第3話

黒崎央河が駆けつけたとき、空はすでに明るくなっていた。

昨夜の半ば、担架が出たり入ったりして、最後には重症室に止まった。

私は血走った目で冷たい椅子に座り、一晩中まばたきもせずにいた。

明るくなってから、やっと携帯が切れていることに気づいた。

ようやく電話が通じた。 向こうで彼は大きなため息をつき、安堵の声を漏らした。

「夏奈、どこにいるんだ？」

「工場の外で待っているけど、誰もいなくなってしまった......」

彼の声は遠く感じたが、その焦りは確かに伝わってきた。

すぐに黒崎央河がやってきた。

彼は私を優しく抱き寄せ、背中をトントンと叩いた。

「僕がいるから、大丈夫だ」 彼の体から酒の匂いは消え、入浴後の優しい香りだけが残っていた。

「夏奈、頑張ってお金を稼ぐから」

「信じて、すぐに物事は良くなるよ」

私は彼の演技を静かに見つめ、何も返事をしなかった。

彼は眉をひそめ、私の表情を不安そうに見守っていた。

私の顔にはかつての確信を見つけられなかったのだろう。

胸に悪寒が走り、彼の腕から逃げ出して洗面所へ駆け込んだ。

......黒崎央河は私に休むように言ったが、私は聞かなかった。

彼のようにただゲームの人生を楽しんでいる若旦那さんではない。

私は本当に最底辺で苦しんでいる小さな存在だ。

立ち止まれば、生きていけなくなる。

数日間、私は病院と働く場所を行き来し、彼との接触を避け続けた。

若旦那さんにはこのゲームに早く飽きてほしかったからだ。

しかし、敏感な彼は私の様子に気づいていた。

彼はその異変を、私の父への緊張と心配に帰結させて、より一層私に優しくなった。

彼の柔らかな唇が私の額に優しく押し付けられ、「すべてうまくいくよ」と囁く。

だがその夜、私が代行運転をしていると、1時間前に私を思っていると言っていた彼が、酔っ払って美しい高貴な女性に支えられて後部座席に乗り込むのを見た。

彼女は後ろの鏡で私の視線を察知し、ある富裕層の住所を言い放った。

心臓がギュッと締め付けられた。

マセラッティは夜の闇を駆け抜け、彼女は閉じた目の男に寄り添い、冷淡な顔を優しく撫でながら、「私が来なければ、君は本当に家に帰らないつもりだったの？」と囁いた。

「その女性に心を動かされているの？」

静寂が訪れ、彼の喉がわずかに動いた。

彼が答えないと思った瞬間、彼は目を閉じたまま、熱を帯びた様子で襟を引っ張りながら、無関心に「ただの遊びさ」と言った。

心臓が激しく脈打った。

まるで無情に私を締め付ける手が、私自身であるかのように。

女性は満足そうに笑い、「それならよかった、私たちの婚約を忘れないで」と言い、意味深な視線で私を見つめてから彼にキスをした。

私は無表情で後部座席から聞こえてくる甘ったるい声に耳を傾けた。

涙がマスクを濡らした。

最後に、車は一軒の別荘の前で止まった。

私は自分の電動バイクを支え、夜風の中で待ち構えている執事たちを見つめながら、黒崎央河が慎重に支えられて去っていくのを見た。

彼女は去らず、微笑みながら私を見つめて言った。

「白枝夏奈」

「今日はいいサービスだったわ。お金は三倍にしておいたから」

私は拳を固く握り、全身が冷たくなった。

彼女が今夜私に来た理由はすぐに分かった。

「彼が君を選んだ理由が分かる？」

「君が特別だからじゃない」

「ただ洗車屋で働いているとき、いつも視線を逸らさずに忙しそうにしていたから、彼の征服欲を刺激しただけ」

「言い換えれば、君は私たちの娯楽に過ぎない」

「私たちの目には、犬以下だ」

彼女の声は刃のように、私の自尊心を無情に切り裂いていく。

私はその場に呆然と立ち尽くし、巨大な屈辱と不条理に飲み込まれた。

どれくらいの間立っていたのか分からない。

突然、病院からの電話が鳴った。

私は慌てて電動バイクに乗り込み、人生で最悪の一日を過ごした。

父が逝く前、か細い声で「黒崎央河はどこだ？」と尋ねてきた。

彼は私を大切にしてくれるよう頼みたかったのだ。

涙が溢れ、必死に頭を振った。

「誰もいらない、父だけが欲しい」

「私を置いていかないで」

突然、自分を憎む気持ちが湧いてきた。

なぜ目を見開いて人を見極められなかったのか、なぜ父との時間を大切にせず、あのような人間に時間を浪費してしまったのか。

なぜ父のための治療費を、勝手に半分も彼に渡してしまったのか......

私は床にひざまずき、声を上げて泣き、苦痛を悔い続けた。

携帯が狂ったように鳴り響き、黒崎央河の嬉しそうな声が聞こえた。

「夏奈、二百万のお金を集めたよ！」

「おじさんは必ず良くなるから！」

涙がぼやけていく中、憎しみが膨れ上がった。

私は彼を遮り、若旦那さんの名を叫んだ。

「黒崎央河、もう演じるのはやめて」

「その二百万を持って、私の人生から消えて」