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第196話

Author: 風羽
しかし、もう遅すぎた。

九条薫はソファに寄りかかり、窓の外の夜の闇をぼんやりと眺めていた。しばらくして、彼女は彼の方を向き、かすかな笑みを浮かべて言った。「沢、あなたは病んでいるわ。でも、私はあなたの薬にはならないわ」

藤堂沢の顔色は悪かった。

暗闇の中、彼女は彼の傷を見ることも、彼が痛みを感じているのかどうかも気にしなかった。

昔の、藤堂沢の優しい妻は、彼自身の手によって殺されたのだ。

夜は静かで、沈黙に包まれていた。

藤堂沢はソファに座り、医師に薬を塗ってもらっていた。九条薫は静かにベッドのヘッドボードに寄りかかり、コンサートのチケットを握りしめていた。夕方、小林拓が持ってきてくれたものだった。

H市で開催される、最初のクラシックコンサート。

本来なら、彼女がオープニングを飾るはずだった!

彼女はずっとチケットを見つめていた。一晩中、やりきれない思いで胸がいっぱいだった。どうして忘れられるだろう......それは彼女の夢であるだけでなく、九条家にとってほとんど唯一の希望だったのに、その希望を藤堂沢が奪ってしまったのだ。

それなのに彼は、彼女とやり直して、また仲の良い夫婦に戻りたいと願っている!

本当に、馬鹿げている!

......

真夜中、藤堂沢は廊下の端でタバコを吸っていた。

煙は風に流され、すぐに消えていった。

灰皿にはタバコの吸い殻が何本も積み重なっていたが、彼の焦燥感は一向に収まらなかった。彼は九条薫の絶望を感じていた。この絶望は、二人の関係が終わってしまったことを物語っていた。

しかし、それでも彼は諦めたくなかった。

自分勝手すぎるだろうか?

背後から、聞き覚えのある声が、恐る恐る聞こえてきた。「藤堂さん......」

以前、藤堂沢は彼女のことを嫌いではなかった。彼女には恩もあった......しかし、彼女の欲深さと執着が九条薫から夢を奪い、彼の結婚を終わらせてしまった。彼は彼女に対して、少なからず嫌悪感を抱いていた。

藤堂沢は振り返らず、タバコを吸い続けた。

白川篠は、白いシャツに黒いスラックス姿の彼の後ろ姿を見ながら、ときめきと名残惜しさを感じていた。「明日、私は海外へ治療に行きます。藤堂さん、見送りに来てくれますか?最後に一目、お会いしたいんです」

「行かない」

藤堂沢はタバコの火を消し、吸い殻を見なが
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