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第四話

著者: 美希みなみ
last update 最終更新日: 2024-12-04 10:15:07

「そうだな。じゃあ、少し付き合えよ」

「え?」

私の返事を聞くことなく、日向はそのままテラスから家へと入っていく。

「ちょっと待って日向!」

その姿を追いかけて、サロンに入ればきちんと手入れされたその場所に驚いてしまう。

「あれ、綺麗」

「毎月きちんと清掃管理がされてるから」

「そうなんだ」

想像と違うその場所に、何も考えず言葉が零れる。

「ねえ、日向は今日はどうして?」

「んー? なんとなく。彩華、もう飲める年なんだろ?」

備え付けられたバーカウンターから、ワインを取り出しグラスを出す。

「まだ、ばーさんが住んでた頃のワインだけど、大丈夫そうだな」

慣れた手つきでワインを開け、グラスに注いでいく。ボルドーの液体が小気味いい音を立てて注がれる。

それで、この場がなぜか特別な気がしてしまった。今どうしてここに日向がいて、また明日からどこへいってしまうのかもわからない。

それでも、今日向に会えたことが嬉しかった。月明かりがサロンの窓ガラスから入ってきて、胸元から見える日向の鎖骨にドキッとしてしまう。

妖艶なその瞳に、私は吸い寄せられるように、距離を詰めていた。

「彩華?」

そんな私に彼は驚いたように、目を見開いた。

「ねえ、日向。また明日にはここにいないんでしょう?」

答えは聞かなくてもわかる気がしたが、あえてその問いを口にする。

「ああ」

「どうしているの? とかそんなことは聞かない」

「彩華どうした?」

私が何を言いたいか理解できないようで、日向がかなり怪訝な表情を浮かべる。

「あのね、この十年、私誰ともできないの」

「できない?」

今度は完全に意味がわからないといった様子の日向。

アルコールというのは本当に怖い。こんな恥ずかしいことを臆面もなく話している自分が信じられない。

でも、また会えなくなるのなら、一度だけ日向と試してみたかった。

誰に触れられても固くなってしまう、この呪われた身体。

それは日向も同じだったら、私は寺でもどこでも入って一生独身でもいい。

「そう、何人もの人と付き合ったんだよ。でも、誰ともできなかった。触れられると身体がカチカチになっちゃって」

「そうか……」

日向はこの赤裸々な告白に、少し困ったような表情を浮かべた。

「うん」

しばらく無言の時間が流れた。

「きっと、いつか心から彩華が好きだと思った相手ならそんなことないよ」

そう言うと、日向は持っていたグラスの中の赤ワインを飲み干した。

「久しぶりに彩華に会えてよかった。おばさんたちが心配するな。そろそろ……」

ソファから立ち上がった日向の後ろから、私はギュッと抱き着いた。

私より数十センチは高い身長。鼻孔を擽るムスクの香り。私が知っている日向とは違うのに、やっぱり日向だと心が叫ぶ。

「ねえ、お願い。面倒なこと言わないから。私を助けると思って一度だけキスしてみて」

「彩華、いい加減に……」

クルリと振り返った日向に、私は自らキスを仕掛ける。

カチッと歯が当たってしまい、色気も何もないキスに泣きたくなってしまう。

「ダメ? 私はやっぱり日向の中では子供のまま?」

半泣きでそう尋ねれば、彼は何かに耐える様な表情を浮かべた。

「後悔するなよ」

そう耳元で聞こえたと思うと、日向は激しくキスを仕掛ける。するりと日向の舌が私の口内へと滑り込み、ビクっと身体が跳ねた。

今までならば、ここでどうしていいかわからなくて、カチカチになってしまうのだが、淫らな水音に頭の中はドロドロに溶けていく。

そのまま優しくソファに押し倒され、何度もキスをされていると、いつの間にか下着だけになっていた。

今まで服を脱がされていたことすら気づかなかった自分に驚いてしまう。

「彩華、大丈夫か?」

誰とも抱き合うことはできないと思っていた。病院まで行こうと思っていた。

でも、自分でそれはすべて違っていたことに気づく。私は日向がよかったのだ。

「日向、日向」

何度も名前を呼べば、日向は優しく頬を撫でて安心させるように微笑んでくれた。

昔から、ずっとこの笑顔が大好きだった。

この日、私は大好きだった初恋の人に抱かれた。

次の日、まだ朝早く目を覚ますと、日向のジャケットがかけられていた。

しかし、予想通り日向の姿はなかった。

「またいっちゃった……」

そう呟いて、少しずつ明るくなってきた空を見上げた。

テーブルの上にはメモが一枚。

【そのまま戻って大丈夫だから。彩華、いい子でいろよ】

「またそれ?」

いつしか預かったメモと同じ言葉で締めくくられたその紙に、私は泣き笑いを浮かべた。

いい子でいろよ、そういうのならいつまででも待とうじゃない。

そんな気すらして、私は涙を拭うと、こっそり自分の家へと戻った。

それから程なくして、私は瑠香を妊娠していることに気づいた。

あの時の日向との子。それはわかっていたが、私はそのことを両親にも誰にも絶対に話さなかった。

日向の居場所を知ろうと思えばできたと思う。でも、私はそれをしなかった。

彼にとって、私と一緒にいられないことがすべてだと思った。自分から誘って妊娠をして出産をした。

ただそれだけだ。

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