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初めての恋-11

last update 最終更新日: 2025-01-05 05:34:04

ほっとしている紗良と同様に、杏介もまた別の意味でほっとしていた。

紗良に告白したのは『覚悟』を持ってのこと。

紗良を好きになったら必然的に海斗もついてくる。

海斗が邪魔だとか嫌だとか、当然そんな気持ちは持ち合わせてはいないが、いくら母親と一緒に育てているとはいえ子供がいたら普通のお付き合いができないのは想像できる。

昼間は仕事を調整すれば会えるかもしれないけれど、夕方にはお迎えが待っている。

休日には海斗がいる。

泊りで出掛けることも、できないか、もしくは子供付き。

それらをひっくるめて、杏介は『覚悟』を決めたつもりだった。

それだけ紗良のことが好きだと思ったからだ。

けれど紗良の意志は固い。

杏介が思っているよりももっと意志が強くて、海斗への思いが深くて。

そこへ足を踏み入れるにはハードルが高すぎた。

(俺にはまだ紗良への愛情も海斗への愛情も、そして覚悟すらも足りないのかもしれないな)

子持ちと付き合うというのは、前途多難なのかもしれない。

杏介にとっても紗良にとっても。

それぞれの想いがあり、決意があり。

そしてその先に海斗がいて。

「はあ、難しいな……」

だから諦めるという恋ではないけれど。

まだ紗良を好きになったばかりなのだ。

紗良も杏介のことを好きだと言ってくれている。

これからゆっくりと距離を詰めていくのも悪くないかもしれない。

焦ることはない。

紗良も杏介も、初めての恋だから。

だからゆっくりと歩んでいく。

二人の目指す未来はまだ見えなくとも。

向いている方向は一緒なのだから。
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    お互いのことをよく知らない。表面上はよくわかっていても、その生い立ちや家庭環境までは踏み込んでいない。(杏介さんのこと、もっと知りたいかも……)そう思うのと同時に、紗良は自分のことも知ってもらいたいと思った。好きだから知りたい、好きだから知ってもらいたい。付き合うことはできないと断った後もこうして一緒にお出かけして、まるで付き合っているのと変わらないような関係が続いていることに自分自身喜びを覚えている、この矛盾した生活。自分のことを伝えたら杏介は呆れるだろうか。この関係は崩れるだろうか。だったとしても、今、伝えたい気がした。ずっと燻っている、紗良の気持ちを。紗良は海斗がぐっすり眠っているのを確認してから口を開く。「あのね、うちの両親は離婚してるの。私は母子家庭だけどお母さんが明るすぎて父親の存在なんて忘れちゃうくらい」「確かに、紗良のお母さんは底抜けに明るいよな」「でしょう。だからね、海斗を引き取るときも大丈夫だと思った。私もお母さんみたいにやれるって思ったの。でも実際はすごく大変でお母さんに頼ることも多くて全然できてないけど、でも私なりに頑張ってて……」「うん、すごいと思うよ。だって最初に出会ったときは海斗の本当の母親だと思ったから」「そう言ってもらえて嬉しいんだけど。でもね、最近はダメなの……」紗良は杏介を見る。運転している杏介の横顔は夕日に照らされてキラキラと眩しく、それでいて頼もしくかっこいい。(ああ、私ってこんなにも杏介さんのことが好きなんだ……)自覚すると胸がきゅっと苦しくなる。伝えるべきなのか、どうなのか迷う。だが杏介は「何がダメ?」と優しく問うた。

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    「 俺さ、母親がいないんだよね」「え?」「いや、正確にはいるんだけど。幼いころに病気で亡くなって父子家庭で育ってさ、数年後に父親は再婚したんだけど、新しい母親と上手くいかなくて。……いや、上手くいかないっていうか、俺が毛嫌いしているだけなんだけど。だからそういうお弁当は憧れだったんだ。長年の夢が叶ったような、そんな気持ち、かな」「そう、だったんだ」「引いた?」「ううん、全然。私、杏介さんのこと全然知らなかったんだなって思って」「そうだよな。あんまりこういう話ってしないし。まあ聞いてもつまらないと思うけど」世の中にはいろいろな人がいる。 誰一人として環境が同じなわけではない。 そんなことはわかっているけれど、紗良のような家庭環境は珍しいのではないかとどこかでそう思っていた。 きっと杏介も『普通』の家庭なのだろうと決めつけていた。 そんな風に考えていた自分を反省する。「……私たちってお互いのこと全然知らないよね」「そうかもしれないな」紗良は姉の子供の海斗を育てていて、実家暮らしで母と住んでいる。 平日は事務の仕事をしていて土日はラーメン店でアルバイト。杏介は海斗の通うプール教室の先生で、仕事終わりに紗良の働くラーメン店へよく訪れる常連客。 そして一人暮らし。今までの付き合いからこれくらいの情報はお互いに知っている。 けれどそれ以上深く聞くこともなかったし、自ら語ることもなかった。それがいいのか悪いのかわからないけれど、紗良の知らなかった杏介の内面の話は紗良の固定概念を崩すには十分だった。

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