小さく舌を出して、ぷいっとそっぽを向いて離れると、片山さんの情けない声が聞こえた。「えっ、ちょっ、ごめんって」「しりませーん」と背中を向けたままカウンターに戻ると、ちょうど静さんが立ちあがったところだった。「あっ、おかえりですか?」「ええ、今から映画を見に行く予定なの。篠原監督の、ほら」「あっ、戦場のバラ? テレビでもすごく宣伝してますよね!」いいなあ、とうらやましく見つめると、静さんは嬉しそうに笑って聡さんの腕を引く。「早く行こう? 始まっちゃう!」「はいはい。……俺、恋愛モノって全く興味なんだけどなあ」彼はすこぶる面倒くさそうに言いながら、丁度の金額をカウンターの上に置いた。そんな様子にも、静さんは嬉しそうに頬を綻ばせる。「ありがとうございました」必要以上にくっつくこともなく、ただ隣で彼の袖にそっと触れる……それだけなのに。あの人が連れてる他の女性の誰よりも、幸せそうに笑ってる。温度差を感じてただただ、苦しい、そんな二人の背中を見送った。静さんがいつもと違う様子で店を訪れたのは、それから一週間後のことだった。「いらっしゃいませ」私が笑顔で迎えると、いつも通りに笑ってはくれた。だけど、それはどこか弱々しく覇気がなく、いつもならカウンターに座るのに、今日は窓際のテーブル席だった。「今日は、待ち合わせですか?」「そうなの。ちゃんと来るかしらね……」水のグラスを目の前に置いて尋ねると、肩を竦めて冗談ぽく言ったけど。来ますよ、当然じゃないですか、って。その場しのぎの慰めみたいで口に出すのを躊躇ってしまった私を、静さんが見上げて笑った。「なんで綾ちゃんが泣きそうなのよ」「えっ? いえ、そんなことないですよ?」「すごく心配って顔に書いてある」私って、そんなに顔にでるのかな?「すみません」と頬を摩りながら悄然としていると、クスクス笑われてしまった。「あの人、約束は破ったことないのよ。ただ、今日は大事な話があるって言ったから……逃げるかもねって、思っただけ」「そう、なんですか」当然、どんなお話なのか尋ねるわけにはいかないから相槌だけ打ったけれど、もしかして別れ話だろうかと気になって仕方がない。だけど静さんからはそれ以上話は続かず、ホットミルクのオーダーを承って会話は終わってしまった。カウンターからテーブル席を見
Last Updated : 2025-04-02 Read more