扉が閉まって誠が部屋を出ていったのを確認すると、優奈はそっと顔を向けた。あと半月耐えれば、もうここを離れられる。もう何を言っても無駄だと分かったから、無理に責める気も失せた。誠は、あのスクショや自分の妊娠検査の結果を全部見ていたはずなのに、一言の説明すらなかった。でもそれが逆にありがたかった。言い訳されて縋られても、もうその相手をする気力なんて残ってない。翌日、優奈は再び病院に出向き、渡航のための証明を再提出した。ただ、一部の書類は誠の会社に依頼する必要があり、仕方なくそちらへ足を運んだ。優奈が誠の会社を訪ねることは、実はこの八年でほとんどなかった。会議や残業に付き合うときくらいだった。エレベーターを降りた直後、若い女性社員たちの噂話が耳に入った。彼女たちは誠と雪乃の関係を囁き合っていて、「社長って佐藤さんのこと、めっちゃ甘やかしてるよね。秘書のためにお菓子棚まで用意したらしいよ」なんて言っていた。それ以上聞く気にもなれず、優奈は無言で社長室に向かった。そっと扉を開けると、誠のデスクの上に雪乃が腰かけ、二人の間には妙に親密な空気が漂っていた。誠は優しげな笑顔で果物をフォークに刺し、雪乃に食べさせていた。優奈は、初めて彼らの「現場」を目の当たりにした。あれだけ自分に優しかった恋人が、いま別の女に向けてその笑顔を見せている。悲しい、というより胸がざわついて、少し吐き気すらした。けれど優奈は、そのまま引き返すことなく扉を押し開けて中へ入った。予想外の訪問に誠の笑顔が凍りつき、立ち上がってどう反応すればいいか分からないような顔をした。雪乃も驚いた様子で誠の隣に立ち、気まずげにお腹をそっと撫でる――挑発のつもりだろうか。「ゆう、優奈ちゃん、なんでここに……」──パシン!優奈は近づいていくと、迷わず雪乃の頬を平手打ちした。その瞬間、社長室の空気が凍りついた。顔を押さえながら、信じられないという表情で優奈を睨みつける雪乃。誠は反射的に彼女をかばうように立ちはだかり、眉をひそめた。「何してるんだ」どこか怒りを抑え込んだような声だった。優奈は手を軽く振って、誠をじっと見つめながら言った。「ちょっと人としての礼儀を教えてあげただけ。会社の中で社長夫人気取りだって社員が言ってたけど……そろそろ
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