2044年3月15日。
今日は学校で卒業式がある。
式典まで時間があるので、校内を1人歩く。アカリは部外者になる為、姿を隠し何処かから僕を見守っているそうだ。春斗は食堂に居ると言っていたが、それなりに人がいるせいで何処にいるか見当もつかない。フラフラと視線を彷徨わせて探していると肩を叩かれた。「やっと見つけたぜカナタ!」春斗も僕を探していたようで、先に見つけてくれたみたいだ。「いやー卒業式なんて感慨深いな!」何も考えていなさそうな春斗の口からそんな感想が出てきた事に驚いたが、何気に僕も4年間の思い出を振り返る。「そういえば、式が終わったあとどうするんだ?」何も考えていなかったな、まあでも世間は打ち上げみたいな事でもするんだろうか?「何も考えていなかったけど、宿り木で卒業祝いするとか楽しそうだなって」「おー!今それを言おうとしてたんだよ!団長とかもお祝いしたいって言ってくれてたしさ、そんなら式終わったら宿り木行くか!」式が終わってからの予定がたったの数分で決まってしまったが、まあいいだろう。そろそろ時間だ、僕らは式の会場へと足を進めた。――――――
卒業式は淡々と進んでいく。これといった大きなイベント事もなく終わった。呆気なく終わってしまったが、こんなものなのだろう。これから他の同級生は自分の人生を歩んでいく。僕も研究所への就職が決まっているし、各々自分で敷いたレールの上を走っていくのだろう。「さあ!行こうぜカナタ!」
大学の校舎を出てすぐに駆け出そうとする春斗を抑え込むのが大変なほど興奮している。「そんな急がなくてもいいよ、歩いて行こう」何度も言うが僕は体力がない。宿り木まで走って行くなんて正気の沙汰じゃない。しばらく歩いていると、ふと春斗が声を掛けてきた。
「そういえばカナタ、彼女いるか?」何だ急に、男同士で恋バナと洒落込むつもりか?「いや、残念ながらいないな」1人になってしまった僕を見てか、アレンさんが話しかけにきてくれた。「やあカナタくん、あれから魔法は順調かな?」アレンさんにはたまに魔法の稽古を付けてもらってる為、久しぶりに会った感じはしない。「どうも、そうですねやっぱり上級魔法はなかなか難しくてこないだ1度だけ出来たんですけどたった1回で魔力が尽きてしまいました」「おおー!?もう上級魔法が使えたのか!凄いじゃないか!魔力はまだ少なくて当然だし自ずと増えてくるものだから気にしなくていいよ。でもまさかもう上級まで覚えるとは……これは戦略級魔法まで教えるのも近いな……」何やら聞き慣れない単語が聞こえてきたが……戦略級?もう字面から凄そうじゃないか。「戦略級っていうのはどれくらいの威力なんですか?」「それはもう、戦略級だよ。街1つ壊滅させる事ができるね」とんでもない魔法じゃないか。そんなもの覚えてもいつ使えばいいんだ。そんな話をしていると僕らの会話が耳に入ってしまったのか怒った形相でこちらに向かってくるレイさん。「ちょっと団長?今戦略級って聞こえてきましたが?」「あ、いや、その、まあなんていうかね、カナタくんは凄いってことだよ!」なんの言い訳にもなっていないし、明らかに動揺したアレンさんは引っ張られていった。また1人になったと思ったらアカリから声が掛かる。「カナタ、悪夢のこと調べた」悪夢?ああいつも見ている夢のことか。そういえば調べるって言ってたからなにか分かったのかもしれない。「もしかして何か分かったのか?」「ちょっとこっち来て」アカリに連れられ誰もいない来客用のスペースで話を聞くことになった。――――――「魔法だと思う」唐突に言われたが、正直言って訳がわからない。魔法だとしても一体誰が僕にかけたのか。夢の中身も自在に操ることができるのか?大体なぜ僕に?聞きたいことは山程あるが、アカリの次の言葉を待つ。
アカリは黄金の旅団の中で一番若い。アレンに出会うまでは、暗殺者を生業としていた。生まれてすぐに両親に捨てられ、拾ってくれたのが暗殺者の教育機関だった。毎日暗殺術や隠密、普通の生活には相応しくないであろう事ばかりやらされていた。物心つく前からそんな日々を過ごしていた為それが日常となり、数年経った頃には誰よりも強くなってしまっていた。「アカリ、お前にしか出来ない依頼だ」ある日、暗殺機関のトップからそう告げられ1枚の紙を渡される。そこには、アレン・トーマスの暗殺、と書かれていた。既にアレンは最強の一角として知られていた為アカリには荷が重いと思ったが、トップからの依頼は断るという選択肢はない。依頼=命令である以上、達成しなければならない。「分かりました」アカリは淡々と告げ暗殺対象の情報を集める為、すぐに行動を開始した。アレンは黄金の旅団の団長であることがわかった。レイ・ストークスを副団長として従え総数は30人を越える。そこに暗殺を仕掛けるのは自殺行為に等しいが……失敗すれば殺される。暗殺機関はそういう所だ。役立たずは切り捨てられまた新たな人員が補充される。アレンという男に恨みはないが自身の命のために、ここで死んでもらうと覚悟を決める。旅団を追っていると野営の準備にかかりだした。アレンが1人になる瞬間を狙うしかない。――――――日も落ち、テントが複数設置され談笑している団員達が出てきた。アレンは用を足すためかその場を1人離れた。木の陰から目にも止まらぬ速さで何者かがアレンに接近する。刀を逆手で持ち一撃で首を刈り取るようにアレンに迫る少女。鉄を叩くような音が周囲に響き沈黙が訪れる。刀は何かに弾かれたようで、一撃で殺しきれなかった。少女が二撃目の構えに入ったその時、声が聞こえる。「誰かは知らないけど、ボクを狙ってるね?これでも一応最強の一角と呼ばれてるんだけどなぁ」独り言のようだが
2044年3月30日僕は研究所で実験の試験作動に立ち会っていた。異次元空間への接続を可能とする未知の機械は既に稼働前段階に入っており、残すは立証実験のみとなっていた。「やっとここまできたね」五木さんを主導に僕の理論を形にした、現代の技術の粋を集めて作られたそれは悠々と眼の前の大きな機械に囲まれ佇んでいる。「この異世界ゲートの起動は彼方君にやってもらうつもりだからね」「分かりました。緊張の一瞬ですね」しかし稼働する前にやることはある。「まずは記者会見を開いて、妨害工作を防ぐ為に軍とも話し合い警備をしっかりしてもらわないとね」起動する準備は出来たが、そこに至るまで大人の事情ってやつがたくさんあるみたいだ。「実際に稼働するのは4月7日。今から1週間後となるだろう」五木さんも心なしか目が輝いており、今か今かと待ち望んでいたようだ。「あとの手続きは私の方でやっておくから今日から一週間はゆっくりするといい」卒業してから今日まで毎日研究所へと通い詰め、稼働試験に没頭していた僕を労う為に束の間の休息が与えられた。「ありがとうございます。姉さんからもたまには家でゆっくりしろって口うるさく言われてますからね」その後しばし五木さんと談笑し、家に帰ることとなった。――――――「ねえ彼方、いつ立証実験は始まるの?」姉さんに日にちを伝えるが正直言って来て欲しくはない。何があるか分からないし、危険がないとは言い切れない為だ。「姉さんは一応来ない方がいい、何があるか分からないんだから」「じゃあ彼方も危ないじゃない!」僕が理論を作り上げたのだ、その場に居ないわけにいかない。「僕が起動スイッチを押すことになるから行かないとダメなんだよ。姉さんは安全が確認出来てから一緒に行こう」姉さ
「全員準備は整ったな?」暗く狭い部屋で静かな声が響く。「はい、万全の体制で挑めます」「確実にアレンや剣聖が出てくる、アレンの相手は俺がやるが剣聖はお前らでなんとか止めてみせろ」魔族達も密かに計画を立てていた。「偵察した魔族からは、4月7日に異世界ゲートを起動するとのことです」「もうすぐだ、ここまで長かったがやっと我らの時代が来る。分かっているな?失敗は許されん」「最優先事項として起動が確認されればカナタを抹殺致します」カナタさえ消えればあのゲートをもう一度作るのに膨大な時間がかかるだろう。それに起動さえしてしまえば、異世界から仲間を呼び寄せこの世界を支配することができる。1つだけ気がかりがあるとすれば、剣聖だ。剣聖の持つ聖剣エクスカリバーは魔神を傷つけ再生できぬようにする唯一の武器。彼さえ気をつければ他は強かろうが身体は再生できる。「この世界も暗黒の時代へと変えてやろう」笑いを押し殺したような声だけが部屋に|木霊《こだま》した。――――――宿り木では連日対策会議が開かれている。もちろん、内容は4月7日の体制についてだ。全員が元の世界に帰る為には、無事に起動させること。つまり、妨害を跳ね除ける戦力が必要となる。魔族がこの日を狙って何か仕掛けてくるのは間違いない。ここ最近は魔族の姿を目撃できておらず、全員が不気味に感じていた。「団長、剣聖に姿を隠しておいてもらうのはどういうつもりですか?こちら側の最大戦力です、前に出てもらったほうがいいのでは?」「奇遇だね、ボクも同じ意見さ」団員からもっともな意見が飛んでくる。アレンも同じ考えだったが、半分ほどの団員は全員姿を見せておいた方が抑止力になるのではないかという意見だった。「私はアレンに賛成だな」すると剣聖から、賛成の声が上がった。「剣聖殿、それはどういう意味か?」「答えてやったらどうだ、アレン」自分で答えるのが
全員が各々準備の為動き出した。春斗、フェリス、アカリは三人で固まって話をする。「で、俺らはどうやって動く?」「指示はアタシが出すわ、だからその通りに動いてくれればいい」「分かった」二人は護衛対象を守る為最善の配置、動きを再確認する。僕の役目は守られる事だけ。作戦会議に参加しているようで参加していないのが少し寂しい。「とにかくアカリは何があってもカナタくんの側を離れないようにして」「ハルトは3歩後ろを歩いて護衛対象の周囲を警戒」「アタシは護衛対象の左斜め後ろの一歩下がった所」フェリスさんの的確な指示に二人は頷く。「もし万が一護衛の布陣が崩れるようなら、庇うようにハルトはその身で守ること、アカリはカナタくんを抱えて飛び出して」「俺は肉壁ってやつだな!任せろ!」「私は飛び出してどこに行けばいい?」「飛び出したら後は、安全が確保できる場所まで逃げて」「分かった」念の為護衛失敗時の動きも頭の中に叩き込んでおくようだ。こうすることで、成否問わず護衛対象の安全を確保することができる、ということだろう。話し合いは遅くまで続き、そのまま夜はふけていった。――――――アレンは自室で剣聖と二人で向かい合っていた。「私はカナタに襲いかかってきたリンドールを斬る事に集中しておけばいいな?」「そうだね、他の魔族は団員に任せておけばいい。剣聖には剣聖にしか出来ない仕事があるからね」剣聖には魔神と対峙してもらわないとならない。アレンがどれほど強くても完全に消滅させるには聖剣がいる。聖剣は聖剣に認められた者にしか扱えない。だから剣聖には魔神討伐の旅に付いてきてもらうこととなった
2044年4月6日立証実験はついに明日行われる。春斗達が言っていた通り魔物がいきなり飛び出してこないとは言い切れない。あくまで異世界へと繋がる扉を創るだけだ。座標の指定なんてできるわけがない。もし魔族領に繋がってしまった場合はすぐに電源を落としゲートを閉じなければならない。それにこっちの世界にいる魔族と魔神。奴らがどう動くかは予想がつかない為、不確定要素の1つになっている。「そう緊張しなくていいよ、彼方君」五木さんに肩を揉まれリラックスするよう言われたが、明日が迫るにつれて緊張は最高潮だ。「ですが正直不確定要素があるので、本当に大丈夫なのかどうかも……」「科学に絶対はないよ、色んな不確定要素が混じり合って成功した場合のみ成果が残る。科学は結果が全てなんだ」言葉では理解できていても、頭の中はそうはいかない。「とりあえず今日はもうやることは終わったし、明日10時に集合してくれればいい。全世界を驚愕させる結果を生み出そうじゃないか」楽しみ半分不安半分なまま帰路につくが、その帰り道アカリが僕の顔を覗き込んできた。「不安?カナタ」「まあそりゃあね。君たちみたいな異世界の存在が身近にいるし、人間を脅かす生物も居ることが分かってしまった以上、異世界と繋がった瞬間が怖いんだ」「今からでも辞めてもいいんじゃない?」「そういうわけにいかないよ。もしも毎日見る悪夢が本当だったら……異世界に逃げるしか人類滅亡から逃れる手段はないんだ……」そう言うとアカリはまた無言で歩き出す。数歩歩いたところで彼女が小さく呟く。「大丈夫、カナタは私が守るから」その言葉がとても頼もし
2044年4月7日10時五木さんの指示通り10時丁度に研究所へ入ると、既にお披露目の準備が終わっていた。「おはよう彼方君、よく眠れなかったみたいだね。クマができているよ」「おはようございます。色々考えてしまってなかなか寝付けませんでした……」機械の前に舞台ができており、覆い隠すような大きい布が被せられてある丸いドーナツ型の機械。ここで僕は今日、世界に名を知らしめる事となる。緊張で手汗が滲み、もらった台本は少し皺になった。「この舞台で12時に開幕となるからね、それまでに緊張をほぐしておくといいよ」冷たいお茶を渡され、五木さんは他の準備もあるようで何処かへと消えていった。後2時間後には人で埋まる。数十分もすれば世界各国の記者や主要人物が集まってくるだろう。舞台の袖でその時を待つ。宿り木の皆はもう配置についたみたいで、先程アカリから知らされた。時間も迫ってきた時、茜さんから話しかけられた。「彼方君こんな所に居たのね、結構知り合い呼んでたみたいだけど、たくさん友達いるのね」「そうですね、皆さん仲良くしてくれています」「友達少ないと思ってたからなんか少し安心したわね」バカにされたがとりあえずスルーしておいた。宿り木の皆は友達と言っていいのかわからない間柄の為少しふわっとした言い方になってしまったが、茜さんは疑問を抱かなかったようでそれだけ聞くとまたどこかへと歩いて行った。2044年4月7日11時50分舞台袖から会場を見ると既に人でいっぱいになっている。反対側の舞台袖には五木さんが控えており目を合わせると、少し微笑んでくれた。「私はここにいるから何かあったら叫んで」アカリは舞台袖で待機、僕は説明やらを求められるから舞台に出ないといけないが、流石にそこまでアカリを連れて行くわけにいかない為叫んで守ってもらう方法を取ることになった。「まあ叫ばないことを祈るしかないな」舞台を見回すと厳重な警備体制に、監視カメ
五木さんと共に舞台の真ん中へと足を進める。カメラのフラッシュやスポットライトに照らされ、記者や主要人物の顔は見えなくなった。「どうも皆様、初めまして。私が五木隆です。そして隣にいるのが」と、目をこちらに向け合図してきた。「城ヶ崎彼方です」大きな拍手の音が会場を揺らす。少し間をおいて五木さんが喋りだした。「本日は皆様お待ちかね、異世界ゲートの起動を行います。城ヶ崎彼方によって生まれたこの異世界ゲート。世界の常識を変える一歩になるでしょう」随分持ち上げられているが実際に常識が変わるだろう。なにより異世界に行くことにより、魔法という概念がこの世界にも生まれることとなるのだから。後ろの大きな布が取り除かれ、ドーナツ型の機械はお披露目となった。また大きな拍手が巻き起こるが、アレンさん達の目は真剣そのものだ。何も問題がなかったようで次のフェーズへと進む。まずは一安心といったところか。「起動を行うのはもちろん本人です。では彼方君よろしく頼むよ」そう言いながら五木さんはスイッチを僕に手渡し少し離れた。これを押したら、起動する。辺りは静寂に包まれ、僕の押す瞬間を今か今かと皆は見守る。10秒は経っただろうか、満を持して僕はスイッチを押した。反重力装置が起動し、ドーナツ型の機械は回転を始める。唸り声のような音を響かせながら、ドーナツの中心のぽっかり空いた空間は少しずつ歪み始めた。バチバチと雷のような音と共にドーナツの中心の空間は黒ずんでいく。耳障りな音がやんだ頃には、黒ずんでいた空間は完全な漆黒と化していた。……成功したのか?いや、油断はできない。空間が固定されていなければ、入った瞬間に身体はバラバラとなるだろう。とにかく起動は成功した。手はず通り、近くに用意されていた鉄のパイプを握り空間へと突き刺した。3秒、4秒、5秒待ち、鉄パイプを引き抜く。曲がったり折れたりせずそのま
音は消え、真っ暗な視界。 魔法は成功したのか? 何もわからない、分かるのは今寝転んでいるだけだ。ゆっくり目を開けると、アカリが覗き込んでくる。「あ、起きた。ご飯用意したよ」 いつものアカリだ。 ここはどこだ? 何も分からない。ゆっくりと身体を起こし辺りを見渡す。 見覚えのある壁や机。 嫌な予感がするが、僕は平静を装いアカリに問いかけた。「アカリ、今は何月何日だ?」 何を言ってるのだ、というような顔をして首を傾げるが答えてくれた。 「今日は4月9日」絶望した。 時は確かに戻っている。 だが僕の望んだ時間ではなかった。 事故が起きたあとだ…… やはりいきなり初めての魔法、尚且つ誰も見たことないオリジナル魔法を使った弊害か、成功はしたが望み通りには行かなかったようだ。しかしまだ可能性はある。 時が戻ることは確認した。 次はもっと正確に時間を指定すれば問題はない。 そう思い、アカリに計画を話そうとするが、アカリの目線はずっとある一点を見ている。 表情も酷く動揺しているようだ。「どうした?」 「カナタ……貴方はいつ禁呪を使ったの……?」 禁呪?何を言っているか分からず、反応に困っているとアカリは話を続けた。「貴方の右眼が赤くなっている」 赤くなっているのがどうしたのだろうか。 充血することなんてよくある話だ。「充血じゃない。赤眼」 「……?意味がわからないぞ」 「禁呪を使った者は赤い眼になってしまう」 まさか時を戻す魔法は禁呪と呼ばれる危険なものだったのだろうか。 しかし赤い眼の何が悪いのか。 僕は元々命を懸けて魔法を使った。 赤い眼くらいは許容範囲だ。「違う……貴方は何も知らないからそんな気楽に考えている」 少し怒ったような声質に変わり、驚いていると胸ぐらを掴まれた。「いつだ!!いつ使った!!禁呪なんて誰に教わった!!!
あの事件から一ヶ月。僕とアカリはある計画を進める為、瓦礫と化した街を歩いていた。魔法には無限の可能性がある。科学では辿り着けない未知の事象まで起こせてしまう。それに気付いた僕はある一つの仮説を思いつく。”時を戻す魔法”普通に考えれば、何を馬鹿なことをと言われるだろうが僕には魔法という未知の力がある。アレンさんからも言われていたが、僕には才能があるとのことだ。もしかすると時を戻すことも出来るのではないか……そう考えてしまった。アカリは、貴方のしたい事を止めるようなことはしない、と言ってくれた。だから僕達はアレンさん達と合流することを後に回し、目的の場所へと向かっている。「ここからは絶対に私から離れないで」目的地となる場所。それは終わりの始まり、異世界ゲートのある研究所だ。もちろん周りには魔族や魔物が蔓延っている。簡単にいけるとは思わないが、アカリいわく一瞬近づくだけならなんとかなるとのこと。魔族達に見つからないよう腰を落とし少しずつ異世界ゲートへと近付いて行く。奇跡的に異世界ゲートが見えるところまで見つからず近づくことができた。「カナタ、最後にもう一度だけ確認しておく」アカリがいつもより真剣な表情で僕を見つめる。「チャンスは一度だけ。異世界ゲートの側まで一瞬で近寄り私が結界を発動する。自慢じゃないけど私の結界だともって十秒。その時間で貴方は異世界ゲートに送り込んでいる魔神の魔力を使って魔法を発動」「ああ、失敗は許されない。」「正直……危険すぎる。時間に干渉するのは神の所業。人の身でその魔法は何が起こるか分からない。本当にいいの?」「構わない。元の世界に戻せるのなら僕の命なんてどうなってもいい」「そう……」一瞬悲しそうな顔を見せるがすぐにいつもの無表情に戻るアカリ。「ここまで協力してくれてありがとう。僕に何かあったら姉さんをよろ
――異世界ゲート対策会議室。日本の首脳陣達は頭を抱え今起こっている問題をどうするべきか、話し合っている。「佐藤首相、まずはこちらをご覧下さい」そう言って会議の進行を務めるテロ対策委員会のトップはスクリーン映像を映し出す。そこには見たこともない異形の生物が人々を襲っていた。中継で見た映像と同じく、人の形をした化け物もいる。「もういい、止めてくれ」吐き気を催す凄惨な光景に首相は映像から目を逸らす。「これが今日本で起きているテロです」「テロだと?こんなものがテロと言えるのか!!あれはなんなんだ!!見たこともない化け物ではないか!私の部下だって何人もやられたんだぞ!」机を叩き大声で叫ぶのは日本軍元帥、一条武。軍も総動員したが、戦果は得られず無駄に人員を失う事となってしまったせいか、落ち着いてはいられないようであった。「一条、少し落ち着きたまえ」「しかし首相、あれはもう我々の手には負えません」数十人の小隊が魔物一匹倒せれば御の字。それほどまでに戦力差がある。「まず、呼び方は統一しましょう。映像で超能力のような彼らが呼んでいた通り魔物、魔族と」「そもそも彼らは何者だ?魔物と魔族とやらに対抗できる力を持っていたが……」彼らとはアレン達の事を言っている。中継では彼らが主導となり、反撃していたように見えていた。「もう日本だけの話ではない。アメリカや中国、世界各国で同じような悲劇が起きている」首相の表情は厳しく、同じように会議に参加している者の全ては苦々しい顔をしていた。「これは人類と異世界からやって来たと思われる魔物や魔族との生存競争だ。世界各国に伝えろ、地球防衛軍を設立し奴らを根絶やしにすると」元帥は既に動いていたのか、補足を説明しだした。「アメリカとは既に協力体制に入っている。もはやこれまでのように国家機密などとは言ってられん。人類全ての武力をもって制圧する」「あの異世界ゲートを創り出した城ヶ崎彼方という男はいかがしますか?
朽ちた机に割れた窓、積もった埃に散乱した食器類。明らかに人が立ち入っていない様子の部屋を見る限り1度もここへは来ていないようだった。「今夜はここで一夜を明かす。リサは外の警戒を、セラは家全体に結界を展開、ガイラは寝床の用意を。剣聖はそのまま紫音さんに付いていてあげてね」「ああ、そのつもりだ」各々準備に入り、手持ち無沙汰になってしまった紫音は携帯で何度も彼方に連絡をするが返事はない。日も落ち、静かな夜が来る。セラ達は3人で女性同士の会話を楽しんでいるようだ。リサは相変わらず相槌を打つくらいしかしてないようだが。ガイラは外の警戒中。アレンは剣聖と二人で向かい合っている。「あの後どうやって逃げたんだい?」「魔物が抜け出していた壁の隙間から外に出て逃げたんだがな……」「数日間はウロウロしてたんだろ?どうだった?街の様子は」「あまりいいとは言えないな……何処も戦争中のような悲惨な光景だ」魔物と魔族が溢れ出たせいで、世界は破滅へと近づいているようであった。「この国だけじゃないみたいだぞ、騒動は」「あーボクも携帯で確認したよ。世界中に散らばったみたいだからね魔物が」もはやこの世界は平和、という時代は終わったのかもしれない。「とりあえず直近の目標は、カナタくん達と合流。その後反撃にでるつもりだ」「しかし……この戦力では心許ない……」「ふふふ、秘策があるのさ。異世界ゲートまでたどり着いたらレイを元の世界に戻させる」「どういうことだ?」剣聖はまだ理解が出来ていないようで、訝しげな顔をする。「連れて来ればいいのさ、戦力を」「なんだと?」「レイには雷神ゼノンを連れてきてもらう」「魔族をこちらに呼ぶのであれば同じことをすればいい……そう言う事か」「3人の英雄、そのうち
探索に出て1時間。リサがいきなり立ち止まった。こんな時は大体魔物が近くにいる。気配に敏感なリサは真っ先に気づいたようだ。「リサ?もしかして魔物かい?」リサは無言で前方を指差す。前方の見えないくらいの距離に何かがいるようだと他の三人も警戒する。全員が臨戦態勢に入り、ゆっくり音を立てないよう進む。次第にシルエットが見えてきたが、2人いるようだ。1人は背の高い男らしき人物。その横には女のようなシルエットが見える。顔が見える所まで近付くと、向こうから声をかけてきた。「おい!アレンか!」聞き覚えのある声。「剣聖か!?」アレン達が走り寄ると剣聖とその横に1人の女性がいる。「ん?彼女は誰だい?」「ああ、この子は紫音。カナタくんのお姉さんだ」まさか彼方より姉が先に見つけられるとは思わなかったが、基地に戻ればいい報告ができるとアレン達の顔は綻んだ。「そうか、保護してくれていたんだね」「あの……初めまして。紫音と言います」「初めまして、ボクはアレン。カナタくんの師匠ってとこかな?」握手と必要最低限の挨拶だけ交わす。「紫音さん。まず最初に言っておくよ、カナタくんはボクらもまだ出会えていない」それを聞いた紫音はとても悲しそうな顔をする。「でも心配しなくてもいい。こうやって探索に出ているのもカナタくんを見つけるためなんだ」「ありがとうございます……!」涙を流しながら礼をする紫音だが、実際はアレン達と一緒に居てくれることを期待していた。「とりあえず一緒に来てくれるかな、カナタくんの護衛に付けていたアカリには落ち合う場所を伝えてある。今はそこを目指しているんだ」こうして4人から6人での行動となったが、剣聖が入ったおかげでより一層安全性は増した。紫音は守らなければならないが、それを加味しても有り余る戦力だ。「ここからは後5キ
「団長、アカリちゃんとカナタさん無事ですかね……?」小さく幼い声でアレンに問い掛けたのは団員の1人、セラ・マクレーン。アカリと同じく20歳という若さで二つ名を得た、黄金の旅団に相応しいメンバーである。「そうだね、二人共無事だと思うよ。何しろあの神速が護衛なんだから。友達ならもっと信じてあげよう」アレンは優しく微笑み返し、セラも頷く。セラにとっては唯一の同い歳。最年少の団員は他にもいるが、いつ何処へ行くにも一緒だったアカリの事が心配でならないのだろう。不安そうな顔を見せるが、アレンが頭を撫でてあげると照れた表情を見せてすぐに怒った表情になった。「もー!私ももう20歳なんですよ!団長は子供扱いしすぎです!」「ははは、ごめんよ。妹みたいな存在だからねセラは」身長も低く、礼儀も正しい。それに可愛らしいキャラであり、団員からは可愛がられていた。そんな彼女ももちろん黄金の旅団にいる以上は、かなり上位の能力を持つ。絶対防御。彼女の幼い見た目からは想像がつかない二つ名だが、力は本物だった。彼女の防御結界は誰にも破られない。これはアレンにも適用する。殲滅王と呼ばれる彼ですら一度も破れたことが無いほどの防御力を誇る彼女は次第に絶対防御と呼ばれるようになった。しかし、そんな彼女にも欠点はある。戦闘能力が低いことだ。防御に特化している為、攻撃手段は乏しい。もちろん一般人相手なら簡単に勝てるだろうが、魔法を使える能力者との戦闘では勝てない程度の戦闘能力。今回の探索メンバーに入れたのは、圧倒的な防御力を活かした支援をしてもらう為。それにアレンは彼女がアカリの唯一の友達だと知っていたので、今回の探索に参加してもらった。「旦那、俺も探索メンバーに入れてもらって感謝します」そう言って横から声を掛けてくるのは、ゼンの兄貴分だったガイラ・ビクトール。轟龍の二つ名を持つ力こそ全て、の戦い方を好む男だ。
それから二人で歩きながら今までの話を教えてくれた。魔法に異世界、彼方が中心となり彼らを帰すために協力していたこと、彼らの使う魔法を彼方も使えるようになったこと。半信半疑な話ではあったが、現状信じざるを得ない光景を目にしている為すぐに飲み込めた。「じゃああれは事故……というよりその魔神って人が起こした計画的犯行ってことですか?」「そうなるな。カナタくんは魔神の思うように操られたと言ってもいいだろう。彼は被害者に過ぎない」世間では諸悪の根源とも言われているが気にしないでいいと、優しく寄り添うように語ってくれた。「しかし……多分彼は今罪悪感に押し潰されているだろう……」「実際にあのゲートを作ってしまった本人ですもんね」「だからこそ姉である君が寄り添う必要がある。彼の心の支えとなってやってくれ。もしも君が拒絶すれば彼は確実に我々と共に異世界へ着いてくるぞ」「分かりました。ありがとうございます」異世界には興味がある紫音だったがあんな化け物が闊歩しているなら行きたくはないなと思っていた。ただし、彼方が行くと言うのなら嫌々ながらも着いていくつもりであった。「そう言えば漣さんって、そのなんていうか……強い人なんですか?」とても抽象的な言い方に漣も戸惑いながら答えてくれる。「強い人……というのが良く分からないが今この世界にいる仲間の中で私は二番目に強い」想像以上の強さに紫音は驚いた。彷徨っていたところにこの人と出会えて運が良かったかもしれないと自身の幸運さに感謝した。そんなどうでもいいような話をしながら歩いていると、ふと漣の足が止まった。
紫音は絶句した。視界に広がるのは燃えた家屋、そこかしこに倒れている人や血溜まり。目を覆いたくなるほどに凄惨な光景。紫音はゆっくりと足を進め、目的も決めず彷徨い出した。どこを見ても倒れた人だらけ。ピクリとも動かないそれは、生きてはいないだろう。当てもなく歩き続けていると、前方から人らしきシルエットが近付いて来た。やっと生きている人に会える喜びからか、警戒もせず紫音も近付いて行く。「ん?なぜこんな所にまだ人間がいるんだ」言葉を発したそれは人でない何か。言葉は分かるし見た目も人間。違うのは背中に翼が生えていることと頭から角が2本出ていることだ。「…………!!」驚きからか、紫音は口をパクパクさせて声が出ない。「まだ生きている者がいたとは……仕方ないオレが処理しておくか」ゆっくり近づいてくる。死を覚悟し目を瞑っていると、いつまで経っても側に来た気配がない。紫音が恐る恐る目を開けると人型の異形は既に事切れていた。魔族が紫音の元まで来ることは出来なかった。首が胴体と離れ地面に倒れ込んでいる。紫音は何が起きたか分からず、倒れ込んだ魔族を見て呆然とする。「こんな所で何をしている」不意に声をかけられ紫音が顔を上げると、そこには中継で見た男が剣を片手に立っていた。「あ、貴方は……」舞台の上で春斗を殺した男と対峙していた金髪の男だった。紫音は瞬時に考えた。あの場に居たということは彼方の行方を知っている可能性がある。「あの!彼方を知りませんか!」名前も知らない金髪の男に問う。すると男は困ったような表情で答えた。「すまない……私も分からないんだ。それに仲間も何処に行ったか分からず探しているところだ」「そう…&hellip
意を決して、外に出ようとすると屋根の上からスピーカーから発せられる声が聞こえてくる。ヘリコプターの音も同時に大きくなってきた。「住人の皆さん、家からは決して出ないでください!繰り返します!家からは決して出ないでください!」軍の人だろうか?どうやらヘリコプターで空から注意喚起しているみたいであった。なぜ家から出ることを拒むのか分からず紫音は玄関先で耳を澄ましていると徐々に外が騒がしくなってきた。「おい!なんか化け物出たらしいぞ!」「さっきの中継本物か!?」「人が死んでたじゃない!あれCGじゃないの?」近所の人達の話し声がする。やはり皆あの中継を見ていたようだ。するとまた空から声が聞こえてきた。「家から出ないで下さい!危険です!テロの危険性がある為家からは出ないで下さい!」テロだって?あんなものテロなんかじゃ説明がつかないではないか。あの化け物は本当に異世界とやらからやって来てしまったのでは……そんな思いもつゆ知らず、空からはずっと注意喚起の声が聞こえ続ける。次第に口調も荒くなってきている。「繰り返す!家からは出るな!これは訓練ではない!!鍵を閉めカーテンを閉じろ!!繰り返す!!――」言われた通りに行動し、リビングでどうするか悩んでいると今度は小さく叫び声まで聞こえてきた。「う……!出た…………逃げ……!!」遠いのか聞こえづらい。しかし、逃げ、と聞こえた気もする。怖くなり包丁を握りしめ縮こまり、何事もないよう祈り目を瞑る。次第に声は数軒隣辺りから聞こえてきだした。「いやぁぁ!!!」「な、なんだよこいつ!!」「化け物!!誰か!!誰か助けて!!」あの中継で見た異形の化け物が瞼の裏に焼き付いている。もしやあれがこの近くにも現れたのか。包丁を握る手は