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第237話

詩織は心の底からこの書類にサインしたくなかった。

彼女の心の中では、既に自分を小林家のお嬢様だと思っていた。

今、拓海との婚約の機会を得たのも、小林家のお嬢様という身分のおかげだった。

どうしてもこの身分を失いたくなかった。

平野は薄い唇を引き締めて言った。

「これには特別な理由がない。ただ当初の約束通り、終わりの時期が来たということだ」

詩織が何か言おうとした時、外から助手は駆け込んできて言った。

「お嬢様、渡辺家の方々が到着しました」

詩織は顔色を変え、急いでこの書類を助手に渡した。

彼女は振り返って平野を見て、哀願するような口調で言った。

「平野兄さん、この件は婚約パーティーが終わってから話し合ったか?」

平野は頷いた。

「ああ。ただし詩織、補償の件以外、交渉の余地はないぞ」

詩織は手を強く握りしめた。

それは、どうあっても養子縁組解消の書類にサインさせるという意味か?

どうして?

彼女は長年小林家に尽くしてきたのに、なぜ追い払われなければならないのか?

北は冷たい口調で言った。

「詩織、お前は何年もの間小林家からもらったものは十分だ。我々小林家はもうお前に借りはない」

今、長年苦労してきた実の妹が見つかり、彼らは確実に紗希を小林家に戻そうとしている。

紗希の気分を害する者は誰も許さないだろう。

だから詩織は小林家に留まることはできない。

今、詩織は拓海の奥さんになるのだから、将来の生活も悪くはないはずだ。

詩織は何も言わず、助手に書類を誰にも見られないように隠すよう指示した。

この時、渡辺家の人々が別荘のホールに入ってきた。

詩織は表情を整え直して迎えに行った。

「美蘭おばさん、いらっしゃいませ」

そう言いながら、詩織は隣の拓海を見て、目に期待の色を浮かべた。

今日の婚約パーティーが無事に終われば、彼女は数日のうちに渡辺家の若奥様になるだろう。

拓海はずっと無表情だったが、小林家の三兄弟の方を見て、視線は北で止まった。

先日の朝、紗希に電話をかけた時、彼女の方から北の声が聞こえたことを思い出した。

それが彼をいつも不快にさせてきた。

玲奈はそのイケメンな三人を見て、目を見開いた。

長男は結婚したが、次男と三男はまだ独身で、すべて若くて優秀な人達だ。

彼女はそのうちの誰かと結婚できればいい。

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