雨はますます激しくなり、廊下は半分まで濡れていた。弥生は身に着けていたスカーフを引き寄せた。こんなに寒いとは思っていなかった。立ち止まったものの、弥生は少しぼんやりしていた。今夜耳にした「宮崎さま」という呼び名を思い返していた。以前のように、この苗字を聞いても心が揺れることはもうなかった。しかし、今夜の「宮崎さま」が、以前仕事中に出会った「宮崎さま」ではないことは分かっていた。ここは日本であって、それに早川なのだ。120億円もの金額を即座に出せて、それにこの場に招かれる宮崎という人物は、彼しかいない。もう5年も会っていないのか。弥生は深く息を吸い、別の方向へと歩き出した。「霧島さん」数歩進んだところで、長身で清潔感のある男性が彼女の行く手を遮った。弥生は驚いて、その男性を見上げた。男性はブルーのスーツを着ており、ネクタイがきっちりと締められていた。彼女が顔を上げたのを見ると、彼は微笑みながら自己紹介を始めた。「初めまして、福原駿人と申します」福原駿人?さっき話していた福原家の後継者?弥生がぼんやりしているのを見て、駿人は眉を上げて言った。「霧島さん、私のことをご存じないですか?これまで何度もあなたに入社の招待を出してきたのに、私のことをご存じないとは」「いええ、そんなことはありません。存じております。初めまして、よろしくお願いします」弥生は彼の手を握り返しながら答えた。「ただ、福原さんがここにいらっしゃるのが不思議だと思いまして」弥生は益田グループの新任リーダーの顔を知らなかったが、知っているふりをすることに支障はなかった。これから早川で会社を設立する予定の彼女にとって、地元企業との関係を築くことは重要だった。柔らかくしなやかな女性の手を握った駿人は、一瞬驚いたような表情を浮かべた。一触即発の瞬間、弥生はすぐに手を引っ込めた。駿人は彼女を暫く見て、尋ねた。「ところで、どうしてこちらに?」「座っていると疲れるので、少し気分転換に来ました」「なるほど」駿人は眉を上げ、続けて聞いた。「ちょっと教えていただきたいことがあります。これまで何度も僕の入社招待を断られていますが、その理由をお聞きしてもよろしいでしょうか?僕が提示した条件は、以前のお勤め先よりもずっ
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