All Chapters of 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー: Chapter 21 - Chapter 24

24 Chapters

3話 ピンクのバラの花束を《4》

小さく舌を出して、ぷいっとそっぽを向いて離れると、片山さんの情けない声が聞こえた。「えっ、ちょっ、ごめんって」「しりませーん」と背中を向けたままカウンターに戻ると、ちょうど静さんが立ちあがったところだった。「あっ、おかえりですか?」「ええ、今から映画を見に行く予定なの。篠原監督の、ほら」「あっ、戦場のバラ? テレビでもすごく宣伝してますよね!」いいなあ、とうらやましく見つめると、静さんは嬉しそうに笑って聡さんの腕を引く。「早く行こう? 始まっちゃう!」「はいはい。……俺、恋愛モノって全く興味なんだけどなあ」彼はすこぶる面倒くさそうに言いながら、丁度の金額をカウンターの上に置いた。そんな様子にも、静さんは嬉しそうに頬を綻ばせる。「ありがとうございました」必要以上にくっつくこともなく、ただ隣で彼の袖にそっと触れる……それだけなのに。あの人が連れてる他の女性の誰よりも、幸せそうに笑ってる。温度差を感じてただただ、苦しい、そんな二人の背中を見送った。静さんがいつもと違う様子で店を訪れたのは、それから一週間後のことだった。「いらっしゃいませ」私が笑顔で迎えると、いつも通りに笑ってはくれた。だけど、それはどこか弱々しく覇気がなく、いつもならカウンターに座るのに、今日は窓際のテーブル席だった。「今日は、待ち合わせですか?」「そうなの。ちゃんと来るかしらね……」水のグラスを目の前に置いて尋ねると、肩を竦めて冗談ぽく言ったけど。来ますよ、当然じゃないですか、って。その場しのぎの慰めみたいで口に出すのを躊躇ってしまった私を、静さんが見上げて笑った。「なんで綾ちゃんが泣きそうなのよ」「えっ? いえ、そんなことないですよ?」「すごく心配って顔に書いてある」私って、そんなに顔にでるのかな?「すみません」と頬を摩りながら悄然としていると、クスクス笑われてしまった。「あの人、約束は破ったことないのよ。ただ、今日は大事な話があるって言ったから……逃げるかもねって、思っただけ」「そう、なんですか」当然、どんなお話なのか尋ねるわけにはいかないから相槌だけ打ったけれど、もしかして別れ話だろうかと気になって仕方がない。だけど静さんからはそれ以上話は続かず、ホットミルクのオーダーを承って会話は終わってしまった。カウンターからテーブル席を見
last updateLast Updated : 2025-04-02
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3話 ピンクのバラの花束を《5》

「勿論、喜んで。どれくらいの大きさにしましょうか? 予算とかありますか? 他の色味もいれます?」静さんの表情が、何かを振り切ったかのようにぱっと鮮やかに華やいだ。だから私も張り切って静さんの隣に立って他の花を見渡す。だけど彼女は、頭を振ってピンクのバラを指差した。「この花だけでいいわ、予算も気にしないから、嫌味なくらい大きな花束を作って」「嫌味なくらい、ですか」「全部使ってくれてもいいわよ」「ええっ?!」驚いて静さんの顔を思わず振り仰いだ。憂いは、もう見えない。だけど、妖艶で悪戯な表情を初めて見せる静さんに、女の私がなぜかどきどきしてしまった。 聡さんが来たのは、それから三十分が過ぎてからだった。店にもうお客様はいなくなって、そろそろクローズにするか一瀬さんに聞こうかと思い始めた頃になって、カランコロンとカウベルが鳴る。「こんばんは、綾ちゃん」へらへらと笑って入口付近で立ち止まる聡さんに、カフェ側に居た私は「いらっしゃいませ」の言葉も出ずに歩み寄る。聡さんはわざとらしく店内を見渡してから言った。「静、帰っちゃったかな? 待ち合わせだったんだけど」「もう、とっくに帰られました」あきらかに素っ気ないはずの私の声にも、懲りることなく彼はレジカウンターの中に入る私に近づいてくる。「ああ、残念行き違っちゃったかな。じゃあ、もう仕方ないし」「……」「もう、閉店でしょ。綾ちゃん、これから食事でもいかない?」それを聞いた途端、堪忍袋の緒が切れるというのはこういうことかと思うくらい、自分の中で何かが爆発するのがわかった。「静さん……ずっと、待ってたんですよ?!」お客さんがいないこともあり、つい声を荒げる私に、彼は眉を顰める。だけど完全に頭にきていて、何も見えなくなっていた。私はレジ横に置いてあった静さんに託された花束を手に取ると、彼にやや乱暴に押し付ける。ピンクの花びらが一枚、彼の足もとにひらりと落ちた。「な、なんだよこれ」「頼まれたんです! せめてそれくらい受け取ってあげてください」たかがカフェの店員に、なぜこんなことを言われなければいけないのか……不服そうに顔を歪めたのは、なんだかそれだけでは無さそうに見えた。どこか、ばつが悪そうな表情にピンと勘が働く。わざとなんだ、やっぱり。「なんで……なんで約束守らなかったん
last updateLast Updated : 2025-04-04
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幕間《1》

【番外編:お客様色々ショートショート】 静さんと聡さんがラブラブになってからどうも、このカフェのお客さんはカップルが増えたような気がする。カラコロと今日もカウベルが来客を知らせてくれた。 「いらっしゃいませ」 顔を上げると、とびきり美男美女のカップルが入ってきた。多分、新しいお客さんだ。女性はすごく可愛らしい人だけど、なんだかぷりぷり怒ってる様子だった。 「普通する?! あんな道端で!」 ほんのり頬を赤く染めて、怒った顔もなんだか可愛らしい。くつくつと笑いながらほんの少し後ろを歩くスーツの男性もとても綺麗な人だった。 「結構見るけどな? 路地裏だと」「私はしないの! 最低、知らない人に見られたし」 テーブルについても女性はまだ唇を尖らせて文句ばかり連ねている。どうも、彼氏さんが路地裏で何かして怒らせたみたいだけど。彼氏さんの方は怒った彼女も好きで仕方ないみたいで、向い側から手を伸ばして髪を撫でるその横顔が、とても優しい。彼女さんに、振り払われてるけど。 「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」 なんか二人の空気を邪魔するのが申し訳ないけど、私には注文を聞かなければならないという仕事がある。グラスを二つとんとん、と置くと彼女さんがメニューを眺めながら言った。 「これ、ブーケは好きな花を選べるの?」「あ、はい。今はこの三つから選んでいただいてて……」「なんだかんだ、春妃も可愛いもの好きだよな」 彼女さん……春妃さん、と
last updateLast Updated : 2025-04-05
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幕間《2》

彼女さんも彼氏さんもお互い仏頂面で、向かい合っていても目線を合わせようとはしない。「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」気まずい空気の中、コトンコトンと水のグラスを置いて尋ねると。「「ホットで」」と声を揃えて返ってきました。お二人、なんだか反応が似ているというか……カップル、というよりもしやご夫婦なんでしょうか。二人、一瞬目を合わせたと思ったら、ふいっと彼女さんの方が目を逸らしてしまいました。なんだかはらはらしてしまうけど、私がどうにか出来ることでもありません。「かしこまりました」と、お辞儀して離れようとしたら。「いつまでもしょうもねぇな。いちいち真に受けるなよ」「……わかってるわよ。だから何も言ってないじゃない」あわわわわ。喧嘩が始まってしまいました。「言ってなくても顔に出てる」言われてむっとした彼女さんが、また黙り込んでそっぽを向いた。よくよく見ると、目がじわーって……あああ、目が潤んでしまってますけど……。立ち去るに立ち去れなくて、いやオーダーはもう聞いたのだから、中途半端にここで立ってるほうが失礼なのだけど!ハラハラして見守っているというのに……あろうことか彼氏さんは、彼女さんにさらに追い打ちをかけたのだ。「……ほんと、めんどくせえ」ガン!とショックを受けたのは彼女さんだけじゃない、私もだ。だって、まさか半泣きの彼女さんにそんな酷いこと言う人がいるなんて……。えええええ……。慰めるとかせめて宥めるとか、そういうのはないんですか?彼女さん、涙目どころかすっかり意気消沈して背中に影を背負って俯いてしまいました。私は中途半端に立ち去りかけた、少し離れた距離で身体半分振り向いて見守って……あ、いけないいけない。オーダーを早く伝えに戻らなくちゃ。それに……先日、聡さん静さんの一件で、一瀬さんに怒られたばかりです。余計な口出しをして、お客様を怒らせたらいけません。はい、至極当然普通のことです。私の方も意気消沈して、その場を今度こそ離れようとした時。「恵美……こんなとこで泣くな勿体ない」深々とため息と同時にですが、漸く彼氏さんが慰めるような言葉をかけたことにすごくほっと……って、え?勿体ない……ってどういう意味でしょう。結局立ち止まって振り向いてしまうと、彼氏さんが恵美さんをちょいちょいと指で
last updateLast Updated : 2025-04-07
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