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第473話

著者: 似水
last update 最終更新日: 2024-11-19 18:00:00
里香は少し疑問に思い、「ホールでは手続きできないの?」と尋ねた。

スタッフは答えた。「本日はホールが混雑していますので、お二人は上の階で手続きできます」

里香は離婚窓口をちらりと見ると、確かにかなり混んでいた。

今の時代、結婚を続けられない人が多いのかしら?そう思いながら、スタッフについて階上へ向かった。

主任のオフィスに入り、二人は必要な書類に記入し、その後は財産について話し合った。

雅之は一通の合意書を差し出し、「こちらが君への補償だ」と言った。

里香が目を通すと、ある名前を見つけた瞬間、瞳孔が一瞬縮んだ。

カエデビルのマンションが譲渡されることになっていた。

あの家、売ってしまったはずなのに?いつ雅之が買い戻したのか?それとも、別の物件?

あれは彼が最初に彼女に贈った大きなマンションで、特別な思い入れがあり、里香もとても気に入っていた。

さらに読み進めると、離婚補償金として10億円も含まれていた。

なかなかの額だ。これで彼女は一気に億万長者になった。

雅之はじっと里香を見つめ、「何か問題でもある?」と尋ねた。

里香は首を振り、「特にないわ」と答え、サインを済ませた。

主任は二人に離婚証を手渡したが、雅之は受け取ろうとしなかった。

里香はその離婚証を手に取り、じっくりと見つめた。今の離婚証は赤い表紙なのね、と淡々とした嘲笑を浮かべ、立ち去ろうとした。

雅之の冷たい声が背後から響いた。「そんな風に去ってしまうのか?一度くらい抱き合ってもいいだろ?」

里香は振り返らずに答えた。「そんな必要ないわ。それに、これ一冊くらいはあなたが持っておいたほうがいいわよ。奥様に訊かれた時に証拠がないと、嘘をついていると思われて、また具合が悪くなったら困るでしょう?」

離婚証を手に入れた途端、彼女の二宮おばあさんに対する呼び方も変わっていた。

雅之の瞳の奥には、淡い嘲笑の色が浮かんでいた。

里香はそのまま事務所を後にした。

雅之は煙草を取り出し、火をつけたが、胸の中のもやもやは収まらなかった。煙草で気持ちを落ち着けられると思ったが、逆に苛立ちが増していくばかりだった。

主任は雅之に敬意を示しながら話しかけた。「すべて雅之様のご指示通りに行いました。奥様にはこの離婚証が偽物だとは分かりません」

雅之は冷たく頷いた。

主任は手をこすりながら
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    蘭の身分は一目瞭然だ。北村家のお嬢様であり、祐介ともただならぬ関係にある。そんな彼女に、この病院の医師や看護師が下手に逆らえるはずもない。看護師は必死に制止した。「何やってるんですか!ここは病院ですよ!勝手に人を追い出すなんて、許されるわけがありません!」しかし、蘭は容赦なく言い放った。「さっさと追い出しなさい!」その声に、星野が病室の扉の前に立ちふさがり、怒りを露わにした。「やめろ!お前、何様のつもりだ?何の権利があって俺たちを追い出そうとしてるんだ?」蘭は星野をじろりと一瞥し、鼻で笑った。「身辺調査は終わってるわよ。入院費も払えないくせに、こんな病院にいるなんて図々しいにもほどがあるわね。ここを慈善施設か何かと勘違いしてるんじゃない?」星野は険しい表情を崩さず、背筋を伸ばして冷静に応じた。「それがあんたに何の関係がある?俺たちは病院から許可を得てるんだ!」蘭は腕を組み、近くにいた医師に向かって言った。「あら、入院費も払えないのに許可したんですって?この件、喜多野おじさんに報告しようかしら?」その言葉は明らかな脅迫だった。医師の一人が慌てて口を開いた。「お嬢様、この件は私どもで対応しますので……」蘭は星野を見下しながらさらに毒づいた。「そんなに貧乏なら、病気なんて診てもらおうなんて思わず、さっさと死んで次の人生で幸せになれば?」「パシン!」その言葉が終わると同時に、鋭い平手打ちの音が響いた。蘭は信じられないといった表情で頬を押さえた。周囲の人々は一瞬凍りついたように驚愕した。里香は手を引っ込めながら冷たく言い放った。「あんた、一応名門のお嬢様なんでしょ?それがその振る舞い?」「このクソ女!よくも私を殴ったわね!」怒り狂った蘭が叫んだ。彼女にとって、こんな屈辱は初めてだった。殴られるどころか、周りの人間は皆、彼女に頭を下げていたはずなのに……「捕まえなさい!この女の顔を引き裂いてやる!」蘭が命じると、ボディーガードたちが動き出した。しかし、ちょうどそのとき、加藤兄弟が現れ、里香の両脇に立ちはだかった。蘭はその光景にさらに苛立ちながら問い詰めた。「あんたたち、祐介のボディーガードじゃないの?どうしてここにいるの?」忠が淡々と答えた。「お嬢様、私たちは今、小松さんのボディーガードです」その

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    確かにそんな考えが頭をよぎったけど、録音を聞かない限り、自分がそんなことを言ったなんて信じられるはずがない。でも、待てよ。雅之が本気で自分を止めたいなら、録音の削除なんて簡単に防げるはず。それを恐れてるってことは……録音を聞かせないのは、やっぱり嘘をついてるから?絶対そうだ。自分の推測が正しいと確信しながら、里香は無言で目をぐるりと回してマンションを後にした。再び例の別荘マンションに戻り、今回は助っ人を呼んできた。「昨日のうちに僕を呼べばよかったのにね」広い敷地を見渡しながら、星野が言った。「こんなに広いなんて思わなかったのよ。いいから、早く始めましょう」里香は軽くため息をつきながら答えた。「了解です」二人で作業を進めると驚くほどスムーズに進み、昼過ぎには測定作業がすべて完了した。「よし、データも問題なしね」もう一度確認を終えた里香が提案した。「お昼ご飯、おごるわ」星野がにやりと笑って答えた。「小松さんの手作りのご飯ですか?」その言葉に、里香の動きが一瞬止まった。「前にご馳走になった料理が美味しくて、つい期待しちゃいました。でも、今日はいいです。お疲れでしょうし」星野が頭を掻きながら照れくさそうに付け加えた。「まあ、確かに疲れたね。じゃあ、また今度」里香も笑顔で応じた。二人は市内に戻り、評判のラーメン店を見つけた。昼時とあって、店内は人でごった返している。出てきたラーメンを前に、空腹の里香は箸を取るや否や勢いよく食べ始めた。「この間の話だけど、あの男、まだ小松さんに何か迷惑をかけたりしてます?」星野がふと尋ねた。「ううん、大丈夫よ」里香は首を振りながら答えると、すぐに話題を変えた。「星野くんはどう?おばさんの具合は?」「母さんは病院にいるおかげで安心してます。でも、君のことをよく話してますよ」「そうなんだ。忙しいのが落ち着いたら、顔を見に行こうかな」「それなら、きっと母さんも喜びますよ」星野が嬉しそうに笑ったそのとき、突然スマホが鳴り出した。画面を確認すると、介護士からの着信だった。その番号を見て、星野は眉をひそめた。普通、介護士は電話をかけてこない、よほどのことがない限り。「もしもし、橋本さん、どうかしましたか?」電話を取った途端、介護士の焦った声が飛び込んできた。「星

  • 離婚後、恋の始まり   第616話

    「里香?」雅之が電話越しに呼びかけた。しかし、返事はなかった。ただ、微かに聞こえる穏やかな呼吸音が耳に届くだけだった。彼はふっと笑みを浮かべ、スピーカーをオンにして電話を切らず、その呼吸音に耳を傾けた。その静かな音が、乱れていた彼の心を少しずつ落ち着かせていく。彼は思わず心の中でつぶやいた。「今、隣にいてくれたら、もっと安心できるのに……」翌朝。里香は目を覚ますなり、スマホを手に取った。しかし画面は真っ黒。「ん?……なんで電源が切れてるの?」首を傾げながら充電を始め、起動を待つことにした。スマホが再起動すると、大量のメッセージ通知が一気に届いた。そして目に飛び込んできたのは、昨夜の通話履歴。夜中の3時から朝の7時まで……雅之と4時間も電話していたなんて!里香はさらに困惑した。自分が雅之と電話した記憶は全くないけど?「コンコン!」ドアのノック音にハッとして振り返ると、かおるが顔を出していた。「おはよう。好きそうな朝ごはん買ってきたよ。一緒に食べよっか?」「うん、ありがとう」里香は寝ぼけた声で返事をしつつ、髪をとかして洗面所へ向かった。「ねえ、私、昨日酔っ払って変なことしてないよね?」テーブルにつきながら尋ねると、かおるは首を横に振った。「特に何も。ちゃんと部屋に戻って、そのまま寝たじゃない」そうなんだ。とはいえ、4時間の通話が謎のままだ。どうして雅之とそんなに長い電話を?しかも何を話したか全く覚えていないなんて。かおるが「どうしたの?」と尋ねると、里香は首を振って、「大丈夫」とだけ答えた。朝ごはんを済ませた後、里香は出勤のために家を出た。エレベーターに乗り込むと、そこで雅之と鉢合わせた。銀灰色のスーツ姿で、いつも通り端正で冷たく、隙のない雰囲気。ちらりと一瞥し、何か言おうか迷ったが、結局黙ったまま視線を外した。そんな里香に気づいた雅之が、ふいに口を開いた。「昨夜の電話、何を話したか覚えてる?」その問いに、一瞬で里香の顔が強張った。心当たりは全くないが、彼の言い方が妙に意味深だ。「酔ってたから覚えてない」そう淡々と返すと、雅之は唇をゆるめ、不敵な笑みを浮かべた。「問題ない。俺が覚えてるから、思い出させてやるよ」「結構」里香は即座に拒否した。忘れたままにしておきたいのに

  • 離婚後、恋の始まり   第615話

    里香の顔が一瞬で険しくなり、吐き捨てるように言った。「あなたたちの楽しさって、私の苦しみの上に成り立ってるわけ?」雅之は動じることなく、淡々と答えた。「辛いなら、俺のところに来て守ってもらえばいいだろう?」「は?」里香は思わず鼻で笑い、皮肉たっぷりに言い返した。「どうやって守るの?私があなたの愛人にでもなれって?」雅之は何も言わず、微笑むともつかない表情で彼女をじっと見つめている。屈辱以外の何ものでもなかった。正妻という地位があるくせに、それを捨てて愛人になれと言うのか?里香は足早に部屋を出て、勢いよくドアを「バタン」と閉めた。雅之はその場にしばらく立ち尽くし、目を閉じた。先ほどまでのかすかな笑みは影も形もなくなっていた。酒棚からボトルを取り出し、グラスに静かに注いだ。夜景を眺めながら、一口また一口とゆっくり飲み干していく。その瞳は、窓の外の夜よりもさらに深い闇を秘めているようだった。「何か嫌なことされなかった?」かおるは帰宅した里香を見るなり、心配そうに尋ねると、里香は首を振り、冷めた口調で答えた。「いや、ただ普通に気が狂ってただけ」その言葉に、かおるは吹き出した。「それ、最高に的確な表現ね」里香は手を洗い終えるとテーブルに戻り、フライドチキンを手に取った。「んー、やっぱり美味しいものって裏切らないね」かおるはビールの缶を開け、里香に差し出した。「はい、ビールも裏切らないよ。これ飲んだらぐっすり眠れるから」「もちろん!」里香は満面の笑みで受け取り、一気に飲み干した。人生の苦さには、ちょっとお酒で麻痺させるくらいがちょうどいい。里香は元々お酒に弱いのだが、幸い家だから取り乱しても問題なし。抱き枕をぎゅっと抱え込み、ソファに沈み込んだ里香は、部屋を行き来するかおるの姿をぼんやりと眺めていた。「かおる……」里香の声はどこか甘えていて、わずかに恨めしさが混じっていた。「なんでこっちに来てくれないの?」かおるは片付けを終えると、苦笑しながら近づいた。「今行くから。ほら、そろそろ寝室に戻ろう」素直に従い、寝室へと向かう里香。部屋に入ると、そのままベッドに倒れ込んだ。そんな彼女の無防備な姿に、かおるは思わず笑みを漏らした。「外でこんな風に飲んじゃダメだよ。もし誰かに見られたら連れて行

  • 離婚後、恋の始まり   第614話

    里香の視線は雅之から机の上のパソコンに移った。少しためらいながらも椅子に腰を下ろし、マウスを動かしながら画面をじっと見始める。画面には、近年の国内別荘建築の変遷を示す参考画像が映し出されていた。海外の要素を取り入れたことで、最近の別荘デザインにはどこか外国らしい雰囲気が漂っている。でも、雅之はそういうのが好きじゃない。だから、どこかで調整を入れないといけない。里香は画像に見入っていて、雅之がいつの間にか彼女のすぐ後ろに来ていることに気づかなかった。雅之はふいに体をかがめ、机に手をついて彼女を囲むように身を寄せる。「これ、悪くないな」低く落ち着いた声でそう言いながら、画面を見つめていた。里香は一瞬体がこわばったが、顔を少し横に向け、彼の息がかからないようにしながら眉をひそめた。「普通に話せばいいのに、なんでこんなに近づくの?」雅之は彼女の顔を見つめた。その黒い瞳が、何か特別な感情を秘めているようだった。「遠くだと聞こえないかもしれないだろ?」里香はため息混じりに呆れた顔をし、再び画面に視線を戻した。「中華風のデザインが好きなら、別荘を蘇州園林みたいに作ればいいんじゃない?あれ、すごく綺麗だし」「園林風が好きなのか?」雅之が問い返した。「好きよ。人工の山とか流れる水とか、居心地のいい環境で、家の中からいろんな景色が楽しめるのがいいわね」里香は頷きながら答えた。雅之はしばらく彼女をじっと見つめると、「じゃあ、それにしよう」とあっさり言った。里香は驚き、マウスを握る手に少し力が入った。「未来の奥さんに聞かなくていいの?」翠が園林風のデザインを好むとは限らない、もし出来上がってから気に入らなかったらどうするのだろう。そうなれば図面を描き直す羽目になり、面倒だ。今のうちに意見を統一しておいた方がいいに決まっている。雅之は体を起こし、彼女のそばからふっと香りが遠ざかる。背中越しに落ち着いた声で言った。「俺の家だ。俺が決める」里香は緊張していた体を少し緩め、「わかったわ」と軽く頷いて立ち上がると、「他に何かある?」と尋ねた。「今は特にない」雅之の声は相変わらず淡々としている。「そう」と短く返し、続けて言った。「じゃあ、帰るわ。何か思いついたら連絡して」その態度はどこか冷めていて、彼を

  • 離婚後、恋の始まり   第613話

    「でもさ、前に言ってたよね?俺のこと好きだって」雅之はじっと里香を見つめていた。その視線は、納得する答えを得るまで絶対に引き下がらないという意志がありありと感じられた。里香は仕方なさそうにため息をつくと、「他に何か要望は?」と聞き返した。もちろん、仕事に関する提案のことだ。雅之は黙ったまま答えなかった。里香はさらに続けた。「特にないなら、サイズ測るわよ」資料に記載されたサイズが実際と一致しているか確認しないと、図面作成には取り掛かれない。里香は測量工具を取り出し、作業を開始した。とはいえ、この敷地は広すぎた。一人で計測するには無理があり、午後いっぱい作業しても半分も終わらなかった。結局、翌日も午前中に出直す必要がありそうだ。額の汗を手でぬぐいながらデータを記録し、作業を終えた里香は立ち上がってその場を後にした。入り口にはまだパナメーラが停まっていて、雅之が車内にいた。里香が午後ずっと作業している間、彼もずっとそこに居座っていたのだ。「ほんと、暇人ね」と心の中で呟きつつ、里香は車に近づき、「ねえ、家まで送ってくれない?」と聞いた。雅之はサングラスを外し、指先にタバコを挟んだまま淡々と里香を一瞥する。その目線にはどこか冷ややかさがあった。午後中動き回ってほこりまみれの里香だったが、その目だけは不思議なほど輝いていた。「いいけど、料金は2万円」「そっか、じゃあいいわ」里香は肩をすくめるようにそう言うと、くるりと背を向けて歩き出した。近くのバス停からバスで帰ればいい。雅之は引き止めるそぶりも見せず、バックミラー越しに彼女の後ろ姿をじっと見つめていた。その目はますます暗い色を帯びていく。家に戻ると、里香は全身ぐったりとしていた。そんな彼女の疲れた様子を見るなり、かおるが声をかけた。「出前頼んだから、それ食べて休んで」「ありがとう。先にシャワー浴びてくるね」「どうぞごゆっくり」シャワーを浴び終え、タオルで髪を拭いていると、外はすっかり暗くなっていた。そのとき、スマホが鳴った。画面には以前の桜井の番号が表示されている。「もしもし?」唇を引き結びながら電話を取ると、電話の向こうから雅之の声がした。「新しいアイデアが浮かんだ。今すぐ来てくれ」「直接言えばいいじゃない」「会って話した

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