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離婚後、恋の始まり のすべてのチャプター: チャプター 581 - チャプター 590

606 チャプター

第581話

「急ぐな、すぐにわかるよ」雅之は低くて魅力的な声で冷たく言った。夏実は胸に抱いた不安がさらに強まるのを感じた。突然立ち上がり、急いで言った。「二人とも用事があるなら、私は先に行くわ」彼女は足早に出口に向かおうとしたが、タイミング悪く、ボディガードに連れられた五、六人の男たちと鉢合わせしてしまった。その男たちは誰もがみすぼらしく、不潔そうで、体には正体不明の疣がついていた。見るからに嫌悪感を催す。ボディガードが彼女を止めた。「夏実さん、まだ用事は済んでいません。お帰りいただくことはできません」夏実はその男たちを見て顔色が変わった。「あなたたち、何をするつもりなの?」ボディガードは答えることなく、逆に彼女を力ずくで部屋へ押し込み、ドアを閉めた。夏実はよろけた。片足が義足の彼女はうまく踏ん張ることもできず、そのまま地面に倒れ込んだ。彼女は振り返って雅之を見た。不安の色を濃くして問いかけた。「雅之、これはどういうこと?一体何がしたいの?」全員が揃ったのを確認すると、雅之はひと振り手をあげた。そしてボディガードが小瓶を取り出し、夏実の顎を掴むと、無理矢理その液体を飲ませた。「んぐっ!」夏実は必死に抵抗したが、相手は屈強なボディガードだ。太刀打ちできるはずもなかった。瓶の中身は半分ほど彼女の喉を通り、残りは顎から流れ落ちた。彼女の顔は恐怖に満ちていて、雅之を睨みつけた。「これ、何なの?私に何を飲ませたの?雅之、一体何をするつもりなの?」雅之は冷たい眼差しを向けて言った。「まだとぼけるつもりか?」ゆっくりと身を起こし、夏実のそばに立つと、彼女のこのみじめな姿を冷たく見下した。「何度も里香を陥れようとしたくせに、今さらよくそんな質問ができるとはな」「私……」夏実は息を呑んだ。雅之は里香のために復讐するつもりなのか?極限まで恐怖を感じた夏実は、雅之のズボンの裾を掴み、必死に哀願した。「雅之、私が悪かった、間違ってたわ!それを認めるわ。もう二度としない!お願い、どうか私を許して!誓うわ、もう二度とあなたたちの前に姿を現さないから!」彼女は何とか許しを得ようと懸命に懇願したが、その時、自分の体に異変が現れ始めた。それは身体の奥深くから湧き上がる痒みだった。先ほど飲まされた液体のせいかと悟った。「雅之、
last update最終更新日 : 2024-12-10
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第582話

「嫌よ!嫌!雅之、あなたなんて大嫌い!許さない!」夏実の絶叫が部屋中に響き渡った。その声には、彼女の深い絶望がありありと表れていた。里香は雅之を見やった。彼は表情を崩さず、細めた目でじっと里香を見返している。そんな彼を見て、里香はふっと笑った。「一応、あなたを救うために片足を失った恩人よね。それでも今の彼女を見て、何とも思わないわけ?」雅之の端正な顔に冷笑が浮かんだ。「今日の結果は、彼女自身で招いたことだろう」彼はまるで念を押すように、里香の顔をじっと見据えながら続けた。「最初から彼女には興味なかった。僕が気になってたのは、ずっとお前だけだよ、里香」里香は視線をそらし、歩き出しながらさらりと言った。「じゃあ、なんで二年前に彼女と結婚しようとしたの?」雅之はポケットからタバコを取り出し、火をつけると、ゆっくりと煙を吐き出した。細めた目で前を見つめながら、低い声で答えた。「二年前、結婚なんて考えたこともなかった」里香の足が一瞬止まる。結婚する気がなかったのに、なぜ夏実が婚約者になったのか?けれど、里香はそれ以上問い詰めようとはしなかった。その理由に興味もなければ、知る必要もないと思ったのだ。雅之は里香の後を追いながら、無表情な横顔を見つめ問いかけた。「これで満足したか?」里香は振り返りもせず、「他に良い方法でもあるの?」と冷たく返した。雅之は微かに笑い、静かに言った。「彼女が欲しがってたものを全部奪うって言っただろう?これはまだ前菜にすぎない」里香はわずかに眉を上げた。「後は僕に任せろ。必ずお前を満足させてやる」「楽しみにしてるわ」そう言い残して、里香はエレベーターに乗り込むと、そのまま立ち去った。雅之は追いかけず、代わりに側近に冷静に指示を出した。「写真と動画を浅野家に送れ。そして、夏実を家から追い出さなければ、これらを公にする、と伝えろ」「承知しました」側近がその場を去ると、雅之もエレベーターのボタンを押し、静かに消えていった。指示はこの一言で十分だった。今一番大事なのは、里香の気持ちを落ち着かせることだった。きっと彼女は怖かったに違いない。夜、浅野家全員のもとに、夏実の不名誉な写真と動画が届けられた。そして雅之からの「警告」を聞かされた彼らの表情は、一様に険しいものへと変わった。「
last update最終更新日 : 2024-12-10
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第583話

奥様の言葉に、隆の顔が少し和らぎ、「まず人を送って夏実を迎えさせろ」と短く命じた。「分かりました」雅美は一瞬、目の奥に微笑みを浮かべると、すぐ立ち上がってその場を後にした。遙も雅美の後について立ち上がり、二人は別荘を出た。暗闇の中、雅美は遙の手を握り、顔には安堵の表情を浮かべて、「よくやったわね、遙。やっとあの厄介者を排除できたわ」と言った。遙は小さく笑いながら、「あの人が自分で招いた結果よ。私には関係ないわ」と答える。雅美は満足げに頷きながら尋ねた。「でも、あなたがしたことがバレたりしないでしょうね?」遙は自信たっぷりに首を振った。「心配しないで、お母さん。絶対バレるはずがないわ。当事者全員を海外に逃がしてるんだから、足がつくわけないでしょ」雅美はその言葉にさらに満足し、「よくやったわね。これからは里香ともっと親しくしておきなさい。雅之はあの女をとても気に入ってるみたいだし、彼女とうまくやれば私たちにとってもプラスになるわ」と助言した。遙は静かに頷き、「分かってるわ」と答えた。里香がエレベーターに乗った直後、後ろから足音が近づいてきた。振り返ると、雅之が中に入ってきた。驚いた里香の目が一瞬止まった。まさか彼がここに……?「何を考えてる?」雅之はボタンを押しながら、彼女をちらりと見て聞いた。里香は平静を装い、「これからのことを整理しないといけないでしょ」と答えた。雅之は里香をじっと見つめ、「そんなのどうでもいい。お前より大事なことなんてない」と断言した。その言葉に、里香の眉間が僅かに寄り、冷たい表情が浮かんだ。「もう手配は済んでる。明日には、夏実が浅野家から追い出されるニュースを見ることになるだろう」雅之の淡々とした声を聞きながら、里香は一瞬視線を落とす。心の奥に複雑な感情が渦巻くのを感じた。エレベーターが静かに上昇する中、緊張感のある沈黙が漂っている。雅之はポケットに手を突っ込み、真剣な目で彼女を見ながら低く尋ねた。「里香、不満があるなら言え。お前が満足するまで、俺が全部叶えてやる」里香は顔を上げ、その言葉に静かに答えた。「私が一番欲しいもの、あなたは分かってるでしょ」その言葉に、雅之の目が僅かに冷たくなった。「それ以外のものを望んでくれ」言葉を失った里香は黙り込んだ。結局、雅之は
last update最終更新日 : 2024-12-11
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第584話

里香は必死にもがいたが、雅之の腕は鋼のように固く、まったく逃れる隙を与えなかった。「離してよ、雅之!お願いだから!」声は掠れ、目には涙が滲み、彼女の体は震え続けていた。しかし雅之はさらに腕に力を込め、低い声で囁いた。「無理だ、里香。どんなことがあっても、もうお前を離す気はない。お前が僕を受け入れるまで、こうしてずっと抱きしめている」彼の熱い吐息が首筋にかかるたびに、里香の目から涙が溢れ、視界がぼやけていく。あの懐かしい香りが、胸の奥深くに染み込む。それはかつて何よりも安心感を与えてくれた匂いで、忘れられるはずがなかった。再び彼の腕の中にいると、胸にあった恐怖心が少しずつ薄れていくのを感じてしまう。それが余計に悔しかった。こんなにひどい目に遭ったのに、どうしてまだ彼を求めてしまうのか、自分自身が信じられなかった。ようやく感情が静まりかけた頃、里香はそっと目を閉じ、かすれた声で呟いた。「もういいから、離して……」雅之は少しだけ距離を取ったが、すぐに完全には放さず、じっと彼女の顔を見つめた。彼女が落ち着いたのを確認すると、ようやく腕の力を緩めた。「お前を一人にするなんて無理だ。僕の部屋で休むか、僕がお前の家に行くか、どっちかにしてくれ」雅之は低く静かな声で言った。その言葉に里香は苛立ち、鋭い目で彼を睨みつけた。「いい加減にしてよ!」だが、雅之は眉をひそめるどころか、余裕の笑みを浮かべた。「何がだ?別に変なことをしようってわけじゃない。それに、僕たちは夫婦なんだから、何かあったって当然だろう?」「私たちはもう離婚してるの」里香は冷たく言い放った。その言葉に雅之の瞳が一瞬鋭さを増した。「一度夫婦になったら、一生夫婦だ」なんて理不尽で勝手な人なの。こちらの話なんて全然聞かないし、すべて自分の理屈で押し通してくる。これ以上話しても無駄だと感じた里香は、振り返ってエレベーターのボタンを押した。そして冷たい声で言い放った。「ついてこないで。私は一人で大丈夫だから」「だから言ってるだろう。心配なんだよ」エレベーターのドアが開き、里香が中に入ると、雅之はドアに手を突っ込み、彼女をじっと見据えて言った。「何も言わないってことは、僕に来てほしいってことだな?」里香は何も言わなかったが、その表情は明らかに拒絶を示してい
last update最終更新日 : 2024-12-11
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第585話

雅之は彼女の一連の動きを見つめ、その端正な顔にいくらか困惑の色を浮かべた。客室には入らずに直接リビングのソファに腰掛け、タバコを取り出して火をつけた。静かなリビングに、ライターの「カチッ」という音がひときわ響いた。ちょうどその時、彼の須天穂が鳴り出した。取り出して画面を見ると、ボディーガードからの電話だった。「雅之様、夏実さんはすでに浅野家の人に連れ戻されました」「わかった」雅之は淡々と返事をし、そのことに特に気を留める様子はなかった。今の彼の頭の中は、どうやって里香に許してもらい、受け入れてもらうかでいっぱいだった。翌日、夏実が浅野家から追い出されたというニュースは話題になっていた。里香はベッドに横になりながら、そのニュースの内容を無表情で眺めていた。起き上がって身支度を整え、寝室のドアを開けた途端、雅之がエプロンを締めて厨房から出てくるところを目にした。手に持った皿をダイニングテーブルに置くと、彼は言った。「起きたのか?ちょうどいい、朝ごはんを食べよう」里香は近づいて彼が作った朝食を一瞥した。簡単な卵のせラーメンといくつかの小皿料理だった。特に遠慮することなく、里香は席に着き、黙々と食べ始めた。その様子に雅之は眉を上げて尋ねた。「味はどうだ?」「普通ね」里香は短く答えた。雅之は気を悪くすることなく、「味が普通でも食べたってことは、悪くはないってことだな」里香:「……」まったくもって自分を慰めるのが上手ね。半分ほど食べ終えると、里香は箸を置いて立ち上がり、仕事に向かおうとした。だが雅之はこう言った。「お前の上司は、今日一日休むようにって言ってただろ?」「そんな必要ない」里香はそうメ冷静に言い返した。その表情には昨晩の取り乱した様子は微塵も残っていなかった。彼女は感情をあまりに強く抑え込んでいた。雅之は彼女の行く手を塞ぎ、言った。「今日は必ず休め。お前の上司には僕から連絡済みだ。今日のお前は僕のものだ」「何言ってるの?私の時間をどうしてあなたが勝手に決めるの?」「僕の厚かましい人間だから」途端に里香は何も言えなくなった。こんなに図々しい人、見たこともない!二人は玄関で対峙したまま動くことなく、里香は靴を脱ぎ捨ててソファにどかっと腰を下ろして言った。「仕事に行かなくても、あ
last update最終更新日 : 2024-12-11
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第586話

里香の瞳からふっと光が消えたのを見た瞬間、雅之の表情が一気に険しくなった。そんなに自分と一緒にいるのが辛いのか?二人の間には、冷たい空気がさらに凝り固まるように広がっていく。「何ボサッとしてるんだ。着いてこい」雅之は低い声でそう言い捨てると、振り返りもせずにドアを開けた。里香は無言で彼の後ろに従った。行き先も、何をするのかも、まったく考えられなかった。天気は悪くなく、窓を開けると涼しい秋風が吹き込んできた。その風が、心にまとわりついていた不安をほんの少しだけ和らげてくれる気がした。しばらくして車が山の麓に停まると、里香は目を丸くして雅之を見た。「ここで何するつもり?」車を降りて見上げた先には、黄金色に染まった山が広がっている。その景色に少し当惑した表情を浮かべながら、里香は再び尋ねた。雅之はちらりと冷たい視線を向け、「気にしないんじゃなかったのか?」とだけ言った。里香は口を閉ざし、それ以上何も言わなかった。代わりに雅之は少し声を和らげ、「登るぞ」とだけ言った。「登るって……山登り?」秋の山をぼんやり見つめながら、里香は自分が聞き間違えたのではないかと思った。この時間に山登りなんて……?雅之はすでに階段を登り始めていたが、里香が動かないのを見て、振り返りながら「どうした、登りたくないのか?」と声をかけた。一瞬何か言おうとしたものの、結局里香は口を閉じた。何を言ったって無駄だ、と分かっていたからだ。仕方なく、雅之の後ろをついて階段をゆっくりと登り始めた。そのうちに、心の中のもやもやは少しずつ薄れていくようだった。しかし、運動不足のせいで、すぐに息が切れ始める。10段ほど先を歩いていた雅之が振り返り、ふっと笑いながら言った。「やっぱり、お前の体力じゃ無理か」「頭おかしいんじゃないの?」息を切らせながら、里香は睨むように言った。「何でこんなところに連れてきたの?」「じゃあ山登り以外に何する?仕事に行くか、それとも一日中家で寝てるか?せっかく時間があるなら、もう少し意味のあることをしようぜ」その言葉に、里香は冷たい目で彼を見返しながら、「登山が意味のあることだなんて思えない」と返した。雅之は遠くを見つめながら静かに言葉を続けた。「お前は足元の道ばっかり見てる。でも、沿道の景色をちゃんと
last update最終更新日 : 2024-12-12
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第587話

雅之は、凛々しい眉をわずかに上げた。里香が追いかけてきたことが意外だったようだ。彼の足取りは穏やかで、里香の息切れや顔の赤らみとは対照的に、呼吸も落ち着いている。普段から鍛えている成果が現れているのか、山登りなど朝飯前といった様子だった。里香は彼の視線を無視し、ただ前を向いて歩き続けた。時々周りの景色に目をやりながら、どんどん高い場所へと登っていく。登れば登るほど、見える景色が変わり、彼女はスマホを取り出して美しい風景を撮影し、かおるに送った。【山登り、案外いいかも。今度一緒にどう?】すると、すぐにかおるから電話がかかってきた。驚いたような声で話し始めた。「ちょっと、太陽が西から昇ったの?里香ちゃんが山登り?いつもアウトドア嫌いだったじゃない!」「前は興味なかったけど、今はわかったの。これからはもっと外に出るつもり」「いい心がけじゃない!里香ちゃん、仕事か面倒事ばっかり抱えてたら、どんな鋼のメンタルでも壊れちゃうよ」里香はその言葉に思わず笑い、少しリラックスした様子で尋ねた。「夜、うちに来ない?ご飯作るよ」「行く行く!」実は里香、かおるが来たら月宮の婚約の話をしようと思っていた。この話題は軽視できない。そんな里香の後ろから、ずっと付いてきていた雅之が、不意に口を開いた。「お前、かおるを招待するのに、僕は呼ばないのか?」電話越しにその声を聞いたかおるは、即座に反応した。「え、ちょっと待って。あのクズ男と一緒なの?しかも二人で山登り?」「無理やり連れてこられたの」「あまりにもシュールで、何も言えないわ」「気にしないで。彼の存在なんてなかったことにすればいい」「だね。それしかないかも」里香はふと足を止め、周囲に目をやった。すると、目の前に広がった真っ赤な紅葉の森に心を奪われた。「ねえ、今すごくいい景色見つけたよ!写真送るね」「うん、待ってる」電話を切ると、里香はすぐに写真を撮り、かおるに送信した。一方で、雅之は相変わらず落ち着いた表情で里香を見つめていた。「お前、良心ってものがないのか?僕が連れてきてやったのに、飯作るなら僕も呼べよ」里香の頬が赤みを帯びた。冷たい表情を作っているが、その可愛らしさからして全く怖くない。「来たくなかったんだけど」「でも登ったよな?」
last update最終更新日 : 2024-12-12
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第588話

里香は雅之に構う気などさらさらなく、足早に階段を上っていった。だが、雅之にとって彼女を追いかけるのは造作もないことだった。二つの階段を隔てた距離で、雅之は里香に話しかけ続けた。「なぁ、僕を招待してくれるんだろ?ねぇ、招待してよ?」「嫌だ」「そっか、恩知らずめ。せっかくお前を山に連れてきて、綺麗な景色を見せてやったのに、僕にはごちそうの一つもなしだなんて」「……」「はぁ、朝まで見張って、おまけに朝ごはんまで作ってやったのに、食べたらそれでおしまいかよ。まさか、お前がそんな冷たい女だとは思わなかったなぁ」後ろから聞こえる彼の愚痴に、里香は眉間に皺を寄せた。考えてみれば、雅之という男はいつもそうだ。自分が何を言おうと、聞く耳を持たず、好き勝手に振る舞う。ならば、自分も好きにすればいいだけのこと。そう思うと、少し心が落ち着いてきた。彼がどれだけ話しかけてきても、里香は一切表情を変えなかった。今日は平日だったせいか、山を登る人はまばらだったが、それでもたまに登山客とすれ違う。ふと、後ろから追い抜いてきたおじいさんが、息を切らしながら里香の前に立ち止まった。「お嬢さん、旦那さんがずーっと喋り続けてるけど、なんとかしてくれないかねぇ。お嬢さんはいいかもしれないが、こっちはうるさくてたまらんよ!」その言葉に、里香は絶句し、頬をほんのり赤く染めた。後ろで聞いていた雅之はくすっと笑いながら、里香の服の裾を掴んで引っ張った。「奥さん、僕を家に連れて行ってくれるよね?ねぇ、ねぇってば?」「もういい加減にして!」ついに振り返った里香は、頬を真っ赤にしながら叫んだ。それがさっきのおじいさんの一言のせいなのか、それとも雅之のしつこさのせいなのか、自分でもよくわからなかった。「本当にやめて!鬱陶しい!」雅之は少し眉を上げると、平然とした表情で言った。「僕はただ、君の料理が食べたいだけさ。それってそんなに無理なお願いか?」「そうよ、無理。あんたなんかのために料理なんて作りたくない!」思わず口をついて出た言葉だったが、自分でも驚くくらい冷たかった。そのまま振り返りもせず、里香は黙々と階段を上り続けた。雅之は表情を少し曇らせ、感情を抑え込むように目を伏せると歩き出した。駄々じゃ通じないか。やっぱりあの手を使うしかない……何し
last update最終更新日 : 2024-12-12
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第589話

「動かないで」雅之が里香をきつく抱きしめる。「今、お前を抱きしめたい」里香は大きく目を白黒させたが、登ったばかりで体力をほとんど使い切っている今、もがく気力もなく、彼の胸に顔を寄せて山外の景色を眺めた。呼吸が徐々に落ち着いてきた。気づけば、耳元から聞こえる心臓の鼓動がどんどん速くなり、今にも胸を突き破りそうな勢いだった。里香は長いまつげを微かに震わせながら言った。「雅之、心臓病でも再発したんじゃないの?」雅之は彼女を抱く腕をさらに強くした後、ふっと緩めて言った。「里香、キスしたい」里香は即座に彼を突き飛ばし、「いい気になるな」と言い放った。雅之の目が鋭くなり、今にもキスしそうな勢いで彼女の唇をじっと見つめた。里香はとっさに口を両手で覆い、警戒心むき出しの表情で彼を睨み返した。雅之の薄い唇がわずかに笑みを描いた。「口を隠したところで逃げ切れると思う?僕が望めば、君は絶対に逃げられない」里香は再び目を白黒させ、後ろを向いてまた景色を眺めた。先ほど大声を出したおかげで、胸の中に溜まっていた鬱々とした感情がすっかり晴れたようだ。里香はスマホを取り出して写真と動画を撮り、この瞬間を記録に残した。振り返って、いつ頃下山するか尋ねようとしたその時、雅之が自分にスマホを向けて構えていることに気づいた。一体どれぐらい撮っていたのだろう。里香は眉をひそめて尋ねた。「私を撮ってたの?」雅之は、「いいえ、景色を撮ってたんだ」と答えた。「でも、そのカメラ、明らかに私の方に向いてたじゃない!」雅之はスマホをしまいながら淡々と言った。「お前が景色の中にいるからだ」里香は一瞬言葉を詰まらせ、「全部写真消して」と頼んだ。雅之は、「それは僕のスマホだから、お前には関係ない」と返した。里香:「……」またもや無力感が押し寄せてきた。雅之は一瞥すると、不意に言った。「だけど、もし僕にキスしてくれたら、一枚だけは考えて消してやるよ」里香はもう彼に向き合わず、数歩離れて近くの飲み物を売る屋台に向かい、水を一本買った。そんな彼女を見て雅之は尋ねた。「で、僕のは?」里香は一口水を飲み、乾燥していた唇がたちまち潤いを取り戻した。「いつ私があんたの分も買うって言った?」雅之は彼女の隣に腰かけ、突然彼女の手から水のボトルを奪い取り、大
last update最終更新日 : 2024-12-13
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第590話

里香はそもまま電話を切った。雅之が彼女をちらっと見て尋ねた。「どうして出なかった?」里香:「あなたに関係ない」雅之は思わず笑い声を漏らし、彼女にこんな反抗的な一面があるとは思わなかったようだ。里香は外の景色を見ながら、心の中は緊張していた。雅之が再び口を開き、「出るのが怖いんじゃないか?僕にバレるのが。誰だ?祐介か?」と言った。里香の眉がピクリと動き、彼に向かって睨みつける。「あんた、いい加減にしてくれない?」雅之は鋭い黒い目で彼女をじっと見つめ、「じゃあ、なんで電話に出ないんだ?」と問い詰めた。里香は目を閉じ、ため息をついて冷静に答えた。「私のすること全部をいちいちあなたに報告する必要があるなんて思わないわ。あなたなんて私にとって何でもない存在なんだから」雅之は腕を組み、体を後ろに傾け、端正な顔立ちがさらに冷たく淡々としていた。その狭長な瞳は少しばかり冷えた光を帯びて彼女を見つめた。「だから何?僕がお前の心の中でどんな位置だろうが気にするとでも?」里香は目を見開いて固まった。「気にしないっていうなら、なんで私にまとわりつくの?」雅之は低い声で笑い出した。「前にも言っただろう。お前をそばに置いておく理由は実に単純だ。お前が女で、僕が男だから欲求を解消させるために必要なだけ、ただそれだけなんだよ」里香の顔に怒りが浮かび、手を上げて彼に向かって振りかぶろうとした。雅之は避けるどころか、その冷たく鋭い眼差しで彼女を黙って見つめていた。里香は手を下ろせず、握り拳を作って立ち尽くし、顔もさらに冷たくなった。彼を無視することに決めて、何も言わなかった。ロープウェイは間もなく山の下に到着し、里香は降りるとすぐに道路沿いを歩き出した。雅之はゆっくりと彼女の後ろについてきて、その細い背中を見つめると、心がとてもイライラしていた。二人の関係はどこか歪んでいる。里香は自分のことを嫌っているが、自分はただ彼女をそばに置いておきたいだけ。どうしても正しい方法が見つからない。里香を自分のそばに留めることで、これほどまでに彼女を苦しめていることなのか?思えば、里香を傷つけるようなことは何もしていないはずだった。雅之は車に乗り込み、里香を一定の距離で追いながら運転していた。車を止めて乗るように言うこともなく、彼女から頼
last update最終更新日 : 2024-12-13
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