光莉は、西也の沈んだ表情を見て、胸が締めつけられるような気持ちになった。 「......私から彼女に話してみるわ」 俯いていた西也の瞳が、一瞬だけ鋭く光った。 だが、その光はすぐに消え、彼は驚いたように顔を上げる。 「......今、何て?」 「私が彼女に話してみる。早くあんたと一緒に海外へ行くように、そして記憶の回復を手伝ってあげるように」 西也は思わず目を細める。 ―信用できない。 光莉が、まさかこんなふうに協力的になるなんて。 「......冗談ですよね?」 「冗談なんかじゃないわ。本気よ」 「......どうして僕を手伝うんですか?」 「修のためでもあり、若子のためでもある。そして......あんたたち三人がこれ以上もつれないようにするためよ」 「......でも、若子のおばあさんは?若子は絶対に彼女を見捨てないと思いますけど」 「だから、私が話してみるのよ」 光莉は静かに言い切る。 「うまくいくかは分からない。でも、全力を尽くしてみる」 その頃、若子は華を支えながら、レストランへと戻ってきた。 二人は席に着き、改めて談笑を始める。 ―さっきまでお母さんと西也が話していたけれど、大丈夫だったのだろうか? 若子は内心で少し気を揉んでいたが、二人の様子を見る限り、特に揉めた様子はないようだった。 その後、四人でしばらく話し込み、ようやく店を出る頃には、日はすっかり傾いていた。 若子は華の腕を取り、名残惜しそうに寄り添う。 ......本当は、もっと一緒にいたかった。 駐車場に着くと、光莉がふと口を開く。 「お義母さん、先に車に乗ってて。すぐ行くから」 「......分かったわ」 華も少し疲れたようで、小さく頷くと車に乗り込む。 光莉は丁寧に彼女を支え、ドアを閉めた。 そして、ゆっくりと振り返り、若子の前に立つ。 その視線はまっすぐ西也に向けられていた。 ―その目には、何か複雑な感情が浮かんでいるように見えた。 少しの沈黙の後、光莉は口を開く。 「若子と二人で話がしたいのだけど、いいかしら?」 西也は軽く頷く。 「......じゃあ、車で待ってる」 若子も頷き、「うん、すぐ行く」と答えた。 西也が車へ向かい、光莉と若子
「若子、修と離婚した後、すぐに行くつもりだったんじゃないの?なのにずっと残ってて、今はもういろんなことがぐちゃぐちゃになってるよ。ちょっと気分転換に海外へ行ったほうがいいんじゃない?」 「お母さん、こんな時に出て行くなんてできません」 「なんでできないの?もしおばあさんのことが心配なら、安心しなさい。私とお父さんがちゃんと面倒を見るから。それに、修だって今はおばあさんの前に出ることすらできないわ。おばあさんはもう彼のことを覚えていないんだから」 「でも、お母さん......」 「若子」光莉は再び言葉を遮る。「おばあさんのことは、いつでも私が報告するわ。もし何かあれば、すぐに呼び戻す。だけど、ここはもう安全じゃない。あんたを誘拐した犯人はまだ捕まってないのよ?また襲われたらどうするの?それに......今はあんた一人じゃないでしょ。お腹の子のこと、ちゃんと考えなさい」 「でも......私、約束したんです。生まれたら一番におばあさんに見せるって」 「おばあさんは、もうその約束のことなんて覚えていないわ。突然赤ん坊を見せたところで、誰の子かもわからないでしょう?若子、もう意地を張るのはやめなさい。気持ちを整理するためにも、少し外の世界を見てきたら?国内のことは全部私が片付ける。それに......お母さんは、あんたに海外で勉強してほしいの」 「勉強......ですか?」 「そうよ。あんたの専攻は金融でしょ?だったら、海外でしっかり学んできなさい。もっと自分を高めるべきよ、若子。外に出て、世界を広げなさい。おばあさんのことは心配しなくて大丈夫だから」 ― 西也は車の中でじっと待っていた。だが、時間が経つにつれ、その忍耐も薄れていく。 どうも気がかりだ。 あいつ、若子に何を話している?まさか、俺の悪口でも言っているんじゃないだろうな? 口では綺麗事を言っていても、裏で何を企んでいるかわかったもんじゃない。 藤沢家の人間なんて、信用できるわけがない。 そう思いながら車を降りようとしたその時、若子がようやくこちらに向かって歩いてきた。 西也はすぐにドアを開ける。「若子、話は終わったのか?」 若子の目は赤くなっていた。 「泣いたのか?」 「......なんでもない。帰りましょう」 そう言って、若子は助手
深夜、若子は眠れなかった。 一人で庭に出て、ブランコに腰掛ける。夜風が頬を撫で、少しひんやりとした感触が心地いい。 その時、ふわりと温もりが肩にかかる。 振り返ると、西也が優しく毛布をかけてくれていた。 若子は口元をわずかにほころばせる。「西也、まだ寝てなかったの?」 「お前もな」 そう言って、西也は隣に座る。「どうした?話してみろよ」 「......おばあさんが心配で」 「気持ちはわかる。だけど、この病気は治るものじゃない。ただ、誰かがそばにいてやれば、それでいい」 「......私が面倒を見たいの。もし妊娠してなかったら......」 そう言いながら、胸が痛んだ。 あんなに待ち望んでいた子なのに、どんなことがあっても産むと決めたのに。 なのに今、「この子がいなければ」と思ってしまう自分がいる。 人の気持ちって、こんなにも変わるものなのか。 西也はそっと彼女の手を握る。「若子、そんなこと言うなよ。まずは無事に産もう。それからゆっくり考えればいい」 「......」 西也の言葉を聞いた瞬間、若子の頭にあることが浮かぶ。 ―私は、西也に絶対に離婚しないと約束した。 だけど、それは彼が記憶を失っている今だから。 もし記憶を取り戻したら?きっと、離婚できるはず。 離婚すれば自由の身になれる。そしたら、おばあさんのそばで暮らし、ずっと面倒を見られる。 でも今は―お腹の子を産むまでは、何もできない。 それに、お母さんの言うことも一理ある。 卒業してから妊娠のせいで勉強を続けられなかったし、仕事もしていない。この機会に、もう一度学び直すのも悪くない。 「......西也、海外へ行かないか?」 西也の顔が一瞬で驚きに染まる。 光莉に言われた時は信じなかった。まさか本当に若子がその気になるなんて。 西也の驚いた顔を見て、若子は微笑んだ。 「もともと行く予定だったでしょ?ただ、いろいろあって伸びちゃっただけ。それに、私も約束したし、ちゃんと一緒に行くよ。それに......西也には、一日でも早く記憶を戻してほしいから」 西也は、ふっと優しく微笑んだ。「......わかった。じゃあ、いつ行く?」 「いつでも」 「じゃあ、少し時間をくれ。会社のことを片付けてからにする
こうして、西也と若子は、ついに海外へ行く日を決めた。 それまでに、西也は常遠の買収を完全に終わらせなければならなかった。 常遠側は当然、買収を拒んだ。しかし、西也はあらゆる手を使い、容赦なく攻め続けた。 結果、常遠はついに耐えきれず、買収契約にサインをすることになる。 次のステップは、企業の譲渡。 ここで、西也はあることに気づく。 ―あの誘拐犯を、甘く見すぎていた。 西也は、譲渡を追跡することで、犯人の正体を突き止めるつもりだった。 だが、相手はそれすらも計算済みだった。 譲渡の受け手は、代理会社。さらに、その代理会社の裏には別の法人が絡んでおり、本当の所有者の素性は完全に隠されていた。 どんな手を使っても、買い手の正体を掴むことができない。 時間と労力をかけて追跡することは可能かもしれない。 だが、その間にも犯人は余裕の態度で西也を見下ろしている。 まるで、彼が必死に調べても何も掴めないと確信しているかのように。 そのことを悟った西也は、調査を中止することにした。 今、最優先すべきは、犯人を突き止めることではない。 ―奴の正体がわかったところで、動画がまだ手元にある限り、どうすることもできない。 ならば、無駄な足掻きはやめるべきだ。 今は、若子と一緒に海外へ行くことが先決。 俺には、もう時間がない。 海外へ行けば―全て、変わるかもしれない。 準備は順調に進んだ。 渡航手続きは全て完了し、アメリカ側の医療機関も受け入れ態勢を整えた。 そして、予定通り、二人は飛行機に乗り込む。 アメリカへ。 ...... 西也と若子が出国した後、表面上は何事もなく、平穏な日々が続いた。 それからの一週間、若子はずっと光莉と連絡を取り合っていた。 彼女の近況を知るたびに、光莉はほっとする。 二人とも、無事に新しい生活を始められたようだった。 西也も、治療を受けている。 若子は、体を大事にしながら、同時に勉強を始めた。 すべてが順調に進んでいるように見えた。 光莉は、今回の判断が正しかったことを実感する。 ―やっぱり、二人を行かせてよかった。 国内にいれば、修がいる。 どれだけ西也が若子を大切にしようと、二人の間にはどうしても「溝」ができてしまう
修は足を止め、振り返る。 母の顔には、明らかに言いづらそうな表情が浮かんでいた。 「一体何だ......何か隠してんか?」 「......あんた、本当に若子とは終わったの?」 その言葉に、修は目を閉じる。 握りしめた拳が、わずかに震えた。 「......若子が終わらせたがったんだ。俺に何ができる?」 「じゃあ、あんたはまだ彼女と一緒にいたいのね?」 修は苦笑する。「母さん、俺がどうして怪我をしたか知ってるか?俺が若子を助けに行った時、何があったのか......知ってるか?」 光莉は静かに問い返した。「......何があったの?」 修は一瞬だけ迷い、そして小さくため息をついた。 「......いや、もういい」 言わなくてもいいことだった。 誰にも言いたくない。 ただ、若子は西也を選んだ―それだけだ。 それが、すべての答えだった。 ―若子は、もう俺を愛していない。 修が去ろうとするのを、光莉が慌てて引き止めた。 「待って!一体どうしたの?ちゃんと話して」 その表情には、明らかな不安が滲んでいる。 「......話すことなんてない」 修は冷めた声で答えた。 今さら、両親と何を話せばいい? 誰も、自分の味方にはならない。 いや、そもそも自分に味方する権利なんてない。 自分が間違えたのだから、誰かに寄りかかろうなんて甘えたことを考える資格はない。 「修......お願いだから、話してくれない?」 光莉の声が、少し震えていた。 彼女は、このところ修の気持ちがひどく沈んでいることを知っていた。 それが単なる落ち込みなのか、本当にうつ病なのかは分からない。 でも、こんな時こそ、一番必要なのは家族の支えと寄り添いだ。 「......話して何になる」 「何にもならないかもしれない。でも、心に溜め込むのはよくないわ。どんなことでも、一人で抱え込まないで」 修は、ふっと鼻で笑う。 「抱え込むな?母さんが俺の話を聞いたところで、どうせ俺を責めるんだろ?」 「そんなことない。私はあんたの母親よ。あんたを傷つけるわけがないじゃない」 光莉の声には、強い意志が込められていた。 修は、しばらく彼女を見つめ―そして、ふっと笑った。 「......若子は
母さんが若子を庇うのは、本来なら嬉しいはずなのに。 ―だけど、どうしてこんなにも虚しいんだ? 修はいつも、「選ばれる側」ではなかった。 「排除される側」だった。 「母さん、俺は誤解なんかしてない。若子が遠藤を選んだことが、間違いだなんて思わない。どんな状況であれ、彼女には彼女なりの理由があったんだろう。だけど―俺の立場からすれば、それは『正しい選択』なんかじゃない......俺にとっては、破滅だった」 そう言いながら、修はそっと胸の傷跡に手を当てる。 深く刻まれた傷痕は、今もなお、うずくように痛む。 ―あの日のことを思い出すたび、あの痛みが蘇る。 決して、癒えることのない傷。 「修......」 光莉の目に、深い悲しみが宿る。 その手が、修の手をぎゅっと握りしめた。 「......あんたがどれほど苦しんだか、私にはわかるわ。でも、もう若子とは関わらないと決めたのなら、それでいいじゃない。あんたには、まだ未来がある。たくさんの素敵な人に出会えるわ。だから、過去に囚われないで」 その言葉とともに、光莉の瞳から、涙がこぼれ落ちる。 ―どんなに強くあろうとしても、母親には息子の痛みが伝わる。 修がどれだけ傷つき、どれだけ絶望したのか― 彼が何も語らなくても、痛いほど伝わってくる。 若子が西也を選んだ。 本来なら、彼女を責めるつもりだった。 怒りをぶつけ、罵倒するつもりだった。 だけど...... ―西也もまた、自分の息子だった。 修も西也も、どちらも光莉にとってはかけがえのない子供。 若子の選択が、どれほど苦しいものだったか、今ならわかる。 彼女は、どちらを選んでも苦しんでいただろう。 もし自分が彼女の立場だったとして、正しい選択ができるのか? ―おそらく、できないだろう。 だから、彼女がその瞬間に何を思っていたのかなんて、誰にもわからない。 感情のままに、勢いで言葉を発したのかもしれない。 深く考える余裕すらなかったのかもしれない。 だって― 彼女にとって、二人とも「大切な存在」だったのだから。 ......ただ、そのうちの一人は、彼女を傷つけたことがある男だった。 彼女の選択は、きっと間違っていなかった。 修は静かにため息をついた。「.
修は、西也と若子の間に何があったのかを知っている。 あいつは、少なくとも若子に誠実だった。 彼女が最も苦しい時、そばにいて、支え続けた。 だからこそ、彼女が西也を選んだことに、修はもう何も言うつもりはない。 ―でも、母さんは? 西也のために、母さんは何をした? 他の母親なら、自分の息子を守るはずだ。 なのに、どうして俺の母親は違う? ―いや、そもそも、俺は母さんに守ってもらったことなんて、一度もなかった。 子供の頃から、どんなことも自分一人で乗り越えてきた。 何かあったとき、親に助けを求めるという発想すらなかった。 だから、今さら期待なんてしていない。 でも― それでも、こんなにも露骨に態度を変えられるのは、さすがにキツい。 「西也」って―まるで、ずっと息子として可愛がってきたかのような呼び方じゃないか。 若子を守るためなら、母さんがあいつを庇うのも仕方ない。 それはわかる。 だけど、納得できないのは― あいつが何もしていないのに、母さんがそんなに優しく名前を呼ぶことだ。 ―俺がこんなに苦しんできても、そんなふうに呼ばれたことなんて、一度もなかったのに。 修は、自嘲するように目を伏せた。 ......これは、ただの嫉妬なのか? それとも、世の中が理不尽すぎるだけなのか? どうして、誰もがあいつの味方をする? ―母さんまで。 たった一言。 「西也」という呼び方だけで、心が真っ二つに引き裂かれた気がした。 光莉は、呆然と修を見つめる。 その瞳には、隠しきれない罪悪感がにじんでいた。 ―いや、罪悪感だけじゃない。 焦りと、動揺。 光莉は、ゆっくりと視線を落とした。 言葉が、出てこなかった。 今さら、何を言えばいい? ―西也は、自分の「本当の息子」だ。 ―自分は二十年以上もの間、彼の存在を知らずに生きてきた。 ずっと死んだと思っていた我が子が、突然目の前に現れた。 しかも、その子に、自分は何をしてきた? 罵倒し、傷つけ、突き放し、侮辱した。 それは全部、修を守るためだった。 そう、あの時の自分は―「修を守るため」に、そうしていたのだ。 ―どちらも、私の息子なのに。 どちらかを選ぶなんて、できるわけがない。
突然、スマホの着信音が鳴り響いた。 修は、ちょうど薬の瓶の蓋を開けたところだった。 指がかすかに震える。 小さく息をつくと、手にした瓶の蓋をそっと閉じ、脇に置いた。 そして、スマホを手に取る。 画面に表示された名前を見て、わずかに眉をひそめた。 数秒間の逡巡のあと、通話ボタンを押す。 「......もしもし」 「藤沢さん、こんばんは。こんな時間にすみません」 電話の向こうから聞こえてきたのは、山田侑子の声だった。 「かまわない。何かあったのか?」 修は、ベッドに横たわったまま、淡々とした口調で応じる。 まるで、感情の一切が抜け落ちたかのように。 「......あの、実は......少しお願いしたいことがあって......」 侑子の声は、微かに震えていた。 どこか怯えたような響きがある。 修は、わずかに眉を寄せ、ゆっくりと身体を起こすと、ベッドのヘッドボードに背を預けた。 「......どうした?」 以前、修は彼女に自分の番号を教えていた。 「困ったことがあれば連絡しろ」と。 だが、それ以来、一度も連絡はなかった。 正直、彼女のことなど、ほとんど忘れかけていた。 それが―この時間に、突然の電話。 何かあったのは間違いない。 「どう話せばいいのか......本来なら、藤沢さんに頼るべきことではないんだけど。ごめんなさい......やっぱり、この電話は切るね」 そう言いかけたその時― 「ドンドンドン!!!」 「開けろ!早く開けろ!!」 電話越しに、扉を激しく叩く音が響いた。 修の表情が一変する。 ―嫌な予感がする。 瞬時に通話が切れたが、彼はすぐに折り返した。 数回のコールの後、電話が繋がる。 「......もしもし、藤沢さん」 「何が起きている?」 修の声は低く、冷えきっていた。 「......」 侑子は言葉を詰まらせる。 「早く言え」 修の語気が強まる。 その圧に耐えられなくなったのか、侑子は突然、すすり泣きを漏らした。 「......助けてください......怖い......」 「ドンドンドンドン!!!」 ノックというより、もはや扉を破ろうとする勢いだ。 「わかってるんだぞ!お前が中にいるのは
光莉の頭の中で、一瞬にして何かが弾けた。 目を大きく見開き、驚愕のまま目の前の男を見つめる。 成之は目を閉じ、まるでこの瞬間を楽しむかのように、余裕すら感じさせる表情を浮かべていた。 光莉の体は硬直し、まるで動けなくなってしまった。 拒むことも、押し返すこともできない。 ―どうして?力が入らない...... すると、次の瞬間― 強い力で壁際へと押し倒される。 「っ......!」 成之の唇が、さらに深く彼女を貪るように重なる。 大きな手が肩を押さえ、さらに下へと滑り落ちる。 もう片方の手は彼女の腰を抱き寄せ、背中へと回る。 ―逃げなきゃ...... そう思うのに、体が言うことを聞かない。 全身の力が抜け、膝が震える。 壁に押し付けられながらも、彼に支えられなければ立っていることすら難しかった。 唇が重なり続ける中で、光莉の思考はだんだんとぼやけ、すべてが遠のいていくような感覚に陥る。 まるで、自分のものではないかのように。 そんなときだった。 腰に回された大きな手が、ぐっと強く彼女の肌を掴んだ。 その刺激に、光莉はハッと我に返る。 「......っ!」 全身の力を振り絞り、成之を突き飛ばした。 「......はぁ、はぁ......っ」 息を荒くしながら、光莉は成之を睨むように見上げる。 成之もまた、彼女をじっと見つめ返していた。 その視線には、深い感情が渦巻いていた。 光莉は慌てて服を整え、胸の高鳴りを必死に抑えようとする。 成之はしばらく沈黙した後、静かに口を開いた。 「......ごめんなさい。つい、抑えきれませんでした」 その口調は淡々としていた。 まるで、謝罪というよりも、「事実の確認」のように。 ―彼は悪びれていない。 彼はただ、「欲望に抗えなかった」と言っているだけだった。 本来なら、この行為は許されるものではない。 それなのに、なぜか光莉は怒ることができなかった。 ―怒りよりも、怖い。 ―この場から逃げ出したい。 「......大丈夫ですか?」 成之が手を伸ばそうとする。 光莉は、反射的にその手を避けた。 「......大丈夫です」 成之は手を引っ込め、口元にかすかな笑みを浮かべる。
昼食の時間は、終始穏やかで和やかだった。 最初、光莉は少し緊張していたものの、成之はとても気さくな態度で接してくれた。 次第にその空気に引き込まれ、自然と会話も弾んでいく。 話題はビジネスや金融のことから、互いの趣味や興味、さらにはこれまでの面白い体験談にまで広がった。 気がつけば、二人はすっかり打ち解けていた。 何度か、光莉は成之の言葉に思わず笑ってしまった。 そのたびに、成之は優しい目で彼女をじっと見つめていた。 まるで、彼女の笑顔そのものを楽しんでいるように。 だが、光莉がその視線に気づきそうになると、彼はさりげなく目を逸らし、何事もなかったかのように表情を引き締めた。 食事を終えた後も、二人はしばらく会話を続けていた。 気がつけば、もう午後二時を回っていた。 光莉はふと時計を見て、驚いたように言う。 「......もうこんな時間ですね。村崎さん、私、かなりお時間を取らせてしまいましたね?」 成之は静かに微笑んだ。 「いえ、むしろ僕のほうこそ、伊藤さんの貴重な時間を奪ってしまったのでは?」 光莉は礼儀正しく微笑む。 「そんなことはありません。まさか、こんなに話が合うなんて思いませんでした」 成之は、今まで光莉が会ってきたどの幹部とも違った。 彼は礼儀正しく、常に相手に配慮している。 ただ権力を持っているからといって横暴になることもなく、相手を見下すような素振りもない。 たとえ、給仕が皿を取り替えたり、ナプキンを差し出したりしたときでも、必ず「ありがとう」と言葉を添える。 そんな気遣いを自然にできる人間は、そう多くはない。 ―きっと、彼はとても魅力的な人なんだ。 けれど、不思議なことに、彼は今まで一度も結婚していないらしい。 子どももいない。 おそらく、その人生をすべて仕事に捧げてきたのだろう。 だが、こういう男性は未婚であろうと、決して女性に困ることはない。 権力と地位を持つ男たちの中には、結婚していても影で遊び歩く者が少なくない。 彼らの世界では、それが「当たり前」のことだった。 高級レストランや夜の社交場では、光莉も何度もそんな場面を見てきた。 名のある俳優や女優たちが、まるで「飾り」のように男たちの腕に絡みついているのを。 ―この世
成之は軽く頷いた。 「どうぞ、ごゆっくり」 光莉はスマートフォンを持ったまま個室を出ると、わずかに苛立ちながら通話を繋げた。 「......今度は何?」 電話の向こうから、優しげな声が響く。 「お前のネックレスが昨夜、俺のところに落ちていたよ。今どこにいる?届けに行こうか?」 高峯の声だった。 光莉はスマートフォンを握りしめる。手のひらにじんわりと汗が滲んだ。 しばらく沈黙した後、低く問いかける。 「......どうしたら、私を解放してくれるの?」 この間ずっと、高峯は彼女を脅し続けていた。 あの夜、彼は無理やり彼女を侵した。そして、その一部始終を録画していた。 最初は必死で抵抗していた。 けれど、回数を重ねるうちに、光莉の心は次第に麻痺し、反抗することすらなくなっていった。 そして、その映像の中で、彼女が抵抗しなくなった瞬間を切り取った高峯は、それを武器に脅してきた。 ―まるで、自分から受け入れたかのように。 彼は、その映像を藤沢家の人間に見せると脅している。 高峯は狂人だ。破滅を恐れない。 だが、光莉は藤沢家がこの事実を知ることを恐れていた。 もし彼らが知れば、事態は取り返しのつかないことになる。 彼女がどれだけ傷つこうと、それ自体はもうどうでもよかった。 ―ただ、藤沢家の人たちが巻き込まれるのだけは避けたかった。 だから、高峯が「会いに来い」と言うたび、光莉はその要求に従った。 たとえ、その先にどんな屈辱が待っていても。 「これでいいじゃないか?光莉、俺はもう結婚しろなんて言わない。ただ、たまには俺の相手をしてくれればそれでいい。俺は、お前を藤沢曜だけのものにはしない」 「......いい加減にして。これ以上、しつこくするなら......」 「西也のこと、知りたくないか?」 光莉が言葉を続けようとした瞬間、高峯が遮るように言った。 「......っ」 彼女の手が震える。 「......彼が今、海外でどう過ごしているか。知りたくはないのか?」 「......あの子はあんたの息子よ。私が知る必要なんてないわ」 「強がるな、光莉」 電話の向こうで、くすりと笑う声が聞こえる。 「お前はずっと西也を気にしているじゃないか。息子だと打ち明
光莉は礼儀正しく微笑んだ。 「プレッシャーというほどではありませんが、確かに少し緊張しています」 今までにも幹部クラスの人と食事をする機会は何度もあった。 だが、成之は今まで出会ったどの人物とも違っていた。 他の人なら、一目見ればどんなタイプか、おおよその好みまで察することができる。 けれど、成之は違った。彼の考えを掴むことができない。 彼の視線を受けるたび、なぜか緊張してしまう。まるで、その目が彼女を見透かし、溶かしてしまうような錯覚に陥る。 生きてきた中で、光莉はそう簡単に勘違いをするほど天真爛漫ではない。 成之が自分に特別な感情を抱いているとは思っていない。 だが、それでも心の奥底で、彼の視線にはどこか違和感を覚えずにはいられなかった。 「なぜ緊張するのですか?伊藤さんに厳しくすると思われていますか?それとも、何か難しいお願いをするのではと?」 成之の声は穏やかで、礼儀正しく、どこまでも上品だった。 光莉は微笑みながら答える。 「村崎さんとご一緒する以上、慎重にならざるを得ません」 成之はゆっくりと視線を落とし、しばらく沈黙した後、静かに言った。 「そんなに気を遣わなくていいですよ。普段通り接してください。伊藤さんに迷惑をかけるつもりはありませんし、困らせるつもりもありません。ましてや、伊藤さんの意思に反することを強要するつもりもありません。ただの食事です。もし本当に気が重いのであれば、この場を離れても構いませんよ」 その口調は、どこまでも紳士的だった。 だが、光莉はこんなことで退席するつもりはなかった。 「村崎さん、お気遣いいただきありがとうございます。正直に言うと、ご一緒できることは光栄に思っています」 「そんなに形式ばった言い方をしなくてもいいですよ。光栄かどうかはともかく、銀行の支店長ともなれば、毎日忙しいでしょう。むしろ、こうしてお時間をいただけることは、僕にとってありがたいことです。僕は金融の専門家ではありませんから、いろいろと教えていただきたいと思っています」 光莉は、これまでに数多くの権力者と接してきた。 しかし、地位が高く、かつ謙虚で品のある人物には、滅多に出会わない。 多くの人間は、そのどちらか一方を持っているだけでも十分立派な方だ。 だが、成之はど
会議はおよそ一時間半ほど続いた。 会場には市の幹部や主要産業の代表、そして金融界の重役たちが集まっていた。 終了後、成之は何人かと軽く言葉を交わしながら、ロビーに立っていた。 「村崎さん、ご一緒に食事でもどうですか?」 そう誘われた瞬間、彼の視線はふと遠くに現れた光莉の姿を捉えた。 「先に行ってください」 そう言い、軽く手を挙げると、彼は彼女のほうへ向かった。 少しして、光莉がハンドバッグを持って彼の前に立つ。 成之は彼女を上から下までさっと見渡し、眉を寄せた。 「......あまり元気がないようですが、昨晩はよく眠れませんでしたか?」 会議中、彼女がどこか上の空だったことに気づいていた。 光莉は軽く笑って肩をすくめる。 「ちょっと夜更かししちゃったみたいで。でも、村崎さんのスピーチ、とても勉強になりました」 少なくとも、退屈な決まり文句の羅列ではなかった。 多くの幹部は、長々と話しているように見えて、中身は何もないことが多い。 台本なしではまともに話せない者も少なくない。 だが、成之は違う。無駄な言葉を一切使わず、どんな場でも的確に話せる。 「先ほど、皆さんが食事に行くと言っていましたが、ご一緒にいかがですか?」 「私は遠慮しておきます」 光莉は微笑みながら首を振った。 「では、僕も行きません」 「え?」 彼女は驚いたように彼を見上げる。 「どうして?」 「大した話もないのに、ただのご機嫌取りばかり。もう聞き飽きました。静かに昼食をとりたい気分です。どこか良い店はありませんか?」 成之は淡々とした口調で言う。 冗談ではなく、本気らしい。 光莉は少し考えた後、尋ねる。 「どんな料理がいいですか?中華?和食?洋食?」 「中華がいいですね。ほかはあまり口に合わなくて」 「それなら、良いお店があります」 光莉はバッグから名刺を取り出し、彼に渡す。 「ここは特に特色のある料理が多くて、ほかの店ではなかなか食べられない味ですよ」 成之は名刺を受け取り、ちらりと目を通す。 「ここなら、そんなに遠くないですね。一緒に行きませんか?」 光莉は少し口元を引きつらせる。 「......私と食事を?」 成之は軽く頷く。 「ええ。お時間はあ
花はウキウキしながら、成之の家に向かった。 玄関で使用人に尋ねると、彼は部屋にいるとのことだった。 花はすぐに階段を駆け上がり、部屋の前で扉を叩く。 「おじさん!おじさん!」 扉が開き、スーツ姿の成之が姿を現した。 「どうした?」 「おじさん!若子が出産しました!男の子です!母子ともに元気です!」 「......本当か?」 成之の顔がぱっと明るくなる。だが、すぐに表情を引き締めた。 「......なぜ俺に知らせがなかった?」 「えっと......今、私が知らせに来ました!」 「そうじゃない。西也がなぜ電話をよこさなかったんだ?」 成之は思案する。 ―前に西也に言ったあの言葉のせいで、まだ怒っているのか? 「お兄ちゃんが私に知らせるようにって......でも、どうして自分で連絡しなかったのかはわからないんです。たぶん、彼も忙しかったんでしょ。治療を受けながら、若子の世話もしなきゃいけないので......」 そう言いかけて、花自身も少し言葉に詰まった。 ―でも、電話一本くらいならすぐできるのに......お兄ちゃんはやっぱり少し変だ。 成之はそれ以上追及せず、穏やかに頷いた。 「まあ、どちらにせよ、無事に生まれたのならそれでいい」 「おじさん!若子は私のいとこだから......若子の子どもは私の......えっと......」 花は目をくるくるさせながら考え込んだ。 ―なんて呼べばいいの!? 成之はくすっと笑い、優しく答える。 「お前は従叔母になるな。そして、若子の息子はお前の甥だ」 「ああ、そうそう、それです!」 花は頭をぽりぽりとかきながら苦笑する。 「こういう呼び方、ややこしくておじさんじゃなきゃわからないですね......あ、じゃあその子はおじさんのことを何て呼ぶんですか?」 このあたりで完全に混乱してきた。 成之は落ち着いた口調で答える。 「若子が俺の兄の娘だから......彼女の子どもは俺にとって甥孫にあたる。そして、俺は大叔父だな」 「うぅ......なんかもう頭がこんがらがってきました......!」 花は頭を抱えながら、複雑すぎる親族関係にめまいを感じていた。 「でも、お兄ちゃんの奥さんってだけなら、若子が私のいとこで、つまり
若子は、一刻も早くこの子に名前をつけてあげたかった。 ―この子が生きていくための、たった一つの大切な証を。 彼女は以前、西也に「子どもの名前は西也が決めて」と約束していた。 それを破るわけにはいかない。 ほかの何も彼に与えることはできなくても― でも、彼はずっとそばにいてくれた。 妊娠中も、出産のときも。 どれほど痛みに苦しんでも、彼は決して離れなかった。 それがどれほど心強かったか、どれほど救われたか。 若子は心の底から申し訳なさを感じていた。 だからこそ、せめてこの子の名前は、西也に決めてもらいたかった。 それが、彼女にできる唯一のことだった。 「もう決めてある」 西也は迷いのない声で言った。 「暁......どうだ?夜明けの『暁』」 「あきら......?」 若子はその名を口にしながら、ふと窓の外に目を向けた。 ちょうど朝日が昇る時間だった。 眩い光が世界を照らし、木々の葉を優しく揺らしている。 木漏れ日がきらきらと揺らめき、すべてが新しい始まりのように感じられた。 ―なんて、美しい朝。 その光の下では、ほんの一瞬だけ、すべての悲しみが消えた気がした。 若子はゆっくりと視線を戻し、腕の中の赤ん坊を見つめる。 小さな顔を優しく撫でると、目の奥がじんわりと熱くなった。 「......若子?」 西也が不安そうに覗き込む。 「もしかして、気に入らないなら、別の名前を考えるよ」 彼は焦っていた。 若子が涙を流すたびに、どうしようもなく胸が締めつけられる。 彼女の涙が、自分のせいだったらどうしよう― そんな不安が、いつも心を掻き乱す。 「違うの、西也」 若子はすぐに首を振った。 「この名前......すごく、いい」 そう言うと、腕の中の赤ん坊に微笑みかける。 「......ねえ、これから、あなたの名前は暁よ」 やつれた顔の中に、母としての愛が滲んでいた。 西也は彼女が自分の考えた名前を受け入れてくれたことに、心の底から嬉しさを感じた。 思わず、顔に穏やかな笑みが浮かぶ。 だが、ふと何かが頭をよぎり、真剣な表情に戻った。 「......そういえば、若子」 彼はゆっくりと問いかける。 「この子の名字は.....
修はベッドのそばに座り、そっと手を伸ばす。 優しく頬を撫で、痛ましげな瞳で見つめながら囁いた。 「......バカだな。なんで、もっと早く言ってくれなかったんだ?」 「......ごめんね、修」 若子はか細い声で呟く。 「......修が、この子を望まないんじゃないかって思ったの。だから......言えなかった」 修は深く息を吐き、ゆっくりと首を振った。 「......若子、謝るのは俺のほうだ。こんなに苦しませて......本当に、ごめん」 そのまま、彼女を包み込むように抱きしめる。 「もう絶対に離れたりしない。俺たち三人、一生ずっと一緒だ」 そう言って、修はそっと唇を重ねる。 優しく、慈しむような口づけだった。 「......っ!」 ―「三人」。 その言葉を聞いた瞬間、若子の目がぱちっと開く。 はっきりと意識が戻った。 「若子!ついに目が覚めたんだな!」 西也の声が耳に飛び込んでくる。 目の前には、心底安堵したような顔をした彼がいた。 「体調は?どこか苦しくないか?」 若子はぼんやりと天井を見つめる。 ......修じゃ、ない? そうだ。 彼女が見たのは―ただの夢。 現実ではなく、ただの幻想。 産後の疲れのせいか、叶わないはずの願いが、夢になって現れただけ。 修との未来なんて、とうに終わった話なのに。 「三人で一緒に」なんて、そんなの......ありえない。 「若子?」 放心したような彼女の表情を見て、西也は不安げに顔を覗き込む。 「大丈夫か?具合でも―」 若子はゆっくりと顔を横に向けた。 涙を湛えた瞳で、西也を見つめる。 「......西也」 「俺はここにいる」 彼は優しく微笑む。 「何でも言ってくれ。俺は、いつだってお前のそばにいるから」 ―ついに、彼女が自分の名前を呼んでくれた。 「......赤ちゃんは?」 若子は不安そうに尋ねた。 「元気だよ」 西也はそっと彼女の涙を拭う。 「......会いたい......私の子を見たい......連れてきてもらえる?」 そう言って、彼女はベッドから降りようとする。 「ダメだ」 西也はすぐに彼女の肩を押さえた。 「若子、今は動いちゃダメだ
出産室には、女性の悲痛な叫び声が響き渡っていた。 「深呼吸して!もうすぐ赤ちゃんが出てくるわ、頑張って!」 「っ......はぁ、はぁっ......!」 若子は息も絶え絶えになりながら、全身を襲う激痛に耐えていた。 肋骨が砕けるような痛み、全身が引き裂かれるような感覚― 彼女は目をぎゅっと閉じ、蒼白な顔を汗まみれに歪める。 「若子......!」 西也は彼女のそばを離れなかった。 この瞬間、彼女を一人になんてさせられるはずがない。 若子は必死に西也の手を握りしめる。 その力は凄まじく、指が軋むほどだったが―それでも、西也は決して振りほどかなかった。 これくらいの痛みなんて、若子が今味わっている苦しみに比べたら、大したことじゃない。 「っ......あああああっ!!」 若子の叫びが、部屋中に響く。 医者たちは懸命に声をかけながら、出産を促す。 しかし、赤ちゃんの頭が引っかかってしまい、器具を使わなければならなかった。 若子は目の前が真っ白になるほどの激痛に襲われた。 もう、意識が飛びそうだ。 「若子!もう少しだ、頑張れ!」 西也が必死に声をかける。 だが、若子はかすむ視界の中で彼を見つめ、ぼんやりと呟いた。 「......修、どこにいるの......?」 その名前を聞いた瞬間、西也の表情が凍りついた。 ―修。 彼は何も言えず、ただ若子を見つめるしかなかった。 彼女がもう一度、痛みに耐えきれず叫ぶまでは― 「若子、大丈夫だ、俺がいる!」 どんなに彼女が誰の名前を呼ぼうと、今はそれでいい。 すべては、赤ちゃんが無事に生まれてからだ。 彼女がこんなにも苦しんでいるのに、責めるなんてできるはずがない。 責めるべきは、修。 彼の存在が、未だに若子の心を離さないことが許せなかった。 「修......痛い......助けて......」 若子は泣きながら、その名を呼び続ける。 西也は苦しげに目を閉じ、震える彼女の手にそっと口づける。 「若子......よく頑張った」 ―もしできるなら、この痛みをすべて俺が引き受けたい。 お前の心にいるのが俺じゃなくても。 藤沢、お前なんかに、若子の涙を流す資格があるのか? 若子が命がけで子どもを