「春香さん、私にもそう言ってました。歩夢君のこと、本気みたいですね。とても真剣でしたし、私のことはちょっと苦手みたいです」仕方のないことだけど、嫌われてしまうのはやっぱり悲しい。この重い気持ちを中川師長に話せて少しは気がラクになった。「そうだったのね。春香ちゃん、藍花ちゃんにも自分の気持ちを話したのね……。きっと、あの子も歩夢が藍花ちゃんを好きだってわかったんだね。確かに、春香ちゃんの気持ちもありがたいのよ。だけどね、見てたら可哀想になるのよね。だって、歩夢の心の中には藍花ちゃんしかいないんだから」「えっ……あの……」中川師長が話していることに戸惑いを隠せない。歩夢君が私を……?いったいどう受け取ればいいのだろう?私の頭の中は、色んなピースがバラバラになったまま、さらに混乱してしまった。「春香ちゃんは確かに仕事は出来る。それは認めるわ。悪い子じゃないしね。でもちょっと……大人しいというか。笑顔もあんまり無いしね。歩夢はたぶん、藍花ちゃんみたいに笑顔が素敵な人が好きなのよ」「あの……歩夢君が私を好きだなんて、中川師長の勘違いじゃないですか?私、歩夢君に好きになってもらえるような人間ではないです。まだまだ人としても女性としても全然成長できてなくて……」「藍花ちゃんは頑張ってるわよ。まだ2年じゃない。私だって新人の頃はなかなか大変だったから。これからだよ。あんまり焦ったら余計に良い看護ができなくなるからね。リラックスして患者さんに接する方が相手を安心させられる。もちろん、気を抜いてはダメだけどね。この仕事は奥が深いし、1人前だなんていつまで経っても言えないから。私もまだまだこれからよ」中川師長は笑って言った。師長がまだまだなら、私なんて赤ちゃん同然だ。でも、今のアドバイスは……とても心に響いた。「とにかく、藍花ちゃんも春香ちゃんも、もちろん歩夢も、私にはみんな可愛い後輩だから。みんなで患者さんのために頑張りましょう。歩夢のこと、これからも仲良くしてあげてね」
「いろいろとありがとうございます。はい、頑張ります。歩夢君とは、もちろんこれからも仲良くしたいです。同じ看護師として励まし合っていきたいと思ってます」「……そうね」「私、しばらく恋愛から遠ざかっていて、恋愛経験も多くはないので、人を好きになるっていう感覚があんまりわからないんです。情けないです、本当に」「そんな、情けないことは無いわ」「男性に対してドキドキはするんです。でも、それが好きなのかどうかはわからなくて……」「いいの、いいの、焦らないで。その中でも少しだけ歩夢のことを考えてもらえたら嬉しいわ。白川先生のことを言う必要があるのか正直迷ったけど、藍花ちゃんにはちゃんと将来を考えてほしかったの。黙ってるのは……良くないかなってね。あっ、そうそう。今日話したことは歩夢には内緒ね。たぶん、怒られるから。あの子、自分の気持ちを言わない可能性あるから……何だか心配でね。おせっかいはおばさんの悪い癖よね」歩夢君は幸せだ。こんなにも大切に思ってくれる人が側にいて。「おせっかいなんてとんでもないです。私、今は仕事を頑張りたいと思ってます。でも、もしチャンスがあれば……ちょっとは恋愛もしてみたいと思います。自信のない私が厚かましいですけどね」「何言ってるの。藍花ちゃんみたいな素敵な女性なら、男性がほおっておかないわよ。今が1番良い時。自分の気持ちに素直になって進んでね。もちろん歩夢じゃない人を好きになっても……仕方ないと思ってるから安心して。藍花ちゃんには絶対に幸せになってもらいたいから」この人はどこまでも優しい人だ。改めて、こんな大人になりたいと本気で思った。「中川師長、ありがとうございます。私のこと、いろいろ考えて話して下さって」「こちらこそありがとう。すごく楽しかったわ。また一緒に食事しましょうね。私、藍花ちゃんといると何だかホッとするのよね。これでも、仕事の時はやっぱり気が張ってるから。今日も藍花ちゃんの笑顔に癒されたわ。じゃあね、気をつけてね」「本当にありがとうございました。ご馳走になってすみません。美味しかったです」今日は、有意義な時間を過ごせた。ホッとするのは私の方なのに……中川師長の優しい思いに触れられたことに心から感謝したいと思えた。私は、手を振る師長を見送ってから、1人、帰路に着いた。
中川師長から聞いた話もまだ半信半疑、白川先生や七海先生の気持ちもよくわからないままで私は数日を過ごした。今夜は、歩夢君が企画してくれた親睦会の日。日頃あまり話せない看護師の仲間達と親睦を深める会を開きたいと提案し、こうして素敵なお店を予約してくれた歩夢君には本当に頭が下がる。激務の合間、入れ替わりで集まれるメンバーだけにはなるけれど、せっかくの機会なのでみんなで楽しみたいと思っている。「珍しいわね。春香さんが来てる」「ほんと。こういう場所、苦手なんだと思ってたのに」そんな声が耳に届く。そう、嬉しいことに今日は春香さんが来てくれている。相当頑張って歩夢君が声をかけてくれたに違いない。きっと春香さんは、他の誰からの誘いも受けないだろうから。「皆さん、ドリンク注文しますから言って下さい」早速、歩夢君が先頭に立って会を仕切ってくれている。こういうところを中川師長も嬉しい反面、心配もしているのだろう。それでも、とても楽しそうな歩夢君の笑顔に、私まで幸せな気持ちになった。「藍花ちゃん、この前あなたのことを『可愛い』って言ってる患者さんがいたわよ」「えっ」先輩看護師がみんなの前で言った言葉は、私を赤面させた。「うんうん。確かに藍花ちゃんって可愛いしスタイルいいし、雑誌のモデルさんみたいだよね」「や、やめて下さい。そんなことないですから」「藍花ちゃん、そんなに可愛いんだから彼氏いるんでしょ?」その質問の最後に被せて、歩夢君がグラスを倒した。「あっ!すみません!」慌ててみんなでテーブルを拭く。「どうしたのよ、歩夢君。いきなりグラスを倒すなんて」「す、すみません。ちょっと手が当たって」苦笑いしながらテーブルを拭き続ける歩夢君は、ほんの少し動揺しているように見えた。「それにしても春香さん、今日はよくきたわね。病院では行かないって断ってた気がしたから」会話の内容が私から春香さんに変わってホッとした。女性の会話はコロコロと変化する。どんどん枝分かれし、気づいたら元々何について話していたかなんてすっかり忘れてしまう。
「……はい」春香さんは、相変わらず小さな声で笑顔もない。「どうして来てくれたの?」「……特に意味はないです」「春香さんが来てくれて嬉しいわ」「ああ……はい」受け答えの悪さに、先輩達もすぐに絡むのをやめてしまった。なぜかずっと不機嫌な顔で座っているのが気になってしまう。「藍花さん。これ食べて下さい。美味しいですよ」「あっ、ありがとう。うわぁ、美味しそう、いただきます」歩夢君は、奥の方にある料理をお皿に少しづつ取って渡してくれた。他の先輩達にも同じようにしている。こんな配慮ができる男性は、好感度が自然に高くなる。しかも、盛り付け方も綺麗だ。歩夢君の繊細さが現れている気がした。「はい、どうぞ春香さん」「……ありがとうございます」春香さんは、歩夢君からお皿を受け取ると、その場から離れ、違うテーブルに移った。私が近くにいるのが気に入らないのだろうか。そう思うと何だかとても心が痛い。せっかくの時間を楽しめなくなりそうで切なくなる。「大丈夫ですか?藍花さん」「う、うん。大丈夫だよ」「本当に?顔色悪いですけど……」歩夢君の気遣いが嬉しい。「そんなことないない。楽しいよ」「あの……少し話しませんか?」そう言って歩夢君は、奥のテーブルを指さした。「……えっ、あの……」私は、歩夢君と話すところを春香さんに見られたくなくて、言葉に困ってしまった。2人でいるところを見たら、きっと嫌な気持ちになるだろうから。「大丈夫……ですか?」「うん。でも、今日はみんなで話そうよ」「……あっ、そうですね。すみません」「謝らないで。ごめんね」「……そう言いながら藍花さんも謝ってますよ」「あっ、えっ、そうだね。謝ってたね」2人とも苦笑いした。何だかお互いぎこちなくて、少し寂しそうな歩夢君を見たら胸が苦しくなった。中川師長が言ってたことは本当なんだろうか?曖昧な感じではあったけれど、私のことを好き……って……今でもまだ歩夢君の想いが私にはよくわからない。
それから数時間して、親睦会は楽しい雰囲気の中で終了した。春香さんはあまりみんなとは話していなかったけれど、歩夢君が喋りかけていた時だけは、ほんの少し笑顔も出ていた。ほとんどみんなが帰った後、歩夢君は春香さんと私を途中まで送ると言ってくれた。「ごめんね、歩夢君。ありがとう」「いえいえ、同じ方向ですから」「……」春香さんは黙っている。3人での会話はやはり弾まない。「春香さん、今日はみんなでワイワイ過ごせて楽しかったね」「……まあ。でも、微妙です。藍花さんはみんなに笑顔をふりまいていて、何だか誰にでも良い顔してるのがちょっと……」「えっ」「何を言ってるんですか、春香さん。藍花さんにそんな言い方しちゃダメですよ」「……来栖さんは藍花さんの味方なんですね」「味方とかじゃなくて、みんなで仲良くしたいだけですよ。笑顔の方がいいじゃないですか。春香さんも笑顔でいて下さい」「私は、誰にでも笑顔をふりまいて好かれようとする女性が苦手なだけです。誰かみたいに」「春香さん……」私のことを言われていると思うとつらくなる。春香さんは私を敵対視して、目も合わせてくれない。「藍花さんはね、とても優しい人ですよ。春香さんは誤解してます。みんな仲良く……」「もういいです!私、1人で帰りますから」歩夢君の言葉を聞かず、春香さんはすたすたと歩きだした。「歩夢君、行ってあげて。お願い」「……でも、藍花さん……」「私は平気。春香さんが心配だから」「……わかりました。気をつけて帰って下さいね。じゃあ、行きます」「うん、お願いね」歩夢君は走って春香さんを追いかけた。夜空に向かってため息をひとつ。春香さんは、どうしてこんなにも私を嫌うのだろうか?ここまで言われると、もうどうしていいのかわからなくなる。楽しい時間を過ごせた夜が、こんな形で終わるのはとても悲しい。私は肩を落とし、静かな夜の道を1人ゆっくりと歩きだした。
「今日もいい男だね~」「そうですか?ありがとうございます」白川先生は、個室に入っている齋藤さんという80歳の女性の患者さんを診ていた。「ずいぶん顔色も良くなりましたね。手術の傷も良い具合です。来週には退院できると思います。よく頑張りましたね」患者さんにいつものように優しく話しかける蒼真さん。「白川先生みたいなハンサムな主治医なら、私、ずっとここに居たいわ~。退院しても家に1人だから寂しいし」「私も齋藤さんとお話するのは楽しいですが、傷が治ったら退院です。またいつか……と言いたいところですが、医師としては戻って来られないことを願うしかないですね。でも、退院まではいつでも声をかけて下さい」「本当にいい男だ。優しい男は女を幸せにするからね」齋藤さんはかなりの蒼真さんファンだ。みんな、この容姿と言葉の魅力にハマっていく。だけど、先生は私に厳しい。最近は、アメとムチを使い分けられている気もするけれど、蒼真さんの本音はなかなか読み取れない。「あなた、えっと……」「あっ、蓮見です」蒼真さんに比べて、私は何と存在感の薄いことか。患者さんに名前も覚えてもらえないなんて――「そうそう蓮見さんね。あなたはとってもキュートな女だね」「そ、そんなことありません!」齋藤さんは、顔から下の方まで視線を落としながら、私をまじまじと見た。キュートだなんて、蒼真さんの前で恥ずかしくて顔から火が出そうだ。「あなた、キュートの意味がわからないの?」「えっ、い、いえ。意味はわかります。でも、私はキュート……ではないので」否定をする時の顔に笑顔は無い。私は、蒼真さんに注意されないように慌てて無理やり笑顔を作った。
「キュートっていうのは蓮見さんみたいな人のためにある言葉だよ。あなたは私の若い頃にそっくりだから。昔は私もあなたみたいにキュートだったんだからね」「齋藤さん。あなたは今でもとてもキュートです」蒼真さんは、優しさ満開の笑顔で言った。「あらぁ~。白川先生にそんなこと言われたら嬉しくて心臓がドキドキするわ~。今じゃなくて、もっとずっと若い頃に先生に出会いたかった。そしたら、人生バラ色だっただろうに」可愛らしく胸に両手を当てる姿が乙女だ。年齢を重ねても、こんな可愛らしい仕草のできる素敵な女性でいられることがうらやましい。「でも、若いってことは素晴らしいね。宝物だよ。今を大切にしなよ、蓮見さん」「……はい。1日1日を大切にしたいと思います」「真面目だね~。ピチピチの蓮見さんは、白川先生とお似合いだよ。あなた達は付き合ってるのかい?」齋藤さんの突拍子もない質問にとても驚いた。「ち、違います!そんなわけないじゃないですか。絶対に有り得ないですから。そんなこと言ったら白川先生に失礼ですよ」照れすぎて、速攻、全否定した。「あら、顔が赤いわよ。別にいいじゃない、そんな恥ずかしがらなくても。本当に2人はお似合いなんだから。白川先生、あなたはどうなんだい?」止めて……それ以上聞かないで、と心が叫ぶ。「齋藤さん。うちの看護師をあまりからかわないで下さいね」「そ、そうですよ。からかわないで下さいね」蒼真さんは、私とお似合いなとど言われて嫌な気持ちになっているかも知れない。そう思うと苦笑いするしかなかった。「ですが……蓮見は齋藤さんほどではないですが、結構可愛らしいところがあるんです」「えっ」「ですから、この先はどうなるかわからないです」蒼真さんの言葉に一瞬頭がパニックになりそうだった。いや、これは冗談に違いない。だとすればかなりのブラックジョークだ。「 あらやだ。素敵じゃない!もし他の人だったらヤキモチ妬いちゃうけど、蓮見さんは可愛らしいから応援するわよ。本当に、私もあと少し若かったら白川先生の彼女になれたのに残念だわ~」齋藤さんの笑い声が病室に響いた。「いいですね。その元気があれば大丈夫ですよ。齋藤さんにはきっと、私なんかよりずっとダンディな男性がお似合いです。じゃあ少し休みましょう」そう言って、蒼真さんは齋藤さんの掛け布団の歪みをさり
「先生、ありがとう。また2人で来てね、本当にいいコンビだよ」「じゃあまた。失礼します」私達は病室を出た。「あの、患者さんに適当なこと言わないでもらえますか?」「いきなり何だ?」「何だって、冗談だとしても、あんな言い方して間違って広まったらどうするんですか?」「広まったら?何か問題か?」蒼真さんは私に真顔で答えた。「も、問題かって、そんなの問題に決まってます!蒼真さんに迷惑がかかりますから。もし私なんかと変な噂が流れたら……」「それならそれで構わない」「えっ……」「白川先生!すみません、ちょっとよろしいでしょうか?」「ああ」蒼真さんは、看護師に呼ばれてさっさと行ってしまった。構わないなんて……本当に適当過ぎる。実際、噂になったら嫌な思いをするくせに。私は、その場で齋藤さんみたいに心臓に手を当ててみた。どうしてだろう、すごく鼓動が激しい。「おかしいよ、こんなの……。本当、何なの?」思わずそう呟いた。蒼真さんは、私の心を振り回して楽しんでいるのか?もしからかわれているとしたら、かなりキツイ。私は、何ともいえないモヤモヤした気持ちを引きづりながら、ナースステーションに戻った。「ちょっと蓮見さん!」その時、突然、誰かに声をかけられた。「痛い!!」かなり語尾の荒い口調に驚き、私は思わず持っていた医療機器を足の上に落としてしまった。「藍花さん!!大丈夫ですか!」叫び声を聞きつけて、歩夢君が慌ててこちらに駆け寄ってくれた。「大変です、靴下にかなり血が滲んでます。切れてしまったのかも知れません」しゃがんで私の足先を見ながら歩夢君が言った。指の部分に重いものが落ちたせいで、確かに白い靴下が真っ赤になっていた。ふと顔を上げると、その視線の先に春香さんがいた。私に声をかけたのは春香さんだったんだ――歩夢君と私のやり取りを見てしまったせいか、春香さんはそのまま背を向けてどこかに行ってしまった。
「もう一度……」私は、ゆっくりうなづいて、蒼真さんと同じ思いだと意思表示した。「藍花……」「蒼真……さん。ああんっ!」名前を呼んだ後、私はたまらず節度の無い声を出してしまった。こんなどうしようもない私を、蒼真さんは強く強く抱きしめた。壊れそうなくらいに――お互いの腕が相手の背中を包む。愛おしくて、狂おしくて……私は、蒼真さんの前で泣いた。「藍花、お前を一生離さないから。ずっと側にいろ」「あなたの側にいたい。ずっと……」「藍花、お前は俺の大切な人。俺の彼女。絶対誰にも渡さない」そう言って、蒼真さんは再び腰を激しく動かし、2人は体で愛を誓った。「最高だった。藍花」私を優しく立たせ、シャワーで私の全身を洗ってくれた。柔らかなバスタオルで優しく拭きあげ、ほんのり良い香りがする新しいバスローブを着せてくれた。「今日は初めから藍花を抱くつもりだった。でも、もちろん、体だけが目的なんじゃない。お前の心も体も、俺は全てが欲しかった。だから絶対に誤解するな。体だけなら、俺はお前に告白なんかしない。いいな」その真剣な眼差しを決して疑いたくはなかった。「はい。蒼真さんのこと信じたいって……思います。まだ自分に自信はないですけど、でも、私は蒼真さんのことが好きだって……心からわかりましたから」蒼真さんは、私のほっぺにキスをすると、背中に手を添えて、「明日はお互い休みだから、2人で一緒に眠ろう」と、ニコッと微笑んでくれた。私達は蒼真さんのベッドに横たわった。このまま2人で夜明けを迎えるなんて――夢のような現実を完全に受け止めるのには、まだもう少しだけ……時間がかかりそうだ。
「この胸の形……大きさも好きだ。こうして触ると感じるんだな。男を虜にするようないやらしい体をしてる」蒼真さんは、そう言いながら私の体に触れた。また1から丁寧に……そして、シャワーを止めて、広い浴槽に浸かる。とても温かくて気持ち良かった。そこでまた、蒼真さんは私の感じる場所に手を伸ばした。「俺、おかしくなったのか?こんなにも藍花が欲しくてたまらない。こんなことは初めてなんだ」「蒼真さん……」「お前は最高の女だ。手放すなんて考えられない。俺から離れてどこにも行かないと約束してくれ」「最高の女」、これ以上の褒め言葉はないと思った。蒼真さんは本当にそこまで私を想ってくれているのだろうか?だけど……今はこの人のことを心の底から信じたいと思った。できることならこの先も、ずっとずっと信じていたいと。「蒼真さん。本当に、私なんかでいいんですか?私と蒼真さんは……残念ながらお似合いじゃないですよ」「世界一似合ってると俺は思ってるけど?それでいいだろ?藍花のこと、必ず俺が守るから。絶対に守る。何も心配せず俺を信じろ」「蒼真さん……」「藍花、俺と付き合ってくれ。断るなんて……許さない」激しい言葉だった。でも、たまらなく幸せで、私は蒼真さんの申し出を受け入れたいと思った。あんなに迷っていた数時間前までの自分はもういない。その代わり、今ここに、白川先生に調教された「淫らな私」がいる。きっと、元々潜在的に眠っていたものを、蒼真さんが引き出してくれたんだろう。これから先も私は、病院では「白川先生」に、2人の時は「蒼真さん」に……しつけられていくんだ。湯船から出て、タイルの上にペタリと座り込んだ2人。向かい合って抱き合い、お互い引き合うようにキスを繰り返した。愛おしくてたまらない。蒼真さんに愛されていると、素直に感じられる幸せな瞬間だった。
「藍花……この前、みんなでバーベキューした時、七海先生と話してたよな。あの時の七海先生の顔を見てたらわかった……。この人は藍花が好きなんだって」「えっ……」「もしかして七海先生に……告白されたのか?」突然の質問に驚いた。私は、戸惑いながらも、嘘をつきたくなくてうなづいた。「やはりな……。あの人は素晴らしい先生だと思う。もちろん尊敬もしてる。でも……お前のことだけは譲れない。絶対に……藍花は俺だけのものだから。誰にも渡さない」「うっ……はぁあんっ……蒼真……さん」言葉と共に更に力がこもって、私の中にどんどん何かが溢れていく。今私が味わってるものは、間違いなくこの世の中で1番気持ちの良いものだ。他に比べようもない、これが、快楽の極地だと――私は、確信できる。蒼真さんもきっと同じ気持ちに違いない。情欲に支配されたその顔を見れば、私にだってわかる。「藍花、一緒に……」「は、はい。私……もうダメ……です。気持ち……いいっ」そして、数秒後、私達は一気に最高潮を迎え、激しくうねる波に2人して飲まれた。ゆっくりと2人の動きが止まる。蒼真さんの荒い息遣い。私も、息を整えた。「藍花、このままバスルームに行こう」「えっ……あっ、はい」シャワーで体を簡単に流し、優しく泡立てたボディーソープで体を洗う。ただそれだけなのに、ひとしきり愛し合った体は、まだお互いを求めていた。出しっぱなしのシャワーに打たれながら、私達は引き寄せられるように激しくキスをした。全裸の蒼真さんは本当に美しい。上半身も下半身も、その均整のとれた最高の体つきに、どうしようもなく心を奪われる。私は、恥ずかしげもなく、立ったままの状態で絡みついた。自分の中にこんなにもいやらしい部分があったなんて……きっとこの人に抱かれなければ、一生本当の自分を知ることはなかっただろう。「綺麗だ。藍花の体、本当に……」綺麗なのは蒼真さんの方だ――「恥ずかしいです。私の体なんて……」
私は、蒼真さんに抱かれ、喘ぎながら思った。何もかも月那の言う通りになってる――と。「そんなことにはならない」と否定したくせに、何だか急に自分が恥ずかしくなった。だけど、もう引き返せない、ううん、引き返したくない。激しく繰り返される刺激を、私の体は全て受け入れ、心まで酔いしれた。口に出さなくても勝手に心が叫んでる。「もっと激しくして、もっと感じさせて」と。充分過ぎる程満たされているのに、どうしてなのか?私は、まだまだあなたを求めてしまう。目の前にある蒼真さんの男らしい体。その引き締まった肉体にとても魅力を感じ、私はそっと胸板に手をやった。筋肉が程よくついて……ずっと触れていたいと思った。蒼真さんとひとつになって、一緒にイキたい。自分のいやらしい部分に蒼真さんを感じたい。私の中にそんな欲求がどんどん膨らんでいく。飽き足らない欲望に、もう、私の理性は完全にどこかに吹き飛んでしまった。「藍花、俺のこと好きか?」「はい」こんなにも心が熱く求める人を、好きじゃないなんて言えるはずがない。次の瞬間、蒼真さんは私に覆いかぶさった。上から見つめ、そして、恐ろしい程魅惑的に……笑った。その艶美な顔が愛おしくて手を伸ばす。その時、ズシンと体の奥に何かを感じ、どうしようもない高揚感に支配された。「あっ……ダメっ!」「ここも全部、俺で満たしたい」蒼真さん……恥ずかしいけれど、私はさっきからずっとそうしてほしいと願っていた。私……あなたが好き。こんなにも早く答えが見つかるなんて思ってもなかった。でも、きっと七海先生や歩夢君とはこんな風にはなれない、蒼真さんだからこうして1つになれたんだ。今ならちゃんとそう思える。こんなにも求めて、乱れて……私、本当に心から、どうしようもなく蒼真さんが好き。本気で人を愛する想いが、こんなにも温かく優しいものだったなんて、生まれて初めて知った。
その瞬間、とんでもない感覚――「気持ち良さ」に襲われた。「あうっ……ああっ、蒼真……さん」何だろう、今まで味わったことのないこの感覚。これが本物の「快感」なんだ。蒼真さんの容赦ない指と舌のいやらしい攻めの全てに、私の体は敏感に反応し、深い快楽の波に飲み込まれた。自分のことを「淫らな女」だと恥ずかしく思いながらも、だんだんと羞恥心は薄くなっていき、その引くことのない快感を、心から充分に味わってしまっていた。でも……その時に思った。きっとこれで正解なんだって――嘘偽りない気持ちで「もっとしてほしい」と体が叫んでいるから。「藍花、ここ、気持ちいい?」ゾクゾクするようなセクシーな声が、更に胸を高揚させる。蒼真さんは、私の秘密の場所に手を触れた。「もうこんなに濡らしてる。いやらしい子だ」「いやっ、ダメです。そんなことされたら私……」「ダメじゃないだろ?こんなに濡らしておいて。素直に言えないのか?もっとしてほしいって」「蒼真さん、やっぱりすごく……意地悪です。ああっ、あうんっ……はぁん」目と目が合う。それだけでドキドキして蒼真さんの魅力の虜になる。「この顔も、白い肌も、柔らかな胸も……俺はお前の全部が好きだ。嫌いなところなんてひとつも無い。だから、もっともっと俺に溺れてくれ。二度と抜け出せないくらいに」その言葉……私はもう、あなたという底の無い沼にはまってしまった。「あっ……そこっ……いいっ。ああんっ」「ここ、気持ちいいんだな。藍花の感じる場所は絶対に忘れない」「蒼真……さん。私……もうどうにかなりそうです」「藍花の乱れる姿も声も、俺を興奮させる。お前を見ていると俺もどうにかなってしまいそうだ……」「はああんっ、ダメっ……ああっ」「もっともっと感じて……俺が藍花をイかせてやる。何度でも、何度でも……。お前のいやらしい顔、もっと見せて。ダメだなんて言って、ほんとは藍花もイキたいんだろ?」卑猥なセリフだと思ったけれど、正直、蒼真さんの言う通りだった。全然、嫌じゃない。むしろあなたを求めてる。私は……とんでもない嘘つきだ。「もっと激しくするから覚悟して。藍花の体の全てを俺が感じさせてやる。嫌だって言っても許さない」次から次へと押し出される濃艷な言葉に襲われ、私は「このままどうなってもいい」と本気で思った。
私を見せる?そんなこと、死ぬほど恥ずかしい。なのに……どうしたというのだろうか?体はどんどん熱くなり、うずいてしまう。この感情が私の正直な気持ちなら、そこに嘘はつけない。私は、意を決してうなづいた。「……いい子だ」蒼真さんは、スカートの裾を慌てずゆっくりとたくし上げた。日に焼けていない白い肌が徐々にあらわになる。「綺麗だ」少しひんやりしたその手で太ももに触れられて、思わず「あっ」と声にならない声を出してしまった。「この先は……どうしようか……」太ももに軽くキスをされ、蒼真さんの唇の感触に身震いした。声が出そうになるのをグッと我慢し、喉の奥にそれを閉じ込める。これは、私?こんなことをされて体を熱くしている私は、今までの「自分」ではない。蒼真さんは、私のことを淫らな女にしようとしてるのか?だけど……不思議と「止めて……」とは言えなかった。「こんな可愛い女、他にはいない」熱い吐息混じりに耳元で囁かれ、私は心をかき乱されて冷静ではいられなくなった。その隙をつくように、蒼真さんは私の唇を甘く塞いだ。優しく、そして、徐々に激しく、両方の頬に手を当てながら、情熱的なキスが繰り返される。舌先で口腔内を舐めまわされ、身体中が燃えるように熱くなる。「もう我慢できない……」「蒼真さん……」薄手のセーターを下からめくり上げ、蒼真さんはレースのブラの上から優しく私の胸に触れた。胸の谷間を見られ、羞恥心が湧き上がる。「とても美しい。もっとお前の体に触れたい」私は、このままこの人に全てを捧げるの?これが正解なの?疑問を解消する間もなく、蒼真さんは、私の考えていることなどお構い無しに上半身に舌を這わせた。「藍花の胸……すごく大きくて柔らかい」ブラを外され、胸のいただきに舌の刺激を感じると、保っていた理性を失いそうになった。本当に、蒼真さんに全てを見られ、全てを捧げるのだ――と、私の脳が悟り、心で覚悟した。
「蒼真さん……」スカートの上から私の足をゆっくりと撫でる細くて長い指。その行動に戸惑いが隠せない。私は今からどうなってしまうのか?「こんな告白は嫌いか?」「こ、告白?」蒼真さんはソファの前に膝まづいたまま、今度は手を伸ばして私の髪に触れた。そして、そのまま耳に触れ、その指はゆっくりと唇へと移った。「好きだよ、藍花」「……蒼真……さん?」いったい何が起こったのか?蒼真さんは何を言っているの?「こんなに誰かを好きになったのは初めてだ。俺、頭がおかしくなるくらいお前を求めてしまう」「……ちょっ、ちょっと待って下さい。そんなこと……そんなこと……」まるで状況が理解できない。体がソファにフラフラと倒れ込んでしまいそうになる。「藍花?」「そ、蒼真さんが私を好きだなんて信じられるわけないです。好きって……好きっていったいどういう意味なんでしょうか?私には全く意味がわかりません」頭の中が大混乱していて、パニックを起こしそうになっている。「どうして俺を信じない?」「どうしてって、信じられるわけないです。蒼真さんが私を選ぶわけない。蒼真さんみたいな全てに優れている人は、私なんかを選びません。選ぶならもっと……」もう、自分が何を言っているのかもわからない。ただ口が勝手に開いているだけだ。「もっと?」「もっと……その、あの……」言葉が全く出てこない。「藍花が信じなくても俺はお前が好きだから。それは偽りない真実だ。藍花は俺のこと、どう思っている?」「えっ……」「俺は藍花の思いを知りたい。今の正直な気持ちを聞かせてくれないか?」私は夢でも見ているのだろうか?白川先生……蒼真さんはどうして私なんかに好きだと言うの?「私……今のこの状況がよくわかりません。疑問だらけです。正直、今まで自分の中にはいろいろな感情がありました。自分の本当の気持ちがはっきりしなくて。モヤモヤして……」「……」蒼真さんは私の言葉に真剣に耳を傾けている。私は、ひとつひとつ、絞り出すように自分の思いを言葉にしようと頑張った。「でも、私……変なんです。自分の気持ちがはっきりわからないくせに、どうしようもなく体が熱くて、私……蒼真さんのこと……」この先の言葉を口に出すのが怖かった。自分が自分じゃないみたいで、すごく恥ずかしい。「その先を聞きたい。聞かせて
ただ靴下を脱がされただけなのに、どうしてこんなにもドキドキするのだろう。蒼真さんはお医者さんとして私の傷を心配してくれているだけなのに。「うん、確かに良くなってるな。爪も綺麗だ」「はい、ありがとうございます。あれからちゃんと感染症にならないように診てもらってましたから、本当に大丈夫です」私は慌てて靴下を履こうとした。なのに、手が震えて上手く履けない。落ち着けば当たり前のようにできることが、なぜか上手くできなくて焦る。その時、蒼真さんがモタモタしている私の手にサッと触れた。「履かなくていい。このままでいいんだ。このままで……」「えっ……」「藍花、覚えてる?この前、患者さんに言われたこと。俺達はお似合いだって」「……はい。覚えています。確かに言われましたけど、あれは私をからかってただけですから」「あの人はからかってなんかいない。本気だった。本気で俺と藍花が似合っていると言ってくれたんだ。それに俺も、そう思ってる」蒼真さんは、ソファに座る私を見上げた。その瞳は潤み、唇は艶を帯び、恐ろしい程、男の色気を感じた。「わ、私達が似合ってるなんて、蒼真さんまでからかわないで下さい」「藍花……」その瞬間、私は頬に温もりを感じた。蒼真さんの手が触れている。気づけば目の前に美し過ぎる顔があって、私は直視できずに、思わず自信のない顔を背けた。「目を逸らすな。俺を見て……」「そんなこと言われても、わ、私……み、見れません」心臓が激しく脈打ち、あまりのことに息の仕方がわからなくなる。「藍花、見て。俺を見るんだ」心も体も溶かすような甘い声。私はその声につられるように、ゆっくりと蒼真さんの顔を見た。とんでもない至近距離で目と目が合う。その不純物など全くない美しい瞳にハッとして、私の全てが吸い込まれてしまいそうになった。「俺は、お前が欲しい」「えっ……」あまりにも深い衝撃。蒼真さんの言葉に撃ち抜かれたように体中に電気が走る。「藍花……」例えようのないその妖艶な姿。蒼真さんの表情が情欲に満ちた瞬間、私達の間に残っていた壁は……完全に崩れ去った。
嬉しいとはいえ、この心臓が飛び出しそうなシチュエーションは、そろそろ限界に近い気がする。月那は、「美味しいご飯、美味しいお酒、ベランダから星を見たりなんかして……。あ~もうその後は『私、どうなってもいい!』ってなるんだよ、絶対に」なんて楽しそうに言っていた。本当に人ごとだと思って……私達はベランダになんか出ない。だから、何も起こらない。きっと……起こるわけがない。蒼真さんはこんなに落ち着いているのに、私だけが内心あたふたしているのがすごく恥ずかしい。「カレー、本当に美味しかった。ありがとう」「いえ……。こちらこそたくさん食べてもらえて嬉しかったです」「美味しいものでお腹が満たされると、人は幸せな気持ちになれるな」「そうですね……」蒼真さんがとても穏やかに言ってくれた言葉が、何だかくすぐったく感じる。美味しい……と、何度も言われると心から作って良かったと思えてくる。2人の時のこの優しさが、病院でもずっと続けばいいのに……とつい願ってしまった。子どもの頃のこと、好きな食べ物、影響を受けたテレビのこと、プライベートな内容を惜しげもなくたくさん話してくれる蒼真さん。話せば話すほど興味が湧き、もっと色々聞いてみたいと思った。まるで患者さんと話すみたいに……いや、それ以上にリラックスしている蒼真さんに、私も次第に心を開いていった。「白川先生」と、こんなにも自然体で会話ができる日がくるなんて、少し前までは思いもしなかった。私達は、時間を忘れてお互いのことを話した。「藍花、足はもう大丈夫か?」「あ、はい。もう大丈夫です。本当にありがとうございました。蒼真さんにすぐに手当してもらったおかげです」「見せて」先生はソファから降りて、私の足の前にしゃがみこんで傷口辺りに手を伸ばした。「本当にもう治ってますから」私は、思わずロングスカートの中に足を引っ込めて隠した。「ダメだ。ちゃんと見せて」蒼真さんは私の足を優しく掴んで、スカートの裾から外に出した。そして、靴下をゆっくりと脱がせた。やっと緊張が少しずつ溶けてきたのに、こんなことをされたらまた……