恭一郎の心の中で緊張がどんどん募っていく。 手のひらには冷たい汗がにじみ、落ち着かない。 長い間待ち続けたが、誰もドアを開けてくれなかった。 焦りに駆られ、彼は無意識にドアを押してみる。 だが、ドアはしっかりと鍵が掛かっていて、びくともしない。 その横には小さな黒板が掛けられていた。 そこには「本日休業」と書かれている。 最初、彼はそれを見て、千夏が自分と会うためにわざわざ休業の札を掛けたのだと勘違いした。 だが、すぐにそれが「会う気はない」という意思表示であることに気付いた。 この瞬間、彼はようやく悟る。 千夏は彼を弄んでいたのだと。 彼女は初めから彼に会うつもりなどなかった。 その事実がまざまざと突きつけられる。 ――「ごめんなさい。あなたを許すつもりはない」 宿をじっと見つめる恭一郎。 そこは彼女と一緒に海辺での生活を夢見て語り合った記憶の場所だった。 彼女は海風を感じながら、二人で寄り添い合うだけで幸せだと言っていた。 彼は彼女の夢を叶えるために、国内の沿岸にある宿をいくつも購入し、時折彼女を連れて遊びに行った。 千夏はそのたびに満面の笑みを浮かべ、驚きと喜びを隠さなかった。 彼女が褒める言葉の一つ一つが、彼の心を甘く満たした。 だが、いつからだろう。 二人で出かけることがなくなってしまったのは。 恭一郎はぼんやりと考え込む。 梓と関係を持ち始めてから、彼が千夏と過ごす時間は確実に減っていた。 あの宿にも、もう何年も行っていない。 彼女に誓った約束も、多くを破ってしまった。 後悔が胸に押し寄せ、自分自身への怒りが募る。 彼は心の中で何度も過去の自分を罵った。 ――なぜ、もっと早く気づけなかったのか。 せっかく手に入れた千夏。 彼女が不安を抱えていることも、彼女が両親のような結末を恐れていることも分かっていたはずだった。 それでも、彼は自分を抑えられなかった。 かつてはどんな誘惑にも揺らがなかった自分が、なぜあの時、守り切れなかったのか。 彼は自分を殴りつけたくなるほどの後悔に苛まれる。 ふと、火照るような金髪の女性が彼に近づいてきた。 その鋭いオーラに目を輝かせ、彼女は挑発的な笑みを浮かべる。 「ねえ、素敵な殿方。飲
Last Updated : 2024-12-18 Read more