「うん」「奏、私、あなたと結婚したいわけじゃないの」直美は少し考えた後、正直に打ち明けた。「和彦があなたを侮辱するために、私を利用しようとしてるのよ。私は結婚なんてしたくないし、ましてや結婚式なんて望んでない」「もう関係ない」彼は淡々と答えた。直美は驚いて、彼の冷たい顔を見つめた。「とわこは?」「直美、お前は自分の約束を果たせばいい。それ以外のことは関係ない」「私が彼女に説明してあげようか?」直美は善意で申し出た。「必要ない!」奏は怒りをあらわにした。「彼女を巻き込むな!」彼はとわこの今の精神状態をよく理解していた。もし今誰かが彼女の前で自分のことを話題にしたら、間違いなく怒るだろう。それが直美だったら、さらに怒るに違いない。問題が解決するまでは、彼女をそっとしておくべきだ。すべてが終わった後、自分の口から謝罪し、説明するつもりだった。2時間後、ネット上に衝撃的なニュースが飛び込んできた。「常盤グループ社長が信和株式会社の令嬢と婚約!」これは和彦の指示によるものだった。彼は世界中に奏が直美と結婚することを知らしめたかった。しかも、「豪華な結婚」として報道させたのだ。記事の中では、奏が直美に1150億円の結納金を贈り、いいご縁の意味だと書かれていた。さらに、直美が火事で大やけどを負い、顔に深い傷を負ったこと、それでも奏が彼女を見捨てず、盛大な結婚式を挙げると強調されていた。もちろん、この1150億円が直美の手に渡ることはない。全額が和彦の口座に振り込まれるのだ。和彦はこの結婚を利用して、奏から大金を巻き上げると同時に、彼を世間の笑い者にしようとしていた。記事には、直美の火傷後の写真まで掲載されていた。このニュースが流れた途端、日本では空前の話題となった。—奏と直美?私の記憶違い?ずっと奏の彼女はとわこだと思ってたんだけど!—なんで奏が直美と結婚するの?それに、直美の火傷の写真は正直、怖いよいや、差別するつもりはないけど、あの顔を見て平気でいられるの?—これは純愛ってこと?だって、奏みたいな金持ちが、あえて火傷のある女性を選ぶ理由が他にある?—これ、もしかして誘拐されてる?—数日前、奏ととわこのキス写真が流出してたのに、今度は直美と結婚?クズなのか、聖人なのか、どっち
「とわこ、しばらくスマホ見ない方がいいよ」瞳は我慢できずに忠告した。「奏がアメリカのニュースにまで広告出してるのよ。見たら気分悪くなる」とわこは何も答えなかった。熱は下がったものの、一日中何も食べていなかったせいで、お腹が空いて仕方がなかった。喉もカラカラで声があまり出ない。「とわこ、まずは何か食べなよ。マイクが空港に着くって言ってたから、迎えに行ってくるね」瞳はそう言い残し、部屋を出ていった。三浦が温かいお粥を持ってきて、とわこの前に差し出した。彼女はゆっくりとお粥を食べ、少し体力が戻った気がした。「レラ、蓮、なんでそんなに私のことジッと見てるの?」とわこは苦笑した。「ただの風邪だから、すぐに良くなるわよ」「ママ、泣いてたでしょ?」レラが彼女の赤く腫れた目を見て、小さく唇を噛んだ。「泣かないで、私とお兄ちゃん、弟もいるよ。私たちはずっとママのそばにいるから」「ママも分かってる。だから元気になったし、気持ちも落ち着いたわ」とわこは娘の柔らかい髪を撫でた。その時、蓮が黙って彼女に近づき、そっと抱きしめた。とわこは片腕でレラを、もう片方で蓮を抱きしめると、胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。「ママはね、本当はみんなに完璧な家族を作ってあげたかったの。でも、完璧なんて存在しないって、やっと気づいた。大事なのは、幸せに暮らすこと。だから、ママのことは心配しないで。あなたたちがそばにいてくれるだけで、ママは幸せよ」「ママ、もう悪い子やめる。お兄ちゃんとママの言うこと、ちゃんと聞くよ」レラは今回の出来事で、大きなショックを受けたのだろう。幼い心に深い傷が残ったのが分かる。「ママ、僕がレラのこと守るから。だから、ママは自分のやりたいことをやっていいよ。僕たちのことは心配しないで」蓮は落ち着いた声で言った。とわこは胸が熱くなり、ぐっと息を飲んだ。涙がこみ上げたが、何とかこらえた。この子たちをしっかり育て上げることができたら、もう何も思い残すことはない。空港。瞳はマイクを迎えに行き、彼をじっくり見つめた。「ねえ、それパジャマ?」マイクは車のドアを開け、助手席に乗り込むと、シートベルトを締めた。「急いで来たんだよ!」「上着なしで寒くないの?」瞳は車内の暖房を強めた。「奏のせいで、マジでブチ
「それでも私は帰るわよ。だって気になるじゃない? 直美のあの顔、見たでしょ? あんなにひどくなってるのに、奏が彼女と結婚するなんて、絶対に愛じゃないわ。今頃、国内は大騒ぎでしょ? 奏がなぜ直美と結婚するのか、ちゃんと確かめなきゃ。進学なんかより、こっちの方が面白そうだし!」そう話しているうちに、車は別荘の前庭に入り、停車した。マイクはさっさとドアを開けると、足早にリビングへと向かった。とわこはリビングでレラと一緒に積み木をしていた。マイクは彼女の傍へと駆け寄ると、じっと顔を覗き込んだ。「何よ?」とわこは彼を軽く押しのけた。「仕事始めじゃないの? なんでここに来てるのよ?」マイクは舌を鳴らした。「来たいから来た。それだけ。もしかして、俺がいなきゃ会社が回らないとでも? そんなに重要人物だったとは知らなかったな」瞳が笑った。「とわこ、責めないであげて。マイク、パジャマのまま飛んできたんだから。上着すら持ってこなかったのよ。それくらい焦ってたってこと」とわこはマイクをちらりと見て、呆れたように言った。「私、死ぬわけじゃないんだから。そんなに大げさにしないでくれる?」マイクは肩をすくめた。「そんな言い方ができるなら、大丈夫そうだな」もし彼女が本当にボロボロなら、人を皮肉る余裕なんてないはずだから。夜。静けさに包まれた部屋では、針が落ちる音すら聞こえそうだった。とわこはまったく眠れなかった。仕方なく机に向かい、ノートパソコンを開いた。正月も終わった。もう仕事を再開しなければならない。どんなに辛くても、世界は変わらず回り続ける。だからこそ、自分も立ち止まってはいけない。特に、黒介の手術が控えている。絶対に成功させなければならない。そんなことを考えているうちに、ふと数日前の夜の出来事が頭をよぎった。目を覚ますと、奏が彼女の書斎に立っていた。あの時、彼は机の前で何をしていたの?そういえば、彼女が声をかけた途端、奏は何かを慌ててファイルボックスに突っ込んでいた。とわこはそのファイルボックスに目を向け、一番端に置かれている封筒を取り出した。その瞬間、彼女の視線は封筒から垂れ下がる白い紐に釘付けになった。奏が開けた?この紐はもともと巻かれていたはずなのに、今は解かれている。封筒を開き、中の書類を取り出した
日本。奏と直美の結婚が報じられると、その詳細が次々と明るみに出た。結婚式の会場、招待客の人数、披露宴のメニュー、引き出物、新婦のジュエリー……ありとあらゆる情報がネットで拡散された。まさに三木家にとって、これ以上ないほどの格を示す結婚式だった。このニュースを見たすみれは、思わず和彦に電話をかけた。「和彦、あんたって本当に狡猾ね!」彼女の声には怒りが滲んでいた。「箱の中のもの、あんたが途中で横取りしたんでしょ?本来なら、あれは私のものだったのよ!」もし和彦が手を出さなければ、今ごろ奏を脅していたのは彼女だったはず。そうなれば、あの1150億は今頃すべて彼女の懐に入っていたのに!「すみれ、妹と奏の結婚式に出席する気はあるか?今の話、直接顔を合わせてしようじゃないか」和彦は傲慢な笑みを浮かべた。「来るなら、盛大に歓迎するよ。それに、俺の義弟に、お前に対して少しは手加減するよう言ってやるさ」すみれは正直、現場でこの結婚劇を見てみたいと思っていた。世界中が注目しているのは、奏の社会的地位もあるが、それ以上に彼が醜悪な女と結婚するからだ。誰だって、このイベントを見届けたいはず。でも命が惜しい。今、彼女はアメリカに身を隠している。ここにいれば、少なくとも奏に追われる心配はない。「和彦、よくそんなに強気でいられるわね。私だったら、とてもじゃないけど奏を真正面から脅せないわ」すみれはためらいながら言った。「あんた、怖くないの? 奴に殺されるかもしれないのに」「ハハハ! もうとっくに、殺されかけたさ。だがな、奏みたいな冷酷な相手と渡り合うには、それ以上の冷酷さを見せつけるしかないんだ」彼は続けた。「それに、今は俺の手の中に証拠がある。もし奏が俺に手を出せば、あいつの評判は地に落ちることになる」「へぇ、じゃあ、その証拠はしっかり隠しておくことね」すみれは皮肉っぽく言った。「もし奏に奪われたら、あんたの命もそれまでよ」「もちろんだとも」和彦は自信満々に笑った。「正直に言うと、証拠は俺の手元にはない。だから、もし俺が死んだら、部下が即座にあいつのスキャンダルを暴露する手筈になっている」「でも、その部下が裏切ったらどうするの?」すみれは思わず聞き返した。「裏切らないさ、なぜなら、その部下の家族は、俺のもう一人の部下が握って
彼女はこれまで、三木家の財産になど興味はなかった。ただ、家族に認められ、尊重されることを望んでいた。だが、もうそんなものは必要ない。今の彼女が欲しいのは、三木家そのものだ。常盤グループ。今日から仕事始めだった。社員たちは、奏が結婚を控えているにもかかわらず、朝早くから出社したことに驚いた。しかし、彼はオフィスにこもりきりで、一歩も外へ出てこない。仕事始めのご祝儀は、副社長と財務部長が配ることになった。社員たちは、せっかくの機会を逃すまいと、さっそく核心に迫る質問を投げかけた。「副社長、本当に社長は直美さんと結婚するんですか? 一体どうしちゃったんです?」副社長は困惑した顔で答えた。「私にもわからない。財務部長に聞いてみたら?」一郎はおどけた様子で肩をすくめる。「僕が社長のプライベートを知るわけないだろ? 今回の事もニュースで初めて知ったんだ。そんなに気になるなら、本人に直接聞いてみれば?」社員たちは一斉に首を振った。「いやいや、それはさすがに」「財務部長、あなたは社長と仲がいいんだから、説得してあげてくださいよ!」すると一郎は飄々と答えた。「みんな社長のことを心配してるんだな。でも、そんなに悲観的にならなくてもいいさ。離婚することもできるんだぜ?」社員たちは一瞬ポカンとした後、次々とうなずいた。配布が終わると、副社長がこっそり一郎に聞いた。「で、社長はいつ離婚するつもりなんだ?」「いやいや、そもそもまだ結婚もしてないんだぞ?僕が知るわけないだろ?」「でも、社長の計画、君には話してるんじゃないのか?」「計画?そんなの聞いたこともないね」副社長はため息をついた。「社長が直美さんと結婚するのは、信和株式会社との提携を深めるためだって聞いたけど?」一郎は苦笑しながら首を振った。「たとえ提携を深めたところで、儲かるのは信和株式会社の方だろ? それに、あの1150億の結納金だって、ニュースに載ってたただの数字じゃなくて、実際に和彦に振り込まれてるんだぞ」副社長の顔が曇った。「ってことは、社長は和彦に弱みを握られてるんだな」一郎は軽く笑っただけだった。「でもな、これを聞いても、あの人は社長を同情する気にはなれないだろうな」「誰のことだ?」副社長が不思議そうに聞いた。一郎は濃い眉をわずかに上
今日は東京の名門、三千院家令嬢、三千院とわこの結婚式だ。彼女の結婚式には新郎がいなかった。新郎の常盤奏は半年前の交通事故で植物状態となり、医者から年内の余命を宣告されていた。失意のどん底に落ちた常盤家の大奥さまは、息子が亡くなる前に、結婚させようと決めた。常盤家が、東京での指折りの一流名門だが、余命わずかの人間に喜んで嫁ぐ令嬢は一人もいなかった。…鏡台の前で、とわこは既に支度の整えた。白いウェディングドレスが彼女のしなやかな体を包み、雪のように白い肌が際立っている。精妙な化粧が彼女の美しさをさらに引き立て、まるで咲きかけた赤いバラのようだった。その大きくてつぶらな瞳には、不安の色が浮かんでいた。式開始まで、あと二十分、彼女は焦りながらスマホのスクリーンを何度もスライドして、返事を待っていた。無理矢理常盤奏との結婚を強いられる前、とわこには彼氏はいた。奇遇にも、その彼氏というのは、常盤奏の甥っ子で、名は弥だ。ただ、二人の関係はずっと伏せていた。昨晩、彼女は弥にメッセージを送り、東京から逃げ出して、一緒に駆け落ちしようと頼んだが、一晩中待っていても返事は来なかった。とわこはもう、待っていられなかった。椅子から立ち上がった彼女は、スマホを握りしめて、適当な口実を作って部屋を抜けた。回廊を抜けて、とある休憩室の前を通ろうとしていたところ、彼女は驀然と足を止まってしまった。閉じたはずの休憩室のドアの向こうから、妹のはるかのかわいこぶった笑声が聞こえてきた。「きっとまだ弥くんが来るのを待っているのよ、うちのバカ姉は!ねぇ、後で会ってあげなよ。もし後悔でもして、結婚してくれなかったら、どうするの?」弥ははるかを抱きしめながら、彼女の首に自分の薄い唇を走らせながら言った。「今更、あいつが嫁入りしたくないってわがままを言っても効かないんだろう?後悔したとしても、俺ん家の用心棒どもが多少強引な手を使って、結婚させてやる!」聞こえてくるはるかの笑声は先よりも耳障りだった。「弥くんが毎晩あたしといるの、とわこに知られたら、きっと発狂するわよ。あははは!」頭の中で轟音が鳴り響くのをとわこは感じた。彼女は気が抜けたように後退し、転びそうだった。両手でしっかりとウェディングドレスの裾を握りしめていた彼女は、ま
シャンデリアの下にいる奏の目は黒曜石のように深く、内に秘めた何かが垣間見えるかのようで、悩ましいと同時に危険なオーラを放していた。彼の視線はいつもと同様、身の毛がよだつほどの冷徹さを帯び、相手の心を脅かしていた。驚きで顔が真っ青になった弥は、がばっと数歩後退した。「とわちゃん…じゃなくて叔母さま、もうだいぶ遅くなりましたので、私はこれで失礼いたします」冷や汗が止まらない弥は、足元がおぼつかないまま主寝室から逃げ出した。弥が逃げ出す姿を見届けたとわこも、口から心臓が飛び出しそうになり、全身が小刻みに震えて止まらなかった。常盤奏が起きたの?!もう余命は長くないはずなのに!とわこは奏に話かけようとしたが、口から言葉が出られなかった。もっと近寄って彼の様子を見ようともしたのに、足がまるで床に縫い付けられたかのように、一歩も動けなかった。未知への恐怖に包まれた彼女は思わず尻込みをし…下の階へと走り出した。「三浦さん、奏さんが目を覚ました!目開いてくれたわ!」とわこのを声を聞いて、三浦は急いで上の階に上がってきた。「若奥さま、若旦那さまは毎日目を開けますが、これは意識が回復したわけではございません。今こうしてお話をしていても、何の反応もくれませんでしたよ」ため息まじりに三浦は「植物状態から回復する確率は極めて低いとお医者さまが」といった。「夜、明かりをつけたまま寝てもよろしいですか?何となく不安で」とわこの胸はまだどきどきしていた。「もちろんです。明日の朝はお家元の本邸へ行く予定ですので、若奥さまは早めにお休みください。では、明朝お迎えに参ります」「はい」三浦を見送ったとわこはパジャマに着替え、ベッドに上がった。彼女は男のそばで窮屈に座り込んだ。奏のきれいな顔を見つめながら、彼女は手を差し出して、彼の目の前で振った。「常盤奏、あなたは今何を考えているの?」しかし、男は何の反応もしてくれなかった。彼女の心境は突然悲しみに変わり。彼の境遇を思えば、自分の苦しみなど些細なものだと感じた。「常盤奏、目を覚ましてほしい。あんな大金が弥のクズの手に入れたら、あなただって死んでも死にきれないでしょう」彼女がそう呟いた瞬間、男はゆっくりと目を閉じた。彼をじっくりと見ているとわこはぼんやりとしながらも緊張が募り、心臓が高鳴り始めた。レアケースではあ
今のとわこはまるで背中に棘が刺さられいてるかのようで、居ても立ってもいられない気分だった。「とわこさんはまだ大学生だよね?こんな大事な時期に妊娠したら、勉学に支障が出ることになるでしょう…」と悟の妻が心配しているように言った。悟も相槌を打った。「そうだ、そうだ。とわこさんはまだ若いし、学業を諦めて、うちで子供を育てるなんて、彼女はきっと嫌だろう!」大奥さまは長男夫婦の思惑を予想していた。だからこそ彼女が意地を張っても奏の血筋を残すことにこだわっていた。「とわ、奏くんの子を産んでくれるか?」大奥様は率直に尋ねた。「あなたと奏くんの子供は、将来奏くんの遺産を継ぐことになるんだよ。あの莫大な遺産で、あなた達は贅沢にくらせるわ」とわこは躊躇なく、「ええ、喜んで」と答えた。弥が奏の家業を奪うのを阻止できれのなら、彼女は何でも試す覚悟だった。それに、拒んだところで、常盤家のやり方を考えれば、無理やりにでも彼女に子供を産ませるだろう。彼女から返事を聞けた大奥さまは、満足げな笑みを顔に浮かべた。「いい子だわ。さすが私が見込んだ人だ。そとの愚かの女どもとは違うだとわかっていたよ。あの連中は奏くんが死ぬから何も手に入れないと踏んでいるのよ…愚か者め!」お茶のもてましを終えて、屋敷から出たとわこは、奏の別荘に戻ろうとしていると、途中で弥に呼び止められた。汗ばむ炎天下で、蝉の声がひっきりなしに響いていた。弥の顔を目にして、とわこは虫唾が走るのを感じた。「三浦さん、先にお土産を持って帰ってきてちょうだい」と彼女は三浦婆やに指示した。頷いた三浦婆やは、お土産を持ち帰った。周りは誰もいないことを確認して、安心した弥はとわこに向けて話しかけた。「とわちゃん、俺は傷ついたよ!もう長く付き合っていたのに、とわちゃんは一度も触れさせなかったのに…それなのにどうして、今は喜んで叔父さんの子を産むの」「彼の子を産めば、遺産が手に入る。これ以上都合のいい話はないでしょう?」彼女はわざと軽い口で返事して、弥の心を抉った。思った通り、あいつはかなりな刺激を受けたようだった。「とわちゃん、これは確かにいい考えだ!でも、いっそうのこと俺との子供を作って、叔父さんの子供だと言えばいんじゃないか?どうせ常盤家の子供だし、お祖母様が怒っても、堕胎はきっ
彼女はこれまで、三木家の財産になど興味はなかった。ただ、家族に認められ、尊重されることを望んでいた。だが、もうそんなものは必要ない。今の彼女が欲しいのは、三木家そのものだ。常盤グループ。今日から仕事始めだった。社員たちは、奏が結婚を控えているにもかかわらず、朝早くから出社したことに驚いた。しかし、彼はオフィスにこもりきりで、一歩も外へ出てこない。仕事始めのご祝儀は、副社長と財務部長が配ることになった。社員たちは、せっかくの機会を逃すまいと、さっそく核心に迫る質問を投げかけた。「副社長、本当に社長は直美さんと結婚するんですか? 一体どうしちゃったんです?」副社長は困惑した顔で答えた。「私にもわからない。財務部長に聞いてみたら?」一郎はおどけた様子で肩をすくめる。「僕が社長のプライベートを知るわけないだろ? 今回の事もニュースで初めて知ったんだ。そんなに気になるなら、本人に直接聞いてみれば?」社員たちは一斉に首を振った。「いやいや、それはさすがに」「財務部長、あなたは社長と仲がいいんだから、説得してあげてくださいよ!」すると一郎は飄々と答えた。「みんな社長のことを心配してるんだな。でも、そんなに悲観的にならなくてもいいさ。離婚することもできるんだぜ?」社員たちは一瞬ポカンとした後、次々とうなずいた。配布が終わると、副社長がこっそり一郎に聞いた。「で、社長はいつ離婚するつもりなんだ?」「いやいや、そもそもまだ結婚もしてないんだぞ?僕が知るわけないだろ?」「でも、社長の計画、君には話してるんじゃないのか?」「計画?そんなの聞いたこともないね」副社長はため息をついた。「社長が直美さんと結婚するのは、信和株式会社との提携を深めるためだって聞いたけど?」一郎は苦笑しながら首を振った。「たとえ提携を深めたところで、儲かるのは信和株式会社の方だろ? それに、あの1150億の結納金だって、ニュースに載ってたただの数字じゃなくて、実際に和彦に振り込まれてるんだぞ」副社長の顔が曇った。「ってことは、社長は和彦に弱みを握られてるんだな」一郎は軽く笑っただけだった。「でもな、これを聞いても、あの人は社長を同情する気にはなれないだろうな」「誰のことだ?」副社長が不思議そうに聞いた。一郎は濃い眉をわずかに上
日本。奏と直美の結婚が報じられると、その詳細が次々と明るみに出た。結婚式の会場、招待客の人数、披露宴のメニュー、引き出物、新婦のジュエリー……ありとあらゆる情報がネットで拡散された。まさに三木家にとって、これ以上ないほどの格を示す結婚式だった。このニュースを見たすみれは、思わず和彦に電話をかけた。「和彦、あんたって本当に狡猾ね!」彼女の声には怒りが滲んでいた。「箱の中のもの、あんたが途中で横取りしたんでしょ?本来なら、あれは私のものだったのよ!」もし和彦が手を出さなければ、今ごろ奏を脅していたのは彼女だったはず。そうなれば、あの1150億は今頃すべて彼女の懐に入っていたのに!「すみれ、妹と奏の結婚式に出席する気はあるか?今の話、直接顔を合わせてしようじゃないか」和彦は傲慢な笑みを浮かべた。「来るなら、盛大に歓迎するよ。それに、俺の義弟に、お前に対して少しは手加減するよう言ってやるさ」すみれは正直、現場でこの結婚劇を見てみたいと思っていた。世界中が注目しているのは、奏の社会的地位もあるが、それ以上に彼が醜悪な女と結婚するからだ。誰だって、このイベントを見届けたいはず。でも命が惜しい。今、彼女はアメリカに身を隠している。ここにいれば、少なくとも奏に追われる心配はない。「和彦、よくそんなに強気でいられるわね。私だったら、とてもじゃないけど奏を真正面から脅せないわ」すみれはためらいながら言った。「あんた、怖くないの? 奴に殺されるかもしれないのに」「ハハハ! もうとっくに、殺されかけたさ。だがな、奏みたいな冷酷な相手と渡り合うには、それ以上の冷酷さを見せつけるしかないんだ」彼は続けた。「それに、今は俺の手の中に証拠がある。もし奏が俺に手を出せば、あいつの評判は地に落ちることになる」「へぇ、じゃあ、その証拠はしっかり隠しておくことね」すみれは皮肉っぽく言った。「もし奏に奪われたら、あんたの命もそれまでよ」「もちろんだとも」和彦は自信満々に笑った。「正直に言うと、証拠は俺の手元にはない。だから、もし俺が死んだら、部下が即座にあいつのスキャンダルを暴露する手筈になっている」「でも、その部下が裏切ったらどうするの?」すみれは思わず聞き返した。「裏切らないさ、なぜなら、その部下の家族は、俺のもう一人の部下が握って
「それでも私は帰るわよ。だって気になるじゃない? 直美のあの顔、見たでしょ? あんなにひどくなってるのに、奏が彼女と結婚するなんて、絶対に愛じゃないわ。今頃、国内は大騒ぎでしょ? 奏がなぜ直美と結婚するのか、ちゃんと確かめなきゃ。進学なんかより、こっちの方が面白そうだし!」そう話しているうちに、車は別荘の前庭に入り、停車した。マイクはさっさとドアを開けると、足早にリビングへと向かった。とわこはリビングでレラと一緒に積み木をしていた。マイクは彼女の傍へと駆け寄ると、じっと顔を覗き込んだ。「何よ?」とわこは彼を軽く押しのけた。「仕事始めじゃないの? なんでここに来てるのよ?」マイクは舌を鳴らした。「来たいから来た。それだけ。もしかして、俺がいなきゃ会社が回らないとでも? そんなに重要人物だったとは知らなかったな」瞳が笑った。「とわこ、責めないであげて。マイク、パジャマのまま飛んできたんだから。上着すら持ってこなかったのよ。それくらい焦ってたってこと」とわこはマイクをちらりと見て、呆れたように言った。「私、死ぬわけじゃないんだから。そんなに大げさにしないでくれる?」マイクは肩をすくめた。「そんな言い方ができるなら、大丈夫そうだな」もし彼女が本当にボロボロなら、人を皮肉る余裕なんてないはずだから。夜。静けさに包まれた部屋では、針が落ちる音すら聞こえそうだった。とわこはまったく眠れなかった。仕方なく机に向かい、ノートパソコンを開いた。正月も終わった。もう仕事を再開しなければならない。どんなに辛くても、世界は変わらず回り続ける。だからこそ、自分も立ち止まってはいけない。特に、黒介の手術が控えている。絶対に成功させなければならない。そんなことを考えているうちに、ふと数日前の夜の出来事が頭をよぎった。目を覚ますと、奏が彼女の書斎に立っていた。あの時、彼は机の前で何をしていたの?そういえば、彼女が声をかけた途端、奏は何かを慌ててファイルボックスに突っ込んでいた。とわこはそのファイルボックスに目を向け、一番端に置かれている封筒を取り出した。その瞬間、彼女の視線は封筒から垂れ下がる白い紐に釘付けになった。奏が開けた?この紐はもともと巻かれていたはずなのに、今は解かれている。封筒を開き、中の書類を取り出した
「とわこ、しばらくスマホ見ない方がいいよ」瞳は我慢できずに忠告した。「奏がアメリカのニュースにまで広告出してるのよ。見たら気分悪くなる」とわこは何も答えなかった。熱は下がったものの、一日中何も食べていなかったせいで、お腹が空いて仕方がなかった。喉もカラカラで声があまり出ない。「とわこ、まずは何か食べなよ。マイクが空港に着くって言ってたから、迎えに行ってくるね」瞳はそう言い残し、部屋を出ていった。三浦が温かいお粥を持ってきて、とわこの前に差し出した。彼女はゆっくりとお粥を食べ、少し体力が戻った気がした。「レラ、蓮、なんでそんなに私のことジッと見てるの?」とわこは苦笑した。「ただの風邪だから、すぐに良くなるわよ」「ママ、泣いてたでしょ?」レラが彼女の赤く腫れた目を見て、小さく唇を噛んだ。「泣かないで、私とお兄ちゃん、弟もいるよ。私たちはずっとママのそばにいるから」「ママも分かってる。だから元気になったし、気持ちも落ち着いたわ」とわこは娘の柔らかい髪を撫でた。その時、蓮が黙って彼女に近づき、そっと抱きしめた。とわこは片腕でレラを、もう片方で蓮を抱きしめると、胸の奥にじんわりと温かいものが広がっていくのを感じた。「ママはね、本当はみんなに完璧な家族を作ってあげたかったの。でも、完璧なんて存在しないって、やっと気づいた。大事なのは、幸せに暮らすこと。だから、ママのことは心配しないで。あなたたちがそばにいてくれるだけで、ママは幸せよ」「ママ、もう悪い子やめる。お兄ちゃんとママの言うこと、ちゃんと聞くよ」レラは今回の出来事で、大きなショックを受けたのだろう。幼い心に深い傷が残ったのが分かる。「ママ、僕がレラのこと守るから。だから、ママは自分のやりたいことをやっていいよ。僕たちのことは心配しないで」蓮は落ち着いた声で言った。とわこは胸が熱くなり、ぐっと息を飲んだ。涙がこみ上げたが、何とかこらえた。この子たちをしっかり育て上げることができたら、もう何も思い残すことはない。空港。瞳はマイクを迎えに行き、彼をじっくり見つめた。「ねえ、それパジャマ?」マイクは車のドアを開け、助手席に乗り込むと、シートベルトを締めた。「急いで来たんだよ!」「上着なしで寒くないの?」瞳は車内の暖房を強めた。「奏のせいで、マジでブチ
「うん」「奏、私、あなたと結婚したいわけじゃないの」直美は少し考えた後、正直に打ち明けた。「和彦があなたを侮辱するために、私を利用しようとしてるのよ。私は結婚なんてしたくないし、ましてや結婚式なんて望んでない」「もう関係ない」彼は淡々と答えた。直美は驚いて、彼の冷たい顔を見つめた。「とわこは?」「直美、お前は自分の約束を果たせばいい。それ以外のことは関係ない」「私が彼女に説明してあげようか?」直美は善意で申し出た。「必要ない!」奏は怒りをあらわにした。「彼女を巻き込むな!」彼はとわこの今の精神状態をよく理解していた。もし今誰かが彼女の前で自分のことを話題にしたら、間違いなく怒るだろう。それが直美だったら、さらに怒るに違いない。問題が解決するまでは、彼女をそっとしておくべきだ。すべてが終わった後、自分の口から謝罪し、説明するつもりだった。2時間後、ネット上に衝撃的なニュースが飛び込んできた。「常盤グループ社長が信和株式会社の令嬢と婚約!」これは和彦の指示によるものだった。彼は世界中に奏が直美と結婚することを知らしめたかった。しかも、「豪華な結婚」として報道させたのだ。記事の中では、奏が直美に1150億円の結納金を贈り、いいご縁の意味だと書かれていた。さらに、直美が火事で大やけどを負い、顔に深い傷を負ったこと、それでも奏が彼女を見捨てず、盛大な結婚式を挙げると強調されていた。もちろん、この1150億円が直美の手に渡ることはない。全額が和彦の口座に振り込まれるのだ。和彦はこの結婚を利用して、奏から大金を巻き上げると同時に、彼を世間の笑い者にしようとしていた。記事には、直美の火傷後の写真まで掲載されていた。このニュースが流れた途端、日本では空前の話題となった。—奏と直美?私の記憶違い?ずっと奏の彼女はとわこだと思ってたんだけど!—なんで奏が直美と結婚するの?それに、直美の火傷の写真は正直、怖いよいや、差別するつもりはないけど、あの顔を見て平気でいられるの?—これは純愛ってこと?だって、奏みたいな金持ちが、あえて火傷のある女性を選ぶ理由が他にある?—これ、もしかして誘拐されてる?—数日前、奏ととわこのキス写真が流出してたのに、今度は直美と結婚?クズなのか、聖人なのか、どっち
瞳は自分がひどいことをしているように感じた。本当なら、とわこの病気が治ってから話してもよかったのに。でも、子どもたちに何も知らせずにいるのが耐えられなかった。「瞳おばさん、今朝、お兄ちゃんから聞いたよ」レラは話しながら目を赤くし、「もうパパなんて信じない!悪者だもん!」と怒りをにじませた。瞳はレラを抱き上げ、優しくなだめた。「レラ、泣かないで。パパはいなくても、ママとお兄ちゃん、そして私がいるよ。ずっとレラのことを愛してるから」「パパが嘘をついたのが許せない」レラは目をこすりながら続けた。「それに、ママを悲しませたことも。ママが怒って、病気になっちゃったんだよ。私が泣いたら、ママがもっと悲しくなっちゃう」そう言いながらも、涙は止まらず、ポロポロとこぼれ落ちた。「うぅ、できるだけ静かに泣くから......」瞳は胸が締め付けられるような思いだった。「いいのよ、ちょっと泣いたら、もう泣くのはやめよう? あんな男のために涙を流す価値なんてないわ。彼は今、国内でのうのうと暮らしてるのよ!」レラは裏切られた気持ちで、唇をとがらせた。「パパは私に優しかったのに、お出かけすると、私が疲れないようにずっと抱っこしてくれてたのに」「とわこにもすごく優しくしてたわよ」瞳はとわこが数日前にInstagramに投稿した写真を思い出した。その時の二人は仲睦まじかった。「でも彼は別の女と結婚しようとしてるの。大人の世界って複雑なのよ。今はよくわからないかもしれないけど、レラはお兄ちゃんと一緒にしっかり成長して、余計なことに惑わされないようにするのよ」レラは不満げに口をとがらせた。「レラ、お兄ちゃんと一緒にお出かけしようか?」瞳は気分転換に子どもたちを外へ連れ出したかった。しかし、レラはしょんぼりとしたまま首を横に振った。「出かけたくないし、遊びたくもない。ママが病気だから、良くなるまでそばにいたいの」「レラ、本当に偉いわね」「でも、お兄ちゃんの方がもっと偉いよ。お兄ちゃんは前からパパのこと、ダメな人だって言ってたし」そう言って、レラは蓮の方を見た。「これからは、お兄ちゃんの言うことをちゃんと聞く」日本。奏は一晩休んだ後、直美に会うために電話をかけた。一時間後、黒いマスクをつけた直美が目立たぬように姿を現した。奏はリビン
どう考えても、今回は完全に社長が悪い。たとえ彼に言い訳があったとしても、とわこには何の罪もない。マイクは助手席に座ってシートベルトを締めると、三浦から頼まれていたことを思い出した。彼は携帯を取り出して、瞳に電話をかけた。アメリカ。電話を受けた瞳はすぐに車を出して、とわこの家へ向かった。昨夜から高熱を出していたとわこは、薬で一時的に熱を下げたものの、朝にはまたぶり返していた。本当は朝になったら、子どもたちに奏との関係が終わったことを話すつもりだった。でも熱が下がらず、うつしてしまうのを恐れて一日中寝室にこもっていた。瞳が寝室に入り、そっとドアを閉めた。とわこはその気配で目を開けた。「とわこ、大丈夫?具合悪そう」瞳はベッドのそばに歩み寄り、おでこに手を当てた。「ちょっと熱あるね、薬飲んだ?」「うん」とわこは弱々しく答えた。「誰が呼んだの?」「マイクから電話があったの」瞳はベッドに腰を下ろすと、数秒も経たずに泣き声を漏らした。とわこは驚いて目を見開いた。「とわこ、私、自分が一番不幸だと思ってたの。でもあんたの方がずっと辛いじゃん......なんで私たち、こんなに不幸なの、毎日泣きたくなる。けど、人前で泣けないの。『男なんて他にもいるでしょ?』ってバカにされるのが怖いから......でもさ、新しく出会う男が、もう絶対に裕之じゃないって思うと、ほんとに苦しくて」彼女の泣き言に、とわこは身を起こそうとするが、瞳が慌てて支えた。「寝てていいの。私なんて前半生が順調すぎたから、今ちょっと転んだだけで世界が終わった気がして、でもとわこは違う。自分のことも、子どもたちのこともちゃんと守ってて、本当にすごいって、ずっと思ってた」「そんなに強くなんかないよ」とわこはゆっくりとした口調で答えた。昨日、空港で泣き崩れた自分を思い出した。雪の中で何度も転び、もし車が少しでも早かったら、今頃は熱を出すんじゃなくて病院のベッドにいたかもしれない。瞳は彼女の顔を見て、不安げに尋ねた。「どうして奏は直美と結婚するの?」「言わなかった」とわこは冷たく言い切った。「でももう、どうでもいい」慰めの言葉をかけようとするも、瞳の頭は真っ白だった。「とわこ、ちょっと休んでて。私、レラと蓮を見てくるね」「うん」とわこは眠気
「彼女に会ったのか?」奏は一本のタバコを手に取り、指に挟んだ。「会ったよ」一郎は彼が怒っていないのを見て、少し気が収まった。奏がマッチも持っていなかったので、一郎は火をつけてあげた。「彼女から誘ってきたんだ」一郎は隣に腰を下ろし、テーブルの上から一本タバコを取って火をつけた。「まさか、彼女に弱みを握られてるんじゃないだろうな?」奏は伏し目がちに目を落とし、苦々しげに言った。「彼女じゃない」「へえ、じゃあ三木家に弱みを握られたってわけか?直美のことを知ってる僕の感覚からすると、今の彼女じゃ、とても堂々と世間に顔を出せる状態じゃない。たとえ君と結婚できたとしても、盛大な結婚式なんて絶対に望まないはずだ」「彼女、今、どんなふうになってる?」奏は一郎を見た。「言葉じゃうまく表現できない。ただ顔を思い浮かべるだけで、ゾッとするんだ」一郎は歯を食いしばって言い、指先のタバコをポキッと折った。「あんなに愛して、恨んでいたのに、全部色あせた感じだ。今の彼女に対して、何を感じてるのか分からない。恐怖もあるし、少しだけ同情もしてる」奏は煙草の灰を灰皿に落とし、かすれた声で言った。「明日、会いに行くよ」「明日会ったら、気が変わるかもしれないぞ」一郎はソファに深くもたれ、深いため息をついた。「どんなに直美が変わったとしても、俺は彼女と結婚するしかない」奏はタバコを吸い、ふうっと煙を吐いた。「俺は、とわこと子どもを傷つけた。もう他の選択肢なんてないんだ」「年末にはもう決めてたんじゃないのか?」一郎は奏の横顔を見つめて問い詰めた。「なのに、なんでアメリカまで行った?バレンタインを一緒に過ごして、家族写真まで撮って、本気で正気じゃなかったんだな!」「そうだ。俺は正気じゃなかった」奏は素直に認めた。「一緒にいたかったんだ。夢にまで見たんだよ。だから彼女に呼ばれたとき、理性なんて吹き飛んだ」「それが彼女をもっと傷つけるって、分かってただろ?少しは自分を抑えられなかったのか?とわこと子どもに、どう思わせたかったんだ?まさか、自分が脅されてるって彼女に言ってないよな?君は絶対、そういうこと言わないタイプだもんな」一郎は彼のことを知りすぎていた。奏は苦しみを他人に見せたくない。特に、大切な相手には決して見せようとしない。「言って、どうする?心
三浦は、とわこの部屋に行き、奏の荷物を取り出して千代に渡すつもりだった。とわこはもう奏の荷物なんて見たくないはず。捨てられるくらいなら、千代に持って帰ってもらったほうがマシだと思ったのだ。ノックのあと、部屋のドアを開けて中に入った。「とわこさん、旦那様に辞職の意思を伝えました」ベッドに近づくと、とわこは目を開けていた。三浦はそのまま続けた。「今から旦那様の荷物を持っていきます。千代さんに託しておきますね」とわこの顔はやつれていたが、口調ははっきりしていた。「辞めたのなら、今後はもう彼と連絡を取らないで。蒼の写真も送らないでください」「わかりました」「荷物はもうまとめてあります。机の横にあるスーツケースです」とわこは昨夜、熱があったものの薬を飲んで少し楽になり、彼のスーツケースを見つけて中に彼の私物を全部詰め込んだのだった。「とわこさん、顔色が悪いです。少し休んでくださいね」そう言って三浦はスーツケースを持ち、足早に部屋を出た。千代を見送った後も、三浦の頭から不安が離れなかった。そして、マイクに電話をかけ、瞳に連絡を取ってほしいと頼んだ。「瞳に?でもとわこ、自分で番号知ってるだろう?」マイクは不思議そうに言った。三浦はため息をついた。「どうした?深刻そうだね。すぐ瞳に連絡する」「マイク、できれば、戻ってきてくれない?」とわこの真っ赤な目と虚ろな表情が頭から離れず、三浦は心が締めつけられた。「とわこさん、旦那様と別れたの。旦那様が直美さんと結婚するって言ったらしくて、あまりに突然で、私も詳しいことは聞けなかった」「はああっ?!」マイクは椅子から跳ね起き、大声を上げた。「奏が直美と結婚するって?!」「そうなの。だから瞳に来てもらって、とわこさんのそばにいてほしいの」三浦はそれ以上言いたくなくて、電話を切った。マイクは強くスマホを握りしめ、頭の中でこの情報を整理しようとした。その時、子遠が様子を見にやってきた。「今、なんて言った?社長が直美と結婚する?誰と話してたんだよ?」「子遠、お前マジで知らなかったのか?奏が直美と結婚するって!」マイクは子遠の顔をまじまじと見て、疑念を口にした。「ふざけんなよ、それマジか?!知ってたら、黙ってられるわけないだろ!」子遠は慌てた様子で声を荒げた。「社長が直美と結婚?あ