「離婚したいんです!」結婚三年目、宮本友梨は離婚を決意した。ただし、夫には内緒で。向かいの弁護士は彼女の意図を聞き終え、事務的に切り出した。「離婚手続きには双方の署名と一ヶ月の熟考期間が必要ですが、今日はご主人はいらっしゃらないんですか?」友梨は数秒黙り込んだ。「署名はもらってきます」「では、離婚協議書を作成させていただきます」しばらくして、友梨は協議書を受け取った。この間に起きた出来事を思い返しながら、うつむいて階下へ向かう。受付に着いた途端、耳慣れた声に呼び止められた。「友梨?なぜここに?」顔を上げると、高橋庄司のすべてを見通すような深い眼差しと目が合い、友梨は思わず心臓が跳ねた。まさか離婚の相談に来たのが、夫の勤める法律事務所とは。でも彼には気付かれないはず。そもそも彼女のことなど眼中にないのだから。そう思うと、友梨は深く息を吸い、声の震えを隠そうとした。「ちょっと相談があって。あ、そうそう、この前両親が話してた物件の名義変更書類、サインが必要なの」そう言いながら、手元の離婚協議書を最後のページまで開き、カウンターに置いてペンを差し出した。協議書の最終ページにはサイン欄だけ。弁護士として職業病的に眉をひそめた庄司。じっくり確認しようとした瞬間、エレベーターホールに見覚えのある人影が映り、一瞬の躊躇いの後、友梨の指す箇所にサインを入れた。「じゃあ、用が済んだなら帰れ。仕事中だ」友梨の心は落ち着いたものの、すぐに自嘲的な思いが過った。もう少し見てくれれば、これが不動産書類ではなく離婚協議書だと分かったはず。ただ残念なことに、彼の視線は入ってきたばかりの杉山美咲に奪われていた。その整った顔立ちを見つめながら、友梨は複雑な思いに駆られた。バッグを握る手に力が入り、事務所を後にした。自動ドアが閉まる際、かすかに二人の声が耳に届いた。「庄司兄、今の人は?」「新規のお客様だよ。離婚相談に」庄司の冷たい声音に温もりが混じる。「なぜこんな早く来たの?少し待ってて、ご飯に連れて行ってあげる」中から聞こえる甘やかすような声と、手元の署名済み離婚協議書を見比べ、友梨は苦い笑みを浮かべた。そう、確かに離婚相談に来たのだ。もうすぐ、たった一ヶ月で、庄司は念願が叶う。
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