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第2話

義父はあくまで冷静に話していた。まるで優菜の死なんて、そこらの猫や犬が死んだのと同じくらい日常のことだと言わんばかりの口調で。

それに、臓器提供の手続きを進めてる?......ハッ、何様のつもりよ!

「優菜は今朝、ただの風邪で熱が出ただけでしょ?こんなの信じられるわけない!私は絶対に優菜を確認する!優菜を返して!」

そう叫んだ次の瞬間、俊也が私の頬を平手打ちした。「パシンッ!」と頬が燃えるように痛み、口の中に鉄の味が広がる。私は唇の隙間から、ぐらついた奥歯が一つ転がり出た。

血の味が、口いっぱいに広がっていく。

でも、俊也は私の惨めな姿などおかまいなしとばかりに、顔をしかめながら言い放つ。

「優菜の病気は親父が自分で診たんだぞ!お前、親父の医術まで信じないってのか?さっさと家に帰れよ、ここで恥さらしやがって!」

義父は私を一瞥しながら、スマホを取り出して何かに電話をかけると、そのまま俊也に向かって言った。

「お前、さっさとこいつを連れて帰れ。すぐ戻ってサインを済ませろ」

「サインって何よ?優菜はまだ生きてるっていうのに、何を企んでるの......?」私は声を震わせて叫んだ。

俊也は私を廊下の休憩椅子に押し倒すと、ため息をつきながら、急にやさしげな顔で言った。

「優菜はもうこの世にいないんだ。だから俺がサインして、彼女の臓器を提供する手続きをする。そうすれば、優菜も形を変えてこの世に残れるんだよ。今は混乱して受け入れられないだろうけど......」

俊也が私を「慰める」のように語り続けているけど、私にはその言葉が一切耳に入ってこなかった。

「ふざけないで!母親であるこの私の同意もなく、どうして優菜の臓器を勝手に提供できるのよ......優菜は今だって生きてるのに!これはただの人殺しじゃない!」

その時、とうとう義父が怒りを露わにし、私を指差しながら怒鳴りつけた。

「私は優菜の実の祖父だぞ!それでも、私が孫を害するっていうのか?

優菜の死は、私が責任を持って診断したんだ!お前がここで暴れても何も変わらん!

臓器の提供だって、子供の父親の同意を得ている!

お前は子どもの臓器を売って金を手に入れたいんだろうが、我が家は汚い金なんて求めちゃいない!」

義父の言葉を聞いていた周りの医師や看護師、野次馬の患者たちが、私に一斉に軽蔑の視線を向けてきた。

「この人、子どもを心配してるふりをして、実は子どもの臓器を売ろうって魂胆だったのか......!」

「優菜ちゃん、死んでも母親から搾り取られそうで本当に気の毒ね......」

近くにいた看護師も耐えられなくなったように言い放った。

「副院長の鳳条先生は、この病院で一番腕がよく、立派な方なのよ!」

「みんな、診てもらいたくても予約でいっぱいなんだから!」

「そんな先生をどうして貶めるようなことが言えるのよ!」

看護師の一言で、他の医師や看護師たちも一斉に義父の肩を持ち始めた。

それが本心か、それともこの機会に副院長である義父に媚びを売っているだけなのかは分からない。

でも、そこにいる医師や看護師、そして患者家族までもが、いっせいに私を「悪いのはあなただ」と口々に罵り始めた。

一瞬で、私は彼らにとって「子どものことなんてどうでもよくて、お金儲けしか頭にない悪女」になってしまったのだ。

すると、看護師の一人がさらに畳みかけてきた。

「ほら、ご家族の方、早く旦那さんの手を放してあげなさい。サインが終われば、きっと別の患者さんが救われるはずですし、それであなたの娘さんも浮かばれますよ!」

周りの見物人たちもそれに賛同して、口々に言い放つ。

「そうよ、早くサインさせてあげなよ!人として、そんなに自己中じゃいけないよ!」

そこに、義父からの電話を受けた姑の鏡子が現れた。

彼女は私が先ほど渡した金の装飾品を、これでもかというくらい身につけていた。

金のイヤリングに、金のネックレス、両手に金ピカのブレスレット、そして金の指輪まで全部だ。

わざと腕を掲げ、首をぐいっと伸ばして金の装飾を見せつけながら周囲を通り過ぎ、私の前までやって来ると、冷たく言い放った。

「この騒ぎ屋が!病院に来てまで大騒ぎして、一体何様のつもり?さっさと家に帰るよ!」

さっき一式金を渡したばかりなのに、鏡子の態度はこれっぽっちも変わっていなかった。

それどころか、私が俊也の腕を放そうとしないのを見ると、息子の腕を気遣うように大声をあげた。

「ちょっと!あんた、うちの息子の腕にこんな赤い跡がつくまで掴むなんて!鬼か!早く手を放しな!ああ、息子や......痛いだろうに......!」

鏡子はそう叫びながら、私の指を一つ一つ力任せにこじ開けようとする。

指がもぎ取られるような激痛に耐えながら、私は必死で手を離すまいとした。

すると、鏡子が今度は私の腫れた頬を思いきり叩いた。

「お前って女は......毒婦が!さっさと手を放しな!息子を痛めつけたいわけか?」

とうとう、夫と姑の力に押され、私は手を離してしまった。

俊也は私の手を振り切ると、すぐさま立ち上がってその場を立ち去ろうとした。

私は必死で追いかけて彼の前に立ちふさがろうとしたが、鏡子ががっちり私の腕を掴んで離そうとしない。

そのうえ、周りで見物していた人たちまでがわざと私の行く手をふさいでくる。

「この人たちは優菜を殺そうとしてるのよ!あなたたちも人殺しに加担してるのよ!」

私は怒りにまかせてそう叫んだけれど、誰一人として耳を貸そうとはしなかった。彼らは鏡子と一緒になって、私の行く手をしっかりとふさいでいた。

これだけの人間を相手にしては、どこへも逃げられない―

一分、また一分と過ぎていく。十分、十五分、私の胸は絶望と焦りで張り裂けそうだった。半時間が経ったころ、もはや心がズタズタに引き裂かれるような苦しみしか残っていない。

助けを求め、叫び、泣き叫んでみても、私は何もできなかった。

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