All Chapters of 君と花を愛でながらー消えない想いを胸に閉じ込め、私はそっと春を待つー: Chapter 21 - Chapter 30

35 Chapters

3話 ピンクのバラの花束を《4》

小さく舌を出して、ぷいっとそっぽを向いて離れると、片山さんの情けない声が聞こえた。「えっ、ちょっ、ごめんって」「しりませーん」と背中を向けたままカウンターに戻ると、ちょうど静さんが立ちあがったところだった。「あっ、おかえりですか?」「ええ、今から映画を見に行く予定なの。篠原監督の、ほら」「あっ、戦場のバラ? テレビでもすごく宣伝してますよね!」いいなあ、とうらやましく見つめると、静さんは嬉しそうに笑って聡さんの腕を引く。「早く行こう? 始まっちゃう!」「はいはい。……俺、恋愛モノって全く興味なんだけどなあ」彼はすこぶる面倒くさそうに言いながら、丁度の金額をカウンターの上に置いた。そんな様子にも、静さんは嬉しそうに頬を綻ばせる。「ありがとうございました」必要以上にくっつくこともなく、ただ隣で彼の袖にそっと触れる……それだけなのに。あの人が連れてる他の女性の誰よりも、幸せそうに笑ってる。温度差を感じてただただ、苦しい、そんな二人の背中を見送った。静さんがいつもと違う様子で店を訪れたのは、それから一週間後のことだった。「いらっしゃいませ」私が笑顔で迎えると、いつも通りに笑ってはくれた。だけど、それはどこか弱々しく覇気がなく、いつもならカウンターに座るのに、今日は窓際のテーブル席だった。「今日は、待ち合わせですか?」「そうなの。ちゃんと来るかしらね……」水のグラスを目の前に置いて尋ねると、肩を竦めて冗談ぽく言ったけど。来ますよ、当然じゃないですか、って。その場しのぎの慰めみたいで口に出すのを躊躇ってしまった私を、静さんが見上げて笑った。「なんで綾ちゃんが泣きそうなのよ」「えっ? いえ、そんなことないですよ?」「すごく心配って顔に書いてある」私って、そんなに顔にでるのかな?「すみません」と頬を摩りながら悄然としていると、クスクス笑われてしまった。「あの人、約束は破ったことないのよ。ただ、今日は大事な話があるって言ったから……逃げるかもねって、思っただけ」「そう、なんですか」当然、どんなお話なのか尋ねるわけにはいかないから相槌だけ打ったけれど、もしかして別れ話だろうかと気になって仕方がない。だけど静さんからはそれ以上話は続かず、ホットミルクのオーダーを承って会話は終わってしまった。カウンターからテーブル席を見
last updateLast Updated : 2025-04-02
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3話 ピンクのバラの花束を《5》

「勿論、喜んで。どれくらいの大きさにしましょうか? 予算とかありますか? 他の色味もいれます?」静さんの表情が、何かを振り切ったかのようにぱっと鮮やかに華やいだ。だから私も張り切って静さんの隣に立って他の花を見渡す。だけど彼女は、頭を振ってピンクのバラを指差した。「この花だけでいいわ、予算も気にしないから、嫌味なくらい大きな花束を作って」「嫌味なくらい、ですか」「全部使ってくれてもいいわよ」「ええっ?!」驚いて静さんの顔を思わず振り仰いだ。憂いは、もう見えない。だけど、妖艶で悪戯な表情を初めて見せる静さんに、女の私がなぜかどきどきしてしまった。 聡さんが来たのは、それから三十分が過ぎてからだった。店にもうお客様はいなくなって、そろそろクローズにするか一瀬さんに聞こうかと思い始めた頃になって、カランコロンとカウベルが鳴る。「こんばんは、綾ちゃん」へらへらと笑って入口付近で立ち止まる聡さんに、カフェ側に居た私は「いらっしゃいませ」の言葉も出ずに歩み寄る。聡さんはわざとらしく店内を見渡してから言った。「静、帰っちゃったかな? 待ち合わせだったんだけど」「もう、とっくに帰られました」あきらかに素っ気ないはずの私の声にも、懲りることなく彼はレジカウンターの中に入る私に近づいてくる。「ああ、残念行き違っちゃったかな。じゃあ、もう仕方ないし」「……」「もう、閉店でしょ。綾ちゃん、これから食事でもいかない?」それを聞いた途端、堪忍袋の緒が切れるというのはこういうことかと思うくらい、自分の中で何かが爆発するのがわかった。「静さん……ずっと、待ってたんですよ?!」お客さんがいないこともあり、つい声を荒げる私に、彼は眉を顰める。だけど完全に頭にきていて、何も見えなくなっていた。私はレジ横に置いてあった静さんに託された花束を手に取ると、彼にやや乱暴に押し付ける。ピンクの花びらが一枚、彼の足もとにひらりと落ちた。「な、なんだよこれ」「頼まれたんです! せめてそれくらい受け取ってあげてください」たかがカフェの店員に、なぜこんなことを言われなければいけないのか……不服そうに顔を歪めたのは、なんだかそれだけでは無さそうに見えた。どこか、ばつが悪そうな表情にピンと勘が働く。わざとなんだ、やっぱり。「なんで……なんで約束守らなかったん
last updateLast Updated : 2025-04-04
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幕間《1》

【番外編:お客様色々ショートショート】 静さんと聡さんがラブラブになってからどうも、このカフェのお客さんはカップルが増えたような気がする。カラコロと今日もカウベルが来客を知らせてくれた。 「いらっしゃいませ」 顔を上げると、とびきり美男美女のカップルが入ってきた。多分、新しいお客さんだ。女性はすごく可愛らしい人だけど、なんだかぷりぷり怒ってる様子だった。 「普通する?! あんな道端で!」 ほんのり頬を赤く染めて、怒った顔もなんだか可愛らしい。くつくつと笑いながらほんの少し後ろを歩くスーツの男性もとても綺麗な人だった。 「結構見るけどな? 路地裏だと」「私はしないの! 最低、知らない人に見られたし」 テーブルについても女性はまだ唇を尖らせて文句ばかり連ねている。どうも、彼氏さんが路地裏で何かして怒らせたみたいだけど。彼氏さんの方は怒った彼女も好きで仕方ないみたいで、向い側から手を伸ばして髪を撫でるその横顔が、とても優しい。彼女さんに、振り払われてるけど。 「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」 なんか二人の空気を邪魔するのが申し訳ないけど、私には注文を聞かなければならないという仕事がある。グラスを二つとんとん、と置くと彼女さんがメニューを眺めながら言った。 「これ、ブーケは好きな花を選べるの?」「あ、はい。今はこの三つから選んでいただいてて……」「なんだかんだ、春妃も可愛いもの好きだよな」 彼女さん……春妃さん、と
last updateLast Updated : 2025-04-05
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幕間《2》

彼女さんも彼氏さんもお互い仏頂面で、向かい合っていても目線を合わせようとはしない。「いらっしゃいませ、ご注文はお決まりですか?」気まずい空気の中、コトンコトンと水のグラスを置いて尋ねると。「「ホットで」」と声を揃えて返ってきました。お二人、なんだか反応が似ているというか……カップル、というよりもしやご夫婦なんでしょうか。二人、一瞬目を合わせたと思ったら、ふいっと彼女さんの方が目を逸らしてしまいました。なんだかはらはらしてしまうけど、私がどうにか出来ることでもありません。「かしこまりました」と、お辞儀して離れようとしたら。「いつまでもしょうもねぇな。いちいち真に受けるなよ」「……わかってるわよ。だから何も言ってないじゃない」あわわわわ。喧嘩が始まってしまいました。「言ってなくても顔に出てる」言われてむっとした彼女さんが、また黙り込んでそっぽを向いた。よくよく見ると、目がじわーって……あああ、目が潤んでしまってますけど……。立ち去るに立ち去れなくて、いやオーダーはもう聞いたのだから、中途半端にここで立ってるほうが失礼なのだけど!ハラハラして見守っているというのに……あろうことか彼氏さんは、彼女さんにさらに追い打ちをかけたのだ。「……ほんと、めんどくせえ」ガン!とショックを受けたのは彼女さんだけじゃない、私もだ。だって、まさか半泣きの彼女さんにそんな酷いこと言う人がいるなんて……。えええええ……。慰めるとかせめて宥めるとか、そういうのはないんですか?彼女さん、涙目どころかすっかり意気消沈して背中に影を背負って俯いてしまいました。私は中途半端に立ち去りかけた、少し離れた距離で身体半分振り向いて見守って……あ、いけないいけない。オーダーを早く伝えに戻らなくちゃ。それに……先日、聡さん静さんの一件で、一瀬さんに怒られたばかりです。余計な口出しをして、お客様を怒らせたらいけません。はい、至極当然普通のことです。私の方も意気消沈して、その場を今度こそ離れようとした時。「恵美……こんなとこで泣くな勿体ない」深々とため息と同時にですが、漸く彼氏さんが慰めるような言葉をかけたことにすごくほっと……って、え?勿体ない……ってどういう意味でしょう。結局立ち止まって振り向いてしまうと、彼氏さんが恵美さんをちょいちょいと指で
last updateLast Updated : 2025-04-07
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幕間《3》

莉緒ちゃんはほんのり頬を染めながら、少し考える仕草をしたけれど。「やっぱり、いい。また次、来た時にする」と言ってくださいました!はい、是非また来てください、お二人で!カフェオレとホットコーヒーのオーダーを承って、一瀬さんが淹れてくださっている間に私はソーサーの準備をする。改めて店内を見渡すと、ほんとに今日はカップルさんだらけで……しかも、喧嘩しながら入ってきたカップルさんたちも、今は仲直りされてすっかりラブラブなご様子。店内の気温が上がってるんじゃないかと、思わず温度計を確認してしまいました。「あ、あのう……」カフェオレとホットコーヒーをテーブルにお届けにいくと、彼氏さんはお手洗いに行って莉緒ちゃんおひとりで座っていて。その莉緒ちゃんが、こそこそっと小さな声で、恥ずかしそうに私に尋ねる。「はい、何か?」「ここって、パワースポットだって聞いたんですけど、何かそう言われる理由とかあるんですか?」「…………はっ?」私の方が、初耳です!店員なのに!「なんですか、それ。初めて聞きました」「えっ……そうなんですか」莉緒さんは、ちょっと残念そうに首を傾げた。「恋愛限定のパワースポットだって、耳にしたんです。……カップルで来たら、幸せになれるって。だから、彼を……その……」何も言わずに、誘ってみたんです……と、顔を真っ赤にしてぼそぼそっと話してくれた。それを聞いて、改めて店内を見渡してみると。カップルばかりの来店で、今日はおひとり様が誰もいない状況で。しかも二組は、喧嘩しながらのご来店。それが今は……。莉緒さんが一度ちらりと他を見渡してから、目のやり場に困ったかのように俯いた。確かにこれは……今この瞬間なら、パワースポットだと言われても納得してしまうかもしれない。「その……お姉さんはここで勤めてどうです? なんか良いことがあったり……」「えっ……そ、そうですね……」良いことどころか、失恋しました……なんて言いにくい状況になってしまいました……。「残念ながら、彼氏がまずいないので……」と言って誤魔化すと莉緒さんはなんだか残念そうに眉尻を下げて。「す、すみませ……」「いえ、謝らないでください……なんか余計に」寂しくなります。涙でそうです。恋のパワースポットだなんて噂される場所で働いてるのに、彼氏が抑々いないなんて。
last updateLast Updated : 2025-04-08
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4話 一途なひまわり《1》

しとしとと雨が降り続く灰色の空の下、紫陽花の鮮やかな発色が心を少し晴れやかにしてくれる。窓の外から見える花壇には、春先のパンジーが終わって以来まだ何も植えられておらず、水を含んだ黒い土から雑草が生え始めていた。「マスター、次はここ、何か植えるんですか?」ダスターでテーブル席を拭きながら、カウンターに向かって尋ねる。「そうですね……秋になったらまた。パンジーか」「チューリップもいいですよ」スペースは結構あるから、両方植えるのもいいかもしれない。どちらも種類豊富な花だから、きっと賑やかな花壇になる。まだ植えてもいないのに、来年の花壇を想像して今からとても楽しみだった。「綾さん、休憩どうぞ」「はい、お先にすみません」一瀬さんに促されて厨房へと入っていく。ランチの時間が過ぎて客足が落ち着いた頃に、片山さんが作ってくれる賄いを交代で食べるのだけど……私は今、この時間がとても苦手だ。「片山さん、お昼いただきます」片山さんとどうしても、二人きりになってしまうから。忙しく何か作ってくれていたらまだ良いけれど、お客が落ち着いた時間なんだから当然、オーダーもない。「はいどうぞ」作業台に丸椅子を寄せて座ると、白いお皿にサンドイッチが乗せられて二つ並べて置かれた。「俺も食べよっと」そして、角を挟んで隣に座る。この距離間と角度が、苦手。向かい合わせに座るなら、作業台を挟むから距離ができる。真横に座られるなら、視線を合わせずにいられるしじっと見られても気付かないふりでいられる。でもこの位置関係では、距離は近い上に視界の隅に常に片山さんがいる。「おいしい?」「はい。片山さんのご飯はいつもオシャレで美味しいです」今日のお昼はアボカドサラダとサーモンの彩り可愛いサンドイッチ。「綾ちゃん、美味しそうに食べてくれるからほんと作りがいある」ほんとにすごく、美味しいんだけど……正直、居心地が悪い。片山さんがサンドイッチを片手にじっと私の方を見てるのが視界の左端に映っていて、つい視線をそちらへ動かすとばっちり目が合ってしまった。「早く食べないとお客さん来たら食べれなくなっちゃいますよ?」「食べてるよ、ちゃんと」私がつい、唇を尖がらせて文句を言っても片山さんは全く動じないし、半分私の方へ向けた身体の角度も変わらない。それどころか、尖がった私の口
last updateLast Updated : 2025-04-09
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4話 一途なひまわり《2》

食器を片付けて厨房を出るまでの間ずっと見られているみたいな気がして、ほんの僅かな時間なのに苦しくなるくらいに居心地が悪い。「綾ちゃん」「えっ」それじゃあ、と声をかけてカウンターに戻ろうとしたら呼び止められてびくびくしながら後ろを振り向いた。「今日、終わったら一緒に帰ろうよ」「えっ、でも。駅と片山さんのおうちと、反対方向じゃ」「いいでしょ、送るよ」「いえ、あの……」狼狽えながらも断り文句を探しているうちに、彼は重ねて言葉をつなぐ。「いいでしょ、俺も綾ちゃんとちゃんと話す時間がほしいだけ」そう言われると、自分が余りにも幼い理由で逃げているだけのように感じてまた、言葉を失った。カウンターに戻った私が、余程憔悴した顔をしていたのだろうか。一瀬さんが少し首を傾げて言った。「どうかしましたか?」「いえっ、大丈夫です! マスター、お食事行ってください!」慌てて笑顔でそう言ったけれど、わざとらしく取り繕ったように見えてしまったのかもしれない。無言で、珈琲を淹れてくれるのを見て、『あ、私の分だ』と、すぐにわかった。案の定、暫くカウンターで立ってグラスを磨いたりしていると作業台にカップを置き「どうぞ」と一言。「……ありがとうございます」一瀬さんの感情の読み取りにくい表情を、最初はすごく怖いと思ったけれど。今は逆に、安心してしまう。厨房へと入っていく背中を目で追いながら、私は珈琲の香りを深く吸い込み唇をつけた。ここで働くまで、珈琲がこんなに美味しいとは思わなかった。どちらかというと少し苦手で、砂糖やミルクを多めにいれて甘くしないと飲めなかったのに、今ならブラックでだって美味しく飲める。それだけじゃない。少しイライラした時や焦った時、落ち込んだ時、一瀬さんが度々淹れてくれる珈琲がなんだか安定剤代わりになっているような気がするくらい。香りを深く吸い込むと、どんなに波立って心も次第に凪いでゆく。そんな風に、感じるようになっていた。「顔はあんなに無表情なのにな」仏頂面で口を真一文字に結んだ怖い顔で淹れているのに。そう思ったら、なんだか少し可笑しくて「ぷぷ」と笑いながら、また一口珈琲を味わった。「それじゃ、お疲れ様です」閉店時刻を迎えて、少しの後片付けを手伝った後はいつもどおり一瀬さんに促されて、鞄を手に取った。一応……無視するわけ
last updateLast Updated : 2025-04-10
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4話 一途なひまわり《3》

外灯や店の灯りを反射して、色とりどりの光を放つ石畳道を進んで行くとそれほど長くかからずに駅につく。まだ人通りも多い時間で、ほんとに送ってもらうほどのことでもないのだけど。話上手な片山さんに乗せられたというべきだろうか。最初の緊張やら戸惑いやらはいつのまにかなくなって、話に夢中で歩調も緩くなる。「綾ちゃんは映画はあまり見ないの?」「最近はあまり。レンタルしてくることはよくありますけど」「じゃあ遊びに行くならどこ行きたい?」「あ、植物園がこないだリニューアルされてそこに今度行く予定なんですけど」「え、誰と?」「お姉ちゃんとです!」「ふうん……」ずっと笑顔だった片山さんが、少し面白く無さそうな顔をした。「『悠くん』は一緒じゃないんだ?」「えっ、どうかな、聞いてないですけど……」話をしたときは私とお姉ちゃんだけだったけど、いざ行くと悠くんも一緒だったりもよくあることだから、本当にその日になってみないとわからない。片山さんの不機嫌の理由は、わからないことはないけれど。それが、ほんとなのかただからかってるのかがわからない。以前は頼りにできる先輩で、男の人だなんて特に改めて思ったことはなかったけど……こういう会話になると、つい考えてしまう。早く、駅に着かないかな、なんて。「じゃあ、さ」「はい?」突然互いの手が触れあって、片山さんの手は少し、ひんやりとしていた。「デートに行くなら、どこに行きたい?」ああ、まただ。また、逃げ出したくなるような空気が漂って、私は手をひっこめようとしたけれどその指先を捕まえられた。「あ、あの、手……」「どこがいい?」「行ったことないから、わかんないです。それより手……」駅はもうすぐそこなのに、こんな際々でまた片山さんは恋愛モードに入ってしまって、私はまた狼狽させられる。「じゃあ、行先俺が決めていい? 今度の定休日空いてる?」「空いてます……じゃなくてなんで行く流れになってるんですかっ」「あ、流されなかったね……残念」あはは、と片山さんが笑って恋愛モードがまた解ける。ちょっとずつちょっとずつ、小出しにされてる気がするのは気のせいだろうか。少し空気は緩んだけれど、その隙にしっかりと指を絡めて手を繋がれてしまった。たかが、手だ。片山さんの手に一切触れたことがないかと言ったらそんなことはない
last updateLast Updated : 2025-04-12
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4話 一途なひまわり《4》

「え……っと」壁と片山さんに挟まれて、片手は繋がれたままで、逃げ場所がどこにもない。顔に集まる熱を感じながら、俯いて視線を逃がしたのは今度は私の方だった。空いた手が手持無沙汰に忙しなく、横髪を耳にかけて肩にかかった鞄の柄を握る。「嫌?」「嫌、っていうか。あの」ふざけてるのか真剣なのか、いつも片山さんはころころと雰囲気を変えるから真に受けていいのかわからない。ぎゅっと握ったままの鞄の柄を、何度も肩にかけ直した。手を握られたままの片手が、汗ばんできているのを感じて恥ずかしい。「……綾ちゃんから見て、やっぱり俺は軽そうに見えるんだ? だから嫌なの?」そう言った声が少し寂しそうに聞こえて、慌てて視線を戻した。「違います、そうじゃなくってっ!」「じゃあいいよね、行こう?」約束ね、と。私の手を持ち上げて口許に寄せる。「ひゃっ……」指先に、あたたかくて柔らかいものが触れて私は慌てて手を引いた。思いのほか簡単に手は抜けた。「あ、あのっ」「うん?」手は離れたけど、すぐ目の前に片山さんの顔があるこの状況には変わりない。ぐるぐると頭が混乱して、涙が出そうで。「も、帰らなきゃ。電車が」目の前もぐるぐるして、キスされた指先も顔も熱くて。片山さんの顔が、もうまともに見れなくて、横を駆け足ですりぬけて。逃げ出して、しまった。「あ、綾ちゃん!」片山さんの声を聞きながら路地を抜け出し、まっすぐ駅の改札まで走る。定期を出すのに手間取って、つい後ろを振り向いたら。「……っ」片山さんが少し後ろの方で、私に向かって手を振っていた。すごく、優しい笑顔で。多分私が走り去った後も、ちゃんと改札抜けるまで見守っててくれたのだと思うと、また胸がどきどきし始める。慌てて前を向いて駅のホームまで駆け上がったけれど。電車に乗ってる間もその鼓動は収まらなくてずっとそわそわしてしいた。さすがに私でもわかる。片山さんは、本気かからかってるのか兎も角として、私に好意を向けてくれている。家のある駅に着いてからも落ち着かなくて、いつもの倍以上のスピードで帰り道を歩いて玄関に飛び込んで。「あ、おかえり。今日は遅かったね」早歩きで帰ったのに遅いと言われて、それだけ片山さんとゆっくり歩いて話をしていたのだと気づいた。「お姉ちゃあん!」「えっ? 何?」ちょう
last updateLast Updated : 2025-04-14
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4話 一途なひまわり《5》

「マ、マスターとそんなんなるわけないでしょ。マスターからしたら私なんてお子様にしか……」「うん、それもあるし」自分で『お子様』って言ったのに、全く否定してくれないお姉ちゃんに結構ダメージは大きかった。どうせ私は子供っぽいですよ。……多分、世間一般の同年齢の子達よりも、私はこういったことに疎いのだと思う。もっとちゃんと、真剣にみんなの恋バナを聞いて置けばよかったと、今更ながら後悔した。「っていうか、論点ずれてる。片山さんかマスターか、じゃなくって。そんな簡単にデートしていいものなのかなって……」「いいじゃない、それでもしかしたらドキドキしたりして、恋が芽生えることだってあるよ? きっと」「……ドキドキしたら恋なの? そんな単純?」「わからないからって立ち止まってたらわからないままじゃない? あんまり怖がらないで、案ずるより産むがやすしっていうわよ?」つまりそれは。まずは、デートしてみろってこと、でしょうか。お姉ちゃんに相談しても、結局悩みはすっきりとはしないまま。お風呂を済ませて、お布団に入ってまた頭を悩ませる。一瀬さんから見ると私なんか子供だってそれはよくわかってるけど、片山さんだって私よりも五つ上だ。それに、かっこいい。あんな風に見つめられたり、指にキスされたりしたら……どきどきして当たり前だと思う。肌掛け布団を口許まで引き上げたら、指先が目に入ってまたどきどきがぶり返して、暫く眠れなかった。◇◆◇翌日、朝から片山さんと顔を合わせるのに、すごく緊張したけれど。「おはよ、綾ちゃん」「おはようございます」彼はいつも通り愛想のよい笑顔で、ケーキの番重をカウンターの上に置く。そして、いつものように、目の前に停めた車を駐車場の一番端に停め直しに行く。「……あれ?」間抜けな私は、その時に漸く気が付いた。彼は毎朝、車でケーキの番重を積んで出勤してくる。おうちのケーキ屋さんは歩けない距離じゃないけど、手で持って歩くには遠いし車の方が安定するから。当然、昨日も車だったはずだ。片山さんはあれから、一度店に戻ったのだろうか。「ああ、はい。一度戻って来られてから車で帰られましたよ」一瀬さんにそれとなく聞いてみたら、そう教えてくれた。だったらなんで車で送ってくれなかったんだろう。車なら駅まで三分くらいだし、昨日は降られはし
last updateLast Updated : 2025-04-15
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