「どうしたんだい? こんなところで泣いたりして?」「だ、誰?」 誰かに声をかけられたので慌てて振り向くと、見知らない男性社員だった。 背が高く、明るい茶色の髪。キリッとしているが甘いマスク。 全体に整った顔立ちをしたイケメンだ。 こんなにカッコいいのなら女性社員が騒いでいるはずだから、記憶に残ると思うのだが見覚えがなかった。「あなたは……?」「えっ? あぁ、そうか。まだ社員証を付けていないから」 その男性はカバンから名刺を取り出して差し出してきた。 すると男性はニコッと微笑んでくる。「異動してきたばかりだから、こっちで働くのは、明日からなんだ! 今日は、ただの挨拶まわりに」 と、自己紹介をしてくれた。 名刺を見ると八神冬哉(やがみとうや)と書かれてあった。 名前すらイケメン。 上の方を見ると、我が社がアメリカの方で経営している姉妹会社からだった。「それは、失礼致しました。私は企画営業部の松井です!」「企画営業部の松井さんか~よろしく。それよりも、さっき泣いていたけど、どうしたの?」「えっと……それは」 亜季は、どう答えたらいいか戸惑った。 見ず知らずの男性に涙を見られるなんて恥ずかしい。しかも理由を聞かれても、話すには抵抗がある。「もしかして、仕事でミスして叱られたとか?」 鋭い勘にズキッと胸が痛んだ。しかも当たっているし。 恥ずかしくなって、亜季は下を向いて黙り込んでしまう。「あれ? もしかして図星だった?」「半分当たりです。まだ仕事のミスならいいのですが。上司のデスクにお茶をこぼしてしまって……」 ただのマヌケや馬鹿としか言いようがない。ありえないミスだ。 しかもそれで課長に叱られて、めそめそと泣いているとは情けないだろう。「へぇ~それは、また可愛らしいミスだね」(可愛らしいミス……? これが?) 男性社員の言葉に驚いて亜季は思わず顔を上げて見てしまう。 すると彼はニコッと微笑んできた。「それにしても、それぐらいのことで叱るなんて……その上司。器が小さいなぁ~」 彼は、さらにそう言ってきた。 違う……櫻井課長は器が小さくない。 同情してくれたのだろうけど、課長のことを悪く言われたようで嫌だった。 思わず亜季はムッとする。「課長は器が小さくありません。これは私のミスなんですから叱られて同然で
「ううん。私が大事な書類の上に、こぼしたのがいけなかったから。櫻井課長は何も悪くないわ」「まぁ…そうだけど。でも亜季とはキスまでした仲なのに」 美奈子は納得いかない様子だった。本当にいい友人で同僚だと思う。 亜季のことを心配してくれる。「上司として正しい判断だと思うわ。私に特別扱いして怒らないとかフェアではないもの」 それは、さすがに上司としてはまずいと思う。 ひいきに繋がってしまうし、周りが納得しないだろう。 櫻井課長も特別扱いはできないと最初から言っていたし。「あんたは、大人ねぇ~私なら怒っちゃうわよ」 美奈子は呆れながら、そう言ってきた。櫻井課長は意味もなく怒る人ではない。 それは理解している。 だから余計に、落ち込んでしまったのだ。「まぁ、気にしないことね。もしかしたら、今頃は反省しているかも知れないし」「……うん。だと……いいけど」 亜季は、ため息を吐く。 美奈子と一緒に部署に戻ることにするが緊張感のまま。もう一度謝りたいが。 しかし電話中だったため、声はかけられない状態だった。 仕方がない。後にするかと思い、自分の席に戻ることに。 チラッとデスクを見ると、自分のスマホがチカチカと光っていた。 仕事中に私用の携帯を使うのはダメなのだが、気になって確かめてみる。 メッセージアプリに着信が2件。1件目は櫻井課長からだった。『さっきは立場とはいえ、言い過ぎた。すまない。今夜でも、お詫びをさせてくれ』 そう書いてあった。 気にしてくれていたようだ。 言い過ぎたって。チラッと櫻井課長の方を見ると、まだ電話中だった。 亜季は嬉しくて心臓が高鳴った。 まさかメッセージをくれるなんて。早速、返事を書いた。『こちらこそ。申し訳ありませんでした。お詫びは、こちらからさせて下さい』 これで、良し。 いつも誘って貰うばかりなので、たまには亜季から誘った。 そう思いながらも送信すると、もう1つのメッセージを覗く。母親からだった。『今日話があるから、あなたのアパートで待っているから。そのまま帰って来て』 そう書いてあった。また、お説教だろうか? お見合いの件が、どうなったかは母親に言っていないからだ。 きっと心配していることだろう。「どうしたの? 亜季」「母親からメッセージ。今日私のアパートに来るって。多分、説
母に言われると思っていたけど、やっぱり言われたか。家事のことを。 「分かっているわよ。自宅に居る時は、なるべく作るようにしているから」 「ならいいけど……。そんなことよりも、あれから、どうなったのよ? あなたたちの関係は?」 「うっ……」 早速、直球に言われてしまう。 どう反応したらいいか分からず戸惑った。課長とは色々あったばかりだ。 「まぁ…上司だし。毎日会っているわよ」 「会社のことも大事だけど、プライベートのことよ! まさか、断っていないでしょうね!?」 もし断ったりしていたら、うるさかっただろう。今も、うるさいのに。 それこそ顔向けができないとか色々言われそう。 亜季は、ため息を吐きながら座ると手を合わせる。 「いただきます。大丈夫。こないだも一緒に食事をしたばかりだし」 「まぁ、本当なの!? で、どこまで話が進んでいるの? 式の予定はいつ?」 式って……話が飛び過ぎだろう。 いくら、お見合いしたからって、いきなり結婚の話とは。今の時代はデートを重ねた上で決めることも多いのに。 「う~ん。そこそこ。たまに一緒に食事するだけ」 さすがに母親にデートしてキスをしたなんて恥ずかしくて言えない。 しかも、今日なんて叱られたなんて……。 言ったら、何を言われるか分かったものではない。 「はぁっ? それだけ? あんた……学生ではないんだから、せめて将来のことぐらい話し合いなさいよね」 「そんな無茶を言わないでよ…上司なんだから」 「いい年なんだから、それぐらいの強引があってもいいわよ。話を進めないと結婚なんて意識されないわよ!? 特に、あんたの場合は」 「そんなにガツガツとできないわよ。私だって立場があるし」 あんたの場合って。母親ながら酷い。 亜季は母の言葉にショックを受ける。それに櫻井課長だって、立場がある。 そう簡単に決められないだろう。亜季自身も。 「ハァッ~これだと結婚は、いつになるか分かったものではないわね。あんまり曖昧にしていると向こうから断られるわよ?」 母は、さらに酷いことを言ってくる。ズキッと、何だか胸が痛む。 櫻井課長に断られる。確かに、そういうことだって有りえるだろう。 亜季が想ったところで向こうが呆れ、愛想を尽かされたら終わりだ。 縁談も無くなる。言葉が出ない。 「とにかく愛想を尽かされないように頑張りなさい。あんたに、次があるかど
翌日。昨日のことを考えながら、会社に行く。 そうしたら何やら女子社員が集まって色めいていた。 どうしたのだろう? 何かのイベントでもあったのだろうか? 不思議そうに部署に入ると、先に会社に来ていた美奈子が亜季に気づいた。 そして、ウキウキした表情でこちらに来る。「亜季。おはよう。ねぇ、聞いてよ~今日、異動してきた社員が凄いイケメンらしいわよ!?」(異動してきたイケメン?) その瞬間、昨日のイケメン男性社員のことを思い出した。 そういえば、今日からって言っていたような?「……そうなんだ」 思わず亜季の表情が引きつる。 恥ずかしいところを見られて、逃げてしまったばかり。 できたら二度と会いたくないと思っていた人物だ。「しかも、アメリカの姉妹会社から海外企画営業部に異動したらしいの。期待のエリートで有名大学出身とか。かなりレベル高いらしいわよ?」 美奈子の表情は、かなりウキウキしていた。 亜季は余計に返事に困ってしまう。すでに会ってしまった後だけど。 もう学生のような雰囲気で色めく女性社員たち。 その雰囲気に亜季は一歩下がって見ていた。 前の亜季なら多少なりとも興味を持ったかも知れない。 エリートで、かなりのイケメン。女子なら一度ぐらい興味を持つ人物だろう。 だが今の亜季には、まったく惹きつけられるものが無かった。 頭の中は、課長のことばかり。 課長との今後をどうするかは、母親の言葉が頭の中から離れない。 むしろ、そちらの方が重要だった。「もう……反応が薄いわねぇ~亜季。まぁ、あんたの場合は意中の人が居るから、仕方がないけど」「な、別にそんな訳ではないから」 そう話す美奈子に亜季の頬は熱くなってしまった。 すると、その瞬間だった。大きな怒鳴り声が聞こえてくる。「こら、お前らココは会社だぞ!? 朝から無駄口叩いている前に、さっさと仕事を片付けろ」 出勤してすぐに櫻井課長の怒鳴り声が社内に響いた。一同静まり返る。 そして周りは、いつもの通りに自分らの仕事に戻った。 ただし女子社員は不満そうだったけど……。 (課長……さすがだわ) 一言で全員をまとめるなんて、なかなかできないことだろう。 亜季は、別のことで感心していた。 そして自分もデスクに戻ると、美奈子がこっそりと愚痴ってくる。「も~あんたの彼氏
「これは、八神さん。こんにちは」 「あ、名前覚えてくれたんだ? 嬉しいなぁ~もしかして、もうお昼休み済んだの?」 「えっ? はい…まぁ」 何故お昼休みのことを気にするのだろうか? 亜季は不思議に思いながら首を傾げると、八神さんは、残念そうな表情をしてきた。 「そっか…残念。せっかくだから昨日のことも踏まえて、一緒にランチを食べながら話を聞きたかったのにな」 (えっ? 何故……それを持ち出すの!?) 忘れていてほしかったのに。しかもこんなところで。 亜季は恥ずかしくていたたまれなくなる。 周りの女性社員たちの冷ややかな目線が怖い。 「す、すみませんでした」 亜季は頭を下げると、慌ててその場から逃げ出してしまった。 美奈子がエレベーターそばまで慌てて追いかけてくれたが。 息を切らしながら立ち止まる亜季。全速力で逃げたためヘトヘトだった。 「もう~亜季ったら急に逃げ出さないでよ!? せっかく、あのイケメンの八神さんと話ができたのに」 「……ごめん。どうしてもいたたまれなくて、」 だって、昨日のことを持ち出すからだ。 亜季にとっては忘れて欲しかった。見た記憶を全部。 なのにバッチリ覚えているし。 「あんた、もしかして昨日のことで何か見られたの? 泣いていたとか言っていたじゃない?」 「うっ……」 ここにも鋭い人が居たようだ。 恥ずかしくて思わず黙り込んでしまう。すると美奈子は察したのか、ため息を吐いてきた。 「図星か……」 「だって、まさか彼が来るなんて思わなかったんだもん。しかも泣き顔なんて…恥ずかしいわ」 「まぁ、確かに。でも、吐いたところを見られるよりはマシでしょ? 気にしないことよ!」 確かに吐いたところを見られるよりマシだけど。しかし例えが嫌過ぎる。 思わず宴会の吐いた時のことを思い出してしまった。 他に、もっといい例えがなかったのだろうか? 「美奈子。例えが、ちょっと」 「あら。私は衝撃的だったけど? フフッ……ほら、エレベーターが来たから乗るわよ。どーせ向こうも興味本位だから、その内に忘れるでしょ? 気にしない、気にしない」 意外と気楽に考える美奈子に亜季は苦笑いをする。 そうだといいのだが。 だけど彼の興味本位は、それで終わらなかった。 仕事が終わり、帰るために廊下を歩いていると、「松井さん」と誰かに呼ばれる。 (あの声は……まさか!?)
「松井さんって、お酒飲める方?」 「いえ……あまり得意ではないですね」 以前の失敗を繰り返さないようにしたい。 どうもお酒を飲むと気持ちが大胆になってしまう。 もし八神にも、やったら大変なことになってしまうだろう。 「そうなんだ? 俺はワインでも飲もうかなぁ~」 八神は鼻歌を口ずさみながらメニュー表を見ている。 彼は随分と陽気な性格をしている。チャラいと言うか。 「そういえば、あれからどうなったの? 上司と上手くやれている?」 「うっ……」 亜季は驚いて飲んでいたお冷を喉に詰まった。 どうも彼は、それが気になって仕方がないようだ。 気にしなくてもいいのに。 「も、もちろんです。あれから、ちゃんと謝りましたし。課長も分かってくれる方なので。それに、後で言い過ぎたと言って謝って下さいました」 「ふ~ん。それなら良かった」 八神はニコッと微笑んできた。 どうして、そこまで自分のことを気にするのだろうか? 別に面白い内容でもないのに。 「あの~何でそんなに気にするんですか? 私のことを」 「う~ん? 泣いていたからかな?」 「泣いていたからって……そんな興味をひくようなものでは?」 亜季は意味が分からないと首を傾げる。 むしろ、いい年した社会人が泣いているとか自分の中では恥ずかしかったのに。 「だって上司に怒られたからって、泣いていたくせに俺が同情して言ったら、怒ったでしょ? 課長のせいではないって。言い訳もしなかった。そういうところを見て、純粋だなぁ~と思ってさ。君に興味を持ったんだ!」 そう話す彼に心臓が高鳴ってしまった。 まさか、男性にそんな風に見てもらえとは思わなかったので、余計に。 亜季に取ったら恥ずかしいことばかり。 怒ったのだって、課長を悪く言われて嫌だったわけで、純粋とかではない。 「八神さん……誤解をしています。私は自分が原因だから認めたわけで、ただの自業自得なだけです」 褒められるような事は何もしていない。 しかし彼はクスッと微笑んでくる。 「だからいいんだよ。今時の子なら言い訳や逆ギレのオンパレードだよ? 自分の非を素直に認められるなんて凄いよ。今の君のようにね」 その言葉に思わず亜季の心臓がまた高鳴ってしまった。 そんな風に思ってくれていると思うと悪い気はしない。 「……ありがとうございます」 「フフッ、照れている。まぁ気になるのは
「あ、ごめん、ごめん。はい。お水」 お冷やを渡されて、慌てて飲み込んだ。 ふぅ~危なかった。 いきなり言うから、むせかえって苦しかった。 「それで、話を戻すけど。もしかして好きな人って、その叱られた課長なの?」 まだ諦めずに尋ねてきた。意外としつこい。 聞かないでほしいのに何故聞くてくるのだろうか? 彼の発言に亜季は段々とイライラしてくる。 「そ、そうだったらいけませんか? 私が課長のことを……す、好きになっては」 身体が熱くなりながら言い返した。亜季は真剣に惹かれている。 それを、とやかく言ってほしくなかった。 「いや~悪くないよ。言い方が悪かったかな? ごめん」 「あ、いえ……すみません」 怒鳴った自分が恥ずかしくなる。 どうも櫻井課長に関する内容だとムキになってしまうようだ。しかし、それでも八神は食い下がらなかった。 「その課長とは、付き合えそうなの? それか、既に付き合っているの?」 「まだ付き合っていません」 「じゃあ、まだ俺にもチャンスがあるってことだよね?」 櫻井課長とは付き合っていないけど、いい雰囲気になっていると思っていた。 なのに、何を急に言い出すのだろうか? 八神っていう人は。 「だって、これからガンガンアタックしたら、俺の方を好きになってくれるかも知れないだろ?」 八神は諦めるどころか、絶対に振り向かせるような発言をしてきた。 (……えぇっ!?どうして、そういうことになるの? いやいや。私、言いましたよね?) その発言に亜季は啞然とする。開いた口が塞がらない。 どうして、そのような考え方になるのだろうか? 「あの…ですから私は課長のことが好きなんですけど」 「うん、今さっき理解した。だから、これからもっとアタックして君に俺のことを好きになってもらえるように頑張るよ! 付き合ってないなら、まだチャンスがあるし」 八神は自信満々に、そう言ってきた。 いや、それよりも、これだと八神は亜季に気があるように取れるのは気のせいだろうか? 「八神さんは、私をどうしたいのですか?」 「どうって…普通に付き合いたいだけだよ? 彼女として興味があるし」 亜季は思わず尋ねてみると、八神はあっさりとそう言ってくる。 思いもよらない告白に驚いてしまった。 まさか告白されるなんて、誰も夢にも思わないだろう。 「さぁ、ご飯を食べよう。温かい内に」 八
結局。楽しめたのも分からずに食べ終わってしまった。 八神は誘ったのは自分だから奢るよと言われたが断り、割り勘に。 その方が健全だと思ったからだ。 「あ、あの……それでは、おやすみなさい」 亜季は頭を下げ慌てて帰ろうとする。 こんなところを他の女性社員や櫻井課長には見られたくない。 しかし、その時だった。八神に腕を引っ張られ、そのまま抱き締められてしまう。 (えっ!?) 亜季は唖然とする。 まさか八神に抱き締められるとは思っていなかったので焦る。 必死に逃れようとジタバタする。 だが、力強く抱き締められているため逃げられない。 こんなところを誰かに見られたら、最悪だ。 「離して下さ…んっ」 亜季がそう言う前に唇を塞がられてしまった。 (えっ……?) 何が起きているのか、思考が停止してしまって動けない。 八神は唇をゆっくり離すとニコッと微笑んだ。 「また、会社でね。おやすみ」 そう言うとそのまま立ち去ってしまった。 亜季は硬直したまま、黙ってしばらく立ち尽くしていた。 (八神さんとキスをしちゃったの? 私……) キスをしちゃうなんて。 課長にどう説明をしたらいのか分からない。 亜季の頭の中が大パニックになってしまう。 櫻井課長には知られたくない。余計な火種を作りかねない。 食事に行ったこともキスしたことも。そうではないと嫌われてしまう。 しかし、黙っていてもチリチリと炎上になろうとしていた。 翌日。会社に行くと女子社員から質問の嵐に合う。 「ねぇ、松井さん。 昨日八神さんに手を引かれて、一緒に帰ったって本当なの?」 「もしかして知り合い!? 羨まし~い。いつの間に付き合っていたの?」 などなど。まさか…こんなに騒ぎになるなんて。 そんなことは思ってもみなかった亜季困惑してしまう。 「えっと~あれは八神さんが強引に」 「えぇっ? まさか、強引に攻められたの!?」 「いや……何と言うか」 どう説明したらいいか分からない。 攻められたと言えば、そうだが……付き合うつもりはない。そもそも向こうから一方的だ。 チラッと美奈子を見ると、彼女も興味津々と聞いていた。 (いやいや助けてよ……) どうにか言い訳をして話を誤魔化そうとする。 早く終わらせないと櫻井課長が来てしまう。 しかし、その時だった。 「お前ら加減にしろ!? 勤務時間中だぞ」 いつの間にか出
美奈子は「ただ」の意味が分からなかった。好みはあるから可愛いとだけなら分かるけど。八神はフフッと笑う。「泣いている姿を見ていた時は守ってあげたいと思ったし、相手のことを悪く言わないところとか、好印象を抱いた。それを含めて可愛いなって。人って、何かのきっけで好きになったりするから。分からないものだよね。今だって、友人思いの君のことを純粋で可愛いと思っているしさ」「はっ? 意味分からない!?」 亜季のいいところは、美奈子は十分理解しているつもりだ。八神が彼女に惹かれる部分があっても仕方がないと思っている。 しかし、どうして。そこで自分が可愛いと思うのだろうか? 美奈子は顔を耳まで真っ赤にして動揺してしまう。可愛げのない発言をしてしまった。言われ慣れていないので心臓がドキドキと高鳴ってしまう。 そうしたら八神はハハッと大笑いする。「耳まで真っ赤だよ? なんてね……驚いた?」「はっ? もしかして、からかったの!? 信じられない」 せっかく少し同情したのに、台無しだ。 やっぱりチャラい。あと性格が悪い気がする。美奈子はムスッとしてしまう。 八神はハハッと笑いながら、涙を拭った。「ごめん、ごめん。からかい過ぎた。でも……君に純粋なのは本当だよ。友人のことで、そこまで怒れる人はなかなか居ないと思う。上辺ばかりの女性と違って、純粋で優しいと思うよ」「えっ……そんなことは」 やはり言われ慣れていない。だからか、余計に体が熱く火照ってしまう。 例え冗談だとしても心臓に悪い。「だからと言って、からかわないで下さい。私は恋愛でも、手を抜きたくないんです」「いやだなぁ~俺だって、手を抜くつもりはないよ。いつだって本気だし」「どうだか!」 あー言えば、こう言う。なんだかお互いに言いたいことをぶつけているような気がする。まるで喧嘩友達のように。 おかしいと美奈子は思っていた。 イケメンを見ると、キャーキャー言う方だ。どちらかと言えばミーハー。それなのに、イケメンのはずの八神には素になってしまっている。 すると、八神はハハッと笑う。「なんだか、いいね。こういうの。俺に媚びとか売ってこないし。素で話せる人って、なかなか居なかったんだよね」「……確かに、友人とか居なさそう」「うわ~酷いな」 そう言い合いながらも、いつの間にか、お酒の席が賑やかにな
(落ち着け……自分。相手は軽い男よ。彼の好きなタイプは亜季みたいな子だし) 自分を落ち着かせるために、心で言い聞かす。 八神の好きなタイプは亜季みたいな素直な子みたいだ。真面目で一途な。「もしかして、俺のこと……警戒しています?」「えっ!? そ、そんなことないけど……」 そうしたら八神は美奈子にそんなことを聞いてきた。心の声が聞こえてしまったのかと思って、美奈子は焦る。警戒しない方が無理もないが。すると八神はハハッと笑ってきた。「ハハッ……警戒しているのがバレバレですよ? でも、仕方がない。俺、亜季にしつこく迫っていたから」 どうやら自覚はあるらしい。 余計なことを言うから、亜季は気にして櫻井課長を別れを切り出してしまったのだ。 結局のところは、合コンで会った、青柳って人に助言をしてもらったお陰で、上手くいっただけで。その間は落ち込み過ぎて美奈子は相当心配していた。 だから八神のしたことは、余計なおせっかいだと思っている。「……そうですよ。しかも余計なことまで言うし。そのお陰で亜季は、凄く泣いて落ち込んでいたんですよ」 美奈子は、彼の発言に少しムッとする。簡単に言っているからだ。 八神は、美奈子の発言に苦笑いをしていた。「そうだね……ごめん。でも、俺も真剣だったんだよ。別に彼女を傷つけるつもりはんかった。でも、苦しんでいる彼女を見ていたら……言うしかなかった。落ち込ませるような奴より俺にしたらいいのにって」「それが、余計なおせっかいなんです!」 美奈子は、ドンッとカウンター席のテーブルを思いっきり叩いた。周りは驚いた顔をしていたが。 彼は何も分かっていない。亜季は本当はそんなことは望んでいなかった。亜季が言っていた青柳っていう人の方が理解をしている。 そうしたら八神は、とても悲しそうな表情をする。「……そうだね。俺は……彼女を傷つけた。確かに、おせっかいだったかもしれないね」 今にも泣きそうだ。「あ、あの……ごめんなさい。言い過ぎました」 思わず言い過ぎてしまった。彼だって本気だったかもしれないのに。 自分も人のことが言えないだろう。そうしたら八神は苦笑いする。「気にしないで。俺は……昔から誤解されやすいから。女遊びが激しいとか、性格がチャラいとかさ。ただ一途なだけなのにね」 美奈子は言葉を失う。 彼は、本当に亜
玉田美奈子(たまだ みなこ)は昼下がりに会社の窓から見える景色を見ながら、ため息を吐いていた。 真夏の日差しは眩しくて、とにかく暑い。(今頃、亜季は何をしているのかしら?) 同期で友人の松井亜季(まつい あき)が櫻井課長を追いかけて、海外に行ってから半年が経った。 色々あった二人だったが、結ばれて結婚した。今では彼女のお腹には子供が宿しているとか。 最初は心配していた美奈子だったが、上手くやっていると聞いてホッと胸を撫で下ろしていた。しかし同時に羨ましく思う自分も居た。 彼氏が欲しい。そう思っていても、なかなか気になる相手が現れなかった。 合コンに積極的に行ったり、友人に紹介してもらってこともあったが、どれもピンッとこない。結局、すぐに別れてしまう。 多分そこまで好きではなかったか、恋愛に向いていないのかもしれない。 明るいが気が強い。そして、はっきりとした性格。飛びぬけて美人でもない。 そのせいか、友人止まりになってしまうこともしばしば。 亜季みたいにちょっと危なっかしいが、大人しく。真面目な性格だったり、後輩の澤村梨香みたいな少しぶりっ子な可愛い女性だったら、また違ったのかもしれないが。(あ~どこかに居ないかしら? カッコ良くて、エリートの一途な男性は) 高望みだと分かっていても、フッとそんなことを考えてしまう。 美奈子も28歳になる。そろそろ結婚しろと両親がうるさい。しかし相手が居ないと始まらない。また合コンで行くしかないかと思った。 そう思いながら、パソコンのキーボードを打って仕事を再開させる。 (今日は一人で飲みに行こっと) 仕事を定時に終わらせて、最近見つけたバーに向かった。駅から少し歩いたところにある。 ビルの地下にあるバーなのだが薄暗い店内だが、ジャズの曲が流れていてお洒落だ。 物腰の柔らかい年配のバーテンダーがいろんなカクテルを作ってくれる。 美奈子は、カウンター席に座って、お任せでカクテルを頼む。少し、その年配のバーテンダーと話していると、カラッと音を立ててドアが開いた。 誰が来たのかと振り向くと、その人物に驚いた。入ってきたのは、八神冬哉(やがみ とうや)だったからだ。 彼は、我が社の海外営業部で働いているエリート社員。顔立ちもいいのでモテる。 しかし彼は、亜季の猛アプローチしていた過去を持つ。
どうやら彼女の両親は離婚していたようだ。 青柳のところは両親が忙しかったので、祖父母が代わりに面倒を見てくれることが多かった。そのせいか、考え方が少し年寄りみたいだと言われることはあったが。「俺は両親が共働きだったせいか、祖父母に育てられた。だから夫婦のことは分からない。だが……あの夫婦は、確かに暖かかった」 俺にはないものを持っている。そう青柳は感じていた。 もしかしたら、どこか羨ましかったのかもしれない。「私は、そういう夫婦になりたかったんです。だから、基紀……元カレに言われ時に、違うなと思ったのだと思います。別れが言えたのも……それが影響したのかも。自分に自信がないのもありますが」 モジモジしながらも話す彩美。それを聞いて青柳は彼女なりの信念があるのだろうと感じた。 どうしても譲れないもの。それは自分にもあるように。 店長がビールが入ったジョッキーを持ってきたので一口飲んだ。「いいのではないか? それが君の信念だ。譲りたくないものがあれが、譲らなくてもいい。俺は……いいと思うぞ」「あ。ありがとうございます」 彩美は頬を赤く染めながらもビールを飲んでいた。 そういうところが真っ直ぐなのかもしれない。青柳は彼女に好印象を持つ。 その後。食事を済ませて、お店を出る。お礼だからと、彩美が奢る形で。「ご馳走様。本当に良かったのか? 奢ってもらって」「はい、お礼のつもりで誘ったので、大丈夫です。あ、あの……それよりもメッセージアプリのⅠDを聞いてもいいですか?」「えっ?」 青柳は彩美の言葉に驚いてしまった。まさかメッセージアプリのⅠDを聞いてくるとは思わなかったからだ。「あ、あの……ダメでしょうか?」「あ、いや……別に、いいけど」「本当ですか!?」 嬉しそうな顔をする彩美。その表情を見た時、青柳は嫌な気持ちにはならなかった。 それよりもドクッと確かに心臓の鼓動が速くなったのを感じた。 その後。青柳と彩美の交流は続いていた。 もちろん教習所の生徒と教官の関係制としてもだが。それ以外でもメッセージを送り合ったり、会う回数が増えていく。「青柳さ~ん」「ああ、おはよう」 日曜日に彩美と会う約束をする。彼女が観たがっていた映画を観に行く予定だ。 隣で歩く彼女が当たり前になっていくのを感じる青柳。自然と手をつなぐことも慣れて
「人の価値は相手に決めてもらうものではない。俺も無口で不愛想とか言われることもあるが、それが自分だから変える気はない。君も、そのくだらない相手の意見ばかり聞いて、どうする。教習所でミスをしても、めげずに通ってくる勇気と一生懸命な君のほうが、何よりも価値があると思うぞ」 青柳は自分は間違ったことは言っていないと思っている。言葉はキツいが、それが本心だった。 彩美は大人しい性格ではあるが、真面目で一生懸命だ。失敗しても、必ず予習をしてくるし、嫌なことは嫌だと言える勇気はある。 ちょっと危なっかしいところも、人の見方によっては守りたくなる分類だろう。 そう考えると、青柳は少しずつだが彼女の存在が大きくなっていくのが分かった。 それは……あの亜季に似ているからかもしれないが。 すると彩美は何か考え事をしていた。そして青柳を見るとモジモジとしている。「……私、変われるでしょうか? もっと価値のある人間に」「……さあな。それも俺が決めることではない。しかし、俺は……あんたみたいな性格の人間は嫌いじゃない」 これも本心だった。 彩美はそれを聞いて。モジモジとしながら、ほんのりと頬を赤く染めていた。その意味は分からなかったが。 コーヒーを飲んで、その帰り際。「それでは」と言って、帰ろうとする。すると彩美が声をかけてきた。「あ、あの……お礼をさせて下さい。い、一緒にご飯とかどうですか?」 途中で嚙んではいたが彼女の方から食事のお誘いがくる。まさか誘われるとは思わなかったので青柳は驚いてしまった。「あの……ダメですか?」「あ、いや。構わないけど……」 彼女とは教官と生徒としての関係だ。あまりプライベートでは会うべきではないのだが、どうしてか断わる理由が見つからなかった。 そうこうしているうちに一緒に食事をすることになってしまった。 向かった先は駅から少し離れた場所にある小料理屋。落ち着いた雰囲気のある、お店だ。ここに入るのは初めてだが。 中には入ると店長らしき人が出迎えてくれた。しかし青柳の顔を見ると驚いた顔をされる。どうしたのだろう? と思っていたら「あ、すまない。知り合いの顔に似ていたから」「えっ?」 知り合いの顔に似ていると聞かれたのは初めてではない。まさか?「その方って、櫻井さんですか?」「おや、知っているのかい?」 青柳が
青柳が亜季と合コンの後に再開した時に、何故か泣かしてしまった。 もちろん、そんなつもりはない。だから動揺してしまう。「す、すまない、泣かせるつもりはなかったのだが」「あ、いいえ。違うんです。安心したら涙が……すみません。すぐに涙を引っ込ませますので」「いや……別に、無理に引っ込めなくても」 青柳は慌ててカバンからハンカチを取り出して、差し出した。「これを」「あ、ありがとうございます」 彩美は申し訳なさそうにハンカチを受け取った。それでも、なかなか泣き止まないので、仕方がなく近くの喫茶店に入ることに。 ここも光景も同じ経験していた。 彼女はオレンジジュースを頼み、青柳はコーヒーを注文する。しばらくしたら彩美は落ち着いてきたようだった。「……落ち着いたか?」「はい。お見苦しいところをお見せして、すみませんでした」「……こういうところも似ているかもな」「えっ?」「いや……こちらの話だ。それよりも、あの男性は彼氏だったのか? 別れを切り出していたが」 青柳は亜季を重ねつつも、彩美にさっきのことを尋ねた。そうしたらビクッと肩を震わした。「……悪い。聞いたら、まずかったか?」「あ、いいえ。そんなことはありません。あの人は……元カレです。以前付き合っていたのですが……お恥ずかしながら浮気をされてしまって。別れても、しつこくやり直そうと言われています」 どうやら元カレで間違いなさそうだ。浮気をしておいて、関係を続けたいとは勝手な話だ。「なるほどな。で? 君は、あの男に本当に未練はないのか?」「えっ……?」 さっきの態度だと、別れたそうにしていたが。 しかし以前のことがある。ちゃんと割り切れるかが問題だろう。 そうしたら言葉に詰まらせる彩美。 青柳は店員が持ってきたコーヒーに口をつける。「実際に別れたと思っているなら、それでいい。だが、まだ未練があって、やり直したいと思っているなら話は別だ。相手に分かってほしいは、通用する相手はないと思うが?」 恋愛とはよく分からない青柳だったが、これだけは分かる。あの男は自分勝手だと。 人より観察眼はある方だ。だから余計に思ってしまう。 亜季と櫻井課長みたいに純粋に相手を想い合っているとは思えなかった。あえて聞いたのは、確かめたかった。 彩美はスカートの裾をギュッと握り締める。「…
(ここにも居た……運転の下手なやつが) まさか、亜季みたいなタイプを担当するとは思わなかった青柳。これでは彼女の二の舞だ。 ため息を吐いている姿を見て、彩美はしゅんと落ち込んでしまう。「……すみません」「謝らなくても大丈夫。初めてなんだから仕方がないことだ」 そう言ってみせるが、どうやら彼女は謝る癖があるようだ。そういうところは、どこか亜季に似ていると思う青柳。 その後も通ってきて運転の講習を受ける彩美。 細かいミスを連発するが、他の生徒と比べて真面目だった。一生懸命で、どこか危なっかしい。少しずつではあるが、上手くなっていく。「出来ました」「ああ、良くなったと思う」「本当ですか!?」 そして上手くやれると、嬉しそうに笑顔を見せてくれた。やはりどこか似ている。 諦めたはずの彼女に……。 青柳は彩美に亜季の面影を重ねるようになっていく。(俺も……どうにかしている。彼女は松井さんではないのに) 本来なら距離を置きたいところだった、これ以上重ねないためにも。 しかし担当教官な以上は、責任を持って最後まで指導しないといけない。 青柳はギュッと胸の辺りが苦しくなっていく。 そんなある日。仕事が終わって帰る途中だった、。青柳は駅の辺で揉めている男女を発見する。その女性は彩美だった。(あれは……真中さん!? 彼氏と喧嘩でもしているのか?) 本来なら他人の揉め事に関わることはない。興味はないし。 しかし、彩美は恐怖でガタガタと震えているようだった。すると男性の方が声を上げる。「お前、いい加減にしろよ。せっかく俺がやり直してやるって言っているのに」「だから……無理なの」「何でだよ? 別に、ちょっと他の子と遊んだだけじゃないか? あれぐらいは男なら当たり前だし」 どうやら別れ話で揉めている様子だった。聞いたところだと、彼氏が浮気をしたのだろう。 そして彼女が別れを切り出したら、ここまで待ち伏せさせられた感じだろうか。 彩美は恐怖で目尻に涙を溜めていた。「基紀(もとき)が平気でも……私は辛い。だから別れて」「くっ……お前、生意気なんだよ。地味で冴えないから、付き合ってやっているのに」 そう言うと、キレたその男性は手をあげようしてきた。このままだとぶたれてしまう。 そう思ったら、自然と青柳の足は動いてしまった。ガシッと、基紀と
どこか危なっかしい。 本人は悪気がないというより、少し抜けているところがある。天然とういうのだろうか? 結局、自宅に招かれることになってしまった。 その時に青柳が驚いたことは、亜季の言っていた櫻井課長だ。似ているとは言っていたが、まさかここまで似ているとは思わなかった。亜季の息子である和季が勘違いするほどに。 お互いに気まずくなる。だから、自分を重ねるわけだと納得してしまう。 それなのにニコニコしている亜季を見て青柳は、ため息を吐いた。(これは……彼女の旦那も大変だな)と……。 どうも放っておけない。だからこそ、気になってしまったのだろう。 そして、これほど積極的で真っ直ぐに感情を向けてくるのだから、意識しない方が無理である。 亜季は深々と頭を下げると、櫻井課長も同じく頭を下げてくれた。「俺の方からもお礼を申し上げます」「2人共…頭を上げて下さい。それに俺、そんな立派なものではないです。ただの卑怯な奴ですから」「どうしてですか?」 亜季は不思議そうに尋ねるが、少し寂しそうな表情を見せる青柳だった。 自分は、それを言ってもらえるような人間ではない。「それは、秘密です。墓まで持って行くつもりなので」 青柳は、自分ことを卑怯な人間だと思っていた。 本当は、その先を期待していた。亜季が振られて帰ってきた際は、慰めたいと思っていたからだ。 上手くいったら諦めるはずだった。だが……もし。 彼女はダメだった時は、吹っ切れてほしい。そうしたら改めて交際を申し込める。 それは振られることを期待すること。それが……自分が持っている感情だった。(俺って……最低だな。彼女に笑ってほしいと思いながら、こんなことを望むなんて。だから、これは墓まで持っていくつもりだ) そう青柳は心に誓った。 自分の恋は、こうしてあっけなく終わってしまった。でも、それで良かったのかもしれないしれない。笑ってくれるのなら。 それから何ヶ月が経った頃。青柳は、いつもの日常を過ごしていた。 今回から、また新しい生徒を担当すること。青柳は資料を見る。 名前は真中彩美(まなか あやみ)大学2年生らしい。 学生のうちに免許を取得する人は多い。(真面目な子だといいのだが) 青柳は、そんな風に思っていた。そして実際に会ってみると、小柄で大人しい雰囲気の女性だった。
それが会ってハッキリすると、無性に腹が立ってきた。 ウジウジしていないで、ちゃんと向き合ってほしい。その櫻井課長にも。 「まぁ……簡単に忘れられるものではないだろう。焦らずに居ることだな。いずれは時間が解決してくれる」「青柳さん……」「……そう言って欲しいのか? 俺に」「えっ?」 そう思ったら、自分でも驚くぐらいに亜季に説教をする青柳。 そこまで言うつもりはなかったが、口が動いたら止まらなかった。そこで、ようやく気づいた……自分の気持ちに。(俺は、吹っ切ってほしかったんだ)と……。 ずっと櫻井課長のことを考えないでほしい。そのためにも、ハッキリさせてほしかったのだろう。 上手くいけば仕方がないが、もしダメだったら。踏ん切りがつくはずだ。本気でぶつかった相手なら、言わないよりも言った方がスッキリする。 なんより、彼女に笑ってほしかった。沈んだ姿は似合わないと思った。「やり直したいと思うなら動け。君が動かない限りは何も変わらない」「……まだ……やり直せるでしょうか?」「さあな。そんなの俺に聞いても分からない。で、どうするんだ?」 青柳の言葉に、亜季は静かに前を見る。 動かないと何も変わらない。それは自分自身にも言っていることだ。「私……追いかけます。課長とやり直したいから」「……そうか」 青柳は、これ以上は何も言わなかった。彼女が決めたことだからだ。 食事を済ませてお店を出ると、亜季は頭を深く下げて、お礼を伝えてきた。「ご指摘ありがとうございました。私……目が覚めました!」「どうやら、ちゃんと前を向く気になれたようだな」「青柳さん……」 青柳は静かに微笑んでみせる。 亜季の顔を見ると、どこかスッキリしていた。きっと、自分のやるべきことを見つかったのだろう。(ああ、彼女は笑うと魅力的な人だな) やっと彼女の微笑む姿を見ることができたのに、気持ちは切なかった。 でも……これで良かったのかもしれない。そう青柳は思った。「もし、ぶつかってみてダメなら、また俺に連絡して来い。相談でも愚痴でも聞いてやる」「ありがとうございます!」 青柳はそう言ったが、そこに本音が隠れていた。でも、それは言わないつもりだ。 彼女が、ちゃんと向き合って、会いに向かうまでは。 そして亜季は頭を下げると、青柳とそのまま別れた。