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All Chapters of 離婚後、恋の始まり: Chapter 821 - Chapter 830

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第821話

焼肉の香ばしい匂いがふわっと広がり、里香はハッと我に返った。本当にお腹が空いてる。どうやら、隣に雅之たちがいるせいで、かおるは思うように話せないらしい。食事の間、何度か何かを言いかけていたけど、視界の端に彼らが入るたびに、ため息をついて諦めてしまう。「……もう、めっちゃ鬱陶しい」結局、ぼそっとそう漏らした。里香はくすっと笑って、「じゃあ、しっかり食べなよ。話は後でゆっくりすればいい」と言った。「うん……」かおるは小さく返事をした。微妙な空気だったけど、焼肉は変わらず美味しい。里香は焼肉をどんどん口に運んだ。ちょうどその時、隣の席でも炭火を交換し始めた。一人の男が炭を入れた盆を手に持ち、炉に入れようとした。その瞬間、目つきが鋭く変わり、突然、その炭を雅之に向かって投げつけた。熱々の炭が直撃したら、大火傷では済まない。全てが一瞬の出来事。雅之もとっさに反応したが、背後は壁。完全に避けるのは不可能だった。彼は反射的に腕を上げて顔を庇うも、炭は額に直撃し、じりじりと焼けつくような激痛が走る。店内が騒然とし、辺りから悲鳴が上がった。「警察を呼べ!」すかさず月宮が男を押さえつけ、冷たく言い放った。男は必死にもがきながらも、怒りに満ちた目で雅之を睨みつけ、声を荒げた。「このクズ野郎!病院で人を殴るだけじゃなく、そんな奴が二宮グループの社長に座ってるなんてふざけんな!お前みたいな奴は死んじまえ!」店内の空気が凍りついた。里香は勢いよく立ち上がり、雅之の元へ駆け寄った。「雅之、大丈夫!?」雅之は顔をしかめる。額には真っ赤な火傷の痕が残っていたが、大きな怪我はなさそうだ。ただ、炭の灰が辺りに散らばり、服も汚れてしまっている。隣に座っていた琉生も巻き添えをくらい、不機嫌そうに眉を寄せていた。すぐに焼肉店の店長が駆けつけ、「彼は今日手伝いに来た人で、うちの店の者じゃありません!うちとは無関係です!」と必死に弁明した。それを聞いた里香は冷ややかに言い放った。「関係あるかどうかは、警察が調べてから判断することよ」こんなに必死に責任逃れしようとするなんて、余計に怪しいし、腹立たしい。かおるは地面に押さえつけられた男を見て、思わず親指を立てた。「へえ……あんた、私がずっとやりたかったことをや
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第822話

この言葉を聞いた雅之の動きが、明らかに一瞬止まった。月宮は琉生に親指を立てて見せると、そのまま一緒に病院へ向かった。病院に着いたとき、雅之の額の火傷はすでに小さな水ぶくれになっていた。医者が簡単に処置をして、「大したことないからもう帰っていいよ」と言った。もともと大したことじゃなかった。ただ里香が心配して、どうしても病院に行くと言い張ったのだ。病院を出ると、かおるが里香の腕にしがみつき、何度か言いかけては口ごもった。里香は彼女を一瞥して、「何か言いたいことがあるなら、はっきり言って」かおるは後ろの男たちをちらりと見てから、里香の手を引き、足早に前へ進んだ。そして距離が十分に開いたと感じたところで立ち止まり、そっと小声で尋ねた。「ねえ、里香ちゃん…もしかして後悔してる?本当は離婚したくないんじゃない?」里香の表情が一瞬固まり、「後悔なんてしてない」しかし、かおるは心配そうに言った。「でもさ、あんたの様子、どう見ても後悔してるようにしか見えないよ?雅之なんてちょっとヤケドしただけで、めちゃくちゃ慌ててたじゃん?もし誰かに襲われて刺されたりしたら、あんた絶対相手に飛びかかって命がけでやり返すでしょ?」里香は唇をきゅっと結び、何も言わなかった。かおるは「ほら、やっぱり!」と確信したように頷き、背後の男たちが近づいてくるのを見て、さらに声を潜めた。「もうすぐなんだから、今さら迷っちゃダメだよ?ここで揺らいだら、今までの努力が全部無駄になっちゃうじゃん!」ちょうどその時、男たちが追いついてきた。月宮が眉を上げ、「俺には聞かせられない話?」かおるは彼を一瞥して、「あんたが私の親友だったら、好きなだけ聞かせてあげるわよ」月宮の顔が一瞬黒くなった。雅之は里香のそばに立ち、黒い瞳でじっと見つめながら尋ねた。「家に帰るか?」外はすでに暗くなり、街の明かりが灯り始め、冷たい風が吹きつける。長々と立ち話をするには適さない状況だった。里香は彼を見つめ、「あの男、何者?」雅之は「まだ調査結果が出てない。わかったら話す」と静かに答えた。「うん」里香は軽く頷き、かおるに目を向けた。「送ってくれる?」かおるが頷こうとした瞬間、月宮がすかさず彼女の腕を掴んだ。「まだ解決してないことがあるんだけど?雅之とは同じ
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第823話

動揺した?後悔した?迷った?――そんな気がする。その答えが頭に浮かんだ瞬間、里香は気づいてしまった。自分が今まで必死にこだわってきたことなんて、結局はただの笑い話に過ぎなかったのだと。過去の出来事が次々と脳裏をよぎる。傷つけられたこともあれば、気遣ってもらったこともあった。じゃあ、自分は何にそんなにこだわっていたんだろう?たぶん、それは何度も積み重なった不信感と、あまりにも大きすぎた変化。あんなに愛し合っていたのに、記憶を取り戻して元の身分に戻った途端、彼はまるで別人のようになってしまった。他の女性とのつながり。恩返しをしたいと願った一方で、自分が与えた恩だけが綺麗に忘れ去られていた。何度も積み重なった失望は、やがて絶望へと変わる。だからもう、無理に頑張るのをやめたくなった。ただ、それだけのこと。かつて彼への愛で満ちていた心も、傷つくたびに少しずつ枯れていった。そして最後には、ひび割れた干上がった川のようになり、その傷が疼くたびに、耐えがたい痛みが襲ってきた。もう、そんな痛みを感じたくなかった。考えはまとまらないままだったが、それでも一つだけはっきりしていることがある。離婚は、ただ新しい人生をやり直すためのもの。もっと良い人生を送るための選択。それは、きっと彼にとっても、自分にとってもいいことのはず。だから、動揺も本心。迷いも本心。でも、離婚したい気持ちだって本心。「里香」ふいに耳元で響いた、低くて落ち着いた声。「ん?」顔を上げると、漆黒の瞳がじっとこちらを見つめていた。雅之の喉ぼとけがわずかに動いた。少しの沈黙のあと、ようやく言葉を絞り出した。「お前……僕のこと、心配してるんだろ?」「うん」今回は逃げも隠れもせず、素直に認めた。その瞬間、雅之の瞳孔が、かすかに震えた。そんな彼を見つめながら、里香は淡々と言う。「あなた、前に言ってたよね。私が本当にあなたを愛していたのなら、そんな簡単に嫌いになるわけがないって。あの時は、そんな言葉、到底受け入れられなかった。でも……今なら、少しだけ分かる気がする。たしかに、私はあなたのことを心配してる。時々、心が揺らぐこともある。でも、それでも気持ちは変わらない」透き通るような瞳で雅之の端正な顔を見つめながら、里香ははっきりと
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第824話

里香はその言葉を聞いて、思わず眉をひそめた。「その件なんだけど、今どんどん炎上してるよ。何か手を打たなくて大丈夫?」雅之は淡々と言った。「今さら抑えようとしても無駄だよ。資本側が動いてるし、裏で誰かが煽ってる。このまま放っておけば、もっとヒートアップするだけだ」里香は少し不安になった。「じゃあ……どうするの?」このままの流れだと、雅之の立場はますます危うくなる。取締役会だけじゃない、世間の目もある。もし上層部の注意を引いたら、雅之は完全に干されるかもしれない。「そんなに心配してくれるなんて、本来なら嬉しいはずなのに……なんでこんなに苦しいんだろう」雅之は突然、話の流れを変えた。里香は少し黙ったあと、さらりと言った。「じゃあ、私がライブ配信でもして釈明しようか?」「お前が表に出る必要はない」雅之はきっぱりと言った。「全部、僕が何とかする」その言葉を聞いて、里香は不思議と安心した。「もし何か必要なことがあったら、いつでも連絡して」「わかった」雅之はそう答えたものの、なぜか電話を切ろうとはしなかった。不思議に思った里香が、スマホの画面を見ながら問いかけた。「……まだ何かあるの?」「いや……ただ、切りたくない」一瞬の間。「お前の声をもっと聞きたい。できれば、今からそっちに行きたい」「もう遅いよ。寝なさい」そう言って、里香は迷うことなく電話を切った。ベッドに横になり、スマホで動画を見ていると、関連動画のほとんどが雅之の暴行事件についてだった。とんでもない注目度だ。このタイミングで、一体誰がリークしたのか?雅之のライバル?それとも、明らかに彼を狙った何者か?里香は、後者の可能性が高いと感じていた。だとすれば、今後まだ何か仕掛けてくるはず。そんなことを考えているうちに、いつの間にか眠りに落ちた。翌日。二宮グループ本社。広々とした会議室には、すでに多くの記者が詰めかけていた。スマホでライブ配信をしている者、カメラを構え、シャッターチャンスを狙う者。室内はざわめきに満ちている。会議室のドアが開いた。先頭を歩くのは桜井。そして、その後に続くのは雅之。彼の姿が現れた瞬間、すべてのカメラが彼に向けられた。今日の雅之は、黒いスーツにストライプのネクタイをきっちり締め
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第825話

「桜井」「はい」桜井は即座にパソコンを開き、背後のスクリーンに映像を映し出した。「皆さん、まだ全貌を見ていませんよね?」そう言うと、記者たちの視線が一斉にスクリーンに向けられた。映像には病院の廊下が映し出されている。その中央付近、ある病室の前で、中年の男女が大声で怒鳴り散らしていた。そこへ、一人の若い女性が歩み寄り、二人と口論を始める。カメラの角度のせいで、彼女の顔は映っていない。だが、その直後、中年女性が彼女に手を振り上げるのがはっきりと映っていた。その瞬間、雅之が動いた。「これが、完全な映像です」桜井はタイミングよく映像を一時停止し、続けた。「うちの社長は、正義感から動いただけです。ネット上で騒がれているような暴力的な行為をしたわけではありません。本当に犯罪なら、警察が裁くはずです。皆さんの勝手な憶測ではなくね」映像を見終えた記者たちは、呆気に取られた表情を浮かべていた。こんな展開だったのか?これ、どう見ても正当防衛じゃないか?【ほら見ろ!あんなにイケメンなのに、横暴なことするはずないって思ってた】【最初から怪しかったよ!映像が短すぎたし、ここ数日やたら拡散されてたし、もしかしてこれは商戦?】【つまり、ライバルグループが社長を貶めるための戦略ってこと?】【でも、だからって手を出していい理由にはならなくない?相手は年上だし、もし怪我でもさせてたらどうするの?】コメント欄には、賛否さまざまな意見が飛び交っていた。雅之は立ち上がると、冷静に言い放った。「事実は目の前にある。それ以上話すことはない。疑問があるなら、直接警察に通報しろ」そう言うなり、彼は会議室をあとにした。記者たちは困惑していた。新たな情報を引き出せると思っていたのに、まさかの釈明会見。しかし、この映像が公になった以上、ネットの流れは確実に変わるはずだ。よほどの新たな展開がない限り。その頃、里香も配信を見ていた。雅之が冷静に対応する様子を見ながら、気づけば自然と微笑んでいた。あれほど面倒くさそうにしていたのに、結局は会見に出た。しかも、映像が流れている間、スマホをいじっていて無関心そうだった。つまり、この件は彼にとって大した問題ではないのだろう。そして里香の顔は映らなかった。名前さえも出
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第826話

里香が尋ねると、聡は「ちょっと個人的な用事を片付けてたんだよ」と言いながらオフィスに入ってきた。そして、にこにこと星野を一瞥し、里香に向かってウインクした。「どうした?私のこと、恋しかった?」軽口を叩く聡に、里香はうんざりしたようにため息をつき、サッと手を押しのけた。「ちょうど確認してもらいたい書類が山ほどあるの。さっさと仕事に取りかかって。スタジオの発展を妨げないで」「……」仕事バカめ……!だったら、もう少し遅く戻ってくればよかった。とはいえ、自分が何をしていたかは話さない方がいいだろう。もし知られたら、間違いなく怒られるし。せっかく雅之と里香の関係が少し和らいできたのに、ここで余計なことをしてぶち壊したら、歴史に名を刻む大罪人になってしまう。「はいはい、やりますよ。みんなはサボっててもいいからね?」聡は肩をすくめながら微笑み、くるりと踵を返してオフィスへ向かう。ただ、星野の横を通る際に、意味深な視線を送るのを忘れなかった。星野は軽く眉をひそめたが、特に相手にはしなかった。里香は視線をパソコンに戻し、ライブ配信を終了させる。これでひとまず、今回の騒動は収束するはずだ。その時、スマホの着信音が鳴り響く。画面を見ると、雅之からの電話だった。「もしもし?」電話に出ると、低く魅力的な声が耳に届いた。「ライブ、見た?」「うん、見たよ」すると、雅之はくすっと笑い、「僕の姿に惚れ直した?」と聞いた。「……」思わずスマホを見つめた。え、今なんて?動画の件について話すためにかけてきたのかと思っていたが、まさか最初に出てくる言葉が「僕、かっこよかった?」だなんて!呆れたようにため息をつき、「今回のこと、これで解決ってことでいいの?」と話を逸らした。だが、雅之は軽く笑いながら、「どうして質問に答えないの?ライブのコメント見た?みんな『イケメンすぎて許せない』って騒いでたぞ?」「……」「里香、本当にもう一度考え直さない?こんなイケメンの夫と離婚するなんて、本当に後悔しない?」「……」こいつ、何を言ってるんだ?「もう決めたことよ」ピシャリと言い放ち、ためらうことなく電話を切った。この男、本当にくだらないことばっかり……!二宮グループ・社長室。通話終了の画面
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第827話

星野がスマホを手に、画面を見せながら里香に近づいてきた。ちょうど荷物をまとめていた里香は、その声に顔を上げ、首をかしげた。「どうしたの?」星野が見せた画面には、またしてもトレンドを独占している一本の動画が映し出されていた。動画の中では、中年の男女がカメラの前で涙ながらに訴えている。その背後に映るのは、まさに二宮グループ傘下の病院だった。中年の女性は涙と鼻水で顔をぐしゃぐしゃにしながら、震える声で叫んだ。「うちの娘が、あの大企業の社長の奥さんに車で轢かれて、腕を骨折したのよ!なのに、私たちは何も知らされなかった!娘はこの病院に閉じ込められて、私たちは会うことすら許されなかったの!前に、あの社長が私を殴ったのも、娘に会わせろって頼んだからよ!それなのに、連れて行かれるばかりで、もう一ヶ月以上も家に帰ってないのよ!親が娘に会いたいと思うの、そんなに悪いこと!?」隣にいた中年の男性も、怒りと無力感をにじませながら言葉を絞り出した。「たまたま体調を崩して病院に行ったら、そこで娘を見つけた……でも、一ヶ月ぶりに会った娘はガリガリに痩せ細ってて、骨折だって全然治ってなかった!それなのに、轢いた本人は未だに娘に会わせようとしないどころか、病院まで転院させたんだぞ!しかも、この病院には警備員がいて、俺たちは中に入ることすらできない!ただ娘に会いたいだけなのに、なぜ邪魔をする!?まさか、娘を実験にでも使ってるんじゃないのか!?娘を返せ!!」悲痛な訴え、怒りに満ちた表情、そして涙——カメラの前で「悲劇の親」を演じるには、これ以上ないほど完璧な姿だった。コメント欄には、早速「関係者」と名乗る人物たちが書き込んでいる。【あの日、病院で一部始終を見てたけど、二宮社長は横暴にも、この動画の女性を蹴り飛ばしてたよ。女性が警察を呼ぶって言ったのに、社長は「誰が見た?」って言い放って、誰も口を開けなかった。これが資本の力ってやつか】【私も見てたけど、あの夫婦はただ娘に会いたいだけだったのに、どうしてそんなに拒むのか、全然理解できない】【その女の子、私も見たけど、本当に痩せ細ってて痛々しかった……轢いたなら、ちゃんと賠償して治療すればいいのに、なんで親にすら会わせないの?】【上の奴ら、どこから湧いてきた「関係者」なんだ?あの夫婦が病院でどれだけひど
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第828話

里香はドアを開けながら言った。「まだ分からない。彼に電話したけど、出なかったわ。でも、はっきりしてるのは、誰かが私たちを狙ってるってこと」 かおるも後に続いて部屋に入り、その言葉を聞くと眉をひそめた。「狙われてるのは雅之じゃないの?あなたには関係ないんじゃない?」 里香は少し唇を引き結び、「ただの直感だけど……そんな単純な話じゃない気がするのよ」とつぶやいた。 かおるは不安そうに言った。「もう、怖がらせないでよ。なんかどんどんややこしくなってない?」 里香は仕方なくため息をついた。「相手が何を企んでるのか、まだはっきりしない以上、しばらく様子を見るしかないわ。でも、私は大丈夫」 少なくとも、今のところ標的は雅之ただ一人だった。 かおるはスマホを取り出し、「月宮にも調べてもらうよう頼んでみる」と言った。 里香は肩をすくめ、「月宮と雅之って親友でしょ?放っておいても動かないわけないじゃない」と返した。 「それもそうね」 かおるはスマホを置き、肩を落としながらぽつりと言った。「なんか……急に無力感がすごい。私、何の役にも立ててない……」 里香は微笑み、「私たちは自分にできることをやるだけ。それが彼らにとって一番の助けになるのよ」と優しく言った。 前線が混乱しているなら、後方はしっかり支えなければならない。 さもなければ、前後から挟み撃ちにされるだけだ。 「うんうん、確かにそうね」 里香はふと、「ご飯食べた?」と尋ねた。 かおるは首を振り、「ニュース見てすぐ飛んできたのよ。それでうちの上司と喧嘩しちゃった……あのクソ上司、毎日毎日くだらない会議ばっかりで、本当うんざり」と愚痴をこぼした。 里香はそんな彼女の文句を聞きながら、なぜか少し気持ちが落ち着いた。「上司なんてそんなものよ。我慢するしかないわね」 かおるはソファにぐったりと倒れ込み、「だよねぇ……結局そうするしかないか」とため息をついた。 里香はキッチンへ行き、さっと麺を作ると、すぐにかおるを食卓に呼んだ。 食事を終えた後、二人はスマホを手に取り、事態の進展を見守る。 今回の二宮グループの対応も、前回と同じだった。 すぐに声明を出すことなく、しばらく様子を見るという方針。 不思議なのは、午
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第829話

「わかった」 里香はかおるの手を軽く叩き、その考えをひとまず振り払った。 しかし、かおるはそれでも心配で、里香が本当に配信を始めるのではないかと気が気でならず、一晩中そばを離れずに付き添っていた。 里香が無鉄砲なわけではない。ただ、雅之は男性であり、権力も影響力もある。少々の批判を浴びたところで、大きなダメージにはならないし、話題を鎮めるのも造作もない。 けれど、里香は違う。彼女には何の後ろ盾もない。世間の目に晒されるわけにはいかないのだ。 今のネット民は気に入らないことがあれば、すぐに袋叩きにする。里香の温厚な性格では、そんな攻撃に耐えられるはずがない。彼女が傷つくところなんて、絶対に見たくない……! 夜になっても、二宮グループのビルは煌々と明かりが灯っていた。 広報部の山本マネージャーが緊急対応策を手にオフィスへ向かうと、中から激しい口論が聞こえてきた。 桜井はドアの前で立ち止まり、山本から書類を受け取ると、「もう戻っていい」と静かに言った。山本は小さく頷き、その場を後にした。 桜井は書類にざっと目を通しながら、ドアを押し開けて中へ入る。 オフィスの中では、佐藤が怒りに任せて机を叩き、険しい目つきで雅之を睨みつけていた。 「説明しろ!やっと沈静化したと思ったら、また騒ぎになってるじゃないか!お前にはこの問題を収める力がないようだな。株主総会を開いて、新しい社長を選出することを提案する!」 周囲の幹部たちも険しい表情で、誰一人として擁護する者はいなかった。 一難去ってまた一難。ネットの世論は完全に一方的になり、「雅之を糾弾し、娘を解放しろ」と叫ぶ声ばかりが飛び交っている。 雅之は革張りの椅子にゆったりと座り、怒りを露わにする幹部たちを静かに見渡した。そして、淡々とした口調で言った。 「新しい社長を選出したとして、それで?その後、この問題をどう処理するつもりですか?」 佐藤は険しい表情を崩さぬまま、「それはお前が気にすることじゃない」と突き放した。 しかし、雅之は続ける。 「当ててみましょうか?結局、すべての責任を僕に押し付けて、僕が辞職したと発表する。病院での暴行も、娘を隠したことも、すべて僕個人の行動で、二宮グループとは無関係だとするつもりでしょう?」
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第830話

極端に傲慢で、誰にも屈しないほど横柄だ。株主たちは皆、険しい表情を浮かべていたが、たとえここまで強気に出られても、簡単に手を出せる相手ではないことを理解していた。本来なら言葉で説得し、辞職に追い込むつもりだったが、その手はどうやら通用しそうにない。今の雅之を抑えられる人間はいるのか?正光はすでに脳卒中を患い、由紀子は一切関与せず、二宮のおばあさんも認知症が進んでいる。……誰も止められない。佐藤も最初こそ圧倒されていたが、すぐに冷静さを取り戻し、細めた目でじっと見据えた。「雅之くん、お前、随分と傲慢になったな。本当に私が何もできないと思っているのか?」雅之はわずかに眉を上げ、口角を引いた。「ほう? それで、どうするつもりですか?」「二宮グループには、責任感のある人間が必要だ」佐藤の声は冷え切っていた。「だが、お前にはその資格がない」「なるほど」雅之は皮肉げに笑った。「つまり、すでに『適任者』を見つけたと?」「ふん、その時が来ればわかるさ」そう言い捨て、佐藤は踵を返し、他の株主たちもそれに続いた。桜井が傍らで控え、頃合いを見て口を開いた。「社長、今回のネット上の騒動について、広報部が緊急対応策をまとめました。ご確認されますか?」「見ない」予想していたのか、桜井は書類を差し出すこともなく、話題を切り替えた。「月宮さんから連絡がありました。現在、海外の関係者が例の宝飾会社の責任者を押さえており、これ以上騒ぎが大きくなることはないとのことです」しかし、雅之は静かに言った。「黒幕が見つかっていない以上、まだ確定とは言えない」スマホを取り出し、画面を確認すると、里香からの着信履歴が残っていた。ほんの一瞬、目の色が沈む。そしてすぐに折り返した。「……もしもし?」コール音が三回鳴った後、すぐに繋がった。受話口の向こうから、柔らかい声が聞こえてきた。「ネットの件は気にしなくていい。僕には何の影響もない」その言葉に、里香はようやく安堵した。無事なら、それでいい。通話越しでも、彼女の感情の揺れが伝わってくる気がした。雅之は薄く唇を持ち上げ、低い声で尋ねた。「心配してた?」「ええ、してたわ。明日、本当に約束どおり来られるのかって」「安心しろ。約束は、必ず守る」窓の外はすでに闇に包ま
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