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あなたがいい-15

Penulis: あさの紅茶
last update Terakhir Diperbarui: 2025-02-09 05:38:54

母は「あ、そうだ」と右手でベッドをポンポンと叩く。

「じゃああの家あなたたちにあげるわ」

「ええっ? じゃあお母さんはどうするのよ?」

「私? 私は退院したら小さなアパートでも借りて悠々自適の老後生活を送るわ」

「も一何言ってるのよ。まだリハビリも全然進んでないくせに。入院生活延びるよ」

「あらぁ、それも悪くないわね。リハビリの先生がね、イケメンなのよ。ふふっ」

「オレ、おばーちゃんもいっしょにくらしたい」

「まぁ~海ちゃんったら優しい子」

結婚するのだから、紗良と杏介、二人で新しい家庭をつくる。

それに対して母の申し出は大変ありがたいことではあるのだが、こんな入院した状態でこの先もどこまで回復できるかわからない母を残して新しい生活を始めるイメージはまったくわかない。

理想と現実の狭間でまだあまり深くは考えていないのだ。

「結婚はするって決めたけど、これからのことはおいおい決めるよ。ね、杏介さん」

「そうだな。でも俺、みんなで暮らすのもいいかなって思うよ。紗良がいて海斗がいてお母さんがいて、毎日楽しくて幸せなことだなって」

「杏介さん……」

「なんてできた息子なのかしら。でもね、遠慮しておくわ。あなたたちは二人で新しい家庭を築くのよ。結婚するってそういうことなんだから。それから杏介くん」

「はい」

「きちんとご両親に報告しなさいね。遠く離れて会わなくたって、親はいつだって子どものことを気にしているものよ」

紗良の母の言葉は杏介に緊張を与える。

報告はする、つもりではいた。けれどそれは今でなくても、きっといつか、といった不確かな揺れる杏介の気持ちを、母はぴしゃりと戒めた。

その言葉をしっかりと胸に受け止めて、杏介はコクリと頷く。

「……はい」

不安をはらんだ声色は思いのほか自分の胸に刺さった。

紗良はそっと杏介の手を握る。

少しでも杏介の不安が解消しますように、と。
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    杏介が予約したフォトスタジオを訪れた紗良は、思わず「うわぁ」と声を上げた。四季折々の風景をコンセプトにしている屋内スタジオに加え、外でも撮影できるよう立派な庭園が設えられている。海斗はランドセルを大事そうに抱えながらも、フォトスタジオに興味津々で今にも走りださんと目がキラキラしている。「いらっしゃいませ。ご予約の滝本様ですね」「はい、今日はよろしくお願いします」「ねえねえ、あの噴水さわってもいい?」「こら、海斗、ご挨拶!」「あっ。こんにちは。おねがいします」ピシャッと紗良が戒めると、海斗は慌てて挨拶をする。その様子を見てスタッフは海斗に優しい笑みを浮かべた。「噴水が気に入ったかな? あのお庭でも写真が撮れるから、カメラマンさんに伝えておきますね」「やったー!」海斗の入学記念に写真を撮りに来ただけなのに、そんなシチュエーションもあるのかと紗良は感心する。なにせフォトスタジオに来ること自体初めてなのだ。杏介に任せきりで予約の仕方すらわからない。まあ、杏介が「俺に任せて」と言うから、遠慮なくすべて手配してもらっただけなのだが。「海斗すごく喜んでるね」「浮かれすぎてて羽目外しそうでヒヤヒヤするよ」「確かに」紗良と杏介はくすりと笑った。

  • 泡沫の恋は儚く揺れる〜愛した君がすべてだから〜   番外編③ シアワセノカタチ-03

    「どうしたの、海斗」「これを見て!」海斗はおもむろにランドセルを背負う。 まだまだピカピカのランドセルを、紗良に見せつけるように体を捻った。「ランドセル?」「そう! ランドセル! 写真撮りたい。リクもさなちゃんも写真撮りにいったんだって」「写真? 写真なら撮ってあげるよ」紗良は自分のスマホのカメラを海斗に向ける。「ちがーう。そうじゃなくてぇ」ジタバタする海斗に紗良は首を傾げる。 咄嗟に杏介が「あれだろ?」と口を挟む。「入学記念に家族の記念写真を撮ったってことだよな?」「そう、それ! 先生わかってるぅー」「ああ~、そういうこと。確かに良いかもね。お風呂で何か盛り上がってるなぁって思ってたけど、そのことだったのね」「そうそう、そうなんだよ。でさ、会社が提携しているフォトスタジオがあるから、予約してみるよ」「うん、ありがとう杏介さん」ニッコリと笑う紗良の頭を、杏介はよしよしと撫でる。 海斗に関することなら反対しないだろうと踏んでいたが、やはりあっさりと了承されて思わず笑みがこぼれた。「?」撫でられて嬉しそうな顔をしながらも、「どうしたの?」と控えめに上目遣いで杏介を見る紗良に、愛おしさが増す。「紗良は今日も可愛い」「き、杏介さんったら」一瞬で頬をピンクに染める紗良。 そんなところもまた可愛くて仕方がない。夫婦がイチャイチャしている横で、海斗はランドセルを背負ったまま「写真! 写真!」と一人でテンション高く踊っていた。

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