Chapter: 第4話 天使 それからしばらくの間、マリアはアルファの屋敷で匿われる形となった。ローゼスへの謁見の件こそ表に出ていないが、箱舟教団から彼女が姿を消した事実は上層部に知れ渡っていた。それでも教団は予言者の存在を明かすことはできず、“魔王”の血を引く悪魔だと人相書きをばらまき、彼女を探させていた。それは皇帝ローゼスにとっては都合の良い話だった。「大洪水が来るなどという馬鹿馬鹿しい話に加えて、虚偽の魔王の子孫などと戯言を触れ回り、臣民を混乱に陥れている。早急に排除せよ」 ローゼスはそう兵に命じ、教団の排除に乗り出した。教団が排除されるのが先か、伝説の中の魔王と同じ瞳の色をした少女を誰かが見つけて騒ぎ出すのが先か、そんな状況の中、アルファは暇そうにしていた。「暇そうだね」 同じ部屋で本を読んでいたマリアがそう声をかけてくる。「お前を監視しないといけないからな」 今回“皇帝の犬”たるアルファが出てこないことに、臣民も教団も疑いの目を向けていた。だから表に出たいのだが、マリアの監視を他人に任せるのは躊躇われた。魔王の子孫という戯言や大洪水が来るという話を信じている者は兵の中にもいる。代わりは簡単には立てられない。そんな状況だった。 アルファにとって今信頼できるのはローゼスと、メイドのアリスだけだった。どちらも魔王の子孫や洪水などという話ではなく、自分の見たものを信じる人間だった。その点は信頼できる。「なら尋問をしたら? そのつもりでぼくもここにいるんだけど」「なにを聞いてもふわっとしか答えないではないか」「だって、なんでこんな力があるかも、出自もぼくにはわからないんだもの。でも予言はたくさんしてあげただろう?」 確かにこの家に来てからマリアは多くの予言を行った。大きなものから小さなものまで、すべて的中させている。「ならお前は未来をどう“視る”? お前には未来を確定させる力があるのか?」「なんども言っているだろう? そんな力はない。ぼくにできるのは“視る”だけだ。それとせっかく名付けてくれたんだ、マリアと……」 少女の要望を無視しながら、アルファは考える。未来を確定する力はない、いつでも未来を視ているわけでもない。ならば……。「なんでそんなに余裕なんだ? 自分がひどい目に合わない未来が視えているのではないのか?」「違うよ。ぼくはぼくの聖騎士(ナイト)様を信じ
Terakhir Diperbarui: 2025-04-17
Chapter: 第3話 カーネーションの旗印「なに、このアルファがかね」 皇帝ローゼスは目を瞬かせる。「はい、彼はあなたの死を阻止するために箱舟を作るのです。陛下」「まだ僕はお前の予言を信じたわけでは……」 少女はにこりと笑う、どこか寒気のする笑みだった。「では信じさせてみせましょう。今からわたくしが3つ数えたら、賊がこの部屋に侵入します」「だから……」「1つ」 そこでアルファは気配を感じ取った。誰かがこの謁見の間に走ってくる。「2つ」 謁見の間の扉の方からくぐもった声が聞こえてくる。門番がやられたか? そう判断してすぐにアルファは扉にむかってかけた。腰に差した剣を鞘から引き抜く。瞬間扉が乱暴に開かれ、2人の武装した男が入ってきた。「3つ」「ローゼス! お前の首を……」「遅い!」 男たちが言い終わらぬうちに1人目を切り倒し、勢いを殺さず2人目を逆袈裟に切った。命は奪わない。聞き出さなければならないことはたくさんある。「近衛兵!」 アルファが呼ぶと次の間から出てきた6人の兵――まるでおもちゃの兵隊のように真っ赤な上着と帽子をかぶっている――が男たちを縛り上げ、連行していく。「お見事です。聖騎士(ナイト)様」「おまえ……」「フハハハハハ、良い余興だったぞ。その眼の力、余のために使うがよい」 ローゼスは高々と笑いそう命じ、少女――マリアもそれをひれ伏して受けた。「まだ予言の力が本物かわからないではないですか」、そう言おうとしたアルファをローゼスは目線で制した。その眼は語っていた「見極めよ」と。アルファはため息を吐きたくなった。「マリア、そなたにも護衛がいるだろう。しばらくはアルファと共にいるとよい。その男なら教団が手を出してきても相手にならんだろう。……下がってよし」◆◆◆ アリスが用意している馬車に向かう道を歩きながら、アルファはマリアに尋ねた。「お前は未来をその眼で“視る”のか」「ああ、さっき皇帝がそんなことも言っていたね」「こら……」「不敬だぞ、かい? それも視えているよ」「はあ……。その眼は」「生まれつきさ。“魔王”のようで気味が悪いとあちこちたらい回しにされた。でもぼくにはわかっていた。ぼくを助けてくれる聖騎士様が現れると!」 芝居がかった態度をとるマリアを軽くにらみつつも、アルファは馬車に乗り込んだ。マリアも当然とばかりに乗り込んでくる。アリ
Terakhir Diperbarui: 2025-04-16
Chapter: 第2話 予言「この小娘を陛下の御前に出せるようなんとかしてくれ」「はい、閣下!」 アルファ付きのメイドであるアリスは、クリーム色の三つ編みを揺らしながら、銀髪の少女を宮殿にあるアルファの私室に備え付けられているシャワー室へとつれていった。「はあ……」 騎士としての礼装に着替えたアルファはため息をついた。 そして昨夜のことを思い出していく。すると少しの頭痛を覚えた。◆◆◆『な、なにをする!』 突然キスをしてきた少女を突き放す。変な力が入ったのだろう、認識疎外のためのキセルがポケットから落ちた。『ああ、ようやく顔を見せてくれたね。“視ていた”とおりの顔だ。ぼくはすきだぞ。君の顔』『何を言って……ちっ』 キセルを慌てて拾い上げたが間に合わなかったらしい。誰かが牢屋に近づく足音が聞こえた。ふわりと少女は抱き着いてきた。『おい……!』『さあ、連れて行ってくれ。見たいんだ。再び外の世界を……』 アルファは舌打ちをすると、少女を抱えて教団から脱出してしまった。そう、してしまったのだ。してしまったからには最良の手を打とうと、いざというときの隠れ家に向かおうとしたのだが……。『そっちじゃない。宮殿にむかえ。ぼくは皇帝と会うことになる』『……陛下だ』 少女のローゼスに対する呼び方に不敬だと感じながらも、確かにあのローゼスの性格からして、自分と予言者が一夜にして消えたらおもしろがって隠れ家まで来てしまいそうだとアルファは思った。 ならば少女の言うとおり、早めに会わせてしまおう。アルファはそう決めた。宮殿なら守りは厚いし、見たところ少女には未来を視る以外の力は無さそうだ。自分が殺される未来を変えるだけの力がなければ未来予知に意味はない、もしものときは自分が切る。そう決意した上での判断だった。 とはいえボロ雑巾同然のままローゼスの前に引き出すのは気が引ける。仕方なくこっそり宮殿に用意されているアルファ用の部屋に連れ帰り、自分付の唯一のメイドにあとを任せた次第だった。 ため息が出そうになるのをこらえると、朝の陽ざし差し込む庭を窓から眺める。ローゼスの名前から各地から献上されることになった色とりどりのバラが庭を埋め尽くしていた。◆◆◆「閣下」 その呼び方に、アリスかと思い振り返ったそこには、見違えた姿のあの少女がいた。「このような、わたくしにはもったいないド
Terakhir Diperbarui: 2025-04-15
Chapter: 第1話 出逢い 第57番世界、通称エデン――始まりの者が57番目に訪れた楽園という伝説からそう呼ばれている――。 そこには豊かな土地と鉱物資源、そして強大な兵力で他国に差をつける大帝国――ローズ帝国――があった。その帝国を支配する皇帝の名をローゼス、その右腕となる騎士の名をアルファという。 ローゼスは金髪碧眼の青年で、まだ皇太子と呼べるほどに若い、ギリギリ20歳に見えるような見た目だった。目鼻立ちのすっきりとした美男子で、長い手足を少し邪魔くさそうにしている。その服装は白を基調に金糸をあしらった豪華なつくりだった。 対してアルファは髪も目も黒曜石のように黒く、服は黒地に銀糸をあしらった騎士礼装で、彼も同じ年くらいの若々しさだった「のう、我が騎士よ」「なんでしょう、皇帝陛下」 玉座に腰かけ、ニヤニヤとだらしなく笑うローゼスに対して、その斜め後ろに立つアルファは堅苦しい態度で応える。それが気に入らなかったらしく、ローゼスは声を荒げる。「その態度はやめいと言っておるだろうが!」「あなた様は皇帝になられたのです。一臣下がへりくだることの何が気に入りませんか」「お前は余の側近中の側近。しかも今は2人きりだ。……それに余が皇帝の座につけたのはお前のおかげだろう」「……だからといって僕が偉いわけではありませんよ。陛下」 多くの国を支配する皇帝の位に立つローゼスにとって、着飾ることなく話せる相手は少ない。 その口から1つ言葉が発せられれば、それは帝国の意志として世界中を走り回る。 そのこともきちんと理解しているローゼスだからこそ、何も着飾らなくてもよい“ローゼス”という個人でいられる存在は非常に貴重だ。だからこそアルファにも着飾らないで欲しいのだが、そうはいかない。アルファから見たローゼスは個人であると同時に皇帝であり、その身分の差を弁えないといけないことはわかりきっているのだ。「……まあよい。それより、街でおもしろそうな話を聞いたのだ」「街って、またお忍びで出かけられたのですか⁉ お願いですからせめて僕を護衛にと……!」「ええい、うるさいうるさい! それよりも余の話を聞け!」 こうなったローゼスは自分の言葉を通すまで声を上げ続ける。着飾らなくていい相手だからこそ、そのようなことが許される。それを考えれば、今は自分が聞くしかない、とアルファは諦めた。「はあ、
Terakhir Diperbarui: 2025-04-15
Chapter: 第六話 結納 あやかしの国の下町を桜と歩く司。街並みは長屋や賑やかな商店街が中心で、江戸時代にタイムスリップしたような感覚だ。あやかしたちの中には先ほどの狐とタヌキのような人間ばなれした獣人だけでなく、人間と変わらない見た目の住人もいた。だから桜と司も目立たずにいられた。 わけではなかった。司の着て来た背広はあやかしの国では珍しすぎたらしい。変わった着物だとじろじろ見られてしまった。人の視線がすきではない司には少々居心地の悪い時間が続いた。そんな司を、桜は気づかわしげに見る。「大丈夫ですか? 司様」「ああ……」「もうすぐ着きますからね」 神社から長屋と商店街を通り抜け、着いたのは司の家の三倍はあるお屋敷だった。屋敷の門の前でその武家屋敷のような建物を見上げていると、白銀の狐らしき獣人が声をかけてきた。「あらあら桜お嬢様。おかえりなさいませ。……おや、そちらの方は?」「梅さん、こちらは司様。わたくしの旦那様です」 黒いハットを脱ぎ、司が頭を下げる。「まあまあ、奥様! 奥様ー!」 梅がばたばたと屋敷に入ると、すぐに奥から落ち着いた薄紅色の着物を着た女性が出て来た。桜とは違い幼い感じのしない気品にあふれた立ち居振る舞いは、司に緊張感を与えた。「母様……」「……まさかあなたが人間を夫にするとは……嘆かわしい」 その言葉に司はむっとした。人間だからなんだというのだ。「人間など取るに足らない存在です。これから神になろうというあなたにはふさわしくありません」 司が何かを言うまえに桜は強い意志を感じさせる声でいった。「いいえ、人間は取るに足りない存在なんかではありません。儚い命だからこその輝きがあるんです」 桜と母親がにらみ合う。やがて苦笑した。「まったく、こんな頑固な女のどこがいいの? 人間さん?」「すべてです」 司ははっきり言い切った。それに機嫌を良くしたのか母親はカラカラと笑った。「お前さん、良い男だね」 司にはよくわからなかったが、どうやら桜の母親は彼を気に入ったようだ。司と桜は、屋敷の敷居をまたぐことを許された。◆◆◆ 居間に通された、司と桜の二人は並んで座り、その対面ににこにこしている桜の母親が座った。梅がお茶を用意すると、司は桜の母親に深々と頭を下げてからいった。「改めまして、宮森司と申します。遅くなってしまい申し訳ございません
Terakhir Diperbarui: 2025-04-20
Chapter: 第五話 あやかしの国 桜も少し散り始めた頃。普段なら桜との別れを悲しむ時期だが、今回は違った。「あやかしの国」という未知の場所に行き、愛する人を産んでくれた人に挨拶するのだ。昨夜は緊張でよく眠れなかったが、桜は熱心にあやしてくれた。「では参りましょう」 桜柄の薄紅色の着物に少し化粧をした桜はいつもよりさらに美しかった。着なれない背広姿の司は隣にならんで違和感はないかと心配だった。そんな司の心配をよそに、桜は彼を庭に植樹された桜の木の方へといざなう。「目を閉じてください。ゆっくり呼吸をして。次に瞼を開いたときには、そこはあやかしの国です」 司は言われるがまま、目を閉じる。深呼吸をしながらゆっくりと瞼を開くと、そこは桜と出逢ったあの桜の木の下だった。いや、少し違う。広い空き地になっていた場所に、小さく古いが神社がの社殿があった。住民に愛されているのだろう。綺麗に掃除がされていて、子どもたちが遊んで……。「!?」 野良着で遊ぶ子どもたちは、狐やタヌキの顔をしていた。「妖怪……」。司はそう思った。「あー、おねえちゃんだー」 狐やタヌキの顔をした子どもたちが桜に気づいて寄ってくる。そして隣にいる背広姿の司にも視線を向ける。「この人だあれ?」狐の女の子(女児の着物を着ていたからおそらく)は桜に聞いた。桜は幸せそうに微笑む。「わたくしの……旦那様ですよ」「へえ……」 狐の女の子は興味津々といった様子だが、タヌキの男の子のほうはまだよくわからないようだ。「さて、ようこそ司様。あやかしの国へ。歓迎いたしますよ」 桜が手を握ってくる。これから本を読むのとは違った冒険が待ち構えていると思いながら、司も手を握り返した。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-14
Chapter: 第四話 月のしずくある月の綺麗な夜。 司は月に照らされた桜の花を眺めながら、酒を飲んでいた。お酌をしてくれる美しい女性の名も「桜」、桜の咲いているときだけ姿を見せる司の妻だった。司はふと気になったことを聞いてみた。「なあ桜」「はい?」「桜が咲いていないとき、お前はどうしているんだ?」「そうですね……」 桜は少し考えたあと、いたずらっぽく笑った。「あやかしたちの住む世界に行っている、と言ったら信じてくださいますか?」 司は一口また酒を飲むと、月に目を移す。「月がきれいですね」という勇気はなかったので、別のことを言った。「あやかしの世界、行ってみたいものだ」 哲学が専門だが妖怪の話が司は好きだった。だからこの言葉は本当だ。桜は少し考えたあと、やはり微笑んだ。「では行ってみますか? 母に会ってほしいですし」 その言葉に司はびくりとする。彼女の母親に会う。それは結婚してしまってからの挨拶ということで順番がおかしい。何事も礼儀作法を守りたい司としては気になるところだった。しかしこのまま挨拶しないわけにもいかない。司は、桜のついでくれた酒を一気に飲み干すと、覚悟を決めた。「わかった。会わせてくれ。お前の母に」「はい」 桜はうれしそうに微笑んだ。二人だけの静かな宴は、司に緊張感を与えたまま続いた。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-13
Chapter: 第三話 切なき別れ それからというもの、司は毎日のように桜の下へ通った。 そしていろんなことを話した。 司の通う大学のこと。 おいしい菓子のこと。 遠い異国の地のこと。 司が旅をした街のこと。 どんな話をしても、桜はいつも楽しそうにしてくれた。 それがうれしくて司はいろいろな話をした。 そうしている内に季節は移ろい、桜が散り始めた頃。 その日桜はどこか上の空だった。 司の話は聞いているようだったが、いつものように楽し気でかわいらしい笑みを浮かべてはくれなかった。 それが気になって、司は尋ねた。「その、どうかしましたか? なんだか元気がないようですが?」「いえ、その……」 桜は何かを迷うように言いよどみ、司の目を見ないまま告げた。「司様」「なんですか?」「もうここへは来ないでください」「え? どうして……」「ここへ来ても、もう会えないでしょうから」「なぜ」そう問いかけようとした司の目の前で驚くべきことが起こった。 桜の身体が半透明になり、後ろの景色が透けて見えたのだ。「これは、どういう……」「さようなら。司様。楽しい日々をありがとう」 消えていく桜を捕まえようと、司は腕を伸ばした。しかしその腕はただ虚空を掴んだだけだった……。◆◆◆ 桜が突然消えてしまった次の日。 司は再び桜の大木の下を訪れた。 しかしそこに桜の姿はなく、美しかった桜もすっかり散ってしまっていた。 司の胸がぎゅっと締め付けられた。(もう桜には会えないのだろうか?) 司は痛む自身の胸を左手で強く掴んだ。そして透き通るような青空を見上げた。 まるで何かを誓うように……。◆◆◆ それからも毎日、司は桜の大木の下を訪れた。しかし桜と会うことはできなかった。それでも、それでも毎日通い続けた。 雨の降りしきる梅雨の日も。 太陽の照り付ける夏の日も。 木々を揺らす嵐の日も。 切なさを誘う秋の日も。 雪積もる冬の日も。 そして桜のつぼみが芽吹いた新春の日も。 毎日、毎日通い詰めた。 そんなある日、司の研究が認められる日が来た。研究の内容は「愛の比較研究――日本と西洋の違い」だった。司はそのことを報告するため、桜の大木の下を訪れた。もちろんそこに、桜の姿はなかった。それでも司は報告したかった。「桜さん。ようやく僕の研究が認められました。全
Terakhir Diperbarui: 2025-03-27
Chapter: 第二話 儚き日々 天女のような女性、桜と出逢った次の日、司は胸の高鳴りと共に目を覚ました。 夢の中でも桜に会っていたような気がした。 そう、あの美しくも切ない瞳が彼を射貫き、また金縛りにあってしまいそうだった。 それでも心臓だけはうるさく早鐘を鳴らしていた。 ふと司は思った。昨日の出逢いは現実だったのだろうか、と。 まるで白昼夢を見ていたかのようだった。 それくらい桜という女性は儚げで、とてもこの世のものとは思えなかったのだ。 その日は結局桜のことが気になって勉学にも集中できなかった。 大学で愛について研究している司だったが、この桜への気持ちと胸の高鳴りはどんな偉人の言葉でも説明がつかないように思えた。 そんな大学からの帰り道、司は行きつけの和菓子店に寄った。 桜にもう一度会うのに、手ぶらではいけないと思ったからだ。 ガラスケースの向こう側に並べられた色とりどりの菓子たちの中に、桜を思わせる小さく美しい練り切りがあった。 司は迷わずそれを購入した。 そして桜並木を通って、昨日上った石の階段のある場所に向かった。 果たしてそこに山に上るための階段はあるのだろうかと、一抹の不安を抱えながら。 結局、そこに階段はあった。 昨日のことが夢ではなかった証拠を一つ得て、司は足取りも軽く階段を上って行った。 彼の耳に、昨日と同じ美しい音色が届き、彼の胸を高鳴らせた。 急いで階段を上りきると、そこには美しい桜の大木と天女のような女性がいた。「桜……さん」 司は小さな声で声をかけた。邪魔をしていいものか悩んだからだ。 それでも桜は気づいたようで、笛を吹くのをやめ、瞼を開いた。そして司を認識するとふんわりと、しかし儚げに微笑んだ。「司様。また来てくださったのですね」「ええ。約束しましたから。そうだ。今日はお土産があるんです」 どこまで近づいていいものかと恐る恐る桜に近づくと、司は和菓子店の包みを開いてみせた。「まあ。とてもきれいですね。これをわたくしに?」「はい。この菓子を見たとき、あなたを思い出して……」 そこまで言ってから司は、遠回しに桜が美しいと言ってしまったような気がして、顔を紅くした。「ありがとう。とてもうれしいです」 桜は愛するものを見るような優しい瞳で練り切りを見つめた。「いただいてもよろしいですか?」「ええ。もちろん」
Terakhir Diperbarui: 2025-03-27
Chapter: 第一話 出逢い しとしとと、雨が降っていた。 そんな中、番傘を差して歩く青年がいた。 青年の名は宮森司。とあるお屋敷に下宿しているいわゆる書生である。 スタンドカラーの白い書生シャツの上から茶色の着物を身に着け、紺色の袴を着つけている。 足元は白い足袋に黒い鼻緒の塗りの下駄だった。 白い足袋をからかわれることもあったが、彼は白い足袋を使い続けた。 二枚の歯がカランコロンと小気味よい音を奏でる。 彼の髪は短い黒色をしていて、丸眼鏡をかけた姿はどこにでもいる書生だった。 しかしその瞳は黒曜石のように輝いており、彼の学問に邁進する心を表しているようだった。 ふと彼の耳に、美しい笛の音が聴こえてきた。 その音色はあまりにも美しく、そして儚げだった。 一瞬で虜になってしまった司は、キョロキョロと辺りを見回し、音色の出どころを探した。 すると山に続く石の階段を見つけ、その上から音色が聴こえていることに気付いた。 そして音色に導かれるように、彼は階段を一段飛ばしに上っていったのである。◆◆◆ 階段を駆け上ると、そこには大輪の花を咲かせる一本の桜の木があった。 その桜のあまりの美しさに、司は息を飲んだ。 その間も桜は雨に打たれ、ひらひらとその花びらを散らしていく。 司が再び息をできるようになるころ、桜の木の根元に一人の女性がいることに気が付いた。 まるで天女のような女性だった。 長くつややかな黒髪は腰まで伸び、その肌は透き通るように白い。 その白い肌に薄紅色の着物が映えていた。 そんな天女を、司はただ黙って見ていた。 見とれていた、といってもいい。 天女は司の視線に気づき、吹いていた笛から口を離した。そして彼を見つめる。 司と同じようで違う、吸い込まれるような黒い瞳が彼を捉えたのだ。 次いで天女はにこりと微笑んだ。その微笑みが司の金縛りを解いてくれた。「う、美しい音色でした」 絞りだすように司が言った。「ありがとう。あなたはこの笛の音色を聴くことができるのですね」 笛の音色くらい、誰でも聴けるだろう。司は頭に疑問符を浮かべた。「……? それはもちろん。あまりに綺麗な音色でしたので、聴き入ってしまいました」「この音色を美しく感じたのなら、きっとあなたの心は美しいのでしょうね」「そ、そんなことは……」 天女との会話はどこか不自然な
Terakhir Diperbarui: 2025-03-27
Chapter: みんなでお花見 永い永い夢の中をまどろんでいたアヒルさん。でもずっとずっとずっと、だれかに呼ばれている気がしました。だからアヒルさんはがんばって目を開きました。するとそこには泣きながらも笑う、カラスの子とこっこちゃんがいました。「どうして……」 泣いているんくわ? という言葉は声になりませんでした。カラスの子とこっこちゃんに抱き着かれたからです。2人に抱き着かれたアヒルさんは、そのぬくもりにほほえみました。 優しいものがたりは、これからも続きます。 というわけで、カラスの子とコッコちゃんはアヒルさんの回復祝いをすることにしました。 アヒルさんのおうちの庭には、唯一人間界から持ち込みアヒルさんが育てた大きな桜の木がありました。 その木の下にレジャーシートを敷いて、コッコちゃんががんばって用意したごちそうを並べます。 いつもは料理をするアヒルさんも今日はお祝いされる側、しずかに桜の木の下でさくら色をしたジュースを飲んでいました。 アヒルさんにカラスの子が質問します。「アヒルさん、アヒルさん、この桜の木にはどんな想い出があるんですかあ?」「くわ? そうくわなあ。この木はくわが人間界から逃げるとき、助けてくれた存在からもらった小さな木から育てたのくわ。いつの間にかおっきくなったがなあ。くわくわ」「……人間界、やっぱり怖い場所なのかあ?」「……人間にもいろいろいるくわが、凶悪なのが多いくわな」「そうなのかあ」 人間とお友達になってみたいカラスの子はざんねんそうです。「まあまあこけこけ、とりあえずたべましょうこけ」 コッコちゃんがお通夜ムードを盛り上げます。 新鮮な卵を使った野菜の揚げ物をカラスの子に勧めます。「いただきます。……おいしいかあ!」「こういった「料理」をつくったのも人間くわあ」「かあ? 人間って不思議かあ」 カラスの子が首をかしげる中、お花見は続きました。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-12
Chapter: 永い夢 それからカラスの子と白カラスの盛大な結婚式が開かれました。お后様をえたカラスの子は成長し、立派な王様になりました。そしてたくさんの子宝にも恵まれました。 カラスの子はアヒルさんへの今までの感謝の気持ちを込めて、彼にナイトの称号を与えました。なんとカラス以外がカラスの国のナイトになったのは初めてのことでした。そしてナイトになったアヒルさんはいつまでもカラスの子と一緒にいて、公私ともにカラスの子を支えました。 さてひよこのコッコちゃんも立派なにわとりになりました。そして熱烈な求婚をへてアヒルさんと結婚しました。にわとりになったコッコちゃんは毎日カラスの国に朝を伝えるお仕事をすることになりました。 そんなたいへんながらも楽しい日々は過ぎていき、アヒルさんはかつてカラスの子と過ごしたアヒル帝国の家に帰ってきていました。アヒルさんは重い重い病気になってしまったからです。 アヒルさんはかつてカラスの子と一緒に寝た思い出のベッドで、ぐったりと横になっていました。その周りにはカラスの子とコッコちゃん、そしてアヒルさんとコッコちゃんの子どもがいました。「かあ……死なないでアヒルさん……」「……もう、おまえはひとりぼっちじゃないからだいじょうぶくわ」「そんなこと言わないでかあ……父さん……」 カラスの子はずっと呼びたかった呼び方でアヒルを呼びました。「父さん」と呼ばれたアヒルは少しだけ微笑みました。「……ノワール、コッコ、そしてくわが子よ。楽しかったぞ」 そういってアヒルさんは目を閉じました。カラスの子やコッコちゃんたちが泣いているような気がしましたが、アヒルさんにはもうどうすることもできませんでした。 そしてアヒルさんは永い永い夢をみるのでした。生まれてから、今日までのことを。 カラスの子と過ごした日々。 コッコちゃんと過ごした日々。 すべてがアヒルさんの大切な思い出です。 優しい眠りの中でアヒルさんはとても、幸せでした。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-11
Chapter: カラスの子の嫁とり「こほこほ」 にわとりの里からカラスの国の宮殿に帰ってきたアヒルさんは、1人自室で咳をしていました。もともとヒナの頃にひどい環境でそだったアヒルさんはあまり身体が丈夫ではありませんでした。そんな折、部屋の扉がノックされました。「どうぞくわ」「失礼しますか。アヒルさん、相談があるかあ」「どうした?」「実は……」 カラスの子は1枚の写真をアヒルさんに見せました。そこには珍しい白いカラスが写っていました。「かあ、この子にひとめぼれしてしまいましたか! どうすればいいか?」「くわあ?」 アヒルさんもあまり恋愛関係は得意ではありませんでした。とはいえカラスの子の悩みをむげにもできません。「とりあえずラブレターを書くわあ」「かあ!」 さっそくつくえにむかったカラスの子は、アヒルさんの添削を受けながらラブレターを書きました。そうしてラブレターを送ったカラスの子ですが作戦は見事に成功。愛しの白カラスと文通にこぎつけました。しばらくは手紙のやり取りをつづけていましたが、カラスの子はアヒルさんのアドバイスで、お城で開かれる舞踏会に誘ってみることにしました。そして今日は舞踏会の日、カラスの子は朝から緊張していました。「そんなに固くなるなくわあ」「でもおでもおかあ」 そんな状態で舞踏会は始まりました。カラスの子がきょろきょろと白カラスを探すと、舞踏会のはじっこにちょこんといるのを見つけました。カラスの子は急いで駆け寄ります。「か、かあ! はじめましてか!」「はじめまして。カラス王様。この度はお招きいただき誠にありがとうございます」「あ、あの! かあと1曲踊っていただけませんか!」「もちろんです」 2人はしっとりとした曲が流れる中、ゆっくりとダンスを楽しみました。でもカラスの子は白カラスの羽を握ったことでドッキドキでした。2人の長くて短いダンスはやがて終わりを迎えました。でもカラスの子は白カラスの羽を離しません。白カラスは不思議そうにしましたが、カラスの子は意を決したように口を開きました。「……かあと、かあの、お后様になってくれませんかあ」 白カラスは驚きましたが、すぐに優しく微笑みました。「わたくしでよろしければよろこんで」「……え? ほんとにいいかあ?」「はい」「……やったかあ!」 カラスの子はうれしくて白カラスを抱きしめました。そ
Terakhir Diperbarui: 2025-04-10
Chapter: アヒルさんとコッコちゃんの出会い コッコちゃんの部屋で一行は、ジュースで乾杯をすると、お菓子を開けてプチパーティーを始めます。おいしいジュースとお菓子、そして楽しい会話に花を咲かせていると、ふとカラスの子が思いついたように尋ねました。「そういえばコッコちゃんとアヒルさんはどんなふうに出会ったのかあ?」「ぴよ? そうあれはアヒル帝国で夜ごはんをさがしていたとき……」◆◆◆ その日、コッコちゃんは森を歩いていたぴよ。 そうしたらおいしそうなにおいがしたのぴよ! コッコちゃん走ったぴよ! そうしたらアヒルさんのおうちがあったぴよ! アヒルさんがお庭でカレー作ってたのぴよ!「おいしそうなカレーぴよね!」 アヒルさんはコッコちゃんに見向きもしなかったぴよ。だからアヒルさんの周囲をぐるぐる回ってやったぴよ。「なんの用ぐわ」「そのカレーわけてぴよ!」「いやぐわ」「わけてぴよ!!」 コッコちゃんはまたアヒルさんの周りで騒ぎまくったぴよ。「……っ。わかったくわ。皿をもってくるくわ」「わーいぴよ」 コッコちゃんはさっそくアヒルさんの家から皿をもってきて一緒にカレーをたべたのぴよ。◆◆◆「これがコッコちゃんとアヒルさんの出会いぴよー。なつかしぴよー」 そのとき部屋の扉がノックされ、扉が小さく開きました。「こけ……カラス王様、一応夕飯を用意いたしましたこけが……」「かあ。それはありがたいかあ。ごちそうになってもよいのかあ?」「こけ……。粗末なものしかありませんこけがどうぞこちらにこけ」「ぴよー! ごはんぴよー! いくぴよ!」 コッコちゃんは2人を引っ張って食卓に向かいます。食卓にはホカホカのパンケーキが1人10枚重ねで用意されおり、たっぷりのバターとメープルシロップがかけられておりました。さらにベーコンとポテトも添えてあります。「わーい! いただきますぴよ! うん、うまい!」 コッコちゃんがガツガツ食べるのを見て、カラスの子とアヒルもフォークとナイフを持ち、「いただきます」をしました。そして一口。「甘くておいしいかあ」「くわ!」 3人は美味しくパンケーキを食べるのでした。
Terakhir Diperbarui: 2025-04-09
Chapter: にわとりの里「ぴよの故郷にいこーよぴよ!」 カラスの子が王様の仕事にすこしなれたころ、とつぜんコッコちゃんが言い出しました。カラスの子もアヒルさんも困惑しましたが、コッコちゃんが言い出したら聞かない性格なのを理解しているため、次のお休みの日にお忍びでコッコちゃんの故郷である〝にわとりの里〟に向かうことにしました。 にわとりの里はアヒル帝国から見て東にあり、朝日とともに大きな鳴き声がとどろくことから、朝の里とも呼ばれています。「ついたよついたよ! ここがぴよの故郷!」 コッコちゃんは里の入り口で楽しそうに踊りだします。「くわあ。ここに来るのはひさしぶりくわあ」「アヒルさんはここに来たことがかあ?」「くわ。まあ入り口までだがなあ」「さあ! いくぴよ!」 コッコちゃんはしゃべる二人の羽をつかんでずんずん進みます。まずは商店街をぶらりと散策です。「ここは里でいちばんの商店街ぴよ! そしてこれがあーー!」 コッコちゃんは三人分の飲み物を買ってきます。「ひよこの里名物! 生みたて卵のミルクセーキぴよ!」 ひよこから受け取ったアヒルさんとカラスの子は顔を見合わせてからストローを口にします。「あまい!」 二人は同時に言いました。「ぴよぴよ。それがいーのぴよー!」 コッコちゃんはおいしそうにごくごく飲むのでした。 そうしてひよこたちが歩いていると、ひときわ大きなにわとりに守られた、おしゃれなにわとりの一団をみかけました。「あ、あのにわとりたちはこの里で一番偉いうこっけーさんたちぴよな。ぼでーがーどをしているのは、里で一番つよいしゃもさんぴよ。ぴよもうこっけーさんみたいにきれーなにわとりになりたいぴよ!」 コッコちゃんの説明を聞きながら、アヒルさんとカラスの子は一団を眺めるのでした。◆◆◆ そしてコッコちゃんは自分の巣へ2人を案内しました。元気よく巣の扉を開けます。「ぱぱー! ままー! ただいまぴよー!」「あらあらこけこけコッコちゃん。おかえりなさい。……あら、そちらはこけ?」「ブランとノワールぴよ!」「こけ? ノワール? そういえば最近即位されたカラスの国の王様がそんな名前だったような?」「ぴよ? カラス王本人ぴよよ?」「こ、こ、こけえええええええ!?」「ぴよよ、今日ぴよの巣に泊めるからー」 コッコちゃんはいつでもどこでもマイペースな
Terakhir Diperbarui: 2025-04-08
Chapter: カラスとアヒルのお祭り「カラス王様。最初のお仕事はいかがいたしましょうか」 おじいさんカラスが聞きました。「かあ。かあはアヒル帝国に大変お世話になったかあ。まずは皇帝アヒルさんにお礼をしにいかあと思うかあ」「わかりました。会談の準備をすすめます」「かあ、アヒルさんもついてきてくれるかあ?」 アヒルさんはうなずきました。「ぴよ! コッコちゃんもいくぴよ! 皇帝アヒルさんがくれる食べ物はおいしいって聞くし!」 コッコちゃんも行く気まんまんです。「わかりました。ではアポイントメントをお取りします」◆◆◆ それから数日後、アヒルさん、カラスの子、コッコちゃん、おじいさんカラスはアヒル帝国の宮殿の前にやってきました。大きな門が開かれると、皇帝アヒル自らお出迎えしてくれました。「カラス王殿、ようこそくわ!」 皇帝アヒルは挨拶としてカラスの子にハグをしました。それからアヒルさんに声をかけます。「おぬしがカラス王殿を助けてくれたらしいな。大儀くわ!」「もったいないお言葉ですくわ」 アヒルさんはぺこりとお辞儀しました。「では応接間まで案内するくわあ」 気さくな皇帝アヒルに連れられて、一行は宮殿に入りました。きらびやかで立派な宮殿にカラスの子とコッコちゃんはあちこちきょろきょろきょろ。そうしている間にメイドアヒルの手によって応接間の扉が開かれました。先を歩く皇帝アヒルが上座に座ります。「よいしょくわ。さあ、みなさんお座りくださいくわ」 コッコちゃん、カラスの子、アヒルさんの順番で手近な椅子に座りました。おじいさんカラスはカラスの子の斜め後ろに立ちました。「かあかあ。この度はお目通り?いただけてうれしいです皇帝アヒルさま。改めまして20代目カラス王ですかあ」 カラスの子がたどたどしく挨拶します。「くわくわ。くわこそ初めての訪問先にくわが国を選んでくれてうれしく思うくわ」「アヒルさんやこの国にはたくさんお世話になりましたかあ。故郷と思ってますかあ」「くわ、くわが国と民はカラス王殿にどううつりましたかな」「みんないい人かあ。カラスとアヒル、もっと仲良くなりたいですかあ」「くわ。くわもみんな仲良くがいいと思うくわ。みんな兄弟姉妹くわ。そうくわ!」 皇帝アヒルは羽をぽんと打ちました。「20代目カラス王の就任のお祝いとして盛大なお祭りを両国合同でやろうく
Terakhir Diperbarui: 2025-04-07
Chapter: エピローグ わたしたちを…… 魔女の身体は永い眠りについた。本来ならば二度と蘇らないように燃やすべきだったが、少女たちの嘆願により、その身体は故郷に安置されることになった。この決定に、四方院四当主家の1つ白虎家の当主は門反対したが、宗主である四方院玄武の「死者を辱めてはならぬ」という鶴の一声で決まったのだった。 こうして桜夜は少女、サイカとの契約を果たし、少女たちを魔女の支配から解放した。そんな少女たちはというと……。 横浜にある桜夜の屋敷に居座っていた「キミたち、なんでここにいるの?」 母親の身体の安置のために一度は桜夜のそばを離れた少女たち。桜夜は自由に生きてくれと見送った。はずなのに彼女たちは再び来日し、桜夜を訪ねてきたのだ。「えへへ、それはね?」「わたくしたち、桜夜様にお伝えしたいことがあって」「いいか? 一回しか言わないからちゃんと聞いとけよ?」「わたしを」「わたくしを」「オレを」「お嫁さんにしてください!」「は?」 桜夜が面を食らっていると、少女たちが抱き着いてくる。その甘くてやわらかい身体は気持ちよく、桜夜は苦笑する。(結婚か……)『いつかぼくとけっこんしてくれる?』『あんたが立派なナイトになったらね、わんこ』 桜夜がさみしそうに笑ったのを、少女たちは気づかなかった。to be continued
Terakhir Diperbarui: 2025-04-23
Chapter: 第8話 三原色の祈り フェニキアと、桜夜と鳳凰の戦いは熾烈を極めた。フェニキアに桜吹雪を突き立てられればそれで決着なのだが、接近戦に持ち込むのが一苦労なのだ。 苦戦する桜夜と、傍観する母を見ながら、少女たちは祈るように両ひざをつく。「お母さん……」「死にたいなんて言うなよ……」「……母様はフェニキアの魔力に負け始めているのです。ですから……」 フェニキアを倒せば、母は死ぬかもしれない。しかしここで彼女たちが見ているだけでは、桜夜は死に、母も悪行を繰り返すだろう。ならば、そう少女たちは決めた。まだ母が優しかった頃に教えてくれたあの「魔法」を使おうと。3人の少女は膝をついたまま、両手を組み、祈りを捧げる。するとサイカから黄色い光が、ホムラからは赤い光が、リオからは青い光が溢れだし、フェニキアを包んだ。フェニキアは包み込む光に苦痛なのか暴れだす。しかし光が混じりあって白に変わる頃にはその動きを止めた。「三原色の祈り……」魔女が呟く。そして桜夜はフェニキアにできた隙を見逃さず、鳳凰の背中から飛び、フェニキアを頭から下半身まで一刀両断した。 声にならない断末魔をあげ、消滅するフェニキア。桜夜はすたりと着地すると、桜吹雪を鞘に納める。そして鳳凰は燃え尽きるように姿を消した。 そんな桜夜の視線の先では魔女が安らかに眠り、少女たちが泣いていた。to be continued
Terakhir Diperbarui: 2025-04-19
Chapter: 第7話 魔女とのお茶会 3日後の夜、不死身の魔女からの手紙はゲートを開いてくれた。恐らくこのゲートをくぐれば魔女と会えるのだろう。 不死身の魔女からのメッセージを受け取った桜夜は、すぐに宗主に報告した。宗主は大変面白がり、魔女との対話路線でいき、桜夜を使者という立場とした。 もちろん、少女たちは自分の母親の危険性をよく知っているので止めた。しかし桜夜は停戦交渉に行くと聞かなかった。 それを受けて少女たちも、母との決別のため同行すると言い出した。しかし桜夜としては母親側に寝返られては不利になると、一人でいくつもりだったが……。「桜夜さん、置いていかないでください」「そうだぞ!」「大丈夫。母からはわたくしたちがお守りします」 ゲートに飛び込む前に少女たちに見つかり、仕方なく4人で魔のお茶会にいくことにした。◆◆◆ ゲートの先は魔女の座る玉座の間だった。魔女は妖艶な笑みを浮かべて桜夜たちを迎えた。 本当にもてなすつもりがあったのか、血のように赤いワインとグラスが用意されていた。「いらっしゃい。ずいぶん娘(奴隷)たちと仲が良いようね」「お初にお目にかかります。お母様?」 桜夜は魔女ににこやかに言葉を返し、右手を自身の胸に当てながら頭を下げる。「ふふ、確かに面白い男ね。あんな出来損ないたちでよければくれてやるわ」「ありがとうございます。それではこのまま、ご息女たちと四方院家に手出ししないことをお約束いただけますか」「ええ、もう四方院家の秘密も娘も必要ない。そうあなたがいれば」 桜夜がぞくりと震えた瞬間、魔女が黒いイカズチを放ってきた。そのイカズチを鞘に入った桜吹雪で受け止めたものの、サイカの放つイカズチとはくらべものにならない威力だった。「……やめてお母さん!」 サイカが叫ぶも、魔女は桜夜から目を離さない。「あなたはフェニキアの分霊を倒した。それが出来るのは、不死者を殺せる者だけ」 魔女の言葉に桜夜は確信する。この魔女の願いは……。「さあ、私を殺しなさい。さもないと死ぬわよ」 黒の大洪水が桜夜を襲い、その水の中に彼を閉じ込める。 (くっ……息が……)「やめろクソババア!」 ホムラが叫び、ファイアボールを母親に投げつける。しかし魔女は除けもしない。その絶大な魔力と不死鳥フェニキアとの契約が自分を守ると確信しているからだ。「……なにを遊んでいるの
Terakhir Diperbarui: 2025-04-17
Chapter: 第6話 魔女からのメッセージ 背中に大やけどを負い、毒まで回ったはずの桜夜は、翌日にはけろっとした顔で朝食を平らげ、三人の少女を驚かせた。しかし彼の主治医は驚くでもなく、すぐさま彼を退院させた。 桜夜が寝ている間に宗主は方針を転換し、分家たちは宗家のある横浜に避難させることとなった。いわば戦力を一か所に集め、本土決戦をする構えである。 しかし桜夜は敵側の裏切り者を連れているという理由で宗家の屋敷への立ち入りを禁じられてしまった。仕方なく桜夜は少女たちを連れて、横浜みなとみらいの海の見えるホテルのスィートルームを経費で取り、少女たちを匿うことにした。「うわあ、海ですよ! 海!」 スィートルームから見える光景に一番興奮したのは水の魔女である青の少女、リオだった。 サイカはむしろ部屋の豪華な内装に興味を示し、ホムラは宗家立ち入り禁止に苛立ち、すぐにベッドでふて寝してしまった。本当に三者三様の姉妹だ、そう思いながら桜夜はソファに座った。 ふいにテレビに目を向けると、スイッチも入れていないのに映像が映りだした。そこには玉座のような椅子に腰かけた、黒い魔女を思わせるドレスに身を包んだ妙齢の女性が映っていた。すぐにサイカが叫ぶ。「お母さま⁉」 その叫びにふて寝していたホムラも、景色を堪能していたリオもテレビに目を向ける。『こんにちは、ブラックナイト。まずは分霊とはいえ、フェニキアを倒したこと、褒めてあげましょう』「そりゃどうも。美人に褒められてうれしいですよ」 不敵な笑みを浮かべる魔女に対して、桜夜もにやにや笑いながら返す。『あなた、似ているわね』「? 誰にだ?」『……いえ、そんなはずはないわね。……今日はお茶会の誘いよ』 どこからともなく風が吹き、桜夜の手元に封書が飛んでくる。桜夜はそれを手に取ると、紫のキスマークに「ババアのキスマークきもちわる」と思った。『三日後、会いに来なさい。約束するなら四方院を襲うのを待ってあげましょう』「いいですよ。約束します」 へらへらと約束する桜夜に、ホムラが詰め寄るが、魔女はにこやかに笑って通信を切った。 ただでは済まないお茶会が、始まる……。to be continued
Terakhir Diperbarui: 2025-04-16
Chapter: 第5話 炎の誓い 少女たち3人をくわえ一気にかしましくなった車は、次に狙われるだろう秋田の拠点を目指していた。青森からもっとも近い四方院家の分家、白井家の屋敷が目的地だ。 車内では少女3人と桜夜が後部座席を陣取り、赤木家から勝手に持ってきたトランプで遊んでいた。 そのあまりの緊張感の無さに、運転手はあきれ返っていた。「ああくっそ! なんで勝てないんだ!」 ホムラがトランプをぶちまけ、頭をかきむしる。「はっはっはっ」「なにわらってんだてめー!」 最初は普通にトランプで遊んでいた。しかし一喜一憂するホムラの様子が面白く、いつのまにか桜夜、サイカ、リオの3人が連合を組み、ホムラをいじ……かわいがっていた。 そうこうしている間にたどり着いた白井家の屋敷は、反社会組織も真っ青な完全武装状態で桜夜たちを出迎えた。 白井家の当主は相談役を名乗る若造が気に入らないらしく、挨拶にも出て来なかった。 それでも正式任務中の相談役は宗主の名代。キングサイズのベッドに専用のお風呂や洗面所、トイレなどが付いた最高級の客間を待機場所としてあてがわれた。 まあ外に出る必要のないこの部屋をあてがわれたのは隔離の意味もあるのだろうが。 部屋に入ると、ホムラの怒りは限界だった。「あー! ムカつく! なんだよこの家! 人が協力してやるっていってんのに邪魔者扱いしやがって!」「やめなさいホムラちゃん。はしたないですよ」 桜夜はホムラを見ながら苦笑した。「ごめん。僕がもう少し歳をとってれば君たちに不快な思いをさせずに済んだんだが」「けっ」 ホムラはそっぽを向いた。「とにかくいつ襲撃があるかわからなたいから今は休もう。君たちもベッドに来たらどうだ?」「はあ?! 誰がてめえなんかと同じベッドに入るか変態野郎!」 ホムラは早速噛みついたが、サイカとリオの態度は違った。赤くなりながらもあおたがいの顔を見ると頷き、桜夜の両隣に横になった。「なにしてんだよ! ねえちゃんたち!」「い、いや、休むのも大事かなって」「そうです」 そんな謎な状況でも桜夜はマイペースだった。「やっぱり若い子と寝るのはいいね。失った全盛期の霊力が戻るようだよ」「この変態! ねえちゃんたちになにかしたらゆるさないからな!」「阿呆、決戦前にそんな疲れることするわけないだろう」 疲れること そのワードでもう
Terakhir Diperbarui: 2025-04-15
Chapter: 第4話 朝食 リオとのキスのあと仮眠を取っていた桜夜は、鼻をくすぐる良い匂いで目をさました。掛け布団代わりにしていたマントとジャケットを床に落としながら起き上がり、あくびと伸びをする。油断も緊張もない、「自然体」、それが戦う者の心構えだ。ゆっくりと匂いの根源をたどると、そこは昨夜ココアを入れたキッチンだった。なんと三姉妹が朝食を作っていたのである。「あっ、桜夜さん……。えっと、おはよう、ございます……。すみません勝手にキッチンを借りてしまって。……どうしてもホムラちゃんがおなかが空いたと」「なっ、ねえちゃんたちも賛成してただろ!」「さっ、桜夜様のお席はこちらですよ」 三者三様の反応を見せる少女たち。まだ少し怯える黄色の少女、怒りっぽい赤の少女、そして早くも忠誠心があるように見せる青の少女。 そんな青の少女であるリオは、メイドよろしく桜夜のために椅子を引く。その席は当主席だった。今ここにいる人間のうち誰が一番偉いかを考えた上での行為なら、この少女なかなかあなどれない。そう桜夜は思った。しかしそんなことはおくびにも出さずに彼は「ありがとう」と席についた。「あの、よろしければ召し上がってください……」 黄色の少女、サイカが桜夜の前に食事を並べる。置かれたのはオムレツとベーコン、少量のサラダとトースト、そしてコーヒーだった。桜夜がどうしたものかと考えていると、赤の少女ホムラが桜夜の皿からトーストを1枚かっさらってかじってしまった。「もう、ホムラちゃん。桜夜様より先に食べちゃだめでしょう?」「け!」 ホムラは機嫌悪くトーストをかじり続ける。桜夜は苦笑いをしながら、「いただきます」と手を合わせた。 信用できない人間の作ったものは食べない。 そんな基本を守らない桜夜。 そこにはある理由があった。 彼がお人よしだからではない。 彼にはどんな毒も効かないからだto be continued
Terakhir Diperbarui: 2025-04-14