All Chapters of 拝啓、あしながおじさん。 ~令和日本のジュディ・アボットより~: Chapter 261 - Chapter 270

281 Chapters

わかば園と両親の死の真相 page5

****『拝啓、あしながおじさん。 お元気ですか? わたしは今日、ちょっとヘコむ出来事がありました。 慰めてほしいわけじゃないけど、ただ聞いてもらいたくて。間違っても、次の手紙で励ましの言葉なんて送ってこないで下さい。久留島さんにもそう伝えてほしいです。 今日の放課後、短編集のゲラチェックが終わったので担当の編集者さんに横浜まで来てもらったんですけど。そこで言われたんです。「わたしが初めて書き上げた長編小説は本として出版できない」って。出版会議でボツを食らったって。 わたしはショックでした。自分では傑作を書いたつもりだったから。「これは絶対に本屋大賞とか芥川賞が狙える!」って本気で思ってたんです。それに、これはわたしにとって初めての大きな挫折でもあったから。 どこがダメだったのか理由を聞いたら、「セレブの世界の描写に不適切な部分や、わたしの個人的な偏見が含まれてる」んだそうです。わたし、確かに一部の人たち(珠莉ちゃんや純也さん、もちろんおじさまも)を除いたセレブの人たちに苦手意識はあるので、それを見透かされちゃったのかも……。 言われた直後はかなり落ち込んだし、わたしって才能ないのかも……なんて思いました。おじさまは買い被りすぎたんだ、とも。だから、わたしに先行投資したのもお金をドブに捨てたようなものなんじゃないか、って。でも、編集者さんが言ってくれたの。「先生はまだ高校生ですし、先生の作家人生はまだ始まったばかりなんですから。焦らず、じっくりといい作品を送り出していきましょう」って。次回作でもっといい作品を書けばいい、って。わたし、その言葉にすごく励まされました。一度挫折したくらいでこんなに落ち込んでてどうするんだ、って。 寮に帰ってから珠莉ちゃんにも読んでもらってアドバイスをもらったら、編集者さんと同じことを言われて「やっぱり」ってストンと納得できました。 だからもうこのことをバネにして、わたしは気持ちを切り替えました。次回作について、もう構想を練り始めてます。わたしはもう大丈夫! まだザックリとだけど、次回作はここを舞台にして書こうっていうのは決まったんです。さて、どこでしょう? ヒントはおじさまもよく知ってるあの場所です。さあ、シンキングタイムスタート! ……え、分からない? 正解は〈わかば園〉です。わたし、今回の失敗をふまえて次回
last updateLast Updated : 2025-03-19
Read more

わかば園と両親の死の真相 page6

 わたしね、両親が小学校の先生だったってことと、事故で亡くなったってことしか知らなかったんです。いくつっくらいの時からあの施設にいたのか、どうしてあそこで暮らすことになったのか、園長先生も施設の他の先生たちも何も話してくれなかった。多分、わたしがまだ幼かったから話しても理解できないと思ったんじゃないかな。 だから、この小説を書くためにもっともっとわたし自身のことを知りたい。両親が亡くなった事故のこと、施設に来た当時のわたしのことを、改めて園長先生から聞きたい。というわけで、今年の冬休みはわたし、久しぶりに〈わかば園〉へ帰ることにしました。そして二週間、そこで過ごそうと思います。 冬休みまではじっくり物語のプロットを練って、冬休みにわたし自身や両親のことを取材して、本格的に書き始めるのはその後になるけど、多分ジャンルとしてはノンフィクションに近くなるんじゃないかな。日常の些細な出来事や、高校へ進学できるって分かった時のことを書くつもりです。もしかしたら、おじさまも登場するかも? お楽しみに。 今度の小説は絶対に書き上げて、出版までこぎつけるつもりです。多分、わたしにしか書けない作品だと思うから。 わたし、気持ちの切り替えが早くなったでしょ? もう小さなことでウジウジ悩む、ネガティブなわたしじゃないから。さやかちゃんや珠莉ちゃん、純也さんに出会えたからこうなれたんだと思います。〈わかば園〉に帰ろうと思えるようになったのも、ポジティブなわたしになれたから。 そしてそれは、全部あなたのおかげです。ホントにありがとう。ではまた。  かしこ 九月二十五日     愛美』 ****  「――愛美さん、こちらは叔父さまに報告終わったわよ」  書き終えた手紙を折り畳んで封筒に入れていると、珠莉がスマホをかかげて愛美に報告してくれた。 「ありがと
last updateLast Updated : 2025-03-20
Read more

わかば園と両親の死の真相 page7

   * * * * ――その手紙を投函してから約二ヶ月が過ぎ、すっかり秋も深まった。 その間に愛美・さやか・珠莉は高校生活最後の大きなイベント――体育祭や文化祭を終え、珠莉は茶道部を引退した。愛美は文芸部の部長として部誌の編集長も務め、一部百五十円で販売。なんと二千部を売り上げた。  愛美が「しばらくそっとしておいてほしい」と伝えていたため、純也さんからメッセージが来ても彼女がボツを食らったことについては触れないでいてくれた。そして〝あしながおじさん〟からの慰めの手紙も来なかった。(……まぁ、おじさまから手紙が来ないのはいつものことだし) そんな中で愛美の初刊行作品となる短編集・『令和日本のジュディ・アボットより』の文庫本が無事発売され、初版の五千部はあっという間に完売。すぐに重版されたらしく、岡部さんもすごく喜んでいた。 そんな頃、学校から寮へ帰る途中の愛美のスマホに純也さんから電話がかかってきた。「電話なんて珍しいな……。もしもし、純也さん?」『もしもし、俺。純也だけど』 彼の第一声を聞いた愛美は、なんか〝オレオレ詐欺〟みたいだなと思って笑ってしまった。「うん、知ってる。――でも珍しいね、電話くれるなんて」『愛美ちゃんが落ち込んでるらしい、って珠莉からメッセージもらったからさ。でも、「しばらくはそっとしておいてあげて下さい」とも書いてあったから、どうしてるかなって心配してたんだけど。もう大丈夫そうだね』「うん。わたしは大丈夫だよ。すぐに立ち直れたから。でも、ずっと心配してくれてたんだね。ありがとう」『そりゃ、彼氏だから?』 彼が澄まして言うので、愛美はまた笑う。でも、ちゃんと気にしてくれていたことが嬉しかった。『――あ、そうだ、短編集買ったよ』「えっ、ホント? どうだった?」『すごく面白かったよ。久しぶりに本を読んで「楽しい」って感じられた。ありがとう、愛美ちゃん。俺との約束を果たしてくれて』「純也さん……。よかった、純也さんにも『面白い』って言ってもらえて。でもまだまだこれからだよ。わたし、もっともーっと面白い小説を書いて、純也さんに絶対読んでもらうから。もう次回作の題材も決まってるんだよ。書き始めるのは来年に入ってからだけど、楽しみにしててね」『へぇ、そっか。分かった、今から楽しみに待ってるよ』
last updateLast Updated : 2025-03-21
Read more

わかば園と両親の死の真相 page8

 純也さんはきっと、愛美がまだ少し落ち込んでいることに気づいているはずだ。だから、次の瞬間こんなことを言ってくれた。『愛美ちゃん、今度二人でショッピングにでも行かないか?』「えっ、ショッピング?」『うん。気持ちが落ち込んでる時には思いっきり買い物でもして、気持ちを紛らわせるのがいちばんだ。俺、何でも買ってあげるから、欲しいものがあったら何でも言いなよ』(えーっと、『あしながおじさん』の物語では確か……) ジュディが初めて挫折した後のクリスマスに、〝あしながおじさん〟から十七個ものプレゼントが送られてきた。あれもきっと、〝あしながおじさん〟=ジャービスが落ち込むジュディを励まそうとしてやったことなんじゃないだろうか? つまり、純也さんがしようとしていることはあれの現代版ということか。……そう解釈した愛美は、その提案に素直に乗っかることにした。「純也さん、ホントにいいの? そんなこと言ったらわたし、うんと高いものおねだりしちゃうけど、『あんなこと言うんじゃなかった!』って後悔しないでね?」『…………』 つい悪ノリをすると、純也さんが黙り込んでしまう。これはリアクションに困っているんだろうか?「あっ、ウソウソ! 冗談だよ。でも……せっかくだし、お言葉に甘えちゃおうかな」『うん、その方が俺も嬉しいよ。じゃあ……今度の土曜日、横浜でどうかな? 俺がそっちに行くよ』「ありがとう! こっちに来てくれるの? わたしが東京に行ってもいいけど、まだ東京のことはよく分かんないし。だからその方がいい」  せっかくの楽しいデートで迷子になっている場合じゃないので、彼の方が会いに来てくれるのは嬉しい。『分かった。じゃあ、土曜日の午後からでいいかな? 寮の前まで迎えに行くよ』「うん。――あ、そうだ。純也さん、あのね、次回作はわたしが育った施設を舞台にして書くつもりなの。でね、今年の冬休みは取材も兼ねて、施設で過ごすことにしたの。両親がどうして死んだのかも、園長先生から話を聞くつもり」 このことは、前に〝あしながおじさん〟への手紙にも書いたことだけれど、純也さんはどんな反応をするんだろう?『…………そっか。でももう決めたことなんだよね? じゃあ、気をつけて行っといで。……そういえば、ご両親が亡くなったのって愛美ちゃんがまだ物心つく前だって言ってたよね?』「えっ
last updateLast Updated : 2025-03-24
Read more

わかば園と両親の死の真相 page9

 ――その週の土曜日、愛美は純也さんとのショッピングデートを思う存分楽しんだ。 やっぱり自分のために彼のお金を使わせるのは忍びないとは思ったけれど、彼なりに落ち込んでいた自分を励ましてくれようとしている、その気持ちは嬉しかったから。 彼も愛美のために何かできることが嬉しかったらしく、愛美が「これ欲しい」と言えばどんな物でも買ってくれた。とはいえ、愛美もそんなに高価な物をねだったわけではなかったけれど。 そして、愛美にも分かった。彼がそうしてくれたのは、普段愛美を欺いていることに彼自身も苦しんでいるから、その罪滅ぼしでもあるのだと。(いつか、彼の口から本心が聞けたらいいんだけどな……。「わたしはちゃんと分かってたから、もう苦しまなくていいんだよ」って彼に言ってあげたいな) 二人でカフェで一休みしながら、そういえば、彼の筆跡を見たことがなかったなと愛美は思い出す。 連絡を取り合うのはいつも電話かメッセージアプリでのやり取りだから、そもそも彼の書いた文字を見る機会がなかったのだけれど。もし文通でもしていたら、彼はどうやって筆跡をごまかす気でいたんだろう?(まあ、〝あしながおじさん〟の直筆だって一回しか見たことなかったし。あれだけじゃ筆跡を変えたかどうかわたしにも分かんなかっただろうけど) 彼の〝あしながおじさん〟としての直筆を目にしたのは、インフルエンザで入院していた時にお見舞いとして送られてきたメッセージカードだけだった。あの筆跡は、わざと変えてあるように見えなくもなかったけれど……。プロの鑑識職員でもない限り、本当に筆跡を変えたのかどうかを鑑定することはできない。(……そういえば純也さんって、タワマンに住んでるんだっけ。あー、住所見て気づくべきだった) 〝あしながおじさん〟の住所――というか末尾の部屋番号は二七〇五号室。つまり、タワーマンションの部屋番号でしかあり得ないのだ。珠莉から「純也叔父さまはタワーマンションでひとり暮らしをしている」と聞いた時にピンときていてもおかしくなかったのに。(わたしってけっこう抜けてるのかも……)「――愛美ちゃん、どうかした? なんかずっと黙りこくってるけど、疲れちゃったかな」 純也さんに話しかけられていることにようやく気づいた愛美は、考えことから抜け出した。「……えっ? そんなことないよ!? 大丈夫、ちょ
last updateLast Updated : 2025-03-25
Read more

わかば園と両親の死の真相 page10

 なるほど、十五歳くらいだったら新聞やTVなどでニュースも目にするだろうし、記憶に残っていてもおかしくない。まして、そんな大事故だったならなおのこと、受けた衝撃も相当なものだっただろう。 「でも、わたしの両親がホントにその事故で命を落としたとは限らないよね? なのに、どうしてそう思ったの?」「その事故の後――実をいうと飛行機事故だったんだけど、搭乗者名簿が公表されててね。確か、その中に『相川』っていう苗字の夫婦の名前があったような記憶があるんだ。そして、乗客・乗員全員の生存が絶望的だとも報道されてた気がして」「…………」 初めて突きつけられたショックな事実に、愛美は顔を強張らせた。「ごめん、愛美ちゃん。まだその夫婦が君のご両親だって決まったわけじゃないし、俺もそこまでハッキリと憶えてるわけじゃないんだよ。相川なんて苗字、そんなに珍しくないしさ。もしかしたら君とはまったく関係ない別人かもしれないしね」「…………うん」「だから……、真実は君が育った施設の園長先生に直接確かめた方がいいと俺も思う。冬休み、そのために行くんだよね?」「うん。多分、園長先生がそのあたりの事情、いちばん詳しく知ってるはずだから」 純也さんが言ったことが、ぜんぶ事実とは限らない。彼がウソを言っているわけではないだろうけれど、記憶違いということもあるだろうし……。(彼が〈わかば園〉の理事をしてるからって、何でも間でも知り尽くしてるとは限らないもんね) となると、やっぱり愛美の両親のことや、施設で暮らすことになった経緯をもっとも知っているのは聡美園長のはずだから。    * * * *  ――愛美はその夜、聡美園長に当てて手紙を書いた。  電話にしなかったのは、園長の声を聞いたら二年以上前の記憶が甦り、うまく話せないと思ったからだ。 ****『拝啓、園長先生。 ご無沙汰してます。わたしが施設を卒業して、もうすぐ三年が経つんですね。 この手紙は駆け出しの小説家・相川愛美として書いてます。わたしは去年の秋にプロの作家としてデビューして、今は学業と文筆業の二刀流で忙しくも充実した毎日を送ってます。 学校では友だちにも恵まれて、楽しい寮生活を送ることができています。でもきっと、わたしに関することは〝あしながおじさん〟から毎月報告を受けてますよね。 先月、わたしにとっては
last updateLast Updated : 2025-03-26
Read more

わかば園と両親の死の真相 page11

 まず最初に、二年前はせっかくお電話を下さったのに、冷たい態度を取ってしまってごめんなさい。あれから二年半以上経ちますけど、わたしはずっとあの時のことを悔やんでて、心の中に小さなトゲみたいに残ってます。 でもね、園長先生。あの時のわたしは、「バイト」っていう名目でしか施設に帰れないことが悲しかったんです。わたしにとって〈わかば園〉は実家も同然だったから。そんな名目なんかなくたって、気軽に「ただいま」って帰れる場所であってほしかったし、今でもそう思ってます。 さて、園長先生。ここからが本題です。 わたしは今度、〈わかば園〉を舞台にした長編小説を執筆することにしました。ちなみに、初めて書いた長編がボツになって、わたしが落ち込んでたっていう話は〝あしながおじさん〟からお聞きになってますよね? それはともかく、執筆するにあたって冬休みに施設を取材したいんですけど、大丈夫でしょうか? 冬休みの間は施設に滞在して、園長先生や他の先生たちから話を聞きたくて。あと、わたし自身についての話も。両親がどうして死んでしまったのか、いちばんご存じなのはきっと園長先生だと思うので……。 実はわたし、もうだいぶ前から〝あしながおじさん〟の正体が分かってて、その人はわたしの身近にいる人でした。その人から聞いたんですけど、わたしの両親は十六年前に起きた飛行機の事故に巻き込まれて死んだんじゃないか、って。本当にそうなんでしょうか? まだ一ヶ月くらいありますけど、こちらの予定もあるのでなるべく早くお返事を頂けると助かります。他の子たちや先生たちにもよろしくお伝え下さい。では、失礼します。   かしこ十一月二十四日     わかば園出身の作家、相川愛美』**** 〒○○〇―△△△△ 山梨県 〇〇市 ✕✕ 児童養護施設 わかば園 若葉聡美様**** 「――さやかちゃん、珠莉ちゃん。わたし、ちょっと手紙出してくるね」 まだそんなに夜遅い時間ではなかったので、愛美はすぐポストに投函することにした。「手紙? 誰宛て? っていうか、もう暗いけど一人で大丈夫?」「おじさまにはつい先日、出してきたところじゃなくて?」「おじさまにじゃなくて、施設の園長先生にね。一人でも大丈夫だよ。さやかちゃん、心配してくれてありがとね」「そっか。じゃあ気をつけて行ってきなよ」「うん。行ってきます」
last updateLast Updated : 2025-03-28
Read more

わかば園と両親の死の真相 page12

   * * * * ――手紙を投函してから一週間後、愛美のスマホに聡美園長から電話があった。「冬休みの取材の件、了承しました。気をつけて帰ってらっしゃい」と。そして、「涼介君のこと、ありがとう」とも。園長はそのことに愛美が関わっていたという事実を、〝あしながおじさん〟=純也さんから聞いていたらしい。 二年半ぶりに聞く彼女の声は少しも変わらずに穏やかで、愛美は胸がいっぱいで泣きそうになった。 ――そして、二学期の終業式の後。「さやかちゃん、珠莉ちゃん、じゃあ行ってきます。ご家族と純也さんによろしくね」 肩から大きなスポーツバッグを提げ、スーツケースを携えた愛美は、寮の玄関先で親友二人に見送られた。 ちなみに、純也さんは今年の年末年始も、愛美が来ないにも関わらず実家で過ごすことにしたらしい。淋しいだろうけれど、電話で声でも聴かせてあげられたら彼も少しはホッとしてくれるだろう。「うん、気をつけて行っといで。三学期前にまた会おうね。こっちからまたメッセージ送るよ」「ええ、お伝えしておくわ。叔父さま、今年の冬は淋しくていらっしゃるんじゃないかしら。でも、ある意味開き直っていらっしゃるのかもしれないわ。ああ見えて叔父さま、けっこう神経が図太くていらっしゃるから」「……珠莉ちゃん、辛辣……」「アンタさぁ、自分の叔父に対してコメントキツすぎない?」 珠莉の毒舌に、愛美とさやかは絶句した。――と、予約したタクシーがもうすぐ来そうなので、そろそろ行かなければ。「……あ、ゴメン。もうタクシー来ちゃうから、わたし行かないと」「ああ、ゴメンゴメン! 引き止めちゃったね。じゃあ、〝実家〟でゆっくりしておいで。あと取材も頑張って」「うん……! じゃあ今度こそ、行ってきます!」 さやかが〈わかば園〉のことを「実家」と言い表してくれたことに感激して、愛美は思わず涙腺が緩みそうになった。でも、これは嬉し涙だ。 愛美は今度こそ二人の親友に背中を向け、出発したのだった。   * * * * ――JR新横浜駅前でタクシーを降り、新幹線と再びタクシーを乗り継ぎ、愛美は約三年ぶりに〈わかば園〉へと帰ってきた。 今回はタクシーの予約も、新幹線のチケットをネットで予約することもすべて自分でやった。交通費も自腹である。これらはすべて、ここを卒業して約半年の間に覚えてできるよう
last updateLast Updated : 2025-03-29
Read more

わかば園と両親の死の真相 page13

(懐かしいな……。まだここを卒業して三年も経ってないのに) 門の外から園の建物を感慨深く眺めて、愛美は目を細める。 二歳の頃からここで暮らしていたとして、中学卒業までは十三年とちょっと、この〝家〟で過ごしてきたことになる。ここには数えきれない思い出が詰まっているのだ。楽しかったことも、悲しかったことも。「――さて、行くか」 門をくぐった愛美は、園長から電話で聞いたとおり、正面玄関ではなく来客用の玄関でスリッパに履き替える。そこに一足、男性ものの革靴が揃えて置かれていることに気づいて首を傾げた。そこでふと感じるデジャブ。 ちょうど三年前の今ごろ、愛美はこのあたりで〝あしながおじさん〟のあのヒョロ長いシルエットを目撃したのだ。あれは夜だったけれど……。「……あれ? この靴、誰のだろう? 純也さんの……じゃなさそうだけど」 彼の靴のサイズは二十九センチだけれど、この靴はそれよりサイズが小さいように見える。 それに、珠莉から聞いた話では、彼がここを訪れるのは毎月第一水曜日だけらしいけれど、今日はその日ではない。「誰か、他にお客様が見えてるのかな……?」 その靴の持ち主が誰なのかは気になったけれど、愛美はとにかく園長室へ向かって進んでいく。「――園長先生、お久しぶりです。ただいま帰りました」 自分のデスクに座っていた聡美園長に声をかけると、応接用のソファーに腰かけている男性が園長と同時に愛美の方へ顔を上げたので驚いた。 彼は四十代半ばくらいで、知的な感じのスリム体型。そして彼のスーツの襟には金色のバッジが光っている。「おかえりなさい、愛美ちゃん。――ああ、こちらの方、紹介するわね。弁護士の北(きた)倉(くら)先生よ」「相川愛美さんですね? 私は弁護士の北倉と申します。あなたのご両親が亡くなった、十六年前のジャンボジェット機墜落事故の遺族救済を担当しておりました」「……どうも。お名刺頂戴いたします。――あの、高校生作家の相川愛美です。名刺はありませんけど」 名刺を受け取った愛美は、こちらも自己紹介をしなければと思い、丁寧に名乗って頭をペコリと下げた。 「愛美ちゃん、この弁護士さんが、あなたに大事なお話があるそうでね。――あなたからご両親の亡くなった理由が知りたいって手紙をもらった時に、ちょうどいいわと思って連絡して、今日わざわざ来て頂いたの
last updateLast Updated : 2025-03-31
Read more

わかば園と両親の死の真相 page14

「それをお話しする前に、あなたはあの事故についてどの程度の事実をご存じですか?」「ここへ来る前、ネットで調べました。山梨の山中にジャンボジェット機が墜落して、乗員・乗客五百人全員が助からなかった、って。あと、わたしの両親らしい『相川』っていう苗字の夫婦の名前が乗客名簿にあったっていうのは知り合いから聞かされたんですけど……。それじゃやっぱり、その夫婦っていうのが」「はい、あなたのご両親で間違いないと。お二人のご遺体は幸いにも状態がよかったので、ここにいらっしゃる若葉園長が身元の確認をされたそうです。お二人は園長が小学校の教員をされていた頃の教え子だったそうで、卒業後にも交流があったそうなんです」「えっ、そうだったんですか?」 愛美は驚いて、聡美園長に向けて目を見開く。「ええ、実はそうなのよ。あの二人は私の教え子だった頃から仲がよくてね、結婚式にも出席させてもらったわ。あなたのご両親は、子供ができなかった私たち夫婦にとって我が子も同然だったの。だから、事故が起きる二日前、『親戚の法事でどうしても愛美ちゃんを連れていけない』っていう二人の頼みを聞き入れて、すでに開園していたこの施設でまだ小さかったあなたを預かってたのだけれど……」 そこまで話した園長が、涙で声を詰まらせた。「……まさかその二日後に、あんな変わり果てた姿で再会するなんて……」 たった二日前、元気な姿で別れた教え子夫婦とそんな形で物言わぬ再会をすることになった園長の気持ちを想像したら、愛美も自然ともらい泣きをしていた。気づけば、北倉弁護士の目にも涙が……。「……ああ、すみません。――それでですね、ここまでは前置きで、ここからが本題なんです。ご両親を亡くされた幼いあなたは、お母さまの弟さんのご夫妻に引き取られることになったんですが……」「わたし、親戚がいたんですね」「ええ。ですが、そのご親戚が問題でして。二人は日本政府から被害者遺族に支給されたお見舞金目当てであなたを引き取り、見舞金を受け取った後はあなたへの育児を放棄して遊び惚けていたんです」「…………! そんな……ヒドすぎる……」 愛美は顔も憶えていないその叔父夫婦に対して、何ともいえない怒りがこみ上げていた。もしその二人が今になって「親戚だよ」と再び目の前に現れたら、彼らに何をするか分からない。
last updateLast Updated : 2025-04-02
Read more
PREV
1
...
242526272829
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status