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肉食獣
肉食獣
Author: よえつ

第1話

Author: よえつ
私も両親も生まれは田舎だ。

いまでは衣食住に不自由しない暮らしを送れているが、それはこの肉屋のおかげだ。

妙な話だが、18歳の年、父と母がたくさんの道具を持ち、「山に宝を探しに行く」と言い出した。

二人は何かに急き立てられているような顔をして、家を出たきり、15日間も音信不通だった。

毎日待ちわびていたが、ついに16日目の夜明け前、二人が戻ってきた。

父と母の服はボロボロで、あちこちが引き裂かれたような跡があった。

よく見ると、肌にも小さな血の染みが点々とついていた。

「父さん、大丈夫?ケガしてない?」と尋ねた。

だが、父は面倒くさそうに手を振り、「大丈夫だ。さっさと寝ろ」とだけ言った。

訳がわからなかったが、「きっと疲れてるんだ」と自分に言い聞かせて、明日また話を聞くことにした。

部屋に戻りかけたが、ドアが閉まる寸前、父の媚びたような声が聞こえてきた。

「宝物は手に入れたぞ。あれを始める時だな……」

その後、父と母は早朝に出かけ、夜遅くに帰るようになった。

私と弟には、いつも残り物しか用意されていなかった。

二人は何をしているのか、一言も教えてくれなかった。

それからしばらくして、両親は私たちを市場の横の路地裏に連れて行き、こう言った。

「店を開いたぞ」

店はとても小さく、カウンターが一つ置かれているだけだ。

店頭の看板も簡素で、ただの白い紙に「肉屋」と書かれた二文字が貼られているだけ。

風が吹くと、その看板は「パタパタ」と音を立てながら揺れた。

は? これが店?

看板はみすぼらしく、立地も悪い。人通りだって少ない。

こんなところで商売が成り立つのか?

だが、父はやけに自信満々だった。

「見た目はパッとしないかもしれないが、1週間もあれば、この店はこの町で一番の肉屋になるぞ」

父の自信の根拠が、私にはさっぱりわからなかった。

急に真剣な表情になった父が言った。

「奥にある仕込み部屋には絶対に入るな」

人間ってのは不思議なもので、わざわざ「入るな」と言われると、かえって入りたくなるもんだ。

もし言われなかったら、そもそも仕込み部屋なんて気にしなかったかもしれない。

予想以上に、うちの肉屋はすぐに繁盛し始めた。

初日はぽつぽつと2、3人が立ち寄った程度だったが、2日目には店の前に行列ができた。

口コミが広がり、客はどんどん増えた。

父はペンを手に取り、白い紙にこう書いた。

「毎日2時間限定販売、売り切れ次第終了」

父はそれを店の入口の一番目立つ場所に貼り付けた。

当然、客たちからは不満の声が上がった。

「おい店主さん、こんなに美味い肉なら、もっと仕入れろよ!」

「そうだよ!開店の日に1回買えただけだ。ここ数日は買えやしない!」

「本当にそんなに美味いのか?見た目は他の店と変わらないじゃん」

「一度食べてみればわかるよ。ここだけの話だけど……この肉には『特別な効果』があるんだ……」

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    仕込み部屋から突然聞こえた物音が、静まり返った夜の中で一際鋭く響いた。私はビクッと肩を震わせ、慌てて宿題を手に取り、足早にこの不気味な場所を離れようとした。「腹が減った……」しゃがれた声は、まるで砂漠をさまよう喉が渇き切った旅人が、最後の力を振り絞って命を求めているようだった。その声は鋭い刃のように、あらゆる霧を切り裂いて私の耳に突き刺さった。「ひっ……!!!」悲鳴をあげた私は、鍵を閉めることも忘れて店から飛び出した。遠くに見える大通りの明かりが唯一の頼りだった。光を目指して全力で走り続ける。濃い霧の中に突然、二つの人影が浮かび上がった。背の高い影と低い影――どちらも骸骨のように痩せこけていた。まるで「死神」が私の魂を奪いに来たように見えた。足が止まり、動けなくなった。だが、人影はローラースケートを履いているかのように滑るようにこちらに向かってくる。どんどん近づき、ついには目の前まで来た。――父と母だった。「お父さん!お母さん! どうしてここにいるの?」恐怖でバクバクしていた胸が少しだけ落ち着いた。二人の顔を見て、ようやく安堵のため息が出た。肩で息をしながら、なんとか気持ちを落ち着けようとした。「お前、仕込み部屋に入ったのか?」父が険しい目で問い詰めてきた。「いいえ、入ってないよ。ただ宿題を取りに来ただけ……」「何か、音を聞いたか?」「何も聞いてないよ」父と母の表情がやけに緊張しているのが気になった。数日前に聞いたあの奇妙な会話が頭をよぎる。この「仕込み部屋」にはきっと何かある。次の機会には絶対に中を確認しなければ。「早く家に帰れ。父さんたちはまだやることがある」「お母さん、体は大丈夫なの?」「母さんは大丈夫よ。でも、あなたも自分の体をしっかり大事にしなさい。体が資本なんだから!」普段は私の体を気にかけることのない母から、こんな言葉をかけられるのは珍しい。少しだけ心が温まった。しかし、次の瞬間、母はわずかに顎を上げ、何かを崇拝する信者のような表情で、恍惚とした目をして言った。「体こそが、すべての美しさの源なのよ……」母の様子が何かおかしい。夜が更けているせいなのか、それともこの場所の雰囲気のせいなのか、身の毛がよだつような寒気が全身を襲った。「じゃあ、もういい。美佳、先に

  • 肉食獣   第2話

    1人の年配の男性が、もう1人の中年男性の耳元で何かを囁くと、何かを企んだような笑い声を立てた。「そうだよ、保証するわ。ほら、見てくれよ、私のこの血色の良さ。あの肉を食べてからなんだ。それに、うちの旦那なんて、昔より元気モリモリだぞ!」客たちは次々と好き勝手に話し始めた。その噂を聞きつけた人たちも次々と集まってきた。まな板の上の肉はあっという間に売り切れ、父は前に出てきて、幕を下ろしながら言った。「今日は売り切れだ!続きは明日だぞ!」うちの肉屋の商売はずっと好調で、悪い評判なんて一度も聞いたことがない。この店のおかげで、うちは家も車も手に入れた。私は弟と一緒に、週末になると肉屋の店内で宿題をしていた。でも、奇妙なことに、両親が仕入れをしているところを一度も見たことがなかった。開店前には、毎日2時間も仕込み部屋にこもっていて、きっとそこで肉の下ごしらえをしているんだろうと思っていた。その仕込み部屋に入ってみたいと思ったことは何度もあったけど、母の鋭い目つきに睨まれると、怖くて引き下がるしかなかった。最近になって、仕込み部屋から微かに腐った臭いが漂ってくるのが気になり始めた。最初は、「夏の暑さで豚肉が腐ったのかな」と思った。でも、よく見てみると、肉はどれも新鮮で、腐っているような様子はまったくなかった。私は弟に尋ねた。「うちの肉屋、腐った臭いがしない?」「姉さん、うちは肉屋だろ? そりゃちょっとくらい匂いがするさ。俺も少しは気になったけど、店に匂いが染みついちまったんじゃない?」店の商売はどんどん良くなっていったが、母の顔はどこか浮かない様子だった。ある日、昼寝をしていたとき、うつらうつらしている間に、両親の会話が耳に入ってきた。「ねえ、最近あの『ヤツ』の食欲がどんどん強くなってきてるわ。私も最近、体がどんどん弱くなってるのがわかるのよ。もう、『ヤツ』を手放さない? これまで十分稼いだし、このままじゃいつか大変なことになるわよ」「他人が恐れる時こそ攻め時だ!お前はビジネスの才能がないな。『ヤツ』があとどれだけ生きられるか分からないだろ?捕まえるのにあれだけの苦労をしたんだ、最後の一滴まで搾り取らないと損だろう?役立たなくなる前に、できるだけ多くの肉を売っておくべきなんだよ。

  • 肉食獣   第1話

    私も両親も生まれは田舎だ。いまでは衣食住に不自由しない暮らしを送れているが、それはこの肉屋のおかげだ。妙な話だが、18歳の年、父と母がたくさんの道具を持ち、「山に宝を探しに行く」と言い出した。二人は何かに急き立てられているような顔をして、家を出たきり、15日間も音信不通だった。毎日待ちわびていたが、ついに16日目の夜明け前、二人が戻ってきた。父と母の服はボロボロで、あちこちが引き裂かれたような跡があった。よく見ると、肌にも小さな血の染みが点々とついていた。「父さん、大丈夫?ケガしてない?」と尋ねた。だが、父は面倒くさそうに手を振り、「大丈夫だ。さっさと寝ろ」とだけ言った。訳がわからなかったが、「きっと疲れてるんだ」と自分に言い聞かせて、明日また話を聞くことにした。部屋に戻りかけたが、ドアが閉まる寸前、父の媚びたような声が聞こえてきた。「宝物は手に入れたぞ。あれを始める時だな……」その後、父と母は早朝に出かけ、夜遅くに帰るようになった。私と弟には、いつも残り物しか用意されていなかった。二人は何をしているのか、一言も教えてくれなかった。それからしばらくして、両親は私たちを市場の横の路地裏に連れて行き、こう言った。「店を開いたぞ」店はとても小さく、カウンターが一つ置かれているだけだ。店頭の看板も簡素で、ただの白い紙に「肉屋」と書かれた二文字が貼られているだけ。風が吹くと、その看板は「パタパタ」と音を立てながら揺れた。は? これが店?看板はみすぼらしく、立地も悪い。人通りだって少ない。こんなところで商売が成り立つのか?だが、父はやけに自信満々だった。「見た目はパッとしないかもしれないが、1週間もあれば、この店はこの町で一番の肉屋になるぞ」父の自信の根拠が、私にはさっぱりわからなかった。急に真剣な表情になった父が言った。「奥にある仕込み部屋には絶対に入るな」人間ってのは不思議なもので、わざわざ「入るな」と言われると、かえって入りたくなるもんだ。もし言われなかったら、そもそも仕込み部屋なんて気にしなかったかもしれない。予想以上に、うちの肉屋はすぐに繁盛し始めた。初日はぽつぽつと2、3人が立ち寄った程度だったが、2日目には店の前に行列ができた。口コミが広

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