街道の上を馬車がゴトゴトと音を立てて進んでいく。 舗装された石畳の道はとっくに終わって、今は踏み固められた粗末な土の道になっている。おかげでしばしば、ガタンと傾いたりわだちにはまりかけて止まったりする。 シャーロットは揺れる馬車の窓から、深い常緑樹の森とその奥にそびえる山脈を見て、深いため息をついた。 今は早春。未だ溶けない雪のかたまりがあちこちに残っている。「どうして侯爵令嬢たる私が、こんな片田舎の領地に押し込められないといけないのかしら。納得がいかないわ。 ねえ、聞いてらっしゃる? エゼル様」 シャーロットの隣に座る青年が、億劫そうに目を開ける。 彼は衣装こそ豪華だったが、まだ若いのに覇気のない表情が、奇妙にくたびれた雰囲気を醸し出していた。「聞いているよ。もう何度も聞いた。僕たちは王宮での立場争いに負けて、このシリト村の領主にさせられた。体のいい追放だ。 分かりきったことじゃないか……。諦めて運命を受け入れよう、シャル」 そう言ってまた目を閉じてしまった。 シャーロットは不満を込めてまた何度も文句を言ったが、もはやエゼルは聞こうともしない。 彼女は特大のため息を吐いて、ここに至るまでの経緯を思い出した―― シャーロットは名門貴族、デルウィン侯爵家の生まれで、今年18歳になる。 シャーロットはストロベリーブロンドに水色の目をした、とても可愛らしい少女。何一つ不自由することなく甘やかされて育った。 そんな彼女には、幼い頃に決められた婚約者がいる。 ソラリウム王国の第一王子、エゼルウルフ王太子である。年は同い年の18歳。 2人の仲は可も不可もなく。特別に絆が深いわけではないが、喧嘩をするほどでもない。 当人たちも周囲の大人たちも、彼らが未来の国王と王妃であると信じて疑っていなかった。 エゼルには弟王子がいた。名をデルバイスといい、兄よりも文武ともに優れた素質を示していた。 だが、安定期にあるソラリウム王国は、長子相続の慣例を破ってまで優秀な弟を取り立てようとはしなかった。 転機となったのは、デルバイスが自らの未来の妻としてセレアナという少女を連れてきたこと。 セレアナは莫大な魔力量を誇る「水の聖女」だった。 ソラリウム王国では、高い魔法の素質と自然の化身たる精霊と交信する能力を持つ女性を「聖女」と呼ぶ。 聖女は国
最終更新日 : 2025-02-08 続きを読む