にしか出来ない依頼だ」ある日、暗殺機関のトップからそう告げられ1枚の紙を渡される。そこには、アレン・トーマスの暗殺、と書かれていた。既にアレンは最強の一角として知られていた為アカリには荷が重いと思ったが、トップからの依頼は断るという選択肢はない。依頼=命令である以上、達成しなければならない。「分かりました」アカリは淡々と告げ暗殺対象の情報を集める為、すぐに行動を開始した。アレンは黄金の旅団の団長であることがわかった。レイ・ストークスを副団長として従え総数は30人を越える。そこに暗殺を仕掛けるのは自殺行為に等しいが……失敗すれば殺される。暗殺機関はそういう所だ。役立たずは切り捨てられまた新たな人員が補充される。アレンという男に恨みはないが自身の命のために、ここで死んでもらうと覚悟を決める。旅団を追っていると野営の準備にかかりだした。アレンが1人になる瞬間を狙うしかない。――――――
日も落ち、テントが複数設置され談笑している団員達が出てきた。アレンは用を足すためかその場を1人離れた。木の陰から目にも止まらぬ速さで何者かがアレンに接近する。刀を逆手で持ち一撃で首を刈り取るようにアレンに迫る少女。
鉄を叩くような音が周囲に響き沈黙が訪れる。刀は何かに弾かれたようで、一撃で殺しきれなかった。少女が二撃目の構えに入ったその時、声が聞こえる。「誰かは知らないけど、ボクを狙ってるね?これでも一応最強の一角と呼ばれてるんだけどなぁ」独り言のようだが2044年3月30日僕は研究所で実験の試験作動に立ち会っていた。異次元空間への接続を可能とする未知の機械は既に稼働前段階に入っており、残すは立証実験のみとなっていた。「やっとここまできたね」五木さんを主導に僕の理論を形にした、現代の技術の粋を集めて作られたそれは悠々と眼の前の大きな機械に囲まれ佇んでいる。「この異世界ゲートの起動は彼方君にやってもらうつもりだからね」「分かりました。緊張の一瞬ですね」しかし稼働する前にやることはある。「まずは記者会見を開いて、妨害工作を防ぐ為に軍とも話し合い警備をしっかりしてもらわないとね」起動する準備は出来たが、そこに至るまで大人の事情ってやつがたくさんあるみたいだ。「実際に稼働するのは4月7日。今から1週間後となるだろう」五木さんも心なしか目が輝いており、今か今かと待ち望んでいたようだ。「あとの手続きは私の方でやっておくから今日から一週間はゆっくりするといい」卒業してから今日まで毎日研究所へと通い詰め、稼働試験に没頭していた僕を労う為に束の間の休息が与えられた。「ありがとうございます。姉さんからもたまには家でゆっくりしろって口うるさく言われてますからね」その後しばし五木さんと談笑し、家に帰ることとなった。――――――「ねえ彼方、いつ立証実験は始まるの?」姉さんに日にちを伝えるが正直言って来て欲しくはない。何があるか分からないし、危険がないとは言い切れない為だ。「姉さんは一応来ない方がいい、何があるか分からないんだから」「じゃあ彼方も危ないじゃない!」僕が理論を作り上げたのだ、その場に居ないわけにいかない。「僕が起動スイッチを押すことになるから行かないとダメなんだよ。姉さんは安全が確認出来てから一緒に行こう」姉さ
「全員準備は整ったな?」暗く狭い部屋で静かな声が響く。「はい、万全の体制で挑めます」「確実にアレンや剣聖が出てくる、アレンの相手は俺がやるが剣聖はお前らでなんとか止めてみせろ」魔族達も密かに計画を立てていた。「偵察した魔族からは、4月7日に異世界ゲートを起動するとのことです」「もうすぐだ、ここまで長かったがやっと我らの時代が来る。分かっているな?失敗は許されん」「最優先事項として起動が確認されればカナタを抹殺致します」カナタさえ消えればあのゲートをもう一度作るのに膨大な時間がかかるだろう。それに起動さえしてしまえば、異世界から仲間を呼び寄せこの世界を支配することができる。1つだけ気がかりがあるとすれば、剣聖だ。剣聖の持つ聖剣エクスカリバーは魔神を傷つけ再生できぬようにする唯一の武器。彼さえ気をつければ他は強かろうが身体は再生できる。「この世界も暗黒の時代へと変えてやろう」笑いを押し殺したような声だけが部屋に|木霊《こだま》した。――――――宿り木では連日対策会議が開かれている。もちろん、内容は4月7日の体制についてだ。全員が元の世界に帰る為には、無事に起動させること。つまり、妨害を跳ね除ける戦力が必要となる。魔族がこの日を狙って何か仕掛けてくるのは間違いない。ここ最近は魔族の姿を目撃できておらず、全員が不気味に感じていた。「団長、剣聖に姿を隠しておいてもらうのはどういうつもりですか?こちら側の最大戦力です、前に出てもらったほうがいいのでは?」「奇遇だね、ボクも同じ意見さ」団員からもっともな意見が飛んでくる。アレンも同じ考えだったが、半分ほどの団員は全員姿を見せておいた方が抑止力になるのではないかという意見だった。「私はアレンに賛成だな」すると剣聖から、賛成の声が上がった。「剣聖殿、それはどういう意味か?」「答えてやったらどうだ、アレン」自分で答えるのが
全員が各々準備の為動き出した。春斗、フェリス、アカリは三人で固まって話をする。「で、俺らはどうやって動く?」「指示はアタシが出すわ、だからその通りに動いてくれればいい」「分かった」二人は護衛対象を守る為最善の配置、動きを再確認する。僕の役目は守られる事だけ。作戦会議に参加しているようで参加していないのが少し寂しい。「とにかくアカリは何があってもカナタくんの側を離れないようにして」「ハルトは3歩後ろを歩いて護衛対象の周囲を警戒」「アタシは護衛対象の左斜め後ろの一歩下がった所」フェリスさんの的確な指示に二人は頷く。「もし万が一護衛の布陣が崩れるようなら、庇うようにハルトはその身で守ること、アカリはカナタくんを抱えて飛び出して」「俺は肉壁ってやつだな!任せろ!」「私は飛び出してどこに行けばいい?」「飛び出したら後は、安全が確保できる場所まで逃げて」「分かった」念の為護衛失敗時の動きも頭の中に叩き込んでおくようだ。こうすることで、成否問わず護衛対象の安全を確保することができる、ということだろう。話し合いは遅くまで続き、そのまま夜はふけていった。――――――アレンは自室で剣聖と二人で向かい合っていた。「私はカナタに襲いかかってきたリンドールを斬る事に集中しておけばいいな?」「そうだね、他の魔族は団員に任せておけばいい。剣聖には剣聖にしか出来ない仕事があるからね」剣聖には魔神と対峙してもらわないとならない。アレンがどれほど強くても完全に消滅させるには聖剣がいる。聖剣は聖剣に認められた者にしか扱えない。だから剣聖には魔神討伐の旅に付いてきてもらうこととなった
2044年4月6日立証実験はついに明日行われる。春斗達が言っていた通り魔物がいきなり飛び出してこないとは言い切れない。あくまで異世界へと繋がる扉を創るだけだ。座標の指定なんてできるわけがない。もし魔族領に繋がってしまった場合はすぐに電源を落としゲートを閉じなければならない。それにこっちの世界にいる魔族と魔神。奴らがどう動くかは予想がつかない為、不確定要素の1つになっている。「そう緊張しなくていいよ、彼方君」五木さんに肩を揉まれリラックスするよう言われたが、明日が迫るにつれて緊張は最高潮だ。「ですが正直不確定要素があるので、本当に大丈夫なのかどうかも……」「科学に絶対はないよ、色んな不確定要素が混じり合って成功した場合のみ成果が残る。科学は結果が全てなんだ」言葉では理解できていても、頭の中はそうはいかない。「とりあえず今日はもうやることは終わったし、明日10時に集合してくれればいい。全世界を驚愕させる結果を生み出そうじゃないか」楽しみ半分不安半分なまま帰路につくが、その帰り道アカリが僕の顔を覗き込んできた。「不安?カナタ」「まあそりゃあね。君たちみたいな異世界の存在が身近にいるし、人間を脅かす生物も居ることが分かってしまった以上、異世界と繋がった瞬間が怖いんだ」「今からでも辞めてもいいんじゃない?」「そういうわけにいかないよ。もしも毎日見る悪夢が本当だったら……異世界に逃げるしか人類滅亡から逃れる手段はないんだ……」そう言うとアカリはまた無言で歩き出す。数歩歩いたところで彼女が小さく呟く。「大丈夫、カナタは私が守るから」その言葉がとても頼もし
2044年4月7日10時五木さんの指示通り10時丁度に研究所へ入ると、既にお披露目の準備が終わっていた。「おはよう彼方君、よく眠れなかったみたいだね。クマができているよ」「おはようございます。色々考えてしまってなかなか寝付けませんでした……」機械の前に舞台ができており、覆い隠すような大きい布が被せられてある丸いドーナツ型の機械。ここで僕は今日、世界に名を知らしめる事となる。緊張で手汗が滲み、もらった台本は少し皺になった。「この舞台で12時に開幕となるからね、それまでに緊張をほぐしておくといいよ」冷たいお茶を渡され、五木さんは他の準備もあるようで何処かへと消えていった。後2時間後には人で埋まる。数十分もすれば世界各国の記者や主要人物が集まってくるだろう。舞台の袖でその時を待つ。宿り木の皆はもう配置についたみたいで、先程アカリから知らされた。時間も迫ってきた時、茜さんから話しかけられた。「彼方君こんな所に居たのね、結構知り合い呼んでたみたいだけど、たくさん友達いるのね」「そうですね、皆さん仲良くしてくれています」「友達少ないと思ってたからなんか少し安心したわね」バカにされたがとりあえずスルーしておいた。宿り木の皆は友達と言っていいのかわからない間柄の為少しふわっとした言い方になってしまったが、茜さんは疑問を抱かなかったようでそれだけ聞くとまたどこかへと歩いて行った。2044年4月7日11時50分舞台袖から会場を見ると既に人でいっぱいになっている。反対側の舞台袖には五木さんが控えており目を合わせると、少し微笑んでくれた。「私はここにいるから何かあったら叫んで」アカリは舞台袖で待機、僕は説明やらを求められるから舞台に出ないといけないが、流石にそこまでアカリを連れて行くわけにいかない為叫んで守ってもらう方法を取ることになった。「まあ叫ばないことを祈るしかないな」舞台を見回すと厳重な警備体制に、監視カメ
五木さんと共に舞台の真ん中へと足を進める。カメラのフラッシュやスポットライトに照らされ、記者や主要人物の顔は見えなくなった。「どうも皆様、初めまして。私が五木隆です。そして隣にいるのが」と、目をこちらに向け合図してきた。「城ヶ崎彼方です」大きな拍手の音が会場を揺らす。少し間をおいて五木さんが喋りだした。「本日は皆様お待ちかね、異世界ゲートの起動を行います。城ヶ崎彼方によって生まれたこの異世界ゲート。世界の常識を変える一歩になるでしょう」随分持ち上げられているが実際に常識が変わるだろう。なにより異世界に行くことにより、魔法という概念がこの世界にも生まれることとなるのだから。後ろの大きな布が取り除かれ、ドーナツ型の機械はお披露目となった。また大きな拍手が巻き起こるが、アレンさん達の目は真剣そのものだ。何も問題がなかったようで次のフェーズへと進む。まずは一安心といったところか。「起動を行うのはもちろん本人です。では彼方君よろしく頼むよ」そう言いながら五木さんはスイッチを僕に手渡し少し離れた。これを押したら、起動する。辺りは静寂に包まれ、僕の押す瞬間を今か今かと皆は見守る。10秒は経っただろうか、満を持して僕はスイッチを押した。反重力装置が起動し、ドーナツ型の機械は回転を始める。唸り声のような音を響かせながら、ドーナツの中心のぽっかり空いた空間は少しずつ歪み始めた。バチバチと雷のような音と共にドーナツの中心の空間は黒ずんでいく。耳障りな音がやんだ頃には、黒ずんでいた空間は完全な漆黒と化していた。……成功したのか?いや、油断はできない。空間が固定されていなければ、入った瞬間に身体はバラバラとなるだろう。とにかく起動は成功した。手はず通り、近くに用意されていた鉄のパイプを握り空間へと突き刺した。3秒、4秒、5秒待ち、鉄パイプを引き抜く。曲がったり折れたりせずそのま
ゼンの叫び声が会場中に広がる。僕や宿り木の皆は何が起きているかすぐに把握できた為、次の行動に移ろうとするが会場に来ている方々は何が起きているか理解できずオロオロと周りを見渡しどうすればいいか悩んでいるようだった。しかしそれもゼンを目にして、逃げ惑う事となる。ゲートから命からがら逃げてきたと思われるゼンの全身は、返り血なのか真っ赤に染まり所々服も破けていた。「団長!魔物がなだれ込んでくる!何か手はないか!」各所に配置されていた黄金の旅団員はすぐさまゲートに向かおうとしたが、そう簡単にはいかない。こっちの世界にいた魔族達がここにきて姿を現したからだ。「さあ、宴の始まりと行きましょうか」ゾラの声を皮切りに、各所で雄叫びや唸り声が聞こえ始めたと思ったら異形の魔族達が行く手を阻みだした。いや何か忘れていないか?僕はある言葉を思い出した。五木さんから聞いていた、稼働時間だ。10分で稼働は止まる、電力が足らないから。そう聞いていたのに、もう既に1時間ゲートは開いたままだ。五木さんに目を合わせ、叫ぶ。「五木さん!電力が止まればゲートも閉まりますよね!?」「そ、そのはずなんだがなぜか止まらないんだ……」しどろもどろに喋りながら機械を操作しようとするが、ゲートは閉まる気配を一向に見せない。僕もスイッチを何度も押すが何も変化はない。すると後ろから異様な気配が近付いてきた。「無駄だ、電力不足など……魔力で補えばいいだけの話だ。我の魔力量なら造作もない」低く冷たい言葉を発したその人物は、背は高く黒いコートに身体を包み、赤い眼をしていた。刹那、アカリが僕の前に飛び出す。「カナタ、下がって。あれが魔神。魔神ヴァリオクルス・リンドール」遂に出てきた魔神。名前しか聞いたことがなかったが、明らかに他の魔族とは違うオーラが漂っている。「失せろ小娘。貴様でどうにかなると思ったか?」「
数年前魔族や黄金の旅団はこの世界に飛ばされてきた。数が少ない魔族が反撃に出るのはリスクでしかない。その為魔神は考えた。異世界へと戻る方法を。どれだけ考えても思いつかなかったが、1つの名案が浮かんだ。この世界に存在する天才と呼ばれるに値する人間に、滅びの夢を見せ信じさせる。そうして、その者に異世界へと帰る手段を見つけさせ、元の世界へと帰るもしくは配下を引き連れて戻りこの世界を支配する。そのターゲットとなった僕は簡単に騙されてしまい、知力を駆使して異世界ゲートを創り上げてしまった。全ては魔神の思うがままに。――――――「感謝するぞ。我々では成し得なかった異世界ゲートを創り出したお前は本物の天才だと記憶に刻んでおくとしよう」言い終わるか否か、何処からかデカい両刃の剣を生み出し僕に剣先を向けてくる。「この世界はお前のお陰で滅びの道を歩むだろう。この世界に存在する全ての人類よ、我に従え!さすれば痛みなく死を与えてやろう」拡声器でも持っていたのかと思うほどに大きな声が会場中に広がる。ざわめきが広がると同時に悲鳴も上がった。「いやぁぁ!やめて!」「痛いいいぃ!!」ゲートから無数に出てくる魔物に襲われている記者や各国の著名人。僕はただ眺めることしか出来ない。「いい声で鳴くじゃないか。ではそろそろお前の命も終わりとしよう」一歩踏み出した魔神を止めるかのようにアカリも構える。一触即発の雰囲気の中、僕はアレンさんを会場の何処にいるか目線だけで探す。遠くに居たのを見つけたが、高位魔族に阻まれてこちらに来ることができなそうだ。いやまだ居る。フェリスさんと春斗が僕の護衛になっていた。春斗は見当たらずフェリスさんを探すと、魔神の後ろにレイピアを構えてアカリと挟む形で陣取っていた。「雑魚が群れようと、我に傷をつけることは叶わぬ!」大剣を振るうとその剣圧でアカリとフェリスさんは吹き飛んだ。「ぐっ!!」4m程度離れただけだ
皇女様がなぜここに!?僕は驚きのあまり固まってしまった。そんな僕などお構いなしに皇女様はアレンさんの机に手を置くとニヤッと笑う。「ワタクシもそのパーティーに参加します」「いやいやいや!皇女様を連れまわしたら流石にオルランドに怒られるよ!」アレンさんがかなり気を遣っている。皇帝陛下にすらタメ口なのになぜ目の前の皇女様にはタジタジなのかが気になった。「この国に帰ってきて一度も挨拶しに来なかったのは誰だったかしら?」「そ、それについては申し訳ない……。ほら、ボクも帰って来たばかりだったしさ、そこにいるカナタの案内もかねて各所を回っていたんだよ」「カナタ?」アレンさんはあろう事か僕に振って来た。皇女様と会話なんて何話したらいいんだ。「えっと……カナタと申します」「あら?新顔ですわね。新しいクランメンバーかしら?」「そ、そんなところかと」「ふ~ん」皇女様はジッと僕を見つめる。やがて興味が薄れたのか目を逸らすとまたアレンさんの方へと向き直った。「それで?彼とワタクシに挨拶がなかったのとどんな関係があるのかしら?」「カナタはこの世界の人間じゃないんだよ」「今何と?」「だからこの世界の人間じゃないんだ。ボクらが無事この世界に帰って来れたのもカナタあってこそだよ」アレンさんがそう言うとまた皇女様は僕の方を見た。今度は上から下まで舐めまわすように見てくる。「ワタクシはソフィア・エリュシオン第一皇女、貴方の名は?」さっき言ったけどもっかい言えってことかな。「城ケ崎彼方と申します」「カナタですわね。別世界から来たというのは本当なの?」「はい。日本という国から来ました」「ニホン……聞いた事がないわね。どうしてこの世界に来たのかしら?」「僕のいた世界を元に戻すため、です」「いまいち意味が分からないわ。アレン、説明して
「さっきのは……」彼方達が図書館から去ると同時に一人の女性が興味深そうに彼らを見ていた。「殲滅王に神速……もう一人の男は見たことなかったけれど、"黄金の旅団"ね。こんな所になんの用だったのかしらね?」女性は読んでいた本を棚に仕舞うと司書の所まで向かう。「ねえ、司書さん。さっきの人達って何の本を探してたのかしら?」「先程と申しますと……アレンさんの事でしょうか?」「そうそう。アレン達が何探してたのかなって。もしあれだったら手伝おうと思って」「ええと……確か神域についてだったと思います」「神域……分かったわありがとう」それだけ聞くと女性はアレン達の後を追うように図書館を出て行った。「あれ?さっきの人ってもしかして……」司書は先程話し掛けてきた人物を知っていた。誰もが知っている女性。直接会話してしまったと司書は喜びに打ち震えていた。誰にも聞こえない声量で司書は彼女の名前を零す。「ソフィア第一皇女様……」――――――宿り木に戻った僕達はまずパーティーメンバーの選出から始まった。アレンさんとアカリ、そして僕ではあまりに貧弱すぎる。というのも僕が殆ど役に立たないからだ。戦闘要員として数えられない為、後二人は必要になるとの事だった。「さてと、誰を連れて行こうかな」クランマスターの部屋で僕らはメンバーを選ぶ。名前と能力が書かれた紙を手渡され僕も一応目を通す。フェリスさんは入れたほうがいいだろう。数日の旅になるなら多少気心しれた人を入れたほうが僕としても楽だ。「フェリスさんはどうですか?」「ああ、そうだね。彼女なら戦闘力も問題ないし……それにカナタもいるから入れた方が良いね」
帝都大図書館は帝国内でも最大級の大きさらしく見上げるほどの高さがあった。日本でも国立図書館はあるがそれを遥かに凌駕する建物の大きさだ。さぞかし蔵書の数は多いのだろうと僕は胸を弾ませた。中に入るとこれまた巨大な棚に本がギッシリと詰められていて何処を見ればいいのか悩んでしまう程だった。「さてと、この中から目的の本を見つけるのは至難の業だ。というわけで司書の所に行こうか」図書館には司書がおり、特殊な魔法を習得しているらしい。なんでも求める本が何処にあるか分かるという司書としての職業でなければ役に立たない魔法だそうだ。「ああ、君。ここに神域に関する事が書かれた本はあるかな?」「はい、少々お待ち下さい」司書は頭の上に魔法陣を浮かべると目を瞑る。しばらく待つと司書の目が開き手元の紙に本のタイトルと場所を記してくれた。「こちら神域について書かれた本は全部で三冊となります」これだけ膨大な数の本があったたったの三冊。それだけに神域は謎に包まれているという事だ。紙に記された場所で本を取るとその場で数ページ捲る。悲しい事に僕は文字が読めない。代わりにアレンさんに読んでもらうと、少し難しい表情になった。「うーん……抽象的な事しか書かれていないね。他の二冊も探してみよう」どうやら満足いく内容ではなかったらしい。目的の本を探すのもなかなか大変だ。何処を見渡しても本の壁。場所は紙に記載してくれているとはいえ、その場所にも何冊もの本が並べられている。やがて見つけた二冊目もやはりアレンさん曰くあまり必要としない情報しか載っていなかったらしい。
魔導具を物色していると時間が溶けていく。あれもこれも欲しくなるしどういった効果があるのか気になってくる。また一つよさげな物を見つけ僕は手に取った。腰に巻き付けるチェーンのようで、少し柄が悪くなるかなと思いつつ自分の腰に当ててみる。……かっこいいじゃないか。男はいくつになっても中二心は忘れない生き物だ。僕も例に漏れずチェーンとか好きである。「……ダサい」「えっ?」アカリは一言だけ伝えるとまた口を閉ざした。え、これダサいかな……。腰にチェーンとか普通にありかなと思ったんだけど。「お、カナタ似合ってるよ。いいじゃないかそれ」アレンさんは分かってくれたらしく、僕を見て嬉しそうに笑顔を浮かべてくれた。やはり男は分かるもんなんだ。このチェーンの良さが。「ダサい」「そんな事はないよアカリ。ほら、見てみなよこの重厚感。ずっしりとくる重みがまたかっこよさを際立たせているじゃないか」「邪魔なだけ」「銀色に輝いているのもよくないかい?」「反射して敵に場所がバレる」「長いのも魅力――」「走ってると絶対足に絡まる」ダメだ、僕とアレンさんが何を言ってもアカリには刺さらなかったらしい。仕方ない、別の魔導具を探すかと僕はチェーンを棚に戻した。と、思ったらすぐ傍にまたかっこいい魔導具を見つけた。銀色の指輪だ。それも普通の指輪じゃない。指全体を覆うようなフィンガーアームのような形をしている。僕が手に取ろうとすると、その手はアカリによって弾かれた。「それもダサい」僕は肩をがっくり落とし、また別の魔導具を物色する。結局、短剣型が一番使いやすいとの事で、僕が選んだのはガードリングと炎の短剣だった。お会計はいくらくらいになるんだろうかと、支払いの時に耳を澄ませていると金貨という単語
ギルドを出ると今度は魔道具の売られている店へと行くことになった。最低限身を守る魔導具はあった方がいいだろうとはアレンさんの意見だ。魔導具と聞けば魔法を気軽に扱える道具という認識がある。ただ結構高価なイメージもあるが、買えるだろうか。「お金は心配しなくていいよ。一応これでも大きなクランのマスターやってるからさ。貯蓄は結構あるんだよ」それなら安心か。しかしどれもこれも買ってもらうというのは気が引ける。魔導具店に到着し、店内へと入ると僕は目を輝かせてしまった。棚には所狭しと置かれた魔導具の数々。魔導書だって何冊も並べられておりワクワク感が増してくる。「カナタ、身を守る物と攻撃手段を選ぶといい」「二つともあった方がいいってこと?一応レーザーライフルはあるけど」「それだけじゃ心許ない」アカリにそう言われるとそんな気もしてきた。レーザーライフルは威力こそ十分だが、ソーラー発電でのエネルギーチャージが必要だからあまり連続して使う事はできない。「カナタ、まずは身を守る為の魔導具を探そう」アレンさんと棚の物色を始めると、どれもこれも効果が分からず僕は首を傾げるばかりだった。見た目はただの指輪でも何らかの効果を持つであろう宝石の嵌った物やネックレスなどもある。腕輪タイプだったら邪魔にならなそうだし、見た目もお洒落だ。いいなと思った魔導具を手に取り見ているとアレンさんが話しかけて来た。「お、それがいいのかい?」「効果は分からないんですが、見た目がいいなと思いまして」「丁度いい。それにするかい?その腕輪はシールドを張る事のできる魔導具さ」運がいい。僕のいいなと思った腕輪が防御系の物だったなんて。「これがいいです」「よし、じゃあ次は攻撃用を探そう」価格を見てないけど大丈夫なのかな。後でコソッとアカリに聞いておこう。攻撃用の魔導具といっても種類は豊富にある。杖型や指輪型、剣型などもありど
アレンさんのいうアテというのが何か分からなかったが、僕の知らない付き合いなどもあるのだろうと無理やり自分を納得させた。「じゃあ金貨五十枚で依頼を出すぞ。まあ、まずは魔神が今いる場所を特定する必要があるからな。占星術師に依頼を出してからになるが」「ああ、それで構わないよ。その間にカナタに教えておく事も多いだろうからさ」教えておく事ってなんだろうか。もう結構この世界の事は学んだつもりだけどな。「それでカナタ。その眼帯の下は赤眼だったな。あまり他のやつに見せるなよ」「はい。アレンさんからも忠告されています」「ならいいが。禁忌に触れた者は悪魔に身を落としたなどとのたまって襲いかかってくる輩もいるからな」それは怖いな。こちらから眼帯を捲らない限りバレることはないだろうけど気をつけておこう。VIPルームを出ると受付嬢であるカレンさんが近づいてきた。「アレンさん、そちらの男性は冒険者登録をされますか?」「よく分かったね」「まあこの辺りでは見たこともない方でしたので」一目見ただけで冒険者か否か分かるものなのか。ギルドの受付嬢って凄い目利きをしてるんだな。「ではこちらへどうぞ」カレンさんの案内に着いていくと受付へと通された。「アレンさんのお知り合いなのは存じておりますが、冒険者登録したばかりですとランクは一番下のC級となります」「はい、大丈夫です」「それでは登録表に必要事項の記入をお願いいたします」おっと、これは不味いぞ。僕はこの世界の文字が書けない。なぜしゃべれてるかは謎だが、多分魔法的な何らかの力が働いているのだと無理やり納得している。しかし文字だけは勉強しなければ書けやしない。「カナタ、私が代わりに書く」「ありがとう。助かるよ」僕が受付で困った表情を浮かべているとアカリはすぐに察したのか代わりに記入してくれることになった。「カナタさん、と仰いましたよね?カナタさんはどこからか来られたのでしょうか?」
「久しぶりーガイアス。元気だった?」「元気も何もお前ら"黄金の旅団"が行方不明になったととんでもない騒ぎだったんだぞ」体格のいい男は苦言を零しながらもアレンさんが無事に帰ってきたことを喜んでいるようだった。「一体何があったんだ」「話すと長いよ」「そこの見たこともない男といい……全員こっちに来い」僕ら三人はギルドの二階へと案内され、ある部屋へと通された。VIP扱いのようで僕は少し緊張していた。長いソファーに腰を下ろすと目の前にギルド長が座る。「まずは無事の帰還を祝おう。よく戻ってきてくれた」「その辺りも詳しく説明がいるかい?」「当たり前だ!」アレンさんはやれやれと肩を竦め説明をし始める。ギルド長はその話をしっかりと聞き、最後に長い溜め息をついた。「はぁぁぁ……よくそれで無事に戻ってこれたものだ。そこの、カナタだったか?よくアレン達をこっちの世界に戻してくれた。礼を言う」「いえ、みなさんの力あっての結果ですから」「ふん。謙遜するタイプか。俺は嫌いじゃないぞ」ギルド長のお眼鏡には叶った受け答えだったようだ。「俺はこの帝都冒険者ギルドの長をやってるガイアスってもんだ。今後も何かと関わる機会が多いだろうからな、覚えておいてくれ」「はい、こちらこそよろしくお願いします」ギルド長と懇意にしておけば今後何かあっても手を貸してくれるだろう。僕はガイアスさんと握手を交わした。「それで魔神だったな……ギルドで高位冒険者は雇えるが魔神にどれだけ対抗できるかは分からんぞ」「まあボクの仲間が何人もやられたからね。普通の冒険者だと歯が立たないだろうから最低でもS級以上の手を借りたい」道中で教えて貰ったが、冒険者にはランクが存在する。アレンさんのような王の名を冠する冒険者は英雄級、アカリやレイさんのような冒険者はSS級。二つ名を持っているのはS級以上だそうだが、その中
テスタロッサさんとの顔合わせも終わると今度は冒険者ギルドへと赴く事になった。正直少しだけ楽しみにしている場所でもある。アレンさんがギルドの扉を開けると中には沢山の冒険者がいた。依頼票を見ている者やテーブルで談笑する者、中には受付嬢を口説いている人もいる。そんな冒険者達がアレンさんを見て一斉に静まり返った。「やあ、みんな。久しぶりだね」アレンさんは呑気にそう声を掛けるが誰も反応しない。いや、正確には反応しているのだが、全員が全員口を開けて呆けた顔をしていた。「ア、アレンさん……生きていたと噂にはなっていましたが……」「ん?ああもしかしてオルランドが触れ回ってるのかな」受付嬢が驚きを通り越して恐ろしいものでもみたかのような顔で声を発する。国王陛下を呼び捨てなど不敬にも程があるがアレンさんだから許されているだけだ。聞いているこっちは冷や汗ものだが、アレンさんは気にする様子がない。「よくご無事で……おかえりなさいませ」「ただいま」アレンさんがそう言うとギルド内は喝采に包まれた。冒険者でも上位に君臨するアレンさんの人気は凄まじいようで、ワラワラと集まってきた。誰しもが笑顔を浮かべアレンさんやアカリに声を掛けているが、僕には誰も話し掛けはしない。見たこともない奴がいるな、くらいは思っているかもしれないが、先にアレンさんの無事を祝っているようだった。「道を開けてもらえるかな?ギルドに報告しなければならない事があってね」そう言うとみんな離れて道を開けていく。それに倣って僕も着いていくとやはり若干の注目を浴びた。眼帯を着けているの
僕らはテスタロッサさんの案内で客間へと通された。ちなみにレオンハルトさんも傷だらけで戻ってきて今ではスンとしている。さっき吹き飛ばされたのが嘘みたいだ。「さあ聞かせて貰おうかアレン。八年もの間どこにいたのか、それとどうしてカナタが禁忌を犯しているのか」「何処から話そうかな――」アレンさんは今までの事を全部話した。別の世界にいた事、僕が異世界ゲートを作りだしこの世界に帰ってこれた事、何人もの犠牲者が出た事。そして僕が赤眼になってしまった事。テスタロッサさんは無言で聞き終えると、小さく溜息をつく。「要約すればお前達はただの一般人に過ぎなかった彼に道を踏み外させた、という事だな?」「まあ、そうだね。カナタには悪い事をしたと思っているよ」「そこまでして魔神を取り逃すとは……殲滅王が聞いて呆れる」テスタロッサさんは明らかに落胆したような様子だった。それだけアレンさんの事は高く評価していたのだろう。「カナタは悪くない。私が悪い」「そうでもないだろ。僕だって何にも分からないくせに禁忌の魔法に手を出しちゃったんだ。自業自得だ」アカリは庇ってくれているようだったが、僕は分からないままに魔法を使ってしまった自分が悪いと思っている。「過去の事を悔やんでも仕方あるまい。それならばその力、有用な使い方をすればいい」「ダメ、カナタには魔法は使わせない」「禁忌の魔法使いとなればいずれ四人目の王の名を手にする事が出来るかもしれんぞ?」二つ名が欲しいとは思わないな。ただこの力が元の世界の時間を戻すきっかけになるなら、迷う事無く使うと思う。「まあいい、それと世界樹だったか?そんなもの私も伝承でしか知らん」「そうかぁ、テスタロッサも分からないとなるとやっぱり神域に行かないとダメかな」「あそこは人間が簡単に立ち入れるところではない。神族と矛を交えるつもりか?」テスタロッサさんが言うには、神域と呼ばれる場所に住む神族は人間を遥かに超える力を持つそうだ。