鳥籠の帝王

鳥籠の帝王

last updateHuling Na-update : 2025-04-25
By:  液体猫In-update ngayon lang
Language: Japanese
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 全 思風(チュアン スーファン)は愛する者を、二度と失わないために。  華 閻李(ホゥア イェンリー)は花の力を使い、優しさを失わないために。  彼らは動き出す──  とある地に禿(とく)王朝という、膨大な國があった。表向きは平和そのもの。しかし蓋を開けてみれば、悪の巣窟のように数多の闇が蔓延っていた。  それを象徴するのが殭屍(キョンシー)と呼ばれる死体である。悪意が働いた瞬間、殭屍は生者を襲っていった。  化け物である殭屍に対抗できるのは不思議な力を持つ仙人や道士だけ。しかし彼らもまた、一枚岩ではなかった。内輪揉めはもちろん、何の力を持たぬ人間すら巻き込む。    無断転載禁止です。

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Kabanata 1

黒に抱かれた白

 耳をそばだてて聞いた話をしよう。

 "月のない丑の|刻《こく》になれば美しき銀の|舞姫《まいひめ》が現れ、使者に抱かれて空を飛ぶ。"のだと。

 そう、誰かが|囁《ささや》いた──

「──怒らないでおくれよ」

 夜空にふたつの影がある。そのうちのひとつが、眉をひそめていた。

 それは闇夜に溶けてしまいそうな髪を、三つ編みにした男だ。月明かりがない暗闇のせいか、どんな表情をしているのかはわからない。

 ふと、隠れていた月が、ゆっくりと顔を出す。

 男が月明かりに照らされた瞬間、姿がはっきりと映しだされた。

 腰までの黒髪を三つ編みにしているのは、|瓜実顔《うりざねがお》の美しい男だ。しかし目鼻立ちが整った男は、眉を少しばかり寄せている。

 男の両腕に抱えられているのは人形か……|可憐《かれん》な、|輪郭《りんかく》の整った、美しい者だ。何より、月光をそのまま落としたような……とても薄い髪色をしている。

「……ねえ|小猫《シャオマオ》、機嫌なおしてくれないかい?」

 可憐な人物の機嫌を取ろうと、三つ編みの男は頼りなく声をかけた。

 薄い髪色の者は男か女か。可憐かつ、中性的な顔立ちの人物を見れば、心なしか頬を|膨《ふく》らませているようにも感じた。

「……怒っているのかい?」

 暗い空を背に、三つ編みの男の眉が苦く曲がる。彼は目鼻立ち、それら全てが整っていた。けれど困惑を含む眉根だけは情けなさを持っている。

「いい加減、|小猫《シャオマオ》呼びはやめてほしい。僕は、|華 閻李《ホゥア イェンリー》って名前なんだから」

 横抱きに対する不満ではなく、呼び名への苦情。これには三つ編みの男は微笑みを通り越して、大笑いしてしまう。 しばらくすると笑い声は止まり、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の頬をつついた。もちもちとしている柔らかい頬に触れ、三つ編みの男は微笑する。

「……ふふ、ごめんごめん。でも私にとって君は守りたい者であり、唯一無二の存在なんだ」

 だから怒らないでと、愛し子の額に優しい口づけを落とした。

 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は乙女のように恥じらう。それでも彼の腕から逃れようとせずに、甘んじて優しさを受け入れているようだ。

「……ねえ、|思《スー》。どうして僕を守ってくれるの?」

 おずおずと。大きな瞳を彼へと向ける。

 三つ編みの男は笑顔を浮かべた。何だ、そんなことかと微笑しながら再び|華 閻李《ホゥア イェンリー》の|額《ひたい》に口づけを落とす。

「──私の目的は達成されたんだ」

「目的?」

「君に会って、ともにいる事。どんな時でも|小猫《シャオマオ》を守れるだけの力、そして権力を身につける事。それが私の目的だ。だけど、それはもう果たせたからね」

 微笑みを落とし、指を子の長い髪に巻きつけた。

「果たせたの?」

「うん、そうだよ。私は君の側にいる。誰にも渡さない。それが私の願いだ」

 笑顔を浮かべた美しい顔は、宝石のように|煌《きら》めく。それは愛し子へ向けられた|至高《しこう》の笑みであり、|偽《いつわ》りのない瞳だった。

「……変なの」

「あはは、そうかい? あ、そういう|小猫《シャオマオ》はどうなのさ?」

 |華 閻李《ホゥア イェンリー》の|膨《ふく》らんだ頬をつついた。心なしか子の耳は、先っぽまでタコのように真っ赤になっている。

「……僕は、終わらせたい」

 ふと、愛し子の表情に影が生まれた。|儚《はかな》げで|脆《もろ》い。そんな影である。

「|國《くに》の為じゃなく、僕自身の為に。彼らが命をかけて守ったものを、悪用させない為に!」

 大きな瞳はまっ直ぐ、三つ編みの男を|見据《みす》えていた。

 三つ編みの男は頷き「じゃあ、頑張らないとね」と、|華 閻李《ホゥア イェンリー》とともに夜空を|舞《ま》う。

 そんな二人は赤い衣に身を包んでいる。

 三つ編みの男は|漢服《かんふく》を。|可憐《かれん》な見目の|華 閻李《ホゥア イェンリー》は、下半身がふわりとした|漢服《かんふく》を着ている。そのどちらにも、金色の|刺繍《ししゅう》が施されていた──

 ┳ ┳ ┳ ┳ 

 |宥損《ゆうそん》三百八年。世界で最も|膨大《ぼうだい》な領土を誇る|禿《とく》王朝は、豊かな|國《くに》であった。

 しかしかつては領土が小さく、名すら知られてはいない|國《くに》であった。けれど初代皇帝が|國《くに》の外へと|貿易《ぼうえき》を広げたことにより、多くの者たちに知られるようになる。

 |國《くに》にとって幸であったのか、不幸であったのか。誰にもわからぬまま時は過ぎていった。

 やがて初代皇帝が死す。

 死因は不明。死体の行方もわからず。

 同時に、*|直人《ただびと》では解決できぬことが生まれていった。

 死した者が動き、人を食らう。人ならざる者が、生きた存在の魂を食いつくすなど。どう|足掻《あが》いても、|直人《ただびと》が解決できるとは思えないものばかりだった。

  そんななか、人の身でありながら空を飛び、化け物へと立ち向かう者たちがいる。不思議な力を持った|仙道《せんどう》だ。彼らは人のため、世のために力をふるう。

 されど彼らは価値観などの違いから、|一筋縄《ひとすじなわ》ではいかぬ者たちばかり。

 それでも彼らは、何の力も持たぬ|直人《ただびと》にとっては救世主であった── 

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last updateHuling Na-update : 2025-04-16
Magbasa pa
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Magbasa pa
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再会
 |爛 春犂《ばく しゅんれい》が帰った後、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は|妓楼《ぎろう》の裏手へと向かう。そこは表の華やかさとは裏腹に、雑草が生い茂るだけの荒れ地だった。 建物の壁に背をつけ、服の|口袋《ポケット》から白い何かを取り出す。それは薄汚れた|勾玉《まがたま》だ。それでも気にすることなく、|勾玉《まがたま》を優しく撫でる。 すると、周囲にたくさんの花が落ちてきた。|山茶花《さざんか》や|睡蓮《すいれん》などが、美しい花びらを|伴《ともな》って彼の全身を包み始めたのだ。 彼の姿が見えなくなるまで深く、|濃《こ》い|蜜《みつ》の香りに|包容《ほうよう》される。 しばらくするとそれは|収《おさ》まり、|華 閻李《ホゥア イェンリー》は再び姿を現した。 けれど花に包まれる前の彼とは違っていた。 幼さを残す顔立ちはそのままだが、|白髪《しらが》の混じっていた黒髪は色素をなくしている。一見すると白のよう。けれど太陽の光が当たった瞬間、美しい|白金《プラチナ》の輝きを放つ。 足元まで届きそうなほどに長い髪は、|蜘蛛《くも》の糸のように細かった。 彼は慣れた様子で髪を払いのけ、落ちている|睡蓮《すいれん》を拾った。それを右の手のひらに乗せ、左手で素早く|印《いん》を結んでいく。「──花びらは耳、|蜜《みつ》は息。花粉は|蜂《はち》を誘い、|蝶《ちょう》を|誘惑《ゆうわく》する。花の役目は我を導くこと」 |空《くう》に描くは術。先ほど|華 閻李《ホゥア イェンリー》を包んでいた花が、今度は彼の力に囲まれる番だった。「|我《われ》、|先々《せんせん》の主なり。そして|我《わ》が声に答えよ。目を開き、全てを知らせよ!」 彼の中性的な|見目《みめ》に負けぬのは、男性にも女性にも聞こえる声である。どちらともとれる|声音《こわね》は花たちを美しく踊らせた。 まるでそれは妓女のよう。花の正体が女性ならば、世の男たちは虜になっていただろう。 そう思えるほどに美しく、丁寧に踊り続ける花は意思を持つかのように、とある場所へと向かった。 町を出て、河の上流へと進む。途中にあるつり橋では、男たちが魚釣りをしていた。 そこからさらに山の方へと向かう。次第に霧が立ちこめ、どんどん濃くなっていった。それでも花たちは風向きに逆らいながら飛び続ける。 空中を散歩す
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甘い男
 ──何だろうう。すごく懐かしい香りがする。  |華 閻李《ホゥア イェンリー》は重たい|瞼《まぶた》を無理やり開けた。ズキズキと痛む脳を働かせる。ふと、首から上だけが浮いているという感覚に見舞われた。 なぜだろうかと、視線だけを動かす。「──あ、気がついたかい?」 思いもよらぬ声が頭上から聞こえた。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は驚きのあまり、|目眩《めまい》を忘れて起き上がってしまう。当然のように視界がぐらつき、ふらりと横に倒れてしまった。「おっと。急に動いちゃダメだよ」 声の主は|華 閻李《ホゥア イェンリー》の体を支える。 ──え? だ、誰? な、何で僕はこの人の|膝《ひざ》で寝てたの? あれ? でもこの人って…… 恥ずかしさと動揺を隠し、声の主の顔を見た。 |宵闇《よいやみ》のように長い黒髪を三つ編みした男だ。女性の黄色い声が聞こえそうなほどに目鼻立ちは整っている。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》とは違い、健康的な肌色をしていた。体格はよく、服に隠されていようとも、大きな肩幅から見てとれる。「……えっと、町で会ったあの人?」 突然声をかけてきて、|人攫《ひとさら》い顔負けに屋根上の散歩を|促《うなが》した。そしてあっという間に姿を消し、|華 閻李《ホゥア イェンリー》の心に少しだけ疑問を残した男である。 次第に体を|縛《しば》っていた|目眩《めまい》がなくなっていく。|眼前《がんぜん》の男に手を貸してもらいながゆっくりと起き上がった。「ふふ、うん。そうだよ。あの時の散歩はどうだった? 私は、君と初|逢瀬《おうせ》出来て幸せいっぱいだったけどね」 美しい見目に見合わない言動が飛び交う。|華 閻李《ホゥア イェンリー》の小さな手を優しく|撫《な》でた。瞳をとろけさせながら微笑み、子供を壊れ物のように扱った。 |華 閻李《ホゥア イェンリー》は彼の放った言葉に小首を傾げる。銀の髪はさらりと流れ、大きな目とともに男を|直視《ちょくし》した。 すると男はうっと言葉を詰まらせ、下を向いてしまう。|華 閻李《ホゥア イェンリー》がどうしたのと尋ねながら男の顔をのぞけば、彼は視線を|逸《そ》らした。そして天を仰ぎ見、子供の両肩を軽く叩く。 「これぞ、|至福《しふく》の時!」 男の頬には嬉し涙が伝っていた。 しかし|華 
last updateHuling Na-update : 2025-04-19
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