話を振られると、恵楠はすぐに手を振り、「やめてよ。恋愛なんて面倒くさすぎるわ」と言い切った。彼女は一度も恋愛をしたことがなかった。理由は簡単、面倒だからだ。さらに幼少期から女子校に通っており、男性との接点がほとんどなかったため、恋愛への意識も薄かった。むしろ、少し苦手に感じている節さえあった。「このおしゃぶりも、すごく可愛いわ」海咲は彼女たちが持ってきたものを手に取りながら笑顔を見せた。「本当にありがとう。赤ちゃんのために色々気を使ってくれて」「なんでもないわ!私たちは赤ちゃんの義母になるんだから!」海咲は微笑みながら言った。「それなら私の子どもはすごいわね。義母が、一人は大人気の
海咲は驚いて州平を見つめた。まさか彼がそんな考えを持っているとは思わなかったからだ。しかも、その考えは彼女の価値観とぴったり一致していた。「息子にはずいぶん厳しいのね」海咲は微笑みながら言った。州平は彼女の腰を抱き寄せ、口元に柔らかな笑みを浮かべながら答えた。「男の子は大人になれば結婚して妻を迎えるだろう。でも、もし悪い癖が多すぎて人を思いやれないような男だったら、どこの女性が嫁いでくれる?たとえ嫁いできても、その女性が辛い思いをするだけだ」その言葉に海咲は黙っていられなかった。病室にいた他の友人たちは、その空気を察して会話を続けながらも静かに視線を交わし合い、音を立てずに部屋を出て
彼女は海咲をぎゅっと抱きしめた。海咲はそっと彼女の背中を撫で、さらに優しい声で慰めた。二人は昔と変わらず、何でも話し合える親友であり、最良の友だった。長年の付き合いの中で、友情を超えて姉妹のような絆が生まれていた。海咲は病室にずっとこもるのが嫌だった。おそらく今後長期にわたって入院生活を送ることになるだろうと思い、亜と一緒に外を散歩することにした。「海咲?」二人が歩きながら話していると、突然、女性の声が聞こえた。声の主は疑問符が浮かんだような顔で二人を見つめ、海咲と呼びかけてきた。海咲は振り返り、誰が自分を呼んでいるのか少し驚いた表情を浮かべた。その声の主を見て、海咲にはわずかに
海咲は足を止め、顔色が一変した。信じられないような表情で振り返り、善黎を見つめた。「何て言ったの?」彼女は思わず善黎の手を強く握り、自分の聞き間違いではないかと確かめたくなった。高校時代に美音と知り合いだったなんて、到底あり得ない。海咲の記憶によれば、美音を知ったのは、州平に片思いをしてからのはずだ。それ以前に美音と接点があるなんて想像もできなかった。性格的にも、美音と親しくするなんて絶対にあり得ない。なぜなら、彼女は恋敵だからだ。しかも、自分の中学時代の記憶では、州平とはその頃まだ知り合いではなかった。それなのに、どうして美音と知り合っていたのだろう?全く理解できない。まる
海咲もすぐに理解した。最初は美音をそれほど重要視していなかったが、これまで彼女が仕掛けてきた数々の計略を考えれば、当然そのまま見逃すつもりはない。「とりあえず、戻りましょう」海咲はまだ事実を受け止めきれていなかった。思い返すほど恐ろしく、美音は彼女の記憶喪失につけ込み、一体どれほどのことをしてきたのだろうか。組織にいた間に何を経験したのか。どうして美音は彼女を騙して組織に連れ込んだのか。そして、なぜ無事に外に出られたのか。淡路朔都が彼女を見て怯えた理由は何だったのか。これらすべての謎が、海咲には霧の中で、答えを見つけることができなかった。彼女は背後にさらに大きな秘密が隠されて
美音はまだ自分のスターとしての夢を追い続けていた。誰にも気づかれなければ、彼女はこれからもトップスターとして君臨し、大きな賞を手にする未来を思い描いていた。頂点に立てば、心配事など何もないはずだった。だが、現実は彼女に厳しい一撃を食らわせた。その記事には、彼女が犯罪集団の巣窟で関与した出来事や、これまで知られることのなかった秘密が詳細に綴られていた。これは彼女のキャリアを完全に破壊する内容だった。ようやく静かな時間を取り戻し、腰を据えたばかりだというのに、こんな記事が出てしまえば、今後の活動に深刻な影響を及ぼすのは避けられない。実際、すでに何人かの監督が彼女に出演依頼をし始めてい
「今さら私がマネージャーだとわかったの?でも、問題を起こしたとき、いつも会社を頼ってばかりでしょ。葉野社長が助けてくれるんじゃないの?だったら彼に頼めばいいじゃない。なんで私を頼るのよ。私なんて空気みたいに扱ってたくせに。葉野社長が助けてくれなくなった途端に私を頼るなんて、このマネージャーなんてもうやってられない!」マネージャーは美音への鬱憤が溜まり、ついに堪忍袋の緒が切れた。彼女の無理難題や傲慢な態度には我慢の限界だった。美音が裏で支援者を持っていることを知っていたからこそ、これまで耐え忍んできたが、もう限界だった。「もしもし......」美音が言い終わる前に、マネージャーは電話を切った
その言葉を聞くや否や、淑子の顔色は一変し、声を荒げた。「そんな話、いつの間にあったの?誰も私に言わないなんて!もう離婚したのに、まだ二人の関係に割り込もうなんて、なんて図々しいの!駄目だわ、私が直接行って、あの女を懲らしめてやる!美音にこんな仕打ちをするなんて、絶対に許さない!」美音に何か問題が起きたと知り、淑子は怒り心頭だった。彼女が少しでも虐げられることがあれば、何としてもその報いを求めなければ気が済まない性格だった。美音は慌てて彼女を引き留めようとした。「おばさん、それは駄目だよ。行ったら、きっと彼女に冷たい態度を取られる。それは絶対にさせられない!」「彼女がどれだけの力を持って
白夜の言葉を聞いて、ファラオは即座に彼の意図を悟った。白夜が海咲のために何でも犠牲にしようとしていることは明白だった。たとえそれが海咲自身でなくても、海咲が大切に思う人を救うためなら、命さえ差し出す覚悟があるのだ。しかし、ファラオには一つの懸念があった。海咲は白夜を「友人」として信頼し、その絆は深いものだった。さらに、海咲が幼い頃、大切にしていた母親の形見である緑色の数珠を白夜に贈ったという話を彼も知っていた。もし白夜が犠牲になるようなことがあれば、海咲は深く悲しむだろう。そしてファラオにとって、それは唯一の娘を苦しめることになる。ファラオは冷静に唇を開き、低い声で言った。「確かに
もし州平と子供がS国に残ることになれば、海咲は一人きりになってしまう。白夜は再び自分にチャンスが巡ってきたと感じた。しかし、問題はそこではなかった!それでは海咲が苦しむことになる。彼が望むのは、ただ海咲が幸せで、笑顔でいることだけだった。白夜は一歩前に進み出て、落ち込む海咲に向かって毅然とした口調で言った。「海咲、心配するな。俺がいる。ファラオもいる。君は忘れたのか?俺がかつてどんな存在だったかを」その一言は、まるで夢の中にいる海咲を現実へと引き戻すかのようだった。ファラオは様々な研究や実験を愛し、かつて白夜を薬人として作り上げた人物だ。ファラオがこの状況を打開する鍵を握っているかも
周囲からのざわめきが次第に大きくなり、多くの議論が飛び交う中、モスは冷静を装い、その表情には一切の変化がなかった。一方で、州平は星月を腕にしっかりと抱きしめていた。その沈黙の中に、彼の意志と覚悟が明確に表れていた。本来ここまで事態を進めるつもりはなかったが、モスが彼をここまで追い詰めたのだ。州平は低い声で口を開いた。「解毒薬を渡せ。俺は生まれながらにして江国の人間だ。ここにいるのは、お前が俺を救ったからだ。だが、俺はずっと江国に戻る機会を探していた」「大統領!江国人をここに留めておくべきではありません!」「大統領、慎重に考えるべきです!」モスの側近たちが次々と口を挟み、圧力をかける
白夜は即座に「分かった」と答えたが、海咲は納得がいかず、何か言おうとした瞬間、白夜が彼女の手を掴んだ。「海咲、今の状況でお前が追いかけて行っても、何もできない」彼は落ち着いた声で続けた。「全て葉野州平に任せろ。心配するな、俺がここにいる限り、どんな薬でも必ず手に入れてみせる」白夜は唇を引き締めながら、確信を込めてそう告げた。その決意は、彼が再び薬人に戻る覚悟さえ示しているようだった。海咲は白夜が全力で助けてくれると分かっていたが、今の彼女の心を占めていたのは、星月への心配だった。わずか5歳の子供が、これほどの痛みを背負わなければならないことが、母親として胸を引き裂くような思いだった。
州平は海咲の前に立ち、柔らかな笑みを浮かべながら言った。「海咲、俺たち復縁しよう。そして一緒に京城に帰ろう」その言葉には、彼の強い決意が込められていた。一家団欒という夢のような光景が、ついに現実になろうとしている。それは海咲にとって信じがたいもので、夢の中の出来事のようだった。彼女は無意識のうちに手を伸ばし、州平の顔に触れた。その感触があまりにも現実的で、喉が締めつけられるような感覚に襲われた。しかしその瞬間、星月が突然倒れ、痙攣を起こした。顔は苦痛に歪んでいた。「星月!」海咲は叫び声を上げた。かつて星月の異変に気づいたとき、海咲の気持ちは単なる憐れみだった。しかし今は、一人の母親
海咲は星月の手を引き、食べ物を探しに向かった。彼女は決意していた。戦場記者としての仕事を辞め、星月を連れて京城に戻り、普通の生活を送ることを。星月を学校に通わせ、自分は働いて生活費を稼ぐ。それが、母としての務めだと考えた。州平は、海咲が会話する気がないと察すると、それ以上は何も言わなかった。一方、白夜は…… 彼はすでに全てを理解していたが、その険しい表情は、彼の内心の複雑さを物語っていた。州平が「死んだ」とされていた間、白夜は自分にチャンスがあると信じていた。しかし、この5年間どれだけ努力しても、海咲は心の中に彼を住まわせることはなかった。そして今、州平も星月も生きている。三人が
白夜の瞳が一瞬震えた。「俺は軍に召集されていて、今日ようやく出てきたところだ」清墨はようやく状況を理解し、軽く頷いた後、白夜に視線で指示を送った。「いいから、まずは俺とこの子の血縁鑑定をやってくれ」「分かった」だが、白夜が星月の血を採取しようとすると、星月は激しく拒絶し、怒りを湛えた瞳で彼らを睨みつけた。その表情は、まるで追い詰められた小動物のようだった。星月は咄嗟にその場から逃げ出そうとし、清墨は彼を宥めようと声をかけた。「これはただの検査だ。君に病気がないか確認するだけだよ。俺たちは海咲の友達で、害を与えるつもりなんてない」しかし、星月は歯を食いしばり、力を振り絞って言葉を絞
今は、彼をまず宥めて食事をさせるしかない。清墨の言葉は効果があった。星月は食事をするようになったが、それ以外の言葉は一切発しなかった。そんな星月の様子を見つめながら、清墨は一瞬逡巡した末、白夜に電話をかけた。電話はすぐに繋がった。「清墨若様」白夜が冷静な声で応じる。「海咲が助けた子供がいるんだが、その子が全然口を利かなくてな。きっと何か問題があるんだと思う。お前、最近S国にいるか?いるなら、こっちに来てその子を診てやってくれ」海咲がS国で戦場記者をしている間、白夜もまたこの地で小さな診療所を開き、現地の住民の診療をしていた。海咲への執着を父親が知り、白夜の戸籍を元に戻して、普通の
海咲は少しの恐れも見せずに立ち向かっていたが、州平は彼女の手をしっかりと握りしめていた。モスは何も言わなかったものの、その目の奥に渦巻く殺気を海咲は見逃さなかった。彼の全身から放たれる威圧感は、まるで地獄から現れた修羅そのものだった。モスは一国の主として君臨してきた。戦場では勝者として立ち続け、彼に対してこんな口調で言葉を投げかける者などこれまで存在しなかった。「一人にならないことを祈るんだな……」モスが冷ややかに言い放とうとしたその言葉を、州平が激しい怒りで遮った。「彼女を殺すつもりか?それなら俺も一緒に殺せ!」州平の瞳には揺るぎない決意が浮かび、それは瞬く間に彼の全身を駆け巡っ