600メートルのトンネル。車窓の外を流れる街灯の光が、時折、隼人の顔を照らしていた。その表情がはっきり見えた。驚くほどストイックで、真剣なものだった。まだキスの余韻に浸る暇もないうちに、突然差し込んだ明るい光に隼人が身を引いた。トンネルを抜けたのだ。「ごめん……驚かなかった?」少しかすれた声。耳がほんのり熱くなって、思わず首を振った。「い、いいえ……」「僕、今まで……他の女性に触れたことがなくて」隼人は、どうやら私以上に緊張しているみたいだった。「だから……その、あんまり上手じゃなかったかもしれない」「隼人お兄ちゃんっ!」思わず大声を出してしまった。恥ずかしさで顔が熱くなった。運転席の前方、ドライバーが必死に笑いをこらえているのが見えた。隼人が低く、くすっと笑った。「嫌だった?」正直、こんな質問に他人の前で答えたくない。でも、隼人の瞳に浮かぶあの期待の色を見てしまったら、嘘でごまかすこともできなかった。「……嫌いじゃないよ」自分の声ですら聞こえないくらい、小さな声で答えた。その瞬間、隼人の顔がぱっと明るくなった。まるで雪に覆われた山野に、突然春が訪れたかのように。「全部、終わったね」隼人はそう言いながら、そっと私の手のひらに触れた。「おめでとう。生まれ変わったんだね」「ありがとう……」少しぎこちなくなりながらも、そう返した。なんとなく気まずくなった空気の中、隼人がタイミングよく話題を変えた。「例のブツ、ちゃんと手に入った?」鉢植えの中に仕込んでいた小型カメラを見せた。「うん、やっぱり気づいてなかったみたい」少し前、自分の動きを確認するために、鉢植えにカメラを取り付けていた。映像はメモリーカードに保存してある。一つひとつの動作、動きの流れすべてが映っている。誰がこのダンスを創ったのか、ダンスの素人でも分かるはずだ。すぐにネットに投稿することもできたけど、私はあえて急がなかった。奈緒に、自分から謝る時間をあげたかった。人柄はともかく、彼女のダンスの技術は確かに悪くない。国内でも上位に入る実力者だと思う。今回の件が公になれば、彼女は間違いなく業界からの制裁を受けるだろう。だからこそ、一度だけチャンスをあげた。でも、結果的にそれは、情け
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