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第828話

Author: 似水
里香はドアを開けながら言った。「まだ分からない。彼に電話したけど、出なかったわ。でも、はっきりしてるのは、誰かが私たちを狙ってるってこと」

かおるも後に続いて部屋に入り、その言葉を聞くと眉をひそめた。「狙われてるのは雅之じゃないの?あなたには関係ないんじゃない?」

里香は少し唇を引き結び、「ただの直感だけど……そんな単純な話じゃない気がするのよ」とつぶやいた。

かおるは不安そうに言った。「もう、怖がらせないでよ。なんかどんどんややこしくなってない?」

里香は仕方なくため息をついた。「相手が何を企んでるのか、まだはっきりしない以上、しばらく様子を見るしかないわ。でも、私は大丈夫」

少なくとも、今のところ標的は雅之ただ一人だった。

かおるはスマホを取り出し、「月宮にも調べてもらうよう頼んでみる」と言った。

里香は肩をすくめ、「月宮と雅之って親友でしょ?放っておいても動かないわけないじゃない」と返した。

「それもそうね」

かおるはスマホを置き、肩を落としながらぽつりと言った。「なんか……急に無力感がすごい。私、何の役にも立ててない……」

里香は微笑み、「私たちは自分にできることをやるだけ。それが彼らにとって一番の助けになるのよ」と優しく言った。

前線が混乱しているなら、後方はしっかり支えなければならない。

さもなければ、前後から挟み撃ちにされるだけだ。

「うんうん、確かにそうね」

里香はふと、「ご飯食べた?」と尋ねた。

かおるは首を振り、「ニュース見てすぐ飛んできたのよ。それでうちの上司と喧嘩しちゃった……あのクソ上司、毎日毎日くだらない会議ばっかりで、本当うんざり」と愚痴をこぼした。

里香はそんな彼女の文句を聞きながら、なぜか少し気持ちが落ち着いた。「上司なんてそんなものよ。我慢するしかないわね」

かおるはソファにぐったりと倒れ込み、「だよねぇ……結局そうするしかないか」とため息をついた。

里香はキッチンへ行き、さっと麺を作ると、すぐにかおるを食卓に呼んだ。

食事を終えた後、二人はスマホを手に取り、事態の進展を見守る。

今回の二宮グループの対応も、前回と同じだった。

すぐに声明を出すことなく、しばらく様子を見るという方針。

不思議なのは、午
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    雅之はじっとかおるを見つめていた。まるで彼女が演技をしていないか確かめるように。「何見てるの?質問してるんだけど?」かおるは彼の沈黙が続くのを見て、二歩前へと踏み出した。必死に感情を押し殺していたが、それでも抑えきれない。もしまた里香を傷つけたのなら、命をかけてでも戦うつもりだった。月宮がそっと手を伸ばし、彼女を引き止めた。「いや、雅之が最近どんな態度だったか、君も見てきただろ?ネットの件で忙しくて、まるで駒のように動き続けてる。もう何日も里香と会ってないんだ。そんな状況で、どうやって彼女を傷つけたり悲しませたりできるっていうんだ?」かおるは充血した目で雅之をにらみつけた。「本当?」雅之は無言のまま煙草を灰皿に押し付け、掠れた声で尋ねた。「里香は君に……何か話してなかったか?どこかへ行くとか、そんなことを」かおるは一瞬、呆然とした。そうだ。どうして忘れていたんだろう?たしかに、里香はそんなことを言っていた。一緒にこの街を出ようって。けれど、里香の性格を考えれば、もし本当に出て行ったとしても、黙っていなくなるなんてありえない。必ず一言くらいは伝えてくれるはずだ。となると、これはただの家出なんかじゃない。誰かに連れ去られた?かおるはリビングを行ったり来たりしながら、必死に考えを巡らせた。「今、里香ちゃんが心を寄せているのは杏だけ……ってことは、誰かが杏を利用して罠に誘い込んだんじゃない?」そう言った瞬間、ハッとして手を叩いた。「その可能性が高い!相手はきっと何か条件を出して、里香ちゃんを納得させたんだ。それで……もし応じなければ杏に危害を加えるとでも言ったんじゃない?そうよ、脅されてたんだ!」雅之は深く目を伏せた。その方向は考えていなかった。なぜなら、里香は新と徹を自ら振り払い、変装までしてスマホを庭に残し、姿を消した。どう見ても、自発的に出て行ったようにしか思えなかった。だが、もし誰かが、そうするよう仕向けたとしたら?それなら、里香一人でここまで綿密に計画するはずがない。何より、かおるを置き去りにするなんて、彼女の性格からしてありえない。里香はきっと分かっていたはずだ。自分がいなくなれば、雅之がかおるを問い詰め、困らせることになると。その因果関係を悟った瞬間、雅之の表情はさらに

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    月宮は、その言葉を聞いて動きを止めた。「何のためにかおるを探そうとしてるんだ?」雅之の声は低く、冷え切っていた。「何も知らないなら、それが一番だ。だが、もし知っていたら……」月宮の口調も鋭くなった。「雅之、たとえかおるが何か知っていたとしても、手を出すのはやめろ。里香がどう思うかはともかく、まず俺が許さない」雅之はゆっくり目を閉じ、それから静かに言った。「かおるを連れてこい」そう言い終えると、一方的に通話を切った。今、唯一の望みは、かおるが彼女の行き先や事情を知っていること。もし何も分からないのなら、自分が何をしでかすか分からなかった。かおるは仕事中だった。スマホを肩と耳の間に挟みながら、キーボードを叩き続けた。「何?仕事中なんだけど」月宮の声が返ってくる。「少し時間取れないか?話がある」「今は無理。電話で済むなら聞くけど、直接会う話なら退勤後にして」上司にこき使われてクタクタのところに、勤務時間中の呼び出しなんて冗談じゃない。だが、次の言葉に指が止まった。「里香のことだ。それでも出られないか?」かおるはスマホを握り直し、声が鋭くなった。「どういう意味?里香に何があったの?」月宮が静かに答えた。「里香が姿を消した」「なっ!?」かおるは椅子を勢いよく引き、立ち上がった。バッグを掴むと、迷わずオフィスを飛び出した。「いつから!?どうしていなくなったの!?」歩きながら矢継ぎ早に問い詰めると、ちょうどその時、オフィスから上司が顔を出した。「おい、かおる!どこ行くつもりだ!?まだ勤務時間中だぞ!早退なんて許さないからな!いいか、勝手に抜けたら給料から差し引くぞ!」振り返りざま、きっぱりと言い放った。「どうぞご自由に。差し引いた分、好きに使って燃やせば?もう辞めるから!」唖然とする上司を無視し、エレベーターに飛び乗った。里香より大切なものなんて、あるわけない!仕事なんて、無くなったらまた探せばいい!電話の向こうで月宮が怪訝そうに尋ねた。「今の、何?」「どうでもいいわ!」息を整える間もなく、すぐに本題に戻る。「早く詳しく話して!里香、どうしていなくなったの!?」「俺も聞いたばかりだ。雅之がつけた護衛をわざと巻いて、変装して出て行ったらしい」

  • 離婚後、恋の始まり   第839話

    彼女のヒステリックな叫びにも、誰一人として応じる者はいなかった。頭がどうにかなりそうだった。騙された。そして今、杏の姿どころか、自分の手足すら思うように動かせず、挙句の果てに視界さえも奪われている。どうすればいい?これから、どうすれば……茫然、自失、自責、後悔。そんな負の感情が渦を巻き、心を押し潰していく。苦しさに耐えきれず、その場に崩れ落ちるように膝をつき、腕で自分の体を抱きしめた。全身が震え、止まらなかった。新と徹はショッピングモールを何周も回ったが、どこを探しても里香の姿は見つからなかった。胸騒ぎがした。何かあったに違いない。二人の直感は、そう告げていた。新はすぐに雅之へ報告し、徹は聡に連絡を入れた。監視システムをハッキングし、里香の行方を追うために。雅之の表情は険しく、目の前のモニターを睨みつけた。映し出されていたのは、里香が女性用トイレに入っていく姿。だが、十分も経たないうちに、中から出てきたのは、全身をすっぽりと覆った女だった。雅之の目が鋭く光った。「画面を切り替えろ。その女を追え」「了解」聡は即座に指を動かしながらも、心の中では思わず問いかけていた。里香……何をしてる?どうして、兄貴がつけた人間を巻こうとするんだ?どこへ行くつもりなんだ?映像は次々と切り替わり、女の姿を追い続ける。やがて彼女はモールを抜け、郊外へと向かっていった。聡が眉をひそめた。「ここから先、監視カメラの範囲外です。一時的に位置が把握できません」雅之が低く呟いた。「スマホにGPSを仕込んである」「えっ?」聡が驚いたように目を見開いた。「スマホに追跡機能を?バレたらどうするつもりだったんですか?」雅之は冷ややかな視線を向けた。「今、それを言うタイミングか?」「……っ、了解です」聡はすぐに切り替え、里香のスマホの位置を特定する作業に取りかかった。「いた!」画面を指差し、声を上げた。「ここです!」雅之はその座標を見据え、すぐさま命じた。「車を用意しろ」「すでに準備できてます、すぐに出発できます」桜井の返答とともに、数台の車が発進した。40分後、車はある小さな一軒家の前で停まった。桜井が部下を率いて突入し、しばらくして険しい表情で戻っ

  • 離婚後、恋の始まり   第838話

    里香の視界はずっと閉ざされたまま。頼れるのは、聞こえてくる音だけだった。何も見えない不安が、じわじわと心を沈めていく。相手は一言も発さず、その正体はまるで霧の中。なぜ、何も話さないのか?もし、それが自分に身元を知られたくないからだとしたら――相手は、自分の知っている誰かということになる。だとしたら、一体誰……?車が走る間、必死に考えを巡らせながら、何度も声をかけてみた。けれど、まるで存在を無視するかのように、相手は一切応じようとしなかった。次第に言葉を発する気力も尽き、やがて車は停まった。誰かに腕を掴まれ、外へと連れ出された。地面は平坦で、しばらく進むと、一瞬だけ石畳のような感触が足裏に伝わった。ここは、一体どこなの?どれほど時間が経ったのか分からない。ふいに、誰かが手首をそっと握った。「小松さん、これから私がお世話をします」落ち着いた、中年女性の声だった。「あなたは誰?ここはどこなの?」里香は、すかさず問い詰めた。「これからは、私のことを陽子とお呼びください。何か必要なことがあれば、遠慮なくおっしゃってください」だが、それ以上の問いには、一切答えようとしなかった。理不尽な沈黙に、押し寄せる無力感。「ねえ!もうここに来たんだから、黙ってないで!杏に会わせてくれるんじゃなかったの!?彼女はどこ!?」怒りが頂点に達し、思わず叫んだ。すると、唐突に耳元で電子音が響いた。「杏は無事だ。君がここで大人しくしている限り、彼女に危害は加えない」「ふざけないで!」怒りのままに、声のする方へ振り向き、叫んだ。「何が目的!?一体誰なの!?なんでこんなことをするの!?」しかし、返答はなく、代わりに足音だけが遠ざかっていく。行かせちゃダメ!このままじゃ、何も分からないままになってしまう。「待って!行かないで!」声の方向へ向かおうとするが、目隠しのせいで何も見えず、思うように動けない。その瞬間、陽子に腕をしっかりと掴まれた。「小松さん、お部屋にご案内します。ゆっくり休んでください」言うが早いか、強引にその場から連れ出された。「放して!離して!」必死に抵抗するが、手が縛られた状態ではどうすることもできない。階段を上がり、部屋へ入ると、陽子が口を開いた。「今から

  • 離婚後、恋の始まり   第837話

    ここ数日、雅之は毎日メッセージを送っていたが、杏の行方は依然として掴めなかった。里香もまた、眠れぬ夜を過ごしていた。動画の注目度は以前ほどではないものの、まだトレンドランキングに残っていた。その日、里香は書斎で図面を描いていた。突然、スマホの着信音が鳴り響く。画面を見ると、見知らぬ番号からの電話だった。一瞬迷ったものの、意を決して通話に出た。もしかしたら、裏で糸を引いている人物がついに動き出したのかもしれない、そんな予感がした。「もしもし、どちら様?」冷静を装いながら問いかけた。しかし、返ってきたのは電子音で加工された声。性別も、感情も読み取れない。「杏に会いたいか?今、私の手の中にいる」「誰なの?杏はどこにいるの?」「今から住所を送る。お前ひとりで来い。雅之には知らせるな。あの二人のボディーガードも連れてくるな。もし誰かにバレたらその場で杏を殺す。そして、すべて雅之の罪にしてやる。今も動画の話題はそこそこ続いてるだろ?こんなタイミングで『雅之が杏を虐待して死なせた』なんて話が流れたら、どうなると思う?」里香は勢いよく立ち上がった。「分かった、行く」相手はそれ以上何も言わず、通話を切る。すぐに、スマホにメッセージが届いた。送られてきたのは郊外の住所。市街地から外れた、人気のない場所だった。胸の奥で不安が渦巻く。雅之に話すべきか?でも、あの脅しが頭から離れない。杏を危険に晒すわけにはいかないし、雅之に殺人犯の汚名を着せることも絶対にできない。決意を固め、里香は最低限の荷物をまとめ、すぐに家を出た。まずはショッピングモールに立ち寄り、人ごみに紛れてトイレへ向かった。そこで服を着替え、帽子とマスクをつけ、顔を隠した。これなら、新や徹にも気づかれないはず。そのままレンタカーを借り、郊外へ向かった。目的地に着くと、そこには一軒家のような独立した建物があった。しばらく様子をうかがっていたが、意を決して中に入ることにした。「……誰かいますか?」慎重に足を踏み入れながら、声をかけた。家は二階建てで、異様なほど静まり返っていた。不気味な雰囲気が漂っている。里香は入り口に立ち、もう一度呼びかけた。「誰かいないの?」しかし、返事はない。これ以上深入りすべきではないかもしれな

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