All Chapters of 未熟な秘書、商界の大物に愛されて: Chapter 1 - Chapter 10

30 Chapters

第1話

秋の訪れを告げる最初の雨が、バーの個室の窓を叩きつけていた。部屋の中では、立花絵理(たちばな えり)が男に両手を押さえつけられ、ソファに沈められたまま、容赦なく求められていた。相手の激しさに、最初の痛みと陶酔を通り越し、今ではただ痛みだけが彼女を支配していた。自分の体ではないような感覚だった。「んっ……やめて……もう……」途切れ途切れの哀願が唇から零れ落ちた。だが、こんな状況で彼女に拒む権利などあるはずがなかった。男はそんな声を一切無視した。その容赦ない力は少しも緩むことがなかった。男は止まる気配を見せず、彼の中の炎が波となって押し寄せるたび、絵理の意識は天へと昇り、そして急激に地へと叩き落とされた……「ブー……」不意に響いた携帯の振動音が、甘く湿った空気を引き裂いた。男は興が削がれたのか、動きをぴたりと止めた。「止めろ!」この男に逆らうことは絶対にできない。絵理が手を伸ばして携帯を取ろうとしたが、誤って床に落としてしまった。振動音はまだ止まらない。彼女が身を乗り出して拾おうとしたその瞬間、男は苛立ちを見せ、腰を掴んで彼女を引き戻した……しばらくして、激しい情事はあっけなく終わった。行為が終わると同時に、男は彼女を無造作に放し、絵理は支えを失いソファに崩れ落ちた。唇を噛みながら、慌ただしく体を起こし、スカートを引き直した。交わりの余韻を残した空気が徐々に薄れ、静寂が広がった。男は彼女に目を向けることなく、ティッシュを数枚取り、無造作に拭った。彼には完璧に近いほど整った顔立ちがあり、こんな仕草さえも目を奪われるほど絵になっていた。ズボンのジッパーを引き上げ、白いシャツに黒いスラックスという端正な装いは、どこか冷ややかでありながら、先ほどの行為から抜け出したばかりの色気を微かに漂わせていた。全身からは禁欲的な冷たさが滲み出ていた。彼は美しい大きな手で近くに置いてあった携帯を拾い上げ、骨ばった指先で画面を数回タップした。「ピン」絵理の携帯が通知音を発した。「出ていけ」男は携帯を置き、冷淡に追い払うように告げた。冷ややかな表情は人を寄せ付けないほどの距離を感じさせ、先ほどベッドで荒々しく彼女を抱いた人物とはまるで別人のようだった。絵理もこれ以上ここに留まる
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第2話

絵理はバーを出ると、手にした携帯で番号を押し直した。「絵理、お金は準備できた?」電話越しに夏川夫人の冷たい声が響いた。「夏川さん、準備できました。今すぐ送金します」「よかった!」夏川夫人の声が急に柔らかくなった。「これで加奈惠はすぐに保釈できるわ。でも、治療費のほうはまだ何とかしてほしいの。本当は無理を言いたくないけど、わたしもどうにもならないの。助けてくれない?」絵理は唇を引き締め、「分かりました。何とかしてみます」と答えた。2か月前、名門と名高い夏川グループが倒産し、夏川家の十数人が刑務所送りになった。3日前、夏川家の夫人である夏川知美(なつかわ ともみ)が絵理を訪れ、心臓病を患う娘を保釈するために200万円を用意してほしいと頼み込んできた。絵理には断ることができなかった。自分は夏川家に支援された貧乏学生であり、母親の葬儀も夏川家に手伝ってもらった恩があったからだ。この数年間、絵理はずっとアルバイトをしてきたが、生活費を差し引くと貯金はほとんどなく、友人に借りても、あと20万ほど足りなかった。夏川夫人の催促が激しく、彼女はどうしようもなくなり、最後には自分を売るしかなかった。絵理は携帯で入金記録を確認し、さっき振り込まれた40万を目にすると、その瞳に一瞬うしろめたい感情がよぎった。指先を動かし、用意した200万を夏川夫人の口座に振り込んだ。送金を終えると、絵理は降り続く雨をぼんやりと見つめた。夏川家令嬢の心臓病には移植手術が必要だと聞いた。絵理が調べたところ、その治療費は何千万円以上かかるという。降り注ぐ雨粒は、まるで彼女の体にのしかかる山のように重たかった。……土砂降りの雨の夜、タクシーを捕まえるのも一苦労だった。やっと家に着いた頃には、時計の針は深夜を指していた。絵理は疲れ果て、そのままベッドに倒れ込んで眠りについた。ぼんやりとした意識の中、携帯の着信音に叩き起こされた。「もしもし?」絵理は頭がぼんやりしたまま体を起こし、手探りで携帯を掴んだ。一言口を開くと、喉が切り裂かれるような痛みが走り、声はひどく枯れていた。「立花、新しい社長がもう来てる。今どこにいるんだ?早く会社に来てくれ!」周藤巽(すとう つばさ)がそう言うと、一方的に電話が切られた。絵理は一気に目が覚め、時間
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第3話

全員が驚いた表情を浮かべた。だが、純也の言葉に逆らう者はいなかった。数秒も経たないうちに全員が部屋を出て行き、オフィスには2人だけが残された。純也は視線を落とし、書類に目を通していた。絵理のことなど気にも留めなかった。彼が何も言わなくても、周囲には強烈な圧迫感が漂っていた。絵理には純也の意図が分からなかった。鋭い輪郭を持つ彼の端正な顔を見つめながら、少しためらった後、口を開いた。「安間さん、昨夜バーレットでのことは何もなかったことにしましょう。誰にも言いません」彼女は考えた。純也のような社長にとって、世間体は重要だ。特殊なサービスを利用したことが知れたら体裁が悪いし、噂になれば困る。彼が自分をここに残したのは、そのことに違いない、と。実際、絵理自身も昨夜のことを知られたくはなかった。彼が新しい上司だと知っていたなら、どれだけお金に困っていても、昨夜あの部屋に入ることはなかっただろう。だが、正直のところ、絵理は純也の道徳観を買いかぶりすぎていた。彼はそんなことをまったく気にしていなかった。純也は骨ばった指でペンを握り、書類に力強い筆跡でサインをしていた。そして顔を上げ、清純で美しい彼女の顔をじっと見つめ、その目には少し陰りが宿っていた。何もなかったことに……随分と大胆なことを言うもんだ!純也は目を細めて言った。「立花、お前はベッドを降りたら知らん顔か?」絵理は一瞬戸惑い、驚いたように言い返した。「まさか安間さん、私がそのことでしつこく絡んでほしいとでも?」当然そんなわけはない。純也は昔から女のしつこさを嫌っていた。絵理が進んで口外しないと約束したのは、分別のある態度だった。しかし、彼女がそこまで気を遣うことに、純也は何とも言えない苛立ちを覚えた。純也自身も、この苛立ちの正体が何なのか分からなかった。たぶん、男のプライドというやつだろう。今まであらゆる手段で彼にしがみつこうとする女は山ほど見てきた。だが、「何もなかったことに」と自ら言い出した女は、彼女が初めてだった。「安間グループの給料はそんなに安いのか?」男の声は冷たく、まるで何気ない雑談のようだった。「安くないです」なぜそんなことを聞くのか分からなかったが、彼女は素直に答えた。彼女はまだ社会経験のない新卒で、インターン期間中の給
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第4話

少し離れた場所で、エレベーターの扉が開いた。中から三人の若く整った男たちが現れる。先にエレベーターから出てきたのは純也だった。その後ろで霧島が何かを話していたが、不意にこちらの騒ぎが耳に入り、純也は足を止め、視線を向けた。そして眉をひそめる。「おい、純兄ィ、ここはアクション映画の撮影現場か?」霧島は誰かが揉めているのを見て、面白そうに茶化した。純也が静けさを好むのを知っている雑賀は、すぐに「社長、僕が片付けます」と言った。こんな些細な事に関わる必要もなく、純也は何も言わず、無表情のまま視線を戻すと、そのまま長い脚を進め、社長室へと向かった。雑賀は眉をひそめ、近くの社員に尋ねた。「どうした?」「雑賀さん、秘書課の岩本さんと立花さんが揉めています」「立花」の名前が純也の耳に入った瞬間、男の足が止まった。振り返り、騒ぎの中心に視線を向ける。その黒い瞳がわずかに暗くなった。……「立花、このクソ女!」アンナは髪を掴まれ、頬を思い切り叩かれた。激痛に叫びながら、パニックになり、そばにあったカップを掴んで勢いよく絵理の頭めがけて振り下ろした!それはずっしりとした陶器のカップだった。このまま叩きつけられれば、絵理の頭は割れて血まみれになるだろう!絵理の視界の端でカップが振り上げられるのが見えた。しかし、距離が近すぎてもう避けられない!カップが彼女の頭を直撃しようとした瞬間、横から伸びた一つの手が、アンナの手首をガシッと掴んだ!陶器のカップが、絵理の頭まであと1センチのところでぴたりと静止した!アンナは痛みに悲鳴を上げた。「あぁっ!誰よ、邪魔するな!離せ……社長?」絵理は驚いて振り向いた。そこに立っていたのは、純也だった。彼の姿を目にし、一瞬、思考が止まる。その場にいた人々は純也を見て、一斉に息をのんだ。誰もが緊張し、一言も発することができない。純也は無表情のままアンナの手首を放し、冷たい視線で絵理を一瞥した。「何の騒ぎだ?」これではもう、喧嘩どころではない。絵理は唇を引き結びながら、掴んでいた手を放した。「社長、私はただ給湯室にいただけなんです。それなのに、急に立花さんが飛び込んできて、殴られました……私、何か悪いことしましたか……?」アンナの頬は腫れ上がり、彼女は顔を押さえながら泣き崩れた
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第5話

絵理は自分が見られていることに全く気づいていなかった。霧島は顎をさすりながら、窓際に立ち、面白そうに感嘆した。「あの子、見た目は華奢なのに、殴り合いめちゃくちゃ強えじゃん!純兄ィ、まさかあんたの秘書だったとはな。すげぇ偶然だな」「確かにな」純也は無表情で応じた。しかし、霧島はその言葉の裏に含みがあることにすぐ気づいた。彼もまた鋭い男だ。瞬時にある可能性を思いつき、表情を引き締めた。「純兄ィ、もしかしてあの女が誰かに仕込まれたスパイだと疑ってるのか?」あの夜、純也は薬を盛られ、偶然絵理に助けられた。そして気づけば彼女は安間グループに秘書として入社していた。彼らのような世界の人間にとって、こんな出来すぎた偶然など信用できるはずがない。それに何より、女を手配したのは霧島自身だった!もしあの夜、絵理が誰かの差し金で純也の元へ送られたのだとしたら、自分もその罠の一部だったということになる。「純兄ィ、あの女の身元、ちゃんと調べたのか?」霧島はすぐに尋ねた。「今のところ問題はない」純也の漆黒の瞳には、冷たい光が揺れていた。もちろん、すでに徹底的に調査済みだ。もし絵理に怪しい点があれば、とっくに会社から消えている。その時、雑賀が足早に部屋へ入ってきた。そして恭しく報告した。「社長、先ほどの喧嘩の件、すでに調査が終わりました。岩本と数名の社員が給湯室で社長と立花の噂話をしていたようで……」雑賀が言い淀むと、純也は表情を変えずに問いかけた。「何を言っていた?」雑賀は純也を一瞥し、意を決して続けた。「立花が裸で社長を誘惑したとか、社長室で……とか、とにかくひどい話ばかりです。ちょうど立花がその場に居合わせて、それで殴り合いになったようです」霧島が口を開いた。「それなら、あの子を責めるのは酷だろ。こんな話、誰だって我慢できねぇよ」純也の目はさらに冷え切り、周囲の空気さえ凍りつかせるほどの冷気を纏った。そしてふと、視線をガラス越しの向こうへ向けた。隣のオフィスでは、絵理が髪を束ねていた。華奢な腰をまっすぐに伸ばし、櫛も使わず、白く細い指で無造作に黒髪を掬い上げる。その動きと共に、優雅な白い首筋があらわになった。陽の光が彼女に降り注ぎ、その姿はまるで一枚の絵画のようだった。立花絵理。名は体を表すとは、このことか。ま
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第6話

絵理は痛みに耐えながら、壁に手をつき、一歩ずつエレベーターへと進んだ。足があまりにも痛く、動く速度はまるでカタツムリ並みだった。もう夕食の時間はとっくに過ぎていて、絵理の腹はすっかり空っぽだった。彼女は携帯を取り出し、親友に電話をかけようとした。今日は帰ってくるのか、夕飯は何を食べるのか、それを聞くために。「遅すぎる」突然、頭上から低く苛立ちの滲む男の声が響いた。思いがけず聞こえたその声に、絵理は反射的に顔を上げた。すると、目の前には純也の長身がそびえ立っていた。彼はどこか沈んだ目をしており、眉を寄せながら見下ろしていた。「???」彼はもう帰ったんじゃなかったの?「エレベーターのボタンを押してから五分は待ってるのに、お前はたった十メートルしか進んでないじゃないか。遅すぎるぞ」純也は無表情のまま言った。彼は帰ったのではなく、エレベーターのボタンを押しに行っていたのか。驚かないわけがなかった。だが、絵理が反応する間もなく、突然体がふわりと浮かび上がった。体がふわりと浮く感覚に、咄嗟に絵理は純也の首にしがみついた。驚いて顔を上げた瞬間、二人の距離はあまりにも近く、彼女の唇はそのまま彼の端正な頬に触れてしまった!まるで自分から純也にキスをしたかのような構図だった!絵理は呆然とした。少女の柔らかな唇が頬に触れ、ふんわりとした温もりが伝わる。その瞬間、純也の瞳が一瞬暗くなり、じっと彼女を見つめた。何も言わず、ただ静かに見下ろすその暗い瞳は、どこか心をざわつかせた。絵理は数秒間呆然とし、それからようやく状況を理解した。慌てて後ずさりし、顔を真っ赤にしながら声を上げた。「ごめんなさい!安間社長、わざとじゃなくて、本当に、今のは……」彼女の明らかな動揺が見て取れたが、純也は特に何も言わず、ただ低く「ああ」と一言だけ漏らし、そのまま絵理を抱えたまま大股でエレベーターへと向かった。足を踏み出すたびに本当に痛みが走った。だが、絵理は無駄な強がりを見せることなく、純也に下ろしてくれとは言わなかった。男にこうしてお姫様抱っこをされるのは初めてだった。純也の腕はしっかりとしていて力強く、絵理の身長は168センチ、体重は50キロほど。ネットでは「重い」と言われそうな体重だが、彼はまるで何の負担も感じていないように軽々と
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第7話

奥さんからの電話だ!絵理の表情が一瞬こわばった。彼女は素早く薬の入ったビニール袋を掴み、ドアを押し開けて車から降りた。だが、不意に足がドアにぶつかった。「痛っ!」鋭い痛みが走り、思わず声を上げてしまった。声を出した瞬間、絵理はハッと気づき、とっさに口を手で塞いだ。そして、驚いたように純也の方を見た。しまった!今の声、奥さんに聞こえただろうか。「あなた、女と一緒にいるの?」案の定、次の瞬間、車内に冷たい女の声が響いた。ここで説明しても、余計にややこしくなるだけだ。絵理は申し訳なさそうに純也を見つめると、すぐさま車を降り、逃げるようにその場を去った。足を引きずりながら歩き出したが、バランスを崩して転びそうになり、なんとか踏みとどまる。そして痛みに耐えながら、再び前へ進んだ。淡い街灯が彼女の華奢なシルエットを照らした。その揺れる腰つきは柳の枝のようにか弱く、思わず抱き寄せたくなるほど儚げだった。「ねえ、どうして黙ってるの?一体どこの女と一緒にいるの?」絵理の小さな姿がマンションの入り口で消えていった。純也はゆっくりと視線を戻し、冷ややかに言い放った。「百合子、お前、頭おかしいのか?」電話の向こうで、女はくすっと笑った。「別に邪魔するつもりはなかったのに、そんなに怒らなくてもいいでしょ?ねえ、さっきの女、新しい恋人?」「用がないなら切るぞ」「待って待って、ちゃんとした用事があるの」彼が決めたことに口出しはできないと分かっている安間百合子(あんま ゆりこ)は、すぐに冗談をやめた。「真面目な話よ。来月帰国するの。空港まで迎えに来てくれる?」純也は冷笑し、「百合子、俺たちは契約結婚の関係だって、もう一度思い出させてやろうか?お前の私事に付き合う義理はない」そう言い捨てると、彼は相手に反論の隙を与えず、一方的に電話を切った。遠くのマンションの一室に、暖かみのある灯りがともった。カーテンが閉められていて、中の様子は見えない。純也はしばらくその窓を見つめていた。やがて黙って視線を外し、エンジンをかけた。車は静かに走り出し、深い夜の闇へと溶けていった。……絵理が部屋に入るなり、親友の清水音葉(しみず おとは)が興奮気味に駆け寄り、勢いよく抱きついてきた。「絵理ちゃん、さっき送ってく
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第8話

絵理はただカクテルを作るだけの仕事だった。業務は単純で、時々チップももらえる。給料と合わせれば、毎月の収入は悪くなかった。客にカクテルを一杯作り終えると、絵理はシェーカーを置き、同僚に軽く声をかけてトイレへ向かった。廊下の角を曲がった瞬間、不意に背後から腕が伸び、強く抱きすくめられた。絵理は驚いて振り返り、自分を抱きしめるハゲ頭の中年男の顔を確認すると、表情が一変し、激しくもがいた!「佐藤社長、離してください!」「へへっ、絵理ちゃん、会いたかったよ。お前の匂い、たまんねぇなぁ。ほら、もっと抱かせろよ〜〜」佐藤は酒臭い息を吹きかけながら顔を近づけてきた。この佐藤という人はバーの常連で、五十代の男だった。以前から絵理の美貌を狙い、何度か囲おうと持ちかけてきた。絵理はいつも上手く避けていたが、今日ばかりは運が悪かった。絵理は吐き気がするほど嫌悪を覚えたが、あからさまに敵に回すのは危険だった。力いっぱい体をよじらせながら、「佐藤社長、今は仕事中です!離してください!」と叫んだ。「可愛い子ちゃん、俺は客だろ?ちょっと個室に付き合えよ。久しぶりじゃないか、俺の天使ちゃん。なぁ、ゆっくり話そうぜ〜〜」かつての絵理は可憐で純真だった。しかし、一度男を知ったことで、目元にはわずかな艶っぽさが宿り、より一層人を惹きつける雰囲気を纏っていた。佐藤はいやらしく笑いながら、待ちきれないとばかりに両手を絵理の体に這わせた。まるで脂ぎった肉の塊が彼女の肌を這いずり回るような感触に、絵理の全身の毛が逆立った。どんなに押し返しても、佐藤の腕はびくともしなかった。絵理の目が冷えた光を宿す。「佐藤社長、いい加減にしてください!これ以上しつこいと、叫びますよ!騒ぎになったら、あなたの立場もまずいでしょう?」「チッ、このアマ、調子に乗りやがって!俺が離さなかったらどうする?」佐藤は彼女の態度に逆上し、顔色を変えた。「クソッ!おまえが数日前に処女を売ったのは知ってんだよ!何を清純ぶってんだ?今日は絶対に逃がさねぇぞ!」そう叫ぶと、佐藤は隣の個室に向かって怒鳴った。「誰か来い!このビッチを個室に引きずり込め!」すぐに部屋の中から佐藤の手下が数人現れた。状況が最悪だと悟った絵理は、思い切り佐藤の急所に蹴りを叩き込んだ。「ぐあっ!」佐藤が悲鳴を上げ
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第9話

絵理は全身を震わせ、ようやく自分が純也の腕を掴んでいることに気づき、慌てて手を放した。「ごめんなさい、安間さん。わざと入ったわけじゃありません」絵理は俯き、小さな声で謝った。「邪魔してすみません。すぐに出ます」そう言い終わると、絵理は立ち上がり、去ろうとした。利用するときは甘えたように媚びて、都合よく盾にする。用が済めば、それらしく礼儀正しく謝罪して、さっさと立ち去る。彼は、そんなに甘い男だったか?純也は目を細め、冷たい声で言った。「俺を楽しませるために来たんじゃなかったのか?」絵理の足が止まった。彼はどういう意味?純也は彼女の澄んだ瞳を見つめ、冷たく呟いた。「またカラダを売ってるのか?」個室には静寂が広がり、彼の声がやけに鮮明に響いた。この男の言葉は、いちいち刺さる。絵理は少し気まずそうに答えた。「違います。仕事中に、あの人に絡まれただけです」「へぇ、確かに仕事中だな。昼は会社、夜は別のバイトか。随分と働き者だな」その言葉の端々には、露骨な皮肉が滲んでいた。絵理が言う「仕事」とは、あくまでバーでの勤務だ。だが純也は、あえてその意味を曲げた。彼の目には、彼女はただの「売り物」でしかない。絵理は謝罪すれば、すぐに許してもらえると思っていた。だが、純也の不機嫌な顔を見て、そんな単純な話ではないことを悟った。霧島は二人の間の険悪な空気を察し、軽く笑いながら場を和ませようとした。「純兄ィ、この子はあのハゲ佐藤に絡まれて困ってたんだろ?だから助けてもらっただけじゃん。もともとあんたの部下なんだし、ちょっとくらい手を貸してやってもいいんじゃね?」「俺のモノをどう扱うか、お前に指図される筋合いはない」純也が鋭い目を霧島に向けた。霧島は一瞬、呆気に取られた。彼にとって純也はもともと気難しい性格だが、冗談でここまでキレることは滅多にない。しかも、俺のモノって言った?確かに絵理は彼の秘書だ。だが、今の言い方はどう考えても、それだけの意味じゃなさそうだ!霧島はふと気づいた。純也は今夜ずっと無表情だったのに、絵理が来てから急に様子が変わった。まさか純也はこの秘書に、特別な感情を持ってるのか……絵理は純也の険しい表情をじっと見つめた。きっと自分が一緒に夜を過ごすのを拒んだせいで、純也の男としてのプ
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第10話

純也は深く煙を吸い込み、次の瞬間、骨ばった長い指で彼女の顔を掴んだ。そのまま、逞しい体が覆いかぶさるように迫ってきた。ほんの数秒の出来事だった。絵理が状況を把握する間もなく、純也の腕の中に閉じ込められていた!ほのかに漂うタバコの香りが彼女を包み込む。男の端正な顔立ちは、彼女の唇まであとわずか数センチの距離に迫っていた。絵理の体がビクリと震え、数秒間呆然とした後、ようやく我に返り、慌てて身をよじった。「安間社長、何をするつもりですか?」純也は片手で彼女の両手首を軽々と押さえつけた。逃れようともがくたびに、彼の胸板へと押し付けられ、まるで無言の誘いのようになってしまう。彼女の白い肌が目に焼きつくほど鮮やかに映り、純也は目を細めた。そして、薄い唇が彼女の首筋に触れた。絵理は驚いて目を見開いた!噛まれてる!いや、厳密には噛んでいるわけではない。痛みはない。純也の歯が彼女の柔らかな首筋を軽く挟み、ゆっくりと擦りつけるように動いた。絵理の体は大きく震えた。まるで次の瞬間、鋭い牙が彼女の動脈を貫いてしまうかのような、恐怖に駆られた。彼を突き放すことさえ、怖くてできなかった。実のところ、純也は本気で噛みつきたかった。酔っているわけでも、虐待の趣味があるわけでもない。ただ、抑えがたい衝動が湧き上がっていた。絵理の首筋に歯を立てることで、秘められた支配欲が満たされるような感覚に襲われた。ただ噛みつくだけじゃない、彼女を蹂躙し、完全に支配し、壊してしまいたい……血の中に蓄積された狂気が、次第に膨れ上がっていく。絵理は恐怖で体を強張らせた。しかし、それとは裏腹に、肌を伝う妙な痺れが走る。まるで細かな電流が全身を駆け巡るような、不可解な感覚だった。思わず、甘く掠れた声が漏れた。「ん……」自分がどんな声を出したのかに気づき、絵理は慌てて唇を噛んだ。意識を落ち着かせるように、冷静な声を装って言う。「安間社長、離してください。さもないと叫びますよ……」「大人の男の力に、お前が逃げられると思うのか?」純也は彼女の首筋から唇を離し、低く嘲るような声で言った。彼の冷たい唇が彼女の鎖骨をなぞるように動く。脳裏に渦巻く衝動を、かろうじて理性で押しとどめた。絵理は黙り込んだ。「……」純也は、無言のまま行動で彼女に思い知
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