All Chapters of ざまあされた廃嫡王太子と悪役令嬢の夫妻が田舎村で生きる力を取り戻すまで: Chapter 11 - Chapter 20

29 Chapters

第11話 春から夏へ

 エゼルは今でも塞ぎ込んでいる。昼近くまで起き上がろうとせず、あまり食事も取らない。痩せて顔色が悪くなってしまった。  シャーロットが「お体に悪いですわ。召し上がって」と部屋までパンを持って行っても、首を振るばかりだ。 頑固なまでに殻に閉じこもるエゼルをどう扱っていいのか分からず、シャーロットは何もできないでいた。    やがて早春から春の盛りになり、春まき小麦の種まきの季節になった。  種まきは魔法でやるわけにはいかない。  シャーロットは四苦八苦しながら作業をやった。自分の手のろさにイライラしたが、農民たちは気にしていなかった。「奥様は生まれて始めて種まきをするんでしょう。じゃあ上出来、上出来」 そんな事を言ってのんびり笑うのである。  するとシャーロットも気持ちが軽くなって、また種まきに取り組むのだった。    自分がまいた種が芽を出した時、シャーロットは感動してしまった。  小さくて硬いばかりの種もみが、こうしてきちんと芽吹いている。不思議でもあり、大げさに言えば奇跡のようにすら思えた。「今年はいい芽が出たね。奥様がしっかり耕してくれたおかげだよ!」 フェイリムが言う。  彼の横では、畑の脇に掘った水路に水が流れている。小麦は湿気に弱いので、水はけをよくしてやる必要があるのだ。  魔法でよく耕した土は、しっかりと返されて乾燥が進んだ。おかげで芽は病気にかかることもなく、すくすくと育っている。 次第に夏へと向かう気候の中、小麦も他の作物も旺盛に成長している。  農民たちは作物に気を配って、よく手入れしている。  シャーロットは初めて見る農村の春、生命の力強さに圧倒される思いだった。    ある初夏の雨の日のこと。  いつも通り遊びに来たフェイリムとティララとティータイムにしようとしたところで、メリッサが「しまったわ」と呟いた。
last updateLast Updated : 2025-02-18
Read more

第12話 森の守護者

 翌日、よく晴れた空を背に、シャーロットは森の縁まで来ていた。 時刻はまだ午前。目の前には森の入口。木々が連なるずっと遠くには、山脈の堂々とした佇まいが見える。 エプロンのポケットにはメリッサが書いた地図があった。特に難しい地形でもない。少しばかり進むと、すぐにカモミールの群生地を見つけた。 カモミールは春から夏の前半にかけて咲く花である。 初夏の今はまさに花盛りで、白い花びらと黄色い花の中央部のコントラストが目に楽しい。 シャーロットは迷うことなく膝を折って、花を摘んだ。手折った花は片手に下げたバスケットに入れていく。エプロンの膝の部分が土で汚れたが、彼女は全く気にしなかった。 夏風が森を渡って行く。 その心地よい感触と、甘やかな花々の匂いにシャーロットはにっこりと笑った。 ――と。 誰かに呼ばれたような気がして、彼女は顔を上げた。 きょろきょろと辺りを見回すものの、誰もいない。木々の間から夏の日差しが漏れているだけである。 けれどもシャーロットは何かを感じた。少し迷った後に立ち上がって、「そちら」へと歩いていく。 見えない糸に引かれるような心持ちで、彼女はまっすぐに森の奥へと分け入った。 本来ならば足を取られるはずの下草も、害のある虫たちでさえシャーロットに道を譲ったのである。 やがて深く茂った木々の向こうに、青く光る泉が見えた。 まるで青い宝石を溶かしたような、この世のものとも思えない青さだった。「ここは、いったい」 泉のほとりで呟いた時。『ようこそ、大地の乙女よ。清らかなるきみを歓迎するよ』 頭の中に声が響いた。カモミールの花畑で聞いた声。 目を上げれば、泉から湧きいでるように白い獣が佇んでいた。 純白の毛皮に、白金のたてがみをした美しい馬。 一番の特徴は、額に長い一本角が生えていること。「一角獣《ユニコーン》……!?」 シャーロットは驚きのあまり、手にしたバスケットを胸に抱いた。
last updateLast Updated : 2025-02-19
Read more

第13話 森の守護者2

 ユニコーンが呆れた様子で言う。『やめなよ。僕たちが会話できるのは、この森でだけだ。きみが王都とやらに行ってしまえば、僕は追いかけられない。お別れだよ』「はぁ~? どうしてよ!」『僕はこの森と山の精霊だから。この場所を離れられないんだ』「……そうなの?」『うん。そうなの』 ちょっとの沈黙が流れた。 シャーロットはひしゃげてしまったバスケットに気づいて、咳払いをした。「ええと、こほん。それで、神聖なるユニコーン様が、私にどんなご用かしら」『別に用というほどでも。きみはとてもきれいな魔力の色をしているから、友だちになりたかったんだ』 ユニコーンはそう言って、シャーロットに歩み寄った。一歩ごとに泉のほとりの草が揺らめいて、静かな魔力を放っている。『うん。とてもいい匂い』 獣が鼻面を寄せてきたので、シャーロットはおっかなびっくり、たてがみを撫でてやった。 ユニコーンは気持ちよさそうに目を細める。『ああ、やっぱり乙女の魔力はいいなあ。この辺りの人間は、魔力を持っていない者ばかりだから』 もっと撫でて、とユニコーンはすり寄ったが、シャーロットはぱっと手を離した。 その瞳は先ほどと打って変わって、怒りの炎が灯っている。「乙女で悪かったわね。そりゃあ私はまだエゼル様と結ばれていないわ。結婚からもう3ヶ月も経ったというのに!」 シャーロットは密かにこの点を気にしていた。最初は乙女の身だからこそやり直しが容易だと軽く見ていたが、落ち込んだままでいるエゼルを見ていると、打ち捨てていいのか分からなくなったのである。『いいじゃないか。人間の男なんか放っておいて、僕と仲良くなろう』「夫を捨てろと? だいたいね、なんでそんなに乙女であることを重要視するのよ。人間が全員純潔だったら、子供が生まれずに滅亡しちゃうじゃない!」『えー?』「あなたみたいなタイプ、王都にもいたわ。自分は年寄りのくせに若い娘が大好きで、とりわけ乙女に変なこだ
last updateLast Updated : 2025-02-20
Read more

第14話 泉のほとり1

 シャーロットは泉の縁に座り、靴を脱いで足先を水面につける。ひんやりとした感触が、初夏の爽やかな暑さに心地よかった。『僕がこの土地の守護者に据えられて、もう1000年近くになる』 彼女の横で足を折って、ユニコーンが話し始めた『昔の僕は魔力の塊のような存在で、今の姿ではなかったよ。特に不便もしていなかった。 けれどもある日、今の村がある場所に女たちがやって来たんだ。年齢はまちまちで、幼子もいれば少女もおり、成人から老婆までいた。男も子供や赤子ならいたよ』 ユニコーンが鼻面を擦り寄せてくるので、シャーロットは仕方なく撫でてやる。 彼は見た目こそ馬だが、馬車馬のように臭くもなければ汚れてもいない。『彼女たちは夫や父親に虐げられたり、社会から爪弾きにされた者たちだった。女たちのリーダーは僕の気配に気づいて祈ってくれた』 ――どうか私たちを護って下さい。私たちは全てから見放され、流れ流れてここにたどり着きました。もう他に行く場所がないのです。 ユニコーンの角が淡く光ると、女の声が遠く響いた。 当時の祈りを再現したのだ。『そうして僕は守護者となった。女たちは母親や妻の立場の者もいたけど、乙女も多かった。彼女らは特に、年若い娘たちと息子たちの守護を祈った。 だから僕は、乙女たちの守り手になった。年若い彼女ら、彼らが幸せな時間を過ごして、きちんと大人になれるよう、見守るのが僕の役目になったんだ』「人間の祈りが、あなたを形作ったの?」『そうだよ。実体を持たない魔力のかたまりは、実体を持つ人間の思いによく反応するんだ。それが善意でも悪意でもね。 僕は彼女らを護ったよ。男たちが追いかけてきたら追い払い、疫病が生ずれば祓い、大地を豊かにして作物を支えた。 でもだんだん、僕と彼女らには距離ができた。子供は育って若者となり、若者たちは恋をして、互いに結ばれる。純潔を失う。新しく生まれた子らは親たちの苦難を知らず、僕が護らなくても幸せに暮らしていた……』 ユニコーンは息を吐いて、長いまつ毛を伏せる。『護る必要がないのは、いいことだ。不幸がないのだからね。彼らが幸せに暮らしていくのが、僕の一番の喜びなんだよ。ただ、乙女の守護者という役目を背負ったこの身は、寂しかった。 だからきみと友だちになりたかった。きれいな魔力を持つ乙女。けれども、心が悩みで曇っている。
last updateLast Updated : 2025-02-22
Read more

第15話 泉のほとり2

 だから悩みはもうないのに。そう言いたかったが、言えなかった。「あなたは何故、私が悩んでいると思うの?」 シャーロットは思い切って聞いてみた。『魔力が揺らいでいるもの。今が幸せと思っているなら、もっと穏やかなはずだよ。僕は悩みを取り除きたい。聞かせてくれるかい?』「私、自分が何に悩んでいるか分からないの」『じゃあ、今のきみの暮らしを聞かせて。悩みに触れれば魔力が揺らぐ。僕が見ていてあげる』「そうね……」 シャーロットは話し始める。  まずは王都を追われた話。いわれのない嫌疑を掛けられて、悔しかったこと。  ユニコーンは静かに聞いている。この件ではないようだ。 次にシリト村に到着してから。  領主の館がひどいボロ屋で、トイレも臭くて嫌だったこと。食事も粗末で、自分の身の回りの世話は自分でやらなければいけないこと。  農民たちと一緒に農作業をやって、疲れ果てる毎日。服は簡素で、いつも泥だらけ。お風呂に入りたくても、タライの湯浴みがせいぜい。  思いつくことを喋っていくが、ユニコーンの反応はない。「あとは……エゼル様が塞いでばかりで、お体が心配なことかしら……」『――それだ』「え」 シャーロットはユニコーンを見た。彼の目は泉と同じ、深い深い青。『きみは夫を心配している。きみ自身はずいぶん立ち直ったのに、悲しみから抜け出せない彼に心を配っている。――シャーロットは優しい子だね』「で、でも、私はあの方に何もしてあげていないわ。毎日一緒の部屋で寝ているけれど、気の利いた言葉も掛けてあげられない。だって、どうしていいか分からない……」 言葉に出せば、彼女は合点がいった。  エゼルに元気になって欲しかった。昔、子供だった頃のようにお互いに笑い合いながら暮らしていきたかった。  親が決めた婚約者で、それほど深い仲ではなかったけれど。長い付き合いの人だ。悲しんでいる姿は心が痛む。「優しくなんてないわ。私、エゼル様を見捨てるつもりでいたの。私だけでも王都に舞い戻って、王太子になった弟王子と結ばれて、王妃になるんだって考えていた。優しいわけがないわ!」『今でもそうしたいと思ってる?』「いいえ。田舎暮らしも案外、悪くないもの。まあせいぜい、雨漏りの水が頭に落ちるとイライラするくらいね。直しても直しても漏れてくるのよ、あの家」『
last updateLast Updated : 2025-02-22
Read more

第16話 ランチタイム

 森を出たシャーロットはすぐには館に帰らず、村の畑に寄った。村人たちの挨拶に軽く返して、作物が育っている場所に行く。「ここのアスパラガス、少しもらっていくわ」「どうぞ、どうぞ。今日の夕メシですかい?」「そんなところね」 アスパラガスを折って、何本かバスケットに入れる。「奥様、人参もそろそろ食べられますよ」「ちょっと見ない間に大きくなったわね。じゃあ、人参も持っていくわ」 シャーロットが人参を抜こうとしたら、近くにいたフェイリムがさっと抜いて差し出してくれた。「どうぞ! これ、生のままでかじってもウマいよ」「あら、そう? ちょうどいいわ。もらっていくわね」 泥を軽く落として、やはりバスケットに入れる。 他にもほうれん草やきゅうりを収穫して、シャーロットは館への道を歩いていった。   エゼルは今日も寝室でぼんやりとしていた。窓の外は明るい光で満ちている。太陽の位置は高く、強い陽光が既に正午を告げていた。 そうと知っても、エゼルは動こうとしない。彼はもう、何もかもが嫌になっていた。 エゼルは自分が無能だと知っている。優秀な弟と常に比べられ、劣っていると見せつけられながら育ってきた。 王都にいた頃から、未来の国王の責任を弟に押し付けて逃げ出したいと考えていた。 そんな願いは思ってもみない形で叶うことになる。 婚約者シャーロットの罪状だ。 エゼルはシャーロットの罪、水の聖女への傷害未遂は冤罪だろうと考えている。良くも悪くも世間知らずなお嬢様であるシャーロットが、そこまでするとも思えなかったからだ。 けれども、シャーロットと連座して受けた弾劾は、思いの外エゼルの心に堪えた。ここで彼は、自分が無能の上に弱い人間であると自覚せざるを得なかった。みじめだった。 追放された田舎の環境は、未だに馴染めない。薄汚れた館も、土と堆肥の匂いがする村も。 粗末で不味い食事と、何も手伝ってくれない使用人たちも。 ひ
last updateLast Updated : 2025-02-23
Read more

第17話 ランチタイム2

 庭木や花々、それに雑草までもが元気に茂る庭に、ひとそろいのテーブルセットが置かれている。  初夏の日差しを遮るために四方に杭が立てられて、その上に布が渡してあった。 エゼルは大人しく席についた。  食卓の上には、さまざまな野菜と豆の料理が並んでいる。緑が中心の色合いの中、人参のオレンジやカブの白が目を引いた。「…………」 それらの料理をエゼルは無感動に眺めた。食欲は全くない。早く寝室に戻って頭から布団をかぶりたかった。「いただきます」 シャーロットは早速食べ始める。フォークに刺したのは、アスパラガスのオリーブオイル炒めだ。「美味しいですわ! メリッサ、あなた、味付けが上手になったわね」「恐縮です。でも、あたしの料理の腕よりも新鮮な野菜のおかげだと思いますよ」「あはは、それもそうね。メリッサは掃除は得意なくせに、料理はいまひとつだものねぇ」 女子2人は楽しそうにおしゃべりをしている。  最初は険悪だったのに、いつの間に仲良くなったのだろう。エゼルは不思議な気持ちで彼女らを眺めた。「ご領主。メリッサの料理の腕はともかく、今の時期の野菜は本当に美味しいですぞ。一口だけでも、どうぞ」 オーウェンが給仕してくれるが、エゼルは浮かない顔のままだ。「食欲がない。後でいい」「エゼル様……。無理にとは言いませんが、どれか1つだけでもいかがですか」 食事の手を止めて、シャーロットが彼を見た。「この人参もアスパラガスも、カブも。ついさっき、村まで行って畑から採ってきたのです。新鮮さはこの私が保証しますわ」「きみが採ってきた……」 エゼルは呟くように言って、カブのスープを見た。煮込まれたカブの白さが、スープの中で優しく光っている。「……じゃあ、一匙だけ」「はい!」 シャーロットが嬉しそうに、木製のスプーンを渡してくる。かつては不慣れで気味が悪いと思っていた、木の食器。  匙をカブに押し付けると、カブは柔らかく割れる。一口ぶんだけ匙に載せて、口に含んだ。「いかがですか?」 とても心配そうな目で、シャーロットが彼を見ている。  この目は見覚えがあるな、とエゼルは思った。  もう10年以上も前、彼らがまだ何も分からぬ子供だった頃。  風邪をこじらせて寝込んでしまったエゼルにシャーロットが見舞いに来たことがあった。  
last updateLast Updated : 2025-02-24
Read more

第18話 力を取り戻す

 口の中に唾がわく。口中に残るカブの柔らかな感触が、とても魅力的なものに思えてくる。塩と野菜の滋味が、飢えた体に染み込んでいく。「本当に美味しい。もう一口、食べてもいいだろうか」 遠慮がちに聞けば、シャーロットは目を丸くした。「もちろんです。ああ、こちらの豆と麦粥も美味しいですわよ。カブの次は、こちらもぜひ召し上がって!」 嬉しそうな彼女の様子に、エゼルの心まで浮上するようだ。 エゼルはこうして、ずいぶんと久しぶりに楽しい食事の時間を過ごした。   夏の季節からエネルギーを貰うようにして、エゼルは立ち直っていった。 シャーロットと共に村人たちと農作業に汗を流して、新鮮な野菜と豆類をしっかりと食べ、夜はぐっすりと眠る。 農作業の合間にオーウェンと一緒に館の修繕をしたり、日曜大工もしている。 時にはフェイリムとティララがやって来て「これ、栄養あるよ」と卵やベーコンをくれる。 そんな日々を繰り返していくうちに、エゼルの心と体は健康を取り戻したのである。 シャーロットは時折、ユニコーンに会いに森に出かけていく。お土産は村で採れた野菜だ。 彼女はまだ、エゼルと結ばれていなかった。お互いに何となく気恥ずかしくて、そういう雰囲気にならないのだ。 ユニコーンはその点には触れず、お土産の野菜を美味しそうにモシャモシャと食べていた。 季節は過ぎていく。 暑い夏はいつの間にか終わり、収穫の秋がやって来た。 シリル村の主産物は小麦。村人は総出で畑に出て、金色に実った穂を刈り取った。 鎌の数に限りがあるので、穂と根本を刈る者、麦束を小分けにして干す者、脱穀のために穂をより分ける者と分担作業を行った。 そうして収穫した小麦を積み上げる頃合いになると、税の取り立て人がやって来た。 1人の役人と何人かの荷運び人、それに武装した兵士が数人である。「今年の収穫量は全部で220リブラか。天候に恵まれた割に、少ないのでは? どこかに隠していないだろうな」
last updateLast Updated : 2025-02-25
Read more

第19話 秋の一幕

「ちょっと待て!」 声を上げたのはエゼルだった。シャーロットを追い抜いて役人の前まで行く。「おや、ご領主様。何のご用ですかな。国の徴税人に余計な口出しをしないで欲しいものです」 エゼルを見た役人は一瞬だけびくっとしたが、すぐに尊大な態度に戻った。役人もエゼルが追放された王子だと知っているのだろう。「何故、税の割合が5割なんだ。国税が2割、領主税が1割で3割だろう。5割も取られたら、村人の生活はいつまでも苦しいままだ」 村人がざわついた。この村の税はずいぶん前から5割だったのだ。  役人は舌打ちするような顔になった。「王都を追い出されたあなたは知らないのでしょうが、最近になって税金が上がったのです。今は5割ですよ」「嘘だ! 去年もその前も、ずっと5割だったぞ!」 村人から抗議の声が出る。エゼルはうなずいた。「ああ、嘘だな。僕が王都を追放されたのは、今年の春。その時までに税率変更の発令はなかった。  王国法で税率の変更に関する法令は、前年までに決めるべしとある。例外は不作時の飢饉対策の時だけだ。  浅はかな嘘をついても無駄だ。どうして5割もの割合で搾取するのか、理由を言うんだ」「ちっ……」 役人は今度こそ舌打ちを隠さなかった。殺気立っている村人たちを睨んでから、ふてくされたように言う。「必要経費ですよ! 徴税人はあちこちの田舎を回って税を取り立てなきゃならない。重労働なんです!  そのためのお手当をもらって、何が悪いんですか!」「役人として給金が出ているだろう。重労働であるのは認めるが、そのために給金が上乗せされているはずだ。  それに、徴税人は行く先々の村で歓待を受けると聞く。機嫌をそこねて税を多めに取られてはかなわないからな。一種の役得だろう。  だとしても、2割の上乗せはあまりに多い。その差額はどこへ消える? 答え次第によっては、ただでは済まさない」「ははっ! 王太子の立場を剥奪されて、こんな田舎に追放された小僧が何を言うか!」 役人は開き直ったのか、吐き捨てるよ
last updateLast Updated : 2025-02-26
Read more

第20話 秋の一幕

「いいや、ありえるとも。そうなればお前は不正実行の手先として、真っ先に処断される。ドリーチェ伯はお前を差し出して、減刑を願い出るかもな。よく言うだろう、トカゲのしっぽ切りと」「…………」 役人の顔色は真っ青を通り越して、土気色になっている。 それを見たエゼルは、にやりと笑った。「お前が助かる道もあるぞ?」 役人はのろのろと顔を上げた。「お前がドリーチェ伯爵を告発するんだ。伯爵の不正を進んで証言すれば、お前の罪は軽くなる。 1人でやれとは言わない、僕も力添えをしよう。カーリグフォルト公爵への渡りはつけてやる。僕は廃太子だが、王都の人脈が全て途絶えたわけではない。伝手を頼れば公爵へ直訴は可能だ」 エゼルは役人と荷運び人、兵士たちを交互に見た。「どうする? やるか? ――それともこの場で僕たちを皆殺しにして、口封じでもするつもりかな?」 村人たちは不当に搾取されていたと知って、怒りをあらわにしている。人数は圧倒的に村人の方が多い。 兵士たちはほんの数人。いくら武装しているとはいえ、かなうものではない。「わ、分かった……。いえ、分かりました。ご領主様の言う通りにいたします。その代わり、どうか、わたくしの身を助けて下さい!」 役人は先ほどまでの偉そうな態度はどこへやら、地面に膝をついてエゼルに頭を下げた。 兵士たちに武器を手放すように命じて、オーウェンとメリッサが回収している。 役人たち一行は、領主の館で預かることとなった。   とぼとぼと歩いていく役人たちの後ろ姿を見ているエゼルに、シャーロットが話しかけた。「エゼル様、すごいですわ! 私、税金の割合なんて何も知りませんでした。でも、よく考えたらそうよね。あんなに苦労して作った小麦なのに、5割も取られてしまったら、生活が苦しいに決まってる……」 目を伏せるシャーロットに、エゼルが笑い
last updateLast Updated : 2025-02-27
Read more
PREV
123
SCAN CODE TO READ ON APP
DMCA.com Protection Status