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百舌巌
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百舌巌の小説

クラックコア

クラックコア

ディミトリは三十五歳。傭兵を生業としている彼は世界中の戦場から戦場へと渡り歩いていた。 彼の記憶の最後に在るのはシリアだ。ヨーロッパへの麻薬配給源である生産工場を襲撃したまでは作戦通りだが撤収に失敗してしまった。 仲間の一人が敵に通じていたのだ。ディミトリは工場の爆発に巻き込まれてしまった。 ディミトリが再び目が覚めるとニホンと言う国に居た。しかも、ガリヒョロの中学生の身体の中にだ。街の不良たちに絡まれたり、老人相手の詐欺野郎たちを駆逐したり、元の身体に戻りたいディミトリの闘いが始まる。
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Chapter: 第034-1話 寓話の冥王
廃工場。 二階の暗闇の中から現れたのは暴力団員風の男だ。 その後ろから一人の男が付いてきている。髪の毛を茶髪にして、耳にはピアスを付けていた。子分だろう。 ディミトリが睨み付ける中、短髪男は子分を従えて悠然と階段を降りてきた。「シカトしてんじゃあねぇよっ!」 自分を無視された売人は大声を出してきた。だが、ディミトリは短髪男を睨みつけたままだ。 本能が『要警戒』と告げているのだ。「まあまあ、コイツが若森って奴か?」 短髪男は階段を降りながら声を掛けてきた。何故かニヤついている。自分が優位に立っていると、思い込んでいる男にありがちな反応だ。恐らく懐に何かを持っているのだろう。 そして男はディミトリの顔を知っているようだった。(やはりか……) 名前も知っているという事は、中国の連中の仲間かもしれないと考えた。「大人しくコッチの質問に答えれば痛い目に遭わなくて済むよ……」 短髪男は懐からベレッタを取り出した。イタリア製の優秀な拳銃だ。 余裕が有ったはずだった。(ベレッタか…… 装弾数は十五発だっけ?) ディミトリが銃を見ていると、短髪男は遊底を引いて薬室に弾を送り込んだ。 恐らく、ディミトリが銃を見るのを珍しがっていると勘違いしたのであろう。玩具を手に入れた子供が粋がるようなものだ。「お前が知っている、お宝の有りかを教えて欲しいんだよ」「お宝? 俺の秘蔵のエロ本か??」「舐めんじゃねぇっ!」 馬鹿にされたと思った短髪男は床に向かって引き金を引いた。銃の発射音が室内に響く。空薬莢が床に転がる音が続いた。 急な事に女はビックリして悲鳴を上げてしまっている。「ちょっと、私関係無いんだけどっ!」 女が咄嗟に逃げようとして走り出した。そこを短髪男が発砲してしまった。引き金に指を掛けたままだったのだ。 素人が銃を持った時によくやる失敗だ。 女が急に動いたのでビックリして銃を向けてしまい。その際に引き金に力が加わったのだ。「ぐあっ!」 だが、運の悪い事に狙いが逸れてディミトリに命中してしまった。脇腹の辺りにだ。 万が一の事を考えて防弾チョックを着ていた。しかし、防弾用素材と素材の隙間にある、縫い目を弾丸は通過したようだ。 ディミトリが昔使っていた奴はそうは成らなかった。普通の防弾チョッキには縫い目など無い。 さすが中華製だ。
最終更新日: 2025-02-06
Chapter: 第033-0話 蛇悪な眼付
廃工場。 田口の車から一人で降りて工場の方に歩いていく。午前中と違うのは工場の敷地に入るガードは開けられているぐらいだ。 工場の正面にあるシャッターの脇に普通のドアがある。 ディミトリはノックすること無くドアノブを回して中に入っていった。それと同時にポケットに入っているレーザーポインターのスイッチも入れた。 工場の入口から中に入り、歩きだして五秒ほどで周囲の視線に気付いた。刺すような視線。猛獣が獲物を見定めるかのような視線という類のモノだ。(見張られているな……) 殺意の視線。それは、かつて戦場でスナイパーに狙われた時の感覚に似ている。ねっとりとした感触が戦場を思い出させた。(少なくとも四人はいるかな……) ディミトリに持つ全て感覚センサーがそう告げている。そして、全員を始末せよと言っているのだ。(良いねぇ……) まるで『建物全体が捕食者』みたいな感覚。ディミトリの神経が研ぎ澄まされていく。 工場の真ん中あたりに机が一つだけ置かれており。その前に男が一人座っていた。 コイツが売人なのであろう。視線が泳いでいる癖に眼付がやたらと鋭かった。「よお~……」 売人は陽気を装って声を掛けてきた。まるで古くからの知り合いのようだった。「金なら持ってきた。 女はどこだ?」 ディミトリは懐から金の入っている封筒を見せた。二百万入っているので結構分厚い。 男は工場の奥をチラリと見た。ディミトリが一緒に釣られて見ると金髪の女と顔中にピアスを付けた男が居る。 女の腕を捕まえているところを見るとコイツも仲間なのだろう。「女と引き換えだ……」 売人は奥のピアスだらけの男を手招きした。男は女を連れてやってくる。 この金髪女がカラオケ屋で擦れ違った女の子なのだろう。興味が無いので覚えてなどいない。「ほらよ……」 ピアスの男がぶっきら棒に女を離すと、ディミトリが持っている封筒を受け取った。 そのまま、封筒を売人に渡すと、売人は中身を確認し始めた。ピアスの男は売人には目もくれずにディミトリを睨みつけている。 女はディミトリの後ろで大人しく待っていた。 金を数え終わった売人はニヤリと笑った。全額有ったようだ。「ああ、金の確認は終わった……」「そうかい。 じゃあ、女は連れて行くよ」 それを聞いたディミトリは女を連れて帰ろうとした。「まあ、ちょ
最終更新日: 2025-02-05
Chapter: 第032-0話 嘘つきの目
大串の自宅前。 武器を捨てられてしまったディミトリは気を取り直して大串の家に向かった。(クソッ! せめて拳銃だけでも無事だったら良かったんだが……) 他にも減音器も捨てられていた。玩具の銃は壁に飾ってあるので、それと一緒に飾っておけば良かったと後悔している。 銃弾は別に保管していたので無事だ。筒状のパイプでも有れば単発式の発射装置が作れるが、工作している暇が無かった。 単純に筒に弾を詰めて、釘か何かで雷管をひっぱたけば良さそうだがそうは簡単にはいかない。 銃弾を固定してやらないと暴発して自身も怪我をするからだ。最低でも薬室を作ってやらないと駄目なのだ。 手持ちの武器らしい武器は自作のスタンガンとスリングショットぐらいだ。これでは心許ない。(致命傷は無理でも牽制には使える程度だな……) 無くなった物を惜しんでも手元には帰ってこない。それより目の前の問題をどうするかの方が大事だ。 しかし、ディミトリの少なくない経験から、ケチが付いた作戦は中止するべきとの教訓もある。(確かに中断するべきだが……) 何よりディミトリには気になる点があったのだ。(何故、俺を指名したんだ?) 取引自体がディミトリを誘き寄せる罠であるのは分かった。だが、何故面倒な真似をしてまで罠に嵌めるのかが謎だ。 それは罠を張った連中を確かめる必要を示唆している。(あの連中が罠なんて面倒な手間をかけるとは思えないんだがな……) あの連中とは鏑木医師を殺害した連中だ。中国語を話していたと思うので中国系と思っていた。 不思議なことに連中は、日数が経過しているにも関わらず手を出してこない。 鏑木医師の事を知っているのなら、ディミトリの事も知っているはずだ。 自分たちの存在が知られたと判明した時点で、自分なら対象の身柄を押さえる。逃げられてしまったら困るからだ。 だが、彼らはそうはしない。銃を持って襲撃するような連中だ。荒っぽい仕事には慣れているはずなのにだ。 これは何を意味するのか? ディミトリには四六時中見張りに付いている連中がいる。その彼らの前で仕事を嫌がっていると捉えていた。 そして、今回の連中は面倒な罠を用意している。これは自分を見張っている連中とも違う事を示唆しているはず。(つまり、今回の罠を張った連中は俺を監視している連中とも、鏑木医師を殺害した連中と
最終更新日: 2025-02-04
Chapter: 第031-0話 裏目に好かれる人生
翌日。 ディミトリは祖母に具合が悪いので、病院に寄ってから学校に行くと伝えた。 心配して付いてくると言い張る彼女を説得して、一人で出掛けたディミトリは家電量販店に居た。 ここで小道具の材料を調達するためだ。今回はどう考えても罠にハマりに行くのだ。下準備無しで乗り込むほど自信家では無い。 彼が購入したのはレーザーポインターだ。それと玩具のリモコンも購入した。このリモコンでスイッチを操作するのだ。 レーザーポインターは名前の通りレーザーの強烈な光でポイントを示す物だ。普通に使えば便利な道具だが、カメラにとっては脅威となる代物だ。 レーザーポインターをカメラのレンズに向けて照射する。すると、カメラの中にある電子素子(LCD)は強烈な光で飽和してしまう。つまり、映像をまともに作れなくなってしまうのだ。 これは空き巣や銀行強盗などの時に、防犯カメラを無効にさせる為に使われる手口だ。本格的なやつは赤外線レーザーを使う。カメラに付いている電子素子(LCD)が早く飽和するからだ。 目的のものを入手したディミトリは、そのまま例の廃工場に向かった。前日に開けておいた裏口を通り、カメラが設置されている場所までやって来た。 そして、床に積もった埃に異常が無いのを確かめると、今度はカメラがレーザーポインターで狙い易い位置にやってくる。そこには埃だらけの元資材が積み上げられていた。 手のひらに入る程度のレーザーポインターなので隠すのは簡単だった。(よし、仕掛けは出来た……) ディミトリはレーザーポインターをダンボールの影に隠して学校へと向かった。どうせ使い捨てなので見てくれは気にしていない。 道具は役に立ってこそ意味があるとディミトリは考えていた。 午後から登校したディミトリは何事もなく過ごした。そして、下校時間になると大串の方から声を掛けられた。 大串は時間をずらされて焦っているようだ。そして、ディミトリが受け渡し場所に下見に行った事には気が付いてないようだった。「今日はちゃんと来いよ」「ああ、今夜は何時頃行けば良いんだ?」「夜の七時に俺の家に来てくれれば田口の兄ちゃんが車で送ってくれるってよ」 田口というのは子分の一人だ。クラスメートなのだがディミトリは初めて名前を聞いた気がしていた。「そうか、分かった……」 ディミトリは素っ気無く返事をした。
最終更新日: 2025-02-03
Chapter: 第030-2話 仕事熱心な狙撃兵
 ディミトリは部屋の中央に進み出てみた。死角になる場所が有るかどうかをチェックする為だ。 するとシャッターの脇から二階に伸びる階段に気が付いた。(二階が有るのか……) そのまま部屋の真ん中に立って見回していると、ある物に気がついた。二階にカメラが取り付けられている。 角度的にも部屋を全て網羅しているみたいだ。(ほほぅ……) 階段を上がって傍に寄って見てみると真新しいカメラだった。まだ、設置されたばかりなのだろう。(まだ稼働はしてないみたいだな……) カメラに電源らしきものは入っていないようだ。触ってみても冷たいままなのだ。 ディミトリはカメラの側面に書いてあるメーカーの型番を控えた。家に帰ってから性能を調べる為だ。(俺を撮影する気か?) 防犯の為なら外に向けて取り付けるし、電源は入れっぱなしにするだろう。だが、室内の中央に向けて設置してある。 この工場に呼び出した人物を撮影するためだ。そして、それはディミトリである事は明白だ。(もしくは狙撃の補佐用……) 場所などのマーキングが済んでいれば狙撃の射角などが容易になる。 重要な対象を確実に仕留めるために行う狙撃方法だ。(狙撃兵か……) ディミトリはとある戦場の前線で一緒になった狙撃兵を思い出した。 ある時、狙撃兵が何かを目標に照準して撃っていた。(休憩中なのに仕事熱心な奴だな……) 仕事熱心な狙撃兵にディミトリが質問した。『何を狙っているんだ?』『空き缶を狙っている』 彼はそう答えた。 ディミトリが見ると百メートル程先に空き缶が並べられていた。『……』 もう少しまともな物を狙えば良いのにとディミトリは思っていた。 彼は狙いを付けた物を外さないからであった。『今度の狙撃大会で優勝して後方任務にしてもらうんだよ』 そんなディミトリの思惑を感じ取ったのか狙撃兵が話を続けてきた。 彼は狙撃大会に出場して優勝するのを目標としているようだ。技量優秀な者は後方任務で温存してもらえる。宣伝に使えるからであった。『なら、あの野良犬を的にすれば良いんじゃないか?』 静止した的と動いている的では難易度に違いが出てしまう。練習をするのなら難しい方が技量向上が望めるはずだからだ。 そう思って彼に提案してみたのだ。『それは駄目だ……』 ディミトリの提案は、にべもなく断られてし
最終更新日: 2025-02-02
Chapter: 第030-1話 死角になる場所
廃工場。 ディミトリは背中のバックから暗視装置を取り出した。 鏑木医師の所で収穫した物だ。使い勝手の確認も兼ねて持ってきたのだ。 バックの中身は他にガン雑誌も入れてある。万が一の時にはミリタリーマニアを装う為だ。 ディミトリは暗視装置を頭に付けて電源を入れてみる。 収奪した後に一度だけ試してみたが、昼間だったせいなのかピンと来なかったのだ。 そして、思っていたより鮮明に見えるので驚いてしまった。(最新型なだけ有って建物内の様子が鮮明に見えるな……) 兵隊時代に使っていたものは、ロシア製の重くて使い勝手が悪い物だった。それと比べると雲泥の差がある。 手袋をした自分の手を映しながら握ったり広げたりしてみた。 ロシア製の物だったら真ん中が明るくて端っこが暗くなってしまう。ところが、使っている中華製の奴は全体が均一に明るいのだ。もっとも、中身の日本製の部品で実現出来ているのをディミトリは知らない。(ふむ…… 時代の進む速度が凄いもんだな……) とりあえずは、取り残されないように気を付けないと、中身が三十五歳のディミトリは思ったのだった。(さて、人の気配はしないし奥に進んでみるとするか) 気を取り直したディミトリは足音に気を付けながら進んでいった。工場の中は耳が痛くなるような静寂に包まれている。 聞こえるのはディミトリの息遣いだけなのだ。 裏側から入ったからなのか廊下には小部屋が並んでいた。 元は工場だったので様々な作業を部屋ごとに行っていたのかもしれない。(まあ、良くある配置だな……) その中の一室には錆びたバーベキューコンロが部屋の中央にあった。結構、使われていたのだろう。炭などが残ったままだ。 脇には調味料たちが無造作に置かれている。さすがに今はもう使え無さそうだとディミトリは思った。(浮浪者が入り込んで生活してたっぽいな……) 部屋の隅に有る薄汚れた布団を見ながら考えた。そこには元の住人が捨てていったらしい衣類などが積まれている。 だが、布団に薄っすらと掛かっている埃の具合から見て、長らく使用されて居ないものと判断出来た。 その隣の広めの部屋は焦げ跡がアチコチ付いている。 空き缶とかも落ちているので、DQN達に花火でもされた跡であろうと推測した。(室内で花火って何を考えていたら出来るんだ……) 外でやると目立ち過
最終更新日: 2025-02-01
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