author-banner
百舌巌
百舌巌
Author

Novels by 百舌巌

クラックコア

クラックコア

ディミトリは三十五歳。傭兵を生業としている彼は世界中の戦場から戦場へと渡り歩いていた。 彼の記憶の最後に在るのはシリアだ。ヨーロッパへの麻薬配給源である生産工場を襲撃したまでは作戦通りだが撤収に失敗してしまった。 仲間の一人が敵に通じていたのだ。ディミトリは工場の爆発に巻き込まれてしまった。 ディミトリが再び目が覚めるとニホンと言う国に居た。しかも、ガリヒョロの中学生の身体の中にだ。街の不良たちに絡まれたり、老人相手の詐欺野郎たちを駆逐したり、元の身体に戻りたいディミトリの闘いが始まる。
Read
Chapter: 第077-2話 上書き保存
(まあ、上書きされるのだから消えてしまうのだろうな……) 一家は全滅するわ脳は乗っ取られるわで、ワカモリタダヤスは地球上でもっともツイテナイ奴だったようだ。(しかし、見ず知らずの小僧に上書き保存されているのか……) 何だかパチモンのUSBメモリーに保存された、違法ソフトの気分に成ってきたのだった。「最近、偏頭痛が酷くないかね?」「ああ、失神してしまうぐらいに手酷いのが襲って来るよ」「その偏頭痛は副作用的なものだな」「……」「他人の脳に無理やり書き込んでいるので、脳の処理が追いつかず肥大化しはじめとるんじゃ」「すまない。 人間に優しい言葉にしてくれ……」「脳の活動が活発になりすぎている。 なら良いか?」「ああ……」「やがて脳が肥大化しすぎて機能停止してしまうかも知れんな…… ふぇっふぇっふぇ……」 博士がそう言って力無く笑い声を出した。「そうか…… じゃあ、元に戻るには自分の身体が必要と言うことだな?」「……」 ディミトリは相手に書き込みが出来るのなら、元に戻すことも出来るのではないかと考えたのだ。 それで博士に質問してみたのだが彼は俯いて黙ったままだった。「?」「……」 ディミトリは振り返って博士を見た。項垂れている。明らかに様子がおかしい。「博士?」「……」 アオイが博士の身体を揺さぶってみたが反応は無い。 彼女は博士の首に指を当てて呟いた。「死んでるみたい……」 博士は椅子に座ったまま絶命していた。シートの下に血溜まりが見えている。 ヘリコプターが飛ぶ時の銃撃戦の弾丸が腹部に命中していたのだった。「くそっ、肝心なことを言わずに……」 一番聞きたかった所を言わずに博士は逝ってしまったようだ。 ディミトリの自分探しの旅は終わりそうに無かった。見知った天井。(うぅぅぅ…… ここはどこだ?) ディミトリは眩しそうに目を開けた。眩しいのは自分の頭上にある蛍光灯のせいのようだ。 だが、視界が定まらないのかグルグルと部屋が回っているような感覚に襲われている。いつもの既視感である。(くそ…… またかよ……) どうやら、お馴染みの大川病院であるようだ。 ディミトリはジャンたちが使っている産業廃棄物処理場にヘリコプターを着陸させた。ここなら無人であると思っていたのだが、考えていた通りに誰も居なかった。ヘリコ
Last Updated: 2025-04-09
Chapter: 第077-1話 斜め上の努力
ヘリコプターの中。 ディミトリたちを載せたヘリコプターは川沿いに飛行を続けていた。普段、見慣れないヘリコプターが低空飛行をする様子を、川沿いの人たちは驚きの顔を向けていた。 操縦席にディミトリ。後ろの席に博士とアオイが乗っていた。「なぁ博士。 クッラクコアって手術はどうやるんだ?」 ディミトリが後部座席に座っている博士に質問をした。何か話をして気を紛らわさないと痛みに負けそうだからだ。「簡単に言えば、人の脳に他人の記憶を書き込む手術のことだ」 博士が素っ気無く答えた。アオイが吃驚したような表情を浮かべていた。「そんな事を出来るわけが無いだろ」 ディミトリは笑いながら答えた。普通に考えて滑稽な話だからだ。「じゃあ、今のお前は何なんだ?」「……」 そう言われるとディミトリも困ってしまった。何しろ自分は東洋の見知らぬ少年の中に居るからだ。 魂とは何かと言われても哲学や医学の素養が無いディミトリには無理な話だ。「世間が知っている技術では出来ないというだけの一つの話に過ぎないんじゃよ」 そう言って博士はクックックッと笑った。 どうやら博士は他にも色々と問題のありそうな手術をした経験がありそうだ。(ドローンの盗聴装置の話みたいだな……) ロシアのGRUに居た友人の話で、ドローンを使った盗聴装置の話を聞いたことがある。 ドローンからレーザー光線を出し、それがガラスに当たった振幅を解析する事で、部屋の中の会話を盗み聴きするヤツだ。既に実用化されていて、今は人工衛星を使っての同種の装置を開発しているのだそうだ。 これ一つ取っても科学技術の進歩の凄まじさが伺えるようだ。(犬に埋め込んだ盗聴装置もあったしな……) 生物の代謝に伴うエネルギーを電源に使うタイプの盗聴装置だ。これだと長い期間動作が可能になる。 これが対人間相手の技術なら、その進歩はもっと凄いことになっていそうだとディミトリは思った。「科学の世界には、表に出てない技術が山のように有るもんだよ」「クラックコアもその一つなのか?」「もちろんだとも」 人間の記憶というのは神経細胞のシナプスに化学変化として蓄えられている。その神経細胞を構成するニューロンの回路としてネットワーク化される。無限とも言える変化の連続を、人間は記憶と呼んでいるのだ。 そして、記憶と記憶を結びつける行為を
Last Updated: 2025-04-07
Chapter: 第076-2話 二つの水飛沫
 ディミトリは操縦席に乗り込んだ。ここからは時間との勝負だ。(まず、バッテリースイッチを入れてスタートに必要なスイッチをONにして電源を入れる……) 昔教わった手順を思い出しながら、次々とスイッチを入れていった。その間も入り口の方から銃撃音が聞こえる。 銃弾を撃ち終えたアオイがヘリコプターに乗ってきた。博士もちゃっかり乗っかっている。「側面ドアを紐か何かで結んでおいて!」 容易に乗り込めないように紐で結んで固定させてしまうのだ。少しは時間が稼げる。(エンジンスタートスイッチを入れてスターターを回し空気圧縮開始……) 覚えている手順を口の中で反芻しながら計器を見つめていた。 ここで駄目なようだったら最初からやり直しだ。だが、その時間は無さそうだ。『くそっガキがあ~』『なめてんじゃねぇぞ!』 ドアを叩きながら怒鳴り声を上げているのが聞こえた。 どうやら、ディミトリが用意したスマートフォンのトラップが見破られたらしい。(確か、この回転数…… エンジン点火……) ジェットエンジン特有の甲高い音が響き始めた。エンジン始動は巧く行ったようだ。 銃声が聞こえ始めた。どうやら、鍵がかかっていると思い始めたのだろう。 ドアノブの周りに穴が空き始めた。「急げっ! 急げっ!」 ディミトリがエンジンの回転数を見ながら声を上げていた。(回れまわれ!) ヘリコプターのメインローターがゆっくりと回り始めた。そして、十秒もしない内に回転速度を早めていった。 やがて、ヒューイ独特の風切り音もし始める。『え?』『え?』『ヘリを動かしてるのか?』『ふっざけんじゃねぇぞぉぉぉぉ!』 ジャンたちも漸く自体が飲み込めたらしい。追い詰めたと思ったのにまさかの逃走手段を使っているのだ。(よしっ! イケる) ディミトリはコレクティレバーを引いた。これで揚力を制御して浮き上がるのだ。(ふふふ、俺ってばクールだぜ!) そして、ヘリコプターが浮き始めるのと、屋上のドアが開くのは同時のようだった。 中から複数の男たちが走り出しているのが見えた。中には銃を撃っているものも居た。カンッ、キンッ、ビシッ ヘリコプターの飛翔音に混じって異質な音が聞こえていた。サイドドアに付いている窓にヒビが入る。「ふっ、無駄だね!」 ディミトリはヘリコプターが浮き始めるのと同
Last Updated: 2025-04-06
Chapter: 第076-1話 教官激怒
「よさんかっ! わしが居るのが見えないのかっ!」 博士がジャンたちに向かって怒鳴った。しかし、彼らの返礼は銃弾だった。「ひぃー……」 博士は荷物の影に再び隠れた。「何故にわしを撃つんだ……」「もう必要が無くなったんだろ」 ディミトリは自分が本人である事を認めたので、博士の役割が終わったのだろうと推測したのだ。「貴重なサンプルなのだから殺すなと言っておいたのに……」 博士としては成功した理由を明らかにしたかったのだ。 だが、ジャンたちの目的が科学者特有の知的な好奇心では無いのは明白だ。 それは、ディミトリが握っている麻薬組織の巨額な資金なのだ。 クラックコアが有効な方法であると分かったのなら、今の反抗的なワカモリタダヤスに入っているディミトリは不要だ。 『従順なディミトリを再び作れば良い……』 こう、結論付けるのも無理は無い。 自分でもそうするとディミトリは考えるし、何より彼らが焦りだした理由のほうに興味があった。「くそっ逃げ道が無い!」 反撃しているが銃弾の残りも心細くなってきた。このままでは拙い事は確かだ。「おい…… 屋上にヘリコプターが有るぞ!」 博士が銃撃音に負けないように大声で教えた。「……」「分かった屋上に向かおう!」 ディミトリは暫し考え、騒音に負けないように怒鳴り返した。(操縦出来る奴であれば良いが……) 撃たれないように頭を低くして通路を素早く走り抜ける。その間も、走る後ろに向かって牽制の射撃は忘れない。こうすると、相手の追撃が鈍るのは経験済みだからだ。 博士も仕方無しに付いてきてるようだ。残ってもジャンたちに殺されると思っているのかも知れない。 ふと見ると撃たれて倒れている男がいた。ジャンの部下であろう。懐からスマートフォンが見えていた。(これを使わせてもらうか……) ディミトリはスマートフォンを手に持ち録画状態にした。自分の射撃する音を録音させる為だ。 そして、アプリを使って無限ループで再生するようセットした。これを使ってジャンたちの気を逸らすためだ。上手くすれば何分かの時間稼ぎが出来るはず。 ディミトリもヘリコプターのエンジンの掛け方ぐらいは知っている。そして、手順が厄介なのも知っていた。 何しろヘリコプターは車と違って直ぐには飛べない乗り物だ。どんなに巧くやっても、最短で二分はかか
Last Updated: 2025-04-05
Chapter: 第075-3話 俺の記憶
「ぐあっ!」「うわっ!」 ジャンたちは急な発光に気を取られてしまった。 一方、コインを指に挟んだまま発火させた男は、親指と人差指が半分無くなってしまっていた。急激だったので指を放すタイミングを失ってしまっていたのであろう。「!」 ディミトリは相手が油断した空きを逃さなかった。反撃の開始だ。 相手のベルトに刺さっていた銃を奪い、ジャンたちに向かって連続で射撃した。正確に命中する必要は無い。相手の視界が回復する前に行動不能になってほしいだけだ。 弾丸はジャンや手下たちの腹に命中したようだった。 それから、後ろに居た男の頭を撃ち抜いた。椅子に座ったままだったので、顎の下から頭を撃ち抜くような感じだ。 男の脳みそが天井に向かって飛散していく。 室内に居た全員が倒れたすきに、ディミトリはナイフを使って手足の結束バンドを外した。それからジャンの手下たちのとどめを刺して回った。 ジャンは腹に当たっていたと思ったが逃げてしまっていた。中々に逃げ足が速い男だ。 しかし、ディミトリは追いかけようとはせずに博士の所に歩み寄った。 博士にも弾幕の一発が当たっているらしく肩から血を流していた。「俺の記憶とやらは何処にあるんだ?」「わ…… わしの研究所だ……」 いきなりの展開に腰が抜けてしまったのか、博士は床に座り込んだままだった。 荒事をするのは得意だが、されるのは苦手なタイプなのだろう。「研究所の何処だ?」「……」 博士は質問に黙り込んでしまった。ディミトリは博士の傍に座り込んで顔を覗き込んだ。だが、博士は黙ったままだ。 ディミトリは銃痕に指を入れてかき回してやった。博士の口から鋭い悲鳴があがる。「私の研究室にあるサーバーの中だ。 Q-UCAと書かれているハードディスクの中身がそうだ!」「ふん」 知りたいことを聞いたディミトリは立ち上がった。(さて、ジャンの奴を逃しちまった……) 自分の事を散々追いかけ回した彼には、是非とも銃弾を大量にプレゼントしてやりたかった。 だが、ここにはジャンの手下が沢山居るはずだ。相手のテリトリーで戦うような間抜けではない。「怖いお友達が来る前に逃げ出すか……」 ディミトリは倒れているアオイを助け起こして部屋を出ていった。 もちろん、博士も連れて行く事にした。聞きたいことが他にもあるからだ。 ディミ
Last Updated: 2025-04-04
Chapter: 第075-2話 白いコイン
「早くしないと君の魂はタダヤスから消えてしまうよ……」「……」 そう言うとニヤリと笑った。それでもディミトリは黙ったままだ。「自白剤を使いますか?」 ジャンは時間が惜しいので、さっさと自白させようと薬を使うことを提案してきた。 自白剤とは対象者を意識を朦朧とした状態にする為の薬剤だ。 人は意識が朦朧としてくると、質問者に抗することが出来なくなり、機械的に質問者の問いに答えるだけとなる。 しかし、副作用も酷く自白の中に対象者の妄想が含まれる場合も多いので信頼性が低くなってしまう。捜査機関などでは使われることが少ない薬剤だった。「そんな事をしたら折角の記憶が無くなるよ?」 博士が素っ気無く答えた。彼からすれば記憶に関する障害をもたらす薬品など論外なのだろう。 それは自分の研究成果が台無しになる事を意味する。金も研究成果も欲しい欲張りな性格なのだろう。「それに彼は拷問に対処するための訓練を受けているんだよ」 博士はディミトリの軍にいた時の経歴も掌握していた。「その女の子を痛めつけ給え、彼はきっと助けようとするだろう」 博士がアオイを指差した。恐らくモロモフ号の事も知っているのだろう。 アオイには特別な思い入れは無いが、自分の所為で他人が痛めつけられるのは気分の良い物では無いのは確かだ。 やっと出番が来たと思ったジャンはアオイをディミトリの前に連れてくる。 そしてジャンはおもむろにアオイを殴りつけた。殴られたアオイは転倒してしまう。「やめろっ!」「話す気になったかね?」 博士はニヤニヤしたまま聞いてくる。ジャンも手下たちも同様だった。「彼女は関係無いだろうがっ!」「相手のウィークポイントを責めるのが尋問のイロハだろ?」 そう言うとジャンはアオイの頬を再び殴りつけた。アオイの鼻から出る鼻血の量が増えてしまった。「分かった、分かった…… 教えるから辞めてくれ」 ディミトリが仕方がないので暗証番号を教えると伝えた。 ジャンと博士はお互いの顔を見てニヤリと笑った。 ジャンが手下に顎で指示をすると、手下はノートパソコンをディミトリの前に持ってきた。「手を動かせるようにしろ」 ノートパソコンを前にしたディミトリは言った。操作する為だ。「駄目だね。 お前さんの手癖の悪さはよく知ってるよ」 ジャンがニヤニヤしながら言った。「
Last Updated: 2025-04-03
NAMED QUCA ~死神が愛した娘

NAMED QUCA ~死神が愛した娘

漆黒を貫く冷たい眼孔、闇を誘うかのように揺れる長く黒い髪 唇に薄く引く紅は男の為では無く、死神に捧げる祝詞を唱える為だ 彼女の名前は「QUCA」 死の匂いを黒い外套で包み、短めのスカートを覘かせる彼女を人々は『死神の娘』と恐れ畏怖した そんな彼女は幼い頃に両親と行った外国で孤児になり、某国の研究機関に拾われて暗殺者として育てられた 任務先で研究機関を裏切り、監視チームを殲滅したのちに脱走する 国際テロリストとして指名手配された彼女が何故か日本に現れた 彼女を捕まえるべく奮闘するのは、家族を事故で失い天涯孤独となった中年の刑事 そんな二人のお話です。ハッピーエンドではありません
Read
Chapter: 第30-3話 月明かりの絵本
 夜中過ぎに雨が降って来た。その雨音でクーカは目を覚ましてしまった。(え? ここは何処だっけ………) そこまで考えた時に先島の部屋に来ていたのを思い出した。(しまった……) 目が覚めたクーカは素早く周りを見渡した。傍には誰も居ない。自分は一人でソファーで寝ていた所だった。 先島の方を見ると椅子にもたれ掛かったまま寝ている。傍には空の酒瓶が見える。酩酊したまま寝てしまったのを思い出した。 安心したクーカは雨を見詰めていた。(あの時も雨が降っていたな……) 幼い日。両親がいきなりクーカを起こしグズル自分を建物の外に追い出した。 訳も分からずにドアに縋ったが、室内からいきなり男の怒鳴り声と父親の怒鳴り声が聞こえ始めた。 怯えた彼女はゴミ箱の中に隠れてやり過ごした。しばらくするとぐったりとした両親が抱えられるように、車に運び込まれて行くのを見ていた。 やがて、雨が降って来てビニールシートの切れ端に包まりながら、小声で母の名を呼び続けていたのを覚えている。 翌日から見知らぬ異国での過酷な日々が始まった。面倒を見てくれる人も無く、ゴミ箱から腐った残飯を漁る日々。夜中に星の数を数えながら過ごした日々。言葉が分からず大人たちから怒鳴られ怯える日々。 餓えで死にそうになりフラフラしていたら、見知らぬ女に捕まって施設に放り込まれた。周りには似たような子供ばかりの所だった。 辛い事ばかりだったが、食料と粗末ながらも毛布があったのが有難かった。 愛想を振りまいても冷たくあしらわれるだけなので、何時しか表情が消えていったのもその頃だったと思う。 訓練は辛かったが雨に濡れないのだけは良かった。 優秀な成績を収める事が出来たクーカは、専門の軍事訓練所に入れられる事になった。良く分からない注射を受け続け、何年かすると戦場へと連れまわされるようになっていった。 初めて射撃した相手は少年兵だ。スコープの中に映った少年の目と視線が合ったような気がした。しかし、次の瞬間には彼の頭部の半分は吹き飛んでいった。 その時は何の感情も沸かなかった。そして、今も何も感じる事は無い。(何も無い…… 何も無い…… 私には何も無いんだ……) クーカは生まれた時から何も持ち合わせていなかったのだ。悔しいのは自分でもその事が分かっている事だった。(貴方は何を信じて毎日闘っているの
Last Updated: 2025-04-09
Chapter:  酩酊する思い出
「それは妻と娘だ……」 クーカは先島をちらりと伺った。「そういえば交通事故で死んだって言ってたわね……」 以前に先島の部屋に着た時に言われたことを思い出した。「ああ……」 先島の口から素っ気ない返事が返って来た。「俺の誕生祝をしようとケーキを買いに行ったんだそうだ」 先島は直接は知らなかった。後で警察で事故の詳細を言われたのだ。「ところが、携帯電話に気を取られたトラックに正面衝突されて…… それでお終いだ……」 先島は台所に行って酒とグラスを持って来た。「そう……」 クーカは大人しく話を聞いていた。「当時の俺は事件の張り込みをしていて、連絡が取れたのは翌々日だった」 写真を見ながら先島は当時を思い出すように話す。「妻のご両親には散々恨み言を言われたよ」 勿論、両親は先島の職業は知っている。知っているだけに怒りの持っていきようが無い感じだ。『君の仕事の事は理解しているつもりだ。 だが、家族を犠牲にしてまで、何を守っているというんだね?』 泣く事も出来ず唖然とする先島に妻の父親が尋ねて来た。先島は何も言い返せないでいた。「…… 何気ない一日の終わりに、お前の家族は居なくなりました…… そんな事を急に言われてもな……」 先島は手にしていたグラスに酒を注ぎ入れている。「俺には理解できなかった」 酒の力を借りないと眠れない日々が始まりだった。「そのトラックの運転手には逢ったの?」 クーカが尋ねた。「ああ、相手の住んで居るマンションに訊ねて行った」 最初の一口を飲み込んだ。「最初は気が付かなかったけど、俺の風貌を見て誰なのか分かったみたいだった」 先島は寝る時以外に酒は飲まない。実は苦手だったのだ。「そのまんまマンションの廊下に土下座して謝りはじめたんだ……」 酒を飲むというより流し込むと言う方が合っている気がするとクーカは思った。「俺は紋切り型の謝罪が聞きたい訳じゃない。 あの日に何があったかを聞きたっかったんだがな……」 謝罪されても被害者は帰って来ない。残された遺族を納得させることが出来るのは真実だけだ。「そしたらさ…… 運転手の幼い息子が部屋から出て来て、両手を広げて俺の前に立ちはだかるんだ……」 先島が両手を広げて見せた。手にしたグラスから酒が零れていった。「パパを虐めるなってね」 自分の家族を奪
Last Updated: 2025-04-07
Chapter: 第30-1話 先島の家族写真
 先島の自宅。 先島が自宅に帰るとベランダの戸が開いていた。「……」 先島が部屋の中を見回すと、隅にクーカが居た。膝を抱えて座って居る。「ごめんなさい……」 クーカも言い過ぎたと分かっているのだろう。素直に謝って来た。足元を見るとスリッパをちゃんと履いていた。「宮田も済まなかったと言っていた。 許してやってくれ、世の中にはああいうタイプも必要なんだ」 先島は十人居たら十通りの答えが有っても良いと考える方だ。むしろ全員が同じ事を考えていたら、そちらの方が気持ち悪いと感じてしまうたちだ。「もう気にするな…… さて、今夜は何にしようか?」 先島は気持ちを切り替えようと夜のご飯の話を始めた。 誰のせいでも無いのに議論しても無駄だからだ。「お腹空いたーーっ」 クーカが先島の考えを見たかのように返事をした。「ん? ちょっと待ってろ……」 先島は空に近い冷蔵庫から野菜とコロッケを取り出して来た。作るのはコロッケ卵とじだ。「凄いーーっ」 クーカは目を丸くしていた。何も無いに等しい冷蔵庫の中身で先島は料理を作り出したのだ。「ん? どうした?」 出来上がった野菜炒めを皿に盛り付けていた。「ひょっとして料理は苦手なのか?」 そう話しながらフライパンを水洗いをする。料理を作りながら調理器具を片付けるのは常識だ。 しかし、クーカの生い立ちを知っている先島は質問を間違えたと思ってしまった。「したことがありまっせぇーーん」 クーカは人が料理する所まじまじと見たのは初めてだった。クーカのテンションが妙に上がっていた。「しかも、美味しいし!」 先島がよそ見をした隙に野菜を一欠けら口に運んでいた。先島はニコニコしながらコロッケの卵とじを作り始めた。 先島は魔法使いなのかも知れないとクーカは思ったのだった。 料理を食べ終えた二人はデザートのケーキを食べ始める。ひょっとしたらクーカが来るかもしれないと帰りがけに買って来たのだ。「甘いものを食べないと身体が燃料切れ起こしちゃうの……」 クーカが美味しそうに食後のケーキをぱくついていた。確かにクーカの身体能力は群を抜いて凄かった。 代謝機能がずば抜けているので、カロリー消費がもの凄いのだ。だから、カロリーバーなどを常に携帯している。「それで何時も甘い匂いがするのか……」 うっすらと甘い匂いを残し
Last Updated: 2025-04-06
Chapter: 第29-0話 馬鹿ほど声がでかい
 保安室。 外線が着信し電話が鳴った。「はい、青山三丁目警備保障です……」 電話に出たのは沖川だ。青山三丁目警備保障とは対外的に名乗っている『会社』の名前だ。『謀略大好き公安です』と名乗る訳にはいかないからだ。だが、沖川の顔つきが直ぐに曇り出した。「先島ですか? はい、ちょっとお待ちください……」 しかし、沖川は電話の応対をしている内に首を傾げ始めた。「大光スーパーの警備室からよ?」 保安室の近くに有るスーパーだ。良く昼の弁当を調達するのに全員が使っていた。 焼肉弁当の大盛が先島のお気に入りだ。「はい、替わりました。 先島です…… えっ? 娘がそちらにお邪魔してる?」 先島が怪訝な表情になった。身に覚えが無いからだ。首も捻ってしまっている。「?」 保安室にいた室員全員が先島の会話内容にキョトンとしている。先島が家族を失ってからずっと独身なのは知っているからだ。「ひょっとして隠し子?」 藤井と沖川がきゃあきゃあ言い合っていた。他の人もニヤニヤ笑いが止まらない。真面目を絵に描いたような先島が慌てているからだ。「はあ…… クーカですか…… それは御迷惑をおかけしました。 すぐ迎えに上がります」 先島が電話にそう答えると、室長が口からお茶を拭いてしまった。 先島がクーカを連れて保安室にやって来た。スーパーまで迎えに行ったらしい。 保安室の扉を開けると室長を始めとする全員が整列して待っていた。 室員たちは緊張の面持ちで出迎えている。 何しろ『世界最凶の殺し屋』と呼ばれる『死神の娘』がやって来るのだ。緊張するなと言う方が無理だ。 クーカは逃げ出す事も無く大人しく先島に付いて来た。「えー…… みんなが会いたがっていたクーカさんです」 クーカがぴょこんと頭を下げる。それに釣られて全員が頭を下げた。 そして珍しい生き物を見るかのようにジロジロと見ていた。見た目は普通の少女だ。先島の娘と言われても違和感は無い。 クーカは恥ずかしいのか先島の影に隠れようとした。「大光スーパーで暴漢に襲われて、相手を大根・キャベツ・ゴボウで撃退したようです」 室員たちにクーカを紹介しながら、スーパーでの出来事を説明した。「ええと…… 災難でしたね……」 他に言いようが無かった。全員が呆れたように聞いていたのだ。(襲撃相手が生きていると言うのはビ
Last Updated: 2025-04-04
Chapter: 第28-2話 保護者の方
「お名前と学校名を教えて貰えるかな?」「……」 クーカは黙ってしまった。クーカは学校に行ったことが無いし、名前を名乗る訳にもいかないのだ。まず、日本に住所など持って無いので、そこから違う問題に発展してしまう。黙秘する以外に方法が無かった。 それより目下の問題はあの女性警察官からどうやって逃げるかだ。「学校で格闘系の部活に入っているとか……」「無いです……」 学校では無く米軍の特殊部隊仕込みなのだが、それも言えないというか信じて貰えないだろう。 クーカは襲われた方なのに、何だか取り調べを受けるのが気してきた。憮然とし始めている。「あの…… 何か特殊な職業に付いた経験があるとか無いですか?」「無いです……」 まさか世界中で指名手配されている殺し屋ですとは言えない。 他に何も言えないので壊れたテープレコーダーのように繰り返すクーカ。そろそろ飽きて来た。 敵に捕まった時に備えての訓練も受けた事が有る。 その時には自分の名前と所属を繰り返して答えろと言われた。尋問官の目を見ずに机の端に視線を向けるのがコツだと教わった。 目を見てはいけないのは反抗的だと取られて尋問が厳しくなるからだ。暖簾に腕押し状態だと相手が折れてしまうのだそうだ。 しかし、これは敵に捕まった状態では無いので、どうやって脱出すれば良いのかが分からかなった。まさか、殲滅する訳にもいくまい、クーカは日常生活に不慣れなのだ。「無いですか…… そうですか……」 警備員はクーカが頑なに協力しないのでため息をついてしまった。「じゃあ、警察の方に被害届を出して貰えませんか?」「いいえ、大した被害は受けていないので出しません……」 結構な暴れ具合だったが被害は無いと言う。確かにクーカが殴られた場面は無い。むしろ襲撃犯の方が肉体的にも精神的にもダメージを受けているはずだ。 第一被害届を出すには住所が居る。これも出せない理由だ。 検索されると密入国している事まで判明してしまう。そろそろ取り調べを止めて欲しかった。「そうですか…… 仕方ありませんね」 警備員は書類に何かを記入してバインダーを閉じた。彼も自分の職務以外には関心が無いようだった。 どうやら、取り調べが終りそうな雰囲気にクーカは内心ほくそ笑んだ。「では、余り過剰な攻撃は止めて下さいね。 過剰防衛になると危険が危ないで
Last Updated: 2025-04-03
Chapter: 第28-1話 野菜使い
 中堅スーパーの警備室。 女子高生が暴漢に襲われたとの通報があったため何人かの警察官がやって来た。しかし、暴漢たちは撃退されて逃げ出している為、警官たちは肩透かしを食らった形だった。 そこで犯人の特徴を捉えようと防犯カメラを見る事にしたのだ。 スーパーの防犯カメラの映像を見た警官たちは絶句した。「……」「……」「……」「何者だよ、この女子高生……」 それは、まるでアクション映画の撮影でもしてるかのようだった。闇雲に逃げているように装って、狭い通路に誘い込み一対一の格闘に持って行っている。 襲撃犯は人数がいるので容易く型が付くと驕っていたのであろう。瞬く間にかずを減らしていった。 そう見えるくらいにクーカは襲撃犯を易々と撃退して行っているのだ。しかも、動きには一切の無駄が無かった。まるで格闘家対素人の試合を見ているようだ。話にならないのは一目瞭然だった。 だが、これでも時間が掛かっている方だった。今までのクーカなら躊躇する事無く襲撃犯たちをあの世に送っている。 今回は武器が無いので仕方なく格闘したのだ。別に格闘戦が苦手な訳では無い。クーカが武器を使うのにはそれなりの訳があった。 クーカは体格が小柄なので体力が無い方だ。体力を猛烈に消耗する格闘戦は持久力に問題があったのだ。後、一分程度に襲撃犯が粘ったら、へたばってしまうのはクーカの方だった。それくらい危うい状態だったのは誰も分からなかった。 男たちは何故か拳銃を出さなかった。目の前で驚異的な強さを見せるクーカに恐れをなして忘れていたのかもしれない。「おぉぉぅぅぅ……」 クーカが襲撃者の一人の股間を蹴り上げた瞬間。室内にいた男性警官たちが呻き声を漏らした。何かに共感したのだ。 男共が何に畏怖したのか、理解できない女性警官はキョトンとしている。「すげぇ、強いな……」「本当に女子高生かよ……」「……俺たちでも敵わないんじゃないか?」 防犯カメラの映像を見ていた全員が口々に絶賛していた。 ナイフとは言え武装した男たちを、野菜で撃退する女子高生に驚愕していたのだった。「取り敢えずは被害届を出してもらっておこうか……」 一番年配の警官がそう言った。 一方、スーパーの警備室では事情聴取が行われている。灰色の壁だけの味気ない部屋だった。「襲われた襲撃犯たちに心当たりはありますか?」
Last Updated: 2025-04-02
かみさまのリセットアイテム

かみさまのリセットアイテム

大学生の月野美良(つきのみら)は卒業論文作成の為に北関東の村に取材に行った それから美良の身辺に異変が起きる様になり、遂には失踪してしまう 美良の婚約者・宝来雅史(ほうらい・まさし)と共に妹の月野姫星(つきのきら)が村に捜索に出かける そこで、村の神社仏閣に押し入った泥棒が怪死した事を知る 美良が訪ね歩いた足跡を辿りながら、村で次々と起こる異変の謎を二人が解いていくミステリー・ホラーです
Read
Chapter: 第34-2話 均衡の崩壊
 車は猛スピードのまま土砂崩れの先頭に躍り出てきた。車のバンパーがアスファルトに触れて火花を散らしながら外れていった。 姫星は後ろを振り返りながら、押し寄せる土埃が人の形になるのを見ていた。それは大きく口を開き、目に当たる部分が窪んで黒くなっていた。 伝説のダイダラボッチとはこんな風だったに違いない。そのダイダラボッチが土埃の手を伸ばしてきた。ブボォォォォッ その手が届きそうになる寸前に、雅史の運転する車は霧湧トンネルの中に飛び込んでいく。速度の出ていた車は物の一分もかからずにトンネルを抜け、砂ぼこりを立てながら反対がわの出口から躍り出て来た。 そして、そのタイミングを見計らったようにトンネルは横滑りしながら崩れ去って行った。「キャハハハハハッ」 その間も美良は後部座敷で笑い続けている。 そして、トンネルが流れていくのが合図だったかのように、押し寄せる土砂や土埃がパタリと止んだ。「まさにぃっ! まさにぃっ! もう大丈夫っ! 土砂がいなくなった!!」 姫星は後ろを振り返りながら叫んだ。雅史は急ブレーキを踏み、車は横滑りしながらも、つんのめるようにして停車した。車はデコボコに窪んで傷だらけになっている。まるで廃車寸前の車のようだ。 雅史はハンドルに突っ伏して肩で息をしている。ドロドロと大地を震動させていた音は止み、粉塵が風に吹かれて青空が見え始めた。 山体の崩壊が終ったようだ。始まりから終わりまで二十分も掛かっていないはずだが、雅史には一時間近く掛ったような気がしていた。 姫星は助手席からヨロヨロと表に出て、村があった谷の方を見た。そこには田園風景が広がる長閑な村の風景は無く、一面が茶色の土だらけの光景が広がっていた。「みーんな、無くなっちゃった……」 姫星は涙声になっていた。姫星は全身が灰を被って泥だらけになっている。「ああ、村も川も畑も…… 何もかも土砂の下になっちまったな……」 緊張の連続の脱出ドライブから解放された雅史は、フラ
Last Updated: 2025-04-10
Chapter: 第34-1話 歪む山道
村から続く山道。 家ほどもある大きな岩が転がって来た。雅史は車を止めようとしたが、後ろからは土砂が迫って来るのがサイドミラーに映っている。転がって来る岩は大きく跳ね上がったかと思うと雅史の運転する車を飛び越えて行った。「あんな小っちゃい石にそんな力があったのかっ!」 村長が割れた石を手に持って嘆いている様子を思い浮かべていた。子供のこぶしぐらいの石だったはずだ。「物理的な大きさが問題じゃないの、自然と言うのはその力をどこへ向かわせているのかが重要なの。 その方向を制御してたのが小石に宿った神様で、居なくなってしまった余波が、村で起こっていた怪異現象だったのよ」 姫星は、力の向く先を制御する術を失った流れが、暴走したのかもしれないと思い付いたのだ。「石と言うのは只の象徴なの、それを全員が信じて念じる。 その行為に意味が発生するの。 発生した御霊の流れに意味を持たせて、漠然とした流れに方向性を与える。 その流れを作物育成の力に載せてしまう。 それが『神御神輿』の祭りの意味なのよ」 自然エネルギーという考え方なのだろう。風水の考え方だと龍脈と呼ばれている。「だから、公民館にあった仏像を、元の場所に戻す必要があったんだ」 雅史がハンドルを握ったまま怒鳴り返した。車の左手から見える、対岸にあった民家が土砂に呑み込まれていった。「それをコソ泥が奪ってしまって事故で一緒に燃えてしまった。 だから、均衡が保てなくなってしまった。 不均衡な力の働きは山体崩壊を招いてしまったのよ」 道路に入った地割れから土ぼこりが巻き上がっている。その土ぼこりに車は付き抜けた。いきなりだったので避ける暇がなかったのだ。「山を滅茶苦茶にする程のエネルギーを放出しているのか?」 雅史はハンドルを握ったまま姫星に尋ねた。(ええっ? 山が横に滑っている!?) 姫星が見ている内に山が形を崩して行く、地面が圧力に耐え切れずに横滑りを起こしているのだ。「くそっ! 道が曲がりくねっている!!」 車の中で左右に身体が激しく振られている。だが、速度
Last Updated: 2025-04-09
Chapter: 第33-2話 辿り着いた答え
「にゃあっ!」 急な発進で姫星が悲鳴を上げた。どうやらシートの頭部クッションに頭をぶつけてしまったらしい。「まさにぃ…… どうしたの?」 姫星が不思議そうな顔で聞いてきた。頭をぶつけて目が覚めたらしい。「山が崩れ始めているっ!」「グズグズしてると巻き込まれてしまうそうまなんだよ!」 姫星は慌てて山を見て驚いた、どこを見ても黒い土煙りに覆われているのだ。一方、後部座席の美良はニコニコしていた。 雅史は北のバイパスに向かうのは諦めていた。村人が殺到して渋滞するのが目に見えていたからだ。渋滞しているところに土砂崩れに襲い掛かられたら終わってしまう。 そこで、雅史たちを載せた車は、霧湧トンネルを目指すことにしていたのだ。舗装していない道路を砂ぼこりを上げながら疾走させていた。すると走っている右手の森が動いているのが見えた。「まずいっ こっちでも崩れ始めたっ!」 一本の木が道の前に横たわっていた。しかし、バックミラーに後ろから土砂崩れが襲い掛かってくるのが見えている。 雅史はやむなく直進を続けた。道路の端と森の際に、無理やり車体を押し込んで、抜けようと考えていたのだ。すると、倒れた木の根元に大きな石が乗り上げて木を跳ね上げた。 シーソーのようだった。塞いでいた木が跳ね上がった隙に、雅史たちの乗った車は通り抜ける事が出来た。(シーソー……… 均衡…… っ!!!) 姫星はハタと気がつく。跳ね上がった木は車が通り過ぎると轟音を立てながら再び道を塞ぐように倒れてきた。「そう言う事なのっ! やっと、今になって意味が分かったっ!」 小型車並みの大きさの岩が目の前に転がり出てきた。雅史はハンドルを操りながら左によけ、今度は木にぶつかりそうになったので左によける。「何が分かったんだ?」 落ち来る石や枝を避けようと、雅史の運転する車は右に左にと揺られている。姫星の身体もそれに合わせて一緒に揺られていた。
Last Updated: 2025-04-08
Chapter: 第33-1話 山体崩壊の始まり
日村の自宅 いつの間にか夜明けの時刻になっていた。宝来雅史は日村の自宅に居る。婚約者の月野美良も、日村の自宅に居る事が分かって、ひと安心したい所だ。だが、日村の自宅が崩れる危険が差し迫っていた。 雅史は家の奥座敷に居る美良を迎えに来ていた。何の事はない、ずっと同じ村にいたのだ。 部屋に入った時。美良は水色のワンピースを着てソファに腰掛けていた。「美良っ!」 雅史を見た美良はニッコリと微笑んだ。そして、美良の膝に頭を乗せて姫星がスヤスヤと寝ていた。美良は、そんな姫星の頭を優しくなでていた。「美良…… 無事で良かった…… とにかく一旦、外に出よう。 この家が崩れそうなんだ」 美良はニコニコしている。色々と聞きたい事があるが、今は逃げる事が優先だ。「美良…… だよね?」 雅史は一瞬見とれてしまった。見間違うはずが無い、どう見ても『月野美良』だ。ギ、ギギィィィッ…… 日村の家が歪み始めた。天井から埃がパラパラと落ちてくる。天井を睨んだ雅史は焦った。「姫星。 姫星っ! 起きてっ!」 雅史が美良の膝で寝ている姫星の肩を揺すった。「もう…… 朝ゴハンなの?」 姫星は寝ぼけているようだ。美良はそんな姫星をニコニコしながら見ていた。「逃げよう、この家に居ちゃ駄目だ」「ふぁっ?!」 雅史は美良の手を引いて立ち上がらせ、姫星を押し出すようにして部屋を出た。ヴォォォ~~~ン 雅史たちが家の玄関から出てきた時に地鳴りが一際大きくなった。地面も揺れている。そして、それが合図だったかのように、霧湧村を囲んでいる山々が震え始めた。 やがて、ドロドロゴロゴロと重低音が鳴り始めた。山の崩壊が始まったのだ。「山から煙が出てるぞ」「なんだあ?!」「山が動いている!!」 みんなが山を指差している
Last Updated: 2025-04-07
Chapter: 第32-2話 終焉の合図
ヴォォォ~~~ン 唐突に大きな怪音が響き、日村の家がミシミシと音を立てて揺れ出した。昨夜からの怪音騒ぎが無ければ地震と間違えてしまう程だ。余りの揺れに、雅史のバッグが椅子から落ちて中身が、居間の床に散らかってしまった。(ああ、しまった…… え?) 雅史は慌ててバックの中身を、鞄に戻そうとしたが、ある物を見つけて固まってしまう。 コンパスだ。 雅史のコンパスが、床の上に鞄の中身と一緒に落ちていた。しかも、コンパスの針が北を示さずにゆっくりと回っている。普通は一度方角を示したら動かないものだ。そうしないとコンパスの意味が無い。(なんなんだ? コンパスの針がクルクル回ってるじゃないか……) また、『磁気異常』という不可思議な現象が発生していると考えた。この事実に霧湧神社で気づいた時には、コンパスの針は十度ほど針のズレだけだったが、今見ているのはフラつきなどと言う現象では無い。 恐らく磁気を帯びた『何か』が地下で動いている。そう考えるのが合理的だ。「…… まずいな……」 雅史は昨日の昼間に見た、空き家が地面に吸い込まれる現象を思い起こしていた。地下に何らかの原因があるに違いない。「昨日の空き家のように、この建物が崩れる可能性があります。 全員を表に避難させてください」 突然の事に驚き、天井に下がった揺れる照明器具を見ていた日村は頷いた。原因の究明の前に、まずは生きている人間の保護が先だ。どこが安全なのかは不明だが、少なくともこの建物よりはマシだと雅史は考えたのだ。「さあ、みんな一旦外に出るんだ」 そう、日村が声を掛けた。雅史が忠告するのは、危険が差し迫っているのだろう判断したのだ。室内に居た村人たちは全員バタバタと外に出始めた。「美良と姫星はどこですか?」 連れ出すのなら今のタイミングしかない、そう考えた雅史は日村に尋ねた。「部屋を出て左、廊下の一番奥です」 日村は居間にある
Last Updated: 2025-04-06
Chapter: 第32-1話 無数の気泡
 もう少しで夜明けという頃。日村家での話し合いは平行線で夜明け近くになってしまった。 宝来雅史は、このまま日が出るのを待って、月野姫星が見つけた月野美良の車で帰宅しようと考えていた。ここで目を離すと違う家に匿われてしまいそうだからだ。この村の人たちが、そこまでするとは思えなかったが念の為だ。 姫星は姉に会いに行くと言って奥の部屋に行ったままだった。恐らく寝ているのだろう。 その頃、村では違う騒動が起こっていた。上空で謎の光が目撃されているのだ。 雅史も山が光るのを見ていたが、早起きの村人たちが見たのは、雲が光って見えているのだ。夜明けの太陽が照らしているのかと思ったが、光っている雲と太陽は方角が違う。「ウテマガミ様が祭りの不始末を、お怒りなのではないか?」「やはり、もう駄目なのかもしれんな……」「地震の前触れではないのか?」 そこでウテマガミ様が、雲を光らせているのではないかと、話が独り歩きし始めていた。そのざわめきは瞬く間に村全体に広がって行く。 早朝にも関わらず、役場に電話する者もかなり居た。 『神御神輿』が失敗に終わり、ウテマガミ様の祟りを本気で信じているらしい。中には村から脱出しようと荷造りを始めた家もあった。「……雲が光っている?」 役場には当番の役人が居る。村人からの問い合わせの電話がひっきりなしに掛かって来ていると報告して来た。その電話を受けた日村は困惑してしまっているのだ。 日村の電話応答を聞いていた雅史は、居間の窓に寄って空を見上げた。ボンヤリとだが光っているのが分かる。 ある研究では、玄武岩や斑糲岩に含まれている細かい水晶などが、地盤変動で受けるストレスで放電することが判明している。 放電で発生した電荷は互いに結びつき、一種のプラズマ状態になる。蓄えられた電荷は大気中へ向けて放電され、雲に含まれる水の分子と反応して光って見えている。 『破壊発光効果』と呼ばれている現象だ。この現象は、大地震が発生した各地で観測されている。「なんだ? あれ??」
Last Updated: 2025-04-05
Explore and read good novels for free
Free access to a vast number of good novels on GoodNovel app. Download the books you like and read anywhere & anytime.
Read books for free on the app
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status